仮面ライダーヴァリアント外伝
仮面ライダー鬼神

決戦編「きみのままで」














 まだ寒い早春の夜。冷たい風が全身を吹き抜けていく。

 彼女は走り続けている。迷いを振り切り、戸惑いを突き破り。“伊万里京二を取り戻す”。その一途で健気な思いを熱く燃やして、冷たい風を切り裂きながら駆け抜けてくる。

 彼は微笑む。彼女の在り様に。或いは自分も得ることが出来たかも知れない、その姿に。

 しかし彼は、その道程に立ち塞がる。それが兵器としての彼の使命であり、存在意義だからだ。彼は知っている。例え自らの体が悪魔と等しい存在になっても、心までは悪魔に成れぬことを。孤独を耐えられるほど強くないことを。

 「・・・!」

 彼女の視力は捉えただろう。街灯も星明りも照らさない、暗黒に覆われた林道の先に立つ人影を。其処に在る見知った顔を。彼は待っていた。能力を駆使すれば、完全に不意を撃てるのに敢えてそれを行わず、律儀に待っているのだ・・・。


 彼女は・・・神野江瞬はアークチェイサーを減速させ、ブレーキをかけて彼の前に止める。

 「やあ、元気そうで何より」

 相変わらずの軽い口調を保ちながら言う。嬉しそうに人懐っこい笑みを浮かべる青年の名は高天アベル。一度は彼女を打ち倒した男。それに対する様に瞬は真剣な眼差しをアベルに向ける。

 「お願い・・・其処を退いて。私には、もう貴方と戦う理由が無い」

 しかしアベルの首が縦に振られることは無い。

 「悪いけど仕事都合があってね。オレには戦う理由があるんだ・・・勘弁してよ」

 立ち塞がる者への静かな願いは聞き届けられる事は無い。それは自ら退く事を選ばぬのと同じように。

 「どうしても駄目なのね」

 問いを投げかけるが、一抹の可能性に賭けたものではない。アベルの決意を確認するための問い。揺れる金色の頭髪。案の定、返答は首を左右に振った後に出される。

 「御免ね。キミたちに恨みは無い。だけど、何事にもけじめは大事だからね」

 彼女は頷き納得する。自身もまた彼と同じ様に、自らに課せられた務めに拠って戦い、立っていたのだ。彼女は拳を握り締める。薬指には輝く石を磨いた青い指輪。

 これは己との戦いなのだ。かつての自分自身との。

 「さあ・・・そろそろ始めようか?」

 昼食の準備を促す様な気軽さでアベルは言う。その言葉とは裏腹に、彼の碧色の瞳に宿る意思の炎は力強く燃え始めている。

 「ええ・・・」

 彼女は両手を左右に伸ばし、自らの外と内と奥底に巡る力の流れを感じ取る。

 「転化・・・」

 鬼の面をバックルに据えたベルトが現れ、その口が開いて中に据えられた陰陽盤が高速で回転を始める。それに伴い、放出される赤い光の粒子。

 「変・・・身ッ!!」

 中央に巻き込む様に両腕を時計回りに半回転させる瞬。光の粒子が集束し彼女の姿を変えていく。緑に燃える大きな複眼。額より猛り生えた一対の角。全身を赤く覆う生態装甲。そして長く美しく伸びる黒髪を翻すと力強い声で名乗る。

 「私は・・・仮面ライダー鬼神!!」

 アベルは喜悦に満ちた表情で歓喜の声を上げる。

 「そう。そうだ・・・キミは仮面ライダー! そしてオレは・・・」

 朱を帯びた透明の翅が二対、アベルの背中を裂いて伸びる。自身の左肩を掴んだ彼は、被せられた覆いを取り払う様にその姿を変える。

 「仮面ライダーを倒す為に造り出されたネクロイド・・・ネクロドラグーンだ!」

 頭上に頂く二つの宝玉は、自らが高速で動いても敵を見失わない為の巨大な複眼。四肢も胴も極限までに削ぎ落とされながら、しなやかさを失わない洗練されたラインがそこには在る。複合素材から成る一次装甲を外した高機動形態。伸縮する槍で攻撃する重装甲形態が幼生のヤゴならば、超高速で飛行し狩猟するこちらはさながら成虫のトンボなのだろう。

 「準備も終わったし・・・」

 伸縮自在の魔槍・長顎アントニオを両の手に構えるネクロドラグーン。薄翅が小刻みに振動を始め、俄かに彼の身体が地面より僅かに浮かび上がる。

 「やろうか」

 二人の動作は・・・・・・同時に起こる。翅が空を叩く鋭い音と同時に掻き消えるネクロドラグーンの姿。

 鏡宵明の符術が光の薄膜を球状に展開して鬼神の姿を覆う。

 シュバババババッ

 次の瞬間、凄まじい摩擦音が連続し、防御結界の表面が千切れ飛んでいく。撒き散らされる細かい燐光。音速を上回る速度と、擬装幽体の機能を併用する事で文字通り目にも留まらぬ速さで攻撃しているのだ。断続的に響く、澄んだ細い音色。薄翅との交差によって、空気は彼が其処に存在していたと名残を奏でている。

 (・・・)

 害意を遮る月光の盾は、見る間に削り取られ輝きを失っていく。繰り出す拳も、避けるステップも、音より速い竜騎兵の前では本来の作用を発揮することは無い。良い様に嬲られ、遂にはガラスの砕ける様な儚い音色と共に、その効力を失う。阻むモノの無くなった魔槍の二つの切っ先は、自らを獲物の血で染める為、鬼神の命に背後から食いかかる。

 バキィィィン

 爆光が一瞬闇に弾け、飛散した稲妻の破片が二人を照らす。鬼神の両手には黄金に輝く二振りの剣。稲妻の十字交差が必殺撃を遮ったのだ。

 「流石・・・だけど」

 声だけがその場に残る。既に姿を消しているネクロドラグーン。常軌を逸した加速・気配を消すシステム・闇に溶ける赤い体色。この三点が鬼神の知覚能力を超越せしめているのだ。仮面ライダーを倒す為に研究された成果・・・その結晶が槍の先端に込められ繰り出される。

 「・・・捉えた」

 だが、再び繰り出される攻撃も彼女を捉える事は無い。電光の剣が鋭く弾く。

 「凄い・・・!」

 驚愕の声と共に次々繰り出される攻撃も、尽く捌かれ有効打を彼女に与える事は出来ない。

 「陰陽寮式遁甲術・天星剣。攻撃パターンのサンプリングと簡易占星術による攻撃予想技術。例え見えなくとも、気配が無くとも、戦う技術が日本にはある」

 「・・・奥が深い。流石は神秘の国ジパングだ。でもね」

 一頻り感心するネクロドラグーン。次の瞬間には、既に其処に姿は無く高速連続攻撃が鬼神に降り注いでいる。巧みにそれを捌いていく鬼神だが、虚空から響くネクロドラグーンの声は忠告の様に言う。

 「防戦一方じゃあ勝てやしないよ?」

 「?!」

 次の瞬間、二本の天津剣は無数の光の欠片に変わり、鬼神もまた吹き飛ばされる。

 「必殺デュアルブレット。朝食には食パン二枚が丁度いいね」

 「それはブレッド・・・よ」

 「コンビでも組むかい? バルハラ辺りで?!」

 追撃をかけてくるネクロドラグーン。鬼神は宙で後方に回転し、地面に足を突き刺してブレーキをかけ、迎え撃つように振り被った拳に力を込める。

 「私は神道よ」

 「そいつは残念。ヨモツナンチャラか」

 ハンマーの様に叩き下ろす拳。急制止したネクロドラグーンは続けて離脱を始めるが、狙いは彼ではない。拳は地面に突き刺さる。

 「大蛇崩!!」

 ズガガガガガガガガガガガガガガ

 地割れが蜘蛛の巣の様に四方に走り、岩がささくれ無数の巨大な槍となって螺旋状に地面を破り空に突き上げていく。

 「こいつは本当凄い! スペクタクルだ」

 空から感心した声。空を我が物とする天魔には地龍の牙は届かない。だがそれも予測していた。

 「大蛇崩!!」

 更にもう一度、地脈に叩き込まれる呪力。

 「?!!!」

 ブワッ

 一瞬蒸気の様なものが吹き上がり、続いて石槍が砕けて宙に撒き散らされる。連続二度の超物理的干渉によって発生した過負荷が破砕したのだ。

 シュガガガガガガッ

 「くぅっ」

 「ぬぉぉおおっ」

 全盲射撃と化した飛礫の散弾は超音速の離脱先さえ閉鎖する。

 「未だ・・・角砂糖一個分・・・甘ァァァいッ!!」

 咆えるネクロドラグーン。槍を伸ばし風車の様に高速回転させ、迫る散弾を棹で弾いていく。

 「んなんとぉぉぉっ?!!」

 岩吹雪をやり過ごすネクロドラグーンだが驚愕の声を上げざるを得ない。巨大な岩槍の切っ先が眼前に迫っていたのだ。

 (散弾は目晦まし、本命はこちらか!! あと半分・・・甘い!)

 最早、声を出す暇も無い。人工筋肉の伸縮力を最大限に発揮して翅を振るわせるネクロドラグーン。真紅の細身が宙に翻り、岩槍の切っ先から消えうせ、鬼神の真上に現れる。だが既に、鬼神は次なる術の準備が完了していた。

 「天津弓!!」

 天と地を光の柱が繋ぎ、急激に膨張した空気が爆発音にも似た凄まじい轟きを上げる。

 光が行過ぎたとき、ネクロドラグーンは捻った体勢のまま空中で固まっていた。咄嗟に身体を捻り紙一重で避けたのだ。

 「なんてことするんだ! 殺す気か!!」

 何処かの芸人ユニットの様に激昂するネクロドラグーン。鬼神は静かに真剣な口調で答える。

 「・・・退いてくれないのなら」

 「いや・・・ボケにマジで返されても困るね」

 流石にげんなりして言うネクロドラグーン。鬼神は呟く様に答える。

 「こんな時、どういう風に言えばいいのかわからないの」

 「突っ込めばいいと思うよって・・・もう良いちゅうに!」

 「・・・」

 鬼神には何が何に対していいのか判らなかった。ただ、確信したことは有った。アベルがやはり蜻蛉なのだということ。体内に仮面ライダーを倒す為の様々な魔術兵装を埋め込み、竜の騎兵を名乗っているが・・・彼は本質的に“蜻蛉の改造人間”なのだ。

 ならば如何程の速度が有ろうと必ず・・・

 「フフ」

 ネクロドラグーンは笑う。だが嘲笑ではない。何処か楽しそうな微笑。

 「・・・キミ、少し変わったね」

 「・・・?」

 「なんだかさ、やわらか〜い感じが出てるよ」

 突然意味不明の事を言うネクロドラグーンに戸惑いを感じる鬼神。

 「前はさ、ストイックで固そうなイメージが在ったんだ。仕事一辺倒な完璧主義者・・・みたいな」

 「・・・」

 「オレも一時期は酷い仕事中毒でさ。キミのそんなトコにシンパシーを感じてたんだ。それから好意もね」

 ウィンクの積りだろう。眼の様な形をしたスリットの左側に灯る光が明滅する。言葉を失う鬼神。瞬の状態なら顔が赤く染まっていただろう。今も充分に真っ赤なのだが。そんな様子を楽しんでいるのだろう。ネクロドラグーンは笑いながら続ける。

 「シュファファ・・・でもね、キミは来た。本当はやらなきゃならない任務があるのに、それを投げ打って・・・」

 罪悪感が再び心に刺さり、鬼神は胸を押えて俯く。

 「・・・」

 「でもね・・・そんなちゃんと女の子してる、完璧じゃあなくなったキミは・・・人間的に前よりずっと魅力的だよ」

 「・・・・・・」

 俗に言う臭い台詞を何の照れも躊躇いも無く言い放ったネクロドラグーン。彼の前に、鬼神は暫く沈黙していた。やがて、静かに一言だけ答える。

 「・・・セクハラよ」

 「フフ・・・失礼。いや・・・ね、伊万里京二さんが羨ましいな・・・って思ってね」

 再び槍を構え直すネクロドラグーン。お喋りの時は、また終わりを告げるのだ。そして決着の始まりも。

 「キミみたいに強くて健気で可愛いコに慕われるならさぞや男冥利に尽きるだろうね」

 言葉と空気の裂ける音色と共に再び消える天魔の姿。

 直後に起こる稲妻の炸裂。刃と刃の交錯が再び繰り返される。

 舞い散る血飛沫。そして何かの焦げ付く様な臭い。鬼神は先程の様に全てを捌きは切れていない。ネクロドラグーンが攻撃パターンを僅かずつ変えながら仕掛けている為、鬼神の攻撃予測技術が追いついていないのだ。だが、それは諸刃の剣でもある。熟練し構築された攻撃パターンを無理矢理変えている為、攻撃の端々に隙が生じ、鬼神の“反撃”を完全に避け切れず、雷の剣に掠められてしまっているのだ。

 「シュファファファ!! 楽しいっ! これでこそオレがオレになった甲斐があるってもんだ!!」

 笑っている。ネクロドラグーンは笑っている。自身の存在意義をこの戦いによって満たし、歓喜に笑っている。

 シュガガガガッ

 眼前から襲い掛かってくる無数の弾丸。鬼神に容赦の無い破壊の洗礼を齎すのは、彼女が二度の大蛇崩で生み出した飛礫の散弾。

 「お出かけですかってね!!」

 槍で掻き、薙ぐ様にして弾き飛ばしてきたのだ。更にその後方より迫る研ぎ澄まされた殺意。捌く事は出来ない。

 腕を交差して石弾を耐え、その後に迫るネクロドラグーンに向かって術を解き放つ。

 「焔花風!!」

 交差した腕が左右に振りぬかれると同時に炸裂する強烈な炎の嵐。だが赤い竜騎兵は炎の壁さえも打ち貫き、とっさに彼女がガードをした胸ではなく、腹を突き刺す。

 「ぐぅっ・・・」

 「なっ・・・」

 噴出す血飛沫。鬼神の形態を維持する呪力が魔槍に込められた対呪詛の意匠によって反発を起こし、傷口を広げ様としているのだ。しかし戦慄の様相を呈するネクロドラグーン。彼女は呪力を上回る精神力・・・いや、ど根性によって腹部の筋肉の収縮を行い、更に巨大な膂力によってアントニオを固定している。その為、ネクロドラグーンは姿を消すことが出来ない。

 鬼神の漆黒の髪が大きく広がり、そこから無数の赤い光の玉が放たれる。

 「切人舞!」

 光は一瞬で収束し、小さな鬼神の姿を取ると一斉にネクロドラグーンに襲い掛かる。それは結った頭髪を依り代に象られた彼女の分身。幾重幾条もの軌道が空に描き出される。

 「うわああああっ!!」

 式神の群れは次々にネクロドラグーンに纏わり付き、彼の間接や翅を拘束していく。

 槍を腹から引き抜く鬼神。血が傷口から噴き出しネクロドラグーンに注ぐ。赤をより濃い赤へと染め上げていく。

 「く・・・うおおおおおっ」

 天へと掲げられる竜騎兵。やがて血が辺りに舞い始める。槍ごとネクロドラグーンの細い身体を振り回しているのだ。そして十二分に慣性力が加えられた所で空へ向かって渾身の力で投げ放つ。

 「ぐわああああああああっ!!!」

 「今だ―――」

 確信すると鬼神は、愛車・アークチェイサーの下に走り、そしてハンドルを掴む。

 (御免ね・・・)

 思えばこのバイクも不遇なものである。一抹の哀れみと謝罪の念を思う鬼神。

 アークチェイサー・・・本来は2007年を予定に正式投入される未確認生命体対策班の次期主力強化外骨格・G7システム用補助装備の候補としてSUDUKIで開発された戦闘用バイクだ。だがコンペンションにおいて、“汎用性”よりも“万能性”で売るHOMDA製のソードチェイサーに破れ、その後巡り巡って、自分の様な酷い主の下にやってきたのだ。

 彼女は道具にも霊が宿る事を知っている。付喪神というものだ。随分手荒に扱った侘びと労いをせねばなるまい。この戦いが終わったら。

 「はああああああああっ!!!!!」

 鬼神の髪が血の様な禍々しい赤に染まっていく。彼女が内に穿たれた“力の根源”と繋がる穴を押し広げる。莫大なエネルギーが凶暴で甘美な衝動となって彼女の内側を駆け巡るのを意思によって押さえつけ、ハンドルを握る右手を経てアークチェイサーに送り込む。

 「夜猟襲!!」

 グォォォオオオオオン

 ひとりでに始動するエンジン。ホイールが超高速で回転を始める。地面に足を突き刺して腰を落し、傷口から溢れ出そうになる内蔵を腹筋で押し留める。

 「クラッシャァァァァストォォォォォォォムッ!!!!!!!」

 鬼神は、アークチェイサーを、渾身の力を込めて投げ放つ。

 グオオオオオオオオオオオオオオッ

 ブーメランの様にコマ回転するマシンは、猛スピードで夜空を駆け抜け、唸りを上げる漆黒の牙で超音速の竜騎兵を貪らんと迫る。

 「ぐ・・・あ・・・甘いっ!!!!」

 パアァンッ

 爆発がネクロドラグーンの身体に起きる。

 翅を固定された状態に関わらず、無理やり人工筋肉を伸縮させる事で運動エネルギーを逆流させ、彼の生態装甲表面に高周波振動を起こしたのだ。

 「ぐっ・・・つぁああああっ」

 しかし其れは自身に及ぶ負荷も大きい禁じ手。強烈な衝撃が内臓器官や人工筋肉を傷つける。だが、彼は骨を断たれない為に、自らの肉を文字通り切ったのだ。血反吐を吐き、全身の間接から黒い液を滴らせながらも彼は鬼神の乾坤一擲の一撃をかわしきる。

 (御免ね・・・オレの・・・勝ちだ!!)

 最早、鬼神は満身創痍。必殺技も使ってしまった。あとは・・・

 「全咒符! 呪力解放!!!」

 「!!?」

 バン!

