仮面ライダーヴァリアント外伝
仮面ライダー鬼神


                  
中編
天魔



この世に存在する正義が一つだけでないのと同様に、

悪もまた、幾つもの形を持っている。

そう・・・・厳然と悪は存在する。

自身を悪と認識し、自らの意思を為そうとする者たちが。










懐かしい声を聞いた。

父の声・・・・ずっと昔に死んだ、父・神野江惣一郎の声。

夢。これは夢だ。幼い頃の、その日々の夢・・・・・

父が生きていた頃の、そして死んだ日の。

私には、母との記憶は無い。

公園で母と遊んだ記憶も、

幼稚園の帰りを母に迎えられた記憶も、

誕生日を母の作った豪華な手料理で祝われた記憶も、無い。

私が生まれて間も無く母は亡くなったのだという。

それ以来、私は父の男手一つで育てられた。

生物工学の研究者をしていた父は、自分の信念、或は思想とでも言うべき一つの事を、まるで口癖のように反復して、幼い私に聞かせていた。

「全ての生き物には役割がある。その役割を一生懸命果たすために生き物は生きている」

・・・・今にして思えば、そう語る父の瞳の奥には、熱心を越えた執着の光が宿っていたのではないか・・・・そう思う。しかし、幼かった私にとってその言葉は世界の全てだった。

そう、父の語る全ては、私の、私自身である根源の部分を構築する全てだった。

だから、父の思いに、父の思想に応える私の幼き日々は、少なくとも平均以上に幸福だったと思う。

優しく、理知的で、博識な、よき父親の像。

しかし、幸せな幻影は何の前触れも無く崩れて落ちる。

その日、父の死んだ日。

私は真夜中にトイレに起きた。その日に限って、何故かは良く思い出せない。

何時もは父の言いつけを守り、寝る前に済ませておく筈なのに。

私はトイレで用を済ませ、寝室へ戻る途中、話し声を聞いた。

父と、誰かが、何かを話し合う声を。この様な深夜に来客かと訝しがり、父の部屋に近づくと扉が僅かに開いていた。

直感的な恐怖。見てはいけない。心の中で、何かが叫んだ。

だがそれは、子供特有の好奇心に打ち勝つことは出来なかった。

覗き見る私。しかし、私は、私が目にしている光景を疑わずにはいられなかった。

パソコンのディスプレイに不気味な男が映り、その前に立った異形の怪人が父の声で喋っているのだ。そう・・・・聞き間違えるはずも無い、私の父の声で。

「おとう・・・・さん?」

私は思わず声を上げる。それに反応し、ゆっくりと振り返る怪物。

「瞬か・・・・」

何処か寂しそうに響く、怪物が発する父の声。

「お父さん・・・・なの?」

「そうか。見てしまったのだね。瞬。残念だ」

怪物はゆっくりと腕を伸ばすと私の首に手をかけ、握る指に力を込める。

「私のこの姿が見られた以上、娘と言え、生かして置く訳にはいかん」

父の声が死を宣告する。

痛く苦しい。全身から力が抜けていく。

死ぬ・・・・殺される・・・・生きることが出来なくなる・・・・何故?

役目が無くなったからだろう。ならば仕方が無いのかもしれない。

私は生を諦め、死を納得し受け入れようとする。

意識が遠のいていく。視界を成す色彩がほつれ黒へと塗り変わっていく。

だが、そのとき私は一陣の風を、確かに見た。

「・・・イスリィィィィキィィィィッ・・!!!」

「ぐぼあっ?!」

父の呻き声と共に戒めより私は解かれた。

吹き荒れるは真紅の嵐。

それから私が目撃したのは、父の声を出す怪物が殺される光景だった。

「ブイ・・・・ィィ・・・・んてん・・・・イィィィィック!!」

宙で逆巻いた赤い突風は、怪物の胸に突き刺さり、怪物は部屋を、家の壁を突き破って庭に吹き飛び、爆発する。

怪物を殺した風・・・・異形の男が私の前に立つ。

赤い仮面と、燃える様に緑に光る大きな目を持つ男。

彼は膝を付いて視線を私に合わせると、静かな口調で問いかけてきた。

「大丈夫かい?」

しかし、私が返したのは返答ではなかった。

「わたしも殺すの?」

「いや・・・・」

男は首を横に振って否定する。

「君は生きるんだ。一生懸命、生きるんだ」

力強い声。言葉。

「あなたは・・・・だれ?」

「俺は・・・・仮面ライダー」

「かめん・・・・らいだぁ・・・・?」

「そう。俺は、仮面ライダーブイ・・・・」

記憶は途切れ、夢は静かに終わりを告げる。



窓より射す光が、顔を照らし中枢神経を刺激する。

「う・・・・・ん・・・・」

やがて、睡魔は朝日に溶け消え、瞬の意識は覚醒する。

「目覚めはどうだい? 眠り姫」

気障っぽい台詞と柔らかな紅茶の芳香。壁に背を預けた京二がカップから湯気を燻らせている。

「・・・・・・・・・・・・・!」

一瞬の混乱。未だ意識にこびり付く睡魔の残滓を拭い取り、全知覚を活性化、思考経路を最適化し、状況を整理する。

時間は朝。場所はホテルの一室。丸い回転するタイプのベッドに、艶かしい桃色の装飾。

男性が傍で夜明けのコーヒー(紅茶)を啜っている。其処から導き出される、第一声は無論・・・・顔が真っ赤に染まる瞬。

「せ・・・・責任とってくださいね!」

「もっとひねってボケろ!!」

スパンッと、スリッパの一閃が瞬の側頭部に炸裂する。

打たれた箇所を左手で押えながら非難の声を上げる瞬。

「な・・・・ナニするんですか京二さん?! こういう場合はこう言うのがセオリーと教えられました!!」

「誰にだよ・・・・」

疲れた声を上げる京二だが・・・・

「まあ、あんたになら責任を取ってやってもいいが♪」

すぐさまイヤラシイ微笑を浮かべ指をあたかも磯巾着が触手を蠢かせる様に動かす京二。

「な、な、な・・・・・」

目を白黒させる瞬。何か喋ろうとしているのだが、巧く言葉が纏まらないらしく金魚のように口をパクパクさせるだけだ。そんな様子に、京二は満悦したのか、笑いながら落ち着くよう言葉をかける。

「安心しろよ。俺は責任取らなきゃいけない様な事は何もやってねぇから。これでも学生時代は誠実で通ってたんだぜ。こういう如何わしい場所の方が逆に色々都合が良さそうだったからな」

「あ・・・・う」

「だから落ち着けって。ほれ、紅茶でも飲め」

傍のテーブルに置いてあったポットから注ぐと、京二はカップを手渡す。

薄手の陶磁器から伝わる熱は未だ暖かく、つい先ほど沸かされたことがわかる。

(何処から持ってきたんだろう?)

鼈甲色に煌くそれを、瞬は暫く見つめた後、静かに喉に通す。

(あ・・・・)

口の中に広がる花を思わせる鮮やかな味わいは、香りから想像出来るそれを裏切らない、優しく芳醇なものだった。故に自然と言葉が出る。

「・・・・美味しい」

「だろ?」

「ええ・・・・とても」

「俺は酒に煙草にコーヒーそれに甘い物まで駄目だからさ・・・・嗜好品はお茶だけなんだ。だから少々、凝っちまってね」

京二は苦笑しながら頬を指で掻く。

「・・・・私は何時間くらい寝ていました?」

彼女は思い起こす。妖人白井と藤堂を倒した後、大量の出血と疲労、蓄積したダメージから、気を失ったのだった。意識が根元より断たれる感覚には、瞬の比較的強靭な部類に入る精神力を以ってしても耐え果せる事は出来なかったらしい。

「そんなに長くは寝てないな・・・・四時間くらいだ」

「そんなに・・・・」

「気にするな。フフ、美味しい思いもさせてもらったしな♪」

「は?」

何処か楽しそうに邪笑を浮かべながら思い起こす京二の真意を図れず、訝しげに眉を顰める瞬。

(クックック・・・・思ったとおりヴォインだったぜぇ)

「あの・・・・何か?」

「フフ、敢えて答えるなら男の浪漫ってやつさ」

「??」

把握しきれず、クエスチョンマークが浮かぶばかり。

(そういえばどうやって此処まで運んだろ・・・・)

実際には背中に負ぶう様にして京二は自分の身体に瞬をロープで固定し、バイクを運転してきたのだが・・・・彼女は無論、知る由も無く、知ったとして、どういった効果が上がるかも推理できないだろうが。

瞬は紅茶をちびりちびりと飲みながら、京二の顔を見上げてふと気付く。

「京二さん・・・・寝てないんですか?」

京二の目の下には、薄っすらと黒い影が隈を描いていた。

「ああ。ここ二、三日一睡もしてない。眠る暇が無かったからな」

「・・・・すいません」

「ハハ・・・・何でお前が謝るんだ」

「私は・・・・貴方を守ると言ったのに・・・・逆に迷惑ばかりかけて、そして助けられています。本来なら・・・・」

「チッチッチ」

言葉を遮る様に指を振る京二。

「気にするな。ギブアンドテイクだ。情けは人の為ならず。或は、男は女を支えてやる為の生き物だ・・・・って感じだ」

「でも私は鬼し・・・・」

「しゃらっぷ」

言いかけた彼女の唇に人差し指を押し当て言葉を遮る京二。

「瞬、ど〜もお前は頭で考えすぎだ。俺なんか心で思って行動だ。性分なのは判るが、理屈ばっかり小難しくこねくり回してたってつまらないぜ」

そして自嘲気味に、フッと鼻で笑う。

「学者の言う言葉じゃないけどな・・・・だが」

柔らかい微笑。だが次の瞬間、その表情は京二の顔の上から消え去り、刃の様な光が眼差しに宿る。

「ハッキリ白黒つけておかなきゃならないこともある」

「・・・・」

「奴らの事だ」

奴ら。邪法で以って自らの身体を異形に変え、呪術を持って妖怪を使役し、目的の為には人の命を奪う事も辞さない者達。京二を襲い、彼の生徒を殺め、そして彼と彼の持つ研究の成果を入手しようと、その魔手を伸ばす者達。宗教結社・落天宗。

「俺は奴等の事を人外の化物・・・・そう思っていた。いや、思おうとしていた」

静かに、淡々と語り始める京二。

「奴らが人間じゃあなければ・・・・残虐非道の怪物軍団なら、ただ奴等と敵対することに・・・・疑問は抱かなかった」

瞬は直ぐに、京二の殺された二人の学生の事を思い出す。

「・・・・」

「だが・・・・白井・・・・奴が最期に言った言葉を信じるとすれば、あいつらも、人間だ。辛い過去と、歴史を持った・・・・俺たちと同じ、“人間”だ」

白井修。落天宗の差し向けた妖人の一人。奇妙ではあるが人らしい愛情の形を見せつけ、自らの愛する者の為に敵にすら助力を請い、そして恨み辛みとはまた異なる、憤怒の言葉を吐きつけ、散っていった。彼の最期には、瞬にも思う所があった。

「京二さん」

「・・・・判っている。例えあいつ等にどんな過去や理屈があろうと、あいつ等がやっている事を俺は許すつもりは無い。だが・・・・俺は、歴史で飯を食っている人間だからな。あいつ等と、お前たち・・・・いや、俺たちの先祖との間に何があったのか・・・・知らないまま戦えるほど・・・・無邪気でいる積もりは、無い」

学者ゆえの性か・・・・或はこれが現実で、陳腐なヒロイックファンタジーではないからか。

「教えてくれるんだろう。瞬? 俺は何も知らないまま、奴らと戦うつもりは無い」

真っ直ぐな視線。強い信念の色を濃く浮かべる瞳が、レンズ越しにもハッキリと見て取れる。彼女は押し黙る。

「・・・・」

瞬は戸惑っていた。

命令・規定に従うならば、彼ら落天宗と自分たち陰陽寮の闘争の歴史・・・・否、悲劇を語らねばならない。だがそれは余りにも陰惨な物語。それを聞いて尚、この剣の様な正義感の主は、自分達と共に歩もうとするのだろうか。

もし、彼が陰陽寮と袂を分かつとしたら・・・・彼女の脳裏に濃く浮かんだその結果に、彼女は彼女自身の理解を越えた恐怖を感じる。

(何故・・・・?)

