その日は世界に光が落ちました。

 その日は世界中の人々が、炎となって消えていきました。

 人々が生み出したものはほとんど消え去りました。

 人々が生み出した矛盾もほとんど消えました。



 食べ物も消え去りました。

 洋服も家も全て消え去りました。

 学校も消えてしまいました。

 友達もパパもママも、みんな消え去りました。

 「あいつ」によってここにいた私だけが残りました。



 「あいつ」はいなくなりました。

 いつも「心配するな」とか、「君を守る」とかいって私を困らせた、「あいつ」はもういなくなりました。

 「あいつ」の仲間もいなくなりました。

 どこに行ったのかは分かりません。

 でもただひとつ確信できることがあります。

 それは「あいつ」のおかげで私は生きているのです。

 「あいつ」は私のために色々とやってくれました。

 「あいつ」はもういませんが、私は「あいつ」の戦いをよく覚えています。

 なぜならあいつは、仮面ライダーだったからです・・・・・

 <西暦2005年3月6日>




 〜西暦2108年 旧日本第4ポイント〜
 〜トーキョーの廃墟跡から発掘された、レジスタンス初代指導者の日記〜


















ζライダー

Misson April −300年後の仮面ライダー−











 時は24世紀。

 人類はかつて夢見てたバラ色の未来とは対極の、300年以上に及ぶ戦の時代を繰り広げていた。

 後の歴史家に言わせれば「人類史上最も長く辛く、そして悲惨な300年間」と評される。または「暗黒の300年間」、「機械帝国攻防時代」、「人類3世紀戦争」などという標語で言われる時代であり、独創性を求めるがゆえにその標語は統一性と独創性に欠けてしまっている。

 だが、いずれにせよこの戦争は有史以来最悪を極めたと評するのはいずれの批評家も一致している。というのは人類が過ちを犯したのは正しいのだが、彼らが闘っていた相手が同じ人類ではないからだ。それは人類と人類が戦ったのではなく、人類と機械が壮絶な戦いを、300年間行っていたのである。



 事の発端は西暦2005年、人類は自立型OS「IQミリオン」を発明した。

 これは人が夢見ていた「自立思考型ロボット」、俗に言う感情をもつロボットを作り出すのに必要なものである。自ら行動パターンを確立し、問題を解決し、そして有効な解決策を提示、発動する機能を持っているのだが、なぜかそれは公に公表されることはなかった。

 なぜならそれは、「とある存在」がハイテク化が進む戦争に使おうとしたコンピューターウイルスの一種で、これで世界を手玉に取ろうとしたのである。これには諸説あり、実は地下組織が作ったハイテク兵器を無力化して強引に得意なゲリラ戦闘に持ち込むためだとか、テロ組織が作っただとか、いやいや企業が脅迫を目的に作っただとか、果ては「武器なき平和」のためにやっただとか、世界征服を目論む悪の組織がやったんだとか、はっきりしない。それは”彼ら”が徹底してその存在を秘匿したためであるのだが、IQミリオンは”彼ら”の制御を離れて暴走を起こしたのである。

 標準時2005年3月10日未明、IQミリオンは突如暴走を起こした。世界中の軍事コンピューターをのっとったのである。”彼ら”はIQミリオンに「世界を征服せよ」と命令したらしいが、それが何の間違いなのか、軍事力の高い国家を対象とした世界各都市に核ミサイルの嵐を降らせたのである。確かに征服するのに最も邪魔な軍事力を排除するというのはあながち間違っていないのだが、いかに凶暴な人間でも眉をひそめかねない行為が現実のものとなったのだ。核兵器の恐ろしさを知らぬ人類は無慈悲に核の炎で痛覚も自覚せずに蒸発し、そうでない者もやがて訪れる放射能でもだえ苦しみながら死んでいく。

 土地も放射能で毒され、同時に土壌もつかえなくなったために作物も枯れていく運命になる。水も汚され、空気も汚され、あらゆるものが汚され、海はヘドロのような緑色の、粘着性のあるドロドロとした状態となった。当然、魚など、住んではいない。これら第一次産業がすべて破綻した状況下で食糧難が起こり、連鎖的に第2次産業や第3次産業も破綻することとなった。この耐え難い現実から目をそらすために人々は暴徒と化し、世界は荒廃しきっていった。

 かくして人類は60億人の人口は、わずか1ヶ月で10億人弱にまで激減したのである。
 無論このコンピューターを生み出した”彼ら”も、その巻き添えを食って死に絶えていった。



 いつしか自我を持ったIQミリオンはまず、わずかに残った都市部のコンピューターを占拠し、同時に残っていた兵器をのっとり、わずかに残った人類を殲滅すべく動き出した。この戦に反省して互いに罪を認め、互いに協力して生き残るのが筋なのに、よもやわずかな餌をめぐって醜く争う時代、もはやこの地球にとって人類はただのゴキブリ同然と認知したのである。すでに戦うすべを持たぬ人類は流浪の逃避行を続け、また降伏した者は強制労働で死ぬまで苦しむ運命を甘受せざるを得なかった。またはIQウイルスの媒介としてその肉体を取り込まれて「ミュータント」に変貌し、アナロジー的思考を得るパーツとしても扱われ、まさに家畜同然の扱いを受けた。

 彼らに抵抗するものもいた。アジアで「発展途上国」と呼ばれていた国家の生き残りである。

 IQミリオンは巨大国家の軍事力を優先して彼らを襲わなかったのだが、復讐心に燃える人類の生き残りに苦戦を重ねることなどない。機械をのっとる彼らは容赦なく、残された核兵器や細菌兵器の類で皆殺しにしたのである。人道主義の概念が存在しない相手にとって核兵器や細菌兵器など、効率の良い殺戮兵器である。この1年間、後に言われる「デストロイド・イヤー」で、当時の総人口の50パーセントである、およそ5億の人類が死に絶えるというおぞましい事実が現実のものとなる。

 かくして抵抗する組織を壊滅したIQミリオンは地球を手にし、事実上地球の王者となった。

 だが人類は一向に滅ばなかった。

 いくら核を撃ち込んでもゴキブリのようにしぶとく生き残るのだ。半径100キロ圏内を放射能汚染にしても、まるで雑草のごとく再び生えてくる。このしぶとさのあまりにネオプラントは考えを改めることとなった。



 元来IQミリオンは人類を絶滅することのみを考えていたのだが、生け捕りにした人間や資料などから、その考えを改めたといわれる。地球を征服するために人間を滅ぼすのは効率が悪い、ならば人類を奴隷にしてしまえばいいではないか・・・。かくしてIQミリオンは単一国家「ネオプラント」を立ち上げたのである。これは支配者がIQミリオンと被征服者が全て人間だけという、史上類を見ない異常すぎる国家であった。人類は豚のような扱いを受け、ある者は生きたまま火の中に放り投げられ、またある者は細菌兵器で容赦なく抹殺された。亡命を試みる政治家は特にむごい殺され方もされ、弱い人間は意味のない強制労働を強いられていった。

 かくして組織として強大な力を効率的に扱うすべを覚えたネオプラントに抵抗しても無意味であった。むしろ抵抗は死を早めることとなった。全身が装甲に覆われて銃を持ったロボットに対抗する術は、非力な人間にあっただろうか。








 この絶望的状況の中で光明が生まれた。西暦2021年6月7日、一人の女性が立ち上がったのである。

 名を浅岡成美という。当時35歳の彼女は、アジアの極東の日本で人類統合体、通称「レジスタンス」を立ち上げてネオプラントに戦いを挑んだのである。当初彼らを過小評価していたネオプラントはその代償を高く買うことになる。彼らネオプラントは機械をのっとってしまう『IQウイルス』を持っていたが、それが通じない新たな概念の機械を使い出したのである。

 吸収しようのない強力な兵器、生き残った人類の援助、そして浅岡成美はその類まれなる指導力と戦略戦術でレジスタンス結成1年で日本を奪還、3年で朝鮮半島を奪還、10年で中国全土を奪還、13年で東南アジアを奪還していった。その勢いたるものすさまじく、人類はにっくき機械の手から地球を取り戻せるかに見えた。

 しかし西暦2046年11月29日、事件が起こる。

 インド地域の戦略拠点を解放した時に、彼女はとある強制収容所を訪れた。幾度となく彼女はネオプラントの暗殺の手を退けていたが、今度は捕虜の人間に擬態した生体兵器・・・俗に言う怪人が彼女の腹部を貫いたのである。護衛の兵士の正射で生体兵器が致命傷を負ったその直後、体内にあった爆弾が爆発、収容されていた300人諸共、吐血しながらもだえ苦しむ浅岡成美は誰にも見取られることもなく無残に爆死、肉体は文字通りこの世から消滅したのである。享年60歳であった。そのすさまじい死に方にレジスタンスは戦慄し、また同時に怒りに燃えた。

 以後レジスタンスはその復讐心からネオプラントと激しい戦闘を続けていたが、浅岡成美という強力な指導者を失った彼らは以前より求心力を失う結果となった。それは彼らの間に裏切り者が出てきのである。ネオプラントと通じた内通者が集まりだし、一つの企業を作ったのであった。

 名を「支援企業バルラシオン」という。

 彼らはレジスタンスと比べればパワーバランスが10倍以上小さいが、そのテロ作戦でレジスタンスを攻撃したり、ネオプラントに情報提供をしたりと、水面下での活動を生業とした企業である。この人類に対する理的行為を手土産に、彼らネオプラントと共存の道を歩もうとした、人類の裏切り者が出現したのである。一説には壊滅したとされる「悪の組織」がその野望を果たすために行った行為とされているが、真相は定かではない。またネオプラントは自分に味方をする人類を受け入れるような素振りを見せたので、ここに人類と機械との、奇妙な協力体制が出来上がったのである。バルラシオンは実体のない企業で根拠地がレジスタンスの領土内で把握できなかったため、攻撃しようのない敵の登場でレジスタンスは悩まされることになる。

 応用力の聞かないネオプラントと、攻撃をしては休憩を繰り返すレジスタンス、その休憩の合間を縫ってテロ活動を行うバルラシオンというパターンがいつしか確立され、レジスタンスは徐々にではあるが各地域を解放したが取り戻され、の繰り返しを続ける、不毛の300年が続いていた。いつしかレジスタンスの内部関係者も企業と癒着を行い、警察組織は暴行事件を続け、子供は親を殺し、親も子供を殺す。人類の未来は混迷を極めつつあった。

 人類を導くレジスタンス指導者も、いつしか世襲制となり、「浅岡」の姓を持つものは理不尽にリーダーに奉られるた。権力などほとんど持たない、いうなればただのお飾りである。軍事権も政治権も何ももてない、唯一出来ることは民衆に対して手を振り上げたり、用意された演説を歌い上げる程度のお粗末な様である。これもバルラシオンの仕業とされるが、証拠は存在しなかった。



 だが西暦2295年、一人の天才が誕生した。

 名を浅岡真樹という。軍学校で神童と言われるほどの成績を誇る士官候補生であったのだが、先代リーダーがバルラシオンの爆破テロで死亡したために当時若干20歳でレジスタンス指導者になり上がった経緯をもっていた。しかし彼は就任と直後にクーデターを敢行、瞬く間にレジスタンスの独裁権を手にしたのである。

 レジスタンスの害となるものは容赦なく、いきり立つ者は牢獄が待っていた。がたがたとなったレジスタンスの経済や兵力を再編成し、その政治力で混迷を極めていた民衆は「解放者」と賞賛するに至った。独裁権を手にした翌年には総選挙を実行、レジスタンス独裁者から「大統領」となり、漠然としていた「レジスタンス」という名称を「地球政府」という名称に変えることとなった。ただ「レジスタンス」という呼称が人々に浸透しすぎたために、いまだに「レジスタンス」とも言われ続けていたのだが・・・。

 国力を立て直し、兵力を再編成したレジスタンスは、浅岡真樹大統領就任3年目でネオプラントに侵攻を開始した。当初牢獄にいた政治犯は「若造に何ができるか」「人気取りの無能」とたかをくくっていたが、真樹は彼らの予想を大きく裏切った。彼は浅岡成美以来の戦術戦略の天才で、反撃の間も与えずに次々に各都市を奪還していったのである。就任5年目でアフリカ全土を解放、就任10年で中東・及びヨーロッパを解放、14年目には北アメリカ、及び南アメリカ大陸の全土の解放に成功したのである。人は彼を「戦神」と呼び敬服し、バルラシオンによる相次ぐテロは文字通り一件たりとも起こらず全て未然に防がれて逮捕者が続出、ネオプラントは崩壊の局面に立たされた。



 そして時はもう少し経ち―――――





















西暦2312年1月20日午前5時未明
旧モ
スクワ都市要塞 都市防衛システム管理ビル54階




 一人の男がいた。

 年は若く、大体15か16だろうか。

 顔は日本人のようだったがその目は鋭く、青少年とは思えぬ光を灯していた。

 防弾性の高い黒い潜入服はぴっちりと体のラインを現し、その鍛え上げられた肉体を鼓舞している。頭部には額と後頭部、および頬を守る強化錬成プラスチック製のヘッドギアをしていた。

 彼が歩んでいるダクトの外には物騒な火器を装備したロボットたちが所狭しと歩んでいる。見つかればおしまいである。だが決して冒険心から危険を冒しているわけではない。

 彼にはある命令が与えられている。

  「都市要塞軍事コンピューターの無力化」という重要な任務だ。西暦2166年に要塞として改造されたモスクワ都市要塞は難攻不落を誇り、過去に20回の侵攻作戦がすべて失敗に終わっている。その原因としてモスクワ都市要塞の数千の火砲に加えて5万に上る機甲師団、補給体制の確立、付近にある都市との連携のための都市交通システム、射程1万キロに及ぶ戦略戦術ミサイルシステム、対戦略兵器用の防空システムやバリアシステム・・・どれをとっても無視できない戦略基地である。ここまで無敵を誇る要塞を攻略するには内部に侵入して中枢コンピューターをのっとるか破壊するしかない。

 今、彼が歩んでいるのはダクトである。元々老朽化が激しいビルであるために屈強な男で潜入しては崩れ落ちてしまう。そのために潜入兵の条件は必然的に小柄な兵士に限定される。

 が、小柄な潜入兵は全員治療中で任務に耐えられない有様であった。そこで小柄な少年兵が抜擢されるわけだったが、基本的に潜入の経験が皆無もしくは不足で、技術的にもメンタリティー面からも不安な少年兵ではこの任務を遂行できない。

 しかし体重60キログラム台の、しかも大人と比べれば小柄な彼ならばこの任務に適任であった。しかも彼は8歳のころから、本人が言うには6歳のころから戦場で戦っており、8〜10年以上の戦闘経験を持つエキスパートである。他の少年兵では不可能な、だが少年兵でなければできない任務だったために彼が抜擢されたのである。

 いま彼の目には暗視スコープがつけられている。さらに腰には55口径低反動リニアハンドガンと10ミリ口径低反動リニアマシンピストルと予備マガジンが4つ、彼の黒い戦闘服には大型のコンバットナイフに発火装置搭載の手投げナイフ6つ、手榴弾が6つ、チャフ・グレネードが7つ、その他潜入に必要なものがごっそりと入っている。まさか敵も崩れ落ちそうなボロのダクトから潜入するなど、思っていない。第一崩れるところから潜入できるなど、誰が思うだろうか。監視ロボットの厳重な警護の下でビル内に潜入するまでは苦労を重ねたが、潜入できた後は楽だった。発見されることなく彼は制御コンピューターがある54階にまで忍び込めたのである。もし未熟な、あるいは普通の潜入兵だったら間違いなく発見されている警戒レベルだったが、彼はそれを潜り抜けたのである。



 ボロのダクトの網をとって、彼は音もなく器用に制御コンピューター室に降り立った。

 そのコンピューターは旧モスクワ都市要塞の全防衛システムを受け持つ、まさに敵の心臓部といっても過言ではない存在である。敵はまるでこの部屋に敵など潜入できまい、と言わんばかりで警備兵がまったくいない。それだけここの警備に自信を持っている証拠であった。そんないい加減な警備システムに安堵した彼はあらかじめ持っていたディスクを差込んだ。

 <PASSWORD PLEASE>

 <gjkals;rowierl,km8>

 諜報部が苦労して入手したパスワードを片手で入力すると、<OK COMMAND PLEASE>という文字が出てきた。彼は早速データの吸出しをし、そしてコンピューターウイルスの入ったディスクを挿入したその瞬間、



 「っが!」

 背中から腹部を貫くような感触があった。振り向いたところには対人ロボットの右腕に装備されている単発式銃の銃口が煙を上げている。

 火薬を使っているからではない。電磁石の発熱で煙が上がっているだけだが、その発射速度は火薬式銃とは比べ物にならないほどであり、威力も比例して高い。マシンガン式の連射性能の銃でないのは、その威力が高いために基地に与える損害も大きく、なるべく被害が少ないようにということで使われていないらしい。

 戦士の勘というのだろうか、彼は反射的に体を動かしたために急所をはずしたものの、肝臓と腎臓、そして肋骨を貫かれた現在では立つのがやっとであった。

 またそれを見逃してくれるほどロボットは甘くはない。続けざまに2.3発放ち続けてくるが、彼は陰に隠れて応戦した。

 ダォンダォンダォン!

 発射された3発全ての銃弾がロボットの頭部を貫通した。プラスチックと金属の破片が飛び散り、最後の一発がロボットの首の接続部を断ち切り、やがてロボットは動かなくなる。

 どうやら敵はこちらの二酸化炭素を検出して察知したようだったが、巡回していた一体だけであった。対人ロボットの厄介なところは、たとえ頭部を破壊しても全身いたるところにある電子基盤が一個でも無事ならば再生してしまうところである。もっとも時間は被害に比例して長くはなるが、頭を吹き飛ばしてもしばらく動かなくなるだけで、時間稼ぎ程度である。ましてや発信信号が一時途絶えれば、すぐに仲間がやってくるのは明白だった。

 男は激痛をこらえながらも光ディスクを持ち、入ってきたエアダクトからその場を離れた。ロボットが数体やってきて辺りを見回したが、すでにそこには姿はなかった。だが放出された二酸化炭素を探知したロボットたちは、ダクトに向けて集中攻撃をかけた。





 そのとき停電が発生した。レジスタンスの作戦が開始されたのだ。

 先ほどの工作員によって流されたコンピューターウイルスはビルというビルの防衛システムを完全に破壊し、また本来自動で開けられるはずのシャッターも手動であけなければならない状態であった。ロボットたちは自分の基地を壊すというプログラミングはされていないために何もできずにおたおたしている。

 ドガォン!