 アークチェイサーのシートが破裂する。直後、炎と稲妻が螺旋を描き彼の視界を完全に覆う。脳内のジャイロが一瞬麻痺する。避けることは・・・出来ない。

 「うああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 ドドドドドドドドドドドドドドドド

 「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

 全身に凄まじい膨大な熱量を浴びるネクロドラグーン。予めシートの下に大量の咒符を仕込んでおいたのだ。この一瞬の好機の為に。

 槍に組み込まれていたカウンターマジックは一瞬で押し切られ、彼の脆弱なボディは見る間に焼き抉られていく。彼は、煉獄の様なその中で、一際眩く輝きながら赤い光が空に上っていくのを見つける。

 「夜猟ォォォォォォ襲ゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 (おいおい・・・もたないよ)

 空中で一瞬静止する赤い光。真っ直ぐにネクロドラグーンに向けられた両足はやがて高速で回転を始める。

 「ジャイロッ!!」

 ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 「キィィィィィィック!!!!!」

 空気が引き裂かれて悲鳴を上げ、赤い竜巻が上空から押し寄せてくる。

 翅を焼かれ、槍もグチャグチャにされ、幼生体の装甲も出すことは出来ない彼に防ぐ手段は皆無。最も悪足掻きをしてチェックメイトを先延ばしするつもりもなかったが。

 アベルは敗北を認識する。幼生態の重装甲も、成虫態の超高速も敗れた今、彼がネクロドラグーンである意味は終わったのだ。

 鬼神の両足がドリルの様にアベルの胸へと突き刺さる。

 「ぎゃあああああああああああああああああっ」

 抉る。抉られる。トタン板より薄い生態装甲は一瞬で破れ、極限まで絞り込まれた筋肉も容易く引き千切られ、内部骨格は何の役も果たさずに砕け、内臓器官も跡形を残さず潰れて、そして彼の上半身と下半身は泣き別れる。

 地面に突き刺さる鬼神。土と岩が砕けて渦を成し、その上にネクロドラグーンの身体は落下した。


 「ぐ・・・が・・・がハッ・・・」

 「・・・」

 込み上げる熱い塊と、胸から下の喪失感に未だ生きていることに気づくアベル。鬼神・・・いや、神野江瞬が無言で見下ろしている。

 目は霞み、殆ど表情は見て取れないが直感的に泣き顔である、と感じる。自嘲するアベル。

 「ファファ・・・オレの負けかぁ」

 無念さは無く、何故かとても満足だった。やがて瞬は左手から何か外すとそれをアベルに差し出す。

 「・・・高天アベル。これを・・・!」

 「・・・こいつは?」

 青い石で出来たリングのようなものだ。

 「京二さんから預かった秘宝・・・傷を癒してくれる。完治は無理でも、死は免れる筈」

 「何故・・・それを?」

 成る程と、納得するアベル。京二のあの自身の根拠はこれだったのだ。だが、それを彼女が自分に渡そうとする理屈がわからない。

 彼女はその疑問に対して静かに答える。

 「勝負はついたもの・・・もう殺し合う理由は無いわ。だったら・・・手伝って欲しい・・・京二さんを助けるのを」

 「フフ・・・馬鹿だなぁ」

 「え・・・?」

 笑われ、キョトンとする瞬。アベルは苦笑しながら言う。

 「神野江瞬・・・オレだって一応は悪の手先なんだ。この道のプロとして・・・キミの・・・仮面ライダーの・・・手助けは・・・出来ないよ」

 「そんな・・・」

 「そんな顔しない。それに悪人は、悪人らしく、格好よく・・・暗黒の花道を・・・退場したいものさ・・・それがピカレスクロマンなんだから・・・」

 アベルの手を握り締める瞬。冷たくなって行く間接の継ぎ目に暖かいものを感じる。

 「・・・」

 「悪いね・・・我侭聞いてもらって。じゃあ・・・お礼に最後に君達二人に二つの言葉を送らせて貰うよ・・・」

 やがて暖かい感覚も消える。末端の神経が死に始めているのだ。急がねば成るまい。

 「まずは悪の怪人の最期として呪詛の言葉・・・『人間と改造人間の愛は成立しない。世界のあらゆる物、そして御互いすら障害となる』」

 住む世界。差別。敵。生き方。寿命の違い。それら全てが引き裂いていく。組織に属する改造人間ならば尚更だ。任務中、人間の女性に恋をして処分されたネクロイドを彼は知っている。

 「・・・もう一つは君らの友人の別れとして祝福の言葉・・・『例えどんな辛苦があろうともキミたち二人なら乗り越えられる』」

 彼女ならば伊万里京二を助け出し、伊万里京二は彼女を幸せに出来るだろう。彼は願うように祈る様にそう思う。

 「御免なさい・・・」

 もう、笑い声さえ上手く出ない。それでも無理をして笑いながら彼は言う。

 「キミは良く謝ってるなぁ・・・でも、それが良いんだ。君は、君のままでいれば良い。それが彼を救う鍵だよ・・・」

 そう言って彼は残った右腕で何かのカードの様な物を生態装甲の間から取り出す。

 「これは?」

 「あいつらの基地に入る為の鍵だよ。場所はそいつが誘導してくれる」

 「有難う・・・」

 そして最早半分しか無くなった肺から、血の味の混じった息を吐き出し締めの言葉とする。

 「ふぅ・・・流石に喋り付かれたな。そろそろ意識もぼやけてきたし、そろそろ死、かな。じゃ、アウフ・ヴィダーゼン。頑張ってね」

 「さようなら・・・高天アベル」



 「役立たずめ・・・」

 「・・・よく言うぜ」

 忌々しげに歪んだ表情を見ながら彼は皮肉っぽく呟く。幾つも失策を犯して置きながら、それを棚に上げるとは片腹が痛い。

 三木咲が握った拳をコンソールに叩きつける。その喧しさに眉を顰める。だが、三木咲は何かを決意したらしい。

 「・・・かくなる上は我らが直接・・・!」

 それに同意し、頷き合う祭司たち他三人。どうやら彼らが直接出撃し、瞬を迎え撃つらしい。

 彼はやる気のない顔でそれを見ながら手をヒラヒラさせる。

 「いらんよ・・・迎えてやれ。ここでやる」

 元より彼は祭司四人には期待と言うものを抱いてはいない。それに此処で待つ方が手っ取り早いのだ。

 「なりませぬ。それだけは。主は完全なる同調を果たされますよう今はお休み下さいませ」

 だが、四人は彼の意に反してそれを拒む。意地と言うものだろうか・・・等と思う。或は信仰心か。無理に引き止めるのも煩わしいので投げ槍に了承する。

 「・・・いいだろう。好きにやれよ。だが期待はしてないから」

 「御意」



 「イグニッション!!」
 「逆風ぅぅぅぅッ!!」

 「クラッシャァァバァァストォォッ!!」
 「レパラシオンキィィィィィック!!!」

 高らかで雄雄しい咆哮と共に、赤く輝く二つの光弾が死に神の腕に突き刺さる。

 夜空に咲く大輪の焔花と鮮やかに描かれる五芒星。

 メキメキメキメキ・・・

 やがて、死に神の巨大な細腕は無残な破壊音を上げながら折れ、砕けていく。

 青白く燃える東京タワーに巻き込まれながら倒壊していく“がしゃどくろ”。

 グオオオオオオオ

 「ヘッ・・・そう易々やらせるかよ」

 「・・・お前たちの好きにはさせん」

 黒い戦士が二人、戦っていた。一方は甲虫の様な無骨な巨躯と無数の角を持った、一方は蝙蝠の翼を持った吸血鬼を思わせる・・・

 巨大な死に神を、300メートルを超える巨大な体積と質量を持った“がしゃどくろ”をたった二人で地に伏せた二人の戦士は、群がり来る化物たちを次々に打ち倒していく。それは一騎当千に相当する凄まじい戦いであった。

 そして・・・化物に席巻される東京で未だ戦う戦士は彼らのみではなかった。


 各所に設置された情報収集装置が、これまでに比べて考えられない様な速度で敵が減少していくのを告げている。

 「なんと・・・!」

 「都内各所で、何者かが戦っているようです・・・!!」

 「映像・・・出ます!!」

 髑髏を思わせる仮面と、腰に巻かれた巨大なベルト。傍らには見た事も無いバイクが。

 「これは・・・仮面ライダー・・・!」

 司令官は自らの目を疑う。未だ、彼らは居たというのか。

 かつて、無償で悪しき者と戦ったという高潔なる戦士。大自然の使者にして、自由と平和の守り人・・・

 たった一人で、人知を超えた無数の怪物たちを葬り去ったという・・・

 「だが・・・これでは余りに多勢に無勢・・・!!」

 如何に彼らの力が強かろうと、余りに彼我の戦力差が大きすぎる。今は優勢だが、彼らの力も無限に続く訳ではない。やがて数に押し切られるだろう。

 しかし、立ち向かう者は彼らのみではなかった。

 「更に何者かが部隊を展開、敵と交戦状態に入っています・・・これは、SB社の総合警備システム・RTサービスです!!」

 「彼らが・・・!!」

 風は逆巻き始めた。



 彼女は涙を拭って歩き始める。
 伊万里京二を取り戻すために。
 大切な何かを思い出すために。

 そして・・・

 彼らもまた立ち塞がる。

 伊万里京二死守の為に。
 忘れ得ぬ怒りと哀しみの為に。

 神野江瞬・・・陰陽寮特務派遣執行員・・・仮面ライダー鬼神と、三木咲、月野、霜田、夏川・・・落天宗最高幹部・・・四人の祭司は対峙した。

 「京二さんを返してもらいに来たわ・・・」

 「我らが怨敵・・・鬼神よ。此方は朽ち逝く貴様の骸が葬られる土となる。千年に及ぶ怨嗟を今こそ果たし、その死を我らが新世界到来の贄と捧げよう・・・」

 「・・・立ち塞がるのなら・・・私は貴方達の屍を・・・越えて征く!」

 人であり、人の身を持たぬ彼ら。その姿が変わり行く。

 「転化・・・変、身!」

 赤い光に包まれた瞬は、仮面ライダー鬼神の姿へ。

 四人の祭司の姿も変貌していく。内側で蠢く何かが歪めて行く様に。

 「我は焔にて山岳すらも断ち割る落天宗の剣・・・斬嶽刀の三木咲!」

 ワオォォォォォォォォォン!!

 焔を纏い三木咲は犬の頭を持ち甲冑に身を包む武将・・・犬神へ。

 「我はあらゆる色に身を染め、砕けて全てを切り裂くもの・・・硝子の風の月野!」

 ケェェェェェェェッ!!

 旋風に包まれながら月野は猛禽の翼と頭を持ち修験者・・・天狗へ。

 「私は雪と闇の申し子にして果ての大地の空を纏うもの・・・極光公主霜田!」

 フュオォォォォォォォォッ!!

 霜田は冷気で空気を凍て付かせながら氷の肌に青白く揺らめく羽衣を身に着けた巫女・・・雪女へ。

 「儂は大地に遍くその腕を伸ばし、土成る全ての司たるもの・・・地脈守夏川」

 ルゥオオオオオオオオオ・・・!!

 そして夏川は口より毒の瘴気を吐きながら鯰の面相を持ち右腕がドリルになった神官・・・大鯰へ。

 ・・・それぞれの内に込められた妖怪の力を発現させる。それと同時に解き放たれる莫大な質量の敵意と殺意。焼け付く熱の様でも、凍て付く冷気の様でもあるプレッシャーの中、鬼神は真っ直ぐに彼らを見つめる。

 「行くぞ・・・鬼神ッ!!」

 戦線は切り開かれる。

 先に突出する三木咲と月野。三木咲は拳に宿した炎で、月野は八手より繰り出す空気の刃で近距離からの攻撃を繰り出してくる。鬼神は鬼衝角と天津剣によってそれを捌きながら反撃も欠かさない。だが、突如出現する濃密な冷気の壁と足に絡みつく蔦が彼女の反撃の手を緩め、迎撃を阻害する。後方に位置する霜田と夏川の戦闘補助だ。

 阿吽雷雲の二人と同じパターンだ。連携によって戦う珍しいタイプ。だが、あの二人に比べより役割分担がはっきりしている。オフェンスを務める前衛の三木咲・月野を、霜田・夏川の二人は後方からサポートを行うオーソドックスな近接呪術戦闘のパターンだ。だが、鬼神にはそれに付き合う義理は無い。

 彼女は胸の前で腕を交差させる。

 「焔花風!」

 全方位に対して放たれる炎の嵐。広範囲に及ぶ超高温の洗礼。しかしそれは四人の祭司の身体には到達しない。

 「桜木焔(さくらぎのほむら)!!」

 「辰舞風(たつのまいかぜ)!!」

 無数の炎の粒が激しい渦を描き、鬼神の放った炎を遮っている。発動の早い炎と風の術を連動させる事で素早く強力な防御力を得たのだ。更に霜田と夏川が大地に掌を着けて蓄積していた呪力を解き放つ。

 「凍土垂水(いてつちのたるみ)・・・」

 「来たれ! 土竜神槍(もぐらがみのやり)!!」

 「!!」

 地面を凍土に変えながら呪力が伝播し、鬼神の真下から解放される。地面を突き破って現れる無数の槍が彼女の身体を引き裂く。吹き出た血が一瞬で凍て付き、生態装甲に白く霜が張り付く。鬼神の大蛇崩と同じタイプの術に強力な冷気を帯びさせたのだ。

 「覚悟せよ鬼神!」

 「!」

 宙に舞う三木咲。その背中からは隼の翼が伸びている。月野に抱えられ、味方の繰り出した術に巻き込まれるのを避けたのだ。その両の拳には凄まじい光とエネルギーを放って燃える青い炎が灯っている。

 “陽食南家流 丙式戦呪術(ひのえしきいくさのまじない)奥義”

 「下天狼(くだりてんろう)!!」

 ヲオオオオオオオン

 狼の遠吠えと同時に炎は爆裂し、無数の火球となって降り注いでくる。鬼神の緑の複眼はその術に凄まじい威力が込められている事を教える。鏡宵明だけでは防げないだろう。だが、回避し様にも前後左右に突き立つ凍土の槍が牢獄となって彼女の回避運動を阻んでいる。

 「くっ・・・なら、大蛇崩!」

 凍った地面に拳を叩きつける鬼神。夏川の術を利用し、ネクロドラグーン戦の様に飛礫の散弾地雷を繰り出そうと試みる。砕けた凍土の粒で熱を遮断するスクリーンを構成するのだ。

 ・・・・・・

 「?!!!」

 だが、大地は砕けず、それどころか僅かな振動すら起こらない。巨大な唇を不敵に歪めて夏川が教える。

 「我は地脈守。大地は我が懐也。なれば・・・如何に鬼神の力といえ、大地を介する術を遮るのは余りに容易い」

 「く・・・」

 降り注ぐ炎の雨が鬼神を撃つ。防御の結界を構築するが、青炎の狼達はそれを砕いて彼女に焔の牙を突きたてる。

 ドゴドゴドゴドゴッ

 着弾と同時に起こる爆裂が、凍土を溶かし膨大な蒸気の渦を巻き上げる。

 「やったか・・・?」

 「いや!」

 炎と蒸気の渦を突破し飛翔する鬼神。炎の残滓を帯びているが、彼女は無事であった。

 「馬鹿な!」

 信じがたい事態に叫ぶ夏川。陽食一族に連なる者達が眠りに就くこの山の土。地霊、山神となった彼らに呼び掛ける事で土に対する呪術的干渉を遮断しているのだ。彼女の術で凍土の檻が破壊できる訳は無い。

 「『オカルティックなものばかり見ていたのが仇となったな』・・・貴方達の部下が言った台詞よ」

 祭司達は見る。彼女の拳の生態装甲が裂け、其処から輝く欠片の様な物が散っているのを。

 「術で駄目なら拳で砕くわ・・・!」

 「一層、馬鹿な!!」

 月野の真下に迫る鬼神。

 ドゴォッ

 「ぐほっ・・・」

 下顎(嘴)にアッパーカットが炸裂し、翼に頼らず宙を舞う月野。だが鬼神は彼が空に逃れるのを許しはしない。鍵爪を避けて月野の足を掴むと鬼神は彼の胴体を地面に向けて投げつける。呆気に取られていた後衛は、彼が痛恨の一撃を受けるのを防ぎ得なかった。

 「ぐがはっ」

 フュン

 更に宙にその身を旋回させる鬼神。狙うべきは生態装甲と筋肉と硬い肋骨に守られた彼の心臓。バネの様にしなる身体と遠心力が破壊槌のヘッドスピードを加速する。正確勝つ確実に粉砕する為、身体能力とニュートン力学を最大限に利用するのだ。

 「させるかぁぁぁッ!!」

 ワォォォォォォォォォォォォォン

 だが弧月を描く鬼神の踵が月野の心臓に打ち込まれることは無い。遠吠えと共に三木咲の口から放たれた炎の弾丸が鬼神を真横から吹き飛ばされ、錐揉みする鬼神。だが宙を舞う彼女の身体は突然固定される。霜田の纏う羽衣が触手の様に鬼神を絡め取り、帯びた超低温によって凍結したのだ。

 「夏川さん!!」

 「応!」

 霜田に呼応して突進してくる夏川。その右肘から先を代替した螺旋状掘削機がモーターの唸りと共に高速で回転を始める。漆黒の弾丸となって殺到する。

 「失った我が右腕の痛み! 汝が身を以って知るが良い!!」

 正拳突きの様に真っすぐに繰り出される螺旋錐。しかし肉を抉り散らす筈のその武器は、鬼神の赤い生態装甲に触れることすらない。

 「銀蜘蛛よ・・・」

 鬼神の眼前でドリルは金属の破片をばら撒きながら、宛ら鉛筆が削られる様に質量を失い、一瞬の後に完全に消滅する。展開した弦の結界がドリルの侵攻を防いだのだ。そして回転により渦を成した糸の群れは・・・周囲の全てを切り刻む。

 「ぐおおおおおっ?!!」

 「きゃあああああっ!!??」

 血飛沫が刃の嵐に伴って渦を描き周囲に舞い散る。皮膚を裂かれ剥ぎ取られ、無残な様相を呈しながら崩れ折れる夏川と霜田。

 氷点下の拘束具を切り裂いた鬼神は輝く結晶を纏いながら舞う様に宙を回転し、地面に立つ。それと同時に、間近に倒れ伏す二人の妖人の命を未だ効力を維持し続ける弦の刃の威力に晒そうとその腕を振るう。

 シュガガガガッ

 「乱鬼灯(みだれほうずき)!!」

 だが裂けてズタズタになるのは瞬前まで二人が倒れていた土のみ。更に三木咲が繰り出した術が赤い光球体となって追撃を阻み同時に二人の姿が翼に覆い隠され消える。

 蜘蛛糸で網を廻らせ炎を遮ろうとする鬼神だが、光球は弦に触れた瞬間無数の小さな火の玉に分裂し、網を潜り抜けて彼女に降り注ぐ。炎に包まれる鬼神。

 三木咲の間近に夏川と霜田は降ろされる。彼らを回収したのは持ち直した月野だった。まだ幾分、ダメージが残るのか翼をよたよたと羽ばたかせながら彼も地面に降り立つ。

 「ぐ・・・」

 歯噛みする三木咲。

 (やはり・・・強い!)

