硝煙と血のにおいの漂う、謎の地下神殿。だがそこは先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、しんと静まり返っていた。ジャリュウ兵たちは先ほどまでの戦いで全て死に絶え、今この地下神殿に立っている者は、わずか4人。

 新生ジャリュウ一族を率いるリュウオーン二世と、その僕である邪悪竜・翼竜騎士ゴードン。

 彼らを追ってこの地下神殿へとやって来たサージェス財団のプレシャス奪回専任エージェント、ボウケンレイダー。

 そして・・・突如崩落した女神像の中から姿を現した、まだ年端もゆかない少女。ボウケンレイダーもジャリュウ一族も、先ほどまで刃を交えていたのを忘れ、突如現れた彼女の姿に目を奪われている。

 少女の容姿や背丈は、小学校高学年程度。簡素極まりない白い無地の貫頭衣のほかは、装飾品も含め衣服と呼べるものは身に着けていない。燃えるように鮮やかな紅い色をした髪と、その髪よりもさらに紅く透き通った瞳以外は、人間の少女となんら変わったところはない。だが・・・純度の高いルビーを思わせるその瞳から発せられる威圧感は、幼さを多分に残した少女が発するものとは、到底信じられないものだった。

 「そなたたちか。邪竜の魂の封印を解いた不届きものめらが」

 声が聞こえた。少女の見た目と同様、幼さを残した声である。だがその声は、音として耳を通して「聞こえた」のではなく、彼らの頭の中に直接「響いた」ものであった。

 (テレパシー・・・!)

 実際に体験するのは初めてだったが、ボウケンレイダーはすぐにそう理解した。一方、初めこそボウケンレイダー同様驚いた様子を浮かべていたリュウオーン二世だったが、やがてその口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 「ヴィーヴルか・・・まだ生き残りがいたとは驚きだ」

 「そうだ、わらわが最後の一体だ。この神殿に邪竜の魂を封印するとともに、わらわも眠りについたのだ。そなたらのような不届き者に、邪竜の魂を渡さぬためにな。何人たりともそれを悪用することは許さぬ。今すぐそれを置いて立ち去るがいい」

 テレパシーでそう言い放ちながら、少女はリュウオーン二世の手にする珠を指さした。だが、リュウオーン二世はその警告を意に介する様子もなく不敵に笑う。

 「悪用だと? 思い違いをするな。余はこの世をあるべき姿に戻そうとしているだけだ。そう、貴様もよく知る、人を・・・いや、この世の全てを竜が支配する姿にな」

 「たわけが。竜が支配する世など、どれだけ歪なものであったか、そなたにはわからぬのか。いや・・・わかるはずもなかろうな。そなたらは竜などではない。においでわかる。おおかた、蛇や蜥蜴の血肉をこねくり回して作られた紛い物であろう。そのような出来損ないが竜による支配を口にするなど、滑稽にも程がある。笑わせるな」

 少女のその言葉に、リュウオーン二世が殺気立った表情を浮かべる。人の神経を逆なでするのがうまいなと、ボウケンレイダーは自分のことを棚に上げそんなことを思った。

 「・・・言わせておけば調子づきおって。我がジャリュウ一族の悲願を阻む者は、何人たりとも許さぬ。子供とはいえ容赦はせぬぞ」

 「ふん、見た目などで相手を判断するようでは程度が知れるというものよ。だからそなたは阿呆なのだ」

 少女はそう言って嘲りの笑みを浮かべると、突然両腕をバッと大きく広げ、瞑目して何かを口の中で唱えた。

 ゴオオオオオオオッ!!

 その途端、少女の足元から赤い光の奔流が立ち上り、少女の体を飲み込んだ。あとからあとから、下か上へと吹き上がる赤い光の中で、少女の姿が見る見るうちに変わっていくのがドレイクには見えた。幼い少女の体が見る見るうちに成長し、大人の体へと変わっていく。背中からメキメキと音をたてながら何かが生えてきたかと思うと、それは彼女の背中にコウモリの翼として大きく広げられた。さらに、すらりと伸びた四肢の末端の手足は赤い鱗で覆われ、爪が鋭く伸びる。そして、額に5cmほどの長さの小さな切れ目が生まれたかと思うと、それはまるで目のように左右に開き、その中から真紅の宝石が露出する。最後に開かれた女の両眼は、人間のそれではなく、蛇のように縦に細長い瞳孔を備えたものへと化していた。

 「本物の竜の力、とくと味わうがよい」

 女はそう言うと、額の宝石に左右の人差し指と中指をかざした。

 ビィィィィィィィィィッ!!

 「!?」

 その瞬間、宝石から赤く輝く細い光線が迸った。リュウオーン二世は反射的に右へと体を動かしたが、その光線は彼の左肩を容易く貫通した。

 「グッ! おのれぇっ!!」

 たちまち怒りに目を血走らせたリュウオーン二世は、右手を女に向けてそこから電撃のような光線を放った。だが、女は背中の翼を広げると宙へと舞い上がり、軽々とそれをかわした。それを皮切りに、女とリュウオーン二世の間で光線の応酬が開始される。

 「ったく、何がどうなってるのか知らねぇが・・・俺を差し置いて勝手に話を進めるんじゃねぇ! こう見えて俺は無視されると傷つくタイプなんだぞ!」

 面白くなさそうにそう言うと、2人の戦いに乱入しようと走り出すボウケンレイダー。だが・・・

 バリバリバリバリ!

 「うわっと!?」

 その目の前に起きた落雷により、彼は足止めを余儀なくされた。

 「貴様ごときに陛下の邪魔はさせん!」

 「お呼びじゃねぇンだよ、金ピカアホウドリ!」

 低空を飛行しながらゴードンの仕掛けてきた両翼のカッターによる斬撃を、ダッシュナイダーで受け止めるボウケンレイダー。一方・・・

 ドガァァァァァァン!!

 「グァァァァァッ!!」

 女が放った光線が、リュウオーン二世を直撃する。盾はその衝撃によって粉々に破壊されてしまった。

 「フフン、口ほどにもない」

 肩にかかった髪をさらりと払い、得意げに呟く女。だが・・・

 ボゴォォォォォン!!

 「!?」

 突如、彼女の真下の地面が爆発したかと思うと、もうもうと煙が立ち込めた。そして・・・

 ドガァッ!!

 「きゃあああっ!?」

 突如、その煙の中から飛んできた何かが激しく激突し、女は吹き飛ばされて壁に激突した。

 「・・・」

 煙の中から姿を現したのは、青い鎧を身にまとい、額には日本の戦国武将の兜ように三日月型の飾りをつけた、3体目の邪悪竜だった。右腕には巨大なハンマー、左腕には鎖鉄球を装備し、先ほど女を襲ったのはその後者だった。

 「でかしたぞ、バスピノ」

 「・・・」

 リュウオーン二世の言葉に、青い邪悪竜は寡黙を貫いてうなずいた。

 「グッ・・・伏兵を潜ませていたとは、卑怯な」

 鉄球の直撃を受けた胸を抑えながら、忌々しげに呻く女。

 「切り札は最後までとっておくものだ。さぁ、この攻撃にどこまで耐えられる?」

 そう叫び、攻勢を強めるリュウオーン二世。バスピノも鎖鉄球、そして鋭い刃の付いたブーメランを飛ばし、それを援護する。

 「くっ・・・きゃあっ!!」

 防戦一方となり、必死に攻撃をかわす女。だが、背後から飛んできたブーメランが、女の背中の片翼を斬り飛ばす。

 「もらった!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 そこへリュウオーン二世の放った光線が直撃した。その爆炎の中から、女が真っ逆さまに落下してくる。意識を失ってしまっているらしく、しかもその落下していく真下には、鋭く尖った瓦礫が・・・

 「危ねぇ!!」

 「どこを見ている!!」

 それを見て思わず叫んだボウケンレイダーに斬りかかるゴードン。だが・・・

 「邪魔だ!!」

 ドガァァァァァァン!!

 「グワァァァァァァッ!!」

 片手で腰だめに構えたカイシューターが火を噴き、ゴードンの体を吹き飛ばす。その隙にボウケンレイダーは弾丸のように飛び出した。

 「なにっ!?」

 「間に合え・・・ッ!!」

 驚くリュウオーン二世には目もくれず、落下してくる女に向けて全速力で駆けていくと、ボウケンレイダーは地を蹴った。そのまま空中で彼女をキャッチすると、地面に落下してゴロゴロと転がった。

 「ッ・・・」

 やがて身を起こし、腕の中の女を見るボウケンレイダー。あちこちにやけどを負ってはいるが、命に別状はなさそうだ。

 「・・・!」

 と、ボウケンレイダーは急に周囲が静まり返っていることに気が付き、ハッと周りを見回した。そこにはリュウオーン二世も、ゴードンもバスピノも・・・そして、もちろんあの「珠」も、忽然と姿を消していた。

 「やられた・・・俺としたことが」

 頭を押さえて首を振るボウケンレイダー。ふと見ると、女は彼の腕の中で見る見るうちに縮んでいき、もとの少女の姿へと戻っていった。





−ゴーゴーガレオン船内 医務室−

 ゴーゴーガレオン船内の医務室。ドレイクは壁にもたれて立ったまま、ベッドの上に眠る少女を黙って見つめていた。

 航行からメンテナンスに至るまで全てがオートメーション化され、ドレイク以外はただの一人も乗組員はいないこの船。医務室もまた例外ではなく、船医などはいない。この部屋自体が高度な医療システムを備えた医療ロボットであり、診断から手術に至るまで、全てを機械が行う。少女の診断の結果は単に失神しているだけということであり、必要な処置を行ったうえで安静にさせている。

 と、医務室の中にレイダーブレスがたてるアラーム音が鳴り響いた。ドレイクがスイッチを入れると、文字盤からミスター・ボイスの3D映像が浮かび上がる。

 「よぅ。何かわかったかい」

 『ひとまず、彼女が生物学的にどのような存在なのかについて、おおよそのところは判明した』

 ミスター・ボイスはそう答えた。

 『君から送られた彼女の血液と細胞サンプルのデータを分析した結果、彼女は体の構造こそ人間とほぼ同じだが、人間とは全く異なる生物であることがわかった』

 「そりゃあ、人間は背中から翼生やして飛んだり額からビーム出したりはしないからな。肝心なのはその先だ。人間じゃないとしたら、こいつは一体何なんだ? ジャリュウ一族みたいなキメラか、それとも・・・」

 『遺伝子データを解析したところ、人為的に遺伝子に手を加えられた形跡は見られない。完全に自然が生み出した存在だ。そこで、我々の遺伝子データバンクに保存されている生物の遺伝子データと照合をかけたところ・・・一つだけ、極めて類似した遺伝子情報を持つ生物があった』

 「もったいぶらずに言えよ。それとも、当てたらハワイにでもご招待してくれるか?」

 『・・・ドラゴンだ。96年にアラスカで回収した氷漬けのドラゴンの腕から採取したDNAと、彼女のDNAは非常に類似している』

 ミスター・ボイスの答えに、ドレイクは反応らしい反応を返さず、黙ってベッドの上の少女を見下ろした。あどけなさを多分に残したその寝顔は、ただの年端もゆかぬ少女にしか見えない。だがあのとき・・・翼で空を飛び、特殊な力を操り戦う彼女から感じたものは、確かにドラゴンというべきものだった。

 「人間の姿をしたドラゴン・・・か」

 洋の東西を問わずドラゴンの伝承は存在するが、人間の姿をしている、あるいは人間の姿に変身するドラゴンの伝承もまた、世界中に存在する。完全に人間の姿のものもいれば、半竜半人と呼ぶべき姿のものもいる。代表的な例を挙げれば中国の伏羲や女?、フランスのメリュジーヌ、東欧のズメウなどがある。日本には美女の姿に変身して勇敢な武将に大百足退治を頼んだ龍神の伝説もある。

 「確かに、そういう話は世界中にあるな。だがそうだとするなら、俺の目の前には今、生きたドラゴンがいることになる。本物ならネッシーやビッグフットがそこらの犬猫に見えるぐらいの貴重な生物だ。どうする? このまま回収するか?」

 『そうしたいのはやまやまだが、今はジャリュウ一族の狙いを知ることが先決だ。おそらく彼女は、奴らが「邪竜の魂」と呼んでいたあのプレシャスを守る為、あの遺跡に封印されていたのだろう。彼女が「邪竜の魂」について知っている可能性は高い。それを聞き出せ』

 「・・・仕事の内容に、ドラゴン相手の尋問までは含まれてないはずなんだがなぁ・・・」

 『君が奴らを取り逃がしさえしなければその必要もなかったのだ。彼女を助けたことを非難はしないが、自分の行動の責任は自分でとりたまえ』

 「うるせぇなぁ。「コーボーにも筆の誤り」って言うだろうがよ」

 『知らんな。また日本の諺かね』

 「ああ。コーボーってのが何なのかは知らねぇが、要するに誰にだってしくじることはあるってことだよ。とにかく、心配は無用だ。言われなくても落とし前は自分でつけるさ。こう見えて俺は、責任感の強い男だからな」

 と、そのときだった。

 「ぅ・・・ん・・・」

 ベッドの上で身じろぎをしながら、少女がわずかに声を漏らした。同時に、彼女の脳波を計測していた機械が、彼女の意識が戻ったことを表示する。

 「早速だ。どうやらお目覚めのようだぜ」

 そう言ってドレイクがベッドに体を向けるのと、少女が目を開き顔をこちらに向けるのは、ほとんど同時のことだった。

 「・・・!」

 ドレイクの顔を見た瞬間、少女は強い驚きを表情に浮かべ、素早い身のこなしでベッドから跳躍し、部屋の隅へと飛び退いた。

 「いいお目覚めかい、小さなドラゴンさん? ・・・まぁそんな目で見るなって」

 鋭い目でドレイクを睨む少女は、リュウオーン二世に攻撃を仕掛けた時と同様に、今にも半竜半人の姿に変身して襲いかかりそうな気配である。だが、ドレイクはそんな剣呑な視線を全て受け流し、傍らに置いてあるワゴンへと近づいた。

 「ずいぶん長い間寝てたんだろう? 急ぎの用があるんだろうが、目覚めの一杯ぐらいは飲んでいけよ」

 ワゴンの上には陶製の高級ティーセットが一式と卓上コンロにかけられたヤカン、金属の缶が数個置かれている。今しがた湯が沸いたばかりのヤカンを取り上げると、そこからポットとカップに湯を注いだ。ポットとカップが十分に温まったのを確かめるとドレイクは注いだ湯を捨て、金属の缶を手に取った。