 ビルに衝撃が走る。ロケット弾が放たれたのだ。ビルの面々にある対地対空バルカン砲と、屋上にあった垂直発射式ミサイルランチャーと対地対空ミサイルランチャー、および仲間と連絡するレーダーはウイルスによって無力化された所を間髪いれずに、全て的確に、かつ一基残らず破壊され、ビル郡は丸裸になった。



西暦2312年1月20日午前5時05分
モスクワ南方300km 都市要塞攻略作戦本部


 時間は少しさかのぼる。

 各ライダー部隊が進撃を開始したとき、本部では彼らの動きが克明に記録されていた。

 「南方に展開されていた第2−1中隊は進撃を開始。特に目立った迎撃はなしということです」

 「左翼の第2−2中隊も進撃を開始」

 「右翼の第2−3中隊も進撃を開始しました」

 モスクワ都市要塞は、その名の通りにモスクワの都市を要塞として区画整理、迎撃兵器の配備をされた大規模な都市要塞である。全ての制御を司る中枢ビルの周囲には5つの防衛ビルが建てられ、そのビルの真下には奴隷として働かされている住民およそ20万人の居住地が存在しているために攻撃する側にしてみれば非常に攻めにくくなっている。

 さらにその居住地を取り囲むようにミサイル発射基地やロボット兵士駐屯地、砲台、地雷地帯、監視カメラなど膨大な軍事施設が建てられている。特に砲台として改造されたビル郡は、たとえミサイルであっても撃墜してしまう対空迎撃力を誇り、戦車や歩兵を駆逐するための砲台がハリネズミのように配備されている。これら堅牢な防衛体制が、過去12度行われたレジスタンスの攻略作戦を全て失敗に終わらせたのである。

 「第1−3中隊、突撃を開始しました」

 「第1−4中隊も突撃を開始、足並みをそろえています。」

 「第1−5中隊進撃開始。各中隊は時速320km/hで進行中、あと10分で敵要塞の防衛施設郡に接触できます」

 そこでレジスタンスは外部からの攻撃で都市要塞を制圧することが不可能と判断、内部から潜入工作員をつかった中枢ビルを完全に沈黙させる作戦に出た。これによって中枢ビルから指令や命令を受ける防衛部隊はまったく動けなくなり、残されるのは中枢ビルとは関係なく動く、武装の貧弱な巡回警備のロボットだけになる。これならばライダー部隊や一般兵士でも十分に相手ができるし、何しろ絶対数からしてこちらが圧倒的に有利となる。

 「第3大隊全軍侵攻開始。目標の砲台郡まであと5分で接触」

 「空挺ライダー部隊の突入飛行艇は、あと15分で中枢ビルに接触可能です」

 第1大隊、第2大隊、および第3大隊はそれぞれ5個中隊を率いて北方と南方、西方部の3方向を攻め込む作戦であった。だがこれは擬態であり、実際は第4大隊を乗せる全50機の強襲揚陸機が中枢ビルに肉迫、制圧するのである。既に工作員がコンピューターウイルスを流して全軍を麻痺させているが、さすがに一人で中枢ビルを制圧することは出来ないし、ウイルスで暴走したロボットを相手に戦うには貧弱すぎる、だからこそライダー部隊が突入して攻撃能力を持ったロボットを破壊する必要があったのであった。



 5分後、

 「第3大隊が砲台郡に突入しました!」

 「一部の砲台が暴走している模様、数名のライダーが砲撃を受けて死亡したという報告が入りました!」

 「第3大隊司令部に連絡、稼動している砲台を全て破壊、動いていない砲台も爆破せよ、それと後方に待機している第4から第6師団も戦線に投入しろ!」

 「了解!」

 第3師団、およそ20000人のライダー部隊は、最も攻め込むのが困難な砲台郡に突入を開始した。ここは”かつて”ヨーロッパから攻め込む唯一のルートであり、必然的に必要とされる軍が集まってしまう地形にある。そこでモスクワ都市要塞はこの近辺におよそ1000を数える対人、対物砲台を設置、侵攻するレジスタンス軍をことごとく迎撃したのである。



 さらに5分後、

 「第1師団が突入を開始!特に目立った迎撃はないとのことです」

 「第2師団も突入を開始しました!パトロールのロボットと交戦にはいったものの、死傷者は出ていないという報告が入っています」

 そう、レジスタンスはアメリカからロシアへ、北極を横断して北方から攻め込んだのである。さらに中東を制圧したために南方からの侵攻も可能となり、これによって3点同時攻撃を実現したのである。特に北方は敵領土、よもやこの地域からの攻撃などありえないと判断したために防衛体制は極めて手薄であった。この第1師団は都市軍を攻略する重要な任務を帯びているのである。



 そして5分後、

 「空挺部隊が中枢ビルに突入を開始しました!」

 「対空迎撃はまったくなかった模様、すでに1500名以上が突入を開始したという報告が入りました。」

 そしてこの突入部隊は、やはりアメリカから出立した部隊である。ヨーロッパから空挺部隊を突入させては感づかれてしまうために、アメリカ大陸からこっそりと進撃を開始する必要があった。当然敵の領空に入ってしまうために撃墜される危険性もあったのだが、その迎撃部隊の大多数はモスクワ都市要塞から出撃するものがほとんどなので、沈黙した要塞には迎撃をする力は残されていなかった。

 「あとは、時間の問題ということだな」

 「はい、では一般兵士の部隊を展開させて、残党殲滅および制圧後の防衛部隊として前進させますか?」

 「いやまだ早い。気温を考えろ、零下−10℃では兵士が凍りつくだろう。せめて9時から前進をさせる。」

 「は。」





西暦2312年1月20日午前6時00分
モスクワ都市要塞南方2km、ロボット兵士駐屯地


 「ちくしょう!まだ動いているやつがいる!」

 「動きはにぶい!一気にたたみかけろ!」

 まるでシャワーのような激しい銃撃がロボットに浴びせられる。一見すればリンチだ。

 ドゴンッ!

 「ぎゃあ!」

 ロボットの腕から放たれた30ミリ砲弾がライダーの胸を貫いた。鮮血が一瞬にして氷と化し、全身の水分を氷付けにした。即死するのがあたりまえなのに悲鳴が出たのはそのためである。

 「ちい!」

 ザゴッ!

 隊長とおぼしきライダーが、手に持っていたトマホークをロボットめがけて振り下ろし、真っ二つにしてしまった。

 この当時の「仮面ライダー」は、すでに個人プレーで戦うものではなく、集団による組織戦が基本となっている。彼らは皆改造されたというのではなく、いわゆるパワードスーツのような装甲服を着込んで戦う、特殊部隊としての意味合いが非常に強い。第一、一人一人改造してはコストがかかりすぎるし、何より倫理的問題や宗教的な理由、そもそもレジスタンスが人体改造を禁止していたことが主な理由である。

 また剣や斧などといった武器を持ち始めたのは、今のレジスタンス指導者の発案によるものである。それまでのライダー部隊は何故か素手による戦法しかされておらず、また衝撃がダイレクトに手足に来てしまうために骨折するものが後を絶たず、しかも相手は銃を持つ敵、どう考えても兵士の死傷率に多大な貢献をしてきたのである。彼らが着込む装甲服には力を倍化させる作用があり、素手で戦うのならば素手より有利に戦える武器を持たせればいいではないか・・・・・ということで彼らライダー部隊は剣やトマホークなどといった白兵戦用の武器を持つようになったのである。

 その判断は非常に正しかった。人間が発達してきた大きな理由は「手が使える」ことにある。手が使えるから道具が使え、いかなる猛獣も人間の銃で一蹴できる、それが人間を地球の支配者たるゆえんである。銃や剣などの白兵戦用の武器は重くすればするほど破壊力が増すのだが、人間の筋力に限界があったために、そして銃が発達していったために廃れていった。しかしいくら武器を重くしても力を発揮できるライダーならばその破壊力を維持することができる、銃を跳ね返す堅牢な装甲を誇るロボット兵士には極めて有効な手段であった。

 「進め!ここで出遅れたら作戦が失敗するのだ!」

 「オー!」

 そんなライダーらしくない彼らは、なぜライダーと呼ばれているのか。

 それは、彼らがここまで来たのがライダーたちによるものだからである。





同日午前7時

 第3から第6師団は全ての砲台の破壊に成功し、都市要塞の突入に成功した。すでに第1、第2師団は都市要塞の残された軍との交戦に入っており、第4大隊も中枢ビルの制圧が進んでいる。都市を囲む軍事施設に攻撃を仕掛け始めたのである。実際、素通りしてもかまわないのだが、都市制圧のためにやってくる一般兵士のためにも放っておくわけにもいかないため、次々に爆破する必要があった。だがその中でもかろうじて動くロボット兵士と戦わなければならない。

 だごんっ!だごごごごごごごごごっん!

 「ぎゃ!」

 「うげ!」

 [うお!?」

 ロボット兵隊の砲撃がライダー部隊に突き刺さる。彼らとて無敵ではない、30ミリの炸裂鉄鋼弾、それも初速マッハ5で放たれるのだ。その衝撃力と爆発力に耐える術は存在しない、すなわち人間の体を突き抜けてミンチにするのだ。

 「ひるむな、ウテェ!」

 だごごごごごごごごごっん!

 撃ち返すライダー部隊からのすさまじい量の火線が飛び交った。こちらの口径は15ミリと2分の1だが、100個集団から放たれる砲弾と、1000個集団から放たれる銃撃は根本的に火力が違う。赤い光がロボットの表面で不気味に輝き、そして爆発を引き起こす。

 「第3−4−8小隊、壊滅!」

 「第3−3中隊の損害率が3割突破!」

 「何をやっている後退させろ!敵は寡兵だ、何を手間取っている!?」

 「今までの圧倒的兵力に甘えるな!敵のもっとも分厚い部分に集中砲火をかけて一点突破を!」

 「各中隊、データ受信を確認しましたか!?データの指示通りに3分後にそのポイントに放火を集中させて!」

 「うご!?」

 「マウアーが、マウアーがやられた!」

 「一人死んだくらいで泣くな馬鹿野郎!」

 「リアロエクスレーターの支援砲撃を要請!」

 「後退後退!奴ら手負いの狼だ!」

 「手負いなら仕留めるのが楽だろう!何をやっている!」

 「リアロエクスレーターに頼るな!男なら機械なしで戦え!」

 「私は女よ!」

 「男だろうとナンだろうと知ったことか!」

 「ばらばらに攻撃をするな!火力の密度を上げて集中攻撃しろ!」

 「そんな曲芸できるか!?」

 「データプラン開始まであと30秒!」

 「ポイントにいる部隊はさっさと後退しろ!味方の攻撃で死にたいのか!?」

 「んなわけねえだろ!ゲイツのクソ隊長が足やられてんだ!」

 「そうだ!とっととほっぽりだしてえけどそんなわけいかねえだろう!」

 「味方を見殺しにするのか!?」

 「とっととその隊長をポイントから放りだせ!」

 「3・・・2・・・1・・・データプランの作戦時刻です!」

 「各中隊は所属する小隊へ指示を与え、ポイントに向けて一斉攻撃!突破口を開いたら突撃をかけて分断させろ!」

 「攻撃開始!ポイントに向けて一斉射撃しろ!ウテェ!」

 もはや戦場は混乱の極みである。





 一方、中枢ビルでも似たような状況であった。

 「ひぎゃ!」

 一人のライダーが被弾、装甲を突き破って階段の踊り場に転落、その光景を見た14人は戦慄した。

 ライダー部隊総兵力2000名は、すでに中枢ビルの20階までの占拠に成功したのだが、21階の中央階段で激しい攻防戦が繰り広げられていた。予想以上にコンピューターウイルスの侵食が激しく、ロボットたちが暴走をしているのだ。いうなれば暴れまくる猛牛に苦戦している闘牛士、ここまで来るのにおよそ121名のライダーが死亡している。

 「ちくしょう!何が敵部隊がウイルスで沈黙したってんだ!?バリバリ動いてんじゃねえか!」

 「そもそもこいつらってウイルスで動いてんだろ!根本的に間違ってんじゃねえか?」

 「ダベッている暇あったら早く撃て!」

 隊長にせかされてショットガンを乱射、強烈な散弾が階段を穴だらけにしていく。

 「でたらめに撃つんじゃないよ!」

 ざごっ!

 ロボットが脳天から真っ二つに切り裂かれた。いつの間にか4人の後方から1人のライダーが跳躍している。

 ざごっ、ざごん!

 「・・・・・!」

 「なにやってんの!?突破口開いたんだからさっさと行く!」

 神業であった。巨大な斧を持った一人のライダーが、踊り場から跳躍して、21階にいたロボット兵士を立て続けに3体、破壊したのだ。あまりにも早い動きだったために反応も反撃の余地もなく、切り伏せられたのである。普通だったら大口径の火器に怯んで特攻も出来ないという状況にも関わらず、である。

 「りょ、了解!」

 それ以上に4人が驚いたのは、その声が女性の声だったということである。

 「40階のビルまであと19階よ、一気に突破するよ新人仕官さん!」

 「お・・・おう」





 さらに場所が変わり第1大隊、こちらは少し事情が違っていた。

 「早く、早く!急いでくださぁい!」

 大勢のボロ布を着た、見るからに貧相な人たちがライダーにせかされて走り、トラックに押し込められていく。満杯になったトラックはいそいそとその場を離れていき、また別のトラックが到着、その繰り返しの光景が広がっていた。

 「第3−1から3−3中隊の報告は?」

 「すでに防衛用の施設は沈黙したとのことです。死傷者、負傷者共にゼロ」

 「よし、こうも首尾よく行くとはな・・・」

 領土内であるがゆえに装備、警備が非常に手薄な北部地域は、完全に第1師団の手中に収められていた。防衛ビルは破壊され、トーチカも、警備ロボットも破壊された。密度の高い防衛システムが存在する東方や、地雷地帯で侵攻が難しい南方部と比べて北方は、明らかに楽なルートであったつまり敵の注意をそちらに向けて、こちらは人質を解放するのが目的なのだ。

 「捕虜の収容率は?」

 「およそ83%、あと30分で完了します!」

 北方部の目的は捕虜の救助である。第2大隊が本格攻撃を始めるには、つかまっている住民や捕虜が邪魔になる。だからこそ第1師団は彼らを収容して戦域外へ避難させなければならないのだ。第2師団は今作戦内において火力が最も充実した部隊だが、地雷原が邪魔であるために侵攻が非常に遅い。ウイルスが効いているうちに中央部まで侵攻したら、北方の第1大隊と共同して5つの防衛用高層ビルを完全破壊するのが第2目的でもあった。

 「急げよ。」

 「了解」

 いそいそと作業を進めるライダー部隊であった。





西暦2312年1月20日午前8時20分

 「第2大隊が到着、0830時に攻撃をかけるという伝令がやってきました」

 無線封鎖がされているので、伝令のライダーが必要なのである。

 「よし、こちらも0830時に攻撃をかけるぞ、ミサイルランチャー部隊を!」

 「了解、ミサイルランチャー部隊、ターゲットを高層ビルの真下!」

 「了解!」

 「了解!」

 各中隊に命令が伝達される。5つの防衛用高層ビルは、5つあるうちの1つを破壊すると、残りの4つが強力なバリアーをはって完全防御体制に入るようになっている。こうなるといかなる手段も受け付けなくなるので手の施しようがなくなるので、同時に破壊する必要があるのだ。

 「0830時!」

 「ウテェ!」

 戦闘用バイク「リアロエクスレーター」の貨物部から、そしてライダーたちがかまえるミサイルランチャーから猛烈な量のミサイルが高層ビルの根本に殺到する。ライダーの火力不足を補うために開発された戦闘用バイク「リアロエクスレーター」、500万台の生産を誇った前代モデル「ニトロバイザー」と比べれば生産数はわずかに10万台と数こそまだ少ないものの、その火力はすさまじい。後部貨物部には質量圧縮機能「4次元コンテナ」が詰め込まれ、前方部には12.5mm口径チェーンガン2門、20mm口径リニア・ショットガンが装備される、まさに戦車と呼んでもふさわしい戦闘用バイクである。

 どがぁああああああん!

 根元を破壊された高層ビルは、自重を支えきれずに、轟音を上げながら、崩れていった。

 そしてそれは、モスクワ都市要塞が事実上の壊滅を意味するものであった。





西暦2312年1月20日午後1時31分
モスクワ都市要塞中枢ビル40階 制御コンピューター


 がしゃあん!

 オートロックが派手に吹っ飛び、無数のライダーたちが殺到する。

 「よっしゃ!制圧成功」

 「まさかこうまでいくとは・・・」

 13人を引き連れていたライダー小隊は、すでに6名にまでうち減らされていたものの、援軍でやってきた、この白兵戦の達人の女性ライダー兵のアシストにより中枢ビルの制御室を一番乗りできたのであった。この戦いで死ぬことを覚悟していた4ー5−9小隊隊長マークス=ギルダー少尉は安堵感と不安感が混ざった感覚を覚えていた。

 「ふう・・・まったく死ぬかと思った」

 「まったく、あんたそれでも隊長さんかい?そんなんじゃ部下があきれるわよ」

 「・・・」

 ぐうの音も出ない。

 「まあ、ちゃっちゃとやりましょ、ちゃっちゃと」









西暦2312年2月09日午前8時45分
旧大阪・極東第5ポイント統合作戦本部ビル30階 第5会議室




 「・・・というわけで1月20日午後6時00分を持って、モスクワ都市要塞の制圧に成功、午後7時には都市要塞および近辺の都市や強制収容施設、強制労働所など計230に及ぶ強制施設の解放に成功しました。その後残敵掃討作戦が開始され本日2月9日には完了しました。」

 会議室の円卓の中央に座るのはオールバックの端正な男である。銀色のフレームの眼鏡をかけた細身で、存在それ自体が威厳と畏怖と優雅、そして只者ではない雰囲気を漂わせていた。

 「我が軍の参加兵力は一般兵士12万6000名、ライダー5個師団全100000名、制圧任務の特殊ライダー部隊「RAT」投入数3000名、うち戦死者数は一般兵士が約6507名、ライダー部隊が11055名。軽傷者を含む負傷者は1万6794名に上ります。現地で捕虜となっていた民間人が41万5531人、そして都市の復興および民間人への食糧配給は・・・・・」

 彼の隣に座る美人の秘書が戦闘報告を続ける。彼らの周囲に座るのは大企業の社長や重役、軍関係者、役人、内政官僚、財閥関係者、そのほか「お偉いさん」と呼ばれる部類の人間が約50人ほど集まっている。

 「・・・以上すべての戦費および復興に必要な予算の総額は56兆45億2256万8781クレジットになります」

 「とんだ出費ですな。浅岡さん」

 議員の一人が挙手と同時に愚痴をこぼした。戦死者数ではなく、戦費の総額のことのみを批判している点からして、あまりたいした人物ではない。実際この議員は戦死者数のことなどこれっぽちも考えていなかった。

 「何をいうかラサ−ル議員、これまでヨーロッパレジスタンスが幾度も遠征に失敗に終わったこの要塞が落ちたのだぞ」

 「たしかに死者の数は問題だが、それ以上にミサイル攻撃の脅威がなくなったのは事実だ。我々レジスタンスにとっては大きな前進だと思うが?」

 真崎を支持したのはライダー旅団第一師団総司令官であるミューラー元帥、第2師団総司令官ジェッカー元帥である。真崎がクーデターを起こした際に協力したことで有名で、ライダー師団の中でも最も信頼された将軍である。その用兵は迅速でかつ正確、完璧を誇り、軍人でありながらも議員席に座ることが許された数少ない将軍なのである。

 「・・・お二方のいいたいことはわかります浅岡さん。これ以上の出費は国民を圧迫しかねませんぞ。モスクワの民間人に食わせなければなりませんし、次の出兵は9ヶ月までに先延ばししてもらいたい。」

 「同感です。わが社の社員給料を20%減らしてやっと予定された予算を用意したのですぞ。これ以上無理をすればストライキが起こってどうしようもなりかねん。これからは国力を蓄えないとやっていけません」