 僅か一分足らずの間に三人が痛打を浴びている。これが実行戦力と指揮指導者の実戦能力の違いか。固体のスペックは同等、戦力は四対一と、本来ならば必勝の陣形であるにも拘らず、確かに彼らの方が圧倒されている。

 「どうするよ? 三木咲・・・」

 月野の問いに目を瞑る三木咲。それ程の長い時間は与えられていない。彼は短い逡巡の後に決断する。

 「長期戦になれば秘宝を持つ彼奴の方が有利・・・此処は奥の手を使うしかあるまい」

 しかし、その決断に月野は驚愕して反論する。

 「!・・・使うってのか? 三木咲・・・?! ・・・だがあれは消耗が大きすぎる! もしも・・・」

 「もし・・・は後でもよい」

 遮られる月野の言葉。夏川が再び立ち上がったのだ。霜田も、である。

 「私達に与えられた使命は彼女を葬る事・・・後の事は考えなくて良い」

 「左様・・・主の完全復活が近い今、鬼神さえ倒せば如何様にも成せよう」

 全身を血で赤く染めながらも、決意に満ちた表情で笑う二人。それを見て月野は自嘲的に鼻を鳴らして言う。

 「・・・仕方ない。二人がこう言ってるのに、俺だけ臆病風吹かすわけにもいくまい。俺たちの命、預けるぜ!」

 「よし・・・ここで積年の恨みに決着をつける! 行くぞ!!」

 「「「応!!」」」

 四人のフォーメーションが変わる。前衛は三木咲と夏川、後衛は月野と霜田である。

 鬼神が再びその姿を現す。全身に纏わりつく焔の触手を振り払おうともせず、ただ真っ直ぐに歩み寄ってくる姿は正に夜成るものを襲い刈り取る狩猟者の威容・・・鬼神の様相である。だが彼らは決意する。この闇に属しながら闇を葬るこのものの脅威を永遠に消滅させることを。

 鬼神は徐々にその歩みのスピードを上げ、やがて疾走状態に入る。

 「・・・天津剣、天津弓」

 両の腕に集中した力の流れが稲妻と成って掌から迸り、右手に雷光の剣を、左手に電撃の弩を成す。

 向けられる電撃の弩。向けられたその先から閃光が幾条もの矢となって迸る。飛び出すように前に出て自らの身体を盾とする夏川。稲妻が彼の身体を貫く。

 「夏川!!」

 「儂はナマズじゃ! 心配はいらん!!」

 そう、咆える様に極度に端折った説明をしつつ、電撃の矢衾に晒されながらも突進を続ける夏川。彼の身体は尚も稲妻を吸収し続ける。粘膜状の生態装甲の下に厚く層を成す脂肪をデンキナマズの様に蓄電装置にしているのだ。

 突進しながら、右腕の義手を破壊されたドリルからハンマー状のものに交換する。振り下ろされる稲妻の剣。夏川は素手の左腕をそれに翳す。

 バチィッ

 閃光が走り、弾かれる剣。電気を帯びた事で天津剣の周囲に構成された磁界と反応し、反発力を生んだのだ。その隙を逃さずハンマーを鬼神の脇腹に叩き込む夏川。しかし、その一撃は空を切る。反発力に身を任せ、鬼神は宙に逃れたのだ。

 「ぬぅぅぅっ」

 シュルルルッ

 「!!」

 バシィィィィッ

 だが夏川も只では逃さない。髭が蛇の様にのたうって空に伸び、鬼神の足に捲きつく。鬼神より与えられた電撃が髭に向かって収束し、鬼神に向かって帰っていく。髪を逆立て、痙攣する鬼神。夏川は髭で以って鬼神を振り回し、三木咲に向かって投げつける。

 「うおおおおおおおおおっ」

 背中から炎を爆発させる三木咲。甲冑に身を包んだ体が鋭く宙に飛翔する。

 「烈火! 流ぅぅ星ぇぇ脚ぅぅぅッ!!」

 鬼神の真上に現れた三木咲は右足を彼女に向かって突き出す。焔を上げた彼の質量が彼女の身体を地面に打ち込むべく降り注ぐ。だが、炎の弾丸と化した彼は鬼神の身体を擦り抜けて、自らが地面に突き立つ。

 「くっ・・・」

 「二重霞・・・」

 一瞬早く、幻影と己の身体を入れ替え、離脱したのだ。更に上空から降り注ぐ鬼神と、後方から迫り来る鬼神。どちらか一方が幻だ。彼は足を引き抜くと振り返り、後方に向かって疾走する。

 「分身の数が・・・少ないのだよ!!」

 「・・・そうかしら?」

 上空から降り注いだ鬼神が、夏川のハンマーを受けて消え去る。前方の鬼神に対して炎を帯びた拳を打ち込む三木咲。

 フュン・・・

 右腕を伸ばす鬼神。その細い腕が三木咲の炎を帯びる拳に絡みつき、その軌道を逸らす。拳撃を逸らし一重で避けた彼女の右腕は這う様に伸び、三木咲の犬面を掴む。

 「ぬうああああっ」

 顔面を掴む五本の指に万力の様な力を込める鬼神。強化された骨格とはいえ、気違い染みた負荷を加えられ、三木咲の頭蓋骨は崩壊の危機を迎える。

 「があああああああああ」

 凄まじい咆哮が上がる。地獄の亡者もかくやと言わんばかりの苦悶の咆哮。同胞を死の拘束より奪取するべく迫る夏川だが、三木咲の顔面を粉砕する片手間に放たれた剣飯綱の術が生む真空の刃が彼に接近することを許さない。

 「うおおおおおおおおおおおおおおんっ」

 「!!」

 常軌を逸した咆哮。鬼神は其処でやっと気づく。それが只、苦痛によって叫んでいる訳ではないと。突然、鬼神の身体が見えざる力によって弾かれる。

 「くっ・・・神通力!」

 「左様。犬神の咆哮には強力な力が宿っておる。狼が、大神の転じたものであることから判る様に、な!」

 「うかつ・・・!」

 臍噛む鬼神。一瞬早く、説明のタイミングを夏川に奪われてしまった為・・・ではない。

 「茨石檻(いばらいしのおり)・・・暫時、其処で留まってもらう」

 地より伸びる蔦の様な鬼神の身体に捲きつき、その場から彼女が離れるのを拒んでいる。渾身の力を込める鬼神だが軋みをあげるのみで蔦は破断する気配は見せない。

 「く・・・これは・・・」

 「フフフ・・・先人が生んだ術ばかりに頼るわけにもいかん。これは科学に基づく自然理解が生み出した術じゃ。土に潜む炭素・珪素・金属・・・これらの元素を抽出して別々に結晶化し、繊維状に束ねておる。要するにナノカーボンチューブとグラスファイバー、金属繊維の合成ワイヤーじゃな。ククク・・・そう易々とは切れぬよ・・・」

 そして痛むのか、顔を抑えながら三木咲がやってきて言う。

 「・・・このまま嬲り殺す事で溜飲を下げて行くのも悪くは無いが、生憎我々はその様な愚を犯して滅び去った者達を幾らも見てきた。貴様は落天宗最高幹部たる我ら祭司の持つ究極の奥義を以って一息に葬り去ってくれよう」

 「幸運に思うのじゃな。今は亡き我らの同胞の中には貴様から受けた傷によって一月の間苦しみ抜いた後、ようやく死ねたものもいたのじゃから」

 そう言って鬼神の前から離脱する二人。

 それと同時に上空から凄まじい冷気が吹き付けてくる。

 「!!」

 鬼神は理解する。月野と霜田は後方支援の為に後退したのではない。彼らの周囲には力の流れを示す光によって複雑な呪文が描かれ、強大な力を発生させる為の回路となったその中で二人は何かを唱えている。彼らは攻撃の為に後退したのだ。

 (まずい・・・!)

 莫大な呪術的なエネルギーの塊と言える妖人や鬼神には、本来呪術を扱う際に力を増幅・指向させるための呪文や咒符等の発動儀式を必要としない。だが、あの二人は詠唱によって、元々莫大なエネルギーを更に増幅させようとしているのだ。若し直撃を受ければ・・・死すら有り得る。逃れる為に振り解こうとする鬼神だが超合成繊維の蔦は即座に切れる気配を見せない。

 力によって導かれたのだろう無数の霊が二人の術者の前に収束していく。

 『魍魎よ・・・水域を血肉と成す意思の群よ・・・我、汝らの集いを力と成さん』

 『力は王。北の司。地の果て、海の尽きる所を治める者なり』

 『木を凍て付かせ、海を凍て付かせ、大気を凍て付かせ、沈黙と枯死の果てに新生を齎す命の神也』

 『『されば出で来たれ! 力を果たすものよ! 急々如律令!!』』

 集結した霊魂の群が巨大な何かを象る。

 鮫の様な姿をした、しかし鮫では無い何か。

 熊の様な姿をした、しかし熊では無い何か。

 女の様な姿をした、しかし女では無い何か。

 直後その姿は解けて消え、其処には冷たく無機質な光が銀河の様に煌いている。

 “陽食北家流 究極奥義”

 「海千(うみせん)!!」

 直後、輝く空間・・・窒素さえ凍て付いた絶対零度の空気の塊が鬼神に向かって押し寄せる。

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

 迫るダイアモンドダストの嵐。一方、大地より伸びる拘束具は一向に破壊される気配を見せない。

 (く・・・!)

 彼女は爪先に力を収束するとそれを地面に向かって解き放つ。

 「焔花風!」

 鬼神の足元が爆発し、彼女の身体は絡み付く蔦ごと空中に舞う。

 「遅い!」

 だが、一瞬早く呪力の凍気は鬼神の脚部を包み、それ自体が持つ強力な圧力によって地面に叩きつける。

 粉々に砕け散る何か。それは凍て付き、分子間力を喪失した茨石檻である。鬼神の身体は下半身に白く霜が降りているが、辛うじて彼女の姿を留める。

 「う・・・く・・・」

 「ウフフフ・・・無駄よ・・・感覚が無くなっていくのが解るでしょう? あれは唯の氷じゃない。貴女を呪い・・・そして氷に同化する、呪われた氷・・・」

 「ハハ・・・本来なら・・・此処からお前は・・・無限に等しく引き伸ばされた一瞬の中で・・・物言わぬ氷像へと・・・永遠にその姿を変える。だが・・・幸運だな。特別にお前は直ぐに黄泉に向かうこと・・・なる」

 降りて来た月野と霜田が笑いながら言う。勝利を確信した満足げな笑みを浮かべているが、彼らは肩で息を切らし、術を使う前よりも幾分やつれて見える。特に霜田の姿から余り変化していない霜田は顔等に映る疲労の色が顕著だ。恐らく凄まじい消費を強いる術なのだろう。

 だが、今の鬼神にはそれに気を回す余裕など与えられてはいない。既に凍結は臍の下辺りまで到達し、痺れすら感じない。

 「くう・・・」

 「フフ・・・余り無理をするな。下手に動けば砕け散るぞ?」

 「でも・・・どうせもうすぐ死ぬのだから・・・好きにしてもいいんじゃないかしら」

 そう言って左右に分かれる月野と霜田。その後方には、三木咲と夏川が先ほどと同様、周囲に複雑な呪式を描きながら莫大な力と共に周囲から無数の霊魂を集束している。

 『魑魅(すだま)よ! 岩を骨とし土を肉とす意思の群よ! 山界に在りし汝らを我、力に束ねん!』

 『力は王。南の司。地の果て、海の尽きる所を治める者なり』

 『木を焼き尽くし、海を焼き尽くし、大気を焼き尽くし、騒音と焦熱の果てに芽吹きを齎す命の神也』

 『『されば出で来たれ! 力を果たすものよ! 急々如律令!!』』

 呪文の詠唱終了と同時に、三木咲は飛翔し夏川は大地に両腕を突き刺す。

 「ぬぅおおおおおおおっ!!」

 メキィッ

 ミシミシミシミシ

 バゴン!

 凄まじい破壊音と共に夏川は地面から巨大な岩の塊を引き抜く。頭上に掲げられた巨岩は周囲の呪文と霊魂を吸収し、それらの影を表面に浮かび上がらせる。同時に降下してくる三木咲。その拳に宿った焔を岩に突き立てる。

 岩が一瞬で溶岩と化し、それが何かを象る。

 蛇の様な姿をした、蛇では無い何か。

 鳥の様な姿をした、鳥では無い何か。

 男の様な姿をした、男では無い何か。

 直後、それらの姿は消えてなくなり、太陽の光球面にも似た赤く輝く球体が生じる。

 “陽食南家流 究極奥義!

 「山千(やません)!!」

 ドゴォォォォォォォォォッ

 煮え滾るマグマの奔流が宙に解き放たれ、一気に鬼神へと襲い掛かる。凄まじい勢いと速度と熱量を与えられて襲い掛かるその赤い塊は鬼神を一瞬の躇も無く飲み込み、巨大な火柱を天に突き上げる。

 鬼神は自分の身体が崩れて行くのを感じていた。超低温と超高温の両方に晒された彼女の下半身が物理的な限界を迎えその形状を失っていく。死への実感。

 パキィィィィィン・・・

 「あ・・・」

 鬼神の力を制御する腰に捲かれた御鬼宝輪が砕け散る。それと同時に、凄まじい勢いで彼女の内側に何かが流れてくる。

 それは、呪詛に込められた彼らの感情。煮え滾る怒りと凍て付く様な悲しみ、そしてそれらが綯交ぜになり黒い怒涛の様になって押し寄せてくる壮烈なまでの憎悪。それらが引き金となり、呼び起こされるかつて鬼神だったものの記憶。言語を絶する悲劇の繰り返し。血どころか怨念で怨念を洗う、憎悪と憎悪のぶつかり合い。多くの人々がその余波に巻き込まれ死んでいく。村々を襲う飢餓や疫病。呪われ、悪霊に憑かれ発狂していく貴族たち。泥沼化する戦乱。そしてその裏側でぶつかり合う、陰陽寮・・・鬼神と、陽食の民・落天宗の妖人。流れ来る記憶は時を逆さに駆け上り、因縁の始祖すらも見せる。奪い取られ、追われ行く彼らの先祖。憎悪に駆られ、復讐を誓う瞳を向けながら、地の果てへと消えていく人々。

 (何故・・・こんなものを・・・?)

 何故・・・?その答えは彼女の内側にある。

 (そうだ・・・)

 彼女は気づく。共振しているのだ。彼らの激しい思いと、彼女の心が。彼らもまた、夢破れた人々・・・失った・・・奪われた・・・与えられなかった・・・大切な何かを取り戻すために、必死になって戦っているのだ。

 やがて炎が彼女の心臓に到達する。その寸前、大きな眼に隈を描く生態装甲の淵から涙が溢れ出す。

 (そうだ・・・私は・・・)

 自身の奥底に穿たれた穴から力を引きずり出す。何時もの様に穴を開き、エネルギーの流量を上昇させるのではない。自身の意思を以って、鬼神というエネルギーを捻じ伏せ、強引に掴み出したのだ。髪が赤く染まり、色彩がマグマと一体化していく。そして輝き、秘められた力を再び発動させる青い指輪。

 「夜猟襲・・・」

 稲妻の様に彼女の内側を力が駆け巡り、澄んだ高い音色を立てて何かが砕け散る。同時に始まる自己修復。高熱が齎す肉体の破壊を遥かに上回る速度で、肉体の再構築は行われ、彼女は爪先まで、確かな感覚を取り戻す。

 「あの人が・・・好きなんだ!!!」

 鬼神は、彼女を取り囲む炎の壁を、我武者羅に引き裂く。凄まじい爆発と共に弾け散るマグマの柱。

 「な」

 驚愕の声を上げる暇すら与えずに、夏川に肉薄する鬼神。鬼神は彼の胸にそっと掌を添えると、一気に押し出す。

 「御免なさい・・・」

 倒れ、夏川は夏川の姿に戻る。

 「何だとォォッ?!」

 「馬鹿な! 馬鹿なっ!!」

 驚愕の声が上がった頃には、既に鬼神は霜田の背後に立っている。細く優美な線を描く首のラインに手刀を添えると短いテイクバックを以って、其処に衝撃を加える。霜田は声すら上げることなく霜田の姿に戻り、華奢な体は崩れるように地面に伏せる。

 「姐さん!」

 八手を振り抜く月野。巻き起こる風が旋風を成して走り、鬼神を包むとその体を後方に弾く。

 「・・・」

 すぅっと両の手を伸ばす鬼神。彼女が渦の中央に両手を差し込み左右に振り抜くと、旋風は無数の欠片となって空気に溶ける。

 ふわりと髪を揺らし舞い降りる鬼神。その彼女の姿を見て二人の祭司は驚愕し戦慄を覚える。彼女は奥義を受ける以前と比較して大きな変貌を遂げていた。
姿が・・・ではない。腰に帯びる呪術的制御装置・御鬼宝輪は藍色のラインを帯びたものに変わっている以外は以前のままだ。だが、彼女から放たれる威圧感のような物が数倍に増大しているのだ。

 「化物め・・・」

 驚愕に、声を震わせる三木咲。それは、鬼神によって倒された夏川と霜田の容態を見て発せられた言葉だ。

 月野によって彼の眼前に運ばれてきた二人は微かな動きさえ見せなかった。だが・・・彼らは死んでいたのではない。瞬間的に加えられた衝撃によって、意識を完全に断ち切られたのみ。呼吸や拍動に異常は全く見られなかった。

 (・・・)

 三木咲は気づく。鬼神から放たれる威圧感の正体に。そして彼女の無機質的な面の目元に描かれる光のラインに、彼は自身の予測を確信へと到らせる。
目を瞑る三木咲。暫時の間、黙考を続けた彼は、やがて決意を秘めた重く静かな口調で月野へと告げる。

 「月野、二人を連れて撤退しろ」

 「旦那・・・?」

 不意に放たれた言葉に、傍らに膝を折っていた月野は訝しげな声を上げる。だが、その意図を無視して三木咲は言葉を紡ぎ続ける。

 「基地に戻ったら即座に撤収の準備を始めろ。私の帰還は待たなくとも良い」

 「おい! 旦那、あんた、何考えてるんだっ?!!」

 激昂し、首筋を掴む月野。だが三木咲は、異様な程に落ち着いた様子を崩さない。そして彼は真意を伝える。

 「我々の身体に奴を倒し得る力は残されていない。だが・・・」

 「まさか! アレを使うつもりか?!」

 戦慄する月野。彼は察したのだ・・・三木咲の真意を。そして笑う三木咲。

 「フ・・・お前たち三人が助かるならば私の命一つなら安かろう?」

 「馬鹿なことを・・・」

 苦い表情を浮かべる月野。三木咲は自嘲的に笑う。

 「そうだな・・・私は馬鹿だ。馬鹿だからこそ、この程度のことしか考え付かん。だが・・・お前たちは私と違って頭が良い。こんな馬鹿な男とは違って組織のために必要な人間だ」

 「馬鹿野郎・・・!」

 「急げよ・・・余り持たす事は出来んぞ」

 「く・・・」

 月野は再び八手を振るう。突風が舞い起こり、彼と倒れる二人を包んでいく。

 “陽食北家流 癸式戦呪術(みずのとしきいくさのまじない)奥義”

 「空渡(そらわたり)」

 その一言と共に、突風は竜巻となって三人の姿を空気の壁の向こうへと覆い隠す。やがて風が消え去った後には三人の姿は何処にも無くなっていた。二人の姿だけが残される。


 其処には鬼神と三木咲の二人だけが残されていた。

 「何故、あやつらに止めを刺さなかった」

 三木咲は既に察している彼女の真意を問う。

 「今の貴様ならば今の我々を葬る事など容易いはず」

 既に察している真意。だが彼は問わずにはいられない。理解しても、納得等出来ないからだ。

 「誰かが犠牲になるなんて・・・」

 やがて鬼神は答える。悲しみに満ちた声と言葉で。

 「誰かをあ・・・愛する為に・・・誰かの命を犠牲にするなんて・・・絶対に間違っていると思うから」

 「勝手な言い草だな。我らの同胞から毟り取ってきたのは貴様だろう・・・そして我々は貴様ら人間を殺す敵だ」

 嘲笑う様に言う三木咲。そう・・・彼らは本来敵なのだ。倒すべき、憎んで然るべき。だが、今の彼女にそれは出来ない。例え理解していても、だ。

 「わかっている・・・だけど、だから私は・・・自分の愛の為に誰かを犠牲になんか出来ない! 自分の思いの為に誰かを犠牲になんて出来ない! だって・・・それは自分を犠牲にすることと、きっと同じだから」

 「贖罪でもしているつもりか・・・」

 「判らない。だけど・・・この思いの為に、もう誰かが犠牲になるのは嫌。お願い・・・其処を退いて三木咲さん。私は貴方を殺したくない」

 三木咲の表情が激しい怒りに歪み、次の瞬間激情は圧縮された空気の爆発に伴って、解き放たれる。

 「世迷い事を言う。我々には、我々と貴様らには勝つか、負けるかしかないのだ。勝利し全てを得るか敗北し全てを失うか、全か無か、だ! それが全てであろう? 違うか仮面ライダー?!! 我々も、貴様らも、戦いこそが全てであろう? 我々は戦士であり、兵器なのだ! 奇麗事をぬかすな!! 貴様が自らの思いを果たしたくば戦えぃ! そして我が屍を越えて行くが良い!! 仮面ライダー鬼神!!! 神野江瞬よ!!!!」