 「好みの茶葉は? ・・・っつっても、知るわきゃないか。無難にキャンディあたりをベースにして勝手にブレンドさせてもらうぜ」

 ドレイクはそう言いながら缶を開け、ティースプーンを手に中に入っていた茶葉を慣れた手つきでポットに入れると、ヤカンの湯をポットに勢いよく注いだ直後、すぐに蓋をしてティー・コージーをかぶせ、砂時計をひっくり返した。少女はいぶかしげな目で彼を見つめながらも、興味はあるのかドレイクの一挙手一投足をジッと見つめている。そのまま数分間蒸らすと、彼はティー・コージーを取り、ポットの蓋を開けてスプーンで中身をひと混ぜすると、茶こしを使いながらティーカップの中に紅茶を回し注いだ。純白のカップの中に注がれた紅茶の赤が鮮烈な印象を与えたのか、少女がハッと目を見張る。きっちりカップ二杯分の茶を最後の一滴まで注ぎ終えると、ドレイクはその色と香りを確かめ、毒が入っていないことの証もかねてまずは自分で一口飲んで見せ、満足げにうなずいた。

 「Eeeeexcellent。お待たせしました、ご賞味あれ。砂糖は好みの量を入れてほしいが、入れ過ぎはよしてくれよ」

 そう言いながら、ティーカップを一つとスプーン、砂糖の入った容器をベッドサイドのテーブルの上に置き、自らは引き下がった。少女は湯気の立つカップとドレイクの顔を交互に見比べたが、やがてテーブルへと静かに歩み寄った。

 「それでいい。淹れたての紅茶を飲まずに冷ますのは、紅茶に対する冒涜だからな」

 満足げにうなずくドレイクを一瞥すると、少女はティーカップを手に取った。その表情にはまだ警戒の色が濃かったが、湯気と共に立ち上る香りを吸うとそれはわずかに和らぎ、やがて彼女はついにカップに口をつけ、傾けた。

 「・・・」

 少女は何も言わなかったが、その表情の警戒の色はさらに和らいだようにドレイクには見えた。そしてドレイクは、そのまま静かに紅茶を飲み続ける彼女の姿に、立ち飲みではありながら気品があることに気が付いた。やがて、彼女は最後の一滴までをも飲み終えると、静かにカップをテーブルの上に戻した。

 「・・・結構な一杯であった」

 少女が瞑目するとともに、頭の中に彼女の声が聞こえてくる。既に先ほどまでの殺気はなく、少なくとも話を聞いてもらえる空気にはなったと判断して、ドレイクはようやく本題に入ることにした。

 「お気に召していただいてなによりだ。落ち着いたところで自己紹介をさせてくれ。俺はアーサー=V=ドレイク。仕事は・・・まぁ、宝探し屋だ」

 「宝探し屋・・・盗掘者か?」

 ドレイクの自己紹介を聞いて再び少女が不審げな目になったので、ドレイクは慌てて言葉を継いだ。

 「違う違う、むしろ逆だ。そういう不届き者どもをぶちのめして、お宝を取り戻す。それが俺の仕事だ」

 そしてドレイクは、この世には世界を滅ぼしかねない危険な力を持った宝=プレシャスがいくつも眠っていること、自分はそのプレシャスを悪用しようとする者たちからプレシャスを保護する組織に所属して働いていることを説明した。もっとも、サージェス財団が回収するプレシャスは、ドレイクのようにネガティブから奪還するのではなく手つかずの遺跡などから発掘するものが大半を占めるので、それが盗掘とどう違うのかはあいまいなところだが、無論ドレイクはあえてそこまで説明はしなかった。

 「・・・なるほど。そして今そなたが追っているのが、「アングラウグの魂」というわけか」

 少女は飲み込みよくドレイクの事情を理解したらしく、小さくうなずいた。ドレイクは「そなた」という呼び方も含めて少女の態度が尊大なのが気になったが、今はそれよりもこの少女に訊かねばならないことがたくさんあった。

 「まぁ、そういうことだ。ただ、正確に言えば最初からそれを追っていたわけじゃない。あのトカゲ野郎どもを追っていたら、たどりついちまったってだけの話だ。「アングラウグの魂」・・・と言ったか? 奴らは「邪竜の魂」と呼んでいたが、俺たちはその名前どころか、存在すら知らなかった。連中はあれを使って何やらとんでもないことを企んでるらしいから、なんとか止めにゃあならんのだが、こっちには情報が不足している。頼む、君が知っていることを、俺たちに教えてくれないか?」

 そう言ってドレイクは、少女に対し頭を下げた。少女は彼を値踏みするような目でしばらく見つめていたが・・・

 「・・・よかろう。ただし、その前に一つだけ答えてほしいことがある」

 「質問? ああ、かまわないぜ。答えられるかどうかは聞いてみなくちゃわからんが」

 ドレイクがそう言うと、少女は少し間をおいてから、その問いを口にした。

 「・・・今、この世界に「竜」は生きておるか?」

 ドレイクはその質問に面食らったが、すぐに答えを返した。

 「俺の知る限りでは、答えはノーだ。紛い物はともかくとして、純粋に「竜」と呼べる生き物が今も地球上に生きているという信憑性のある証拠は、今のところ見つかっていない。見つかるのは骨やミイラになった死体の一部ばかりだ。「竜は絶滅した」・・・少なくとも俺たちのような人間の間じゃ、そういうことになっている。それどころか世間一般の人間は、かつて竜が実在していたことさえ知らない。神話や伝説、おとぎ話・・・想像上の生き物って扱いだ」

 ドレイクは包み隠さず、今この世界における「竜」の現状についてそう答えた。

 「左様か・・・」

 ドレイクの答えを聞いて、少女はそう呟いた。その言葉、そしてその目には、安堵と寂しさが混じりあった奇妙な感情が浮かんでいるように、ドレイクには思えた。

 やがて少女はベッドの上に腰を下ろすと、その容姿には似つかわしくない、老人が遠い昔を思い出すように視線を宙に浮かべながら、話を始めた。





 「かつて、この世の全ての生き物の頂点に、竜が君臨していた時代があった」

 少女はそう話を始めた。

 「竜はあらゆる生き物より強く、あらゆる生き物より長く生きた。比類なき力、巨大な体、大きく鋭い爪と牙、硬い鱗をそなえ、その進む先にある全てを粉々に打ち砕くことができた。炎や冷気、毒の煙や霧、灼熱の息を吐く者もいた。風より疾く飛ぶことのできる者もいた。魔法や人智を超えた力を備え、自然すら操る者もいた。そしてなにより恐ろしく狡猾で、優れた知恵をもってして己に備わった力を行使することができた。その力をもって竜たちは全ての生き物の上に立つ暴君としてふるまい、そなたら人間を含めあらゆる生き物は、為す術もなく虐げられるまま、このような自然の理を外れた生き物を生み出した神を呪うことしかできなかった・・・」

 少女はそう言ってうつむいた。

 「・・・それが今からどれほどの昔なのかは、わらわにもわからぬ。だが、かつてわらわが生きていたのは、そのような時代・・・あらゆる生き物にとっての、災厄の時代であった」

 そこまで言って、少女はドレイクを見た。

 「竜であるわらわが、かつての竜の世をこのように厭うのはおかしな話ではないか・・・そう思うておるのではないか?」

 「・・・」

 「無理もなかろう。しかしな、もしも竜という生き物が神の気まぐれで生み出されたのだったとしたら、わらわたちの種族はその中でもさらに神が気まぐれを重ねて生み出したようなものだったのだ」

 少女はそう言った。

 「竜には様々な種族がいた。わらわはその種族の中の一つ・・・「ヴィーヴル」だ」

 「ヴィーヴル・・・」

 ドレイクはその名に覚えがあった。フランスの伝説に登場するドラゴンの一種で、蝙蝠の翼をもつ蛇のような姿と、宝石で出来た瞳をもつ、雌しか存在しないとされたドラゴンである。

 「ヴィーヴルは多くの点で他の竜たちとは異なっていた。雌しか存在せず、他の竜たちと比べて体は小さく、力も弱く、寿命も短かった。だがその代わり、他のどの竜たちよりも強い魔法の力を宿す宝石を、体の中に持っていた。性格も争いごとを好まぬ・・・というより、無関心であった。他の竜たちが暴虐の限りを尽くすのをよそに、ヴィーヴルたちはひっそりと息をひそめるように、静かに暮らしていた・・・」

 「・・・」

 「あるとき、竜に滅ぼされた人間の国の生き残りの民たちが、竜たちに追われてヴィーヴルたちの棲家のそばへとやって来た。人間たちを追ってきた竜たちは、そこにヴィーヴルたちがいることを知り、ヴィーヴルたちにまで牙を剥いた。竜たちはみな強欲で、宝石や黄金を見ればそれを奪い貯め込んでいたが、ヴィーヴルの持つ魔法の宝石は、あらゆる財宝に勝る価値を持つものだったからだ。互いの身を守るためにヴィーヴルと人間は成り行きから協力して共に竜たちと戦い、これを退けることができた。そして戦いののち、人間たちはその地に新たな王国を築くこととなった。人間たちはヴィーヴルを神として崇め、供物を捧げる代わりに、襲い来る竜から国を守る為共に戦うよう、ヴィーヴルと盟約を交わしたのだ。ヴィーヴルはその魔法の力を結集して強固な結界を作り上げて国を覆い、それによって竜の脅威から守られるようになった王国は、やがて繁栄を手に入れた。人間たちと触れ合ううちにヴィーヴルたちは彼らに感化され、魔法で人間と同じ姿に変わり、平時を過ごすようになった」

 そこまで語ると、少女は急に視線を険しくした。

 「だが・・・王国が繁栄を謳歌していたあるとき、突如恐るべき竜がヴィーヴルと人間たちの前に現れた。それまでのどの竜よりも大きく、どの竜よりも強く、どの竜よりも奸智に長け、そしてどの竜よりも悪しき竜・・・その名は、アングラウグ」

 「・・・」

 「奴は・・・この世の全ての悪を一つに集めて凝らせたかのような竜だった。突如として黒雲と共に飛来したアングラウグは、それまでどんな竜にも破られたことのない結界を易々と破り、王国を蹂躙した。奴が悠々と歩く先々には地面から火柱が立ち上がり、奴が口から吐く業火によって、国は焼かれた。人間たちの抵抗を全く意に介さず、逃げ惑う人々を嘲笑いながら戯れに踏み潰し、嬉々として貪り喰らった。戦いを挑んだヴィーヴルたちは次々に返り討ちにされて息の根を止められた。もはやヴィーヴルも人も、滅びを待つしかなかった。だがそのとき、一匹のヴィーヴルが自らの命を投げ出して全ての魔力を解き放ち、アングラウグの肉体を滅ぼし、魂を封印することに成功した。こうしてアングラウグは滅びたが、王国はもはや再建不可能なほどの痛手を負い、ヴィーヴルも最後の一匹を残して滅亡した。その最後の一匹が・・・このわらわだ」

 少女は胸に握り拳を当ててそう言った。

 「わらわはヴィーヴル最後の生き残りとして、務めを果たすことにした。滅びた王国の地下にある神殿にアングラウグの魂を封じ、わらわもまた自らを封印して、神殿の番人となって永い眠りについた。そのまま、この世の終わりが来るまで誰も神殿に足を踏み入れることがないよう祈ったのだが・・・残念ながら、その願いが果たされることはなかった。あとは、そなたも知っての通りだ」

 そうして、少女は話を終えた。ドレイクはしばらく黙っていたが、やがて二杯目の紅茶をいれると、ベッドサイドのテーブルの上に置いた。

 「・・・ありがとう、そしてすまなかった。だがおかげで、ジャリュウ一族の狙いがはっきりした。あいつらは人間を滅ぼして自分たちがそれに成り代わると言っていたが、そのアングラウグを復活させてその願いを叶えようとしているんだな」

 「愚かな。アングラウグは誰にも従うことなどない。奴の復活を許せば、再び自らの欲望のままに世界を滅ぼし尽くすまで蹂躙するだけだ」

 少女の言葉を聞いて、だからジャリュウ一族は「ドルイドの魔笛」を手に入れたのだと確信した。アングラウグを操るために・・・だが、アングラウグが少女の言うほどの途方もない怪物なのだとしても、果たして「ドルイドの魔笛」で操ることができるのだろうか。ドレイクがそう考えていると

 「それ以前に、そう簡単にアングラウグを復活させることなどできはせぬ」

 少女はそう言った。

 「どういうことだ?」

 「魂だけでは復活はできぬ。器となる肉体があって初めて復活は可能となるが、奴の本来の肉体は既に失われている。復活のためには代わりとなる器・・・すなわち竜の体、それもかつてのアングラウグに匹敵する竜の体が必要となる。だが・・・」

 「今、この世界に竜はいない・・・か」

 ドレイクは少女が最初にした質問の意味を理解した。

 「・・・に、してもだ。確かに連中には調子こいてるところがあるが、何の当てもなしにこんなことを始めるとも思えねぇな」

 ドレイクが真っ先に思い浮かんだのは、「大邪竜」だった。これはかつてリュウオーンが遺伝子操作と機械化改造によって生み出した改造恐竜であり、いわば巨大な生体ロボットである。リュウオーン二世は再び大邪竜を建造し、それにアングラウグの魂を入れようとしているのではないか。だが、ドレイクはすぐにその可能性は低いと判断した。アングラウグの魂の器になりうるほどの力を持つ大邪竜を作れるのであれば、魂など入れずともさっさと自分たちで動かすだろう。それに、いかに勢力を盛り返したとはいえ、今のジャリュウ一族にそこまでの力を持つ大邪竜を作り上げるほどの力はないはずだ。

 「いずれにせよ、奪われたアングラウグの魂をそのままにしておくことはできぬ。必ず奴らより奪い返し、再び封印せねばならない」

 少女がそう言ったのにうなずき、ドレイクは一つの提案を持ち出した。

 「ああ、そうだろうな。そこで提案なんだが・・・俺たちにもそれを手伝わせちゃくれないか? 世界を滅ぼしたくないのは俺たちも同じだ。トカゲの軍団とはいっても、連中はそこそこ厄介な相手だ。手を組むのはお互い悪い話じゃないと思うんだが・・・」