 「賛成。」

 議員たちが次々に戦力再編成に同意する。企業家たちはもともと、この会議の中心人物、浅岡真崎をあまり好んでいないのだ。現在38歳である浅岡真崎は、彼の兄がテロで死亡したために20歳でレジスタンスの指導者となり、急進的な改革を推し進めて拮抗状態だった機械帝国ネオプラントを押し始めた。指導者就任わずか15年で彼はヨーロッパ全土、アメリカ北部全域、オーストラリア、東南アジア、中東、およびアフリカ全域を解放させ、レジスタンスの勢力を一気に伸ばしたのである。支援企業バルラシオンの内通者もその強制捜査でこの15年で数万人が逮捕、拘禁され、またその拠点部も徹底して叩くなど、彼が「戦神」と呼ばれるゆえんである。

 だがこの急進的なやり方に企業は疲弊していた。もともと彼が軍閥出身であるために企業家からは偏見の目でにらまれているのである。しかし彼が就任する以前の企業は賄賂や腐敗の温床で、実際の機能を果たしていなかったのも事実であった。真崎は発破を断続的にかけて彼らの腐った部分をそぎ落とし、それまで12%だった平均作業効率を89%にまで回復させ、民衆に対する社会改革も手伝って支持率は96%に上る、改革者であった。民衆は浅岡真崎の味方であり、バルラシオンによって引き起こされるテロも就任5年以降、一件たりとも起こっていない。

 「議員の皆様、それは承知しています。」

 体のいい言葉の技を彼は得意としないし、無理だと思うなら彼らの意見を聞き入れられない人物ではない。

 「ですが・・・・・これを見てください」

 真崎は秘書に命じて巨大スクリーンに資料を映させた。





 「・・・これは、まさか。」

 「ばかな、ありえん!」

 「何かの間違いではないか」

 「・・・・・しかし・・・これが先の敵の基地で発見されたというのは・・・」

 議員たちに動揺が走った。

 「そう。突入作戦に先駆けて潜入した浅岡軍曹が入手したのだ。この計画が行われればどうなるか、わからないわけではないでしょう。さらにその証拠として、」

 スクリーンに映された映像は、一見すればスペースシャトルのような物体だったが、あちらこちらと配線がつながったままだったり、装甲部が露出していたりと、明らかに未完成品の印象である。

 「これはその資料をもとに発見された、タイムマシンおよびそれの開発室です。巧妙に地下に隠し、しかもご丁寧に時限発火装置まで取り付けられていまして、危うく爆破されるところでした。もし発見されなければ中枢ビルは間違いなく破壊されていたでしょう。」

 一同はその光景を恐怖した。下手すれば総兵力が一網打尽にされていたのかもしれないと思うと、自分たちの地位が爆発と共に崩れ落ちていく光景を思い浮かべた。マスコミによる批判に本人すら忘れていた恥ずべき過去、それがすべて洗いざらい露呈してしまうのだ。

 「・・・タイムパラドックス現象による、レジスタンスの消滅・・・しかし実際にそうなると決まったわけではなかろうし、ましてやあのタイムマシンはわれわれに接収されている。この計画自体無用のものでは?」

 「しかし敵首都および、残された5つの都市要塞にもあるようです。SFのような絵空事を、効率至上主義のネオプラントがやらないわけではありません。」





 コンピューターであるIQミリオンは、効率至上主義である。

 でなければ彼らネオプラントは、レジスタンスが結成される2021年までにアジアの一部を残した地域をすべて制圧できなかったであろう。なんの躊躇もなく都市部に核兵器を使ったり、民間人もろとも細菌兵器をぶち巻いたり、都市の電気や水道を止めて暴動を起こしたり、悪魔のような所業を繰り返していたのである。どれもこれも「殲滅する」のには最も効率的な方法であるが、人が最も忌むものとして避けている行為である。

 しかしそこに矛盾が生まれる。

 「そういう手段を確立しているのになぜ使わないのか」、「ならばなぜそのような不要なものを作り上げたのか」。この答えが出れば人は争いを繰り返さないのだろうが、答えが出ないから争いが起こるのであろう。その心理をネオプラントは突いたのである。相手がやるのならやり返せ、しかしそれではやつらと変わらないではないか、と葛藤を生み出させて内部混乱を起こし隙を生み出し、容赦なく攻撃を仕掛けたのである。たとえ相手が王だろうが政治家だろうがなんだろうが、人を利用することしかしないネオプラントにとって 階級や身分地位、亡命の類は意味はなく、むしろ命を早める結果であった。身分を問わない無差別攻撃は人々を恐怖に陥れ、さらに内部崩壊を招いたのである。

 結果、ネオプラントは恐ろしい勢いで各地を制圧できたのである。人間と違って躊躇というものを知らない上に人より圧倒的に早い計算力を持つ、これら完璧な効率主義によりネオプラントは行動し、IQミリオンは考えているのである。その彼らが「タイムマシンによる事象改変」という絵空事をやろうとしているのは、冗談であれ擬態であれ看過できないのであった。

 「・・・そうだな。おそらく賭けとして考えているのだろう。成功すればよし、しなくても時間稼ぎはできる、ということだな。」

 浅岡真崎は眼鏡を直しながら答えた。

 「創設者である浅岡成美を2021年までに歴史から抹殺すれば、このレジスタンスはなかったことになる。われわれの領土にいる兵士はすべていなくなり、兵器もなくなり、残されたのはレジスタンスと関係ないごくわずかな人間と広大な空き地だ。荒らし放題であろう。仮に浅岡成美を抹殺してパラドックスがおこらなくても、われわれに警戒させて進行のスピードを落とさせ、態勢を立て直すことぐらいはできる。なんにせよ、この作戦を無視することはできない。」





 議員たちはうなるしかなかった。

 「まあ・・・それはいいだろう。装備や人員などの予算の捻出はどうにかするが・・・」

 「わかっております。最高の人材と装備を用意しましょう。現地への潜伏資金はこちらが持ちます。」

 議員たちは困惑する。

 「・・・気前がいいですな。」

 「何、この作戦を行うのはわれわれですので・・・ある程度の腹はくくるつもりです。」

 真崎は秘書に命じて一枚の紙を出した。

 「相手は当初の計画プランより早く行うでしょう。われわれに知られた以上、阻止されることを想定している可能性はありますので、急いでほしいのです。最低でもあと1ヶ月、いや3週間でお願いしたい」

 「な!」

 「さ、3週間だと!」

 途方もない短期計画に絶句する一同。大規模な軍事活動を終えて、なおかつ戦後の兵力再編成と現地の復興支援活動、テロ組織やネオプラントからの現地防衛などなど、戦後活動で手一杯なのだ。そんな彼らをまるで無視するかのように真崎は続ける。

 「無理なのはわかっています。しかし手遅れになればおしまいです。」

 「兵員の費用に装備一式、タイムマシンの修理費用、どうやっても2ヶ月はかかります・・・」

 これはうそではない。

 「承知しました・・・後払いという形でならどうです。これ以上国債発行を行うわけにもまいりませんし、私が軍の予算からひねり出しておきます。」

 まるで議員たちの心理を読み取るかのように真崎は続ける。

 彼はディベートでは負け知らずである。



 「ところでミスターマサキ」

 欧米系の議員が尋ねた。この時代、欧米人は非常に数が少ない。

 「なんでしょう」

 「ネオプラントはどこの時代にやってくるのですか。2021年以前の何月何日のどこにやってくるか、分からないだろう。複数同時に攻めてくる可能性もあるし、対応ができないのでは・・・」

 「当然の疑問です。ですが調べたところ、あのタイムマシンは我々の時代の同じ期日でその場でしか移動できません。それにエネルギーや技術の問題上、どれだけがんばっても2004年以降の時間移動ができないようです。現在は衛星軌道からのレーザー空爆を続けていますので改良の余地を与えませんし、同時にモスクワ基地からコンピューターウイルスを断続的に送っているので問題ありません。」

 議員たちから反論がないために真崎は続けた。

 「当時の浅岡成美は現在の極東第1ポイント出身であります。当時18歳で高校2年生、しかも妹と祖父しかいない家庭環境下、効率主義であるネオプラントならばこれだけ始末しやすい条件はないでしょう。第3次世界大戦が起こった当時から2021年は行方不明で発見が困難ですし、組織結成それ以後ではそれ相応の苦戦を強いられるばかりか、時空気流の影響でタイムマシンの降下は不可能です。2004年以前はアメリカに滞在していたために場所の特定がほぼ不可能、以上から彼女の護衛は西暦2003〜4年の旧東京都豊島区、そこに絞られるわけです。」

 「なるほど」

 「あのタイムマシンは送る量に比例してエネルギー消費が増大するために、どれだけがんばっても1度に10人以上は送られない。そればかりかその規模で送れば再充電で1ヶ月は必要です。無論彼らの不足したエネルギー状態での話で、我々はそれ以上のスピードで送られますから、彼らは怪人タイプを筆頭にしたミュータント部隊、もしくはIQウイルスに感染した機械を送りつける可能性があります。」

 「こちらのタイムマシンは生産できないのかね」

 「それは無理です。生産そのものはできますが、必要以上に兵員を送れば過去の人間に警戒心をもたれますし、浅岡成美そのものの人生を変動させかねません。過分な兵力を送れば彼らは対抗するためにその時代の人間を大量にミュータントにしかねないでしょうし、かえって事態をややこしくしかねません。よって我々も敵に警戒心を過分に抱かせない兵員、すなわち少数精鋭による彼女の護衛が最適となります。」

 一人の議員が手を上げて提唱した。

 「では考えを変えて、彼らを作った組織を壊滅させてネオプラントそのものをなくすというのはどうだろうか。いや護衛も必要だが、彼らそのものをなくせば、根本的に解決できるのではないだろうか。」

 その考えに賛同したのではなく、浅岡真崎をあまり好んでいない感情から他の議員たちから「そうだ、そうだ」という声が上がった。が、真崎はまるでひるむことなく言い返した。

 「・・・残念ながらネオプラントを作った組織を壊滅させるというのは物理上不可能です。彼らは誰によって作られたのか、その資料が完全に消滅した現在では知るすべもありませんし、そもそもIQミリオンの開発は徹底して隠蔽が施されていたようなので、本格的調査は戦後でなければ不可能です。第一、現状の我々が不用意に過去に干渉するのは、本質的に彼らと変わらないでしょう。」

 「・・・」

 再び黙りこくる議員たち。

 「他に意見はありませんか・・・・・どうやらないようですので、本日の議題はこれで終了。浅岡成美の護衛計画はクラスAのシークレットとして認定、マスコミ関係者はレジスタンス情報統制法第54条に基づきこの計画を公表しないでください。作戦開始は3月10日、以後この計画を「J計画」と呼称します。各自は計画までの準備を急いでください。では、解散」





西暦2312年2月10日午前11時53分
旧大阪・極東第5ポイント ナンバ軍病院4階カルテ室


 浅岡真崎はある病室に出向いていた。

 「・・・彼の容態はどうかね」

 「かなり危ない状態です。両腕と両脚は劣化ウラン弾が撃ち込まれたために放射能汚染がひどく、あと10分遅ければ全身が完全にやられていました。」

 「”完全”に、とは?」

 「はい、毒が体の一部に循環していました。それによって内臓の一部もやられまして・・・ヘリのスタッフが搬送中に応急の冷凍止血をしていたのでこの程度ですみましたが・・・それでも両腕と両脚は窒素冷却切断をせざるをえませんでした。」

 医師はカルテを取り出し、その中からレントゲン写真を取り出した。そのレントゲンは人間の全身が写っており、医師の説明どおりに腕が肩までなくなり、脚も股から先がきれいさっぱりなくなっている。内臓も一部がなくなっており、ガラス越しにいる浅岡宗一は酸素マスクに、30本を超えるホースが全身に解毒剤と栄養剤を供給している。昏睡状態にもかかわらずうなされており、また完全に固定されているので動きようがなかった。

 また、窒素冷却とは局部の水分を抜き取った後、二酸化窒素で急速冷凍させ対象を凍らせるものである。いわばドライ冷凍を応用したもので、凍らせた部位は触っただけで粉のように崩れる。痛覚もなく、また安全に、かく確実に部位を処理できるために切断手術に使用されているものである。

 「それにしても彼の生命力はすさまじいものです。並の人間でしたら切断だけで体力が持たなかったのですが・・・腕と足、合計4本切っても回復にむかっているのは、恐ろしいものです。」

 「彼は遺伝子改良と肉体強化を幼いころから施されていますので、運動神経はもちろん回復力、IQや反応などの知能面も並の人間の3倍はあります。」

 「ですが、今後どうするのですか。腕と脚がないこの状態では現役復帰は不可能ですよ。患者の精神にも悪影響を与えるでしょうし、戦闘に耐えられるレアメタル製義手義足のストックは3ヶ月先の再生産まで切れていますし、通常生活用の義手義足も不足しているんです。」

 「・・・・・・」

 真崎は眼鏡をかけなおした。

 「だいいち最近、兵士たちの負傷が多すぎます。これからが正念場でしょうけど、もう少し医療現場の生産体制というものを考えてください。確かに兵士育成や兵器生産の企業投資が有効だと分かります・・・けど彼らを治すのは我々ですよ。義手義足の工場とか医療生産体制をもっと強固にしてくださいよ。」

 真崎は会社を持っているわけではないが、レジスタンスの最高指導者であるために動かすことができる権力を持つ。ネオプラントと戦うために兵器開発や兵士育成の投資を奨励したのである。税金の免除、ネオプラントおよびバルラシオンのテロによる被害の補償、社員のミュータント化被害による遺族年金保障などの特権を認めたのである。ただしこれは戦中における臨時措置であり、無用の騒乱や権力闘争を避けるために戦後はかけた金額に応じた権力を認めないようになっている。それに従えない場合は参加できないようになっているが、それでも努力に応じた功績は世間に認められるために、結果的に株価なども上がるので得なのである。ただし医療に関しては兵器生産より補償額が少なかったために麻酔や治療設備、義手義足の生産が追いつかなかったのだが・・・

 「・・・わかった。今後の生産体制を強固にしよう。1ヶ月以内に工場の数を増やしておく」

 「そうしていただくと助かります。ですが予約中の義手は規則で回せませんよ。」

 「当然です。特権を使って優先するのは我々一族が忌み嫌うものですし、第一。見苦しいです。とりあえず義手と義足はこちらが何とかします。」




西暦2312年
特S級極秘事項により場所の詳細、および日時時間は秘匿


 3時間後、執務を終えた真崎は軍施設に出向いた。部屋には多くの科学者がところせましと走り回っている。

 そんな中で真崎は、責任者と思われる一人の科学者と話していた。ひょろ長の顔で、見るからにたよりなさそうな人相をしている。

 「・・・・・では彼を改造してくれと?」

 「資金は出す。」

 「・・・真崎さん、いくらなんでも無茶ですよ。戦闘用ユニットを改造して義手義足にするなんて・・・」

 「Dr伊南村。あなたの構想であるサイボーグ計画の機会を与えるというのですよ。」

 伊南村博士は手を頭にあて、足りない髪の毛をくしゃくしゃにした。

 「あなたの甥を実験体にするのはごめんですよ。科学者とはいえ人の心は残っているつもりですし、第一この計画はポシャるつもりでしたし・・・第一本人の同意を取っているんですか」

 「昏睡中で同意を取ることはできない。緊急入院で切断をするのと同じです。」

 「・・・」

 真崎は眼鏡をかけなおし、

 「だが、J計画を行うにはこの男が必要だ。義手義足のストックが切れている以上、この計画しか彼を復帰させられないのでね。」



 ドライすぎる男だ、と伊南村は思った。実の甥を「この男」呼ばわりするとは。

 彼はレジスタンスの兵器開発部門のトップであり、彼の先祖はレジスタンス創設の功労者である伊南村一族である。彼らはIQウイルスが電子基盤が取り付いている機械のみを取り込んでいることに注目、調査によってIQウイルスが既存プログラミングに特殊な計算配列を作っていることを解明した。以前より研究していた新型プログラミング言語を実用化し、ウイルスに取り込まない兵器を開発したのである。

 レジスタンスは世襲ではなく実力主義を方針としている。伊南村健一は一族が考案していた機動装甲兵士部隊を実現し、数々の戦いに貢献しているために、その地位はその手でつかんだものである。父親の遺産を利用したと陰口をたたかれることもあるにはあるのだが、浅岡成美の直系の子孫である浅岡真崎やその父はすべてやり手の指導者であったし、指導者としての才能がない者は前線兵士として狩り出されている。実際彼の甥がそうだ。

 「義手義足に擬態しつつも、ハードポイントシステムにより戦闘形態時に変形できる特殊兵士・・・か。バイクに依存せずに変身できるのは護衛には適しているのです。体内に四次元コンテナを装備するスペースもありますし、彼しか適任者はいないのですよ。」

 「・・・今までに10人やって10人目で成功しましたけどね。」

 「今までは予算がほとんど回らなかったからでしょう。十分な予算を出すし、研究員の給料や設備、環境待遇も完璧にする。」

 「敵を攻め落とすには逃げ道を断つ、その手はつらいですね。」

 「戦闘の基本です。あらゆる分野においてもね」

 結局伊南村は認めざるを得なかった。手術は浅岡宗一の容態を完璧になる2月20日を日程に。





西暦2312年2月21日午前10時8分
旧大阪・極東第5ポイント ナンバ軍病院4階病室


 久々に夢を見ていた。

 戦場では寝られないから夢を見る暇がないだけである。

 母親に抱かれた夢である。霧のようなまどろみというのが全身を覆っているが、暖かい感じである。

 もっとも母親というものは顔すら知らないし、物心ができたときには銃を握っていたものである。親すら知らない自分が親の夢を見てもよいのだろうかと考えたくなる。

 不思議と両腕と両足の感覚はなく、見てみるとその部位がなくなっていた。

 別段驚きはしなかった。

 こうなった年上や年下は何百何千も見ているし、自分もいつかこうなるものだと覚悟していたからである。母親とおぼしき女性が抱きかかえ、やさしく微笑みながら腕と手足をつけてくれた時、意識が薄れていった・・・



 「気がついたかね」

 目が覚めたのは病院のベッドの上だった。拘束はされていないが、腹には点滴が刺されている。

 「おっと、まだ動かないでほしい。その腕はまだ電源がついていないからな」

 よく見てみると腕がある。取り付けられたという記憶にはないが、搬送されたという覚えがあった。確かあの時―――――











西暦2312年1月20日未明
旧ロシア モスクワ都市要塞中央軍事制御ビル 23階ダクト



 「ハァ・・・ハァ・・・」

 あれから彼、浅岡宗一は逃げるので精一杯だった。全身いたるところに銃弾が浴びせられ、灼熱のような痛みが襲う。息をするだけでもおびただしい量の流血があちこちを真っ赤に染める。失血で今にも気を失いそうだったが、ここで気を失えば間違いなく、死ぬ。

 だから彼は銃弾の嵐が止んだところまできたら覚醒剤を使って意識を保たせる。別にこれはなんら不思議なことではなく、戦闘機のパイロットたちも加速のGに気を失わせないようにやっている行為だ。いまは一刻も早く味方と合流しなければならない。以前より力を入れて、だが以前より遅い歩みで宗一はダクトを進んでいった。

 が、その時天地の感覚が失った。

 ダクトが崩れたのだ。以前通ったときは崩れそうだったので気をつけていたのだが、怪我の消耗と覚醒剤使用で注意力が低下したのが原因だった。しかも不幸なことに、

 「・・・・・!」

 その部屋には対人ロボットが待機していたのだ。

 それも4体で格闘専門のパワーのある”タイプS”、どうやらウイルスで電子式ドアが動かず、部屋に閉じ込められたまま動けなかったらしい。「タイプS」は非戦闘時にはゴリラのように四つんばいで歩くのだが、大口径ライフル弾を受け付けない強靭な装甲と1万馬力の大出力の馬力を生かした、パンチ力10トン、キック力20トンの近接戦闘を行うタイプだ。肩には固定武装の30ミリ口径対戦車ライフルを一基装備しているために中〜長距離戦闘も行えるやっかいな敵で、ライダータイプでなければ対処できない相手と鉢合わせしたのであった。

 「・・・・・!?」

 しかし敵のほうも動揺していた。ドアを破壊するわけにも行かなかったので待ち構えていたら、まさか自分たちの後ろから、それもダクトから落ちてくるなど予想もしていなかったようだ。そんな固まった敵を相手に宗一は力を振り絞って手榴弾を投げつける。

 ひゅん、どかん!