 一気に言葉を連ねる三木咲。鬼神は圧倒された様に沈黙する。

 「・・・」

 やがて、業を煮やす三木咲は、彼女に向かって侵攻を始める。

 「来ないのならば、我から行くぞ! 貴様を屍へと変えに!」

 最早、彼も奥義を使い果たし、その精魂は尽きているというのに。だが、彼には未だ最後の手段があったのだ。彼が両手を真っ直ぐ前方に突き出すと、二つの拳の間に炎が帯を成して走る。

 「出でよ斬嶽刀!!」

 その一言に千切れた炎が辺りに飛び散ると、彼の手には一本の日本刀が残る。黒塗りの鞘に収められた太刀だ。

 三木咲は柄と鞘を握ると内側に封じられた刀身を現世に引き出す。闇を裂いて現れる刃。其処には『千火』と銘が刻まれている。美しい反りを描いて鍛えられた鋼は、直後、炎を激しく上げて燃え始める。

 「・・・!!」

 「この剣は古代中国より伝わる伝説の宝刀・・・七つの山を一振りに断ち切るという破山剣の内の一本、『千火』を我が手によって太刀へと鍛えなおしたもの。我が命と魂を糧に炎を成し、山をもその麓より断ち崩す・・・その名も斬嶽刀。我が異名の由来だ」

 腰を落とし、脇構えに構える三木咲。彼の気迫が乾燥した空気を通して伝わってくる。それと同時に火勢を上げ、刃より上がる炎は巨大な刃・・・刃渡りを3メートルへ到達させようかという巨大な火炎剣を形成する。

 「く・・・」

 戦うしか無いというのか。だが・・・逃れられる様な、逃れるのを許す様な相手ではない。戦わねば殺される。鬼神には、ここで死ぬつもり等無い。

 「どうして・・・」

 「・・・私がこの剣を抜いた以上、無粋な問答は最早不要。私か貴様・・・何れかが先に朽ち果てるまで戦うのみ!!」

 「っ・・・!!」

 燃える尾を引きながら疾走して来る三木咲。最下段より逆袈裟を描いて放たれる。

 「斬嶽刀ぉぉぉ鉄風ぅぅぅ雷火ぁぁぁ!!!」

 ゴバァァァァァァァッ

 振りぬかれる炎の刃を跳躍して避ける鬼神。だが、剣から千切れ解き放たれた炎は、山形に沿って駆けて行き遥彼方で大爆発を起こす。戦慄を覚える鬼神。三木咲は、本当に自身の命を賭けてきているのだ。三木咲の背後に降り立つ鬼神。大振りに振りぬいた彼の背は防備を失っている。『どうした・・・好機だぞ?』彼の背中はそう語る。

 「御免なさい」

 鬼神は拳を握る。その拳に稲妻が幾条も走り、収束して剣を成す。覚悟には覚悟で答えねばならない。それが命を賭けるものへの礼儀だ。

 バシィィィィイイイイイイイッ

 雷の剣を振り下ろす鬼神。だがそれは炎の剣によって受け止められる。想像を遥かに上回るターンによって三木咲は彼女の剣を受け止めたのだ。

 炎が三木咲の周囲に円を帯びている。噴出の勢いを利用して加速したのだろう。

 「くううううううっ」

 「ぬぉおおおおおおっ」

 超常の力で鍛えられた二本の神剣は鍔迫り合い鎬を削りあうことで、莫大なエネルギーの余波を周囲に放ちながら周囲を破壊していく。

 「燃え昂ぶれ! 我が魂よ!!!」

 火勢が上がり、炎が三木咲の後方へとバックファイアを伸ばす。急激に上昇する圧力に、天津剣は稲妻を散らせ、刀身を細くしていく。

 「天津弓!!」

 ボウガンの形状で左手に稲妻の弓を形成する鬼神。彼女はそれを至近距離から連射する。同時に砕け散る稲妻の剣。巨大な火柱が大地を舐めた瞬間には既に彼女は離脱している。更に立続けに鎧に覆われた三木咲の胴へと稲妻を打ち込む。ネクロドラグーンと異なり、呪術を行使する彼の鎧は、反発や暴走を防ぐため反呪詛(アンティマジック)や対呪詛(カウンターマジック)の類は帯びていない筈だ。例え抗呪詛(レジストマジック)を帯びていても、今の連射は遥に許容範囲を超えている。だが・・・彼は倒れるどころか身じろぐ気配すら見せない。笑う三木咲。

 「斬嶽刀の封印を解き放った以上、今の私は大火。落雷は炎の糧にこそなれ、山々を燃やす炎を消す事など出来ぬ」

 「ならば・・・っ!!」

 距離を取る鬼神。主力と成る焔飛燕や焔花風、天津弓と天津剣は効果がない。切人舞と銀蜘蛛は術の特性上、耐熱能力が低い。大蛇崩は未だ先ほどの干渉制限が続いている可能性もあり効果を発揮するか判りかねる。ならば残された術は・・・

 「剣飯綱!」

 乾いた音色と共に弾かれる彼女の指。生じた真空が呪力によって無数の飛剣になり、それは三木咲に放たれる。鋭利な刃と貸した空気の断層が次々三木咲に突き刺さる。圧力差によって毟り取られて行く三木咲の鎧。

 「火は空気が無ければ燃えることは出来ない」

 「小賢しいな・・・」

 炎の圧力を利用して回避する三木咲だが、鬼神の手数がそれを圧倒する。次々打ち込まれる真空の剣に、三木咲は自身の間合いに到達する事が出来ない。

 「ならばっ!!」

 不意に、斬嶽刀を鞘へと収める三木咲。収納時の勢いも加えて彼は腰を軸に上体を捻る。発条の様相を呈する彼の肉体。そして、彼は其処に蓄えられた力を鬼神に向けて解き放つ。

 「必殺! 斬嶽刀っ流星弾っ!!」

 「っ!!?」

 ドンッ

 次の瞬間、眼前に炎を放つ斬嶽刀が迫っている。一瞬にして間合いが詰められた・・・のではない。刀身から噴き出す爆炎によって、三木咲は剣を砲弾のように鬼神に撃ち出したのだ。空気の壁を貫き、爆音より速く火球流星と化して迫る鋼の塊。だが、鬼神は左に跳躍しその一撃を避ける。

 「・・・?!」

 不意を打った奇襲攻撃。だが避け果せた今、三木咲は得物を失っている。その好機に一気に攻め入る鬼神。だが彼女の背に寒気が走る。斬嶽刀が放つ超高温により周囲の気温は百度に近いというのに。不意に覚えた違和感が、悪寒となる。

 鬼衝角を拳に握り、それを振り上げる鬼神。三木咲は炎気を漲らせる掌を烈火の如く繰り出して迎撃する。

 高硬度の角が鎧を貫いて三木咲の肉を抉られる。噴き出す血を炎に変えながら攻撃の火勢を緩めぬ三木咲。そして膨大な熱量を放つ十本の指が鬼神の生態装甲を焼き毟る。だが、それは内側より盛り上がる新たな生態装甲に飲み込まれ、染みとなって消える。

 両者共に決め手に欠き膠着状態に陥る。既に三度の夜猟襲を行使した鬼神。奇襲によって自らの手札を失った三木咲。だが鬼神の次の行動がその状況を打破する。

 「ぬうっ?!」

 三木咲に鬼衝角を投げつける鬼神。その一瞬の隙を突き後方へと跳躍すると、彼女は右手の指全てに力を集中し、一気に振り抜く。

 「剣飯綱!!」

 ぶわんっ

 三木咲の眼前の大気が消失する。大規模な体積の元素が吹き散らされて、巨大な真空の刃が生み出されたのだ。炎を消滅させながら不可視の剣は三木咲の頭上に振り下ろされる。だがその一瞬、彼の表情が笑みに歪む。

 「舞い戻れ・・・斬嶽刀」

 ごうっと背後で何かが唸る。そして三木咲は咆哮する。真空を越えて届く、魂の声で。

 「大!火!輪ぃぃぃぃぃぃん!!」

 「?!」

 背後より迫る熱源に気づき振り返る鬼神。斬嶽刀が再び眼前に迫っているのだ。直線でなく、凄まじい速度で回転しながら。

 ズシャアッ

 ドゴォォォッ

 炎の刃が鬼神の胸を切り裂き、真空によって大地が巻き上げられる。

 「く・・・が・・・がはっ・・・」

 「う・・・ぐお・・・」

 空気中に撒かれる血液がその量と空気の熱によって赤い霧に変わっている。

 上体が左右にざっくりと割れている鬼神。黒ずんだ切れ込みが肩口から脇腹に楔の形を描いている。真空に飲み込まれた三木咲の甲冑は赤く染まり、其処彼処より燃え始めている。だが、それほどの傷を折って尚立ち上がる二人。

 鬼神の傷は秘宝の作用によって修復を始めているが、前に比べてその速度は決して速くない。復元の糧となるエネルギーのプール量が減少しているのだ。それを大きく見開いた目で見つめる三木咲。だが赤い塊に変わった眼球は視力を維持しているかも怪しい。

 「やはり・・・この程度では死なぬか」

 「・・・ふう・・・ふう・・・」

 「最早私の限界も近い・・・決着をつけよう! 鬼神!」

 斬嶽刀を両手で握り、両脇を締めて八相に構える三木咲。彼の頬の横で、残り僅かな魂がくべられた斬嶽刀が一際強い炎を発し、巨大な火柱に変わる。

 鬼神の髪の毛も、黒からゆっくりと赤へ変わっていく。四度目の発動。此処からは彼女にとっても未知の領域だ。この先、自分の身体がどのような変調を迎えるかはわからない。

 お互いの放つ膨大なエネルギーの照射。二人を中心に球状の空間を構成するそれが、やがて空中で衝突し、スパークする。それと同時に三木咲が咆哮する。

 「我が名は三木咲誠也! 陽食の民の剣なり!!」

 叫ぶと同時に、彼の放つエネルギーフィールドは刃の一点に収束する。直後巨大な殺気と超高温は弾丸の様に鬼神に殺到し、蓄えられた力の全てを解き放つ。

 (速いっ!)

 予想を遥に上回る速度。回避は間に合わない。彼女は覚悟を決め、全力防御に入る。唸りを上げて振り放たれる横薙ぎ。描かれるのは横一文字の焔。一瞬の間も無く、上方から打ち下ろされる袈裟懸けの一閃。そして初太刀と二太刀目の交差点より放たれる逆袈裟の一撃。

 「必殺! 斬嶽刀!大文字斬りぃぃぃぃっ!!!」

 ゴバアアアァァァァッ

 「我が斬嶽刀に・・・断てぬもの、なし」

 三つの太刀が描く送り火。死者を冥府へと旅立たせる儀式の炎が鬼神を切り裂き、燃やしていく。凄まじい火力。彼の残りの魂の全てをかけた一撃は重く熱く凄まじい。全身が一瞬で蒸発しそうになるのを彼女は必死で押さえ込む。

 「ぐ・・・う・・・うああああああああっ!!!!」

 「な・・・なんとっ!!」

 鬼神の四肢を這い回る炎が、彼女の力によって胸の一点に収束していく。炎は最早プラズマの塊に変わり、放たれる電磁波が周囲の空気を様々な色に揺らめかせる。

 「私は・・・倒れるわけには・・・いかない」

 プラズマの球体を握り締める鬼神。

 「夜猟襲!」

 左の爪先が天空高く掲げられ、彼女は身体を捩じり右腕を振りかぶる。そして、敵から受けた攻撃さえ我が物とし、極限まで高められた力は一気に解き放たれる。地面に叩き下ろされる左足。そして両の足が地面を踏み締めると同時に、右腕は猛スピードの弧を描く。筋肉の躍動が生んだ全運動エネルギーが指先の一点に集中し、そして投擲される。

 「オーロラプラズマ返しぃぃぃぃぃっ!!!!」

 投げ放たれるプラズマ球体は一瞬で二人の間を駆け抜け、三木咲に迫る。

 「父よ!母よ!妹よ!我が息子よ!そして先祖の英霊よ!! 我に力を!!」

 最早燃えカスしか残らぬ魂。だがそれでも必死に未だ燃え続ける部分をかき集め、三木咲は剣を握り締める。だが、最早彼の瞳に光は映っていない。ただ、鬼神の、向かってくる神野江瞬の熱い思いだけが心眼に映る。

 「斬嶽刀! 精霊流しぃぃっ!!!!」

 振りぬかれる斬嶽刀。

 ズドンッ・・・・・・・・・・・・カッ

 プラズマ球と炎の剣の交錯。鈍い爆音の後・・・凄まじい光が辺りを包む。


 警報が基地からの速やかな退避を勧告している。そのやかましさと、赤い明滅の鬱陶しさに顔を顰める彼の元に月野が現れ跪く。でかい口を叩いて置きながら敵前逃亡したことをねちっこくいびってやろうかと思う彼だが、気の聞いた台詞も思い浮かばないので思いとどまる。

 「主! 当基地を放棄致します。速やかな退避の御準備を!」

 「いらんよ」

 「既に自壊システムが作動しております! 三木咲の犠牲を無駄にしないためにも! 早く!!」

 勝手な真似をかまして勝手にやばい状況を造る。この独り善がりな性質は民族性なのだろうか。彼も人には言えた筋合いではないので取り敢えず面倒臭そうに手を振るだけだが。

 「悪いが俺は愛しいあんちくしょうを待たせてもらうよ」

 そちらが勝手な真似をするなら、こちらも遠慮などはしない。折角、主と呼ばれる身分になったのだ好き勝手絶頂にやらせてもらう。

 「主!!」

 「くどいな・・・怒るぞ?」

 余りのしつこさに思わず顔に青筋が浮かぶ。たちまち畏まる月野。どうやら本能に近い部分からの恐怖らしい。

 「いいから先に行ってろ・・・俺はあいつをものにしてから行くからさ」

 彼は鬼神の勝利を確信していた。


 やがて夜の闇も幾分戻ってくる。藍を強め始めた空。朝が程近い。鬼神が崩れる様に膝を折る。彼女の赤かった生態装甲は所々ひび割れ白く劣化し、髪の毛も焦げて縮れている。右腕は小刻みに震え、開いたままに成った掌を拳に閉じることが出来ない。

 「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

 伺う様に顔を上げる鬼神。目の前には既に、三木咲が仁王立ちをしている。斬嶽刀は既に黒くすすけた鉄の棒へと変わっている。

 「私の・・・」

 「・・・私の」

 ほぼ同時に口を開く二人。かすれ、荒い息を放ちながら、二人は互いを見ながら宣言する。

 「負けか・・・」

 「・・・勝ちです」

 三木咲の腹部には大きな風穴が開いていた。血も流れ出さない、焦げ付いた漆黒の穴が。

 「無念だ・・・」

 「御免なさい・・・」

 「気にする必要は無い。これが勝負の論理だ」

 自虐的に笑う三木咲。

 「私は・・・魂の限りを出し尽くして・・・何故、負けたのだろうな・・・神野江?」

 最早、血色の眼球は何も見えていないのだろう。何処とも無く視線をさ迷わせながら問う三木咲。

 「きっと・・・貴方は失ったものを見すぎていたから・・・過ぎ去った昔を見すぎていたから・・・」

 「・・・」

 「後ろだけ見て歩く人は・・・きっと・・・目的地には辿り着けないと思う・・・だから貴方は私に負けた・・・」

 「成る程・・・一理あるやも知れぬな。同じように人を愛していても・・・その向きの違いが勝敗を左右した・・・か」

 くっくと笑う三木咲。それを鬼神は悲しげに見つめる。

 「復讐は何も生まぬ・・・そんなことは判っていたのだがな・・・」

 鬼神は知っている。苦難の歴史を歩んだ彼らには、復讐にしか、誰かに恨みをぶつける事しか、自分たちを保つ術が無かったことを。そうしなければ、悲しみと孤独の中で死に絶えていたであろう事を。悲劇の宿業を背負った勝つことを許されぬ民族。目尻より溢れ出す涙。だがその感慨は、三木咲によって途切れさせられる。

 「ぐぬおぉっ!!」

 ザシュッ

 突如、自らの胸に斬嶽刀を突き刺す三木咲。

 「な・・・何を?!」

 「フフフ・・・確かに私は敗北したが・・・私には務めがある。私は絶対に貴様を葬らねばならない」

 再び炎を灯す斬嶽刀。既に魂の全てを燃やし尽くしたのではなかったか。

 「妖人の魂は一つだけではない。人の魂と妖怪の魂。二つの魂を併せて一人の妖人だ・・・。フフ・・・死ねば解放され大爆発と共に四散する妖怪の魂。膨大なエネルギーを持ったそれを斬嶽刀に注ぎ込めば・・・山そのものが完全に消し飛ぶだろう・・・」

 「!」

 「奴らに撤退するよう言ったのはこの為だ・・・ふふ・・・最後に溜飲を下げることが出来たな」

 全身から炎を発し、燃焼を始める三木咲。最早このタイミングでは逃げ果せる事も出来ない。それにもし、彼の言う威力が真実なら・・・

 (京二さんが・・・)

 三木咲は撤退を命令したと言う。だが、最悪の事態を想定する鬼神。もし未だ被害範囲に彼が居るとしたら・・・

 (防がなきゃ・・・!!)