 ドレイクの提案に、再び少女は値踏みをするような目で彼をじっと見つめたが・・・

 「・・・よかろう。確かに、わらわにとっては右も左もわからぬこの時代で、一人で奴らを追うのは得策ではあるまい。本来ならばわらわ一人で果たすべき使命ではあるが・・・助けてもらった借りもある。その申し出、受けることとしよう」

 「決まりだな。よろしく頼むぜ、ええと・・・」

 そこまで言って、ドレイクは肝心なことを聞いていなかったことに気が付いた。

 「そういや、まだ名前を聞いていなかったな」

 「わらわの名か。ふむ、よかろう。高貴な名ゆえ、決して聞き漏らすことなどないよう心して聞くがよい」

 少女はさらに尊大な態度となり、もったいぶるようにそう言ってから続けた。

 「わらわの名は・・・「命芽吹く春に生まれ暖かき風と共に凍てついた魂に再生をもたらす優しき娘」。どうだ? わらわに相応しい、美しく高貴な素晴らしい名であろう」

 そう言って少女は、えっへんとばかりに渾身のドヤ顔で胸を張ってみせた。が、ドレイクの方はというとそれとは対照的に呆けたように無言で彼女を見つめていたが・・・

 「・・・長い。それ、名前か?」

 やがて、思ったままのことを口にした。それがあまりにも意外な言葉だったのか、少女はドヤ顔から一転、ひどく驚いた表情になり、続けて怒り出した。

 「なっ・・・!? 自分から名を尋ねておいて、しかもこのような素晴らしい名を聞かされて、なんだその言いぐさは!?」

 「いや、誰だってそう思うに決まってるって。日本のラクゴじゃあるまいし」

 「ラクゴ? 何のことかは知らぬが、これだから人間は・・・。よいか、ヴィーヴルにとって子とは、何よりも大切なものなのだ。雄のいない種族であるヴィーヴルは、体内に魔力の結晶を生み出し、それを核として肉体が形作られることで子をなす。それができるようになるのに生まれてから300年はかかるうえ、実際に子を産み落とすのも200年に一度程度。ヴィーヴルが一生のうちに産むことのできる子の数は、とても限られておる。それだけ大切な子に向けられる親の愛が名に表れるのは、至極当然というものであろう」

 「わかったわかった、悪かったよ。確かにいい名前だ。だがな、いい名前なのは別として、実際問題やっぱり長いことには変わりない。そんなに長い名前じゃあ、いちいち呼ぶのに時間がかかってしょうがない。悪いが、親にもらった名前とは別に、俺の方でも勝手に名前をつけさせてもらうぜ」

 「こら、何を勝手に・・・」

 少女は不満そうな顔をしたが、既にドレイクは腕組みをしながら考え始めていた。やがてそう時をおかず、彼はパンと手を叩いた。

 「決めた。君の名前は「ヴィヴ」だ。ヴィーヴルを縮めて「ヴィヴ」。まさにSimple is the best。我ながらいい名前だ」

 「な、なんと適当な! そなた、名前というものを何と心得ておるのか!」

 ひとり満足げにうなずくドレイクに対して、顔を真っ赤にして怒る少女。だが、やがて彼女は肩を落としてため息をついた。

 「・・・まぁよいわ。どうせアングラウグの魂を封じるまでのこと。好きに呼ぶがよいわ。それよりも、協力を持ちかけてきた以上は相応の働きをしてくれるのであろうな?」

 「心配は無用だ。少なくとも君が一人で奴らを探してこの地球を飛び回るよりは、サージェスの情報網を頼った方がはるかに効率的だ」

 「・・・よかろう。その言葉、信用させてもらうぞ」

 「ご期待に沿えるようにするよ。とりあえず、奴らの行方がつかめるまでは俺たちは待機だ。いつまでも医務室ってわけにもいかんだろうから、予備の部屋を用意してくる。ちょっと待っててくれ」

 そう言ってドレイクは、医務室を出た。ヴィヴに言った通り彼女の部屋を用意するために歩きながら、レイダーブレスのスイッチを入れる。

 「・・・こんなところでいいんだろう?」

 『結構だ。思いのほか確実に交渉を纏めてくれたな』

 文字盤に浮かぶミスター・ボイスの3DCGがそう言う。

 「失礼だな。ドラゴン相手に交渉をまとめるぐらいのコミュニケーション能力、超一流のトレジャーハンターなら持ってて当たり前だ。そんなことより、あいつにはああ言ったが大丈夫なんだろうな?」

 『自分の所属している組織の力について、もっと評価をしてもらいたいものだな。心配せずとも、既に奴らの行方は世界中の全サージェス支部に指示を出して追わせている。必ず奴らの居所を掴んでみせる。そこからは君たちの仕事だ』

 「へいへい、こっちも心配はいらねぇよ。恐竜時代に逆戻りなんてのは、まっぴらごめんだからな。それにしても連中・・・アングラウグの魂の器になる竜の体なんざ、どうやって間に合わせるつもりなんだろうな」

 軽い気持ちでそう口にするドレイク。

 『・・・』

 だが、ミスター・ボイスがそれに対して沈黙を守ったのが、ドレイクには気になった。

 「どうした?」

 『いや・・・なんでもない。奴らの行方が判明次第連絡する。君も今のうちに休んで英気を養っておいてくれたまえ』

 「・・・了解」

 そう言って、通信を切るドレイク。

 「・・・」

 彼は通路で立ち止まったまま、何かを考え込んでいたが、やがて再び歩き出した。





-翌朝-

 ドレイクはゴーゴーガレオンの通路を歩いていた。あのあと、ヴィヴを用意した部屋へと案内し、自らも寝室に戻りシャワーを浴びて床に就いたドレイクだったが、ミスター・ボイスからの連絡はなく、そのまま朝を迎えてしまった。

 やがて、ドレイクはヴィヴの部屋の前に立った。腰に手を当ててフゥと一つ息を吸うと、ドレイクはドアの横にあるインターホンのボタンを押した。

 「おーい、起きてるかー」

 『とうに起きている。入るがよい』

 インターホンからそう声がすると同時に、エアーの音と共にドアが開く。

 「・・・?」

 ドレイクは何かがひっかかるような気分を覚えたが、すぐに部屋の中へと足を踏み入れた。先ほどの返事の通りすでにヴィヴは目を覚ましており、部屋に備え付けの椅子に腰かけていた。

 「おはよう。よく眠れたか?」

 「うむ、問題ない。そうでなくてもずいぶん長い間眠っていたがな」

 「違いない」

 そう言ってドレイクは笑ったが、何かにはたと気づいたように笑いを止め、ヴィヴの顔をジッと見た。

 「なんだ、人の顔をジロジロと・・・無礼であるぞ」

 ヴィヴはそう言って不機嫌な顔を浮かべたが・・・

 「・・・いや、いつの間に、言葉を・・・?」

 ドレイクは先ほど抱いた違和感の正体にようやく気が付いた。そう、ヴィヴは昨日までのようにテレパシーでドレイクに語りかけるのではなく、彼と同じように自らの口で、英語の言葉を発することで彼と会話しているのである。そのドレイクの言葉に、ヴィヴはあぁとつまらなさそうに答えた。

 「念で語るのもわずかながら魔力を使うのでな。少し面倒ではあったが、そなたらの言葉を修めておいた。そなたもこの方が落ち着くであろう?」

 「そりゃまぁそうだが、どうやって・・・?」

 ドレイクの言葉に、ヴィヴは目の前のテーブルに置かれている備品のノートパソコンを指さした。

 「ネットというものを使わせてもらった。おかげで言葉だけでなく、今の人間の世のあらましについて、おおよそは知ることができた。書物を紐解かずとも知りたいことを知ることができるというのは、なかなか便利なものだな。人間もそれなりには進歩したということか」

 こともなげにそう言うヴィヴを見て、どうやらドラゴンが知能においても人間よりも優れていたというのは本当らしいと、ドレイクは認めざるを得なかった。

 「それよりも、何用か? あの紛い物の竜たちの居所がつかめたか?」

 「残念ながらそっちの方はまだだ。呼びに来たのは、朝食の用意ができたからだ。一応君の分も用意させてもらった」

 「うむ、殊勝な心がけだ。褒めて遣わそう」

 「俺は君の執事じゃないっての。朝飯を食ったら、君にもひと働きしてもらうからな」

 「なんだと?」





 「・・・そなたはつくづく、よい性格をしておるな」

 両手に食料品や日用品の詰まったビニール袋を提げ、ドレイクの後ろを歩きながら、恨めしそうに言うヴィヴ。

 「おぅ、よくわかったな。こう見えてもガキの頃は、性格のいいお坊ちゃんねとよく褒められたもんだ」

 ヴィヴの言葉を笑って受け流すドレイク。その両手にも、同じような袋が提げられている。剣も通さぬドラゴンの皮も、この男の面の皮ほど厚くはなかろうと早々に理解し始めた聡明な彼女は、あきらめたようにため息をついた。

 「まったく、かつては神と崇められていたヴィーヴルに、買い出しの荷物持ちなどさせるとは・・・」

 「日本って国にはな、立ってるものは親でも使えって言葉がある。親だろうが神様だろうが、俺にとっちゃあ例外じゃないさ」

 ここはフランスの辺境にある小さな街。朝食を終えた後、ドレイクはゴーゴーガレオンを手近な場所に着陸させ、その近くにあるこの街へとヴィヴを伴って買い出しに訪れた。ガレオンのメンテナンスは定期的に、あるいは必要に応じてサージェスのドックで行っているが、ガレオンで寝起きするドレイクが生活のために必要とする食料品や日用品などの調達は、ドレイク自身が行うことになっている。ドレイクとしては休暇明けにまとめて買い出しを行うつもりだったのだが、突然の招集で予定が狂ってしまったため、今のうちに買い出しを済ませておくことにしたのだった。

 「それとも何か? 女神様はスプーンより重い物を持ったことがないのかな?」

 「馬鹿にするでない! このぐらいの荷物、どうということはないわ!」

 むっとした表情で両手の荷物を持ち直すヴィヴ。ドレイクは笑いながら歩き続けたが、ふと、背後から聞こえるはずの足音が止まっていることに気が付き、後ろを振り返った。

 「・・・」

 ヴィヴは足を止め、首を右に向けて何かをジッと見つめていた。ドレイクがその視線の先を追うと、そこには大きな市民公園があった。その中央に位置する大きな噴水の前で、今しがた出来上がったばかりのクレープを親子連れに手渡している、路上販売のクレープ屋。それが、彼女の視線を釘づけにしているものの正体だった。それを見たドレイクは、まるでとびきりのいたずらを思いついた子供のような笑みをにんまりと浮かべると、そのクレープ屋へと歩き出した。

 「そーかそーか、あれが食いたいのか。しゃーない、お兄さんが奢って進ぜよう」

 「なっ・・・! だ、誰がそのようなことを申した!?」

 「日本にはな、目は口ほどに物を言うってことわざがあるんだ。あんなもの欲しそうな目で見てたら、欲しいって言ってるのと変わらねぇっつーの」

 「も、もの欲しそうな目でなど見てはおらぬ! 勝手なことを申すな、このたわけが!」

 「人の好意は素直に受けるもんだぜ。確かそんなことわざもあったな。スエズだかスエゼンだか・・・よく覚えてねぇが」

 そんなことを言いながらも、ドレイクはクレープ屋の前にやって来た。

 「クレープ二つ頼む。ほら、何にする?」

 「し、知るわけがなかろうが!」

 そう言いながらふてくされた表情でそっぽを向きつつも、ちらりと横目で商品見本の一つを見た一瞬の視線を、ドレイクは逃さなかった。

 「チョコとバナナと生クリーム、だそうだ。俺はブルーベリーだけのを頼む」

 ヴィヴににらまれつつも、素知らぬ顔で紙幣を渡すドレイク。注文を受けた店主はすぐに丸い鉄板の上に生地を垂らし、手慣れた手つきで薄く広げながら焼き始めた。その様に、思わずヴィヴも鉄板の上に見入る。

 「お待たせしました。どうぞ」

 「ほいほい。ほら、ご所望の品だぜ」

 「・・・」

 ドレイクを恨めしげに睨みながらも、その手からクレープを受け取るヴィヴ。そんな彼女を見て、店主がにこやかな笑顔でドレイクに言った。

 「素直そうな娘さんですね? いやぁ、私にも娘がいるんですが、最近全然いうこと聞いてくれなくて・・・」

 「この俺がコブ付きに見えるってのか、ああ!?」

 「たわけが! わらわがこやつの娘に見えるとは、そなたの目は節穴か!?」

 不用意な発言をした店主は、たちまちのうちに殺気のこもった怒声を最大音量かつステレオで聞かされる羽目になったのだった。





 クレープを買った2人は、近くの噴水へとやって来た。

 「さて、このへんにすっか。ほら、ここ座れ」

 先に噴水の縁に腰をおろし、隣を叩くドレイク。が、ヴィヴはそっぽを向くと一人分距離を置いて横に腰掛けた。

 「可愛げのねぇ竜神様だな」

 ドレイクは苦笑しながら、早速クレープにかぶりついた。それを見て、ヴィヴは少しの間自分のクレープを見つめていたが、やがて同じようにかぶりついた。

 「・・・!」

 たちまち、その目が驚きに見開かれる。

 「お味はどうだい?」

 「うぅむ・・・このような美味なるものを作り出したとは。少なくとも食に関しては、人間は格段に進歩したと認めるしかあるまい」

 「へいへい、そりゃどうも」

 すっかりクレープが気に入ったのか、夢中の様子ではむはむと食べ続けるヴィヴ。晴天に恵まれた空から注ぐ陽光に照らされ、公園には穏やかな時間が流れている。

 「・・・」

 ふと、ドレイクが顔を向けると、母親に見守られながら噴水の水を散らして遊ぶ小さな男の子を、ヴィヴはじっと見つめていた。

 「・・・なぁ、一つ訊いていいか?」

 ドレイクがそう言うと、ヴィヴは振り返った。

 「首尾よくアングラウグの魂を取り返すことができたら・・・そのあと、どうするつもりだ?」

 「決まっておる。誰も知らぬ場所にあれを封じ、わらわも再び眠りにつく。それだけだ」

 「・・・ふーん」

 自分から聞いておいて関心のなさそうな態度を見せたドレイクに、ヴィヴは不機嫌そうな顔をした。

 「なんだ? その気のない反応は。言いたいことがあるならはっきり言わんか」

 「別に。何も言いたいことなんかないさ。そうしたいのならそうすればいい。俺は他人に口出しされるのと同じぐらい、他人に口出しするのは嫌いなんだ」

 ドレイクは食べ終わったクレープの包み紙を几帳面に折りたたんだ。

 「ただ、俺にはできねぇ生き方だと思っただけさ」

 「何?」

 「この世の終わりまであれを守って眠り続けろって、誰かに命令されたわけじゃねぇんだろ? 仮に命令されたとしても、律儀にそれに従ってやる義理もないだろう。仲間も国も失ってしまった時点で、もう守るべきものなんかなかったんだから」