任務失敗に対する恐怖だろうか。何十何百の候補者を退け、絶大な力を与えられ、鬼神の使命を与えられた自分が、任務を失敗すれば、自分は一体何の価値があろうか。役を成さない道具の何処に存在意義が残るだろう。

(・・・・わからない)

だが、それだけでは彼女は自身の恐怖を説明し切れなかった。蓋をされ、覆い隠されているその答え。それは余りに昔、無くしてしまい、そのまま忘れてしまった思い。しかし・・・・

「・・・・殺戮、か」

「な・・・・」

不意に発された京二の声。『何故それを』と口走りかけ、思いとどまる。

「・・・・大体、わかる」

だが、京二は見透かした様に、静かに告げる。

「こう見えても、世間じゃ天才って呼ばれてるんだ。話すのを躊躇う様な過去と言えば、どうしようもなく下らない喜劇か、目も当てられない様な悲劇のどっちかだ。この状況で幾らなんでもあんたの口から喜劇が出てくるとは思えないし・・・・な」

京二の淡々とした口調に、怒りも、悲しみも無い。微苦笑を浮かべた彼は、ただ淡々と、在ったであろう事実を客観的に予測し、述べる。

「・・・・」

暫時の沈黙。ややあって、瞬は躊躇いながらも、言葉の堰を切る。

「・・・・京二さんの考えている通りです」

彼女は、陰陽寮と落天宗。ヤマトの民、日本人の先祖と、彼らの闘争の歴史を、湧き水が湧き出すように、静かに語りだした。


「ぜはぁっ!!」

「大丈夫か?」

「げほ・・・・ちょっと、何か息苦しくってさ」

「空調が悪いのかしら・・・・」

「総務部に言っておかなければの・・・・」

指揮デスクを囲んで四人。それぞれ長身痩躯、中肉中背、小太りの男と、背の高い女。

「それはそうと・・・・阿吽雷雲が敗れたらしいね」

「・・・・ええ。惜しい子達を亡くしたわ」

「思いの他、効果もあがっとらんようじゃしな」

「伊万里京二博士の行動力を、少し甘く見積もったようだな・・・・」

次々に映し出される情報を睨みながら四人は唸りを上げる。

「どうする? あれが動くようになるまで未だ大分、かかるぜ」

「何時間ぐらいだ?」

「う〜む・・・・14時間じゃな」

「短縮は?」

「無理じゃな。本来は一月かける儀式を一週間に圧縮しとるんじゃ。これ以上は一秒も負からんし、むしろ延長することすらあるワイ」

「はぁ〜・・・・身から出た錆とはいえ、ガキどもも無茶な真似してくれたぜ・・・・」

「嘆いても仕方ないわ。彼らの暴走を抑え切れなかったのは私達の責任なんだから」

「然り。しかし、大祭司より直々に命を賜った作戦・・・・失敗と言う無様な結果を出すわけにはいかん」

「じゃが、人材はどうするかね? 陽動の為に主だった者は殆ど各地に散っておるぞ」

「ここに残ってる奴らは使えないのか?」

「無理ね・・・・今の彼らでは足止めにも成らないと思うわ」

「困ったもんだな・・・・」

「うむ・・・・」

『祭司殿』

その時、指揮デスク上に立体投影されるマルチウィンドウの一つに通信祀官の顔が映る。

「なんだ?」

『“彼ら”より電信が入っております』

「やつら・・・・か」

「今頃のうのうと・・・・」

『如何様に』

「こちらに回せ」

『御意』

マルチウィンドウが新たに一つ開き、其処に男の顔が映し出される。

それを見て、祭司と呼ばれた四人は各々、躊躇いもせず表情に嫌悪を顕す。

長い金髪を後ろで束ねた白いスーツの男。比較的若い白人だ。首からは、奇妙にねじくれた十字架の様なものを下げている。表情は微笑み。それは悪に属し、邪に愉悦するもの特有の妖魔の微笑み。その表情を浮かべる男の存在そのものに、四祭司は不快と嫌悪を感じる。

『お困りのようですね』

悠然としたその物言いに、四人が表情に顕す嫌悪は一段、顕著となる。

「貴様・・・・今頃ぬけぬけと」

「随分とお顔の皮が厚いようね」

「この間の取引・・・・代価が支払われていないぜ?」

「それともなんじゃ? 白色人種というのは最低限度の誇りも持たぬのか?」

『これは手厳しい』

金髪の男は画面の中で苦笑する。敢えて狙って怒りを助長させるかのような、癇に触れる笑い。

しかし小太りの祭司は努めて平静を保ちつつ、言葉を発する。

「・・・・わし等は、現在遂行中の大規模作戦の円滑的な遂行の為、呪術的人体改造技術・純金・占有活動地域の譲渡などを見返りに、貴様らの有する改造人間戦力を求めた。じゃが、それらは着任後、予定していた任務を完遂せず音信不通となった。結果、作戦は初期段階で変更を余儀なくされた・・・・・」

状況の説明。これは親切心からのものではない。十割の厭味を込めたものだ。

「では弁明を聞こう。契約が履行されなかったことについての・・・・だ」

『これは、これは・・・・有難いですな。単刀直入に言えば、少しばかり手違いが在りましてね。派遣後、作戦行動の段階で“我々の敵”と誤って接触してしまい、その際、その者達に破壊されてしまったのですよ』

「要するにあんたは欠陥商品を納品したってコトか?」

「それとも夜店のたこ焼きしか貴方たちは造れないの?」

『いえいえ・・・・我らの名誉の為に誤解を晴らさせて頂きますが・・・・私どもが派遣したネクロイド・・・・』

「名前などどうでもいい」

『申し訳ありません。その彼女を倒した“我々の敵”というのが、“貴方がたの宿敵”である鬼神に勝るとも劣らない者達』

「あぁ、聞いたことがある。『異端の吸血鬼』と『伴天連の聖騎士』だったけ、か」

『流石は御存知で・・・・そう、彼女はその二人と戦い、善戦も虚しく一人果敢無く散っていったのです・・・・』

「貴様は遠回しに我々を愚弄していないか?」

『おっと・・・・これは失礼。そんな積りは微塵も。話を戻しましょう。丁度、貴方たちは現在、人材において困っていたはずだ』

わざとらしい詫びを入れ、営業スマイルを繰り出す金髪男。

『今回のお詫び、と言う形で新たに精鋭のネクロイドを一体、派遣させました。もう間も無くそちらに到着する頃です。無論、これはサービスですので、頂いた代価はお返しいたします』

「随分と太っ腹ね・・・・貴方、何か企んでるでしょう?」

『フフフ・・・・存分に使い潰し下さい』

「貴様、余り下手な真似はするなよ・・・・我々がその気になれば貴様らを全員、黄泉路に旅立たせる事が容易いと言う事を忘れるな」

『呪術というやつですか? フフ・・・・それは恐ろしい。五寸釘を心臓に突き立てられたら一たまりもありませんからな。肝に銘じましょう・・・・ハハハハ』

哄笑の残響を遺し、画面は暗転する。

長身痩躯の祭司は吐き棄てる様に呟く。

「・・・・狐め」


既に2時間が経過していた。

正確には2時間12分43秒。京二に請われ、ヤマトの民と落天宗との闘争の歴史を語りだして既にそれだけの時間が経過していた。

彼女はとくとくと喋る。時に身振り素振り入れながら、事細かに。圧倒的な武力を持って彼らの故郷を追う様。女子供を惨たらしく皆殺しにしていく様。呪術が招く疫病により次々民が死に逝く様。長い歳月を安穏と暮らしていた彼らを圧倒的攻勢で殲滅していく様。

首が跳ねられ、内臓が撒き散らされ、四肢が引き千切られ、呪詛に蝕まれ、化物の牙に食い抉られ、炎に焼かれ、ズタズタに貫かれ、押し潰され・・・・

様々な在り様で「人」が殺され逝く様が、淡々と刻銘に語られた。

京二はげっそりとやつれている。彼の表情には恐怖が色濃く浮かんでいる。

無理も無い。余りに凄惨な虐殺の歴史だ。嫌悪し、恐怖するのは人として当然である。

だが、求められた以上、全てを語らねばならない。

ヤマトの民。大和朝廷。陰陽寮。幕府。明治政府。日本国。そして鬼神が、彼らに対して何をし、何をされてきたのかを。

「まだ・・・・続くのか?」

しかし、京二の疲労困憊した声が、それを中断する。瞬は困惑の表情を浮かべる。

「未だ、全体の半分ですけど・・・・」

「んな?!」

京二はそれを聞いた途端、思わず噴き出してしまう。彼は、恐らく要点を絞ったモノローグ形式のものを四百字詰め原稿用紙数枚程度で期待していたのだろう。

「京二さん?」

「そ・・・・そんなに長々と聞いていられるか!!」

「えぇっ?!!」

「半分だけでも小説一本くらい書けそうな奴を語っている場合かよ!!」

絶叫する京二。

「そんな見てきた様な詳細な解説はいいんだよ!! 簡潔にまとめたやつをさあ!!」

「見て・・・・いますから」

「え?」

頓狂な声を上げる京二。この言葉は予想していなかったのだろうか。

「勿論、当事者って訳じゃ無いですよ。私の中の“鬼神”そのものが、前任者の記憶を留めているんです。力によって・・・・殺戮と言う名の務めを果たしてきた記憶を」

京二は自らの不用意な言動を後悔する。彼女もまた、被害者なのかもしれない。若し自分も夥しい人間を不本意に虐殺したとしたら、果たして自らの内のみにその記憶を留めて置けるだろうか? 自分自身のものでないとしても懺悔せずにいられるだろうか?

「そう・・・・か」

「だから! 問われ、答える以上、私は全身全霊を持って全てを、詳細に、如実に、須らく、精密に語らずにはいられないんです!!!! 私と言う人間はそうするしか出来ないんです!!!!」

「興奮するなっ!」

スカパンッ・・・・と、再びスリッパ突っ込みが炸裂する。京二は落胆の色を浮かべた。

「い・・・・痛いですよ、京二さん」

「ええい、ドやかましい。同情して半分損した」

「そんなぁ、訳がわかりませんよ」

左手で突っ込まれた所を擦りながら非難の声を上げる瞬。価値観の異なる者同士の相互理解はかくも難しいものなのか(笑)。

(あれ・・・・?)

世間一般とは異なる感受性によって行動する・・・・所謂、天然ボケ気味な瞬は、やっとその事に気が付く。

「手が・・・・」

彼女は、頭にやっていた「左腕」を凝視する。

指。肉。皮。骨。そして血液と感覚。左腕を構成する全てが肘より先に存在する。切り落とされ、妖人の爆発と共に吹き飛んだ筈なのに。幾ら鬼神に高い自己治癒能力が備わっていたとしても、完全に消失した四肢を数時間で完全に復元出来る程出鱈目な物ではない。

「やっと気付いたか」

「これは一体・・・・」

視線を向けると、京二は顎をクイとしゃくり、部屋の隅を示す。鈍い銀色の直方体。落天宗に彼が狙われる一因となった『研究成果』を収めたジェラルミンケース。

「まさか、こんなにキくとは思わなかったけどな。流石、鬼神てやつだ」

「どういう・・・・ことなんです?」

「その中に入ってるのは超古代遺物さ。オカルティックな力を持った、な。そいつはどうやら物体の損傷を修復するらしい。それを見つけた時に、指先に怪我しててな。触れた瞬間に跡も残さず治ったのを思い出したんだ」

「凄いものじゃないですか。何故、これが『下らないもの』なんです?」

瞬はパーキングエリアでの会話を思い出して問う。傷病の克服・・・・それは人類の求める大きな夢の一つではなかったのか。対して京二は髪をクシャクシャと掻きながら、何処か面倒そうに答える。

「燃費が悪いんだよ、そいつは。色々試してみたんだが、指先の怪我一つ治すのに二千キロカロリーの熱量が体内から消費される。骨折なんか直したら骨と皮だけさ。それにそいつは『自分』しか治せない。瀕死の傷を負った奴の為に使ってやれないのさ・・・・下らないだろ? あの白井とか言う奴のほうが未だ、マシだ」

そう一気に言ってしまってから、何処か自嘲気味に笑う京二。

「ハ・・・・超考古学の若き天才ってもてはやされても、生徒二人の命も助けられない様な屑骨董を掘り起こすしか能が無いんだ。笑えるだろ?」

「京二さん・・・・」

「判ってる。下らないナルチシズムに浸ってるだけさ」

フッと溜息をつく京二。

「でも・・・・」

瞬は其処で一つの疑問に至る。

「だったら彼らは一体何の為にそんなものを・・・・」

「・・・・さっきから思ってたんだが」

「はい?」

「あんたら、実は知ってそうで知らないんだな。そいつのこと」

そう。瞬は・・・・というより陰陽寮という機関全体において「伊万里京二が発掘した超古代遺物」の由来について把握していないのだ。ただ判っているのは・・・・

「すいません。今回の件で私たち陰陽寮が知っている事は、それが彼らの手に渡ると極めて危険である事。もう一つは貴方自身も狙われていると言うことの二つだけなんです」

「だがあの黒服の奴らは・・・・」

京二の身辺警護の為にやって来た黒服の男達四人。彼らは、京二が件の古代遺物を発見するより一週間前には京二の前に現れ、京二の身辺警護を行っていた。瞬は無論、それについても説明をする。