 鬼神も力を限界まで振り絞る。歯で指先の生態装甲を噛み千切り、血を噴き出させる。彼女はそれで踊るようにしながら呪印を描いていく。

 「ふ・・・何をするつもりかしれんが・・・」

  ・・・おいで・・・

 「?!」

 ・・・おいでよ・・・

 影がざわめき始める。炎に照らされ、鬼神の背後に映し出される闇が、俄かに蠢き始めているのだ。そして、声が響く。

 ・・・おいで おいでぇ おいでよ・・・こっちだよ

 おいでぇ・・・おいで・・・きなよ・・・こい・・・

  いらっしゃい・・・こっちへ・・・おいで・・・

 「な・・・な・・・な・・・」

 辺りより響く招く声。それと同時に現れる無数の手、手。闇よりのびる手の群れが、三木咲に絡みつき闇に包んでいく。

 「な・・・何だこれは?!!」

 「鬼神第九符術・・・黄泉誘(よみがさそい)。死へと向かう者を心安らかに葬る術よ・・・」

 「な・・・馬鹿な・・・死の術など・・・」

 「ええ・・・普通は貴方の様な強い力を持つ人には効かない。だけど、貴方が放つのは死へと向かう力。死へと向かう者を黄泉へ送り届けるのがこの術の本来のあり方。生を放棄してまで私を倒そうとした貴方に・・・この術は敗れない」

 無間の闇の中へ、焔ごと三木咲を引き込んでいく手の群れ。細く、白い腕にも拘らず、三木咲にはそれの何れも振り払うことは出来ない。

 「馬鹿な・・・馬鹿・・・な・・・?!」

 しかしやがて、三木咲は抗うのを止める。

 『くるんだ・・・一緒に暮らそう』

 『いらっしゃい・・・こっちへいらっしゃい・・・誠也』

 『こっちへきてよ・・・兄様』

 『父さん! お疲れ様です!』

 「あ・・・ああ・・・」

 彼を招く手の中に、今は亡き彼の親族を見る。溢れ出す涙。犬神の姿が解け、三木咲自身の姿に変える。彼を捉えていた無数の手は、何時の間にか優しく腕引く数本の手に変わる。やがて開く黄泉への扉。その先には美しい川と花畑が何処までも広がっている。三木咲は最早振り返らない。

 (・・・御免なさい)

 黄泉へと彼が足を踏み入れると同時に、広がった闇は、黄泉への扉は閉じていく。

 (私は・・・死でしか・・・貴方に安らぎを与えられない)

 闇は閉ざされる。其処には黒く煤け、幾つも罅が入った刀が一本残されている。傍に落ちていた鞘とともに拾い上げ、鞘に収める。

 「さようなら・・・斬嶽刀の三木咲」

 地面に突き立てられる太刀。それは屍すら残さず逝った彼の墓標となった。



 大勢は既に決しつつあった。

 仮面ライダーの活躍により主力を失った“憑”達は分断され、集中攻撃を受けて滅びていく。また、戦うのは彼ら正義の戦士たちだけではない。闇に潜み、影を渡る者達も、暗躍し妖怪悪霊の作戦行動にダメージを与えている。東京全域が失われれば、都合が悪い組織も幾つかあるのだ。

 だが、悪霊は最後の足掻きを始める。憎むべき光に一矢を報いる為に。

 青白い炎を纏いながら再び死に神が立ち上がる。

 『ぐうおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』

 痛みと怒りと憎悪に彩られた叫び。全身を焦がす炎はやがて無数の球体に収束していく。破壊をばら撒く為の呪いの炎。

 だが、仮面ライダー達はそれを逃しはしない。

 高層ビルをバイクで駆け上がる彼らは一斉に死に神へと襲い掛かる。

 「はああああああああああっ!!!」

 『『Exceed−charge!』』

 「電光ぉぉぉぉレパラシオォォォォンキィィィック!!」

 「クラッシャーバレットォォォォォッ!!」

 「色即是空ッ! 修羅っ烈風ぅぅぅ脚ぅぅう!!!」

 「アグニェボーイ・モロトフ(火の鉄槌)ッ!!」

 光によって幾重にも印章が空中に描かれ、流星群が“がしゃどくろ”の自重を支える為の重要な骨を破壊していく。

 「“汝は慎み、汝の神、主が汝と結ばれた契約を忘れて、汝の神、主が禁じられたどんな形の刻んだ像をも造ってはならない”」

 そして死神の幕引きは同じ死神によってもたらされる。ただしこちらは唯一なる主に使え、救世主再来のため、聖霊の加護によって悪を地獄へ送り届けるヴァチカンの死神・・・否、アズラエル(死告天使)の化身である。

 「“汝の神、主は、焼き尽くす火であり、熱情の神だからである”」

 青白い光を帯びて飛翔した彼は、巨大な剣を天空に翳す。漲り高まる聖なる光が、彼の姿をあらゆる悪魔と偶像を滅ぼす権限を与えられた審判の鉄槌へと変えていく。直後、長大を極める刃は天と地の理法執行者によって振り下ろされる。

 「ジャッジメントブレイク!!」

 カッ

 空に差す暁の光。天地を一筋の光が繋ぐ。真っ二つになった“がしゃどくろ”の下に佇むライダーたちの影。彼らは何も言葉を交わさず、残る敵の掃討に向かう。言葉を交わさずとも判る・・・彼らの背中はそう告げているようだった。左右両断された骨のオブジェクトが其処には佇んでいたが、やがて鈍く燃えながら崩れていく。悲しみと憎悪によって象られた偽りの審判者は、静かにその役目を終えた。

 だが・・・



 赤い光が明滅する通路を彼女は走る。鳴り響く警報と施設の消滅が残り数十分を示す警告。千切れたコードから噴水の様に噴き出す火花を浴びながら彼女は通路を走っていく。敵の本拠地にも拘らず、施設スタッフも無人警備システムも姿を現さない。主力の妖人は陽動の為に各地に散り、護法妖怪の大部分も東京に投入されたのだろう。

 (大丈夫だろうか・・・)

 既に、表面上の脅威が去りつつあるこの国の首都に思いを馳せる。彼女の命を救ったという仮面ライダー。彼が・・・仮面ライダーと名乗る彼が、彼らが戦ってくれるのなら、きっと大丈夫だろう。そう、彼女は願いたかった。

 「ふう・・・ふう・・・」

 全身を激しい痛みが苛む。いっそのこと割れてしまった方がマシなほどの頭痛と、繊維の一本一本が引き裂かれて行く様な筋肉の痛み、全身の骨格も悲鳴を上げ、内蔵は滾る様な熱を帯びて煮えくり返り、また痛みの熱とは裏腹に脊髄を中心に神経を悪寒の様なものが絶えず走っている。そして最も深刻なのは魂の痛み。心ならずも立ち塞がる二人の戦士を葬ったことに、彼女の心は深く傷付いていた。

 使命の名の下に彼らの同胞を葬ってきた鬼神・神野江瞬にとって、彼らの為に悲しむ事は偽善かもしれない。だが、ネクロドラグーン=高天アベルと斬嶽刀三木咲誠也は、言うなれば歪んだ合わせ鏡に写った彼女そのものだったのだ。或は理解しえたかも知れない二人の死は彼女の心に悲しみ以外の思いを抱かせることは出来ない。だが・・・いや、だからこそ彼女は挫ける事を放棄し、走り続ける。彼女が思いを貫く為の礎へと犠牲にした彼らの命・・・それを無為の彼方へ葬らない為にも。

 (それにしても・・・)

 ふと、左手に目を落とす瞬。薬指の付け根に嵌められた青いリングは、先ほどから蛍火の様な仄かな燐光を放っている。この激痛の中行動不能に至らないのは、この秘宝の効力にもよるのかもしれない。一体、これは何なのか。落天宗は何故、これと京二の身柄を執拗に狙ったのか。それも間も無く判る。

 彼女は京二の姿を捜し求める。脱出した彼らと共に連れ去られた可能性もあった。だが彼女は確かに京二の息吹を感じる。微かで、遠いが、必ずこの中にいる・・・彼女はそう確信し、様々な機能を複合した緑色の複眼を輝かせながら京二の姿を捜し求める。

 (京二さん・・・京二さん!!)

 「京ぉぉぉぉ二さぁぁぁぁぁん!!」

 思わず彼の名を叫ぶ瞬。彼の確かな姿は何時まで経ってもはっきりと見えてはこない。それにも拘らず時間は刻一刻と迫る。

 (あせっては駄目だ・・・焦っては・・・)

 神経の大部分を感覚器官に割り振り、更に式神を飛ばして捜索させる。

 一分、二分と時間が経過し・・・

 「!!」

 遂に京二の姿形を彼女は発見する。

 「京二さぁぁぁぁぁん!!」

 走る鬼神。全身を襲う痛みも忘れて、行く手を阻む障害の数々を文字通りぶち破り、カウントダウンより早く基地施設に大規模な破壊を齎しながら彼女は一直線に彼の元へ突き進む。彼女は、鬼神。あらゆる災いを滅ぼす赤い稲妻なのだから(笑)。

 ドゴーン!!

 盛大に岩とコンクリートと鉄筋をブチ撒きながら彼女は広大な空間に現れる。そこは数回層を貫く様なドーム状のフロアだった。そして其処は彼女にとって上方や奥行きだけでなく、下方に対しても大きな広がりをなしていた。

 「?」

 だが、彼女の意識がそれを正確な情報として完全に把握する為には数秒ほどの時間を要した。よく、哲学的な物言いで、人が認識によって世界は成り立っている・・・そんなニュアンスの考え方がある。要するに人が客観的或は主観的に物事を把握する事で物理法則はその効力を成し、法則を成り立たせ世界は成立する・・・と言った所だ。要するに現状は、この思考方法に基づいて成り立っていると、そう考えられる。即ち、だ

 「・・・?!」

 踏み出した先に彼女は自身の質量を支える物体が存在しない事に気づく。それと同時に落下を始める彼女の身体。

 「うわぁあぁあぁあぁっ?!!!!」

 毎度毎度ウン十メートルの高さから必殺の一撃を打ちかます彼女だが、全く予想しなかった落下に狼狽し、姿勢制御する事が出来ない。そして彼女が落下していく先には・・・

 「きょ・・・キょU時3?!!」

 彼女が探し求めた京二の姿が其処にはある。彼女は・・・遂に彼の胸の中に飛び込む。

 ヅドーン

 「ぐがふ」

 鈍い爆音とともにひびが走る床板。京二が横たわっていた石で出来たベッドも崩壊する。

 (ああ・・・京二さんの胸・・・)

 「じゃないっ!!」

 四度の夜猟襲の後遺症は思考回路に最も重大な障害を残しているのかもしれない。或は天然の範疇か。

 彼女は白目を剥いて口や鼻からあまり宜しくない何かを垂れ流している京二を抱き起こす。

 「京二さん! 京二さん!! 返事をして京二さん!!」

 今回の一連の騒動で最も伊万里京二に深い傷を負わせた改造人間は、止めを刺す様に彼を掴み振り回すように揺さぶる。最早断末魔に等しい声で呻く京二。

 「こ・・・すき・・・か・・・?」

 「す・・・好きです! 京二さんのこと、私も好きです! だから死なないで!! 京二さん!!」

 精一杯の勇気を搾り出し、彼女は叫ぶ。心拍数が急激に上昇し、全身が熱くなる。大体、摂氏百度前後ぐらいに。

 「・・・ぐふっ」

 水が水蒸気に変わり始めるその温度に、彼は完全に止めを刺された。

 『人間と改造人間の愛は成立しない。世界のあらゆる物、そして御互いすら障害となる』

 ・・・二人の為に遺されたその言葉は、不幸にも一部を現実のものと変えてしまったのかもしれない。

 「京二さん! 京二さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 フロアに、悲しい絶叫が響き渡った。


 「ギャグじゃなかったら死んでたな・・・」

 京二は奇跡的に息を吹き返していた。鬼神が彼を抱き締めた時に指輪がその効力を発揮したのかもしれない。

 「よかった・・・京二さんが無事で・・・本当によかった」

 涙をはらはらと流す瞬。その姿は既に鬼神から人間に戻っている。京二は苦笑を浮かべると、彼女の頭をぽんと軽く叩く。

 「ホラ、折角の再会なんだ。笑って楽しくいこうぜ」

 「京二さん・・・」

 「だが! 次はちゃんと気をつけろよ?」

 「はい!」

 「よし」

 満足そうに笑う京二。彼は徐に立ち上がると、瞬に暫時その場に留まる様に指示して歩き始める。

 「?」

 「フフフ」

 十メートルほど離れた所で彼は振り返り、両手を広げる。

 「再会シーン、リテイクと行こうぜ」

 「京二さん・・・」

 嬉しそうに表情を綻ばせる瞬。彼女は立ち上がり、暫く顔を赤らめはにかむ様に躊躇いを見せた後、思いの高鳴りと優しく向けられる京二の視線に負ける。

 「京二さぁぁぁん!!」

 「しゅぅぅぅぅん!!」

 お互いに向かって走り出す二人。壊れ始めた基地施設というのも色気が無いが、バックに咲かせる花と煌びやかな輝きがそれを補う。

 熱くなる頬。照れの余り向かってくる京二の顔を直視できなくなるのを必死に堪える瞬。何の為に、彼らと戦い、ここまで来たのか。この一瞬のためだった出は無いか。黄泉へ旅立った武士とバルハラに招かれた騎士に彼女は心中で告げる。

 (御免なさい。有難う。私は・・・私は幸せになります)

 愛は人を盲目に変える。辛い思いは過ぎ去り、痛みは忘れ去られ、最早彼女の瞳には伊万里京二の姿しか映らない。

 故に、足元に出っ張った太いコードに彼女は気づかない。京二も先ほど瞬がこの空間に出現した際にばら撒いたコンクリートの破片を踏みつける。

 ガッ

 鈍く髄に浸透する衝撃が脳漿に振動を与える。視界を一瞬覆った闇の中に天津弓より眩い閃光が幾つも弾け、一拍遅く痛みが頭蓋骨の上に広がる。

 「あつつつつ・・・」

 「ぐおおおおぉぉ」

 抱き合う寸前、足をとられた二人は思い切り転倒し、互いの頭を正面衝突させたのだ。内出血を起こし膨張した額を押え二人はうずくまる。

 「ぷっ」

 「フフ・・・」

 「ハハハハハハハハハッ」

 「フフフフフフフフ」

 暫らく二人は痛みにもがき苦しんでいたが、やがてどちらからと無く笑い始めそれは爆笑へと変わる。

 「ドラマの様に上手くは行かないな」

 やがて笑いが一段落すると、額に丸く大きく形を生じた瘤を擦りながら京二がポツリと呟く。

 それを聞いてクスリと笑う瞬。彼女は目尻に溜まった涙の粒を指で拭うと柔らかい笑顔を浮かべて京二に問う。

 「ギャグだから・・・ですか?」

 「ったく」

 眉を顰める京二。次の瞬間、瞬の首に腕を回し、彼女の身体を引き寄せる京二。

 「あ・・・」

 「下らない事を覚えるなよ」

 京二は邪悪な笑顔を浮かべると、彼女に軽いヘッドロックをかけたまま、悪戯を仕掛ける。

 「あ・・・ちょ・・・首は止めてください、あ!み・・・みみをかんじゃ・・・」

 「ふくくくく、そうかここかぁ、ここがえぇのんかぁ〜」

 「う・・・このっ」

 「だぁっ?! 鎖骨は勘弁しろぉぉぉっ」

 この施設が後二十分程度で崩壊することも忘れて戯れ合う二人だったが・・・

 やがて不意に、お互いの視線が交差する。急激に赤面し、硬直する瞬。全身の血液が顔面に集中しているかのようだ。

 「あ・・・う・・・」

 照れの余り言葉が出なくなる瞬。京二はそんな彼女の様子にいとおしそうに目を細める。すっと手を伸ばし、彼は瞬を優しく引き寄せる。

 「あ・・・」

 目の前に迫る京二の顔。もうお互いの息遣いさえ肌に感じる。瞼を閉じ腕は彼の肩に絡め体重を預ける瞬。京二が瞬の身体を支えたのは二度。最初は一度目のネクロドラグーンとの戦いの時。脊髄に重傷を負った彼女を支えるようにして。そして今回は大きく意味が異なる。

 (                                                               !!)

 意識が真っ白に塗りつぶされる。唇に触れる京二の温もり。彼女の唇に触れたそれは、口腔を経て全身に広がり、彼女を包み込む。

 言語中枢が百万の言葉でオーバーフローし、感情を、思いを、文章化できない。満たされて行く心と裏腹に、身体からは全ての力が抜けて行く様だ。

 やがて離れる二人の唇。瞼を開きお互いを見詰め合う。共に在り、身体と心を重ねる事で満たされて行く思い。彼女は囁く様に言う。

 「京二さん・・・」

 「なんだ・・・?」

 「私は、私は貴方を守ります。きっと、ずっと・・・私が私である限り、私は京二さんを守ります」

 それが今の自分の存在意義。彼を守り戦い共に在る事が、彼女が生きる為の勤め。

 「ああ守ってくれ」

 (!)

 微笑み頷く京二。その一言に、彼女の脳天からつま先に至る全身に鮮明な感覚が戻ってくる。京二は囁く様に言葉を続ける。

 「瞬・・・俺の事はお前が守ってくれ。それがお前の愛の形だと言うのなら・・・俺はそれを受け入れるから」

 全身を貫く痛み。再び目尻に溢れてくる涙。根無し草の様になっていた両足に力を込め、腕を京二の腰に回すと、瞬は彼の言葉に小さく頷く。

 「はい・・・私は京二さんのことを守ります・・・でも・・・」

 「?」

 だが最後に打消しの語を入れる瞬。同時に腰に回した腕に力を込めると彼の身体をホールドする。

 戸惑いの言葉を発する間も無く宙に放物線を描く京二の身体。

 ぐしゃり

 半月を描いた彼の頭部は、トマトを潰す様な音色を上げて床に突き刺さる。要は、瞬が京二にジャーマンスープレックスをかけ、それが成功したのだ。

 両足で宙にV字を描く京二。彼女は彼の身体を放すと立ち上がる。

 「あなたを・・・じゃない」

 瞬は鋭く指で指すと京二(仮)にはっきりと言い放つ。最も頭を床に突き刺してぴくぴくと痙攣を続ける彼に聞こえているかどうかは随分と疑わしいが。

 「くっくっくっくっくっくっくっく・・・」

 だが嘲る様な笑い声が返ってくる。地面に突き刺さる様なジャーマンスープレックスによって頭蓋骨の陥没どころか首自体が胴に減り込んでも可笑しくない衝撃を加えられたのに、彼は平然と笑っている。単に頭の回線が至る所で断線・短絡しているだけかもしれないが。

 「正体を・・・見せなさい」

 「人聞きが悪いな・・・俺は京二・・・伊万里京二だよ・・・瞬」

 ゆっくりと浮上する京二(仮)の身体。天地逆転した姿勢のまま彼はゆっくりと宙へ浮かび上がってくる。尋常ならざる光景。彼の頭部には一切の傷が付いていない。彼は逆さになった頭で苦笑を浮かべながら言う。

 「全く酷い奴だな・・・突然プロレス技をかけてくるなんて」

 「京二さんを・・・返して」

 「返すも何も俺が伊万里京二さ。正真正銘な・・・」

 「京二さんはそんなポーズで空中に浮かんだりしない」

 「いやさぁ・・・」

 彼は言う。京二の顔。京二の眼。京二の声。京二の仕草で。だが瞬は首を左右に振って否定する。

 「違う。貴方は京二さんじゃない。格好を付けるのが好きなあの人は女である私に自分から『守って』なんて言いません。絶対に」

 伊万里京二という男は女性を『か弱い』『保護対象者』と認識する一種の男尊女卑と和風フェミニズムがミックスした価値観を持ち、伊達や酔狂を何より好む趣向に基づいて行動する男だ。故に京二(仮)の発言は本来、天地が反転しなければ有り得ない台詞である。実際彼自身はひっくり返ってはいるが。

 「成る程・・・ちょっと焦り過ぎたな」

 頷き、納得する京二(仮)。まるで血液型占いによって自身の性格が言及され、それが当たっていた時の様に軽い調子で。

 「貴方が誰かなんて私は知らない。でも・・・京二さんを返して」

 「俺は京二だよ・・・あんたが感じているとおり、な」

 「・・・!」

 「フフフ・・・判ってるだろう? あんた自身が証明している筈だ。優れた感覚器を備えるあんた自身がな。そうじゃなけりゃ、あんたは易々と唇を許すような真似はしないよ」

 敢えて気づかぬフリをしていた事実を突きつけられ赤面し震える瞬。怒りと嘆きによって千々に引き裂かれそうになる彼女の心。それでも彼女は確かめるべく、残った意思の力を総動員して、搾り出すような声を発する。

 「貴方は・・・」

 「京二さ。伊万里京二。ただ・・・変わったのさ。考古学者じゃあなくなったんだ」

 「?!」

 言の葉の先を読む返答はなんら変わらぬもの。しかし其処には新たな但し書きが書き加えられる。自らの肩書きが変わったということが。

 真意の把握できない瞬に彼は説明を始める・・・が、

 「瞬・・・あんたが鬼神の力を宿すように、俺も力を身体に宿し一体化したのさ。それも鬼神とは相反する力・・・あらゆる災いと其処から生じる闇の化物全ての“根源たる者”の力・・・言うなれば『竜王』の力とな」

 「竜王」

 「そう・・・世界の歴史の原型部分、文明が文明をなしていなかった頃のおぼろげな記録・・・伝説や神話といっ・・・」

 「い?」

 京二(仮)は唐突に自らの言葉を途切る。何故か彼の額には怒りを示す青筋が浮かんでいる。そして数秒の後、爆発する。

 「ああ!説明するの面倒くせぇ!! 兎に角、そんなのに出てくる怪物の親玉とフュージョンしたと、そう言う事で納得しとけ!!」

 「・・・・・・」

 俗に逆ギレと呼ばれる傍若無人な振る舞いと共に説明することを放棄する京二(仮)。

 沈黙に至る瞬だが別段、京二の言動に呆れている訳ではない。彼女は思考回路をフルに稼動させている。彼女にとって、京二に憑き京二を京二(仮)に為さしめている存在の正体を推測するには、中途半端に途切れた説明で充分だったのだ。