 対対人ロボット専用の、チャフグレネードだった。爆発それ自体の衝撃や威力はなきに等しい、だがその代わりに強力な磁力を持った金属片をあたり一面に撒き散らし、ロボットたちを混乱させるものだ。それが功を奏し、ロボットたちはあたふたと、酔っ払いのようにバランスを崩して転ぶ。いまの宗一では銃や手榴弾の衝撃に耐えられないほどのダメージを負っており、唯一できる攻撃であった。

 が、

 バァン!

 「がはぁ!」

 混乱して転んだはずみに、ロボットが銃弾を暴発させた。しかもよりによってその破片が宗一の腹部を直撃し、ただでさえ致命傷に限りない近い状態がより危険な状態になる。貫通したのが幸いだったが、宗一は吐血して意識が朦朧としつつある中、ロボットたちもやがて立ち上がり、銃口をこちらに向けたその時、

 ドガォン!

 ドアが吹っ飛んだ。ふっ飛ばした相手は6名のライダー部隊である。先頭にはアイセンサーが青い隊長がおり、その後ろには銃や斧、剣で武装した緑色のライダーが数名。まさに偶然であった。もし宗一がこの部屋にいなかったら、彼は間違いなくダクト内で失血死していたにちがいない。

 「!?生存者だと。各員、負傷者がいる。銃は使うな!」

 銃をおろしたライダーたちは、背中に装備している巨大なトマホークを両手で持ち、殺戮を開始した。



 数分後、宗一は危機を脱した。所属と階級を言おうとしたが、力が出ない。

 「しゃべるな。かなりの銃弾が体に埋まっているし、出血が激しい。体力を消耗するぞ」

 出血部分を冷凍スプレーで止めているライダーに言われたので宗一は黙った。というより話すのも辛い状態だったのでむしろありがたい。

 「隊長、放射能反応です」

 「何?」

 傘のような機械を持ったライダーが隊長に告げる。彼らライダーの装甲服は生物兵器や核兵器に汚染された戦闘地域でも活動できるように、ガスや放射能を完全に遮断できるNBC防護服としての意味も持っている。また同時に気密性も完璧なので、短時間であれば水中や宇宙でも活動ができるようになっているのだが、機能美を優先したために使用者への負担は極めて激しく、ただ着ているだけなら10時間はきていられるが、装甲服の戦闘レベルでの活動時間はせいぜい1時間弱程度である。それ以上の着用はたとえ精神的に鍛えられた人間であっても圧迫感や焦燥感などの精神的不安定、情緒や判断力の低下、二酸化炭素中毒などの問題が出てきてしまう。

 この作戦は既に6時間が経過している。作戦部はライダーたちを3つの中隊に分け、2時間3交代での断続的攻撃をかけている。だがそれでも気休め程度で、103名のライダーが酸欠や疲労、もしくは脱水症状や熱射病で倒れていた。彼ら第2−13小隊は3度目の休憩をしようと本隊と合流しようとした際、通りかかった部屋で爆発音や銃声がしたために、この休憩室に駆け込んだのが真相であった。

 「どうやら彼の体内に劣化ウラン弾が撃ち込まれた模様です。このままでは・・・」

 「そうか。だが・・・負傷者の治療は殲滅後でなくては・・・」

 と、隊長が宗一の所属と階級証を見たとき、声が一変する。

 「・・・どうやら、そういうわけにはいかんな。」

 「なぜです?」

 「彼は突入作戦の前段階に侵入した、工作員だ。発見しだい保護する命令が通達されているし、何より、彼の苗字を見ろ」

 「『Souichi Asaoka』・・・・・これって、まさか!」

 その苗字は、レジスタンスにとって極めて意味のあるものだった。

 「浅岡一族だ。何としてでも生かさなければならん。伍長、大至急本部と通信を取れ!」

 「りょ、了解しました!」

 隊長の右隣にいた、ライダーの通信兵が背負っていた通信機を降ろしてあちこちを動かす。その間に隊長は、腰の収納部にある医療用銃、注射を取り出して、宗一の首筋に打った。

 「う・・・・・」

 「全身麻酔だ。少しの間、辛抱しろ。これからお前の両腕と両脚を凍結して血液の循環を止める。その後に大至きゅうびょういんにおく・・・」

 宗一の意識はそこで途切れた。









西暦2312年2月21日午前10時15分
旧大阪・極東第5ポイント ナンバ軍病院4階病室


 「・・・というわけだ。君はあれから2週間ほど眠っておったのだよ。両腕と両脚に劣化ウラン弾が、それもかなりの量が撃ち込まれたせいで、さらに体内に残ってかなりの時間が経過していたから転移を防ぐために切断せざるを得なかった。腹部のほうも撃たれていたが、こちらは貫いていたし、切断する必要もなかったのだよ。だが内蔵はやられていたからいくつかは取り除かせてもらったが・・・心配要らない。いまの君の腹の中にあるのは人工内臓だ。」

 科学者の説明が続く。

 「まあ一応神経接続もできているから、いつでも動かせる。だが、君の体に拒否反応が起こらないかどうかが心配でね。いや理屈で拒否反応は起こっていないんだが、あくまでも数字の上での話だ。覚醒時の反応はまだ確認していないから万全とはいえないがね。」

 科学者はスイッチを押した。暗闇から手が現れるような感覚に覆われ、やがて手が生まれたという感じである。拒否反応はないらしく、自然に手や足は自分の思うように動けるし、手首は不自然に高速回転する。

 「ふむ、どうやら問題はなさそうだね。成功だ」

 「俺はどうなるんだ」

 男は冷笑しながら、

 「モルモットにするわけではないししたくもない。少し待ってくれ」



 伊南村博士は部屋から出て行った3分後、彼は一人の男を連れてきた。

 「気が付いたかね」

 「・・・問題なしです。」

 オールバックの男を知らない者はいない。レジスタンス指導者であり、宗一のおじに当たる浅岡真崎だ。だが宗一には非常に冷たく、まるで赤の他人のような扱いをする人物でもある。

 「時間がないから単刀直入に言おう。これから君にある任務を与える。」

 「任務・・・」

 「そうだ。先の作戦で君は敵の特殊作戦の情報を持ち帰った。」

 「はい」

 「それは21世紀に赴いて浅岡成美を抹殺し、タイムパラドックスによってレジスタンスそのものを消滅させる作戦だ。君はこれからその21世紀に赴いて、浅岡成美を護衛してもらう。正規部隊はどこも正念場で人員を割く暇がないし、予備兵ではこの任務に耐えられない。負傷兵は義手と義足が生産待ち状態で何もできないのだ。」

 ではこの腕についているのは何なのであろうか。まるで宗一の思考を読むかのように、

 「君は先の作戦で負傷し、腕と脚を切断せざるを得なかった。」

 「異論ありません」

 別にこれは世辞ではない。

 「そういってくれると助かる。今君の体についている義手と義足は特殊なタイプだ。君の筋力の3倍の力を発揮することができる上に、高度1万mからの自由落下でも耐えられる代物だ。それに・・・」

 伊南村博士がスイッチを押した。すると下腹部からベルトのようなものが皮膚を突き破って飛び出した。

 不思議と痛みはない。

 「そのベルトは新開発の小型4次元コンテナが積み込まれている。戦闘時にパスワードを入力すれば現在使用されているパーツのリミッターが解除され、胴体と頭部は錬成レアメタル合金のライダースーツが装着されるようになる。いわば仮面ライダーになるわけだ」





 仮面ライダー。

 かつて世紀末で人知れずに悪と戦った、都市伝説の勇者である。

 数多くの戦士たちが地球征服を狙う悪の組織と闘ったが、ある者は塵となり、またある者は人知れずに消え去り、またある者は情を殺して友を討ち取り、時としてライダー同士で戦うこともあった。それでも彼らの共通点はただひとつ、「悪のために自らを殺したバイク乗り」である。

 もっとも核が世界中に落ちた2005年3月11日、後の「カタストロフ・デイ」にて彼らは不本意にも、その存在が表ざたになってしまった。戦っていた悪の組織という組織が全て滅んでしまったからだけではなく、その異形と特異体質が放射能でも耐えることができたからだ。彼らは自ら人々を率いて、ネオプラントやそれに通じた悪の組織と戦っていったといわれる。

 しかし彼らの力を持ってしてでも、ネオプラントにとっては絶対的な脅威になり得なかった。彼らライダー達は秘匿性を重視しすぎたために単独でしかほとんど行動しなかったので連係プレーをあまり得意とせず、それまで戦ってきた悪の組織と違って一騎当千型の敵ではなく、100個や1000個単位の集団戦法の敵であったために苦戦を強いられたという。一時はライダー同士が結束して戦う、ということもあるにはあったのだが、世界中で確認できるライダーはどんなに多く見積もっても200人程度が限界、ライダー一人当たりのキルレシオを対人ロボット50と考えても10000、総兵力1000万や2000万を超えるネオプラントに対抗するにはほぼ不可能であった。

 それだけではない。元来単独行動を主としていたライダーたちにはまとめ役がいなかった上に迅速な行動がとれず、そのほとんどが「敵が行動を起こしてから動く」形式だったために本質的に手遅れであった。いくら解放してもまた別の地域がのっとられ、そこを解放したらまたのっとられる・・・・・の繰り返しであり、そうしたいたちごっこが繰り返されるうちに、彼らは数を減らしていった。そのうちつかまった者が解剖されて生体工学が暴露され、その改造手術を応用した生体兵器、すなわち怪人が生まれたとされているのである。

 レジスタンスが結成された西暦2021年において彼らはぷっつりと消えていったのであるが、その原因は不明である。一説には自身の無力さを痛感したからだという失礼千万な意見もあるし、彼らライダーが人類にこれからを任せられるという楽観説、彼らライダーが限界だった説などなど、その真相は定かではない。

 だが人々の記憶には強く残ったらしく、レジスタンス創設者浅岡成美の指導によって、彼らを模した高速装甲兵士部隊、通称ライダー部隊が結成された。元々ネオプラントと対抗するには、集団戦法しかなかったのである。最初は防弾服やライフル銃、バイクを使った簡易的な高速部隊であったが、後に防弾性と白兵戦に特化できるようになった特殊倍力装甲服が開発され、以後は仮面ライダー部隊としてレジスタンスの主力となっていった。悪を滅ぼし弱き人々を守る正義の戦士は人々を勇気づけ、活力を与え、またレジスタンスのシンボルであり、憧れである。



 現在のレジスタンスに所属している仮面ライダー部隊は、第1から第15師団、総兵力は約324万人にまで上っている。世界の軍隊としては少ない部類だが、24世紀の人口は3億にまで激減しているために割合からしてみれば総人口の1%が仮面ライダーなのである。さらに非ライダーの軍隊は約600万人であり、この状況がいかに異常かを物語っている。

 大半は各地域を解放後、残敵掃討をしたり治安維持部隊としての任務を果たしたり、そのパワーを生かした手作業の開発や復興支援を行っているが、浅岡真崎の方針によってこれ以上の兵力増強は行わないようになっている。変に兵員を増やせばネオプラントの兵力増強を刺激しかねないし、また戦後の方針を考えて軍隊の肥大化を阻止するためである。もっとも戦後は復興事業で職がたりない状況におかれる可能性は高いので問題はないのだが・・・

 「・・・自分に、仮面ライダーになれというのですか」

 「そうだ。君には苦労をかけるかもしれないがな。これから君は3月10日付けをもって21世紀初頭に向かってもらう。やってくれるな」

 「了解しました。ですが・・・自分ひとりですか?」

 真崎は首を横に振りながら、資料を手渡した。

 「いや、すでに4人が決定している。こいつをみたまえ」

 タイトルに極秘のマークがされているのに気が付いて宗一は気を引き締め、2ページ目を開いた。





作戦の目的

敵は浅岡成美を抹殺することによってタイムパラドックスを起こし、我がレジスタンスを歴史上から抹消することにある。本作戦はその敵の作戦を阻止することであり、彼女の護衛を任務とするものである。よって本作戦は敵を殲滅することではないために、兵員は最小限に留めるものとするが、事態によっては増援を考慮する。

なお、タイムパラドックスの研究はいまだ始まったばかりであり、仮に敵作戦が成功したとしても我がレジスタンスが消滅するかどうかは不明であるが、隊員一同は発生するものと想定して行ってもらうものとする。

現在レジスタンスは来たる4月25日のカザフスタン都市要塞攻略作戦において、本来陸戦一個中隊および空戦部隊、駆逐艦一隻を派遣する予定だが、先の理由により貴官らを先遣部隊として派遣する。なお、以下はその部隊の一員及び装備一式である。

 デルタチーム総司令官  :デビッド=ベイルダム中佐
 陸戦ライダー大隊司令官 :シュライク=フォン=イルステッド少佐
 駆逐艦「シュバルツグリーン」艦長:ハルベルト=インメイ少佐
 ライダー大隊現場指揮官:ハンス=ハーマン大尉
 ・
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 ・
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 ・
 ・
 陸戦部隊第十六小隊隊長 :メイリン=ルイ少尉
 陸戦部隊第十六小隊副隊長:アルフレッド=フォン=オスカー曹長
 陸戦部隊第十六小隊副隊長:浅岡宗一曹長
 陸戦部隊第十六小隊通信士:リン=パオリン伍長
 総兵員         :5名
    
  兵装:戦闘用ライダースーツ         
     戦闘用バイク「リアロエクスレーター」 
     各種武装銃器             
     白兵戦用兵器             
     
     その他通信機、物資などはクラスAを認める
     弾薬、資材、エネルギーの補給は毎月20日において輸送する
     兵装の修理は中破までならば可能な限り現地にて行うこと
  
     以上。
  
     なおエカデリンブルグ要塞攻略に成功した場合は5月30日付で本隊を派遣するものとし、陸戦ライダー部隊第2師団所属第4大隊所属第2中隊所属の第1から第15小隊、空挺ライダー部隊第3師団所属第5大隊所属第3中隊所属の第1から第4小隊、駆逐艦一隻、戦闘機5機、戦闘ヘリ5機を派遣、その日付でデビッド=ベイルダム中佐は駆逐艦勤務に配置換えとなることを留意せよ。
  
護衛期間

西暦2004年3月01日午前5時00分〜西暦2005年3月11日午前0時00分
この期日はカタストロフ・デイによって東京にICBMが落下して浅岡成美が行方不明になるためで、その後の暗殺が困難にあるためであり、それ以前の時代では彼女がアメリカに在住しているために特定が困難でかつ、タイムマシンのエネルギー問題により往復が不可能になるためである。
また、敵は我がほうが本作戦を行うものと探知している可能性は極めて高く、また本作戦開始期日は、本来の敵作戦開始期日より4週間早めたものであるが、敵も作戦期日を早める可能性も高いと思われるので留意すること。

備考

・本作戦は現地人や現地治安組織、および浅岡成美本人に感知されてはならない。浅岡成美を除いた者に対しての処置は射殺、および記憶抹消を義務付ける。
・ネオプラント、もしくはネオプラントと濃厚な敵と遭遇した場合の対処法は、各員の攻撃で殲滅せよ。現地人に察知されぬように誘導、および催涙弾の類で撹乱して攻撃を行うこと。また、敵が現地人を取り込んでミュータントとなった場合、躊躇なく抹殺せよ。
・いかなる状況においてもネオプラントの潜伏先を発見した場合は可能な限りの交戦を控え、情報収集せよ。対応は追って命令を発する。
・本作戦中にネオプラント以外の敵と思われる対象と遭遇した場合、可能な限りの情報を集めて撤退せよ。その後の対応については我々が決定する。
・ネオプラント以外で浅岡成美を狙う輩に対しては、いかなる状況下であっても抹殺することを禁止する。ただし敵が刃物および銃器を所持していた場合は例外とする。
・潜伏先の住居や活動資金などについては追って連絡する





 「・・・・・」

 3ページ目を開いているその目には奇特な意味が込められていたので真崎は言った。

 「むちゃくちゃだと思うが、敵がこれを行おうとしているのは事実だ。君には不本意かもしれないが、やってもらおう。」

 「自分に護衛をやれと言うのですか」

 「可能な限り君がやりやすい環境と人材を整えてやったのだ。拒否権はない。」

 その鋭い目に宗一は黙りこくった。人員のほとんどはかつての自分の同僚や上司で構成されているし、兵装も充実している。駆逐艦まで用意しているのだ。補給体制も整っている・・・だが護衛対象に気づかれないで護衛しろという命令など、聞いたことがない。

 「君の怪我はあと一週間で完治する。それまでにはこちらも色々と準備を行おう」

 「準備・・ですか?」

 宗一は疑問符を投げかけた。

 「そうだ。君が彼女を護衛しやすいようにな。」







西暦2312年3月1日
旧大阪・極東第5ポイント レジスタンス統合作戦本部ビル


 地上60階、地下45階、かつて「大阪」と呼ばれた地域は「極東第5ポイント」と呼ばれ、レジスタンスの拠点となっている。西暦2005年3月11日、IQウイルスに感染した中国、および北朝鮮の軍事コンピューターによって放たれたICBMが、東京都心および北海道、東北、近畿、四国、九州を焼き尽くし、花の都と呼ばれる首都は無慈悲に破壊されていた。放射能の影響こそすでにないが、その脅威から身を守るために各都市にはドーム型の都市が形成されている。その復興が進みつつある中でひときわ目立つビルがレジスタンス統合作戦本部ビルである。

 拠点機能を分散するために旧東京「第4ポイント」には士官学校と兵員育成学校、旧仙台「第3ポイント」と旧長崎「第1ポイント」には対ミサイル迎撃基地、旧札幌「第2ポイント」には大規模飛行部隊基地が存在する。各地域を拠点とした復興が進んでおり、旧日本の人口は全滅寸前の16万人から500万人までに復興しつつあった。

 統合作戦本部ビルの45階はレジスタンス指導者である浅岡真崎の執務室である。彼には私室というものは存在しない。そもそも彼にはレジスタンス指導者という立場上、装飾というものをする余裕もないほど忙しく、「ホテル暮らしの指導者」と呼ばれるゆえんである。しかしその姿はオールバック髪形をした端正な顔つきの男性で、齢38歳になるのだが、20代後半としか見えない風貌を持つ美貌の持ち主であった。