 ドレイクのその問いに、ヴィヴは面食らったような表情を浮かべた。

 「それは、確かにそうだが・・・理屈の問題ではない。仲間も国も失ってしまったからこそ、あれが再び甦らぬよう守らねば死んでいった者たちに申し訳が立たない」

 「死んだ奴のためにできることなんざ、何もない。葬式を上げるのも墓を建てるのも、死んだ奴のためってお題目でやることの全ては、実際のところは生きてる人間がそいつの死に対して心の中でけじめをつけるためにやるもんだ。要するに自己満足だよ」

 「そなたは・・・! そなたには心というものがないのか!?」

 ヴィヴが睨むのにも、ドレイクは平然とした顔のままだった。

 「事実を言っているだけだ。非難してるわけじゃない。言っただろ、そうしたいならそうすればいいって。理屈に合わないことだろうが、他人から見りゃ損にしか見えないことだろうが、それで自分が満足できるならそれでいいのさ。自己満足、大いに結構。というより、人間のすることはみんな自己満足だ。ただ、何をして満足するかが人によって違うってだけの話なんだよ。たったそれだけの違いを、世の中の人間は「思想」だの「理想」だのと、やたらと仰々しく呼びたがるがな」

 「・・・」

 「もちろん、一定のルールは必要だ。みんながみんな自分の満足を好き勝手に追ってたら、結局は誰も満足できなくなるからな。ただ、世の中にはどういうわけだかそれが行き過ぎて、他人の満足を否定したり、自分の満足を他人に押し付けたりしたがる奴が多い。そんなことをしなけりゃ世の中はもっと幸せになるだろうに・・・まぁ、そういう奴らはそうすること自体が満足なんだろう。もっとも、俺はそういう奴らとは自己満足の趣味が違う。だから、他人が何をして満足しようが、否定する気はさらさらない。俺が満足するのを妨げない範囲で、だけどな」

 「ふん、若造の分際で達観したようなことをぬかしおって」

 「生憎、おたくらと違って人間の寿命は短いんでな。できるだけ長く人生を楽しむためには、早めに達観する必要があるのさ。しかし、そのなりで若造とか言われたくねぇな」

 「確かに、わらわはいまだ子を産めるほど年経てはおらぬ。だが、それでも既に200年は生きておる。わらわから見ればそなたなど若造以外の何者でもない」

 「・・・」

 「そこまで言うのであれば、そなたは自分が満足できるものを見付けているのであろうな?」

 「決まってる。俺が満足できるもの、それは・・・「冒険」だ」

 ピッと人差し指を立てて、ドレイクはそう言った。

 「冒険・・・だと?」

 「そう。日常を捨てて、あえて危険を冒し、未知の領域に足を踏み入れる。それが冒険だ。うまいものを食ったり、いい女を抱いたりするのも確かに楽しいが、結局のところそういうのは金さえあれば誰にだってできることだ。その点冒険は、多少命を張る必要はあるが、自分だけの満足を手に入れることができる。何に満足するかは自由だが、俺は俺にしかできないことで満足したい。そう考えてたら行き着いた生き方が、冒険者だったのさ」

 「・・・」

 「まぁ、何度も言うが何に満足しようがそれはそいつの勝手さ。だが、人間は往々にして本当は満足していないのに自分は満足していると、自分で自分を騙したがる。たった2人で立ち上げた会社を世界的な大企業にのし上げた偏屈で変人のオッサンがアメリカって国にいるんだが、そのオッサンの言葉に、「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」ってのがある。毎朝顔を洗ったときに、鏡に映った自分にそう訊いてみる価値はあると思うぜ。もっとも、俺はこの稼業を始めてからその質問に「NO」と思ったことは一度もないがな」

 と、ドレイクがそう言った、そのときだった。彼の右腕のレイダーブレスが、唐突に音を発し始めた。

 「おっと。どうやら、ようやく待機の時間も終わりらしいな」

 そう言ってドレイクは、レイダーブレスのボタンを押した。その文字盤から投影された光の中に、ミスター・ボイスの3DCGが浮かび上がる。

 「よぅ、ミスター・ボイス。ずいぶん待たせてくれたな」

 「なんだ? この妙なものは?」

 ミスター・ボイスの姿を見てヴィヴが首を傾げる。

 「あぁ、まぁ一言で言えば・・・俺の上司だ」

 「上司だと? こんなものの指示でそなたは動いているのか?」

 「このトンガリ頭はあくまで仮の姿だ。実際はれっきとした人間・・・なんだろうが、何しろ俺も本当の顔を拝んだことはないんでな」

 「顔も知らぬ相手の下でなど、よく働ける気になるものだな」

 「俺に向いてる仕事と給料さえくれれば、別に顔なんざ知っとく必要はないさ」

 そこまで言ったドレイクだったが、話が脇道に逸れていたにもかかわらずミスター・ボイスはなぜか黙り込んでいた。

 「・・・? おい、どうした? 連中の居所が分かったから連絡してきたんじゃないのかよ?」

 ドレイクのその問いに、ミスター・ボイスはようやく答えたが、しかしその答えは予想外のものだった。

 『残念ながら、そうではない。奴らの行方は今もって不明だ。その代わり・・・奴らが次に襲撃する公算が極めて高い場所が判明した。今からその位置情報を転送する』

 「なんだって?」

 ミスター・ボイスのその言葉通り、レイダーブレスにある座標を示すデータが送られてくる。同時に、巨大な円柱型の、見るからに堅牢な要塞のようなコンクリート造りの建物を写した写真も送られてきた。

 『この座標にあるその施設を死守せよ。奴らをこの施設内に侵入させないことはもちろん、君たちもこの施設の中に立ち入ってはならない。命令は以上だ』

 いつも以上に機械的に告げられた指令に、すかさずドレイクは反駁した。

 「ちょっと待て。この施設はなんなんだ? それに、俺たちも入るなだと? 一体どういうことだ!」

 『これはサージェス・ヨーロッパの最重要機密に関わる問題だ。必要以上の情報を知ることは君たち自身のためにならない。以上』

 重ねてそう言うと、ボイスからの通信は一方的に切れた。

 「あ! おいこら、待て!」

 思わずドレイクはレイダーブレスに怒鳴ったが、いくらコールしても、それきりミスター・ボイスが応答することはなかった。

 「・・・ったく、あのトンガリ頭、何考えてやがるんだ。昨日から様子がおかしかったしな・・・」

 「本当に、そなたはよくあのような上司のもとで働いていられるものだな」

 「あいつをかばうつもりはさらさらないが、今回は異常だよ。部下への思いやりには欠けても、金と情報に関しては出し惜しみすることは今までなかったんだがな。それだけに、この場所に何があるのか、余計に気になる」

 レイダーブレスを操作して、ボイスから送られてきた座標の詳細について調べるドレイク。座標は、ロシア国内のある都市を指し示していた。

 「妙だな・・・この座標にあるのは、閉鎖都市だ」

 「閉鎖都市? なんだそれは?」

 「秘密都市、とも言うがな。何らかの理由で旅行や居住が制限されていたり、あるいは存在そのものが公には秘密にされている街のことだ。この座標にある街の場合・・・この国はもともとソビエトっつー今以上にばかでかい国で、アメリカと危ない背比べを続けていたんだが、そのソビエト時代に核兵器の開発・製造を行う研究開発施設や工場が置かれていたのがこの街だ。今は研究施設や工場は閉鎖されたが、その代わり使用済み核燃料の保管庫と再処理施設が置かれている。写真の施設も、サージェスのデータベースの情報では使用済み核燃料の保管庫ってことになってるが・・・」

 「そうではないのだな?」

 「ゴジラじゃあるまいし、あのトカゲどもが使用済み核燃料を欲しがってるとは思えないからな。連中が欲しがっているものはすでに知れているし、連中がそれを狙ってここを襲撃する可能性が高いってことは、それがここにあるってことだ」

 「・・・アングラウグの魂の器となる、竜の体。それが、この施設に隠されていると?」

 「まぁ、推理するまでもなくそういう結論に達するわな。その竜が、どこかに生きていたのを捕まえたのか、それともミイラか何かなのかまではわからんが。一つ訊きたいんだが、器となる竜の体ってのは、生きてる必要はあるのか?」

 「わからぬ。だがアングラウグほどの力を持つ竜であれば、たとえ死せる体を器として復活しても十分な脅威となろう」

 「なるほどな。どうやらこの施設を守らなきゃならないのは確からしい・・・が、もう一つ気になることがある」

 「気になること?」

 「どうしてこの件をそこまで秘密にしなきゃならないか、だ」

 ドレイクはそう言った。

 「この施設に竜が隠されているとしても、だ。どうしてそれを、世間に対してはともかく、俺たちにまで秘密にする必要がある? サージェスは存在が公に知られたら歴史や科学の教科書をそっくり書き直さなきゃならなくなるようなプレシャスをいくつも保管しているし、その事実を知っている人間はサージェスには俺以外にもたくさんいる。いまさらそこに竜が加わったところで、大して変わりはないはずだ。それなのに、ミスター・ボイスはここに竜が隠されていることをはっきりと明かそうとはしなかった。それに、今気づいたことがある」

 ドレイクはそう言って、レイダーブレスを指さした。

 「このレイダーブレスには、緊急時に応援を呼べるように他のサージェス支部やエージェントに連絡を取るためのホットラインが設定されているんだが・・・そいつが全部、ロックされている。もちろん、そんな芸当ができるのは俺の上司だけだ」

 「なんだと?」

 「どうやらミスター・ボイスは、俺たち以外のサージェスの人間に知られることなく、内々でこの件にカタをつけたいらしい。できれば、手駒である俺たちにも必要以上の情報を与えることなく・・・というのが、最も理想的なんだろう。単にプレシャスを悪党の手に渡すなという以上の思惑がこの件に絡んでいることは、間違いないだろうな」

 「・・・やれやれ、面倒なことになってきたな。やはりわらわ一人で始末をつけるべきであったか・・・」

 そう言ってため息をつくヴィヴに、ドレイクは苦笑を浮かべた。

 「そう言うなって。こういう時冒険者はな、こう思うようにするのさ。「面白くなってきた」ってな」

 「まったく、そなたという奴は・・・」

 ニヤリと笑みを浮かべるドレイクに、ヴィヴは心底呆れたというように、さらに大きなため息をついてみせた。





 こうしてドレイクとヴィヴはゴーゴーガレオンに乗り込み、一路ロシアの閉鎖都市を目指した。偶然停泊していたのがフランスであったこともあり、ゴーゴーガレオンの全速力をもってすれば、到着までは1時間とかからなかった。だが、いざ到着した彼らを待っていたのは、切迫した状況だった。





 「おいおい・・・」

 ゴーゴーガレオンのメインコントロールルーム。ドレイクはモニターに映し出された光景を見てうんざりしたような声を上げた。

 目的の閉鎖都市はすでに目前、あと数分もしないうちに直上まで到達することができる。そして現在の状況を確認するためにカメラで現地の様子を望遠でとらえたのだが、モニターに映し出されたのはカオスの極みといった状況だった。

 映像でまず目を引くのは、ぎらついた赤い色。全身を赤い鱗で覆った多数のトカゲ人間たちが、蛮刀を手に駆け回っている。そう、ジャリュウ兵たちである。その数は密輸船や地下神殿で戦った時の比ではなく、千匹は下らない。おそらく、リュウオーン二世は持てる兵力の全てをここに投入してきたのだろう。

 その異形の兵士たちと戦っているのは、武装した兵士たち・・・いや、正確には兵士ではない。ドレイクがカメラをそのうちの一人にズームさせると、身に着けている戦闘服に見慣れた企業ロゴのワッペンが付けられているのがわかる。サージェス財団が契約している民間軍事会社の一つのものだ。言うまでもないことだが、サージェス財団は軍事組織ではない。ドレイクやボウケンジャーが保有する装備や巨大メカも、あくまでその任務が特殊であるがゆえに国連や各国政府の特別な許可のもとに保有を認可されているものであり、武装している彼らの方が財団の職員の中では少数派なのである。したがって、プレシャスの輸送やプレシャスバンクの警備などの任務においては、財団との契約を結んだ民間軍事会社の社員たちが、財団の職員の監督の下で任務にあたるのが一般的となっている。この施設の警備にあたっていたのも、そうした民間軍事会社だったのだろう。

 彼ら財団と契約した民間軍事会社が想定しなければならない最大の問題は、ネガティブシンジケートによる襲撃である。その大部分は同じ人間による組織であるが、中にはジャリュウ一族のように人外で構成された組織もあるし、人間による組織でもダークシャドウのように異能を操る者たちもいる。通常の反政府ゲリラや海賊とは全く異なる敵の襲撃が想定される以上、彼らの装備もまたそれに見合ったものであり、自動小銃ひとつとっても現代の主流とは異なる大口径でハイパワーなものが支給されている。実際、今民間軍事会社の社員たちが撃っている小銃の弾は、ジャリュウ兵の固い鱗も貫通し、的確に彼らに死をもたらしている。だが、いかんせん数が違いすぎる。二つの戦力が攻守に分かれて戦う場合、勝利を収めるために攻める側に必要とされる戦力は守る側の約3倍、というのは基本的な戦術上の常識だが、ジャリュウ兵の数が民間軍事会社の3倍をはるかに上回っているのは確実である。さらに戦陣にはジャリュウ兵だけでなく2体の邪悪竜、そしてリュウオーン二世自らも加わっているとあっては、もはや普通の戦術の常識など通用しない。