 数々の悪の組織の裏側に君臨していた統率者・・・数万年の周期と共に淘汰の儀式を行い新たな肉体を得る王・・・破壊と殺戮を遊戯と見立てその果てに究極の闇を齎すもの・・・記憶中枢から彼女は記録を引きずり出す。かつて存在したが今は滅び去ったものたちの記録を。悪意と災厄の元凶達の情報を。

 (そうか・・・)

 京二(仮)に憑くもの・・・それは彼らと本質的に同義なものなのだ。そして落天宗。悪意と災厄を形や力に変える彼らの目的は・・・その王の復活だったのだ。

 符合の一致と共に彼女の内側で勝手に解き明かされる謎。だが、彼女の疑問の全てが解放された訳ではない。

 (何故・・・)

 「何故あなたなんです? 何故、京二さんが選ばれたんです・・・?」

 彼女は問う。何故、京二なのかを。正義たる事を好む彼が、何故、悪なるものの依り代として選ばれたのかを。京二(仮)は額の方にずれた眼鏡を元の位置に戻すと、面倒臭そうに答える。

 「別段誰でもよかったのさ」

 「!?」

 「陽食の民の呪われた血を引き、秘宝を見つけ出すことが出来、ある程度頭がよく、それなりに健康だったなら誰でもよかったのさ。まあ、要するに偶然とか言う運命の神に魅入られた結果ってわけだ」

 「そんな・・・」

 「ハハ・・・実際こんなもんさ。特別なことなんて有りはしない。“俺”は全ての人間の内側に存在するんだからな」

 “彼”は言う。自分は人間と言う存在に於いて普遍であると。“彼”は伊万里京二自身であると。そう。闇・・・病みは普遍だ。どんな清廉な人間の心にも、どんな無垢な存在にも、悪は・・・悪の要因は備えている。彼女もまたそれを知り、自らの内側に存在する悪の有り様を知っている。自らの存在意義が失われることに対する恐怖心。自己の保存の為ならば暴力を以って他者を犠牲にすることも厭わない残酷性。正義、道理、法・・・例えそれらの属していたとしても、内に抱える暗黒面を否定することは不可能だ。それは、人が人として生きて行く為に不可欠な心の部品の一つなのだから。そして京二もまた自らの内に間違いなく悪を、闇の部分を宿しているだろう。人間である限り、悪・・・闇が自身の在り様たることを否定することは出来ないのだ。

  だが・・・

 「違う・・・」

 それでも彼女は否定する。

 「やっぱりあなたは京二さんじゃ、無い」

 京二(仮)が京二であることを。

 「あのひとは私に答えてくれた。でも、あなたの言葉は、あなたの存在はそれと矛盾している! あの人は嘘や偽りを吐く様な人じゃない! だから、あなたは・・・京二さんじゃない! 絶対に!!!」

 涙が一本の筋を頬に成す。頭皮を無造作に掻き毟りながら疲れた様に溜息を吐く京二(仮)。

 「もう良いよ、どうでも。京二だろうが偽者だろうが問題は其処じゃあ、ない」

 「え・・・?」

 京二(仮)は掌を翳す。瞬を覆う様に、掴む様に。直後、全身に強い圧迫感を受ける瞬。抵抗する間も無く彼女の身体は空中に拘束される。

 「え・・・な・・・?!」

 骨や肉どころか皮膚にすら痛みを与えない力。だが抵抗する事は出来ない。優しく包む様でありながら、彼女の膂力を完全に封殺している。京二(仮)から発せられている力だろうか。

 「もう、面倒臭いから偽者か、どうかなんてどうでもいい。重要なのは、あんたが俺のものになるか、どうか、だ」

 「な・・・え?」

 思いもしない言葉に戸惑う瞬。

 「本来、竜王様の務めとしてはあんたに預けた指輪を返して貰わなきゃなんないんだが、個人的にはあんたのほうが欲しいんだよ。俺もあんたのことは好きだし愛してもいるからな。そいつを結婚指輪にしてお前を嫁に貰っちまえば一石二鳥だろ? いや・・・指輪、あんた、鬼神の力だから一石三鳥か」

 「鬼神の力を・・・?」

 「そうさ! 俺はあらゆる災いの根源。あんたはその災いを滅ぼす力。さっきも言っただろう? 相反する力だと」

 「弱点を克服するため・・・?」

 相反する力、相克の対象が敵対者でなければ、天敵となるものは存在しなくなる。だが京二(仮)は頷くが全てを肯定はしない。

 「ま、それもあるが・・・要するに矛盾の古事だな。究極の矛と至高の盾を一辺に持ってたら・・・無敵だろ?」

 「・・・」

 鬼神と竜王の力の併在。京二(仮)の言うとおり滅ぼす槍と生み出す盾が一つの意思によって操ることが出来れば、限りなく無敵に近づくことが出来るだろう。だがそれは正に“矛盾”だ。近い未来においてそんなことは絶対に在り得はしない。何故ならば・・・

 「京二さん・・・」

 「ん?」

 「あなたじゃない。私が好きになったのは・・・あ・・・愛するのは京二さんだけです。だから・・・」

 真っ赤に染まる瞬の表情。緑に燃える瞳。何時の間にか彼女の腰には御鬼宝輪が現れ、内蔵された大極版が回転を始め、瞬の姿は赤い光に包まれる。

 その瞬間、抱く様な拘束力は弾け散る。光は収束し、やがて漆黒の黒髪を棚引かせる様にして赤い戦士は表れる。

 「あなたの野望は成就しない! 力ずくでも・・・京二さんを返してもらいます」

 「余り無理をするな」

 背筋を伸ばし、ピンと鋭く指で指す鬼神。だがその凛とした有様を見て逆に哀れみと嘲弄の表情を浮かべる京二(仮)。京二にせよ京二(仮)にせよ、彼らは常に的を突いてくる。激痛が全身の神経を激しく襲う。四度に及ぶエネルギーの解放が深刻なまでに彼女の身体を苛んでいるのだ。固く噛み合わされた牙の間から漏れ出る赤い滴。連戦によって傷ついた生態装甲も、罅割れ色褪せたまま完全に修復していない。肉体が完全な状態で無い為、変身による負荷も著しいものとなっている。だがそれを乗り越え毅然と立つ。

 「あんたは元気な子を生まなきゃいけないんだから」

 「セクハラです」

 拳を握り締める鬼神。京二を京二(仮)から取り戻す為に。

 「やれやれ・・・あんまりこういうのはスキじゃあないんだが・・・」

 相変わらず面倒臭そうに呟くと、京二(仮)は胸の前で両腕をX字に交差させる。

 「・・・!!」

 「転化・・・」

 彼の腹部に大極象る宝玉が現れる。陰陽を蒼と赤に彩った宝玉が。そして其処から伸びる闇色の帯。それが輪環を描き、彼の腹部にベルトを形成する。鬼神の御鬼宝輪のような巨大なバックルを持つベルト。だが其処に鬼の面の形をした覆いは無い。宝玉の周囲を取り囲む様に蛇の姿が刻み込まれている。

 「変!身!」

 胸を引き裂く様に左右に腕を解き放つ京二(仮)。その瞬間、ベルトから放たれた宵色の闇が放たれ腹部を中心に広がっていく。血管を巡る様に青みを帯びた闇が彼の姿を覆い、彼の姿を変貌させていく。

 「な・・・」

 うねる様に頭部に伸びた二本の角。全身を青い金属光沢を帯びる生態装甲が覆う。太い尾が尻から生え、手の甲からは短刀のような鉤爪が二対伸びる。血の様に真紅に染まった大きな眼が輝く髑髏に似たその容貌は・・・

 「仮面・・・ライダー」

 「ああ・・・どうやら『竜王』としての俺の姿はあんたに随分と影響を受けているようだ」

 尾をゆらゆらと宙に漂わせながら京二(仮)・・・いや、竜王は言う。

 「さて・・・なんでわざわざ俺がこんな姿になったか判るだろう?」

 次の瞬間、竜王の顔は鬼神の目の前にある。

 「痛い目を見れば少しは素直になると思ってな」

 彼は鬼神の首をつかむと、僅かな間も置かず彼女の身体を天井に向かって投げ放つ。

 「!!??!!??」

 猛スピードで投げ放たれた彼女の身体は天井に突き刺さり、ドームの構造材を無数の瓦礫の塊に変えてばら撒く。

 「あぐぅ・・・」

 「いい声だ。そそる」

 落下を始める瞬。声はその背中から響く。戦斧を振り下ろされた様な感覚が脊髄に走る。竜王の手刀が振り下ろされたのだ。彼女の身体は流星の様に床へと突き刺さる。

 ドガシャアッ

 「ぐ・・・うう・・・」

 立ち上がる鬼神。竜王はその前に悠然と下りてくる。

 「さあ・・・俺と一緒に滅びと災いの世界を造ろう。二人だけの永遠世界だ! 素敵だろう?」

 押し寄せてくる竜王。その鉤爪が振りかざされる。雷を収束して天津剣をなす鬼神。

 「私は本当の京二さんと過ごせるなら・・・例えそれが永遠じゃなくても構わない。命は滅びるものだと私は知っているから」

 剣と鉤爪が交錯して反発力が生まれ、爆音と共に弾かれる両者。それと同時に竜王の口が開き、内部より黒色のガスのようなものが噴き出す。

 「フ・・・滅びる命なんてのは幻想だよ。それに瞬・・・お前だって命に執着していたじゃないか」

 爆発が起こる。天津剣に引火したのだ。

 「命に執着しているなら・・・私は鬼神にはならなかった。私が執着しているのは命じゃなく・・・生きるということ。自分が自分としてまっとう出来ること」

 ドーム内を覆う炎。だがそれは次々に引き裂かれていく。爆発の衝撃によって舞い上がった瓦礫の破片を足場にして鬼神が四方八方を飛び跳ねているのだ。襲い掛かる鬼神。竜王の背後から。

 「務めを放棄しながら言えた台詞か?」

 突立てられようとする天津剣。だが一瞬早く、彼女の身体は太く長い尾によって捕らえられる。締め付け、拘束し、壁に投げ放つと同時に、竜王はそれを追走して襲い掛かる。背中の生態装甲を裂いて出現する背びれ。石英の結晶のような、鋭角をなす山脈は青白い光を放つ。

 「私がここに来たのは・・・京二さんを助けることが私の生きるべき道、生きるべき務めだと信じたから」

 空中で回転した彼女の身体は壁の上に着地する。同時に竜王の口から放たれる青白い光。固体のような質感を持つ圧倒的な光量の波濤は石材を蒸発させながら、壁の上を疾走する彼女を追いかける。

 「では助けてもらおう。悪い魔女に魔法をかけられた王子様を助けてもらおう。お前が俺のものになることによって」

 光を放ちながら肉薄する竜王。鬼神は壁を蹴って宙に飛び、彼の背後に降り立つと、今度は逆に彼の尾を捕らえ宙に投げ放つ。

 「もう・・・キスはしました・・・でもあなたが彼にかけた魔法は解けてない」

 宙に舞う竜王の質量。だが鬼神の拘束力からは逃れていない。術を放つ鬼神。真空の刃と火炎の鳥が彼に襲い掛かり、ブルーメタリックの体表を無残に抉っていく。

 「思いが、愛が、もう一押し足りないのさ!」

 身体を丸め、彼女の腕を支点に自らの身体をスイングする竜王。遠心力によって加速した彼の身体は鬼神に凄まじい勢いで襲い掛かる。背鰭によって引き裂かれる鬼神の身体。破れた生態装甲の間から血が溢れる。

 「私の愛はあなたに対するものじゃない!!」

 鬼衝角を背中に投げつけ、その上からハイキックを叩き込む鬼神。鬼衝角と背鰭が砕けて空中に破片を無数に散らす。

 「俺は伊万里京二だよ、瞬!!」

 鋭く放たれた尾の一撃が彼女に腹部を突き刺し、弾き飛ばす。足を地面に突き刺しブレーキングをかける鬼神。

 ゆっくりと振り返る竜王。バラバラと降り注ぐ破片。二人の肉体の再生が既に始まっている。

 (駄目だ・・・)

 彼女は察する。この呼びかけは表面にしか、京二を支配する『竜王』の意識にしか効果が及ばない。京二自身には呼びかけていないのだ。

 (そうだ・・・彼を呼び起こさなきゃ・・・だけどどうやって・・・?)

 竜王の目が光り、真紅の稲妻が放たれる。左右に跳躍しながらそれを回避していく鬼神。身を屈めながら彼女は竜王に向かって走る。

 (何か・・・思いを)

 鬼神は手刀を作り、其処に力を集中して刃に成す。突く様に繰り出される一撃。だが鬼神は白刃取りのようにしてそれを受け止める。

 「!!?」

 「思うんだが・・・あんたって雑念多いよな」

 手首を掴んで引き寄せ、青い指先が薬指に伸びる。青い指輪へと。

 「実はこの指輪・・・只の自己修復アイテムじゃあない」

 「な?!」

 竜王が彼女の手に触れた瞬間、光を放ち始める青い指輪。光は竜王の影を濃く映し出し、やがて影は蠢き始める。

 「知っているか? ソロモン王の話」

 ずるり・・・と影より何かが這い出す。蛇の様な何か。それが鬼神に纏わり絡みつく。

 ソロモン王・・・優れた知恵と知識・統治能力によって巨大な王国を築いたといわれる、旧約聖書に登場する神話上の人物である。彼はその才知と契約の証である指輪によってあまたの悪魔を従属させ使役したという。

 「この指輪はそいつがつけていたのと同じような代物さ。“俺”と共にあることで“俺”の内側より化物たちを再生させる神力を備えた宝具。要するに東京でこれを大規模にやろうってのが、今回の落天宗の目的・・・『黄泉孵り』ってわけだ」

 影の淵から現れる蛇の群れ。腕に足に絡みつき、毒で侵す様に手足の自由を奪い取っていく。鬼神の顎をそっと捉える掌。撫でる様な指の力が彼女の顔を竜王に向けさせる。赤い複眼の奥に京二の眼差しが見えた様な気がする。

 「・・・瞬」

 優しく響く甘い囁き。

 「言わなくても判ると思うが、俺もあんたのことを愛している。だから一緒にいたいし、共に歩みたい」

 「・・・それが・・・それが“あなた”の言葉ならどんなに嬉しかったか・・・」

 そっと、竜王の掌が彼女の胸に触れる。

 「・・・!」

 「どんなに変わっても俺は俺だよ。その証拠にお前の胸は高鳴り、滾るように熱くなってる」

 「それは怒りです。怒りが私の胸を激しく高鳴らせ、血液を熱く煮え滾らせているからです」

 燃える緑の複眼。激しい感情が眼に宿り、焼き尽くすべく向けられる。

 「何故・・・そんなに今の俺を拒む?」 

 明らかに声のトーンが変わる。暗い怨念のような意思を伴う怒りが宿る声。強く締め付けていく蛇の群れ。

 「今の俺にそんなに魅力が無いか? 今の俺はお前と共に長い生涯を共に送る事だって出来る。うんこみたいな人間どもを綺麗さっぱり冥府に流して俺たちの世界を作る事だって出来るんだぞ? 誰にも、何も、咎められない、俺たちの世か」

 ピシャアッ

 乾いた破裂音が響く。

 幾つにも寸断された蛇の群れが、黒い残骸となって舞い散る。

 思い切り上体を仰け反らせたまま停止する竜王。その頬に当たる部分には赤く手形が浮かび上がっている。余りに思考能力の範疇を越えた事態が発生し、その為に一時的にショック状態に陥って思考回路が停止しているのだ。

 「好い加減に・・・」

 涙声で言う鬼神。彼女は振りぬかれた右腕を引き戻し、頭の横に振りかぶる。

 「目を覚ましてください!!」

 ピシャアッ

 今一度、同じ場所に打ち下ろされる平手。一発目によって放心状態になっていた竜王は、二発目によって完全に地に倒される。

 鬼神は自らを拘束する蛇の群れを完全に引き千切っていた。彼女のその目の淵からは涙が流れている。

 悲しみだけでない。怒りが彼女に涙を流させているのだ。そしてそれは竜王に対してではない・・・

 「京二さん・・・あなた言いましたよね?」

 鬼神は竜王の首筋を掴み彼を引きずり起こす。更にもう一度打ち込まれる平手。彼女は涙ながらに言う。

 「御自身の行く末をお聞きしたとき、『人を平気で殺すような気狂いどもを野放しに出来るか!』って・・・“悪”に反抗し立ち向かう道を選ぶって!! 何時までそんな酷い有様になってるつもりですか?!」

 「!!」

 「悪だけじゃない・・・どんな困難や、危険にも絶対に屈しない・・・そんなあなたの強さとしなやかさに・・・私なんかよりずっと・・・『仮面ライダー』なあなたのそんなところに・・・私は魅かれたんです!!!!」

 「う・・・ぐ・・・?」

 頭を両手で抱え、のたうつ様に、俄かに苦しみ始める竜王。

 「だから! 克服してください! 悪に! 闇に!! それが・・・それがあなたじゃないですか!! 伊万里京二さん!!!!!」
 
 「や・・・やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 バシィィィッ

 一際高く、平手が音を鳴り響かせる。その瞬間、竜王の頬が、割れる。

 「グオオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおおおおおOおおおオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおお大おおおおおおオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおOOオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 亀裂が広がっていく。それに伴い左の頬を中心に彼の体色が変化していく。金属光沢のある青から、ささくれ錆びた様な質感を持つ赤へと。所々で生態装甲が破れて筋肉構造が剥き出しになり、鉤爪も左の手の甲から脱落する。両足から力を失い、崩れる様になる彼を鬼神は支える。

 やがて赤の侵食は身体の正中線を以って青とアンシンメトリーを成すと安定する。それと同時に収束する絶叫。

 「きょうじさん・・・?」

 裂けた皮膚の狭間から噴き出す蒸気のようなもの。竜王は脱力した様に鬼神に身を任せていたが・・・やがて・・・

 「すまない・・・瞬」

 響く京二の声。同時に彼の腕が鬼神の背に回され、彼女の身体を強く抱きしめる。癒え難い、深い傷が刻まれた、彼女の身体を。

 「あんたのカラダ・・・何時も・・・ボロボロだよな・・・」

 「京二さん・・・」

 「御免な・・・瞬・・・」

 「本当に・・・京二さんなんですか・・・?」

 「俺さ・・・守ってやりたかったんだ・・・支えてやりたかったんだ・・・あんた、何時もボロボロになってるからさ・・・口先だけじゃなくて・・・力で・・・さ」

 「いいんです京二さん・・・私は鬼神ですから・・・今の私は、あなたが思ってくれているだけで・・・立って行けます・・・」

 「御免・・・御免な・・・瞬・・・」

 「いいんです京二さん・・・あなたは京二さんなんですから・・・私は・・・あなたの思いの・・・力になります・・・だから・・・傍に居させてください」

 「ああ・・・傍にいてくれ・・・瞬・・・俺もあんたと一緒に・・・歩いていきたい・・・!」

 強く、抱き合う二人。警報や鳴り響く剣呑極まる地響きも二人の世界に侵入することは出来ない。

 『ふざけるな・・・』

 だが、その絶対領域を破って、地の底から響く様な声が、幸福な時間を寸断する。

 『俺を否定するというのか・・・力である・・・俺を・・・俺は闇・・・全ての人間が抱える闇そのもの・・・“俺”はあんた自身だぞ・・・』

 影が、暴れ、のた打っている。より、竜の様な形をとり、その長い首を跳ね回らせながら。正にその有様は、暴力性そのものの顕現のようである。“影”を見据える竜王の赤い眼光。彼の声は静かに発せられる。深い怒りの意思を秘めて。