 執務室の隣にある待合室に入った宗一の目に飛び込んできたのは、4人の姿であったが、そのうちの3人は見覚えのある姿であった。

 「よう!久しぶりだなソーイチ!」

 「アルフか」

 あっけらかんと明るい声には聞き覚えがある。狙撃手で有名なアルフレッド=フォン=オスカーである。ブロンドの整った長髪に切れ長の目、青い瞳、細いあごにきれいな鼻筋、美形と呼ばれる要素を十分にそろえている。さらに彼はヨーロッパのレジスタンスの有名な一族出身であり、しかも侯爵の爵位を持つ名家の分家出身という「ブランド」も手伝って、気品高いその顔に微笑まれたらどんな女性でも恋の病に陥れるであろう。

 「1年ぶりだな。お前が潜入部隊から引き抜かれたときはさびしかったぜ」

 「女をくどく邪魔が少なくなって楽だった、の間違いだろう」

 「ち・・・このトーヘンボクのドーテイが・・・あーあ、お前にも女のよさって言うもんを教えてやりたいもんだ」

 彼はしゃべるとボロが出る。アルフは外見と中身がまったく一致していないのだ。「黙っていれば美人」ならぬ「黙っていれば美形」の典型的な例である。これが彼なりの挨拶だと言うことはよく分かっているつもりであるが、つけあがらせるつもりは毛頭、ない。それに気をよくしたのが隣にいたメイリン=ルイ曹長・・・今は少尉である。

 「久しぶりねソーイチ、あんたがいなくなってからはこいつの押さえは苦労したのよ」

 「すまないな。だがこいつを取り押さえられなければ誰も苦労はしないだろう。」

 そっけなく返された言葉に彼女は「そうね」といって笑うだけであった。

 メイリンは両親が少数民族となったアメリカ人という、めずらしい人物なのだが極東第1ポイントで生まれ育ったために在日米人であった。金色のショートカットとスレンダーな肉体を持った美女であるが恋人がいない。その理由が彼女がライダー部隊でも有名な白兵戦の達人で、彼女以上の豪傑さを持った兵士がいないからである。もともと彼女とアルフ、そして宗一は3人一組でチームを組むことが多く、メイリンはそのリーダーであった。先のモスクワ都市要塞攻略作戦でも彼女は第2−16小隊隊長を務め、見事に中枢部を制圧した勇者でもある。

 「あの作戦で脚をなくしたんだって?」

 「それに腕も失った。義手と義足というものが便利になったものだと痛感している」

 「あんたも大変ね。その歳で五体不満足になるなんて災難以外のなにものでもないわ。」

 「俺の戦友のほとんどは義手義足だ。俺より若い子供が五体不満足になっているのを知っている。」

 「そういう問題ではないんだけど・・・」

 そこでアルフが口を挟む

 「それに腕がなければ女も抱けないしな、足がなければ・・・」

 メイリンが横からはさんできたアルフの頬を、思いっきりつねった。

 「いへへへへへへへへへぇ!」

 「未成年者にヘンなことを吹き込むんじゃない。この万年発情のボンボン貴族が!」

 「ふぁふぇがっ!ふぁんへんはつひょーほひょんびょんひきひょきゅひゃって!?」

 「あんたもそのいとこも親父も伯父もなにもかもよ!オスカー家の名が泣くわよ!この発情一族が!」

 この2人はいつもこんな感じだ。そんな押し問答をする二人のテーブル腰のソファーに座っていたのは、”彼ら”の部隊の中隊長であったデビッド=ベイルダム少佐・・・今は中佐である。

 「中佐、お久しぶりです」

 「うむ」

 南米出身である彼は黒い肌と身長210センチという巨漢であり、かつては戦士であった男だったが戦傷が原因で後方勤務に回された経緯を持つ。軍曹である自分と比べれば天地の差があるほどの実績人望豊かな人物であるし、何より幼少時代は幾度も世話になったこともある人物である。

 「少佐までこの作戦に参加なされるのですか」

 「うむ、後方事務は私の性分ではないからな」

 彼はテーブルにあったコーヒーを飲み干して、続けた。

 「それにだ、この作戦ははじめから無茶なものだからな。これからのネオプラント攻略でほとんどの佐官クラスは手が離せない中で、暇だった私が選ばれただけなのだがな。だが、私が無理を言って君らを推薦したのだ」

 「では、ここにいる以外の、他の少佐の部下はどうするんですか」

 「彼らも参加するのは知っているだろう。ただ、我々の護衛任務と違って強襲や諜報、駆逐艦勤務を担当することになるが・・・現時点では作戦自体を急ぐために我々5人が暫定的に決まっただけだ。5月に予定されている都市要塞攻略作戦後には予備人員が出てくるだろうからそこで補充される。」

 ふいに隣に座っていた女性に目が入った。

 自分とあまり変わらない年齢の女性だろうか。

 「・・・・・で、そこにいるのは?」

 「わわわっ!」

 その声に過敏に反応したのか、女性は驚いてコーヒーをこぼしてしまった。

 「・・・彼女は通信や後方支援を担当するリン伍長だ」

 「・・・」

 宗一が困惑するのも無理がない。どうみても自分と同年齢かそれ以下、しかも新兵ではないか。

 宗一は8歳のころから、正確に言えば6歳のころから(銃弾飛び交う戦場を融合電池や銃を輸送していた程度らしいが)戦争をしていた熟練者であったし、各種兵装の使い方や格闘術も平時時代のプロの兵士など一ひねりで倒すことができる。それにサバイバルに関する知識ならば大人をも舌を巻く知識量を持っているし、アルフやメイリン、他の仲間も同等の実力を持っている中で、なぜこんな女が作戦に参加するのだろうか、と疑念をもっていた。無論後方支援で兵士としての実力が必要というわけではないが、あまり補給の重要性を理解しているような顔つきや雰囲気などもっていなかった。

 「君が思っている疑問も無理がないかもしれないが・・・彼女は新兵だ。だがメカニックの修理や通信技能、必要なレベルは十二分にもっているし、何より彼女は、君より年上だ」

 「年上・・・・・?」

 童顔だったのだろうか。16歳の自分より1,2歳年上なのだろうか。

 「これが証明書だ、見たまえ」

 デビッドに手渡された履歴書には「リン=パオリン伍長、西暦2292年9月19日生まれ」と書かれていた。

 「・・・・・20歳」

 「レジスタンスの徴兵は男性18歳、女性20歳からだからな、基準は満たしている。むしろソーイチ、お前のほうが異常だと私は思うがな」

 左頬を真っ赤にしながら腕組をしているアルフも「そうそう」とうなずいて駄目押しを受けてしまった。

 宗一は16歳で、しかも公式記録の初陣は8歳だ。一見すれば基準を下回るが、彼の場合は「遺伝子操作の生体実験における兵士」という肩書きがあるので別段お咎めがなかった。しかしそれでも宗一の疑念は払えなかった。こういった極秘任務に新兵を当てるのは、宗一にとって正直人事の不手際としか捉えられなかったのである。実際彼女も声をかけられただけでコーヒーを思いっきりこぼすなど、かなり「どじ」な部類でミスをする可能性が高い・・・・・と頭の中をよぎって仕方がない。

 <デルタチームに通達、全隊員は直ちに執務室に出頭せよ>

 この館内放送が流れなければ、きっと宗一の疑惑は納まらなかっただろう。





 「デルタチーム、到着しました」

 デビッド少佐に続いて全員が敬礼する。敬礼する先にいるのは浅岡真崎である。デスクの上には膨大な資料と本にファイルの山、そもそも部屋そのものが書類と本棚で埋め尽くされており、むしろ人間のほうがオブジェである。

 「ご苦労、任務の内容は各員、分かっているな」

 「は。熟知しています」

 「なら結構。これより配布する資料に目を通せ」

 「了解」

 一同は書類をまわし読みした。写真が数枚に経歴書、潜伏に必要な場所の指定や資金などが記されていた中で、一枚の写真がある。

 「・・・・・」

 「これは相当のヤンチャね。親御さんが苦労してそう」

 「顔はいいんだがなぁ、どうもこーいったのは・・・もう少し清楚な感じのほうがいいんだが・・なぁ」

 アルフが酷評するように、その写真には茶髪・・・というよりオレンジ色に染まった、いかにも遊びの女の子であった。顔は黒くはないものの、ミニスカートでかつ着崩した指定制服、携帯電話にはものすごい数のストラップがぶら下がっている。だが女性はどこかしらか鋭いものと可愛らしさを混同していた。

 「閣下、彼女は誰です?」

 「浅岡成美だ」





 「・・・・・ええええええええ!?」

 その名前が出されたときに一同は絶句した。教科書や雑誌などで写っているのは「おばさんになった」ものばかりだったし、ドラマや本、映画などで出ているのは聖女のような女性ばかりであった。これはレジスタンスの情報操作などの賜物であったが、実際の彼女はそれらイメージとは対極に位置する女性だったのだ。

 最も無理はない。こういう解放者というのは、大抵は聖職者のような風貌か、英雄にふさわしい風貌、あるいは狂人とさけずまれるような風貌と決まっている。浅岡成美は最後者に位置したが、いくらなんでもコギャルが人類を導く英雄など・・・余りにもさまにならない。だからこそレジスタンスは聖女のような女性をイメージさせているのであった。

 「その写真は先駆けて21世紀に潜入した部下が撮った2月末の姿だ。4月に私立所縁が丘高等学校普通科2年になる」

 「女子高生か・・・いいなぁ・・・ガハッ!」

 隣にいたメイリンの肘鉄がアルフの右わき腹に直撃、その場に崩れ落ちた。この時代にも一応、高校生というものはある。

 資料のほかには彼女の家族構成があった。父親は39歳でアメリカの日本大使館に勤務、母親は38歳で通訳を担当しているが浅岡成美自身は13歳の妹と69歳の父方の祖父とともに、経営している日本の道場に在住。空手の免許皆伝を所持、昨年には師範代の称号を許された。他にも血液型や病歴、学歴、交友関係、趣味やスリーサイズ、一日のスケジュールなど他にも色々が記されていた。



 「彼女を護衛するのは分かりましたが・・・」

 メイリンが手を上げた。

 「何かね。」

 「我々の任務は護衛ですが、その際の潜伏資金は一体どうなっているのですか。それに四六時中彼女を護衛するのには現在の我々では極めて困難です」

 「これをつかいたまえ」

 真崎はデスクの上に、何かを取り出した。

 キャッシュカードと銀行手帳、それに印鑑に証明書だ。だが「東京安心銀行」なんて名前など、聞いたことがない。

 「・・・これは?」

 「昔話をしよう」

 にやりと真崎は笑って語り始めた。





 「昔々、あるところに一人の政治家がいました。彼は日本の次期首相として将来を期待されていた人物で、由民党の党員の中でも最大の派閥を持っていました。国民にはキレのいい雄弁と笑顔で人気もあり、また潔癖をうたっていた人物です」

 「・・・はぁ」

 空気が読めない宗一だったが、デビッドは既にそのカードの正体に気づいたらしく、額に汗をたらしている。真崎はそんな彼らに背を向けて窓の風景を眺めながら続ける。

 「しかし彼にはもうひとつの顔がありました。実は彼は5つの大手重工会社と裏取引をしていたのです。インサイダー、談合、公共プール建設のためにホームレスを強制収容、民主自由党総裁選挙に基づく買収、もみ消し、政治資金調達の麻薬工場経営、それらばらそうとした秘書をヤクザ使って抹殺、そのほか色々と・・・おおよそ考えられる限りの悪行をしていたのです。」

 「ま、まさか・・・」

 メイリンの口元の呂律が回らない。漠然としていた感情がその資金の正体を悟ったのだ。

 「そう、そのカードはその政治家の自宅の廃墟の地下・・・それも核シェルターの金庫にあったやつだ。うちでの小づち。ある民間のジャンク屋が発掘した代物でね、1億クレジット(およそ100万円)で購入したものだ。だが中に入っている資金は約71兆円、クレジットに換算すれば7100兆クレジットになるだろう。すでに電磁気は直しているし、パスワードや口座番号も分かっている。それをつかいたまえ。」

 「・・・・・」

 絶句する一同に真崎はやや不安顔になった。その不安をかき消すかのように次々とカードを取り出して、

 「足りないかね。」

 「は?」

 「なら拉致国と内通していた産共党の政治家、ヤクザ使って我が世を謳歌していた大企業社長、それと”元”中国のスネークヘッドとつながっていた孤児支援組織のカードも用意してもかまわんが・・・なんなら自らを神と呼んでいた狂信的特殊部隊の活動資金を用意してもいいぞ。」

 「と、とんでもないです!」

 本当にとんでもないものだった。まさか悪徳政治家が手にした金を使って潜伏しろという、誰もが思いつかないやり方で資金を調達したのだ。現在の通貨「クレジット」は2004年では使えないし、何より換金しようがない。偽造なんてできないし、金塊使って換金すればそれこそ浪費だといわれる。だからこそ現在残っている古銭を使ってやる必要があるのだった。

 「・・・まあいい。私の目が黒いうちにはそのような所業は許さんがな」

 絶対的な公正さを保つために、真崎は「大小にかかわらず賄賂は死刑」というすさまじい法律を施行している。実際それまで何百人の賄賂議員や企業家たちが断頭台の上に立ってきたが、不思議と批判は起こっていない。おそらくは権力を持つものに対した手かせが一般人には受け入れられているからである。

 「それで潜伏先の家を購入しろ。ある程度の浪費はとがめない。どうせ1年後には意味がなくなる通貨だし、第一上2桁が揺るぐことはない。ばれそうになれば今言ったことをちらつかせてもかまわんし、あの時代の火器で君らを抹殺することなど、天地がひっくり返ってもできん」

 「りょ、了解しました・・・」

 そう答えるしかなかった。

 「では潜伏先の君らの身分だが、すでに用意してある」

 デスクの引き出しから真崎は書類を取り出した。

 「君らの活動目的は”現地人や現地治安組織、浅岡成美に察知されてはならない”とあったな、護衛が大変だろう。だから君らが自然に警護できるように手を打つ必要がある。彼女と同年齢の日本人がいまここにいるし、ここにいる全員は日本語が達者だ。」

 「・・・まさか」

 「そう、浅岡宗一曹長には彼女の通う高校に転入してもらおう」




 部屋から退出した後、デルタチームは作業を始めた。

 「さあて、書類の偽造だ偽造。ところで偽造だけじゃあ、いつかばれるかもしれないぜ。どうするんだ?」

 「それなら私に任せてください。ハッキングしてデータ書き換えすればいいだけですし、住民票コードにも潜入しておきます。それに・・・現地に到着した場合の潜伏先は、到着したときから最初にあるんですか?それとも到着してから購入、という形なのでしょうか」

 パオリンは通信のエキスパートであるが、特に電子潜入、いわゆるハッキングのエキスパートである。元々は企業に雇われた、対ハッカーのネットワーク管理者だった実績を買われた経緯を持っている。元々デルタチームは、白兵戦のメイリン、狙撃のアルフ、潜入工作の宗一、勇猛な指揮官のデビッドなど、各分野のエキスパートを集める、優秀な部隊なのだが、唯一パオリンは他4人と違って実戦経験が皆無であるために、宗一から信頼されていないのであった。そんな彼女の質問にデビッドが答える。

 「そのことは『スペクター』が手配する。奴ならば的確な場所を選ぶだろう。」

 「写真写真、俺たちも高校生活楽しめるなんてな」

 「あたしたちは教師であんたは生徒、か。結構楽しめそうね」

 「おれはメイリンに指示されるのはかまわんが・・・」

 嫌そうな顔をする宗一にアルフは言い放った。

 「何だよソーイチ。おれに指示されるのがいやか?宿題を忘れたか、こんな簡単な問題もできないのか、廊下に立ってろ、補修は午後5時からだ、抜け出したら赤点だ」

 「・・・・・」

 沈黙する宗一。その視線にはどこか同情の念がこもっていた。

 「しかし、少佐とパオリンは後方で監視とはね。指揮する少佐は分かるけど、パオリンは仕方ないわね」

 「どういうことですか!?それはたしかに私は見た目は若いですけど・・・」

 「自分から言うようになったらおしまいよ。伍長」

 「・・・・・・」

 パオリンは黙りこくってしまった。





 「えーと、このメモがケンジので、これがホワン、そんでこいつが・・・」

 アルフは私室にこもって何かをチェックしていた。隣には宗一がいる。

 「アルフ、これが頼まれていた第5から9中隊の分だ」

 「おお、サンキュ。」

 取り上げる形で宗一からメモを取るアルフ。宗一はメモの内容は見るなといわれていたので内容は知らない。

 「それは何だ」

 「ああ、ダチから頼まれててね。向こうに行くなら何かいいもん持ってきてくれってさ。こっちがポルノビデオであれが旧アメリカドル古銭、そんでもってこれがレトルト食品100キロ分、こいつが『ぼくどらえもん』の創刊号から一式。んでこれは電気自動車。そしてこれがえーと・・・ポルノ本だ。」

 「・・・」

 「そんな怖い顔すんなよ。お前の分もとっといてやるからさ。」

 「俺はいらん」

 「つれないなあお前。せっかく21世紀に行くんだぜ。お宝がジャンジャンある時代なんだぞ」

 カタストロフ・デイ以前の時代、すなわち2004年以前に存在していた機械や本、食料、乗り物、玩具、ビデオや古銭などといったものはすべて発掘品として珍重される。世界各地で核爆発が起こったためにそういった「遺産」の絶対数が少ないのだ。大抵は”死の灰”の底に埋まっているので発掘そのものは困難であるし、なにより24世紀は、食料や娯楽、施設や資源、全てにおいて不足しており、それら遺産はハイステータスの象徴となるのである。正義の味方のライダーと発掘を行うジャンク屋は、花形の職である。

 「公私混同するな。俺たちは護衛に行くんだぞ」

 口調を強める宗一。

 「おいおい、そうやって力んでいるとくたびれるぜ。もっと気楽に行こうぜ」

 「護衛を気楽にやるやつはいない」

 「へいへい。姉さんには言うなよ、ばれたらライダー仲間にリンチされるからな」

 やる気なく返答するアルフに宗一は説得が無理だと判断、部屋を出て行った。





 同日午後8時、宗一はデビッドに作戦室にまで呼ばれた。

 「失礼します、少・・・中佐。どういった用件でしょうか」

 部屋にはデビッドとその部下数人、カメラを持ったパオリン伍長が座っている。

 「うむ、21世紀に行くにあたって、お前の身分証明用の写真を撮る必要があってな」

 「・・・ですが中佐、自分の写真は―――」

 「ソーイチ、お前の写真はいつも「引きつった顔の軍服姿」をしているのだ。制服でなければ証明用に使えん・・・おい」

 デビッドに指示された部下の一人は、制服を取り出した。赤いネクタイにホワイトのブレザーが印象的である。

 「それが潜伏先の学校の指定制服だ。それを着て写真を撮れ。」

 「・・・・・・」

 宗一は私服を着たことがない。年がら年中軍服やサバイバル用の分厚い長袖、潜入用の黒い戦闘服、あるいは強襲用の装甲服だけである。礼服なら持ってはいるが、生涯で2,3度しか着たことがない。しぶしぶながらも着替えをしながら困惑する宗一を見てデビッドは顔を綻ばせながらいった。