「陰陽寮には一種の未来予測システムとして、占星術や八卦術、宿曜術。タロットカードや水晶占い・・・・果ては狐狗狸さんなどを電子システム化し、その呪術的未来予測結果を複合整理して」

「長い説明はいい」

「・・・・複合整理して演算し、そこから・・・」

「ま・・・・またスルー?」

要点だけ絞って説明すれば、陰陽寮の保有する巨大占い装置が今回の事件の前後に日本各地で同時多発的に落天宗が作戦行動を行う事を感知したらしい。だが、現在の技術力では詳細な情報を得られる訳ではなく、具体的な目的を入力する事も出来ない。そのため陰陽寮は予め各予測地域にエージェントを派遣・調査を行っていたが、東京近郊において妖人の一体が他の地域より先行して行動を開始。しかし予想外に、対した抵抗も無く捕縛に成功。自白剤を投与して情報を引き出した所、日本に在住する考古学者を狙う作戦を展開するらしい事が判った。また、各地での調査による裏づけも有り、陰陽寮は考古学者護衛の為、エージェントを派遣したらしい。

「しかし、あんたは何で俺の所に・・・・やはり、運命?」

「違います。直前に彼らの中枢に極めて近い所から情報がリークされたんです」

「・・・・内通者?」

「私も詳しい事は・・・・管轄が別ですから。ただその情報と、京二さんのところに派遣されたエージェントの通信途絶が重なったので、優先対応に値する・・・・と言うことで私は京二さんのところに来たんです」

「他の考古学者のところは?」

「今の所・・・・と言ってももう半日以上経っていますから現状は保障出来ませんが、昨日の時点で誘拐された・・・・という報告は来ていません」

「そうか・・・・」

つまるところ整理すれば、落天宗は伊万里京二と彼が発見した超古代遺物を奪取する為に以下の作戦を立案した・・・・まず、妖人という強い手札を撒いて日本各地の考古学者を狙う事で陰陽寮を陽動し、それの対応に鬼神(瞬)が出動した隙を突いて護法妖怪(土蜘蛛)という弱い手札で本命(京二)を誘拐すると言う算段である。

しかし、何者かのリークにより本命が誰であるか露見した上に、切り札の切り札として用意していたものも都合よく効果を発揮しなかったため事後対応として妖人の臨時投入を余儀なくされた・・・・と言うわけである。

「・・・・しかし、腑に落ちないな」

「何が・・・・ですか?」

「大きすぎるんだよ。作戦の規模が。ヒーリングの技術なら奴らだって持ってる。施術できる分、あっちの方が優秀だ。科学者を誘拐するってのも良く聞く話だが、それにしたって人を割きすぎてる」

「確かに・・・・」

与えられた情況の解決のみに集中していた彼女は、疑問にすら上げてはいなかった。

「・・・・実は結構、やばいものかも・・・・な」

細めた眼差しを窓の外に向ける京二。漠然とした未来を見透かす様に。

そして、彼の予想は、概ねの所では外れていなかった。


『標的を発見した』

「やっとかい? 随分と時間が掛かったねぇ・・・・」

バイクに跨り金髪を風に靡かせるその青年は、歌う様に、或は嘲る様にそう答えた。

『結界を張り、気配を絶っていたのだ』

「成る程・・・・流石は超考古学の博士か。面白い事が出来るんだね」

無能者の言い訳は見苦しい・・・・と思いつつも、彼は口には出さない。下らない奴らを下手に怒らせて任務に支障を来たしても詰まらないから。

「で・・・・あの二人は何処に居るの?」

『××市、ホテル・ゴールドスマッシュ七階・・・・913号室だ』

「二人の男女がホテルで一晩・・・・良からぬ想像をしちゃうな。ま、冗談はさておき、手はず通り頼むよ」

『・・・・了解し』

全てを聴き終えぬ内に、彼は携帯電話を閉じる。

「さて・・・・行こうか、“ガルム”?」

『Yeah,My Master』

彼の呼び掛けに声を発して答えるバイク。青年・・・・高天アベルは満足そうに頷くと、アクセルを入れ、ガルムと呼ばれたバイクを疾走させた。


「少しゆっくりし過ぎましたね・・・・」

「体調はもういいのか?」

京二の気遣いに、瞬は微笑んで返す。

「はい。併せて六時間も休みましたから。もう、万全です。反呪詛弾も体外に排出出来ましたし・・・・」

其処で彼女は沈黙する。次の句を出すべきか否か、彼女は逡巡する。果たして、京二は自分と共に来させて良いのだろうか。彼が憎む、悪意の闇と言う名の穴に住まう、もう一匹のムジナに過ぎない自分達が彼と共に歩む事は果たして許されるのだろうか。

心は何時も彼女を苛む。任務の遂行を望む意思とは裏腹に、良心と呼ばれる心の部分は何時も、冷酷さに怒りを注ぎ、冷徹さに憤怒を浴びせ、苛む。

「どうした?」

訝しがる京二。瞬は心の中で頷くと、私情が生む迷いを切って棄てる。

「参りましょう。陰陽寮本部へお連れします」

京二は言う。頭で考えすぎるな。理屈をこじつけて自身の感情を否定するな、と。それは理解できるし、どれ程魅力的な生き方であるかも把握する事くらいは出来る。だが、それでも彼女には“それ”を選択する事は出来ない。これまでずっと、使命、任務、そう言ったもので自分を縛ってしか生きてこられなかった。それに鬼神、その名には大きい力とそれ故に付随する重い責任が課せられている。彼女は、彼女が鬼神である限り、否、彼女が彼女自身である限り、自ら善悪を判断しても決してそれに基づいて行動してはならないのだ。

「ああ。行くとするか。取り敢えず、当面の安全の為に・・・・な」

京二はそう、爽やかな笑みを浮かべて答える。瞬はこの時、自分の感情が杞憂であることに気付いていない。彼にとって、過去とは現状の判断を補助する為の指針でしかなく、その上それは彼の未来に何らかの影響を及ぼす類のものではないのだ。事実、彼は自著の中で「考古学・歴史学とは過去のリサイクル」と言及している。

「それは兎も角、バイクをもう一台調達できないか?」

「何故ですか?」

「夜間なら未だしも、この日中男が女の背中にしがみ付いて・・・・てのは幾らなんでもちょっとなぁ」

「駄目ですよ、京二さん。あのバイクに二人乗り、というのはちゃんと理由があるんですよ。いいですか、あのバイク・・・・アークチェイサーはですね」

始まりかけた講釈に京二が顔面を引きつらせたのと同時に・・・・

ドカァァァン!!

「爆音?!」

「近いぞ!!」

窓に駆け寄る二人。そこで目にしたのは、ビルに突き刺さった大型旅客機・・・・ではなく、立ち上がるキノコ状の煙と炎だった。爆心点はホテル正面からおよそ五百メートルの公道上。自動車が何台も追突し、歩いていた人々も蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

「通常の事故じゃあない!!」

普通なら、野次馬と化して逆に集まってくる人間が逆方向に動いている。京二の推理は正しかった。瞬は、常態でも常人の数倍の視力を発揮して目を凝らす。

「・・・・妖人! まさか・・・・」

黒々とした筋を幾重にも混ぜる紅蓮の手前に、異形の人影がある。それは近年、度々巷を騒がせ、大きな被害を出している人型異種生物の何れとも異なる。紛れも無く、それらは彼女の属する陰陽寮の古くからの宿敵・・・・同時に妖怪と融合することで素の力を得た人間、妖人である。妖気とも言うその特異なエネルギーの波長から、彼女はそれを察知した。

「でも・・・・こんなことは」

有り得ない事だ。未確認生命体やUNKNOWNではあるまいし、総じて慎重な彼らが日中堂々、この様なあからさまな形で仕掛けてくるなど。これは明らかに・・・・

「瞬、人が、街が襲われている!! 助けに行くぞ!!」

ドアに向かおうとする京二の前に立ちはだかり遮る瞬。

「駄目です!! 彼らの罠です!」

「そんなことは判っている! だが・・・・見過ごせると思うか!!」

やはり、“そう”なのだ。彼は、伊万里京二と言う男はそれを理解した上でさえ、その様に動こうとするのだ。彼らはそれを見越したのか、このようならしくない手段をとってきたのである。故に彼女は、首を横に振る。

「今は貴方を本部に連れて行くことを優先します」

見えざる何かがビルの壁を撫で、直後コンクリートとガラス窓が波立つ様に爆ぜて行く。

「ふざけるな瞬! ここで見過ごしたら俺も奴らと同じだ! 誰かの命を犠牲にするなんて、俺は絶対に嫌だ!!」

逃げ遅れた人々に刃構える妖人が詰め寄っている。最初の爆発で怪我を負ったのだろう。

「貴方の身に万が一何かあれば、もっと大きな被害が出るかもしれません!! 直ぐに県警のSAUL(未確認生命体対策班)が到着するはずです。ですから・・・・」

「目の前の人間を見捨てて何が多くの、だ! 俺はそんなに傲慢じゃあない!!」

「人にはやれることとやれないことが有ります! 陰陽寮に行きましょう。それは貴方にしか出来ません!!」

会話は平行線を辿る。京二の言う事は確かに正義だ、憧れもする。もし許されるならばそちらを選びたい。しかし、最善が常に最良の結果を生まない、等という事は余りに使い古された言葉だ。彼女はその言葉の意味を良く知っている。だからこそ、瞬は京二の思いを押し留めようとする。それに・・・・

「わかった」

了解の一言は、いとも容易く京二の口から出される。

「良かった。なら裏手から脱出しましょう。此処にはダミーを残して・・・・」

自身への嫌悪感を押し殺し、安堵の声を発すると、瞬はベッド脇のメモ用紙に咒印を書き始める。だが、京二の一言は瞬の意図とは全く別のところにあるものだった。

「そうじゃない。お前が・・・・」

「え?」

「お前が“仮面ライダー”じゃあない・・・・それが判ったてことさ」

腕から鎌の様な刃を生やした妖人達が、吹き出す血を浴びて高笑いしている。

「カメンライダー・・・・?」

突然、半ば場違いな事を喋りだした京二に訝しげな表情を向ける瞬。すると京二は自嘲する様な苦笑を浮かべながらそれに応じる。

「人類の自由と平和の為に戦う仮面の戦士さ。有名な都市伝説だろ」

「・・・・!」

彼女は知っていた。その伝説。その怪人のことを。

バイクに跨り一陣の風の如く現れ、髑髏仮面で顔を覆って戦う戦士。そして・・・・

「あいつらはどんな時でも、助けを求める人間を見過ごさない。自身を省みず、自分が今出来る精一杯の事をやり尽くす」

「私は・・・・そんな立派な人間じゃありません。私は自分自身の事で精一杯ですから」

「俺もそう思う。ま、それが普通だ」

そう言って京二は、スーツの裏から銃を取り出し、その銃口をピタリと瞬の額に合わせる。

「なんのつもりですか?」

「フ・・・・『退かなければ撃つ!!』なんてな」

冗談めかした口調とは裏腹に、その眼差しは磨いた刃の様な光を発している。

「馬鹿な真似は止めて下さい。貴方一人行ったところで何もなりません」

「知ってるよ。だがな、言っただろ? 理屈じゃない、心で思って行動だってな」

「京二さん」

「そこを退いてくれ、瞬」

「・・・・・京二さん。判ってください・・・・私は」

「判ってるよ。だがな、知ってるか? 男は格好付けで、我侭なんだ」

含んだ笑みを浮かべると、京二は不意にくるりと振り返る。直後、彼は窓のガラスに向かって引き金を絞る。鈍い爆音と澄んだ破砕音が交差し、煌く破片が宙を舞う。直後京二の取った動作を、呆気に取られた瞬は阻止できなかった。

「じゃあな。縁があればまた会おうぜ」

素早く京二はガラスの無くなった窓から飛び降りる。

「な・・・・!!」

瞬は愕然とした。

(格好付けすぎたな)

九階だった事を忘れた訳ではなかったが、自分のしでかした無茶には我ながら呆れてしまう京二であった。コートをパラシュートにし、銃の反作用を減速に利用する積もりだが、焼け石に水だろう。骨折は免れまい。下手したら死ぬ。飽くまでも「もしも」の場合だが。

(悪いな・・・・瞬)