 「たわけはあんただ・・・何が闇だ・・・闇ってのはな・・・夜にやってくる安らぎの事を言うんだ。あんたに一度取り込まれて判ったよ・・・あんたは闇じゃあない。闇に託けて、恐怖・・・不安・・・憎しみ・・・そんな負の感情を・・・人間が自分で克服しなきゃならない思いを・・・甘んじて受け入れた“諦め”だ!! そんな感情を理不尽な暴力でしか果たせない・・・只の負け犬だ!!!」

 『俺は!全てのものに宿る!俺は王だ!俺が神だ!!!!』

 「負け犬が神を気取るなぁぁぁぁっ!!!」

 『おのぉぉぉれぇぇぇぇっ!!!!』

 襲い掛かる“影”。剥かれた牙が竜王の青い半身に喰らい付く。

 「京二さん!!!」

 「うぐおおおおおおおおおおっ?!!」

 変形・・・いや、膨張していく青い半身。内部で何かが蠢き、やがてそれは出現する。右の肩口を突き破って現れる竜の頭。

 『クハハハ・・・』

 暗い哄笑が響く。竜の頭が笑っているのだ。

 『フフフ・・・本来、俺の方が大きな力を持っているのだ・・・あんたとの接触で、元の京二の意識が一時的にオーバーフローしたようだが・・・こうやって、意識の器を別につくってやれば・・・』

 「どうなるってんだ?」

 赤い腕が、竜の喉をつかむ。二本の赤い腕が、だ。竜王と鬼神が竜の長い首筋を捉えているのだ。

 『な・・・なんだと・・・?』

 「京二さんがさっき言ったはずです・・・たわけはあなただ、と」

 「YES、瞬。フフフ・・・自分で言ったことも忘れたのか? 俺はアンタなんだろうが・・・!!」

 鬼神は冷めた抑揚の無い口調で、竜王は嘲笑う様な口調で、それぞれ言う。

 『ば・・・馬鹿な・・・!』

 「あんたがな・・・はは・・・教えてやるよ、種明かしを・・・瞬、頼むぜ」

 「はい・・・妖人はあなたの一部と魂を融合させ、その力を発現する事で力を得ています。だから、一部の力しか使えないにも拘らず、あの人たち高出力の力を使えるんです。だけど、だからこそ彼らは復讐に囚われ続け、新しい道を見出すことが出来なかった」

 復讐と怒りに彩られ、永遠の輪の中に囚われた人々。螺旋階段の様に上へと昇る事も、下へと降る事も出来ず、ただメビウスの輪を撫でる様に千年に渡って復讐に拘り続けた哀れな民。最早、本来の復讐相手は死を迎えているというのに。

 「そして私の鬼神のシステムは、この御鬼宝輪によってエネルギーの流量を調節し、意思の力でそれを制御することで成り立っています・・・力のもたらす衝動に拮抗できなければ鬼神にはなれません」

 『それが一体・・・?』

 「まだ判らないのか? 俺はあんたに取り込まれている間、眠ってた訳じゃあない。色々準備してたのさ・・・あんたからカラダを奪還する算段を、な。で、瞬にやったあの指輪・・・あんたの内側から何かを作り出すものだろう?」

 『ま・・・まさか・・・』

 「そう・・・さっきのビンタの際の接触で、御鬼宝輪のデータとエネルギー制御のノウハウをコピーして構築してやったのさ・・・」

 『お・・・おのれ・・・!!』

 「あんたの力が大きすぎて完全に制御は出来ないが・・・だが動きを止めることは出来る。そして何故、俺がここまで饒舌に種を明かしてると思う?」

 『ぐ・・・ああああっ!!!』

 背鰭を光らせ、光線を発射しようとする竜の首。だがそれより早く、二人の腕によって引き千切られる。

 『ぶるぅぅああああああっ』

 「勝利を確信してるからだっ!!」

 投げ放たれた竜の首は、破れた肩と、竜王の口から迸る二条の光によって灰になって散る。

 『お・・・おのれ・・・おのれ・・・おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!』

 無数の首を以って襲い来る“影”。

 「その『おのれ』ってのがあんたらの敗因だ! 自分自身で克服するのを諦め、納得いかない結果の要因を他者に求めた瞬間、あんたらは既に負けていたんだ!!」

 『俺が・・・それ以外の・・・何になれると・・・?!』

 「何にも成らなくていい・・・あなたは・・・人が強くなる為には・・・一度は通らなきゃならない道だから・・・克服しなきゃいけないものだから・・・あなたは、あなたのままで・・・いい」

 『瞬・・・』

 優しく囁く様な鬼神の言葉に一瞬、停止する“影”の群れ。直後、弓を引き絞る様に拳を引く鬼神。

 「だけど私達はあなたを倒す!! 私達は未来を手に入れるから!!!」

 『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ?????!!!!!』

 「やっぱりたわけ、だ! あんたは!! 先カンブリア紀から言うだろうが! 人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろってな!!!」

 そして竜王は自らの右胸に手を当て、其処を示して叫ぶ。

 「瞬!! ここだ! ここを狙え!! ここにあいつの心臓が! 俺の体に融合する依り代があるっ!!」

 「はいっ!!!!!」

 ベルトの鬼の面が開き陰陽盤が現れ、高速で回転を始める。其処から噴き出す赤い光の粒子が彼女を包み込んでいく。

 「秘儀・・・陰陽極(おんみょうのきわみ)!!!」

 鬼神の黒髪が赤く発光し、やがて赤い稲妻の帯へと変わる。また、生態装甲も燃える炎の様に輝き始める。

 「京二さん! あなたの思い・・・あなたの心・・・私に下さい! 私の力・・・受け止めてください!!」

 「瞬! お前の力・・・俺に貸してくれ! 俺は・・・お前を受け止める!!」

 緑と赤に輝く二人の瞳。押し寄せる“影”の群れ。そして飛翔する鬼神。

 「夜猟襲!!」

 ジャンプの頂点で回転する鬼神の身体。旋風を描いた彼女は、直後その長く伸びた足を竜王の胸へと向ける。同時に急降下を始める彼女の身体。赤い光を発しながら弾丸の様に竜王へと迫る。

 『やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』

 「ライッダァァァァァキィィィィィィィック!!!!」

 ドガァァッ

 「・・・」

 「・・・・・・」

 竜王の胸に突き刺さる鬼神の脚。赤い光は消え、“影”の群れもまた退いている。

 ドクン・・・ドクン・・・

 竜王の背後に浮かぶ脈打つ肉の塊。菱木辰蔵によって埋め込まれた竜の心臓。影から呻くように声が響く。

 『貴様ら・・・幸せか・・・』

 「はい・・・」

 「・・・ああ」

 縺れる様に崩れる竜王と鬼神。倒れた頃には京二と瞬の姿に戻っている。

 『ファファファファファ・・・』

 俄かに笑い始める“影”の声。その声は京二のものではない。光で描かれた亀裂が心臓の表面に無数に走る。

 『此度もまた・・・貴様達の勝ちだ』

 ゆっくりと立ち上がる二人。崩壊を間近に控えた揺れは尚も激しさを増す。

 『・・・だが覚えておくがよい』

 亀裂の狭間から光の帯が無数に延びる。それを背に歩き始める二人。支えあうようにしながら。

 『・・・人がこの世にある限り・・・人が人である限り』

 遠くから爆音が幾重にも響いてくる。

 『・・・私は何度でも蘇る・・・』

 声は擦れた様に薄く、細くなっていく。

 『私は・・・不滅だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・』


 爆発が起こる。それは火薬による爆発ではない。マグマが噴き出し、赤黒い火柱が山の中腹に上がる。

 この基地の自壊システムは、基部となる岩盤を大型護法妖怪・子泣き爺の質量増大を利用することで破壊し、それによってマグマ層に基地構造物そのものを沈めてしまう方式を採っている。大穴を空けられ、噴き出し口を見つけた超高温のマグマ流が施設を飲み込み、溶かしていく。

 白んだ空に立ち上る黒煙の柱。それが彼らの埋葬の煙となった。


 「・・・終わったんですか」

 「らしいな・・・」

 「本当に・・・京二さん・・・なんですよね?」

 「フフフ・・・さあ・・・な・・・」

 「意地悪ですね・・・」

 「かな・・・?」

 「そうですよ・・・京二さん・・・」

 「・・・ばか、言わなくてもわかるだろ」





★落天宗妖人ファイル(陰陽寮第一級資料)
識別2100号 三木咲 誠也
犬神の妖人 身長200センチメートル前後 体重不明
炎を操り拳に纏わせて戦うことを得意とする。またその咆哮には神通力が備わっている。
落天宗最高幹部の一人。他の幹部と連携攻撃を行うことを得意とするが、単独でも優れた戦闘能力を誇る。
また、自身の魂を燃料に炎を灯す魔剣・斬嶽刀を所有し、その破壊力は捨て身ながら凄まじい威力を誇る。

★落天宗妖人ファイル(陰陽寮特級資料)
識別5555号 伊万里 京二(或は菱木 辰蔵)
竜王 身長190センチ前後 体重不明
全ての妖怪・悪霊の長たる根源たるものが伊万里京二の肉体を介在して実体化したもの。
テレキネシス能力、可燃性ガスの分泌能力、高出力二酸化炭素レーザーの発振能力、眼からの放電能力、尾のドリル化能力(未使用)、他生物を吸収融合する能力(未使用)、物理的エネルギーをフェイズシフトさせる能力、秘宝と連動して無限に妖怪を再生することが出来る能力、分体を植えつけて他者を自在に操る能力(未使用)、巨大なドラゴン形態に変身する能力(未使用)など十種類の強力な超能力を有する。
精神的に不安定な状態になると、肉体にその変調が現れる。






・・・・・・・・・エピローグ

 戦士たちは帰っていく。
 終わり無き正義の系譜にその名を連ねる戦士たちは帰っていく。
 彼らの生き様を愛し、彼らと共に生きる事を求め、彼らが必ず帰ることを信じて待つ人たちの下へ。
 次なる戦いも、置かれた苦境も、乗り越える為に。
 戦いが絶望に満ちていても、何時か全ての人々が自由に生きることが出来る平和な世界が訪れるのを信じて・・・



 「・・・ネクロドラグーンは失敗したようだね」

 「宜しかったのですか? 司令」

 「彼はああ見えて真面目だからね。実戦データはちゃんと送ってくれたよ。これで、より本格的な対仮面ライダー戦闘用ネクロイドの開発に着手できる」

 「司令の本来のお考えからは離れるのではありませんか?」

 「フフ・・・滅多なことを言うものじゃないよ。キミの思いも判るけどね。彼らはいいサンプルなんだよ。色々な組織、色々な技術の粋が集められた優れた完成度を持つ芸術作品だからね。優れた土は優れた花を芽吹かせるものさ」

 「・・・落天宗は如何いたしますか? 残党が未だ多数残っているようですが」

 「彼らは・・・まあ放っておいていいよ。重要なものは大体、こっちに来てるからね」

 「では例の二人は?」

 「あちらから接触してこない限り、ノータッチで構わないよ。寝た子を起こす必要は無いからね」

 「ですが伊万里京二は・・・」

 「彼の存在は確かに興味深いが、あれはね我々の求めているものとは違うよ」

 「?」

 「我々も希望を忘れずにいこう、ということさ」


















 東京・・・

 落天宗の侵攻によって被った大きな傷も、徐々にだが癒え始めていた。

 自衛隊の隊員を始め、多くの人の命が失われた。残された家族の怒りと悲しみは消え去ることがない。だがそれでも彼らは強く生きていこうとしている。

 あれから数ヶ月。春・・・梅雨・・・夏を経て晩夏。鳴り響く蝉の鳴き声もアブラゼミやクマゼミからツクツクホウシの物憂げな響に変わっている。

 辺りに舞う赤蜻蛉も間も無くナツアカネからアキアカネに移り変わるのだろう。吹く風も、昼間に火照った体を優しく冷やしてくれる。

 やがて、日は落ち時刻は誰彼から宵へと移る。穏やかな闇が空を覆い、色の薄い星々が煌き始める。見物客で賑わう川沿い。

 その中で二人、肩を寄せ合う背の高い影。京二と瞬。浴衣を纏い、二人は空を見上げている。

 「早いもんだな・・・」

 「はい」

 鈍い爆音と共に、昇っていく光の帯。やがて空の一点で無数の炎の欠片を撒き散らし、花を咲かせる。

 「本当に・・・大変でしたね・・・」

 「ああ。全くだぜ」

 命からがら基地を脱出した後、二人を待ち受けていたのは、今度は味方の筈の陰陽寮だった。満身創痍だった彼ら二人は成す術もなく拘束され、様々な検査や取調べを受け、解放されたのはそれから一ヵ月後だった。最も、陰陽寮内では頻繁に会うことが出来たため、京二は厭味ったらしく見せ付けるようにイチャついてやったり、竜王復活を装って散々驚かしたり、陰陽寮本部施設の警報装置を誤作動させてやったり、様々な手段を用いて嫌がらせしたのだ(無論その後に謝って歩く瞬の姿があったことは言うまでもないが)。

 「ほんっとに大変だったんですから」

 「はははのは」

 任務失敗。独断専行。機密漏洩。首都壊滅。更に竜王復活など四文字熟語で様々な問題があった。一時、陰陽領内では二人を永久投獄すべし、との意見も出たのだが、今はこうやって自由の身になっている。それは陰陽寮局長の尽力が大きかった・・・


 ・・・しばらく前。陰陽寮本部。

 「独断専行、機密漏洩。本来なら貴女の罪は重大です」

 執務机に肘を付いて、その女性は告げる。軽いパーマの掛かった銀髪をセミロングにし、縁の無い鎖付の眼鏡をかけた初老の女性。

 彼女の名は神崎紅葉。陰陽寮局長を務める女性だ。そして・・・

 その前には片膝を付き、無言で控える女性の姿。黒地のスーツの胸元には宮内庁職員であることを示すIDカード。其処に記されている名前は神野江瞬だ。

 「貴女は鬼神という力と責任を与えられている以上、本来ならば決して自身の感情でその力を使ってはいけません。現に、今回の一件を鬼神の暴走だと判断し、封印すべきだ、とする意見も多いのです。警視庁のG5システムやSB社のRTサービスでも代替出来るという意見も」

 何かの書類を書きながら殆ど澱む事無く神崎は言葉を続ける。

 瞬は俯いたまま一言も言葉を発さなかった。そう・・・因果応報は受けなければならないのだ。

 やがて立ち上がると顔を瞬に向けてくる神崎。彼女はにっこりと微笑んで言う。

 「ですが随行員からの報告から判断し、貴女の行動は決して間違いではなかったと判断します」

 「!」

 「貴女の行いは功績・・・と判断していいでしょう。ですから賞罰を相殺して、今回の一件で貴女に一切の責任を求めません」

 「あ・・・有難う御座います!」

 「・・・それから鬼神としての貴女に新たな辞令を下します」

 書き上げた書類を瞬に差し出し、神崎はそれを告げる。

 「首魁・陽食辰蔵、大幹部・三木咲誠也、大型護法妖怪『がしゃどくろ』と『子泣き爺』、そのほか各地でも組織戦力の主力部隊が撃破され落天宗は多大なダメージを受けています・・・ですが、大幹部月野修造、同霜田涼音、同夏川十六朗、更に中枢親衛部隊“武衆”は全て健在との報告も受けています。更に、“エニグマ”や“ヴァジュラ”といった大組織も活発化し、私たちの敵は彼らだけではなくなりつつあります」

 事実、落天宗に協力していたネクロドラグーンは「エニグマ」と呼ばれる欧州を拠点に世界規模で魔手を伸ばす秘密結社の手先だった。

 「また・・・あの伊万里京二博士も検査の結果、再び竜王化する確率は0パーセントではありません。落天宗は再び彼を主の座に据えるべく狙ってくる可能性は極めて大きいでしょう。貴方の報告どおり竜王と呼ばれるものが“彼ら”と同質であるのなら、その系譜に連なる者たちが彼を欲する可能性も考慮すべきです。よって、陰陽寮特務派遣執行員“鬼神”神野江瞬・・・」

 「は」

 「貴女に伊万里京二の護衛・監視を命じます。伊万里京二に近づく不穏な影が在れば是を叩いて潰しなさい」

 「!・・・!?!!」

 余りに予想しなかった命令に言葉を失う瞬。彼女の肩を叩いて神崎は微笑む。

 「うふふ・・・私が手に入れられなかった幸せ・・・貴女に託すわ」

 「あ・・・有難う御座います・・・局長・・・!」

 「いいのよ。千年も・・・辛い思いだけが繰り返したって仕方ないでしょ・・・」

 自虐的な微笑み。神崎紅葉・・・二次大戦末期、僅か一年だけ鬼神を務め悲しい事件の果てに鬼神を自ら辞した女性。

 彼女の記憶が流れ込み、涙が溢れる。

 「・・・すいません・・・局長」

 「いいのよ。貴女が幸せなら、その思いで私の心も温かくなるんだから」

 そして神崎は微笑を苦笑に変えるという。

 「って言うか、あの年甲斐も考えない男をどこかに連れてって頂戴」


 「・・・京二さん」

 林檎飴を舐めながら、見上げるようにして瞬は言う。

 「なんだ?」

 イカ焼きを頬張りながら京二は問い返す。頭にはメタリックなヒーローのお面を被り、左手には金魚で一杯になった水槽をぶら提げている。

 「ずっと一緒にいてくださいね」

 「なんだよ、急に」

 「きっと・・・きっと・・・私とあなたで仮面ライダー鬼神だと思いますから」

 「フ・・・ああ、そうだな」

 微笑みあう二人。

 「約束だ。ずっと一緒にいる」

 照れもなく、ニヤリと笑って彼は言う。

 「っていうか、嫌がられても付きまとうね」

 「もう・・・セクハラどころか犯罪ですよ」

 「俺の辞書に諦めは無いからなっ!」

 笑いあう二人。幸せそうに・・・楽しそうに・・・困難の代価を噛み締めるように・・・

 「きゃああああああああああああっ」

 かし、それを中断させる絹を裂くような叫び声。ハッとして顔を見合わせる二人。

 「京二さん!」
 
 「やつらか!!」

 水槽を近くの見物客に押し付けると、浴衣の裾をたくし上げ、懐から拳銃を引き抜く。走り始める二人。

 「・・・京二さん」

 「ん?」

 「あの時思ったんです・・・“彼”に止めを刺したとき」

 「ああ」

 人並みを逆に走りながら、二人は進んでいく。

 「私の力が貴方の思いを・・・貴方の思いが私の力を・・・」

 「・・・支えてやるよ。だから、支えてくれよ」

 「はい・・・!」

 太鼓を繋ぎ合わせた様な姿をした怪人が人々を襲っている。彼女は手を左右に伸ばす。腰に現れるベルト。そのバックルの鬼の面が上下に割れて現れる陰陽盤が高速で回転を始め、包み込むように両手を胸へと畳み込む。

 「転化・・・」

 赤い粒子が噴き出し彼女の姿を変えていく。襲い来る怪人は、しかし京二の掃射によって足止めされ、近付く事が出来ない。ウインクを一つ京二は彼女に送る。

 一瞬微笑み、そして直ぐに悲しげで真剣な眼差しを彼女は浮かべる。

 「変身!!」

 現れる仮面ライダー鬼神。

 思いのため・・・愛のために・・・彼らは戦う。戦い続ける。

 悪夢にうなされても、抱きしめてくれる人がいるから。

 絶望の淵に沈んでも、支え共に歩いてくれる人がいるから。

 きっと・・・ずっと・・・彼らが、彼らのままで居る限り彼らは戦い続ける。

 彼らは仮面ライダーだから。




FIN  OR  To be Continued



















>おまけ

 (・・・ここは?)