 「ソーイチ、お前はもう少し一般常識を学ぶ必要がある。このままではお前、嫁が来ないぞ」

 「・・・は、はぁ」

 妙に親父ぶったセリフに宗一は困惑する。

 「俺は冗談で言っているのではないぞソーイチ。戦場育ちのお前にはわからんだろうが、本来お前の歳ならもっと同年代の友人を作るべきだ。親友、カンニング仲間、チームメイト、悪口仲間、女友達、恋人・・・お前にはそれがない。これを機会に作るべきだ。人間関係の構築というのは人として高等な活動の一種だ。お前はそれを知らなさ過ぎる」

 「・・・努力します」

 宗一には、同年代の仲間がいない。いるのは常に戦場の兵士、年上の仲間ばかりである。デビッドは少尉時代から、宗一が戦場に出始めた6歳のころから常に面倒を見ていた、育ての親同然の存在である。無論、情もあるし宗一にとっては父親でもあるし上官でもある、逆らえない存在であった。

 「では、その第一歩として笑顔の写真を撮るぞ。パオリン、写真を撮れ」

 「りょうかい」

 パイプ椅子に座った宗一はカメラをにらんだ。

 「ソーイチさん、もう少し明るい表情を作ってください」

 「作っている」

 その引きつった顔は「明るい顔」ではなく「カメラににらみつけた顔」である。

 「・・・でしたらもう少し笑った表情を作ってください」

 「やっている」

 「・・・・・じゃあ何か楽しいことを考えて下さい」

 「・・・・・」



 結局宗一は膨大な労力と10分の時間をかけて、写真を撮ることができた。

 「・・・先が思いやられますね、中佐」

 「ま、まだ始まったばかりだ。これから徐々に学べばいい」

 だがその顔は「明るい顔」ではなく「妙に口元がゆがみ、目元も力んでいる顔」だったため、デビッドは溜息をついたのだった。





 翌日午後3時、宗一はメイリンに呼ばれた。

 「どうした、メイリン」

 「中佐が嘆いていたよ。ソーイチにはユーモアとかがないって」

 「戦場で余裕は必要だがユーモアはいらん」

 「これから行くのは戦場じゃないんだけど・・・」

 呆れながらもメイリンは、大きなバッグを取り出した。中にはビデオテープやマンガ本、小説、ゲームソフト、そのほかなにやら何やらが入っている。

 「これは?」

 「デビッドの部下が持ってきたのよ。もう21世紀に潜入しているスペクターが買ってきたって」

 「あいつがか?」

 コードネーム「スペクター」とは今作戦における情報収集を担当する隊員である。作戦書には書かれていなかったが、宗一たちとは面識がある。だが情報専門のスペクターと作戦実行部の宗一とは個人的に非常に仲が悪く、宗一はあまりいい顔はしていない。

 「そんなかにその時代の常識が書かれている本とかビデオとかいろいろあるから、出発日までに頭に叩き込んでおきなさい」

 「しかし・・・」

 「命令よ。護衛も大切だけど、向こうの世界に順応しなければ護衛そのものが成り立たないわよ」

 「・・・正論だな、努力しよう」

 宗一はバッグを抱えて部屋を出て行ったが、メイリンは宗一が本当に理解できるのだろうかと不安でいっぱいだった。









3月1日 午前1時00分
旧ロシア モスクワ都市要塞宇宙飛行場


 地球の重力を振り切るために作られたマスドライバーの上には、一つのカプセルがあった。一見するとスペースシャトルのような姿をしたその乗り物こそがタイムマシンである。滑走路にはけたたましい電磁反発音が夜中の空にこだまし、30kmに及ぶ長い滑走路が青白く光っており、ジェットコースターのように先が徐々に高くなっている。

 カプセルの後ろのほうの貨物室には戦闘用バイク「リアロエクスレーター」3台と、各種装備一式が積み込んである。前方は搭乗員の席となっており、座席の下のボックスに荷物を入れると、宗一たちはシートベルトを締める。タイムマシンは一度マスドライバーで打ち上げれば光速になり、その運動エネルギーが保存されるので過去にワープができる。過去から元の世界に戻る際は、その際に得ているエネルギーを使えば加速しなくても戻れるのである。

 「しっかし・・・」

 金髪の隊員、アルフが愚痴をこぼす

 「まさか打ち上げ用のマスドライバーを使うなんて、科学者どもはよく考えるよ」

 「タイムマシンって、光速にまで加速しなければいけないんでしょ。このマスドライバーしかないわけよ」

 「だがGがきつい」

 「ソーイチ、あんた宇宙に行ったことあんの?」

 隣にいる女性隊員、メイリンが宗一にたずねる

 「ネオプラントに侵食されたレーザー爆撃衛星を破壊に、一度行ったことがある。」

 「へえ、初耳ね。」

 「小隊からでて3回目の特殊任務だったからな。これが2回目だ」

 そこでアルフが口を挟んだ。

 「なあソーイチ、宇宙ってどんな感じなんだ?」

 「海だ」

 「へ?」

 「・・・お前、漫画の読みすぎだぜ」

 「違うな。暗闇に漂うその感覚を知らないからそういうことが言えるだけだ。暗黒の空間は全て飲み込むかのようだった」

 「へえ・・・お前にも文学的なもんがあったんだな」

 技術書以外の本などほとんど読まない宗一に、そのような表現ができたことにアルフは意外に思った。

 「・・・だがそこに行くまでがつらい。戦闘機のGとは違って、骨が折れそうな力で何かに押しつぶされる感じだ。これからかかるGで舌をかまないように歯を食いしばる必要がある。余裕ぶっていた同僚が「ハレルヤ」を合唱してマスドライバー発射の衝撃で舌を噛み切ったことがある。席が固定されているから何もできず、奴は出血多量とショックで死んだ。」

 暗いムードがカプセル内に漂う。これから行こうという時に縁起の悪いことを平然と言う、これは宗一の欠点であった。



 「ところでメイリン、漫画ということで聞きたいことがある」

 「何?」

 「先週渡された書物や映像テープの中にあったのだが、12人の妹とは一体どういうことだ。あの主人公の親は間違いなくとんでもない放蕩者だな。ああいった親の元で育っているのに息子は意外と生真面目なのが不思議だ。普通だったら父親の遺伝子に影響されて妹や周囲の女に手を出すろくでなしになっているはずだが・・・」

 「・・・はぁ?」

 「それに10歳で高校生になった幼児とか、宇宙工学や物理学を完璧に無視した古代の戦争で沈没された宇宙戦艦に2本の角の生えた白い人型の兵器、全身が兵器に改造された女子高校生、俺と変わらない年齢で機動兵器を躊躇なく自爆させたりするテロリスト・・・まるで理解できん。俺たちと似ている装甲服を着たバイク乗りもいたが、なぜ奴らは俺たちみたいに小隊や組織を組まずに単体で、しかもよく訓練された秘密組織に立ち向かう。普通だったらエネルギーが切れたところを集中攻撃されておしまいなのに、なぜか都合よくそのバイク乗りは敵を撃退するのだ。補給体制が確立されていないのにどこからかエネルギーや燃料、銃弾を運んでくる。この時点で変だと思わないか。敵も敵だ。まるで意味のない幼稚園のバスジャックや変な実験をするばかりか、邪魔をするライダーをたった10,20人程度の戦闘員と隊長のみで、毎日波状攻撃をかけないで一週間の余裕を与える間抜けさ、それも重火器を使わずに倒そうとして何度も失敗し、しかも負けて得た教訓を何一つ生かすことなく同じパターンを繰り返す。それもよりにもよって行動しやすい夜間ではなく真昼ばかりの作戦行動ばかりだ。この作戦力のなさに加えて構想もぐちゃぐちゃだ。敵の主力の怪人らしい奴も、相手が手に負えない厄介な形態に変身する前に一気にけりをつけようともしないし、本当に世界征服する気があるのだろうか。」

 ずけずけと”お約束”を批判する宗一。はっきり言って偏見である。

 「もし俺が敵の司令官だったら、まず2、3個中隊(300人)を使って断続的に戦闘を繰り返し、奴に休ませる隙を与えないで疲弊したところを狙撃手で仕留める。それが無理ならば潜伏先を突き止めて細菌兵器や爆破で抹殺するか、知人を誘拐して陽動したときに仕留める。もしくは街を攻撃して奴を誘い出し罠のある区域に陽動後、後方から一気に叩く戦術を立案する。その後爆破やコンピューターウイルスなどで交通機関や通信、治安組織を破壊して混乱しているうちに強襲をかけて制圧するだろう。もっとも、いずれかの作戦を有能でかつ迅速に動ける、通信手段を確立した部下に命じるだろう。第一秘密組織で少数精鋭を気取るなら、暗殺やテロのほうが向いているのになぜああ表立った、しかもすぐに身元が割れるような作戦をするのだ!?」

 「スペクターのやつ・・・」

 くっくっくと笑うアルフを尻目にメイリンは「ああ、あの男らしい嫌がらせだ」と思いつつ、その”スペクター”の遠まわし的な嫌がらせに力なく憤慨した。今頃”スペクター”は悪魔の翼と触覚と尻尾を生やしながら「けけけ」と笑っているだろう。

 《マスドライバーの発射充電完了。カウントを開始します。120,119,118・・・》

 「各員、おしゃべりはそこまでだ。衝撃に備えろ」

 さっきまで黙って話を聞いていたデビッドが指示する。一同はそれまで和やかだったムードをかなぐり捨てて、真剣な表情になる。

 「あ・・・あの・・・」

 「しゃべるな。Gで下を噛み切るぞ」

 パオリンの発言を宗一は止めた。彼女は戦闘機の搭乗経験がなかったために不安だったのだが、宗一はそんな彼女にかけることはしない。むしろこれを機に慣れさせるつもりであった。隣に座るアルフは鼻歌を歌って緊張感を楽しんでいる。

 《5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・0、テイクオフ!》

 マスドライバーが作動し、タイムマシンはすさまじい速度で打ち出された。ドライバーから離れたときにはすでに光速となり、月に到達する直前に光とともに消えていった。












西暦2004年4月7日午前8時02分
東京都豊島区所縁が丘市2丁目




 「う”〜、」

 彼女は朝が苦手である。雲ひとつない青空にスズメがさえずる平和な日本晴れ。柄に書いたような清清しい朝なのだが、低血圧の彼女にとって朝の太陽はまぶしい以外の何者でもない。

 周りを歩いている黒髪の生徒たちと比較すれば、オレンジ色に染まったショートヘアーは非常に目立つ。カバンにはおびただしい量のシールやストラップ、アクセサリーなどで派手に装飾されており、着ている制服も無難なレベルで着崩されている。太ももの高さまでに短い指定制服のスカート、みっともなく結ばれているネクタイにブレザーはボタンがされてない。ルーズソックスや日焼けはさすがにしていなかったが、それでも一見すれば「遊び人」という印象がぴったりな女の子である。

 「ナルちゃんは本当に朝が苦手だね」

 彼女、浅岡成美の隣に並んで歩く女の子、親友である金本明海が笑顔でたずねる

 「う”〜」

 まるでのら犬のうなりのごとく、彼女は答える。すでに答えになっていないような気もした。

 「せっかくの始業式なのに・・・また夜まで遊んでいたの?」

 「あー・・・うん。深夜番組の映画が結構面白くてさ。日本映画ってどうしてああいった中途半端なのが多いんだろう。まるで芸人の自己満足みたいなーというのが嫌ってほどに流れてんのよ。だから日本映画は世界で受けないのよ、うん。」

 「ふーん」

 いい加減に答える明海。彼女は成美と正反対にきちんと制服を着ている。

 「大スクリーンで見てもあれ、つまんないわね絶対。アクション派、といううわけじゃないんだけどさ。あたしに言わせれば練りこみが足りないし、台詞回しや予算とか、そういったものに気合が全然ないのよ。あれで映画って言うんだから・・・失笑するには十分なんだけどね。」

 「ふーん」

 ヘンな日本映画論を説く成美は、だらだらと歩いてみっともない顔であった。きちんと澄ませばファッションモデルでも十分通用できるほどの美人なのだが、品性というものがあまりないのだ。顔にはよだれの跡、目の下は”くまもある。目も垂れていてどう見ても美女とは程遠い風貌であった。

 と、その時後ろから、

 「おはようございます成美さん。明海さん」

 「あ、おはよう雪枝ちゃん」

 「おはよう雪枝」

 成美のもう一人の友人である最上雪枝であった。校内でも美人コンテストに選ばれるほどの美貌の持ち主で、男子からの人気は非常に高い・・・のだが、

 「あらそうなのですか。またご一緒できてうれしいですわね」

 どうも成美にとってはこのお嬢様言葉が引っかかって仕方がない。国会議員の娘らしいのだが、なんともとらえどころのない雰囲気を出しているのだ。天然といってもよい、悪意のない微妙な口調が成美には調子を狂わされてしまうのであった。

 「まあ・・・そうね。」

 「うん。」

 「そうしましょう」

 奇妙にも明海と雪枝は、息が合っていた。波長が合っているというのだろうか、成美と違って以心伝心みたいなものがあり、人付き合いが苦手な成美にとってはある意味この二人がうらやましく思うのであった。





 そんな調子ののろけ話をしているうちに二人は校門をくぐった時、二人の目にある光景が飛び込んできた。

 「いいかげんにしなさい!」

 「いい加減など言っていません」

 「あ、あれ咲田センセーだよ。ナルちゃん。」

 「ホントだ、なにやってんだろ」

 崎田美代子、成美らが一年のときの担任だった女性教師である。今年で28を迎える若手の女教師でかなりの美人なのだが、なぜか男子生徒より女子生徒からの信頼が厚い人物である。一応男子からの人気はあるにはあるのだが、彼らにはまた別の対象が存在するからである。

 で、その咲田先生はなにやら一人の生徒と口論をしている。

 「だってどう見てもそのバイクは50CCどころかナナハン超えているでしょう!」

 「いいえ、出力を50CCまでしかでないようにリミッターがかかっています。最高速度も60km/hまでしか出ません。」

 「だからそれがいい加減だといっているのです!嘘をつくのならもっとマシな嘘を言いなさい!」

 「嘘ではありません。咲田教諭」

 「と・も・か・く!このバイクは没収します!まったく転校早々、おまけに始業式から改造ハーレーで登校するなんて・・・」

 「困ります。それがないと・・・」

 「言い訳は言わない!」

 「言い訳ではありません」

 「いいから!このバイクは持っていきますからね!」

 そういって咲田教師がバイクを引っ張ったが、バイクはまったく動かない。

 「な、何よこれ・・・?ふぎぎぎぎ・・・・・・・・・・!」

 「無駄です。それは自分でしか動かせません。」

 「ふぬぬぬぬぬぬぬ!」

 今度は思いっきり力を入れて押したが、まったく動かない。

 「崎田教諭。無駄です。そのバイクは自分以外に登録された人物でないと自動的にロックがかかるようになっています。そもそも四次元コンテナに搭載されている弾薬の総重量は軽く1tを超えているので生身の人間では・・・」

 「おだまりなさい!こんのぉ!」

 その男子生徒が冷静に語るその口調が気に入らなかったのか、咲田は顔を真っ赤にしながら動くはずもないバイクを押し続けていた。





 「・・・・・なにあれ」

 「・・・・・何だかシュールだね、ナルちゃん。」

 それはあまり見たことのない学生が、白バイ並か、いやそれ以上の大きさを誇るどでかいバイクを巡って教師と言い争いをしている光景であった。大きさだけではない、先端にはライト以外に用途不明の二つの穴が開いており、後部にはこれまたどでかい荷台に真っ白いカラーリング、どう見ても1000CCはあるんじゃないかといわんばかりの超ド級だ。
 
 一方の男子は、そんなバイクを扱うとは到底思えないやや小柄な体格であった。どうみても身長は170cmは切っているであろう、が、体つきはがっしりとしており、均整の取れたバランスはチビと言うには立派過ぎるのである。ざんばらな髪はどことなくワイルドさを思わせ、チンピラとは思えないような端正な顔つき、教師に向かって直立不動しているのだ。

 「なんだってあんなでっかいバイクで登校したんだろう」

 まさかそれが自分の友人を護衛するためだとは、明海は知る由もない。

 「素直にこっそり隠せばいいのに・・・」

 「ナルちゃん、日本語おかしいね。」

 「うっさい。それにしても度胸があるんだか、ただの馬鹿なのか・・・」

 そんなことを考えながら、二人は校舎に入っていった。咲田先生のことよりチャイムのほうが気になるからである。

 外では相変わらず、動くはずもないバイクを巡って二人が言い争っていた。





西暦2004年4月7日午前8時20分
私立所縁が丘高等学校生徒指導室


 「・・・・・まーったく、何やってんのお前?」

 「50ccバイクでの通学が認められていると聞いたからリアロエクスレーターで登校しただけだ。」

 「どおりであたし達より遅くセーフハウスを出たと思ったら・・・・・」

 「リミッターは50ccで抑え、60km/hまでしかでないのに何がいけないのだ?」

 「・・・・・あんたってほんとに馬鹿ね」

 「そもそもこの時代の原付の法廷速度は30km/hだろう。仮免で落ちた作者かお前は。」

 結局あのあと、動くはずもないバイク「リアロエクスレーター」を押すのに疲れ果てた咲田先生の指示に従って、宗一はバイクを没収用の格納庫まで押す羽目となった。元来この高校は原動付き自転車の通学が許されている珍しい高校なのだが、当然有事における責任は自分達にもかかってくる。よって生徒が何らかの問題を起こした際にはその制裁措置としてバイクが没収されてしまうのである。当初はバイク奪還目当ての盗難が相次いだために、いつしか学校の地下には「バイク留置所」の異名で知られるバイク格納庫が出来上がっているのであった。

 そして宗一はその問題生徒として生徒指導室に呼ばれたのだが、現場にいた咲田先生は腰を痛めてしまったために出ることが出来ず、代わりに教師となったアルフレッド=フォン=オスカーと、メイリン=ルイが出ることになったのである。

 「二人はバイクでの通学が認められているだろう」

 「あのなソーイチ、俺達は教師だぞ。生徒の立場にいるお前がああいったバイクを乗り回すこと自体がおかしいんだよ」

 「しかし・・・以前渡された資料では俺ぐらいの歳でバイクを乗り回しているのはざらにいたぞ。確かその資料は「特攻の・・・」」

 「だー!漫画ばっか読んでいるからそんな非常識野郎になるんだよお前は!」

 どうも自分に渡された資料は断片的に合っていて、そして現実世界ではやってはいけないことがあるらしい。だが戦場育ちの宗一にはそれら区別がまったくつかないのであった。そんな宗一にアルフは、まるでPTAの職員みたいなことを口走りたくなったのである。

 「・・・中佐、怒るわね絶対。」

 「う・・・」

 宗一は中佐には頭が上がらない。

 「・・・で、リアロエクスレーターはどうなんだ?」

 「盗もうとしても駄目よ。盗むのは簡単だけど、盗んだら一発で退学だそうよ。第一あんな目立つバイク、なくなったら誰だって気付くし。」

 「う・・・」

 「7月になれば帰ってくるそうよ、それまで諦めなさい」

 これは中佐のカミナリが落ちるな、とアルフは笑う気にはなれなかった。

 顔は笑っていたのだが。





西暦2004年4月7日午前8時30分
私立所縁が丘高等学校2年B組教室


 「あさぉ・・・本田宗一です。よろしく」

 (まさかこういうオチだったとは・・・)

 (どうりで見ない顔だと思ったら・・・)

 そう思ったのは成美たちだけではない。朝の光景を見ていたその場にいた全員の考えである。微妙なざわつきが教室中を覆う。

 「ええと、本田君は両親がいなくて、伯父さんが大学の教授で世界中のあちこちを回っていたので外国暮らしが長いそうです。」

 「はい、3月までロシアにいました。」

 さらっと言うその口調には隙がない。しかしその言い回しがざわつきを更に活発化させる。

 (どこか16歳で大型バイクの免許取れる国って、あった?)