地面が猛烈な勢いで近づいてくる。

「きょぉぉぉぉじさぁぁぁぁぁん!!」

「?!」

奇声、というか決死の絶叫に、京二は思わず見上げ、そしてニヤリと笑った。


瞬は即座に、後を追う様に飛び降りた。

無茶なひとかも、とは思っていたが、此処まで無茶をする人間だとは思わなかった。何という人なのだろう。

「きょぉぉぉぉじさぁぁぁぁぁん!!」

思わず絶叫する瞬。彼を死なせる訳には行かない。彼に怪我をさせる訳にはいかない。

しかし自由落下では追い付く事は不可能。彼女は意を決する。

両手を左右に広げ、それを胸に向かって旋回させる。それは陰陽を意味する動作。

「転化!」

腰に、灰色の輪が出現し、そして臍の下辺り、丹田と呼ばれるチャクラ(生体エネルギー)の中枢部上に鬼瓦を思わせるバックルが出現する。それは御鬼宝輪。莫大な力を制御し、安定させる為の呪術装置。

「変・・・・身!」

ベルトに象られた鬼の面が口を開き、現れた陰陽大極の円盤が高速で回転を始め、赤い光が幾条にも迸り、瞬の姿はその輝きと一体化する。

光はやがて、その姿を変える。

黒のベースラインを赤い生態装甲が覆って行き、頭と肩に一対ずつ猛る様な角が生える。大きな複眼は燃える様な緑に灯り、闇夜より更に深く濃い色の長くしなやかな髪がパッと広がって暗黒を描く。

彼女は変身する。闇より生じたる者を闇へと還す破壊の体現者、鬼神へと。

「たぁぁぁぁぁっ!!」

彼女はビルの壁面、窓によって生じる段差に足を突き出すと、真上に蹴り上げる。位置エネルギーによる自由落下に、脚力が生む運動エネルギーが加わり加速する。更に数階分の窓ガラスを粉砕して鬼神は京二に追いつく。

「京二さん!!」

「おっす。意外と早い、再開だな」

ピッと二本の指を額に翳す京二。勝者の笑みが浮かんでいる。

「格好つけてる場合ですか!!」

「言ったろう? 男は格好つけなんだ」

「もう・・・・もう!!」

鬼神は京二を掴み、引き寄せる。胸に抱えると彼女は宙で回転を始める。

「おおお、アトラクショォォォン!!」

「舌を噛むから喋らないで!!」

見えない破壊力が迫り、一瞬以前までいた空間を穿つ。妖人に発見された。此処まで派手にやったのだから仕方が無い。最早、歩道に敷かれたタイル表面の質感まではっきりと見える。このまま着地するしかない。

連続して、不可視のエネルギーがとび来る。だが、何れも当たらず、ビジネスホテルの損害がかさんでいくだけだ。彼女は直ぐに理解する。あの妖人は三流である、と。理想の条件下で通常の弾丸で自由落下する物体を狙撃する場合、最初の狙いさえ正しければ必ず命中する。弾丸もまた自由落下によりその飛翔高度を落とすからだ。だが、光学系武装や投擲型攻撃呪術などの場合、重力の影響を受けないので、目標よりやや下を狙う必要があるのだ。しかも、今は跳躍により落下速度はGを越えている。

「何をブツブツ言ってるんだ?」

「着地します。衝撃に備えて!!」

例によって京二の言葉をスルーし、彼女は全身の神経に意識を注ぎ込む。全身をバネの様に収縮させて衝撃を緩和する。そして同時に・・・・

二人一塊は地面に突き刺さる。噴煙の如く土煙が爆裂し、それが妖人の放った攻撃呪術で吹き飛んでいく。しかし、それは爆発の原因を吹き飛ばすことは出来なかった。

「ふ〜、逆お姫様ごっこだな」

ひょいと鬼神の腕の中から飛び降りる京二。二人の周囲には薄青い光が球状の膜をなしている。鬼神は即座に激昂の声を上げる。

「もう・・・・京二さん! いったい何を考えてるんですか!!」

「言わずもがな、だろ?」

拳を捻り、親指で示す京二。陽炎の様な空気の揺らめきを纏う妖人が其処に。鬼神はまんまと彼の思惑に嵌まり、戦場へと狩り出されたのだ。非難の声を上げ様としたが、鬼神は京二の横顔を見て、それを思い留まる。

細い目が、カッと見開かれ瞳孔も怒りを湛えて黒く広がっている。その視線の先には、妖人の周囲に倒れる人々。胸を、首を、無残に切り裂かれたそれらは血の中に沈んでいる。

「・・・・京二さん」

「泣きそうな声だな? どうした」

「貴方は戦っちゃ・・・・・駄目です」

「・・・・すまん」

彼女は不意に悟った。

「気にしないで下さい」

彼の思いも含めて、彼自身である事を。ならば・・・・

「貴方を守るのが、私の務めですから」


「ヘヘヘ・・・・お前が鬼神か。会いたかったぜぇ」

鎌に張り付いた血糊を舐め拭いながら妖人は言う。

「オレ様は霧崎。見ての通り鎌鼬の妖人さ。ククク、この日を待っていたぜぇ。オレがお前をズタズタに切り裂く今日という日をなぁ」
細長いラインを描く獣の顔の二つの目玉が狂気の色にヌラリと光る。

「京二さん」

被害者の下に駆け寄った京二の方に目をやる瞬。しかし、京二は顔を顰めると無言で首を左右に振る。

(これは・・・・)

「鬼神・・・・てめぇが何人殺したかは知らんがなぁ、オレに言わせればあんな奴ら陰でコソコソするしか能がねぇ愚図ども。ククク、本物って奴の恐ろしさをたっぷりと教えてやるぜぇ」

鬼神は一つの確信を得る。

「貴方は・・・・過激派のヒトね」

「は・・・・過激派、ねぇ。まあ、鬱陶しくも馬鹿みてぇに蔓延ってやがる腰抜けどもとは俺様は一味違うがな」

嘲りを交えつつ言う霧崎の言葉を、鬼神は首を振って肯定する。

「解るわ。彼らは貴方のように下種で低能じゃなかったから」

黒畑、白井、藤堂・・・・更に此れまで彼女が滅ぼしてきた無数の妖人。彼らは残酷なものこそいたが、必要以上に人を殺す様な残忍なものはいなかった。

「ッ・・・・舐められたもんだぜ。お前、話聞いてなかっただろ」

細い目を更に細め、首をぐるりと回し霧崎は唸る様に言う。

「へ・・・・まあ、百聞は一見に如かずって奴だ。オレ様の力を見てそれを彼岸の土産にしやがれやぁ!」

鎌で空を薙ぐ霧崎。

「切り裂け! 不可視刃(しらぬみのは)ァッ!!」

それは真空によって構築された鎌。気圧差によって内部から肉を引き裂き凍て付かせる魔性の刃。それが、鬼神を切り裂き、赤い飛沫が宙を舞う。

「ハハハ! 見えねぇ音速の刃だぁ! この距離じゃ避けられやしねぇぜ!!」

次々繰り出される真空の刃に、鬼神の身体は次々と切り裂かれていく。鬼神は避けるそぶりすら見せず、ただ、静かに佇んでいるだけだ。やがて徐に彼女は問う。

「・・・・そんなものなの?」

「ハ・・・・」

怒りを覚えたのか、霧崎の表情があからさまに醜く歪む。

「痩せ我慢しやがって。いいぜぇ、なら後悔は首だけになってやりな! 見せてやるぜ! オレ様の超必殺技だ! 有難く喰らいやがれやぁっ!!」

二本の鎌を交差させ、腰を下ろし、力を溜める霧崎。そして絶叫にも似た咆哮と伴に、呪力を解き放つ。

「先ずは! 薙槌(なぎづち)!!」

濃密な空気の塊が、大きな運動エネルギーを持って鬼神に襲い掛かる。両腕を交差し、堪える鬼神だが、強烈な風圧に足を止められる。

「次は! 巌刻(いわおきざみ)だ!! 切り裂けぇぇぇ!!」

鎌を大きくスイングする霧崎。真空を刃にするのは不知視刃と同様だが、真空の周囲を超高圧の空気の層でコーティングすることで、気圧差を高め、その破壊力を高めているのが“解る”。揺らぎを纏ったその刃は、袈裟切りに鬼神を切り裂き辺りに血を撒かせる。

「そして留めの! 凍枯(こがらし)!!」

膨大な冷気の塊がやってくる。真空断熱がもたらす強力な冷却作用。傷口が凍て付き、見る間に鬼神を氷像へと変えていく。

「これが! オレ様の!! 三連旋風(みつらねつむじ)だぁぁぁっ!!」

パシィィィィン

澄んだ音色を上げて氷がガラスの様に砕け、舞い散る。

「ヒャァァァッハッハッハッハッハァ!! 何が陰陽寮の切り札だ! 何が闇より生まれた闇の破壊者だ!! なぁにが鬼神だ!! これからは! このオレ、霧崎雄吾様の時代だぜぇぇぇ!!!!」

「はあ・・・・」

呆れた様な溜息をつく京二。

「何時まで茶番に付き合うんだ・・・・瞬?」

「いえ・・・・これは私の都合です」

ダイヤモンドダストの中から答えが返る。

「へ・・・・?」

間抜けた驚愕の声を上げるのは当然霧崎。鬼神が、煌く欠片の中から現れる。

「あの人達の痛みを知りたかったんです。京二さん・・・・貴方の怒りを少しでも理解する為に」

黒髪を振るい、そこに纏わり付いた輝く粒子を宙に撒く。

「彼らが余りにも哀れです」

傷口は内側から新たな生態装甲が盛り上がり、既に修復を終えている。

「な・・・・」

「自らの下らない技に奢り、その価値も意味も、それを思う誰かの心さえ知らず、ただ酔狂に命を奪う」

一歩、また一歩と詰め寄っていく鬼神。霧崎はたじろぎ、怯えの色を見せ始める。

「・・・・大義ですら命の代価とはならないのに、まして意味にさえ至らないのだとしたら・・・・」

「く・・・・くるなぁぁ!!」

真空の刃を立て続けに繰り出してくる霧崎。だが、最早、鬼神は停まらない。真紅の処刑人は、ゆっくりと妖人の眼前に殺到する。

バキン

「貴方に与えられる罰は」

苦し紛れに振り下ろした鎌も、鬼神の手刀により砕け折れる。

「ひ・・・・ひいいいいいいい!!!」

ガッ

「・・・・重い」

「うわ・・・ぅあああああ!!!」

情けない悲鳴を上げ、背を向けると脱兎の如く逃げ出す霧崎。

「逃がさない」

パシンッ

鬼神が霧崎に向けて指を弾くと、散った火花が燃え上がり、火の鳥を象る。

「行きなさい、焔飛燕(ほむらひえん)!」

空気を焦がし、辛苦の飛跡を描いて霧崎に襲い掛かる炎の術法。だが、命中の寸前に霧崎は予想外の行動を採る。

「ちっくしょぉぉぉぉ!!」

・・・・余り詳細に言及したく無い様な不細工な破裂音と共に、煙の様な黄色い何かが当たりに広がったかと思うと、直後それに焔飛燕が引火し、爆発が起こる。爆炎の向こう側に消える霧崎の姿。

「・・・・ガス!」

「文字通りイタチの最後っ屁か!」

しかし鬼神も逃がす心算は更々無い。殆ど躊躇い無く、酷く匂いそうな炎に突進する。

「駄目だな」

「!?」

不意に聴き覚えの在る声が響く。直後、炎を引き裂いて二つの切っ先が飛び出してくる。それを咄嗟に肩で受け、刃を逸らす鬼神。肩鎧が細く裂ける。

「囮の意味が無いじゃないか」

やがて黒煙と化して消え失せる炎。霧崎は、そこで既に“霧崎だったもの”となって串刺しにされ、宙にぶら下がっている。その後方にはバイクに乗った青年。竜のエンブレムが入ったヘルメットを被った彼を、鬼神と京二は知っている。