 彼は深い眠りから意識を覚醒させる。其処は水・・・いや、淡い粘性のある液体の中。薄い緑と無数の気泡を帯びた液中だ。目の前で、なにやら茶色っぽい塊があたふたしている。その形に彼は見覚えがあった。

 『あ・・・あ、姐さん、目をさましたんだな』

 液体を通していることを差し引いても、どこかくぐもった声。やはり聞き覚えのある声だ。その声が片言の日本語で誰かを呼ぶ。

 『全く・・・ずいぶんの寝坊助ねぇ・・・』

 その声に呼ばれてやってきたのは少女と思しい影。だが、大人びた雰囲気を声の調子からは受ける。

 視力が徐々に戻ってくる。そこに立っている一人は14、5くらいの少女。もう一人はセミの様な姿をした怪人だ。

 『気分はどう? ネクロドラグーン・・・アベルって呼んだほうがいい?』

 「・・・バルハラにしては寂しい所だな、等と思ってるよ」

 千切れた筈の下半身も何時の間にか元に戻っている。日本の幽霊は足が無いらしいが欧州圏の人間である自分ならば不思議ではない・・・と彼は勝手な解釈で無理やり納得する。

 『相変わらずねぇ。残念だけどここはバルハラじゃないわよん。あたしの秘密のアジト』

 敢えて目を逸らそうとしていた事実を突きつけられ、愕然とするアベル。最悪の事態に彼は深く深く肩を落とす。

 「はぁ〜・・・なんてこった」

 『失礼ねぇ・・・折角生き返ったのに溜息ぃ? いい度胸してるじゃないの!』

 アベルの落胆する様子に俄かに顔を引き攣らせる少女。その少女にアベルは訴えるように言う。

 「復活した悪役は屁垂れるのがお約束なんだよ。せっかく格好よく死ねたと思ったのに」

 『ぷっちぃ〜ん』

 引き攣った表情が怒りの面相に変わる。

 『お・・・おちつくんだな・・・姐さん』

 『何時までもピカレスクロマンに酔ってんじゃないわよ。その中に電流ぶちこんで痛い思いさせるわよぉ?』

 怒り狂い暴れ狂う少女をセミ人間が必死に抑える。アベルは怒り心頭の少女の言葉に、彼女がやっと何者かに気づく。

 「・・・もしかしてキミ、ネクロジェリィフィッシュマザー?!」

 『そ・・・格好が変わってたからわかんなかった?』

 ふうふうと息を切らしながら、少し落ち着いた様子で彼女は答える。だがネクロジェリィフィッシュマザーは・・・

 「って死んだんじゃなかったの?」

 そう。ネクロジェリィフィッシュマザー。クラゲのネクロイド。彼女はずっと以前、仮面ライダーヴァリアントによって倒されていたはずである。

 彼女は悪役特有の不吉な笑みを浮かべながらアベルの疑問に答える。

 『ウフフフフ・・・こんなこともあろうかと、私のもつタワーオブスレイブのシステムに小細工をして若しも死んだ時の為に保険をかけておいたのよ。この身体は富士の樹海で自殺しようとしてた馬鹿なコの身体を再利用させてもらってるのよん。つまりあたしは今、じジェリィフィッシュマザーじゃなくってジェリィフィッシュヤンママってわけよ』

 「な・・・なんと」

 驚嘆するアベル。タワーオブスレイブというのは簡単に言えば、人間の体に電気水母を寄生させることで、電磁パルスによりその体を自在に操るシステムだ。その新機材を利用して自分の分身を予め用意していたらしい。

 『お・・・おれもいるんだな・・・ドラゴンフライ』

 かたことで話しかけてくるセミ人間。アベルは彼のことをよく知っている。彼がまだドラグーンではなく、ドラゴンフライの頃、死んだはずの同僚だ。

 「うんネクロシケイダ・・・おひさ」

 『お・・・おひさ・・・なんだな』

 ネクロシケイダ・・・強烈な破壊音波・デッドリィボイスと植物の生態エネルギーを吸収して自己を強化するトレーディングドライアドというシステムを備えたセミのネクロイドだ。詳しい事情はアベルも知らないが、然る少女に恋をしたことで任務を放棄し、そのことで処刑された筈だったが・・・

 『フフフフ・・・こんな美味しい奴を死なせるなんて勿体無いお化けが出るわぁ。密に死体を回収してあんたが入ってるのと同じその怪人大復活マッシーンRX弐式で再生させたのよ。感謝なさい! 行きてるって事をこの王女様に!』

 「あんたらって・・・」

 呆気にとられるアベル。

 『フフフ・・・せっかくスーパーな感じになったのよ・・・あんなスカしたネクラ野郎の言いなりになったまま死ぬのなんて絶対いや。自由になってエンジョイさせてもらうんだからぁ〜』

 「で・・・俺も一緒にやれ・・・と?」

 『そ。どうせ今更、戻っても任務失敗してるんだから処刑確実よ。大事なガルムもぶっ壊してるんだしぃ』

 「ああ、あれは偽者。ホースのおっさんがぶっ壊したのを修理した奴だよ。モノホンは本命とのバトルにとっておこうと思ってさ」

 『あんたも結構、食わせ物ねぇ』

 呆れた様に言うネクロジェリィフィッシュマザー改めヤンママ。アベルは畏まって答える。

 「王女様・・・この騎士めは貴女様には適いません」

 『あ・・・アベル・・・一緒にやるんだな・・・』

 『面白いわよ。好き勝手やるのも。仕事一筋ってんならいい人紹介してあげるし』

 「いい人?」

 『そ・・・この機械を貸してくれたヒト。何でも怪人だけの会社を立ち上げたらしくって、人手不足で困ってるんだって。一応、あたしらもそこの社員なのよん』

 アベルもその会社の話は聞いた事があった。なんでも滅んだ組織の残党が集まって作った有限会社の話を。どうも、彼女はエニグマ時代から其処のスパイらしいことをやっていたらしい。

 『さ・・・三人で・・・組むんだな・・・』

 『バルハラじゃあないけど、それっぽくていいでしょ』

 「ふふ」

 アベルは笑う。リーダー格の女王様。痩せたメカニック。巨漢の力自慢これではまるで・・・

 「まるでボカンな悪役だよこれじゃ」

 彼はそう、ぼやいた。













後書き というか言い訳やら読まない方がいい裏話

 まったくもって遅くなりました。管理人の影月様、続きを待って下さっている皆様・・・本当に申し訳ありません。言い訳をすれば、まあ、いろいろとあったりなかったりするのですが一重に私の不肖故・・・。本来なら7月の半ば頃には完成する予定だったのですが、ずるずると引きずり結局八月も後半・・・お盆も過ぎてしまいました。ハイペースで良質かつ高密度な作品を次々送り出す投稿作家の皆様を見習わねば・・・と猛省する次第です。
 しかもまあ、時間をかければ良いってもんじゃありません。もう、内容自体好き勝手絶頂。半分以上ご都合主義で塗り固められた駄目小説になっています。前編・中編でちっとも仮面ライダーらしくなかったからって、単に仮面ライダーと連呼してれば良いってもんじゃあ有りません。もう、瞬と彼女の絡みなど好き勝手絶頂の極みを越えて天空に突き抜けつつあります。このままでは怒りの大気摩擦で燃え尽きること請け合いですね。
 それから影月様、THE・杖ィ様、勝手にライダーを使わせて頂いた挙句、無断で新必殺技まで作ってしまい申し訳ありません。解説すれば逆風レパラシオンキックはジャンプし後方宙返りをしながら放ついわゆるオーバーヘッドキック、或はサマーソルトキックの様な敵をぶった切るタイプのレパラシオンキックです。恐らくインパクト時には斧状に放射された魔力の印が破壊力を増大させているのでしょう。クラッシャーブラスト逆に空中で高速前転を行い加速しながら放つ踵落としのようなもの・・・と勝手に思っています。ちなみに、間津井店長様の仮面ライダーζがいないのは、打ちあけた話、扱いに困ったからです。ζは2004年を現在と設定していますが、ヴァリアントは2005年を現在と設定しているので、彼らが現在に留まっているか未だ現段階では判らない(鬼神の作中の時間は大体2005年の2月末から4月中旬を想定しているので“番組改編”を考慮に入れるとかなり微妙になる)ので、あえて登場はさせませんでした。もしかしたら、あの戦火の中、すごい火力を放ちまくっていたかもしれませんが、政府への根回しとかがあって“いるけど見えない”状態だったのかもしれません。
 そして死んだはずのネクロドラグーンですが、無様にも復活させてしまいました。彼をあのまま死なせるのが惜しかったのもありますが、更に番外編で「悪玉三人組」として髑髏型のきのこ雲を上げさせよう、という御告げが来たので、設定としてのみあったネクロジェリィフィッシュマザーと、彼の回想の中に登場した、恋するネクロイド・ネクロシケイドを急遽おまけに登場させました。これはもう、完全な番外編ですので、これ以上彼らが出るかどうかは実に微妙です。
 あと、「城四」大学の設定は完全なでっち上げです。民明書房「日本最強頭脳」によれば明治の富国強兵の時代、欧米各国の技術力を追い抜くべく様々な分野の技術研究を行う学術機関として設立されたのが「城四」の前身、「城央大学」であり、マンモス化した大学がその規模や分野を分ける形で、中心に据えられた総合大学「城央」(校章:麒麟)、化学や生物工学を主とする「城北」(校章:亀と蛇)、機械工学などを専門分野とする「城南」(校章:鳳凰)、政治や経済学の「城東」(校章:竜)、及び文学や芸術分野を集めた「城西」(校章:虎)の五校に分裂したのですが、東京大空襲によって城央は完全に焼失。城西は半壊し、A級戦犯を輩出した城東はGHQによって複数の学部学科が閉鎖され、この二校は城北・城南に比べて廃れてしまったようです。ヴァリアントこと早瀬玲二君がかつて京二の講義を受けたことがあるのも、兄弟校間での単位互換や、特別講師による講義などによってでしょう。ちなみに説明が嫌いな彼の講義はフィールドワークや実験がメインで、教壇で真面目に話をすることはほぼ皆無です。
 最後に続編ですが・・・散々複線を張っておいて言うのもなんですが、微妙なところです。強い御要望があったり、思い切り書きたいネタが生まれれば書くかもしれませんが・・・もし続くと成れば、本編との本格的な絡みや、アスラをメインに据えたストーリー、京二が考古学者であるためアメンラーとの関わりも出てくるかもしれません。他にも地元ネタで天草の乱やらかつて本最大の炭鉱基地だった軍艦島=端島を主軸にしたドデカイギミックを使ったお話をやるかもしれません。まあ・・・話半分で聞いておいてください。アベルや阿吽雷雲をメインにした完全に趣味に走ったものになるかもしれませんし。

 後は没やネタについて。

1、瞬を助けた人。作中では本編でもおなじみの彼女になっていますが、書き始めの段階では数案が在り、一人はアミーゴ・ギャラクシーマスターのあのひと。二人目は中編の回想シーンに出てきたズバッと参上する感じの人。三人目は元喫茶店ブランカのマスターであり、もう一人のおやっさんの彼。四人目は個人的な趣味で元天才ギタリストの心優しいオルフェノク・・・など検討したのですが、結局さすらい(実際はさすらっていませんが)の女医さんに登場していただきました。これはヴァリアントの外伝としての位置づけを再確認するためと、個人的な趣向で劇中になるべく他の作品の人物固有の名詞や明確なキャラクター性を持たせて出したくなかったからです。自身が描くヒーロー(ヒロイン)だけでも手一杯なのに、他の方が描くヒーローにまで手を出したら、正直文才に欠ける私には手に負えなくなりそうだったので・・・決して百合ネタを書きたかったからではありませんよ(笑)!
 きっと元警視総監のあのひとはこの時期、海外に行っているのでしょう。彼はそういう人ですから・・・

2、ネクロドラグーン関連。彼との戦いは瞬が復活した直後にやったほうが、ハナシのテンポとしては良かったのですが、覚醒した京二との絡みをやりたかったのでこの様な形になりました。それにあのタイミングだと、異端の吸血鬼である彼とダブルブッキングしてしまいそうだったので・・・

3、三木咲。彼はもうちょっと格好いい悪役として描く積もりだったのですが、京二やネクロドラグーンの悪徳ぶりに押されて割を食ってしまいました。もとは、戦闘シーンの台詞からお判りの通り、あるキャラクターを基にした(というより完全に真似した)キャラクターだったのですが・・・彼の死に様はジョジョの奇妙な冒険に出てきた吉良由影の最後をモチーフにしております。

4、囚われの瞬・京二を脅迫。下手したらかなり不味い描写になりかねないあのシーンに眉を顰める方は相当にいらっしゃると思います。最初書いた時点では更に露骨な描写だったので、あれでも相当に柔らかめにしたつもりなのですが、やはり私も最後の最後まであそこは書き直そうかと悩みました(投稿直前まで)。ですが、千年近い恨みが積み重なっているので、彼らならあれ位は本気でやると思います。

5、菱木辰蔵及びラスボス。説明するまでも無く竜王の基礎イメージはキカイダーです。大祭司菱木辰蔵が自らの心臓を抜き出し京二に埋め込むシチュエーションは、キカイダー02におけるジローから良心回路が抜き取られるシーンのオマージュです。

6、首都防衛計画・都庁のアレ。まああれは完全な出来心ですね。あんな面白い形をした建物がたんなるビルである筈が無い・・・と思いましてこんな事に。最初はガンダムヘビーアームズなみの重火力要塞にしようかと思ったのですが、ちょうどあの形が音叉に似ているのと、超高層ビルの柱が地震対策として地盤の振動周期に共振する・・・というのが絡んでああいう超絶妄想兵器になりました。設定としては爆発した怪魔要塞から回収された技術を元に、対異次元勢力を主眼に造られた兵器ということになっています。

7、鬼神強化案。パワーアップ案も考えていたのですが、尺の都合で次回以降に見送りです。まあ、強化とは言ってもセタップから大変身に変わったり、新フォームに変わったりするのではないのですが・・・。同じく尺の都合でアークチェイサーの残る二つの強化パーツも出せませんでした。強化パーツを利用したイカスバトルネタを考えてはいたのですが。


では随分と長くなりましたがここで一旦、筆を置かせていただきます。
みなさん、本当に有難う御座いました。    
8月23日 邑崎“四十路じゃないのに四十肩”九朗


「仮面ライダー鬼神」完結に寄せて
管理人 影月

 管理人の影月です。邑崎九朗さん、「仮面ライダー鬼神」のご執筆、本当にご苦労様でした。完結にあたってお贈りする言葉の前に、まずはこの後編アップにあたって、メール送信が不可能となってしまったためにフロッピーによる物理的輸送までしていただいた邑崎さんに感謝の言葉をお贈りしなければなりません。いろいろとお手間をかけさせてしまい恐縮です。本当に、ありがとうございました。


 それでは、このたびめでたく完結を迎えた「仮面ライダー鬼神」に対する一個人としての感想から。一言で言えば、「完敗」です。アイディア、ストーリー構成、キャラクター描写、何もかもが私の力量を上回っており、お送りされてくる作品を拝見するたびに驚嘆いたしました。ビジュアルノベルになってもおかしくないレベルです。特に後編などはすさまじい盛り上がりであるにも関わらず、バトルに頼らずギャグも恋愛も含まれており、ほとんどバトルと擬音語ばかりであった私のヴァリアント劇場版後編との差を痛感し、深く恥じ入っている次第であります。本編を超える外伝、「ヴァリアント」という作品を下敷きとしつつも、一つの作品として紛れもなく完成された作品であると言っていいでしょう。ここからは、各部分についての感想を述べさせていただきます。


1.仮面ライダー鬼神、神野江瞬
 事前に変身後のイメージを見ていたために、女性ライダーだと知ったときはとても驚いたものでしたが、まさしく彼女こそがこの作品のヒロインにしてヒーローであると言うことができるでしょう。驚愕すべきはその戦闘描写。次から次へと繰り出される陰陽術の技の数々の圧倒的なまでの描写は、とても私には真似することのできないものでした。
 そして何より、仮面ライダー鬼神というキャラは神野江瞬という女性そのものでもありました。女性であるがゆえに強く、そして弱い面も持つ。彼女が女性であるということは、鬼神という物語の展開にとって何より必要なことだったのだと思います。はじめは一種冷徹でさえあった彼女が京二という想い人に出会い変わっていき、最後には勝利とともに愛を勝ち取るという物語は、仮面ライダー鬼神の成長だけでなく、彼女の成長の物語だったと思います。岬ユリ子や霧島美穂といった過去に登場した女性ライダーはみな、結局は想い人ととの平和な暮らしを手に入れることなく、花のようにはかなく散っていきました。女性ライダーとしてはじめて、想い人とともに歩んでいく道を勝ち取った彼女を、私は心から祝福したいと思います。

2.伊万里京二
 男でありながら、「仮面ライダー鬼神」のもう一人のヒロイン。彼については、そう表現するのがふさわしいでしょうか。瞬の相手となるにふさわしく、単に主人公のパートナーとしての枠に収まらない、実に魅力的なキャラクターでした。ギャグを忘れず、されど信念も忘れず。密かにうちの女帝をナンパしていたりと、別の意味でも勇気があります(笑)。あぁ、マリカーやりたくなった(オイ)。

3.落天宗
 大和民族を呪う影の民。その背景や呪術的色彩の強さを考えるとひたすらにどんよりとした感じがしますが、なかなかどうして、幹部が全員ツッコミ属性だったり、ス○ファミが置いてあったり、バフ○リンが常備薬だったりと、妙に素敵な組織でした。しかし、ひとたび戦闘となると燃え上がる闘志と怨念、鬼神にぶつける呪術には、すさまじいものがありました。闇が深いほど、光も輝く。呪わしくも実に魅力的な敵役でした。ところで、三木咲のイメージCVは当然小野健一氏ですよね?(笑)

4.ネクロドラグーン
 私以外の方の手による初めてのネクロイドでしたが、予想以上のキャラでした。ギャグを愛し、どこか抜けたところを見せつつも、悪の美学とピカレスクロマンに生きる赤き竜騎兵。対仮面ライダー戦闘用ネクロイドとしての鬼神に対する複雑な感情の描き方も、実に見事でした。個性、強さともに、これから彼を上回るネクロイドを生み出さなければならないとなると、私としても大変ですが、力の限り頑張ります。

5.うちの吸血鬼と女帝
 私の拙作からはこの2人(と1台)がめでたく出演。いやはや、それにしても「女帝」の描き方が見事でした。私が書く彼女よりも彼女らしいかも。彼女が通っていた中学や高校がもし女子高だったら、きっと大変なことになっていたに違いありません(笑)。蛇の人が助けていたら、それはそれで大変なことになっていたでしょうけど。逆風レパラシオンキックは、ガルム同様今後使わせてもらうことになると思います。原作漫画でもコブラ男戦で「逆風(バックウィンド)キック」というのがありましたし。

6.8人ライダー東京大決戦
 燃えました、ひたすら燃えました。伝説の11人ではなく、平成ライダー+ドードーライダーという組み合わせがまた。姿を見せなかった2000の特技をもつ人は、やはり今日も異国の空の下で誰かを笑顔にしているのでしょうけれど、あのライダー史上最高に不幸な人も、一人孤独にどこかを走っているのでしょうか。


 最後になりましたが、これほどまでに見事で素敵な作品をいただき、本当にありがとうございました。本編の方でもそのうち鬼神と絡む話を書くかもしれませんが、その際にはよろしくお願いします。邑崎さんをはじめとする投稿作家さんのご協力でますます広がる「仮面の世界」ですが、これからもどうか、よろしくお願いします。


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