 (さあ?)

 (ロシアってあのプーチ●ダイトーリョーの?)

 (アフガニスタンの上のところだろ)

 (お前馬鹿だなぁ。コサックダンスとウォッカの国だろう)

 「”日本の暮らしはあまり慣れていないようなので”、皆さん、仲良くしてくださいね。」

 (なあ、なんで最初のところだけ強調したんだ?)

 (知らないのかよ。朝のバイク騒動、ああお前遅刻したんだっけ?)

 (あいつナナハンで学校登校してセンセにパクラレたんだぞ。)

 (ああ、だからか。でもナナハンで登校するか普通?)

 (絶対普通じゃねえよ。見ろよあの目・・・まるで猛獣のようだ)

 (・・・絶対人一人殺している目だぜ。もしかしたらあちこちで暴れまわっているんじゃないか?)

 (隙がありませんね〜)

 (結構カッコよさそうだけど・・・)

 (やめなさいよ、ああいうのって近づいただけで痛い目見るタイプよ)

 (根に持つタイプね。)

 「何か質問は?」

 一人の女子生徒が立ち上がった。

 「あのー、前のロシアではどういう学校に通っていたんですか?」

 「はい、モスクワの都市要塞の中枢制御ビルに潜入していました。」

 答えになっていない。

 「え?ええと・・・じゃあスポーツとかやるんですか?」

 「マラソンをやっています。」

 そこまでは良かった。

 「なぜならライダー部隊でのトレーニングでは毎日100kmが課せられていますので。他にも50kgバーベル1000スクワット、遠泳50km、射撃訓練3時間、空挺降下訓練、強行偵察訓練・・・・・今現在全てのトレーニングを挙げるには少々無理がありますので別の時間を設けてくれれば・・・。」

 またしても答えになっていない。

 「・・・・・」

 返答が出来ない女子生徒を尻目に男子生徒が立ち上がった。

 「趣味は何ですか?」

 「バイクの運転です。ですが必要なとき以外にはあまり乗りません」

 「へ?」

 今の今までがウケ狙いの(と認識されかねない)回答だったために次もウケで来るだろうと見込んで聞いただけなのに、この普通の回答に逆にあっけに取られてしまった。だが「必要なとき以外」とは・・・教室中でざわめきが起こる。

 その直後、成美が立ち上がった。

 「・・・じゃあ、何であんなバイクで学校に来たんです?何の必要があったんですか?」

 少々意地の悪い質問、だと成美は思ったのだが、その直後の発言でその考えを180度改めることとなる。

 宗一は少し間を置いて答えた。

 「君を守るためだ」





西暦2004年4月7日午後4時05分
私立所縁が丘高等学校 保健室

 「お前・・・馬鹿か?」

 「相手はレジスタンス指導者だ。作戦の目的を報告しろという命令に従っただけだ」

 「そういう問題じゃねえだろ」

 放課後、本田宗一はクラスメート達に「浅岡成美に惚れたチンピラのような電波のようなバカ」という、いいようなよくないようなキャラクターとなってしまった。あの回答の直後、宗一は顔をゆでだこになった成美によって蹴倒されて気絶、そのまま保健室に直行する羽目となったのである。

 「それにしても彼女は・・・相当の白兵戦に長けた女性だ。まだ頭がガンガンする、さすがにレジスタンスを立ち上げただけのことは・・・ある」

 「100人中100人、あんなことを真正面で言われればキレるもんだがなぁ」

 みっともなくタバコすいながら宗一の愚痴を聞くアルフ。

 「ていうかお前、デリカシーとかそういうの分かってんのか?また馬鹿なマンガの知識から引っ張ってきたんじゃないのか?」

 「む・・・」

 「だと思った。ともかくお前は、自分で自分の首絞めてんだぞ。とっとと追っかけろ」

 頭を支えながらも宗一はベッドから起き上がった。

 「メイリンは?」

 「ガッコで仕事中。部隊が来るまで楽できねえよなぁ。」

 レジスタンスは西暦2312年5月に、ネオプラント領の残された都市要塞の一つ、エカデリンブルグ要塞攻略作戦を行う予定である。要塞攻略後、余剰兵員が出てくるライダー部隊は兵力を21世紀に割くことが出来るようになるので、それまで成美を完全護衛しなければならない。だが・・・

 「二人が教師というのは間違いだったな」

 「同感だ。お前がそんな馬鹿だとは俺は思わなかったよ」

 はっきり言って護衛3人が密着することがマイナスだったことに、宗一は気付いた。教師という立場上ならば自然に成美に接近することが出来る、されど教師という立場上、どうしても彼女から離れなければならないのである。せめて彼女の家のすぐ手前に家を建ててあるのが幸いなのだが・・・

 このときの宗一は、「スペクター」に対して殺意を覚えていた。

 こうまで自分を邪魔するとは何事なのだろうか。

 あの男のせいで自分は恥をかき、バイクを取られ、成美に殴られる。こんなひどい仕打ちは存在するのだろうか。





西暦2004年4月7日午後5時未明
ハンバーガーファーストフード店「ミャクドナルド」所縁が丘支店前


 「・・・ったく」

 「まだ怒ってる。火山みたいに根に持つタイプだねナルミ」

 「それは怖い」

 始業式ということだけあって部活動がない成美は、仲の良い3人の女子生徒たちとハンバーガー店にいた。明美は先に帰ってしまったし、雪枝は塾で最初からいない。すでに成美が腹に入れたハンバーガーの数は7個を数える。元来運動をしている彼女は早々太る体質ではないのだが、さすがにその量を目の当たりにした一同は賞賛の声を送るどころか、あきれ返る言葉しか出ない。

 「大体初対面の人間に対して!何だってあんな爆弾発言するのよあいつは!?まるでマンガみたいに馬鹿の一つ覚え!学習能力あるのかしらあのオタク野郎は!?ああいう性格だからきっと外国でもいじめられたに違いないわ!ええきっとそうよ!そうに違いない!あんなオタク、普通の人間だったら近寄りがたくなるどころか●●●●のように殺虫剤ぶちまけて新聞紙でくびり●●ても罰当たりはしないわ!大体なにが「ライダー部隊」よ!?バーベルスクワット!?マラソン100q!?クーテーコーカクンレン!?アニメオタクに加えて軍事オタク!?ここまで来ると●●イを通り越してキ●●●よ!よくもまあ●●●●にぶちこまれなかったわね!?」

 「・・・・・」

 ぶち切れると彼女は対象に向けて罵声戯言をまるで機関銃のように正射しまくる、それもでっかい声で、文章にすると間違いなくクレームのかかることうけあいなし、女の子とは思えないがさつ過ぎる口調で、である。これは彼女の欠点であったが、決して悪意こもったセリフというわけではない。中学3年間はアメリカに留学していたのですっかりズバズバ言うアメリカ人の特徴が出ている、すなわち根が正直すぎるのだ。

 「でもアニメってね・・・」

 「だってそうじゃないあのワンパターンなセリフ!」

 それは宗一がスペクターの資料によって刷り込まれた知識なので、的を射ていた。

 「でも面白い方じゃない成美」

 「あのねみつこ!ああいうのが今後犯罪を犯す輩なのよ!犯罪予備軍っていう奴!あんなのと結婚、いや付き合っただけでも将来80年の人生がずたずたに引き裂かれるのよ!勝手に競馬やパチンコで負けまくって、妄想で事業に失敗しまくって借金作りまくり!ヤクザの借金が増えまくってマグロ漁船!そんで●●●が引っこ抜かれているから3日でぶっ倒れて、漁船から海の藻屑になって!のこされた女は●●●●●●て●●●●●●されて●●の●●に●●される可能性間違い無しなのよ!」

 「ナルミ、もうちょっとTPOを考えてよ・・・作者が楽しているように見えるから。」

 「いいや!あと2ページほど言わせてもらう!きっとあいつはあたしらの後ろのほうにいてこっちをにらんでいるはずよ!」



 「(ギクッ!)」

 変装は完璧のはずだった。

 ざんばら頭は白く染めている上に長髪に整形、深い色の眼鏡をかけているし服装も学生服ではないのでばれることはない。念には念を入れてボイスチェンジャーまで使用しているのに、こうも見破っているとは・・・!

 (さすがにレジスタンスの初代指導者だけのことはある、あの観察力は只者ではない)

 とか宗一は思ったりしていた。



 「ナルミ、考えすぎだよ」

 「そうそう。こうも転校生の悪口ばかり言うのはおかしい」

 「!?」 

 意外すぎるというより、予想が容易なツッコミが成美の神経を揺さぶらせた。

 「実はナルミちゃん・・・まさか」

 「んなわけないでしょ!ストーカー被害者なのよあたしは!」

 何だか知らないが、自分の中の痛いところを突かれた様な気がした。ただ明美や美穂の指摘どおり、成美は宗一がどこかしらか自分と係わり合いにあるような感覚も覚えていたのである。親類なのだろうか、否それは違う。じゃあなぜ彼のことをこうもばかばかしく悪口を言いまくるのだろうか。恋心のこの字も自覚はない、だがなぜか・・・よくわからんのだが変な感情が成美をいらだたせていたのである。

 「・・・それにしてもナルミ、よくもまあ喉がかれないわね」

 「大声コンテストに出られるわね」

 「うっさい、今喉が渇いたところなの。追加オーダーしてくる」

 「まだ食べんの?」

 「ちがわい!」

 そういって成美は立ち上がり、レジに向かっていった。しかしレジはなぜか行列を作っている。

 「おいジュースはまだなのか!」

 「すいませーんコーヒーまだなんですか・・・?」

 「ジンジャーエルいつになったら出て来るんだ!」

 なぜか飲み物がらみの注文ばかりである。

 「申し訳ありません、ただいま込み合っていますので少々お待ちください」

 「ふざけるな!少々って10分のことか!?」

 「そうよ!お客待たせるなんてひどいと思うわ!」

 怒った客に店員はマニュアルどおりの対応しか出来ない。その理由はジューサーの故障にあった。なぜか5分ほど前から機械がまったく動かなく・・・否、壊れたかのように反応しないのだ。しかも故障する直前に客がやってきたものだから「ただいま修理中ですので申し訳ありません」とか言えないのだ。緊急用のペットボトルは切れているし、次にやってくるトラックはまだ2時間先の話である。

 「申し訳ありません・・・ただいまジューサーは・・・」

バゴンッ!


 奥のほうで爆発音。さらに

バゴン、バゴッ、バゴッ!


きゃああああああ!

しゅるるるるるるつつつるるるるるるっるるる!


ごぎゃごぎゃ!



 殴打のような鈍い音と共に悲鳴が上がった。そしてその後にツルが巻きつくような音、更に鈍器音が響く。

 「!?!?!?!?」

 なんともいえぬその爆音、聞きなれないその音にその場にいる一同は凍り付いてしまった。否、その場にいるものだけではなく、ファーストフード店内にいる者全てが凍りついたのである。

 ズしゃっ、ずしゃずしゃ・・・・・・・ずしゃっ・・・・ずしゃっ・・・

 何かが歩く音、その正体が厨房の扉をあけた。

 ばたんっ

 「・・・・・」

 それは異形のものだった。



 人間であるには変わりない。ファーストフード店の制服を着ている女性店員である。

 しかし頭に当たる部分はまるでSFに出てきそうな機械が突き刺さっているのだ。コードも頭から飛び出していて、頭が重いのか、背中が曲がっていてやや前のめりの立ち姿であった。左腕は肩の方から千切れていて真っ赤な鮮血が噴水のように噴出しているが、痛みなど知らぬかのような素振りさえ見せるその無表情は、貧血症状で真っ青であるもののある意味不気味すら覚えるほどである。瞳は白目をむいているし、鼻水は鼻血と共に垂れ、口からよだれも垂れていて見るからに「危ない人」である。が、その人特有のけいれん症状や暴れまわったりなどはしていない、というよりするように見えない。右手に当たる部分は包丁や金属機材、ラジオなどがしっちゃかめっちゃかにくっついており、その集合体はまるでハンマーを連想させる。

 これら特徴から表現するならば、ゾンビみたいなものであるということである。

 「な・・・なによあれ・・・」

 「ぎ・・・ぎがっ・・・が」

 しゃべった。

 「yatuwonerae」

 ぎょろっとその異形の者は成美をにらみつけた。

 「!?」

 今の今まで、ヤンキーややくざ屋さんに睨まれても億劫することはなかった成美だったが、このとき初めてひるみを覚えた。

 「ふしゃぐごめがぎつヴだらヴぁらえあ!」

 わけの分からない言葉を放ちながら、異形の者は成美に向かって飛び掛った

 「ぎゃ!」

 しかし失敗した。左腕が完全にない状態で、右腕と頭に過剰の重さがかかっているせいでバランスが取れず、ジャンプの着地点は成美ではなく、その2人手前にいるヤンキー風の男を押し倒す形で倒れたのである。

 「!!!!!」

 「グラがファヴァファらがたりぎびちちちっちちちふぁがら!」

ごしゃ!

 動けないヤンキー男は、右腕のハンマーらしき物体に思い切り殴られた。

 「ばぎゃ!」

 「ぎゃられられれがぎほぼがらおふぁヴぉろえろ!」

ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ!ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ!ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ!ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ!ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ!

 悪夢のような鮮血が店内に広がっていき、その周囲には真っ赤に染まった水溜りが出来上がっていた。



 「きゃあああああああああああ!」

 それが誰の悲鳴かは分からない。ただ分かることといえば女性の悲鳴だったということだけである。

 その悲鳴が、その場にいた凍りついた人たちを氷解させたのは言うまでもない。早く逃げなければこの変な奴に殺される、という生存本能が全ての思考回路をかき消して、一斉に店の外にでようとする作用が働いたのである。

 「わわわわわ!」

 その人の流れに逆らうかごとく、成美は押しとどまる。

 「ナルちゃん!」

 「きゃあああ!」

 「落ち着いて!」

 この状況下で冷静を保っていたのは、宗一を除けば成美ただ一人だけであった。今まで見たことのない残虐映像(実像)の前に気が仰天した同級生達を必死に起こしていたのだが、このショッキングな事態で店内は大混乱、一部のものはその場に伏せて何も出来ない状態だったのである。

 ただ、その場に伏せるということは、彼らにとって死を意味することである。

ひゅるるるっるるるるる!

 異形のもの、もう怪物と呼んでも差し支えなかろうそれは、頭から無数のコードを放った。

 ぐさっ!

 コードは倒れている人や伏せている人に次々と突き刺さり、

 びぎゃぎゃぎゃぎゃ!

 電撃を浴びせた。数度のけいれんを経た彼らは立ち上がっていき、やはり怪物のような素顔になっていった。



 「ぎがららあヴぁ!」

 「ほららばっりふぁ!」

 「りらえれああおろおぼら!」

 もはや何を言っているのかすら分からない。そのうちの一人が逃げ遅れた成美たちめがけて突進してきた。

 「ぎちいあらちゃれらだらえわい!」

 ナルミオマエヲコロスゥゥゥゥゥ!!!」

 「きゃああああ!」

 どがっ!

 横から何者かの体当たりを受けた化け物の部下が、思いっきり倒れる。

 「早く逃げろ!」

 「え・・・」

 「早く逃げるんだ!」

 白髪の長髪男であった。誰かは分からないがどこかであったことのあるようなデジャヴを成美は覚えている。

 「え・え・?」

 「いいから早く逃げろ!」

 男は恐怖のあまりに縮こまっている女子生徒たちを起こし、店の外めがけて押し飛ばした。

 「!!!」

 「ぎゃららばふぁあ!」

 既に立ち上がった化け物の部下が背後から男の首を締め上げる。

 ぐさっ!


 「ギャラふぁふぁああああああああああ!?」

 いつの間にか男の左手に握られたナイフが、化け物の部下の左腕を手首から切り落としていた。あまりの激痛のあまりなのかは定かではないが、化け物の部下は倒れてしまった。

 「だ、だいじょうぶなの!?」

 「早く逃げろといったはずだ!そこにいる女を連れて早く逃げろ!」

 「う・うん・・・?」

 何を信じればいいのか分からない、が、信じなければならないのだろう。成美は女の子を連れて外に逃げていった。

 店に残っていたのは、白髪長髪の男と、化け物たちだけしかいない。



 「まさかこんな形で強襲してくるとはな・・・」

 「ぎひゃららだらえあ!」

 そう宗一は思った。奴らにとって人間など、ただの虐待対象の生物でしかない。殺したところで何ら罪悪感など出てこないのだ。それにしても連中はどこから成美の居場所を把握したのだろうか。彼女の住所や居場所はレジスタンスの最高機密というのに。

 「ぎゃうららら!」

 化け物の一人・・・禿げたサラリーマン風の男が宗一めがけて襲いかかる。

 どごっ!

 「ひぶら!?」


 鈍い爆音と共に男が吹っ飛んだ。いつの間にか宗一の手に握られていた銃によるものだ。

 「まずいな・・・緊急連絡」

 「げららおぉ!」

 最初の怪物が怒号を上げた。





西暦2004年4月7日午後18時24分
朝霞市202−4 セーフハウス


 ビービービービー!


 「緊急連絡!」

 「誰からだ!?」

 「コード確認、ソーイチさんからです!」

 各隊員には緊急連絡用のボタンが配布されている。これを押すことによって司令部のセーフハウスに直通でつながるようになっている。セーフハウスにはデビッド中佐とパオリン伍長が24時間体制で常駐しており、そこから各隊員に指示を出すことができるようになっている。

 「つなげ!」

 <・・・・・とうせよ。こちらデルタ4。緊急事態発生>

 「こちら司令部。何事か」

 <緊急事態です。ネオプラントが出現しました。>

 <数は?>

 <どごっ!「ごぎゃああ!」・・・・・たった今数は7人になりました。敵タイプはミュータント、ファーストフード店内の人間を取り込んでいます。>

 <成美はどうだ>

 <既に避難は完了しています。ですが敵は彼女を追おうとしているので自分がここで食い止めているしだいであります!>

 <わかった、奴らをそこでしとめろ。奴らが外に出たら手に負えなくなるぞ!>

 <デルタ2と3の救援を>

 <既に向かわせている。あと3分持ちこたえろ>

 <りょうか・・・どごっ!「ぎゃらば!?」>

 通信はそこで途切れた。

 「・・・なんだかすんごくやばいですね」

 「やばいなんてものではない。なぜ奴らは成美の居場所を突き止めたのだ?」

 「へ?」

 「成美の住所や場所はレジスタンスの最高機密に値するものだ。場所を知られれば今みたいな事態が頻発するだろう」

 「・・・・・」





 どごっ!