「高天・・・・アベル」

「・・・・つまらないな、あんまり驚かないんだね」

昨晩、パーキングエリアで出会ったハーフの青年。彼が左手に持った槍を振り上げると、慣性に従って霧崎の死体は高く宙に舞い上がり、そして青い炎となって爆発する。

「フフ・・・・また会いましたね。伊万里京二さん。神野江瞬さん」

そう言ってヘルメットを外し、アベルは悠然と微笑んだ。


「これが仕事って訳か」

京二の言葉に、瞬はアベルが別れ際に言った言葉を思い出す。アベルはクスリと笑みを浮かべると静かに頷いて答える。

「取り敢えずは伊万里京二博士の身柄の確保と、鬼神=神野江瞬の殺害・・・・が当面のお仕事かな。ま、これだけじゃあないんだけど」

そう言いつつ、後ろ手でクルクルと槍を回すアベル。

「じゃあ・・・・ま、闘ろうか? どうせ伊万里博士は一緒に来てくれるつもりはなさそうだしね」

ブォォォォン

アクセルがふかされ重低音が響く。

「善は急げっていううしね。善じゃないけど」

急発進するバイク。ウィリーし、高速で回転する前輪が鬼神に襲い掛かる。対して鬼神は両腕を交差させ、擦り合わせる様に素早く弾く。

「焔花風!!」

飛び散った火の粉が、花弁に似た無数の炎に変わる。唸り上げる車輪と火炎の花吹雪が宙で衝突する。アベルを宙に押し留める炎の壁は、しかし薄まり、千切れ、破られる。

「!」

咄嗟に身を翻し、降り注ぐ車輪をかわす鬼神。

「流石・・・・でも甘い」

火達磨と化し悪魔の如き笑みを浮かべるアベルの顔が網膜に焼きつく。直後、凄まじい速度で二つの切っ先が鬼神の首に襲い掛かる。

バシィィッ

「く・・・・」

だが首は飛ばない。鬼神はエネルギーを込め刃と化した手刀で切り払ったのだ。しかし、血液が溢れ、零れ落ちる。手首が二の腕が裂かれているのだ。

「シュファファファファ」

不気味な笑い声が響く・・・・

ゴソリと、アベルの表面から黒いものが落ちる。「中身」が盛り上がり、炭化した皮膚が崩れ落ちたのだ。その中から現れたものは・・・・

「・・・・改めて自己紹介するよ。オレはネクロドラグーン」

「成る程、重装騎兵・・・・だからドラグーンか」

アベルの真の姿を見て京二が納得の声を上げる。

重装騎兵・・・・京二がそう、評したように、ネクロドラグーンのその姿は、真紅の全身鎧(フルアーマー)に身を包んだ都市防衛の騎兵の姿を思わせた。無数のパーツが複雑に組み合わさる事によってその形を成した鎧。顔を覆うのはフルフェイスの仮面。後頭部に付いた二つの褐色の宝玉の様なものは装飾だろうか。手にした武器も誂え向きに槍である。

彼が騎乗するバイクもその姿を変え、赤い狼のようなフォルムとなっている。

(ECMとレールガンは・・・・)

「・・・・ドラグーン違いだ瞬」

「ネクロ・・・・貴方、もしかしてネクロイド」

京二の突込みを軽やかに無視して呟く瞬に、ネクロドラグーンは頷いて答える。

「正解・・・・キミの予測の通りだよ。オレはネクロイド。妖人じゃあない。訳有って落天宗に出向している協力者さ」

(彼らも動いていると言うの・・・・?)

ネクロイド。それは欧州で勢力を拡大し、ついに日本にもその魔手を伸ばしてきたというある巨大秘密結社が擁する改造人間の名である。ここ最近、東京周辺で多発する大量殺人を伴った目的の見えぬ怪事件の首謀者とも言われている。

「さて・・・・この姿を見た以上は、まあ神野江さん、個人的な恨みは無いんだけど殺させて頂くよ・・・・・じゃ、いこうか? ガルム!」

『Yeah!』

バイクが、人の言葉を発して応じる。直後、爆発音のようなエンジンの唸りを上げ、突進攻撃をかけてくるネクロドラグーン。猛烈な勢いで押し迫る槍騎兵だが、鬼神はその直線的な突進を見切り、左に跳躍してかわす。だが・・・・

バキィィッ!

予想外の一撃を脇腹に受け、吹っ飛ぶ鬼神。間合いの外、しかも持ち手の逆に逃れた筈なのに・・・・更に突進攻撃。鬼神は意を決すると大胆に正面からネクロドラグーンの間合いの内側に侵入を試みる。

「甘いな! ガルム!!」

『Yeah! Wooooooo!!!」

一声遠吠えが上がる。同時にバイク・・・・ガルムの狼型のカウルから炎の塊が弾丸となって鬼神に撃ち込まれる。だが鬼神の進撃に躊躇は生まれない。

(将を射んとするならば・・・・!)

エフリートの如き様相で炎を突き破った彼女は、手刀を機械狼の頭に振り下ろす。切っ先は既に後ろ。防ぐ手立ては無い。

ガキィッ!!

だが、予想外にそれは槍によって防がれる。

(また・・・・?!)

彼女は切り結んだ際の衝撃を利用して後方へ飛びガルムの体当たりをやり過ごす。だが、ネクロドラグーンも彼女を逃しはしない。槍が宙で素早く円を描く。

「逃がさないよ!」

「!」

鬼神の動きが空中に固定される。長い黒髪が絡め取られている事に気付くのに彼女は一瞬の間を要した。だが、その一瞬で彼女の身体はフレイルの様に振り回され、地面に叩きつけられ、再び宙を旋回し始める。

「回れ、ま〜われ♪メリィゴーラン♪」

「く・・・・!」

鬼神も為すがままに身を任せてはいない。手刀を使って髪を切り落とすと、彼女の身体は遠心力に従って天へと投げ放たれる。空中で姿勢を変える鬼神。くるくると回転しながらビルの壁面に降り立つと同時に術を放つ。

「天津弓(あまつゆみ)!!」

鬼神の両手が金色にスパークし、飛び散る電光が弓と矢をなす。輝く弓に閃光の矢を番えて引き絞り、狙い射る。高電圧に空気をイオン化して輝きが走り、稲妻は狙い過たずネクロドラグーンに直撃する。

ドゥゥゥゥゥンッ!!

遅れて辺りに轟音が響く。しかし・・・・

(無傷?)

無数の閃光を散らしながら現れたネクロドラグーンの表面には僅かな焦げ目以外、目立った外傷は皆無。

(電磁シールド? それだけじゃない!!)

アルミホイルで包んだものを電子レンジにかけても加熱することは無い。簡単に言えばそれと同様の理屈により、鎧の様な外皮をホイル代わりにしたのか・・・・と一瞬考えた鬼神だが、彼女は即座にそれを否定する。天津弓は言うなれば超高温の硬プラズマ弾である。その程度のカラクリで防げる様な代物ではない。摂氏数万度の高圧高温ガスに貫けない材質など物理的に在り得ないのだから。

電磁的な加工。或は呪術的な加工をしているのなら別だが。

(なら・・・・試すだけ!)

何れかによって、必勝策も変って来る。彼女は意を決すると両手の指を組み霊力を集中させる。

「銀蜘蛛(しろがねぐも)よ・・・・」

そして何かを紡ぎ出すかのように両腕を左右に広げ、道路に降り立つ。

「行きなさい!!」

ヒュガッ

琴を奏でる様に優雅に彼女が指を動かすと同時に、道路のアスファルトが、ビルの壁面が見えない何かに引き裂かれ、あたかも毛羽立っていくような様を成す。

「ヒュウ・・・・流石。同じ不可視攻撃でも彼とは大違いだ」

口笛を吹いて感心するネクロドラグーン。霧崎との比較をしているのだろう。だが、彼の術とは基本原理が異なる。霧崎の術は極端な気圧差を利用した破壊であるのに対し、鬼神が現在行使している術は、呪詛をマテリアライズ(物質化)して分子間距離より更に細い糸状に形成したものである。天津弓とは別の論理により、あらゆる物理的防御手段を無効化しダメージを与える事が出来る攻撃術だ。

「受けて立つ!」

アクセルを全開にし、爆音を上げながら突っ込んでくるネクロドラグーン。波立つ破壊と真紅の弾丸が交差する。

ピシィッ

同時に跳躍する鬼神。全てを切り裂く筈の力の群れが弾かれたのを感じたからだ。

(やはり、対呪術[カウンターマジック]装甲)

本来は“彼”に対抗する為の物か、とも推理する鬼神。陰陽寮、日本国政府と協力関係にある世界最大の宗教組織より派遣され、自分と同じ様な活動をしている“彼”に対抗するための・・・・

(なら・・・・)

「切人舞(きりひとのまい)」

黒い長髪がふわりと広がった次の瞬間、其処から百八つの光弾が発射される。光はやがて形を変え、小さな鬼神の様な姿の、剣持つ人形に変わる。

「式神たちよ・・・・行きなさい!」

剣持つ僕達はその号令に応え、ネクロドラグーンに襲い掛かる。

「ファッ! これは流石に!」

一度片足をつくネクロドラグーン。其処を支点に高速ローリングを始める。

「ガルム! 火炎放射!!」

『Yaer!』

魔狼の放つ炎が渦を成し、真紅の旋風となる。式神達は文字通り飛んで火にいる夏の虫と化し焼き尽くされてしまう。

「喰らえ!! ヘルファイヤァァーストォォーム!!」

落下地点を捕捉し、更に突撃してくるネクロドラグーン。一陣の火災旋風を避ける手立ては無いかに見えた。だが突如、路地裏から疾走してきた赤いバイクが体当たりし、バランスを崩したネクロドラグーンは転倒しアスファルト上を滑っていく。

バイクの上に降り立ち、騎乗する鬼神。ハンドルの所にさり気無く式神の一体が乗っている。先程放った百八つのうち一体に取りに行かせておいたのだ。

「こちら神野江。アームドオプションを射出して下さい」

『現在位置確認中・・・・確認。これよりアームドオプションを射出する。到着予定時刻は1分54秒』

「何をしているかしらないけど・・・・」

立ち上がったネクロドラグーンがガルムを起こし、再びライディングする。

「間に合いはしない!」

槍を構え、再び突進してくるネクロドラグーン。さながら中世の馬上試合を思わせる。鬼神もまたアクセルを入れると正面から迎え撃つ。

「天津剣(あまつつるぎ)!」

彼女の掌から幾重にも稲妻が迸り、それが収束して光の剣になる。例え対呪詛処置を施された装甲でも其処に継ぎ目はある。弓のほうとは違い、常時エネルギー供給を受け元の形態を維持する剣のほうなら有効打を与えられる筈である。

一方は電光を帯びて。もう一方は炎を纏いながら。二つの赤い疾風が猛速で交差する。

「はあああああああ!!」

「シュファファファ!!」

繰り出される一突き。熱風を迸らせて鋼の牙が喰らい付かんと襲い掛かってくるのが鬼神には見える。喉、胸を狙った必殺の一撃。彼女は力を込め、剣の威力を濃密にすると、それをもって槍を薙ぎ払う。高出力呪詛と対呪詛の反発力で跳ね上がる魔槍。

(これなら!)

槍の間合いの内側。距離にして1メートル弱。コンマ数秒でゼロと化すその空間の確保こそが必勝のプログラム。鬼神はネクロドラグーンの頭上に神剣の一撃を振り下ろす。

バシィィィィッ!!

(これは・・・・?)

驚愕する鬼神。刃はネクロドラグーンの脳漿を焼き尽くすことなく、弾かれていた。彼女は本来ならば有り得ぬ物を見て驚愕したのだ。

(間に合うはずが無い・・・・・)

間に合うはずの無い、届くはずの無い、そうネクロドラグーンは自らの槍によって天津剣を防いだのだ。

(そうか・・・・)

ブレーキをかけ、反転させる鬼神。ネクロドラグーンも同様に、こちらを向いている。

「少し信じ難いけど・・・・伸縮自在の柄・・・・・それが貴方の槍に仕込まれたカラクリね・・・・」

「へえ」

鬼神が語る推測の言葉を聞き、ネクロドラグーンは何処か嘲る様な響きを持つ感嘆の声を発し、そして頷くと槍をくるくる回し始める。

「よく判ったね。判り辛い様に使ってたつもりなんだけど」

「私の目は・・・・逃さない」

「フフ、じゃあ紹介しよう。これがオレの得物・・・・『長顎』アントニオ」

回転を止め、腰溜めにアントニオを構えるネクロドラグーン。西遊記の孫悟空が持つ如意棒の様に自在に伸縮する。

「ま・・・・それがわかったとしても、次の一撃は防げない!!」

再び突進を掛けてくるネクロドラグーン。一度振り回すと一気に伸張させながら直上からの一閃を繰り出してくる。鬼神もまた突進しながら、僅かなハンドル操作で左にかわす。僅かにスピードが落ちる。その瞬間を逃さず、王手を打ち込むネクロドラグーン。

「は! 其処だよ!! そこ!!!」

一度、手元に槍を戻すネクロドラグーン。一瞬、彼の背後にオーラが炎の様に立ち昇ったかのように見える。そして・・・・・

「必殺!! スパーク!ファランクス!!」

「!!」

キィィィィィィィィィィン

澄んだ高い音色が響いた次の瞬間、鬼神の眼前に槍衾が広がる。

「アウアウアウアウアウアウアウアウアウッ!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

伸縮を最大限に利用した突進しながらの連続突き。魔槍の弾幕に飲み込まれていく鬼神。

「しゅーーーーーーーん!!!」

京二の絶叫が木霊す。そして止めとばかりにガルムの火炎弾が炸裂する。

「アウフ・ヴィターゼン(さよならだ)!!」

ネクロドラグーンが決めの台詞を放ちブレーキをかけガルムをターンさせて止める。炎の赤光を受けて、真紅のボディを地獄のマグマの如く輝かせる。

しかし直後、炎は内側より破裂し青白く輝く弾丸が飛び出してくる。

「なにっ?!」

驚愕の声を上げるネクロドラグーン。急発進させ、避けようと試みるが、不意を打った一撃は胴体を掠めることに成功する。

「ぐぅぅぅっ!」

ズシャアッ

青白い弾丸が降り立つ。鬼神と彼女が駆るアークチェイサーだ。ただアークチェイサーの姿は変化している。フロントカウルからタンク周りにかけて、筆で「雪」と大書された青白い氷を思わせる装甲が覆っているのだ。真紅だった全体も青白く変色している。

「機能拡張モジュール『スノウホワイト』・・・・重装甲と簡易バリア発振機により防御力を特化させたわ」

それを見て、ネクロドラグーンは舌を打つ。

「ち・・・・反則だろそれ」

「私は目的も手段も選べる程偉くはないから」

よく見れば、鬼神の身体の至る所に痛々しい傷が残り、また焼け焦げ、美しかった黒髪も縮れ荒れている。甲冑を思わせるネクロドラグーンの生態装甲も、不意の一撃を受けて拉げ歪みが生じている。

「ま・・・・いいさ。それも」

ブオォォォン・・・・ブオオオォォン!!