 「喜んでいいのかわからんが、どうやらボイスの読みは当たったらしい。PMCの連中、トカゲどもを相手に逃げずに戦っているだけで合格だが、このままじゃ全滅だな。艦砲射撃でまとめて吹っ飛ばすわけにもいかないし・・・しゃあねえ、降りて戦うか」

 そう言うと、ドレイクはヴィヴを振り返った。

 「というわけだ。一応言っておくが、殺すのはトカゲだけにしてくれよ?」

 「わかっておるわ」

 ヴィヴはぶすっとした顔をしながらそう答えた。





 「陛下!」

 「むぅっ!」

 ゴードンが指した方向、西の空からこちらに向かって全速力で突っ込んでくるゴーゴーガレオンの姿を見て、リュウオーン二世はうなった。ゴーゴーガレオンは見る見るうちに近づいてくるばかりでなく、まるで強行着陸でもするかのように、急激に高度を落としてくる。やがてゴーゴーガレオンは船底を地面にこすりつけんばかりの超低空でこちらへと進入し、乱戦を繰り広げていた人間とジャリュウ兵たちは悲鳴を上げながら逃げ惑った。が・・・結局空飛ぶ船は着陸することなく、再び急激に高度を上げながら飛び去って行った。そして・・・そのあとには置き土産のように、佇む2つの人影があった。

 「貴様ら・・・!」

 戦場に降り立った一人の男と一人の少女を、リュウオーン二世は睨みつけた。

 「ご苦労さん。ここからは俺たちの仕事だ。引き上げていいぞ」

 生き残りの民間軍事会社社員たちにそう告げるドレイク。彼らは戸惑いを浮かべた様子だったが、やがてその言葉に従い、速やかに撤退していった。

 「フン。貴様らがもうここに現れたということは、さすがにサージェスも我らの狙いに気付いたようだな」

 「まぁな。といっても、そのへんを完全に理解してるのはうちの上司だけでな。俺たちはただここを守れと言われて来ただけだ」

 それを聞いて、リュウオーン二世は嘲笑った。

 「つくづく狗のような奴だ。真実も知らされずに唯々諾々と従うとは度し難い」

 「馬鹿にするなよ。ここにお前らの求めるアングラウグの魂の器になる竜が眠っていることぐらい、察しはついてる。俺たちにわからないのはそれを俺たちにまで秘密にするその「真実」とやらだ」

 「知りたいか? 知りたいのならば話は容易い。我らにここを素通りさせてその後をついて来ればよいだけのことだ」

 「やなこった。その「真実」とやらはあとでゆっくりと確かめさせてもらうさ。日本でいうところの三度目の正直って奴だ。今度こそここを、てめぇらの墓場にしてやるぜ」

 威勢よくそう言ったドレイクにフンと鼻を鳴らし、リュウオーン二世はヴィヴに目を転じた。

 「ヴィーヴルの忘れ形見よ、今一度問おう。我らと共に、再びこの地上に竜の支配をもたらす気はないか?」

 「くどい。そなたらなどに語る舌など持たぬわ。邪竜を蘇らせることの意味さえ解せぬ輩に」

 ヴィヴがそう言うと同時に、ドレイクはレイダーブレスに手をかけた。

 「スタートアップ」

 一瞬のうちにドレイクが、ダークグリーンのアクセルスーツを纏う。その隣ではヴィヴが赤い魔力を立ち上らせながら、その中で半人半竜の姿へと変身を遂げた。

 「鋭き冒険者・・・ボウケンレイダー」

 ドンッ!!

 そう言うが早いか、ボウケンレイダーはいきなりカイシューターを引き抜きリュウオーン二世めがけて発砲した。とっさにリュウオーン二世がかわしたため、光弾は彼の背後に控えていた不幸なジャリュウ兵たち数体をまとめて吹き飛ばした。

 「おのれ! かかれジャリュウども!!」

 ボウケンレイダーの不意打ちに怒るリュウオーン二世は、ジャリュウ兵たちに号令を下した。咆哮を上げ、蛮刀を振りかざしながら、ジャリュウ兵たちの群れが赤い大波となってドレイクとヴィヴへと襲いかかる。

 「Attack!!」

 ドレイクは迎え撃つのもじれったいとばかりに、カイシューターとダッシュナイダーを手にして、襲い来るジャリュウたちの群れに自分から飛び込んでいった。見る間にダッシュナイダーの刃によってジャリュウ兵たちが斬り捨てられ、カイシューターの銃口がその眉間に突き付けられた次の瞬間、ジャリュウの頭が柘榴のように弾け飛んだ。

 「・・・まったく、あの男があれほど繊細な味の茶を淹れるとは信じられぬわ」

 ドレイクの姿を見てそう呟くヴィヴの目の前にも、ジャリュウ兵たちの群れが押し寄せる。だがヴィヴは全く動じることなく翼を羽ばたかせ、彼らの頭上へと舞い上がった。

 「俗物どもめが。竜の紛い物のそのまた有象無象の分際でわらわに触れようなど、一万年早いわ」

 そう言いながら左腕を曲げて胸の前、逆右拳を右脇腹横に構える構えをとるヴィヴ。

 ドガァァァァァァァァン!!

 次の瞬間、額の宝石から赤い極太のビームが発射され、着弾点の地面をそこにいたジャリュウの群れごと木端微塵に吹き飛ばした。

 「そら、わらわの舞を見せてやろう。冥土の土産にとくと見ておくがよい」

 ジャリュウ兵たちが吹き飛び生まれた空白地帯へと降り立つと、ヴィヴはその手に、その背丈をゆうに上回る長大なハルバードを出現させた。黒曜石によく似た色と質感を持つそれを、ヴィヴは優雅に舞うように動きながら軽々と振り回す。それはさながら刃を備えた黒い旋風であり、吹き荒れる黒い嵐に触れたジャリュウ兵たちは悉く首を、腕を、上半身丸ごとを斬り飛ばされ、宙に舞うことになった。

 「・・・ふむ。手当たり次第に始末していてもらちが明かぬな」

 自らの周囲のジャリュウ兵たちを一掃したところで、ヴィヴは手を止めてハルバードを消滅させた。そして両手を花を作るように組み合わせると、その両手を頭上に掲げ、口の中で呪言を詠唱した。

 「ドレイクよ。死にたくなくば伏せていよ」

 「はぁ!?」

 ボウケンレイダーが振り返った瞬間、ヴィヴの手の中から青い光の玉が花火のように打ち上げられた。それは空中高く上るといきなり炸裂し、より小さい青い光の玉を無数に地上に降り注がせた。

 ドガガガガガァァァァァァァァン!!

 「どわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 サファイアを思わせる青い光の玉はそれぞれが地上に降り注ぐと大爆発を起こし、広範囲にわたって展開されていたジャリュウ兵たちを消し飛ばした。

 「おいこら、いきなり何しやがる!?」

 「警告はしたであろうが。それよりも見よ。これでさっぱりしたであろう」

 ボウケンレイダーの怒声を無視しながら周囲を見回すヴィヴの言うとおり、あたりはあちこちにクレーターができ、ジャリュウ兵の群れはほとんどが黒焦げの死体と化すか、生き残った者も五体満足なものはほとんどいないという有様となっていた。

 「・・・まぁな。これでようやく本命に集中できるってわけだ」

 そう言って、別の方向へと顔を向けるボウケンレイダー。ジャリュウ兵たちが全滅した中、いまだ戦場に佇む者たち。そう、リュウオーン二世と二騎の邪悪竜である。

 「陛下、ここは私とバスピノにお任せを。陛下さえあの「竜」のもとへたどり着けば、我らの悲願は成就されます」

 「・・・」

 「うむ。そなたらの覚悟、決して無駄にはせぬ。いくがよい」

 リュウオーン二世がそう言うと、ゴードンとバスピノはボウケンレイダーとヴィヴめがけて走り始めた。

 「へっ、やっぱりそう来るかよ。いいぜ、お望み通り主人より先に逝かせてやる」

 「ドレイクよ、あの三日月頭はわらわの獲物だ。手出しはするでないぞ」

 「へいへい、執念深いことで」

 「義理堅いと言え」

 そう言うと、両手に黒い手斧を出現させてバスピノを迎え撃つヴィヴ。ボウケンレイダーもダッシュナイダーを手に、空中から斬りかかってきたゴードンの刃を受け止めた。

 「あいつがそんなに忠義を尽くすに相応しい主人か? あいつはお前らのことなんざ、捨て駒としか考えてないだろうよ」

 「承知の上よ! 陛下が事を成せば全てが報われる! 自分のことしか考えぬ貴様ら人間と違って、我らジャリュウは種族の繁栄こそが全て! そのためならばわが命などちっぽけなものだ!」

 「・・・そうかよ。それで本望なら何も言わねぇが、てめぇの命も大事にできねぇ奴らに、やっぱり宝はやれねぇな」

 一方、ヴィヴは両手に持った手斧を振りかざし、バスピノへと打ち込んでいった。

 「いつぞやはよくもやってくれたな。わらわは見ての通り義理堅い女なのだ。受けた借りはきっちりと返してやるから安心するがよい」

 「・・・」

 次々と打ち込まれてくる斧の殴打を手にしたブーメランで受けると、バスピノは後方に飛び退り、そのブーメランを投擲した。ブーメランは空中で無数に分裂し、ヴィヴへと襲いかかったが・・・

 「ぬるいわ」

 ヴィヴが目の前に発生させた金色の光の壁に衝突し、ブーメランは次々に砕け散っていった。

 一方、ボウケンレイダーとゴードンの間では、激しい剣戟が繰り返されていた。

 「人間にしてはやるではないか。だが、そろそろ終わりにさせてもらう!」

 ゴードンはそう言うと一旦ボウケンレイダーと距離をとり、帯電させた両腕の刃を振り上げた。

 「雷電残光斬り!!」

 バリバリバリバリバリバリバリバリ!!

 ゴードンが両手を振り下ろすと同時に、稲妻が地を走りボウケンレイダーへと殺到する。

 ドガァァァァァァァァァァァン!!

 巻き起こる爆炎の中に消えるボウケンレイダーの姿。

 「ふん、やったか!」

 思わずゴードンがそう言った、次の瞬間。

 「はい、残念。それ死亡フラグ」

 そんなセリフと共に、ゴードンの背中に硬い何かが押しつけられる感覚が走った直後

 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 「グワァァァァァァァァァァッ!!」

 PFS「天狗の隠れ蓑」で攻撃を回避し、そのままゴードンの背後に回ったボウケンレイダーがゼロ距離から放ったファルコネットバスターを喰らい、何が起こったかもわからないまま爆死した。

 「「銃は剣よりも強し」 ンッン〜名言だなこれは」

 カイシューターをクルクルと回しホルスターに収めるボウケンレイダー。

 一方、バスピノは右手に巨大ハンマー、左手に鎖鉄球と武器を持ち変え、ヴィヴとの交戦を続けていた。バスピノが力いっぱい振り下ろしたハンマーが大地を打ち、地震を発生させる。それにヴィヴが足を取られたところを、バスピノが鎖鉄球を投げつけた。が・・・

 「同じ手を二度食うものか!」

 ヴィヴは翼を広げて宙に舞い上がりそれをかわすと、周囲に青い宝石状の光の玉を無数に撒き散らした。

 「これで終わりだ!!」

 ヴィヴが構えをとると、額の宝石から赤いビームが迸った。それは周囲を漂う宝石状の光の一つに当たると幾条にも拡散、それらがさらに別の光に当たって拡散を繰り返し・・・

 ズバァァァァァァァァァァァッ!!

 それらは最後には一点・・・バスピノへと集中して走り、全周囲から彼の体を貫いた。

 「・・・!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 「ふん、まだまだ借りを返し足りなかったのだがな」

 ヴィヴがつまらなそうにそう言っているところに、ボウケンレイダーがやってくる。

 「よぉ、そっちも終わったな」

 「そなたもな。ちらと見たが、何やら卑怯な手を使っておったな」

 「勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ。そんなことより、さっさと奴の後を追うぞ」

 「うむ」





 おそらくはリュウオーン二世が無理矢理に破壊したのだろう。問題の施設の巨大な扉は大きく破壊されており、2人はその中へと駆け込んだ。

 「なんだ? えらく暗いところだな・・・」

 ヴィヴの言葉通り、施設の内部は闇に閉ざされていた。ボウケンレイダーがバイザーを暗視モードに切り替えようとした、そのときだった。

 カッ!