エンジンが放つ、重低音の唸りが最高潮に近づいていく。そして・・・・

グオオオオオォォォォォ!!!

ガアアアアアァァァァァ!!!


巨獣の様な咆哮を上げ、地面に炎の軌跡を残し、二つの弾丸は解き放たれる。

「夜猟襲ゥゥゥゥ!!!」

鬼神の髪が赤く染まり、内側から強烈な破壊衝動を伴う莫大な力が湧き出してくる。それは彼女の全身を通してアークチェイサーに伝達され、アークチェイサーは赤い光に覆われ飛翔する。

「アァァァククラッシャァァァッ!!!」

「うおおおおぉぉ!!!」

ガルムもまた飛翔する。そしてネクロドラグーンは必殺奥義を再び繰り出す。

「スパァァァァク!! ファランクゥゥスッ!!!!」

一方は真紅の徹甲弾、もう一方は紅蓮の散弾と化して空中で激突する。

ドゴォォォォォォォン!!!

壮絶な爆発が空中で火球を象る。

ドシャッ・・・・・

二人の改造人間は降り立つ。一方は残骸に塗れて。もう片方は愛車に乗ったまま。

「ぐ・・・・」

「・・・・」

鬼神はアークチェイサーから降りる。フロントの装甲は失われ、色も元の赤に戻り、エンジン部からはオーバーヒートの煙を上げてはいるが。

一方、ガルムは原型を留めぬほど、完全に粉砕されている。舌を打つネクロドラグーン。

「・・・・ちぇっ、使えないなぁ」

『も・・・・ザザ・・・・ザザ・・・・申し訳・・・・ザ・・・・有ま・・・・ザ』

ガルムの自律思考ユニットと思われるパーツがノイズ混じりの言葉を発する。

「いいよ。仕方ない。ああいうのには想定されていないからね」

そう言ってパーツに付いたボタンを押し、機能を停止させる。

先程の一瞬、鬼神は衝突寸前に強制解除したアーマーパーツを弾丸の様に射出して囮にし、その隙に乗じてアークチェイサーの後輪で一撃を見舞い、大馬力が生む超高速回転によりガルムを粉砕したのだ。

「危うくオレも死ぬところだったよ・・・・」

だが、ネクロドラグーンはサイの様に縮めた「アントニオ」によってタイヤを受け止め、バイク奥義夜猟襲ブレイクを凌ぎ切ったのだ。袈裟懸けに弧を描いて振り下ろすと元の長槍の長さに戻る「アントニオ」。

「ガルムを壊した位で・・・・勝てると思うな!」

ブン!

“伸びる突き”を繰り出してくるネクロドラグーン。それを盾で逸らしながら鬼神は高速で接近する。

「ハアアアアッ!!」

繰り出す鬼衝角の一撃。しかし、槍の戻りの方が早い。切っ先が衝突し、火花が散って弾ける。ネクロドラグーンは上体を僅かに揺らし、鬼神は後方に跳ねる。

ネクロドラグーンは槍を振り被り、腰を深く落とす。

「シャアアアアア!!!!」

ブアァッ

円月に弧を描く高速のスイング。妖しく煌く穂先が鬼神の首筋を狙う。彼女の身体は宙。完全に回避する方法は無い。

「銀蜘蛛!」

しかし彼女はその一撃を回避するのでなく、弾いて防ぐ。呪力の蜘蛛糸を放射し弦のように張って槍を弾いて更に飛び、ビルの壁面に着地する。

(反転・・・・)

「キィィィック!!!」

三角蹴り。ビルの壁面が爆裂し、砕けたコンクリートの破片と赤い塊が弾丸となってネクロドラグーンを襲う。

「くぅぅっ?!」

弾かれた槍は間に合わない。迫り来る鬼神のキックに彼は右腕で対応する。

ドゴン!

鈍い衝撃音。手甲に突き刺さる鬼神の踵だが、その強靭な生態装甲を貫くには至っていない。ビリビリと衝撃の残滓に空気が震える。

(硬い!)

「軽いぃぃッ!!!」

ブン!!

ネクロドラグーンの右腕が咆哮と共に高速で振り抜かれ、鬼神の体は宙に跳ね返される。即座に繰り出される追撃の一突きと鬼衝角が衝突し、コンマ数秒の拮抗の後、鬼衝角が割れて刃が鬼神の身体を突き刺す。

「!」

胸を刺し貫かれた鬼神が赤い飛沫を撒き散らし串刺しにされる凄惨な光景が広がる。だがそれは、一瞬の直後、霞となって消滅する。
「二重霞(ふたえがすみ)。貴方が貫いたのはフェイクよ」

「解説サンクス。見えてないとでも」

ネクロドラグーンは既に背後に向かって石突を繰り出していた。槍の底部が鬼神の腹を打ち据え、刹那に於いて旋風を描いた穂先が彼女の脇腹を裂く。

「なっ・・・・」

しかしその光景も、一瞬の後に掻き消える。

「言ったでしょう、“二重霞”と。私の姿が二重じゃない。霞が、二重」

ネクロドラグーンは足裏から地面の感覚が消えた事に気付く。背後から、足払いを受けたのだ。直後、眼前に鬼神の踵が迫っている。猛烈な勢いで降り注ぐ真紅の稲妻が、ネクロドラグーンのボディを地面に撃ち込む。

「ぐあっ!!」

呻き、口部のスリット状の穴からどす黒い血の様な液が吹き出る。

「その頑丈な・・・・重い生態装甲が仇よ。貴方の身体を護る筈のそれも重力と結びついて、内臓・骨格にダメージを与える凶器になる」

ネクロドラグーンの腹をヒールで踏み付けながら淡々と説明する鬼神。

「・・・・そしてこの状態から最も有効にダメージを与える手段は」

「うぐぁっ」

立ち上がろうと上体に力を入れたネクロドラグーンの下顎に蹴りを入れると、鬼神は彼の身体から降り、ガルムの破片が散らばっている辺りに歩いていく。そして徐に何かを拾い上げると再びネクロドラグーンの前に戻ってくる。

「モーニングスターという棍棒は、その大きな質量を叩き付ける事で甲冑を纏った西洋の騎士に対して、剣なんかよりもずっと有効打を与えられたそうね」

「な・・・・な・・・」

彼女の手にしたもの。それはバイクの部品の中で最も硬く、重く、大きい。即ち・・・・

「御免なさい。貴方のパートナーの心臓・・・・使わせてもらうわ」

ガルムのエンジンを振り翳し、叩き下ろす。

ドグシャアアア!!!

「ぐああああああ!!!」

目を瞑りたくなるような凄惨な光景。耳を閉ざしたくなるような壮絶な悲鳴。

鬼神は、何度も何度も何度も何度も、エンジンを振り上げては下ろす、という動作を繰り返す。その度に、凄まじい破壊音が響き、ひしゃげ壊れた金属の部品が飛び散っていく。

「御免なさい。貴方が敵である以上、私は貴方を殺すわ」

体積が半分ほどに減衰したエンジンを放ると、二つの球体が付いたネクロドラグーンの首をつかんで、彼の身体を引きずり出す。

「くそ・・・・酷い女だな」

「知ってるわ」

自嘲気味に頷いて、ネクロドラグーンの軽口を流すと、鬼神はネクロドラグーンの身体を、腹を上にして十字交差させるように肩に負う。

「うく・・・・これは」

「はあああああああっ!!!!」

鬼神は力を解放する。内側から溢れ出す破壊的なエネルギーが彼女の全身に漲り、髪が鮮やかな黒から、禍々しい赤へと変わっていく。直後、アスファルトを爆裂させて垂直に跳躍する鬼神。

「夜猟ォォォォォ襲ゥゥゥゥゥ!!!」

「うああああああああああ!!!!」

ネクロドラグーンを担いだまま鬼神は上昇して行き数十メートルの高さで静止する。そして次の瞬間、重力加速度を遥かに上回る速度で降下が始まり、貫かれた大気が雷霆の様に幾重にも爆音を鳴り響かせる。

「くそおおおおおおおおお」

「ブリィィィィィィカァァァァァァァッ!!!」

ドゴオオオオオオオォォォォォォォン!!!!!

隕石の激突を思わせる爆音を鳴り響かせ、赤い十字が道路に突き刺さる。自らの身体を支点に鬼神はネクロドラグーンのボディを腹から圧し折る。

メキメキメキメキ・・・・・バキン!

生態装甲がホウセンカの実が割れる様に爆ぜて、黒色の粘液がドロリと溢れ出て鬼神の身体の上を流れて落ち、地面に到達する前に煙となって散る。

鬼神の知覚機能はネクロドラグーンの生体機能の停止を認識した。


ガラガラと音を立てて地面に落ちるネクロドラグーンの亡骸も、黒い蒸気の様なものになって霧散していく。

「お疲れ。こいつは爆発しないんだな」

何処から取り出したのかハンドタオルを差し出してくる京二。既に変身を解除し“鬼神”から“瞬”に戻った彼女は、受け取ったそれで額に染み出した汗を拭いつつ答える。

「ふぅ・・・・彼らも超物理的な作用を持ったエネルギー・・・・魔力をその機能の一部として組み込んでいるようですが・・・・妖人の妖力に比べて自己完結性が強く、また機能停止と同時に触媒となる細胞組織を急速に崩壊させる消化酵素か・・・・科学薬剤の様な物が分泌されているので・・・・爆発の様な派手な滅壊現象が・・・・はあ・・・・起こらないようです」

瞬は切れ切れに、そう解説する。彼女の顔は仄かに紅潮し、呼気の都度小刻みに肩を揺らしている。

「・・・・辛そうだな」

「一度の変身で夜猟襲を複数回発動させた時に起こる拒絶反応・・・みたいなものです。鬼神のエネルギーはもともと、負に属するものですから。夜猟襲を何度も使うと、それが体内に大量に残留して・・・・生命エネルギーと相克作用を起こし、身体機能に影響を及ぼすんです。でも大丈夫・・・・直ぐに回復しますから」

「そうか・・・・」

彼女は微笑を浮かべて答えるが、それは明らかに自然なものではない。

「逃げ遅れた人たちは・・・・?」

「・・・・三人は手遅れだった。一人はさっき、息を引き取ったばかりだ」

アスファルトに拳を打ち付ける京二。血が薄っすらと滲む。

「すまん・・・・つき合わせちまって」

「いいんです。もう・・・・判りましたから。貴方の人となりが・・・・」

翳りを伴う微笑。少し、疲れた様なその表情に、京二は少なからず罪悪感を覚える。

「貴方は・・・・貴方のその人格も含めて・・・・“京二さん”ですから。私は、使命と義務に基づいて・・・・貴方を守るだけ、です」

(何故・・・・)

京二は思う。何故、と。そして、その思いを口にする。

「どうしてだ? どうしてお前は『使命』とか『義務』とか・・・・そう言うものに命を賭けていられるんだ?」

「・・・・私は、きっと彼らと一緒です。私には何も・・・・無い。求められ、それに応える、そんな生き方しか・・・・私には出来なかったから」

「・・・・瞬」

「私、本当に、酷い人間なんです。私も・・・・自分の居場所を守る為に、誰かを利用し、誰かを犠牲にして・・・・彼らと変わりません。さっき言ってましたよね・・・・お前は『仮面ライダー』じゃないって。私もそう思います。私には、きっと彼等の様には成れません。私は・・・・結局、自分の為にしか・・・・戦ってませんから」

自虐的に響く瞬の言葉。居た堪れず、京二は言う。

「・・・・いいじゃないか。それも」

「え?」

「いいさ。それでも。仮面ライダーじゃなくてもいいさ。良いコじゃ無くったって構わないさ。そんなのは、俺みたいなにわか偽善者が夢見る幻影だよ。あんたは、あんただ。神野江瞬だ。自分の生き方が、それしかなくて、それでも、その生き方に罪悪感を持って悩んでいる・・・・俺は、そういうのも嫌いじゃない・・・・いや」

ふわり、と両手を瞬の身体に絡ませ、引き寄せる。

「好きだな」

「え・・・・ちょ・・・・きょ・・・」

「有難う。感謝する。俺一人じゃ何も出来やしなかった」

「京二さん・・・・」

瞬は、自分の顔がこれ以上も無いくらい赤面しているだろう事を想像する。京二には、激しく拍動する心臓の音が聞こえているだろう。

何かが思い出せそうだった。湧き上がってくる。感情を通り越した何かが。ずっと昔に失くしてしまった、大事な筈だった何かが。

「・・・・不謹慎です。こんな所で」

「無粋なこと言うなよ」

「・・・・まだ、会ってから一日も経ってません」

「好き嫌いに時間は関係ないさ」

「・・・・京二さん」

使命・・・・義務・・・・彼を守る理由は、それであった筈ではないか。現に今先程に自分で明言した筈だ。だが・・・・今はもう、そう言い切れる自身は無かった。

「私は・・・・」

赤く輝く粒子が瞬を覆う。その姿が、鬼神へと変わる。

「・・・・怪物なんですよ」

「人間ってのは、心の有り様を指す言葉だぜ」

「ロマンチスト・・・・なんですね」

「学者らしくないって、よく言われるよ」

同情だったのかもしれない。大事な何かが抜け落ち、それを埋める為に必死に足掻いている様に見えた彼女に対する・・・・。

(卑怯者だな・・・・俺は)

行為を同情に起因させ、響の良い言葉と勢いでごり押していく。既に瞬は、自らの意思で以って京二に寄り添っている。しかしそれは・・・・

ィィィィ

結局は、自分も何も変わらない。自分の都合に誰かを利用している。その罪悪感が、彼の衝動を押し留める。男としての欲求を、自制する。

ィィィィィィィ

飛行機だろうか。小波が打つ様に、遠くから戻り始めた喧騒と、通報を受けた警察機関のサイレンの音の中で、一際高く響いて聞こえる。

ィィィィイイイイイイ

「京二さん!」

「?!!」

不意に瞬は体重を彼にぶつけて来る。半ば乱暴な思いがけないその行動に、姿勢が崩れかけた京二だが、転倒することは無い。瞬が彼を抱き締めたままだからだ。そして京二は見る。真紅の花が彼女の背に咲き乱れる瞬間を。

「油断大敵」

「・・・・・!!!」

「火事親父」

「うおっ・・・・」

自分の方に崩れかかって来た瞬の身体を今度は京二が抱き止め、支える。

「シュファファファ」

奇妙な笑い声が死角から響いてくる。しゃがんで居たのだろう。だが、それはゆっくりと立ち上がり、その姿を見せる。

「まさか・・・・・」

京二は呻く様に呟く。

宝石の様な球体が二つ付いた頭部。赤い生態装甲。U字二又の穂先を持った長槍。ボディラインは三分の一に絞り込まれていたが、その姿は紛れもない。

即ち・・・・

「ネクロドラグーン・・・・!!」

「ラヴってコメってたら・・・・死ぬよD」



両足の感覚が無い。腰から下が無くなったようだった。

「・・・・忍法に空蝉の術ってあるよね。敵から攻撃を受けた時、丸太と身体を入れて離脱する術。

あれさあ、『本当に死んだ』って思わせたらもっと効果的だと思わない?」

皮肉っぽい口調で比喩的な例え話をするネクロドラグーン。即ち、先ほど黒い霧となって蒸発したものそれは・・・・

「つまり亡骸ではなく抜殻・・・・!」

「山本君、座布団持っていって」

ネクロドラグーンがパチンと指を弾くと、マンホールが開き、ゾンビに似た何かが這い出してくる。何故か地味な色の和服に身を包んでいるそれは、緩慢な動きで京二に向かってくるが、眉間・心臓・足首に正確な狙撃を受けて転倒し、泡となって消える。

・・・・・ひゅぅぅぅぅぅ

珍妙な場の空気に左右されず、一人慄然としているのは鬼神。

「な・・・・確かに・・・・死んでいた・・・・筈」

京二に支えられたまま彼女は呻く様に呟く。彼女の知覚機能は確かにネクロドラグーンの生体反応の消滅を確認した。しかし、彼は生存していた。ネクロドラグーンはその質問を待っていたかのように満悦した声を上げる。

「フシュフフファ・・・・まんまと騙されたって訳か。と言う事は、予定通りの性能が発揮されたみたいだな・・・・擬装幽体(イデアル・デコイ)は」

「イデアル・・・・デコイ・・・・?!」

「シュファファ・・・・『冥土の土産に教えてやろう』・・・・偽の生体反応を投影し、キミらの超感覚を欺くための機能さ。オレはもともと、キミらみたいなのをぶっ殺すために造り出されたネクロイドでね。その目的の為に付けられた装備の一つだよ」

「な・・・・」

「これを使えば、簡単に死んだフリや弱点の隠蔽も出来る。シュフフ、はっきり言って目を凝らしても無駄だよ・・・・これは言わば『幻を見破る超感覚を騙す為』の機能だからね。目を凝らせば凝らすほど罠に嵌る。心眼なんて、言わずもがな」

「!」

鬼神は理解する。ネクロドラグーンの言う「キミら」の意味を。そう彼ら、だ。白銀に輝く鎧を身に纏うカトリックの聖騎士。そして・・・・・

「シュフフファファ・・・・一度言ってみたかったんだ。『冥土の土産に教えてやろう』ってね。念願がかなったよ。これぞピカレスクロマンってやつだよ、ウン」

ネクロドラグーンはそう言うと、静かに槍を構える。

「さて、ネタばらしも済んだことだし御喋りはここまでにしよう。個人的な恨みは無いんだけど、これも仕事でね。まあ、キミならわかるだろ」

「私は・・・・」

「瞬!」

京二肩から手を離し前に出ようとする鬼神。しかし、両足が巧く動かず再び転倒しそうになって京二に支えられる。

「無理だよ。脊髄をザックリぶった切ったからね。支えられてるとはいえ、立ってるだけでも奇跡チックだよ」

「私を・・・・」

鬼神はもう一度、京二の身体から手を離す。その掌には細かい稲妻が無数に生じている。彼女は意を決するとそれを自らの胸に押し当てる。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅ」

激しいスパークが起こり、黒髪が逆立っていく。そして・・・・彼女は一歩を踏み出す。

「甘く見ないで」

「無茶をするね。キミ」

感覚というものは、極論すれば電気パルスを利用した信号である。鬼神は自らの体内に符術で発生した電流を流し込み、それを制御することで電気信号の代わりをさせたのだ。

「神経が焼け切れるよ」

「その前に、貴方を・・・・倒す」

「無理だと思うなぁ・・・・オレは」

その言葉と同時に、ネクロドラグーンの背中に四枚の翅が広がる。薄い、朱を帯びた透明の翅だ。その姿に京二はドラグーンの真の意味を理解する。“ドラグーン”の名が単に竜騎兵だけを意味したものではない事に。

(・・・・成る程、ドラグーンってのは・・・・ドラゴンフライ・・・・蜻蛉の事も意味してるってわけか・・・・それに)

細長い透き通った翅を生やした極端に華奢な体形。頭部の巨大な二つの球体。その姿は確かに蜻蛉・・・・それも赤蜻蛉を思わせた。そして槍を持ち、上空から一撃を繰り出してくる様は・・・・

(・・・・これ以上の想像は止めておこう)

京二は頭を振って妄想を止める。これ以上は無意味な事だ。それよりも今は・・・・

「瞬・・・・」

「私は・・・・勝ちます」

鬼神の背から赤黒い煙がジュウジュウと音を立てて立ち昇っている。高電圧に血液が蒸発しているのだろう。だがそれは同時に、彼女の信念が燃える焔でもあるようだった。

「ああああああああっ!!!」

咆哮を上げる鬼神。髪が一瞬で禍々しい赤に染まり、両目が激しく発光する。

(・・・・三度目!)

「夜猟襲・・・・」

一度拳を握り、力を込めると獣が牙を剥く様にそれを広げる。彼女の掌に真紅の光が宿り炎の様な揺らめき唸りを放ち始める。

ゴォォォォォ

「受けて立とう」

ネクロドラグーンもまた構える。槍を腰溜めに穂先を地面に向けて。

次の瞬間、鬼神は鋭く大地を蹴る。弾かれた様に彼女の身体は撃ち出され、髄を裂かれた事を思わせぬ凄まじい速度で突進する。

「うあああああああっ!!!」

鬼神はネクロドラグーンに向けてその真っ赤に燃え、轟く拳を真っ直ぐに繰り出す。

「フィン・・・・」

そして、

ネクロドラグーンの姿が、

消える。


鬼神の身体を覆っていた赤い光が千切れる様にほどけ、消える。

直後、全身から噴き出す血液。

やがて・・・・鬼神のその姿も輝く赤い粒子に変わり、瞬は自らの流した血の中へくず折れる。

「しゅーーーーーーーーーん!!!!!」

絶叫を上げる京二。だが最早、瞬は応えない。

赤く血糊のこびり付いた槍を振り、ネクロドラグーンが見下ろす様に瞬の傍らに立つ。

「・・・・流石にしぶといね。未だ、生きてる」

槍を振り上げるネクロドラグーン。

「でもまあ、これで止めだよ。首跳ねたらキミなら死ねるでしょ」

ネクロドラグーンは物言わぬ彼女に答えを求めるでもなく問いかける。

「じゃあね。鬼神・神野江瞬。忌まわしい“悪しき者の敵、人類の味方”の一人よ。今度こそ、アウフ・ヴィダーゼンだ」

「止めろ!!」

ガァン!

銃声が響く。そして拉げた弾丸が槍に打ち落とされ、アスファルトの上に転がる。

「・・・・何のつもり? 伊万里京二さん」

「瞬を・・・・殺すな」

京二が静かに二つの銃口を向けている。右手のものは瞬から渡された銃。左手には昨晩の戦闘の後、遺された黒畑の大口径拳銃。

「オレを倒すつもりかい? 拳銃で? 無理だよ。鈍重な文科系で呪術オタクな彼らならともかく、オレにはそんなものは当たらない」

「ああ・・・・あんたには当たらないかもな。だが・・・・」

右の銃口を自らのこめかみに押し付ける京二。

「俺には確実に当たるぜ?」

「自分の命を人質にするつもりかい?」

「ああ。俺は格好付けだからな。女を守る為には命ぐらい賭けれるのさ」

「へえ・・・・うん・・・・マジ格好良いよ。迷惑千万だけど」

ネクロドラグーンは感嘆の声を上げる。京二が本気である事を悟ったからだ。このまま瞬に止めを刺せば、間違いなく自決するだろう事をその刃の様な眼差しから彼は読み取る。

「どうする? このケースには俺しか知らないロックがされてる。不正な手段で開けようとすれば、それだけでドカンだ。瞬を殺せば、俺も、このケースの中身も、どっちも手に入らないぜ」

「成る程ねぇ・・・・そいつは不味いな。それが手に入らないと色々と都合が悪くなってくるからなぁ・・・・未だ“彼ら”の所でやらなきゃならない仕事もあるしね」

ネクロドラグーンは一つ溜息をつき、面倒そうに頷く。

「わかったよ、伊万里京二さん。利益効果を考えれば貴方の要望を飲んだほうがよさそうだ。この距離じゃ貴方の格好付けを完全に止めれる自信も無いしね。でも、貴方には一緒に来てもらうよ。それが条件だ」