 「!」

 突如、天井に数多く配置された照明装置が点灯し、施設の内部は一転、光に包まれた。その眩しさにボウケンレイダーもヴィヴも、思わず手で目を庇ったが・・・

 「こいつは・・・!?」

 「な、なんだこれは!?」

 2人はともに、施設の中央に鎮座するものに驚愕した。

 施設はその大きさといい、一切の間仕切りのないがらんどうの構造といい、国際空港にあるジャンボジェットの整備施設を思わせるものだった。天井から下げられたクレーンや太いチェーンなどの設備も、その印象を補強する。だが、そこにあったのは大型旅客機などではなく、全く別の・・・そして、異質なものである。

 そこには、鋼鉄の巨人が横たわっていた。巨大な人型ロボットの残骸・・・それはひどく激しく損傷しており、おそらくは一度破壊されてスクラップ同然になっていたのを、なんとかそれが巨大人型ロボットであったことを判別できるぐらいにまで修復した、といった印象を受けた。機体の色を構成するのは大きく分けて青、緑、白の三色。いずれも凍えるように冷たい色合いだ。ボディの各所に配された突起状や鋸歯状のパーツが特徴的だが、外見上もっとも大きく目を引くのは、ロボットの胸から飛び出した、ティラノサウルスのような大型肉食恐竜の頭を模したと思われるパーツ。それは、両目の上に角のように鋭く張り出していた。

 それを見た瞬間、ボウケンレイダーはその正体に即座に気が付いた。

 「馬鹿な・・・こいつは木端微塵に破壊されたはずだぞ。なんでこんなところにある?」

 「ドレイク?」

 ヴィヴがドレイクに不思議そうな視線を向けた、そのときだった。

 「どうだ、これが貴様の知りたがっていた「真実」だ」

 「!」

 巨大ロボットの残骸の上に、リュウオーン二世が降り立った。

 「余も初めて知った時は驚いたものだ。まさかあのバクレンオーが、こんなところに保管されていようとはな」

 「バクレンオーだと? なんだそれは?」

 答えを求めるように、ヴィヴはボウケンレイダーに視線を向けた。

 「・・・お前たち竜が生きていた頃よりも、ずっと昔の話だ。人類が生まれるどころか、哺乳類自体がせいぜいネズミぐらいの大きさで細々と生きていた頃、地球を我が物顔で歩いていたのは、「恐竜」っていう馬鹿でかい爬虫類たちだった」

 ボウケンレイダーはそう語り始めた。

 「恐竜は一億年以上にわたって繁栄を極めたが、その時代は今から6500万年前に終わりを告げた。原因は今でもいろいろと推測されているが、とにかくトドメを刺したのは、地球に落下した巨大隕石と、それがもたらした大規模な気候変動だった。鳥に進化した一部の恐竜を除いて、恐竜たちは絶滅した。少なくとも、「こっち」ではな」

 「こっち?」

 「巨大隕石の衝突は、恐竜の絶滅以上にとんでもないことを引き起こしていたのさ。その衝突のエネルギーがあまりにもすごすぎたせいで、次元にゆがみが生じ、異次元空間にもう一つの地球が生まれちまったんだ。あとから「ダイノアース」と呼ばれることになった「あっち」の地球では恐竜は滅びなかったどころか、ダイノアースの環境に適応して金属因子を体に取り込んで生体ロボットみたいに進化したうえ、言葉が話せるぐらいの知性まで獲得した。それが進化した恐竜・・・「爆竜」だ」

 「爆竜・・・」

 「爆竜たちはダイノアースでも俺たちと同じように人類へと進化した哺乳類と、平和に共存していたんだが・・・侵略者「エヴォリアン」の侵略によって、ダイノアースは壊滅した。エヴォリアンはその後、こっちの地球にも侵略を開始したが、爆竜の生き残りがこっちの世界にやってきて、人類と組んで「アバレンジャー」とかいうチームを結成して戦いを始めた。それが今から8年前の話だ」

 ボウケンレイダーはそう言って、「バクレンオー」と呼ばれた巨大ロボットの残骸を見た。

 「こいつはその戦いの最中現れた、「悪の爆竜」だ。1万5千年前にダイノアースを氷に閉ざそうとした2体の爆竜「カルノリュータス」「カスモシールドン」・・・そいつらが合体したのが、この「バクレンオー」だ。こいつは一度倒された後もう一度復活し、最終的に木端微塵にされたはずなんだが・・・」

 ボウケンレイダーはリュウオーン二世を見た。

 「話してる間になんとなく見当がついたぜ。ボイスめ、アバレンジャーとエヴォリアンの決戦のどさくさに紛れてこいつの残骸・・・いや、死骸を回収していたんだな。生体ロボットみたいに進化した恐竜なんてプレシャス以外の何者でもないし、おまけに爆竜たちがエヴォリアンを倒した後ダイノアースに帰っちまった以上、この死骸は貴重すぎるサンプルだ。もちろん、回収はサージェス・ジャパンや日本政府にはすべて秘密で行われたんだろう。道理で、やけに秘密裏に始末をつけようとしていたわけだ」

 「そのとおりだ。貴様たちには感謝しているぞ。このバクレンオーならば、邪竜の魂の器として申し分ない」

 「させぬ! 今すぐアングラウグの魂を渡すのだ!」

 一歩踏み出すヴィヴ。だが、そんな彼女をリュウオーン二世は嘲笑った。

 「器を前にして余がためらう理由など今更どこにある? 邪竜の魂はすでに、器の中だ」

 「なに・・・!?」

 リュウオーン二世がそう言った、そのときだった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 「うわっ!!」

 突如、施設全体が激しい揺れに襲われた。そして・・・

 ズンッ!!

 いきなりバクレンオーの巨大な右腕が動いたかと思うと、右手が地面に叩きつけられ、施設が大きく揺れる。そして、バクレンオーはその手を支えにして、一気にその巨体を立ち上がらせた。全高35.7mにも及ぶ巨体が、2人の目の前にそそり立つ。

 グオオオオオオオオオオオオッ!!

 次の瞬間、バクレンオーの胸から突き出しているカルノリュータスの頭が、鋭い牙の並んだ口をいっぱいに開いて咆哮を発した。同時に、バクレンオーの全身が燃え上がるように光り輝き・・・全身至る所が欠損していたバクレンオーは一瞬にして完全な姿を取り戻したばかりではなく、全身の色が赤みがかった金色へと変貌を遂げていた。

 「ッ・・・!!」

 その姿を目にした瞬間、ヴィヴは極寒の空気にさらされたように身を震わせ、両腕で自らの体をかき抱いた。

 「おい、ヴィヴ!」

 「な、なんということだ。あの邪悪な輝き・・・あれはまさしく、アングラウグそのもの。奴が、ついに復活を遂げてしまった・・・」

 放心したような表情でバクレンオーを見上げるヴィヴ。そのバクレンオーの右肩の上では、リュウオーン二世が高笑いを上げていた。

 「フハハハハハハハハハハ!! ついに、ついに黄金の邪竜が復活を遂げた! 我がジャリュウ一族の悲願、新たな竜の支配する世はこれより始まるのだ! さぁアングラウグよ、余に従え!!」

 リュウオーン二世は「ドルイドの魔笛」を口に当てると、奇怪な旋律を奏で始めた。

 グオオオオオオオオッ!!

 それに応えるかのように、バクレンオーが咆哮を発しながら手にした剣と盾を振り回し、暴れ始めた。さらに、バクレンオーが動くたびにその全身から炎が吹き上がり、施設の中が炎の海になっていく。

 「・・・!!」

 燃え盛る一面の炎。その中で暴れ回る黄金の竜。その光景を目にして、ヴィヴの脳裏に遠い日の忌まわしき記憶がフラッシュバックした。

 「Shit! このままじゃ丸焼けだ! おいヴィヴ、しっかりしろ! さっさとここから出るぞ!」

 炎から身を守りながら叫ぶボウケンレイダーだったが、ヴィヴは恐怖で凍りついてしまったかのように動かない。

 「ええい、またこれか! 世話が焼ける!」

 しびれを切らしたボウケンレイダーは彼女を抱え上げると、一目散に施設から外へと逃げ出した。

 「おい、しっかりしろ! 今までの意気はどうした!」

 施設から少し離れたところでヴィヴを下ろし、彼女の肩を叩くボウケンレイダー。

 「すまぬ・・・しかし、あ奴の復活を許してしまったのでは・・・」

 「おいおい、あきらめが早すぎるぜ。竜がなんだっての。こっちにだって竜が味方に付いてるんだ」

 「え・・・?」

 その時、施設の建物が轟音と共に崩れ落ち、舞い上がる炎と煙の中から、バクレンオーが咆哮をあげながら姿を現した。

 「おいでなすった。来い、ゴーゴーガレオン!!」

 レイダーブレスにボウケンレイダーが叫ぶと、上空で待機していたゴーゴーガレオンが急降下してきた。

 「船首ペトラキャノン、てぇっ!!」

 ドンドンドンドンッ!!

 降下しながら船首に備え付けられた2門の火砲がバクレンオーに狙いを定め、轟音と共に火を噴く。だが、バクレンオーはカスモシールドンの頭部そのものである盾を素早く構えて、容易くその攻撃を防いだ。

 「くっ、防がれたぞ!」

 「慌てるな、今のはほんのご挨拶だ。You ain't heard nothin' ye(お楽しみはこれからだ)t!」

 ボウケンレイダーはそう言うと、口元にレイダーブレスを近づけ、叫んだ。

 「強襲轟轟変形!!」

 ゴーゴーガレオンの船体が数十ものブロックに分かれ、バラバラに分裂する。それらは次々に複雑に組み合わさっていき、やがてガレオン船とは全く異なる、新たな姿となった。

 「完成! ダイラプター!!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 ゴーゴーガレオンが変形を遂げたのは、ヴェロキラプトルやディノニクスといったドロマエオサウルス科の肉食恐竜を思わせる姿のロボットだった。

 「なんと! 船が機械の竜に・・・!」

 これにはヴィヴも驚きに目を丸くした。

 「後は任せろ。踏み潰されないようにそこで見てな」

 ボウケンレイダーはヴィヴにそう言うと、ひと跳びでダイラプターの鼻先に飛び乗った。

 「爆竜相手なら不足はねぇ。思い切り暴れるぜ、相棒!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 バクレンオーを前にして闘志をみなぎらせるように、甲高い金属質の咆哮を上げるダイラプター。

 「バカめ、黄金の邪竜の魂を宿したこの伝説の戦闘巨人に敵うものなどいるものか。やれ、バクレンオー!!」

 「ドルイドの魔笛」を吹き鳴らすリュウオーン二世。その調べに操られるように、バクレンオーが剣を振りかざしてダイラプターへと襲いかかる。

 ブゥンッ!!

 ダイラプターの目前にまで迫り、剣をその頭に振り下ろすバクレンオー。だが・・・その直後、ダイラプターの姿は掻き消えるようにその目の前から消えた。同時に、バクレンオーの頭上にフッと影が差す。

 「なにっ!?」

 バクレンオーが見上げると、そこには空中高く飛び上がり頭上を飛び越えていくダイラプターの姿が。

 「ワイヤードハーケン!」

 ボウケンレイダーの叫びと共に、ワイヤーでつながれたダイラプターの前足の爪が射出され、バクレンオーの体に突き刺さる。

 「ディスチャージ!」

 バリバリバリバリバリ!!

 グオオオオオオオオオオオッ!!

 着地すると同時に、バクレンオーの体にワイヤーを経由して高圧電流を流し込むダイラプター。バクレンオーは身を苛む電流に苦悶の呻きを発した。

 「いいぞ、どんどんいけ! ストライクヒートクローだ!」

 ワイヤーを自らカットすると、ダイラプターは再び跳躍。赤熱化した足の鉤爪を、上空からの蹴りと同時にバクレンオーの体に食い込ませる。蹴りの反動で着地を遂げるが早いか、ダイラプターは身を低く屈めて突進するとバクレンオーの胴体に頭突きをかまし、のけぞったところに鋭い爪を備えた回し蹴りを放ち、バクレンオーの胸に鋭い傷を刻み込んだ。

 「なんと軽やかでしなやかな動き・・・あの機械竜、如何様にしてあのような動きを・・・?」

 まるで生き物としか思えないダイラプターの動きに目を見張るヴィヴ。だが・・・

 ガンッ!

 いつまでもダイラプターの猛攻を許すバクレンオーではない。ダイラプターの繰り出した蹴りを、シールドで受け止めると

 「調子に・・・乗るな!!」

 ゴオオオオオオオッ!!

 「くっ!?」

 バクレンオーの全身から炎が噴き出し、その爆圧で弾き飛ばされるダイラプター。バクレンオーの全身から吹き出す炎が生き物のように周囲を這いまわり、そこかしこで高熱の火柱が立ち上る。それによってダイラプターは、得意とする俊敏な立ち回りを封じられる格好となってしまった。

 「チッ・・・しょうがねぇ。こうなったら一気に決めてやる。ダイラプター、あれを使うぞ!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 叫びをあげながら、足場を固めるように両後脚でしっかりと大地を踏みしめるダイラプター。そのまま上半身を下げて頭から尾までを一直線にする体勢をとり、大きく開けた口内から砲門がせり出す。両後足のクローを地面に突きたてて体を固定し、背中の放熱ファンが展開して猛回転を始める。

 「ツイン・ネオパラレルエンジン、フルドライブ!!」

 ダイラプターの体内のツイン・ネオパラレルエンジンが、最大出力を振り絞るべく唸りを上げる。だが・・・

 ゴォッ・・・!

 距離を挟んで相対するバクレンオーが、胸のカルノリュータスの口をおもむろに開いた。その口の奥に、ぼぅっとした赤い光が仄見える。その瞬間、レイダーブレスが警報を発した。

 「高熱源反応・・・奴の体内!?」

 ボウケンレイダーの体をただならぬ危機感が駆け巡る。だが、ダイラプターのネオ・パラレルエンジンはすでに臨界に達していた。

 「チィッ、ままよ! ドラゴニックフレアァァァァァァッ!!」

 ズゴオォォォォォォォォォォッ!!

 ダイラプターがいっぱいに開いた口から、荷電粒子の奔流が渦を巻いて吐き出される。発射の反動で、地に食い込ませたクローが軋みをあげる。そして・・・

 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!

 ほぼ同時に、バクレンオーもまた胸のカルノリュータスの口からすさまじい業火を吐き出した。荷電粒子の渦と地獄の業火は、ダイラプターとバクレンオーの中間で激突し、互いを押しやり始めた。だが・・・

 「な・・・なにぃっ!?」

 バクレンオーの吐く業火が、じわじわとダイラプターの荷電粒子を勢いで凌駕し始めた。そして・・・

 ドガァァァァァァァァァァァァァン!!

 「ウワァァァァァァァッ!!」

 ついに完全に荷電粒子を押しのけた業火が、堰を切ったかのようにダイラプターへと襲いかかった。すさまじい大爆発が起こり、ダイラプターの巨体が宙を舞った。

 「ドレイク!!」

 地響きをあげながらダイラプターが地面に叩きつけられるのを目の当たりにしたヴィヴは、翼を広げて急いで駆け付けた。

 「どこだ! どこにいる、ドレイク!?」

 砂煙の立ち込める中、ボウケンレイダーの姿を探すヴィヴ。

 「う・・・うぅ・・・」

 そんな中、わずかに聴こえた呻きを耳にして、ヴィヴはその聞こえた方へと急いだ。そこには、倒れたダイラプターの頭のすぐ近くに同じように倒れるボウケンレイダーの姿があった。

 「ドレイク! しっかりしろ! 怪我は!?」

 「あ、ああ・・・俺は大丈夫だ。「アキレウスの盾」のおかげで命拾いした。だが、相棒が・・・」

 彼の言うとおりボウケンレイダー自身には傷一つなかったが、傍らに横たわるダイラプターを見れば、機械には全く疎いヴィヴの目から見ても、深刻な損害を負っていることは明らかだった。一方、バクレンオーの足元では勝利を確信したようにリュウオーン二世が高笑いを上げていた。

 「フハハハハハハハハハハ! どうやらこれまでのようだな。ヴィーヴルの小娘ともども、跡形もなく焼き尽くしてやる。やれぃ、バクレンオー!!」

 彼らにトドメを刺そうと、「ドルイドの魔笛」を奏でるリュウオーン二世。が、そんな彼の頭上を覆い隠すように、ふっと影が差した。

 「へ?」

 思わず笛を吹く手を止め、頭上を見上げるリュウオーン二世。彼が見たのは、すさまじい速さでこちらへと迫りくる、バクレンオーの足の裏だった。

 ズンッッッッッ!!

 それがあまりにも突然のことだったため、ボウケンレイダーもヴィヴも、何も言葉を発することができなかった。言葉を失った彼らの目の前で、バクレンオーは踏み潰した害虫を念入りに殺そうとするかのように、振り下ろした右足を何度も何度も踏みにじった。

 「・・・戯れはここまでだ。一時とはいえ、良い夢を見られたのだ。感謝するがよい」

 やがてその足を止め、「バクレンオー」はそう言った。その声を耳にした途端、ヴィヴの全身に寒気が走った。

 「そ、その声・・・貴様、アングラウグか!」

 「なに!?」

 ヴィヴの叫びに、バクレンオーはゆっくりと体を向けた。

 「操られていたんじゃなかったのか・・・」

 「笛の音ごときでこの我を操ろうなど、片腹痛い。だが、この新たな体は素晴らしい。以前の体よりも力が漲るわ。この体を用意してくれたせめてもの礼に、しばらくあやつの指図に付き合ってやったまでのことよ」

 「くっ・・・!」

 顔をゆがめ、ギリッと歯噛みをすると、ヴィヴは一歩前へ出た。

 「おいヴィヴ、何をする気だ!」

 「知れたこと。これはそもそもわらわとあ奴・・・竜と竜の間の問題。その決着をつけるまでだ。そなたは今のうちに逃げるがよい」

 「ふざけるな! お前ひとりでどうにかなる相手か!」

 ボウケンレイダーが怒鳴るが、ヴィヴは聞く耳を持たなかった。

 「・・・ォォォオオオオオオオオオオ!!」

 ゴオオオオオオオオオオオッ!!

 ヴィヴは腹の底から叫びを発しながら、自らの魔力を最大限にまで高めていった。赤い光が彼女の全身を覆い隠し、その中で彼女の体が赤い光の粒子となって空に昇っていき、そして、空中で集まって新たな形を成していく。

 キュゴォォォォォォォォン!!

 それは、赤い鱗で全身を包み背中に一対の大きな翼をもつ、大きな飛竜の姿だった。その額に輝く、鱗よりもさらに紅く透き通った宝石を見て、ボウケンレイダーはそれがヴィヴが変化した姿・・・いや、ヴィーヴルという竜としての彼女本来の姿であることを確信した。大きさは頭から尻尾の先までゆうに10mはある。人間からすれば十分に巨大な竜だったが、その3倍はあるバクレンオーの巨体を前にしては、大人と子供ほどの体格差がある。

 「ヴィーヴルの生き残りか。亜成竜ごときがこの我に楯突いたところで、どうにかなると思っているのか。それとも、貴様も仲間のところへ行きたいか?」

 「ふん、それも悪くはなかろう。だが、貴様に引導を渡さずにあの世に旅立っては、先に逝った母上や皆に申し訳が立たぬ。竜の世はとうに過ぎた。わらわも貴様も、もはやこの世にあってはならぬのだ!」

 「やめろ、ヴィヴ!!」

 ドレイクの制止の言葉も聞かず、ヴィヴは空を駆けた。体の大きさでは全く勝負にならないが、そのかわり小柄な体と優れた機動力を武器に、自在に空を飛び回りながら、額の宝石から次々にビームを放つ。その一発がバクレンオーの肩に当たり、その身を揺るがせた。

 「竜の世は終わらん! この我が最後にして唯一の竜として、この世を支配するのだからな!」

 バクレンオーの周囲に火球が浮かび上がり、バクレンオーが剣を振りかざすとともに、上空のヴィヴめがけて襲いかかる。そのうちの一つが翼を打ちヴィヴが悲鳴を上げるが、ひるむ様子も見せず、バクレンオーへの攻撃を仕掛け続ける。

 「馬鹿野郎・・・だからガキだって言ってるんだよ、お前は・・・!」

 拳を握りしめ、その戦いを見守るしかないボウケンレイダー。そのときだった。

 ギャォォォ・・・・ゥ!

 傍らに倒れるダイラプターが、唸りを発した。そちらを振り返ったボウケンレイダーは、ただのカメラに過ぎないはずのその目に、深手を負ってなお消えず再び燃え上がる時を待つ闘志の炎を見た。

 「ダイラプター、お前・・・!」





 「ええい、ひらひらと! 鬱陶しいわ!!」

 ズバァッ!!

 キュゴォォォォォォォォォン!!

 剣を手に空中高く飛び上がり、ヴィヴめがけて振り下ろすバクレンオー。火炎弾を数発受けていたことで生じていた動きの鈍りが祟り、両断されることは避けたものの、その刃はヴィヴの右翼を切り落としてしまった。

 ズズゥゥゥゥゥゥン!

 片方の翼だけでは飛行を維持できなくなったヴィヴは、そのまま高度を失っていき、地面に墜落してしまった。

 「クッ・・・!」

 呻きながら身を起こそうとするヴィヴ。だが・・・

 ズンッ!

 「あぐっ!」

 その背中を、バクレンオーが容赦なく踏みつけにした。

 「終わりだ!」

 切っ先をヴィヴの頭に定め、剣を振り下ろそうとするバクレンオー。そのときだった。

 ドガァァァァァァァァァンッ!!

 「ぐおっ! な、なんだ!?」

 突如横から襲いかかった爆発に、足をよろめかせるバクレンオー。驚いて視線をそちらに向けると・・・

 「30%の出力じゃこれが精一杯か・・・まぁ、しょうがねぇな」

 荷電粒子砲発射モードで口の方向から白煙を上げるダイラプター、そしてその頭上に立つボウケンレイダーの姿があった。

 「貴様・・・死にぞこないの人間と機械竜風情が! 尻尾を巻いて逃げだせば目こぼししてやったものを!」

 「人間様をなめるなよ、ドラゴン風情が。俺も相棒も、こう見えて英国紳士なんだ。ガキとはいえレディを残して逃げるなんざ、紳士のやることじゃねぇんだよ」

 「ド、ドレイク・・・あのたわけめが・・・」

 「バカめ。そんなに死にたいのなら貴様から先に地獄へ送ってやるわ!」

 周囲に浮かんだ火炎弾を、一斉にダイラプターへ向けて放つバクレンオー。ダイラプターは俊敏な動きでそれをかわすが、激しい挙動のたびに全身の関節が軋みを上げ、ひび割れた装甲から火花が散る。

 「くっ・・・すまねぇ相棒、ここは踏ん張ってくれ!」

 「フン、そんなざまで逃げ切れると思うか。こうしてくれる!」

 バクレンオーの足元から炎が幾筋も蛇のように地を這いまわり、やがてダイラプターのそばへと到達すると、一斉に火柱を立ち上らせた。それはさながら炎でできた檻であり、それによってダイラプターは動きを封じられてしまった。

 「ちぃっ、諦めてたまるかよ! そうだろう、相棒!!」

 「往生際が悪い! 灰も残さず焼き尽くしてくれる!!」

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 バクレンオーはカルノリュータスの口から、特大の火炎放射を放った。その射線上にある全てのものを焼き尽くしながら、すさまじい業火が雪崩を打って走り・・・

 ドガァァァァァァァァァァァァァン!!

 ダイラプターを直撃すると、天まで届く巨大な火柱を立ち上らせた。

 「ドレイクーッ!!」

 「フハハハハハハハハハハハハハ!!」

 ヴィヴは絶叫を発し、バクレンオーは愉快そうに高笑いを挙げた。

 が・・・

 「・・・ムゥ?」

 バクレンオーは唐突に高笑いを止めると、訝しげに唸って燃え上がる火柱を見つめた。

 そのときだった。

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 天をつんざく叫び声が響き、次の瞬間、巨大な火柱は雲散霧消した。そして、その中から現れたのは・・・天に向かって勇ましく雄たけびを上げる、機械の竜の姿だった。そして・・・その全身は、ダイラプターが自ら発する鮮烈な輝きを放つ黄金の光によって包み込まれていた。

 「ドレイク!!」

 「ッ・・・これは・・・!」

 ダイラプターの頭上に立つドレイクもまた、自分やダイラプターが無事であることに驚いていた。いや、それだけではない。ダイラプターの体を包む黄金の光の中で、ダイラプターが全身に負っていた損傷が、見る見るうちに塞がっていく。そして、ツイン・ネオパラレルエンジンの限界を超える出力のエネルギーが、ダイラプターの体から湧き上がってくる。奇跡のような現象を生み出す黄金の光を見て、ドレイクはその正体に思い至った。

 「これはまさか・・・ダイノガッツ!?」

 ダイノガッツ。それは、ダイノアースとアナザーアースの全ての生命が持っているとされる生命のエネルギー。アナザーアースの生物は進化の途上で忘れ去ってしまい、今ではごくわずかな個体しか備えていないが、ダイノアースの爆竜や竜人は非常に強力なダイノガッツを持っており、その力は幾多の奇跡を起こし、アバレンジャーがエヴォリアンを倒す原動力となった。

 「しかし、なんで相棒からダイノガッツが・・・?」

 ダイノガッツは生命が発する力である。ロボットであるダイラプターから発せられるということは、普通ならば考えられない。だが・・・

 「な、なんだ? 体が・・・この体が、あの光に反応して・・・いや、怯えているというのか!?」

 バクレンオーが怖気にかかったように全身を震わせ、その場に片膝をつく。バクレンオー・・・いや、アングラウグの魂は、自らの体に起こった変調に狼狽を隠せない。

 「・・・そうか!」

 その光景を見て、ドレイクは過去にミスター・ボイスと交わしたあるやりとりを思い出した。





 それは、ロールアウトしたばかりのダイラプターの稼働試験のときのことだった。

 固定砲台からの砲撃をひらりとかわすと、そのまま突進してヒートクローを突き刺し無力化。続けて飛来した無人攻撃機の発射したミサイルもこともなげにかわすと、ダイラプターはすさまじい跳躍を見せ、無人攻撃機をその顎でがっきと捉え、容易く噛み砕いた。

 ドレイクは咆哮を上げるダイラプターを見ながら、口笛を吹いた。

 『どうかね? ダイラプターを見た感想は?』

 「降参だ、文句の付けどころがねぇ」

 ミスター・ボイスの声に、ドレイクは両手を挙げてそう言った。

 『当然だ。このダイラプターは、サージェス・ヨーロッパが現時点で持てる技術力の全てを結集して作り上げたロボットなのだからな』

 ミスター・ボイスの声も、いくぶんか得意げだった。

 「ふーん・・・この資料には、基本設計は日本の浅見グループが保管してるブイレックスを参考とした、と書いてあるけど?」

 『より戦闘に特化した目的のロボットとして、人型ではなく恐竜型を目指すことになった。その結果、過去に戦闘において実績を残しているブイレックスを参考にするのが一番効率的だった・・・というだけの話だ。ダイラプターは決してブイレックスのコピーなどではない』

 一転して憮然とした様子で言うミスター・ボイス。

 『そもそも、ブイレックスは30世紀のロボットだ。いかに我々と言えど、千年先の技術で作られたロボットを完全にコピーすることなど不可能だ。現代の技術では解明不能な部分を代わりの技術で補い、ここまでの性能を達成することができた方を褒めてもらいたいものだな』

 「へいへい。別に文句を言ってるわけじゃない。素直にすごいと思ってるさ。特にあの動き・・・俺もブイレックスの記録映像は見たことあるが、あれに関して言えばブイレックス以上じゃないか? とても機械とは思えない。恐竜にロボットの着ぐるみを着せてるんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ」

 ドレイクがそう言うと、再びボイスは機嫌を取り戻したように言った。

 『あの動物同様の挙動は最大の自慢だ。秘密は人工筋肉にある』

 「人工筋肉?」

 『ブイレックスも駆動系には人工筋肉を使用していたが、これも現代の科学では再現不可能なものでね。代わりに、とある生物の死骸から取り出した筋肉の細胞を培養したものを使用したところ、こちらの想定以上の性能を発揮してくれた』

 「嬉しい誤算ってわけだ。ところで、その「とある生物」ってのは何なんだ?」

 『残念ながら、それについてはサージェス・ヨーロッパの最高機密だ。いかに君でも教えるわけにはいかないな』

 その後もドレイクはしつこくそれについて尋ね続けたが、ボイスは頑として答えを拒み続けた。





 「あのときボイスが言っていた「とある生物の死骸」ってのは、バクレンオーのことだったんじゃないのか・・・?」

 バクレンオー・・・いや、カルノリュータスとカスモシールドンもまた、悪の存在とはいえれっきとした爆竜である。そしてダイノガッツは、爆竜や竜人のようなダイノアースの生物に強く宿っている。その爆竜の筋肉が培養され、ダイラプターに移植されたとするならば、ダイラプターもまたダイノガッツを秘めていたのではないか。

 「都合のいい解釈かもしれねぇが・・・そうとでも考えなきゃ説明がつかん。いや・・・今は説明なんかどうだっていい。いけるな、相棒!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 ボウケンレイダーに応えるように力強く吼えるダイラプター。

 「おのれ・・・何をしたかは知らんが、その程度の力で我に敵うと思うな!」

 忌々しげにそう言いながら立ち上がるバクレンオー。しかし、ボウケンレイダーは不敵に笑った。

 「Go ahead,make my venture(やってみな、楽しませろ)!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 ボウケンレイダーがそう言った直後、ダイラプターは咆哮を上げ走り出した。

 「バカめ! 自ら焼かれに来るか!」

 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!

 バクレンオーは嘲笑い、胸から超高熱の火炎をダイラプターめがけて放射した。ダイラプターはその火炎の中に、真正面から突っ込んでいった。が・・・火炎はダイラプターの全身をつつむダイノガッツの輝きに触れると、触れるそばから散らされるように消滅していく。

 「な・・・なにぃっ!?」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 ドガァァァァァァァッ!!