「・・・・わかった」

「はぁ・・・・ミスったなぁ。ちゃんとコンバットコープス使えばよかったよ。でも臭くて嫌いなんだよなぁ・・・・」

ぼやく様に言ってネクロドラグーンは京二に近づいていく。

「不意を打って至近距離でドカンってのは無しだよ。怒らせるだけだから」

「・・・・仁義くらい弁えてる」

京二はぶっきらぼうに言うと、銃を二挺ともネクロドラグーンに投げ渡す。

「じゃあ、オレも敬意を表すよ」

ネクロドラグーンがパチンと指を鳴らすと、しばらくして上空からバリバリと空気を裂く音が響き始める。ヘリコプターがやがて道路の真ん中に着陸する。

「きょ・・・・きょう・・・・じ・・・・・さん」

呻く様な瞬の声がプロペラ音の合間に響く。僅かに驚嘆するネクロドラグーン。

「意識が・・・・」

「瞬・・・・安心しろ。俺は心配していない」

京二は優しい口調で呟く様に言うと、ヘリに乗り込む。

「・・・・必ず助けに来いよ」

「では・・・・考古学博士一名、空の旅に御招待・・・・行き先は黄泉の一丁目です」

ネクロドラグーンがそう冗談めかして言うと同時に、ふわりとヘリは軽やかに宙を舞い始め、徐々に上昇速度を速めていく。眼下の光景が加速度的に遠ざかっていく。


「もっと丁寧な別れを告げなくて良かったんですか? 伊万里京二さん」

既に高天アベルの姿に戻ったネクロドラグーンに問われ、京二は訝しげに返す。

「・・・・何故だ?」

「今生の別れかもしれませんよ。あの傷では九分九厘、助からない」

首。アキレス腱。右胸。右下腹部。左肩。左手首。右太腿。その他大小含めて二十三の傷を刻み付けた。あの失血量では運が良くても再起不能だ。奇跡的に回復出来たとしても数ヶ月を要するだろう。例え改造人間であってもだ。だが・・・・

「なぁに・・・・先カンブリア紀からヒーローは不死身だって決まってるのさ」

「彼女は女性だからヒロインですよ」

「あ・・・・う・・・・看護婦が看護士に改名される御時世だから別にこれでもイイノダ」

「・・・・男女雇用機会均等法は悪法ですよ」

等と場違いな遣り取りをする二人を乗せて、ヘリは空の彼方へと舞って行った。

(・・・・オレも甘いな)


「う・・・・く・・・・」

そして瞬は、一つの決断を下そうと、必死にもがいていた。

「はあ・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・・・」

這いずりながら、流れ出た血液で道路に咒印を刻み、辛うじて動く右手をそれに押し当て力を込める。

「あ・・・・天津・・・・弓・・・・」

稲妻が迸り、光が弓・・・・いや、ボウガンの形を形成する。

彼女の脳裏に、彼女が与えられた命令がフラッシュバックする。

『もし、伊万里京二博士の保護が不可能と判断された場合、彼を始末せよ』

驚異的な精神力を持って、彼女は空の中で小さくなっていくヘリへと狙いを定める。

(御免なさい・・・・御免なさい・・・・)

『・・・・必ず助けに来いよ』

(私は・・・・)

『・・・・好きだな』

(私には・・・・)

「・・・・出来ない」

手から雷光の弩弓が滑り落ち、霧散する。

『俺なんか心で思って行動だ』

「御免なさい・・・・」

再び倒れ伏す瞬。だが・・・・

「でも私には・・・・未だ・・・・」

彼女は、悪寒に包まれた全身を叱咤し、再び這い始めた。

「やらなきゃならないことがある」



一方・・・・落天宗アジト。例の司令室。

「・・・・奴が目的を達成したらしいの」

「ああ。鬼神を撃破し、伊万里京二博士の確保にも成功した」

「博士は?」

「現在精密検査を行っている。だが、ほぼ間違いないだろう」

「感じたのね・・・・」

「ああ。間違いない。彼だ」

「・・・・そうか。なら、我々の目的も」

「ああ。作戦名『黄泉孵り』・・・・実行まで残すところ、最早僅かの時を待つのみだ」

「後は最後の布石を打つのみ・・・・じゃな」

「アレが完成したのか?」

「ああ。後は最後の仕上げを残すのみじゃ。後、半刻で動かせるようになる」

「フフ・・・・ヤマトの民め。我らの怒りの味を教えてやる・・・・」

低く笑い声が響く中、中肉中背の男が思い出したように問う。

「・・・あ、そういえば奴はどうしたんだ?」

「彼?」

「あの狐野郎が送ってきたラッキョウトンボさね」

「本作戦が終了するまで協力するといっていたようだけど・・・・」

「フ、何を企んでいるかは知らんが、『黄泉孵り』が発動すれば最早奴らとて・・・・」

「問題にならないだろうな」

闇が張り付いた室内に、再び暗い哄笑が響いた。


そして・・・・太陽は再び大地の下に隠れ、世界は闇が覆う黄泉の世界となる。

「闇を否定する愚かな民よ」

燦然と煌く都市の明かりも絶対的な暗黒を退けるには至っていない。

「思い起こすがいい」

月の明かりも星の明かりも映さぬ黒い水面に、飛沫が立ち、やがて裂ける。

「汝らが拒絶せし力の偉大さを」

水面に白い島の様な物が浮かび上がる。

「汝らが目を背けし正しき必滅の在り様を!」

やがて白い何かはその歪な球形の全貌を水面に現す。

「恐怖するが良い! 光に呪われし忌まわしき民よ!!」

巨大な髑髏。それは想像を絶するサイズの巨大な髑髏である。その空洞となった眼孔でさえ、直径は10メートル近い巨大な洞窟と化している。

「汝らの裁きの時だ!!」

やがて、陸に近づくに連れ、それが髑髏のみでないことが判る。

巨人が屹立する。

髑髏の顔面を持ち、死神の様な黒い外套を纏う巨大な巨人が。

ぐぅぅおおおおおお るぐおおおおおおおお でゅわぁぁぁあああああ

 いあうおおおおおおお ぎああああああああ いぃぁああああああ

ああがおおおおお ひゅおおおおおお ふぉおぉおぉおぉおぉ

 ずああああああぅぅやあああ  ひゅうぉぉぉおおおお


風の音かもしれない。

幾百・幾千もの獣の叫びの様な音色が、東京湾上に木霊した。


「ご苦労だったね・・・・いい実験結果はとれたかい? ネクロドラグーン」

「ええ。そちらは問題ありませんよ。ただ・・・・」

「ああ。アレには私も少し驚いた。まさかあんな隠し球を持っているとはね」

「どうします?」

「暫くは現状維持のまま静観してくれて構わない。状況を判断してどうにも不味そうだったら一度帰還してくれて構わないよ。改良を施したいしね」

「有難う御座います。では、一度通信を途絶します」

「ああ。頑張ってくれたまえ」

アベルは携帯電話をポケットに仕舞うと、金髪をぽりぽりかいて呟く。

「さて・・・・どうしようかね」

じっとりと湿った、しかし冷たい風が彼の頬を静かに撫でた。



TO BE CONTINUED NEXT AFTER・EPISODE



















★落天宗妖人ファイル(陰陽寮第三級?資料)
識別3444号 白井 修
水虎の妖人 身長190センチ前後 体重不明
呪術によって水を操り、弾丸や霧へと変化させる。
また、三十cmまで自在に伸ばすことの出来る爪は、三cmの鋼板を切り裂く切れ味を持っている。
しかし、呪術技能は妖人の中でもトップクラスだが、体術などの肉体を使った戦闘技術はやや劣るようである。雷獣の妖人・藤堂正輝とのコンビを組んで活動することが多く、その連携の凶悪さから「阿吽雷雲」と呼ばれる。

★落天宗妖人ファイル(陰陽寮第三級?資料)
識別3445号 藤堂 正輝
雷獣の妖人 身長160センチ半ば 体重不明
呪術によって操る雷を金色の体毛に帯びる。
非常にしなやかな筋肉を持っており、その瞬発力は高く百メートルを三秒で疾走する事が出来る。
呪術・体術ともに優秀で、特に格闘能力はかなり高い。水虎の妖人・白井 修とコンビを組み、「阿吽雷雲」と呼ばれる程の凶悪な連携攻撃を行う。

★落天宗妖人ファイル(陰陽寮第五級?資料)
識別4021号 霧崎 雄吾 
鎌鼬の妖人 身長170センチ半ば 体重不明
呪術によって空気圧を局所的に変異させる事で破壊力を生み出す。
その腕の先端からは鋭い鎌が生えており、近接格闘戦において使用される。また、緊急時は尻から可燃性の高い有毒催涙ガスを放出し、ピンチを離脱する。
それなりに優れた呪術を保有しているが、実戦経験が浅く、戦術的に有効な使用を行う事が出来ない。









次回予告

遂に始まる落天宗の一大プロジェクト。

東京を襲う巨大な死の影。

瀕死の瞬は再び立ち上がる。彼女を誘うのは使命か、それとも愛か。

古代遺物の真の力が発揮される時、

明かされる京二の秘密。そして鬼神という力の意味。

東京の夜が暗黒の炎に燃える時、

輝く光の灯火も燃え上がる。

次回仮面ライダー鬼神 後編「君のままで」

御期待下さい















後書き

どうも。うっかっりマン兼お遊び落書き野郎兼超絶不精人間 邑崎九朗です。

三ヶ月ぶりですね。皆様、お元気してたでしょうか? こんなどうしようもない文章に馬鹿みたいに時間をかけてしまって本当に申し訳ありません。

さて・・・・この鬼神ですが、実にキャラクターを誘導し辛い。

京二も瞬も、物語が始まった時点で「人間性がある程度の完成を見た」キャラクターなんで、

ヒーローものの醍醐味である「人格の成長・変化」がやりづらいんですね。京二なんて殆ど完璧超人だし・・・・「長谷川節のスピリッツ版滝」とでも言いましょうか? もう本当、隙を見せれば好き勝手絶頂に物語を脇道に逸らして行こうとする。

何時の間にかラヴコメですし。伊万里京二・・・・女の敵め。

で、この鬼神中篇ですが色々とポイント解説を。

・瞬の夢
彼女の身体が真紅で、目が緑の由縁です。そう・・・・彼女のモデルになったのは、俺の身体はボロ(邑崎自身がボロボロにされたので略
)
・再生した腕
きっと非難GOGOファイブな『腕の修復』。恐らく、ライダーマンの様に義手を付ける事を予想したかたもいらっしゃるでしょうけど、
敢えて、あっさりとケレン味なく、再生させました。これは“再生させる事”に意味があったからです。仔細は伏せますが。

・「狐め・・・・」
この台詞を言わせたくて、未だ名前すら本編には出てない幹部三木咲の正体を犬神などという今一ピンとこないものに設定してしまったのです。
本来、三木咲は狐火を操る妖狐だったのですが・・・・台詞からも判るとおり百鬼夜行をぶった切る、アヌビス星人みたいになりそうです。

・霧崎 雄吾
彼の扱いに付いては悩みの種でしたね。むやみやたらに噛ませ犬を出してよいものかと・・・・それから、霧崎というキャラクターは三兄弟にするという
一案もありましたが、展開が冗長になるので、没。彼の必殺技がその名残ですね。あれは本来合体攻撃なのです。

・ひとつう○のトンボ(当初はらっきょうトンボではなくこっちで呼ばせる予定だった)
で、超好き勝手絶頂(私が)ネクロイド・高天アベルことネクロドラグーン。
彼はもう、パクリとオマージュの物量作戦です。何が何かは野暮なので説明しませんが、裏話というか裏設定が明かせば、ネクロドラグーンのモード変更方式が変身ではなくアーマーパージの方式を取っているのは、「メルカトルがSIC仮面ライダーアギトバーニングフォームをいじりながらイナズマンの報告書を斜め読みしている時に思いついた」という何ともトホホな理由なのです(嘘)。そしてイデアル・デコイ。これは本来、仮面ライダーの怪人探知能力を混乱させるための文字通り囮(デコイ)として作られたのですが、ヴァリアントの新必殺技シルバースナイプの報告を聞いたメルカトルが弱点を隠すための機能として応用することを考え付いたようです。もう殆どネクロイドの範疇を逸脱しております。

・京二の術能力
話の途中に「京二が結界を張っていた」と思わせる台詞が在りましたが・・・・コンセプト上、京二は呪術などの類は使用できません。要するに落天宗の諜報部が駄目駄目だったからです。彼らは、潜入工作は得意ですが追跡索敵は苦手なんですね。

以上が、作劇の都合上本編中では語りきれなかった点です。本来は、こう言うものを長々と書かなくて言い様に物語りなり、設定集なりを組めばいいのですが、如何せん未熟な腕が描いたへっぽこ物語り故、御容赦の程をお願いします。

全体のまとめとして、今回はセリフ・テキスト中心の章になってしまいました。前回のようなバトルに重点を置いた反動です。冗長で申し訳ありません。

では、少々長くなりましたのでこれで締めさせていただきます。この様な駄文を読んで頂いた皆様、深く感謝の意を示します。

最早、仮面ライダーですら無くなりつつ有りますが、その辺りは次回きっちりと落とし前をつけます。

次回は破嵐万丈もビックリの護法妖怪が大暴れします。



おまけクイズ
光明寺ミツコばりに相方の名前を呼ぶ瞬ですが、この中編に於いて彼女は何度「京二さん」と呼んだでしょうか?
1.26回 2.27回 3.28回 4.この中に答えは無い!!
四択から御選択下さい。尚、オーディエンス・テレフォン・50:50は御座いません
正解は次回!


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