炎を突き破り、バクレンオーの目の前にダイラプターが現れる。そのままの勢いでダイラプターが繰り出した頭突きをまともに食らい、バクレンオーは吹き飛ばされた。

 「ぐぅっ! おのれぇ!!」

 足を踏ん張りかろうじて倒れることを免れたバクレンオーは、両手から次々に火炎弾を放った。だが、ダイラプターは俊敏な動きでそれをかわしながらバクレンオーに迫ると、その直前でジャンプした。そして空中で宙返りを切りながら、赤熱した足のクローをバクレンオーの頭上に振り下ろす。

 「ええいっ!!」

 とっさにシールドを構え、それを防ごうとするバクレンオー。だが・・・

 ズバァァァッ!!

 真一文字に振り下ろされたクローは、カスモシールドンの頭そのものである盾を、紙でも切り裂くかのように真っ二つに切り裂いてしまった。

 「なにぃぃぃっ!?」

 易々と守りを崩されたことに衝撃を受けるバクレンオー。その隙を見逃さず、ダイラプターは着地すると同時に右足を大きく踏み込み、それを軸足に全身を大きく振るった。

 ドガァァァァァァァァァァッ!!

 「グオオオオオオオオオオッ!!」

 猛スピードで振るわれた尻尾の一撃がバクレンオーの腹を直撃し、バクレンオーの巨大はさながらホームランボールのように高く打ち上げられ、はるか遠くに墜落した。

 「よっしゃあ! さすがは俺の相棒だ!」

 拳を突き上げて叫ぶドレイク。と、そのとき

 「ドレイク!」

 ヴィヴが彼らの下へと駆け寄ってきた。

 「わらわも力を貸すぞ!」

 「馬鹿、下がってろ! その怪我じゃ無理だ!」

 「いや、退かぬ。わらわにはわかる。そなたの諦めを知らぬ強き心が、その機械竜の秘めたる大いなる力を呼び覚ましたのだ。ならばわらわも諦めるわけにはいかぬ。我らの力を合わせれば、あ奴を封印ではなく完全に滅ぼし去ることができるやもしれぬ。そのためならばわらわも、命を賭けよう。そなた流に言うならば、わらわも冒険をしたくなったのだ」

 「・・・!」

 ヴィヴのその言葉に、ボウケンレイダーは驚いたが・・・

 「ヘッ・・・そうだ、そいつが冒険魂って奴だぜ、ヴィヴ。その冒険、俺達が乗らねぇわけにはいかねぇな。そうだろう、相棒!!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 マスクの下でにやりと笑みを浮かべるボウケンレイダーと、咆哮を上げるダイラプター。

 「おのれぇぇぇ! 我はアングラウグ、竜の中の竜! 機械仕掛けの竜と子供の竜ごときになめられてたまるものか!!」

 ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!

 怒りの叫びと共に立ち上がったバクレンオーは、全身から業火を燃え上がらせた。その様は、さながら炎の魔神である。だが、その姿を前にしてもボウケンレイダー達の心には恐れは全くなかった。

 「機械の竜よ。今こそそなたに、わらわの力を与えよう。ともに黄金の邪竜を打ち倒さん!」

 パァァァァァァァァァァッ・・・!

 その言葉と共に、ヴィヴの体が赤い光の粒子となって散っていく。そしてそれは、ダイラプターの全身に纏いつき・・・

 ジャキィィィィィィィィン!!

 ダイラプターの装甲上で結晶と化した赤い光が、鎧のようにその全身を覆っていく。さらに背中には宝石状の結晶でできた赤い一対の翼が広げられる。そして最後に、ダイラプターの額にヴィヴのそれと同じ、一際大きく透き通った真紅の宝石が現れる。

 「今、わらわは魂魄共にそなたらと共にある。いざ、参ろうぞ!」

 「ああ! ダイラプター、命令なんざ必要ねぇ、てめぇのやりたいようにやれ! それが俺たちの冒険だ!!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 ダイラプターは咆哮を上げると、翼を羽ばたかせて大空へと飛翔した。

 「死ねぇ!!」

 全身を包む炎を火炎弾として次々にダイラプターへと放つバクレンオー。だがダイラプターはめまぐるしい空中機動で華麗にそれをかわすと、バクレンオーの頭上で大きく翼を打ち下ろした。その翼からナイフのように鋭い羽根状の結晶体が雨のように降り注ぎ、バクレンオーの体に次々に突き刺さると連鎖的に爆発を引き起こした。

 「グオオオオオオッ!!」

 思わずバクレンオーが怯んだその隙を見逃すダイラプターではない。急降下して地面すれすれで水平飛行へと転じると、猛スピードでバクレンオーへと突っ込み、強烈な体当たりでバクレンオーを空中へと吹き飛ばす。さらに再び空へと舞い上がり猛スピードでそれを追いかけると、バクレンオーの目の前で、サマーソルトキックを繰り出すように猛スピードで体を縦に一回転させる。振り上げられた尻尾の一撃によって、バクレンオーはさらに空中高く舞い上げられる。そして・・・

 「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ドガァァァァァァァァァッ!!

 さらにその先に先回りすると、ダイラプターは渾身の蹴りをバクレンオーに叩き込んだ。

 「グオオオオオオオオオオッ!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 ほぼ一瞬で大空から地面へと叩きつけられたバクレンオーの体が、その衝撃によって全身を地面にめり込ませる。

 「グホォッ・・・! バ、バカな・・・最強の竜であるこの我が・・・!」

 「ドレイク!」

 「ああ! 今だダイラプター! トドメにでかいのぶち込んでやれ!!」

 ギャオオーーーーーーーゥ!!

 咆哮を上げ、荷電粒子砲発射モードへと移行するダイラプター。さらに背中の翼が大きく広げられ、全身を覆う結晶が真っ赤な輝きを放つ。ダイノガッツの黄金の輝きと、ヴィヴの放つ魔力の紅い輝き。二つの光が混然となって混じりあい、その輝きが最高潮に達し・・・

 「ドラゴニック・インフェルノォォォォォォォッ!!」

 ズバァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 荷電粒子とダイノガッツ、魔力の三つが合わさった超エネルギーの奔流が、ダイラプターの方向から迸り、バクレンオーへと襲いかかる。

 「こ、こんなことがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ドガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!

 視界が光に包まれた瞬間、アングラウグの意識もまた、その光の中へと溶けていった。





 ズンッ・・・!

 翼を柔らかく下ろしながら、静かに着地を遂げるダイラプター。

 「よっと」

 その頭上から地上に飛び降りると、ボウケンレイダーはいまだ立ち上る黒煙を見つめた。ただし、炎はすでに見えない。ダイラプターのドラゴニックインフェルノは、一瞬にしてバクレンオーの体の燃えるべきものを全て燃やし尽くしてしまったのだ。その威力は、ボウケンレイダーにとっても信じられないものだった。

 「終わった・・・んだよな?」

 すると、ダイラプターの翼と全身を覆っていた赤い結晶が光となって散り、それらはボウケンレイダーの隣へと集まって、少女の姿となった。

 「うむ。アングラウグの魔力が消え去るのを感じた。器もろともこの世から消滅したのだ。これもそなたらのおかげだ。礼を言うぞ、ドレイク、ダイラプター」

 そう言われたボウケンレイダーは、変身を解除した。

 「よせよ。別に人助けのためにやったんじゃない。俺にとっちゃこれもただの冒険だ。そうだろう、相棒?」

 それに応えるように、元の姿へと戻ったダイラプターが啼いた。と、そのとき、ドレイクのレイダーブレスが音を発した。

 「・・・あの野郎、全部終わった今になって連絡寄越しやがって・・・」

 悪態をつきながらレイダーブレスのスイッチを入れるドレイク。

 『ずいぶんと派手にやってくれたな、ドレイク』

 開口一番ミスター・ボイスはそう言ったが、ドレイクはふんと鼻を鳴らした。

 「苦情は一切受け付けないぜ。元はと言えばサージェス・ジャパンや日本政府に黙ってあんなものを拾って隠してきたあんたが悪い。おまけに俺たちにまでろくな情報を与えないままこんな仕事を押し付けたんだ。この程度で済んだことを感謝してほしいぐらいだぜ」

 ドレイクはそう言うと、ボイスの目の前に人差し指を突き付けた。

 「一週間だ。このあときっかり一週間、俺は休ませてもらう。その間、何があろうと俺は絶対に仕事はしない。本当は一ヶ月は休みたいところだが、これでも一万歩は譲って妥協してやってるんだ。それでも応じられねぇってんなら勝手にしろ。クビでもなんでも好きにしやがれ。その代わり、今回の件をしかるべきところにぶちまけるからな」

 有無を言わさぬ断固とした調子でボイスに要求を突き付けるドレイク。

 『わかったわかった、君の要求は当然のものだ。全面的に受け入れよう。ただし、それは今君のすべき仕事を完全に果たしてからだ』

 「・・・」

 『それが何かわからないわけではあるまい? それとも・・・情が移ったかね?』

 「・・・まさか。こう見えて俺はプロフェッショナルなんだ。私情と仕事の切り分けぐらいついている」

 ジャキッ・・・!

 そう言うとドレイクは、いきなりカイシューターの銃口をヴィヴの目の前に突き付けた。

 「・・・説明はしてくれるのであろうな?」

 ヴィヴは表情一つ変えずそう言った。わざわざドレイクが説明せずとも彼女がその理由を理解していることはわかっているが、礼儀としてあえてドレイクは答えた。

 「ああ。とはいっても、大して難しくもない単純な話だ。要は、サージェスが集める「宝」の定義についての問題だ」

 ドレイクはそう言った。

 「サージェスの言う「宝」には、古代文明の遺物、知られざる財宝、その他人類にとって貴重なもの全てが含まれる。それらを見つけて保管し、次の世代に引き継ぐことがサージェスの活動目的だ。問題はその「宝」なんだが・・・これはなにも、「モノ」に限らない。「絶滅寸前の動植物」も、サージェスにとっては立派な「宝」なんだよ」

 「やはりそういうことか。その定義で言えばヴィーヴル最後の生き残りであるわらわは、まさに秘宝中の秘宝というわけだ。まぁ、至極当然の評価であろうな」

 銃口を突き付けられながら、ヴィヴは満足そうに笑って見せた。

 「秘宝どころかれっきとした生きたプレシャスなんだよ、お前は。お前から観測されるハザードレベルは、強制回収と封印の対象となる基準値を余裕でぶっちぎってるんだ。悪いが、俺としては力ずくでもお前を封印しなきゃならない」

 すると、ヴィヴは意外な答えを返した。

 「別に力ずくでかかる必要などなかろう。最初からわらわは、アングラウグを再び封印したら世界の終わりまで眠りにつくつもりだった。だが、そのアングラウグは滅びた。もはやわらわがこの世で為さねばならぬ使命はない。そなたらがわらわを封印したいというのであれば、わらわも別にやぶさかではない」

 「お・・・おいおい、いくらなんでも潔すぎやしないか?」

 「自分から封印すると言っておきながらなにを狼狽えておる。 ・・・しかしまぁ、かつては神と崇められたヴィーヴルたるわらわが、おとなしく人に従わねばならぬという法もあるまい。そこでだ・・・」

 ヴィヴはそう言って、ドレイクのレイダーブレスを見た。

 「そこの漏斗頭よ、聞こえているのであろう?」

 『漏斗頭ではないのだが・・・何かね?』

 「そなた、この男の雇い主なのであろう? どうだ、この男と同じようにわらわを雇ってみる気はないか?」

 「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!」

 突然ヴィヴがそんなことをボイスに持ちかけたので、ドレイクは慌てた。

 「おいこら、いきなり何を言い出すんだこの野郎!」

 「この男がどれほどひねくれているかは、短い間ながらも行動を共にしてよくわかった。こんな男の手綱を握って言うことを聞かせるのは並大抵のことではあるまい。少なくとも、今のようにこの男を一人で好き勝手にのさばらせておくのはいくらなんでも無理があろう。そこでだ、わらわをこの男の目付け役として雇う気はないかと申しておるのだ」

 「こらこらこらこらこらこらこらこらこらこらこら!!」

 「わらわの力は既に見てもらった通りだ。この男が行き過ぎたことをしでかそうとしても、わらわならそれを止めることができる。それに、わらわにこの男を見張らせるのとともに、この男にわらわを見張らせれば、わらわはそなたらの管理下にあるという大義名分が立つであろう」

 『・・・ふむ』

 「待て待て待て! あんたも何乗り気になってるんだよ!」

 『私が君のサボタージュや独断専行に悩んでいたのは事実だし、君をこのままワンマンアーミーとして活動させてよいかどうか、再考の必要性を考えていたところだ。彼女の提案は、非常に理にかなっている』

 「だからって、ドラゴンを俺のお目付け役にするつもりか!」

 『君の監視役が普通の人間に務まると思うかね? それに、前例を問題にしているなら心配はいらない。ボウケンジャーのイエローはレムリア人の末裔だし、シルバーは人間とアシュのハーフだ。ドラゴンを雇ったところで問題はない』

 「俺にはあるんだよ!」

 『・・・よいだろう。命芽吹く春に生まれ暖かき風と共に凍てついた魂に再生をもたらす優しき娘。君の提案を受け入れ、サージェス・ヨーロッパは君を雇用しよう。詳細な契約条件の交渉と正式な雇用手続き、その後の訓練等諸々はあるが、きっと満足のいく待遇を提示できるだろう』

 「うむ。よきにはからえ」

 『と、いうわけだドレイク。近いうち、彼女が君のパートナーとなるからよろしく頼む。今回の件について報告書の提出は休暇のあとで結構だが、リンカーン島のドッグへのゴーゴーガレオンの入渠は忘れずに行っておくように。それでは』

 「あ、おいこら待て!!」

 ドレイクは慌ててそう言ったが、ボイスのCG映像が消えるのと同時に、通信もまた途切れた。

 「あの野郎・・・! おいこら、お前が突拍子もないこと言い出したおかげでとんでもないことになっちまったじゃねぇか!!」

 「わらわは自分のやりたいようにやったのみだ。そなたに口出しされるいわれはない。他人への口出しは嫌いなのであろう?」

 「俺の満足を妨げない範囲でと言っただろうが!」

 「男がいつまでもガタガタと言うでない。こういうときは「面白くなってきた」と考えるのが、冒険者というものなのであろう?」

 にやりと笑ってそう言うヴィヴ。自分の言葉尻をとられたドレイクは、思わず言葉に詰まったが

 「・・・勝手にしやがれ」

 ふてくされたようにそっぽを向いてそう言った彼を笑うように、ダイラプターの発した鳴き声が、晴れ間の覗きつつある空に響いた。


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