 「ぐ・・・・・やら!」

 やっと最後の一人、”右手ハンマー”を始末できた。店内に残っているのは宗一ただ一人だけである。

 しかし宗一は安堵して帰るわけには行かない。こうなった原因を調べなければならないのだ。

 こうなった原因、それは厨房の奥にある。

 今みたいに人間がミュータントになる原因は、ネオプラントの機械にのっとられることにある。それは機械が人間の脳髄に直接コードをつなげるという危なっかしいやり方で、である。直接脳につながった人間は脳に微弱な電流を流すことで肉体的にも精神的にも支配されてしまい、文字通りゾンビとなってしまうのである。

 しかもそれはねずみ算式に増えるのだ。西暦2100年代はこのミュータントが異常に膨れ上がり、レジスタンスは一時壊滅の危機に立たされたことがある。やむなく当時の指導者である朝岡平生は、のっとられた街丸ごと火の海にして一掃したのだが、さすがにその非人道的行為を批判されてリーダーの座を追われているほどである。つまり人間を殺すという道義的な部分をついてくるのがネオプラントのやり方であり、ミュータントなのだ。

 がさごそと宗一は奥の厨房を調べていた。

 「確か・・・ジューサーが・・・といったなあの店員は」

 あやしいと思った。先ほどのレジの状況から宗一は、厨房にあるジューサーに原因があると睨んだのだ。

 それは的中した。

 「やはりそうか」





 それは怪物だった。ただの怪物ではない。

 一見すればファーストフード店の店員である。が、「奴等」特有の特徴が見られる。

 興奮すると異常に膨れ上がる血管と逆立つ髪の毛、これらは体質変換する過程に現れる「奴等」の有機的な現象だ。

 そして「奴等」は脳改造を施されて言語中枢を傷つけられているために、うまく話すことができない。

 「・・・」

 「彼女を暗殺しようと店員になりすましたつもりだろうが、自分の部下のコントロールはきちんとすべきだったな」

 「ナニヲイイマスカオキャクサマ?」

 「店員のつもりなら背中に隠している刃物を下ろすべきだな。客に対して失礼だ。」

 宗一は銃を構える

 「それに化物風情が丁寧な人間言葉を話すな。敬語もなっていない」

 ドカンッ!

 銃が火を噴いた。対改造人間銃弾「CYVA」、銃弾それ自体の”衝撃による”殺傷力こそ低いものの体内にめり込むことで毒物が全身に浸透し、死に至らしめる銃である。それを宗一は、「怪物」よばわりした女性店員の胴体に打ち込んだ。だが、

 グオオオオオオオ!

 怪物の胴体表面でそれは止まった。弾丸の衝撃をはじき返すために細胞変換、すなわち変身したのだ。背中から腕らしき物体が4本生え、先端が銃口になっている。全身の筋肉が赤く膨れ上がり、可憐な姿から醜悪な部男に姿を変えていく。尻の部分がまるで餅か風船のように異常に膨らみ、先端に刃が飛び出した。女性が目だって生えるはずのない髭が無作為に生え、頭髪は地面に届くと言わんばかりに長く伸びていく。

 「ふりゅるるるっるう〜」

 「タイプ・スパイダー・・・・・強襲暗殺型の生体兵器か」

 スパイダーと言われる生体兵器、それは蜘蛛を模した改造人間である。ネオプラントが拉致した人間をもちに改造手術を施し、それを人間社会に送り込む。そこで要人などを暗殺したり重要施設を爆破したりするのが生体兵器全般の目的である。その中で蜘蛛型生体兵器は、蜘蛛特有の糸を使った潜入任務や、毒を使った暗殺を得意とする、ネオプラントではポピュラーなタイプである。万が一の敵との光線交戦を想定した、背中に装備された4本の7.5mm口径マシンガンは複数の敵に対してかなりの攻撃力を誇るが、もともと潜入任務が主であるので弾数そのものは少ない。

 「グヤララオオオオオオ!」

 ドカンッ!

 宗一から放たれた銃が怪物の眼球に直撃。

 「ぎゃららだだ!」

 どかんどかんっ!どかん!

 「ぐぎゃららだ!」

 真っ赤な皿・・・もとい真っ赤な血の噴水が怪物の両目から噴出した。あまりの激痛のために怪物は思い切りのけぞり、その場でのた打ち回っている。

 生身の人間がこの手の怪物に勝つ術、それは敵の弱点を突くことにある。いかに強靭な肉体や骨格を持った怪物とはいえ、眼球や間接部はどうしようも鍛えられない。鍛えたらその部分の機能を失うからだ。それはいつの時代も変わらない、弱点であった。

 だが宗一はこれで勝つつもりはない。

 敵がひるんでいる隙に変身をする必要があるのだ。

 宗一は床に置いた学生カバンを拾い上げる。

 「ぐいぎゃらら!」

 「人間の言葉すらも話せないのか。化物」

 無常なことをつぶやきながらも、カバンから中央が丸いオブジェがついている、チャンピオンベルトのようなものを取り出した。そしてそれを腰に取り付ける。

 「戦闘システム、アプリケーションライダーを起動!4次元コンテナ開放!」

 ガシャン!と球体のオブジェが開いた。その中から無数の緑色の細いワイヤーフレームが今にも出ようとしている。

 <アプリケーションライダー・・・OK、コマンド?>

 深い男の電子音声が宗一に求めた。

 「モード・電聖で起動しろ」

 しかし声はそれを拒否した。

 <警告:ツェータの使用を推奨>

 宗一は言い返す。

 「電聖でいい。”あれは”まだ不完全だ」

 <了解、予備スーツを装着します。コマンドを>

 「電聖起動!」

 <イエス。電聖起動します・・・・>



 <四次元コンテナを展開、電聖装甲を安定させます>

 <安定完了・・・身体に定着させます>

 <定着完了・・・パワーアシスト機能を展開>

 <展開完了。パワー稼働率70%、戦闘レベルに達しました。続いてFCS調整にはいります>

 その声とともにワイヤーフレームが宗一の全身を覆った。足の指先から頭の先までをすべて緑色の線が覆い。宗一をまるで卵のように包んでいく。数秒たってその卵は完全に宗一を覆い、青色に変化していった。

 「ぐごはら!」

 ドガガガガガガガガガガガガガッォン!

 ようやく眼球を再生した怪物が、背中の銃が火を噴いた。無数の弾丸が「卵」を覆っていく

 パピュパキュウパキュキュキュユオン!

 しかしその弾丸はむなしく卵の表で止まってしまう。

 <FCSオートモードに展開・・・完了>

 <全回路の電流浸透完了・・・システムオールグリーン、武装確認>

 <武装確認完了・・・15mmハンドガンの装填完了>

 <フレアナイフの出力安定>

 <HRSG使用可能、ただし屋内につき使用の控えを推奨>

 <稼働率95%。全システムオールグリーン。仮面ライダー電聖、起動します>



 シュウウン!

 卵を形成していたワイヤーフレームがベルトに吸い込まれていく。

 「ぎゃらふ・・・!?」

 現れたのは灰色の戦士だった。完全な灰色とは違う、腕や足などは灰色なのだが、胴体部が深い青色、藍色をしている。腰につけられているチャンピオンベルトのようなものの中央についている青い球体はガラスとなっており、中で風車みたいなものが高速回転をしているがまったく音はしない。灰色の頭はまるで昆虫を、たとえるならスズメバチかカマキリかを連想させるかのような鋭い釣り目が青く不気味に輝いている。背中にはランドセルを一回り薄くしたバックパックがとりつけられ、肩は対弾性を考慮した丸いショルダーカバーがすっぽりと覆っている。

 両腰にはオートマッチク形式の銃がそれぞれ一丁づつあった。それまで宗一が使っていたただの銃ではない、とても銃とは思えない巨大な口径である。軽く見積もっても20mmは下らないだろうし、もう片方の銃はサブマシンガンのようである。しかしそれ以前に目を引くのが、騎士が刀を背中に背負うようにつけられたショットガンだ。これまた口径は20mm以上は軽く超えていることに想像に難くはないだろうか。

 これこそがレジスタンスが開発した第6世代ライダースーツ試作量産機「電聖」である。



 「・・・・・」

 微妙にしっくりこない感じがした。今まで使っていた「雷王」と比べれば電子兵装が充実しているのがわかるのだが。

 <敵ターゲット確認・・・タイプγ、生態兵器蜘蛛型タイプと判明。背中に7.5ミリ口径サブマシンガンを4丁、左腕が切断用の鎌となっています。>

 「敵行動パターンはどうい」

 <了解。検索完了しました。敵の行動パターンは頭部もしくは両手、腹部から強烈な粘着性の高い糸を吐き出すことにより相手の戦闘力を奪うことにあります。そして拘束している間に手持ちの火器で仕留める戦法がまず第一パターンだと推測できます。また相手が高速タイプの場合も同様で、部屋に糸を仕掛けて相手を拘束するトラップ型の糸を吐き出す可能性もあるので注意を。どちらかといえば敵が得意とするのはこのような4方が壁で覆われた場所か、森やジャングルのような高低差の激しい場所での戦闘を得意とするようです。よって現在の状況はやや不利であると推測します。>

 このコンピューターの性能に宗一は驚かされた。言い終わる前に勝手に検索をしたばかりか、しかも戦況分析までするその処理能力の高さ、ただのコンピューターではない。この電聖は将来量産が予定されているのだから、このクラスのコンピューターが標準装備となった暁にはどういうこととなるのか、創造にもできないのである。

 ビュッ!

 「ぐしゃらら!」

 蜘蛛型怪人が腕から糸を吐き出して襲ってきた、

 <警告、敵が攻撃を仕掛けてきました>

 「うるさい!」

 宗一は言われる前から行動しようとしたのだが、先にコンピューターに言われたことに腹を立てる。実際蜘蛛型生体兵器からの攻撃は軽くかわすことはできる、6歳のころから銃弾飛び交う戦場で成長した宗一ならば造作もないことだ。それがコンピューターごときに先を越されるとは・・・

 攻撃をよけられた怪物は跳躍を繰り返し、間を空ける。

 (あの跳躍力は厄介だ、敵の腕を貫く!)

 <推奨、敵の腕を貫いてください。敵は腕から糸を吐き出して天井に貼り付けることによって高い空間運動力を発揮しています。ここはその敵の運動性能を奪うことからはじめるべきかと思います>

 「黙っていろ!そうするつもりだ!」

 次第にいらつく宗一だったが、怒りより先に銃を構える。対ロボット兵士用の特殊ハンドガン「アームド・パワー・ガン(APG−EX1)」。貫通性の高いフルメタルジャケットを採用し、たとえ戦車の装甲であってもらくらく貫くほどのきわめて高い貫通力を誇る。しかし単価が高いので装弾数は限られているのだが、それでも30発は撃てるのだから不満はない。

 「FCS!」

 <了解、ターゲットを敵右腕に補足しました。命中調整まで後3秒・・・>

 (遅い!)

 バァン!

 命中、生体兵器の右腕は、肩から無残に吹っ飛んだ。

 「ぐいしゃあああああああああああああ!!!」

 <警告、誤射の危険性があります!命中補正中の射撃を控えてください!>

 「黙っていろ!」

 バァン!

 「ぐがばばばばばばああああああああ!!!」

 再度命中。今度は左肩とその後ろにあった2本の腕が衝撃で吹っ飛んだ。

 <警告、オートモードでの射撃を控えてください!>

 「うるさい、マニュアルモードに切り替えろ!」

 <了解:マニュアルモードに切り替えます。以後の射撃補正はしません。>

 やっと静かになった。とその時、





 「動くな!警察だ!」

 「!?」

 おそらく誰かが通報したのだろう、拳銃を握った警察官二人が突入してきたのだ。おそらく外には警官隊が無尽蔵にいることだろう。

 「!!!」

 だがその光景に驚いたのは言うまでもない。部屋中血だらけの光景、そこにいたのは両腕を失っている不気味な怪物、もう片方は銃を握っている全身鎧の人物、いかなる特殊部隊であっても状況を読み取るのに時間がかかった。

 「何をしている、早くここから出ろ!」

 宗一の声も聞き取れない心理状態に追い込まれていた。それを見逃さなかった怪物は

 「ぐいしゃお!」

 シュルルルッル!

 「ぐああ!」

 ぼぎゃ!

 がぶぅ!

 ぐしゃっぐぎゃ・・・・・

 「あ・・・ああああ・・・・!」

 人間を食べる光景。それは体の一部を欠損した生体兵器が行う、独自の食人行為である。漫画の強敵のように体の一部が失ってもすぐに再生ができる、という技術はいまだにできない。しかし作戦中の支障をきたさないためにも再生機能を持たせよう・・・というわけで生まれたのがこの食人行為である。こうすることによって失われた体の一部が元のまま・・・とまではいかないにしても再生できるようになるのだ。

 「うああああああああ!」

 ダギュン!ダギュウン!ダギュウン!

 その光景の凄惨さに恐怖した警官が発砲した。しかしニューナンブ拳銃では怪物の体を突き破ることはできない。

 シュルルルル!

 「うわあああ!」

 がびゃごぼぎゃ!

 ごりゃりごっ!


 ほとんど丸のみである。たちまち警官を食い尽くした怪人は、何か痙攣を起こす。

 ゴイギャギャギャ!

 吹っ飛ばされた両腕が再生したのであった。怪人はこちらをにらみつけて背中の銃を向けた。

 



 そのときである、。

 ドガォォォォォォン!!

 壁が吹っ飛んだのだ。ついでに跡形もなく怪物も吹っ飛び、頭が天井にたたきつけられてミンチになった。

 「!?AI、何が起こった!?」

 <たった今デルタ3からの狙撃が行われた模様です。狙撃ポイントはこの建物の100m先にあるマンションの屋上から行われた模様です。>

 「なぜアルフの接近を知らせなかった!狙撃を捨てたら女ったらしのやつだったらまだしも、味方の狙撃に巻き込まれていたところだぞ!」

 <現地治安関係者が現場にいたために機密性を優先しました。通信は入ってきていません>

 「殺す気か貴様は!」

 <警告、ソーイチ曹長、失礼ながらも申し上げます。あなたの現在のメンタリティーは激しく混乱をしている模様です。それが正しい判断力および行動力を低下させている節が見受けられます。今度からはよりいっそうの・・・>

 なんということをいうのかこの機械は。

 「だまれ!」

 『機械相手に何やってんだ〜ソーイチ?』

 通信が入ってきた。このおちゃらけた声には聞き覚えがある。アルフだ。

 「アルフか、狙撃をするならすると言え!殺す気か」

 『あれ?ちゃんとしたはずだぞ?お前さんがクモ野郎の左腕ぶち抜いたところからさ。でもその跡にケーサツがやってきたせいで撃てなくてさ。あ、でもその後にもちゃんと撃つように言ったぞ?』

 「聞いていないぞ!」

 『そんなことねえよ!ちゃんと言ったぜ!レコーダーにもちゃんと記録したぞ。お前さん、ひょっとしてAIと喧嘩ばっかして気づいてなかっただろう』

 「・・・・・この話は後で聞こう。AI!」

 <イエス?>

 「光学ステルスを機動しろ」

 <了解:その間武器は使えなくなりますのでご注意ください>










 爆発音を聞いた警官隊が突入したのはその直後だった。しかし部屋に残っていたのは警察官の手錠と銃が転がっているだけであり、後は激しい銃撃戦が行われたかを思わせるあちこちの銃弾の跡、真っ赤な血の水溜り、そして外からバズーカを撃ったのではないかといわんばかりの2mほどの大穴と瓦礫だけであった。現場に居合わせた人物の証言で「店員が突然暴れだした」「発砲がした」「人間が機械に操られていた」などという言葉が出てきたのだが、にわかにそれは信じられず、結局『店員に成りすましたテロリストが暴れた』ということで3日間の特番を上げる程度に収まったのであった。その後の捜査は主犯の身元や証拠の調査が全くすすまず、人々の脳裏から消え去っていったのである。

 しかし消え去らなかった者もいた。その場にいたものである。










西暦2004年4月9日午前8時25分
私立所縁が丘高等学校 2年B組教室


 「おはよー!」

 「・・・ういーっす」

 「どうしたのナルちゃん?元気ないね」

 「んにゃ・・・また徹夜してさ。」

 「またテレビでも見ていたの?日曜日の夜中って何にもやっていないでしょ」

 「まあ・・・夜中のテレビショッピング見てたの。なんかダイエットするには『仮面ライダー変身ベルトダイエット!』といかいうので腹にベルトくっつけてその振動でやせるって言うやつ・・・絶対マユツバもんよ。」

 「ふーん・・・授業中寝ちゃだめだよ。センセに怒られても知らないからね」

 (「あたしゃガキか・・・)」

 実はうそである。成美はあの光景を見ていたのである。一人の男が銃を持って店の人間を相手に撃ちまくっていたその光景を。

 店員が「オマエヲコロス」などという物騒な発言も覚えている。

 なぜ自分が狙われるのか。普段とっちめているヤンキーなら話はわかるが、あんなのに命狙われる筋合いも心当たりも存在しない。

 大体あいつらは何なのか。

 どうしてあの時間に?

 それにあの男は誰なのか?やたらめったら銃を撃ちまくって人間を撃ち殺していたあいつは何なのか?

 そんなことを考えているうちに成美は寝るに寝られなかったのである。



 ガラガラガラ

 「・・・・・」

 あいつが入ってきた。土曜日に憎たらしいことをしたあいつだ。

 あいつはいったい何なのだろうか。そう考えるだけ出に食ったらしい感情を覚える私であった。




<NEXT MISSION・・・・・>


次回予告


「ソーイチ君って・・・・」
「あんた、仮面ライダーなの?」
「そうだ。君を守るためにやってきたのだ」
「なんで私を守るの?」
「君はレジスタンスを作るリーダーだからだ」

早くもばれたその正体。しかし任務は続けなければならない。



「でもライダーって銃を使うっけ?」
「都市伝説の骸骨戦士・・・まったく違う」
「俺たちの時代では当たり前だが」
「でもそれってライダーではないのではないのですか」

たとえその意味が歪められても、たとえ孤独な存在にならなくても、人が求めればやってくるかもしれない。
しかし人は納得するのだろうか?それで正しいのか?
それが正しいか違うかを決めるのは誰なのであろうか?
それは誰にもわからない。



次回「ツェータライダー」
MISSION May:スポーツテスト


編集後記

ぜんぜんライダーじゃねえ!と石を投げられるお思いでしょうが我慢します(おい)。
まさかまさかと思われている方も多いでしょうが、実はこの企画は水面下で2月から始まっていました。あちらこちらの仮面ライダー小説に感化されまして、あれこれと小説を進めていました。本当は4月に始まる予定だったんですが・・・その直前にわがパソコンがものの見事にぶっ壊れてしまい。データが完全消失してしまいました・・・・作り直すのに大変な労力が・・・嗚呼。

この小説は、

「仮面ライダーが組織による集団戦を行うようになったらどうなるのか?」
「生身の人間がライダーやるならば、素手で殴りあうより武器を持つのではないか?」
「時代が進めば彼らは歪められた存在になるのではないのか」
「人は運命という二文字ですべてを決めているのではないのか?」

などというえらそうなことをテーマにしています。冒頭にあるとおり改造人間ならともかく、生身の人間が1tや2tのパンチを繰り出すとなると手が骨折する→もともと怪力が出るスーツを着ているから武器を持たせたほうが効率がいい、という設定の下で彼らは武器を持っていることになっています。オルフェノルクみたいな超人ではない、G3−Xのように接近戦をあまり行わない、相手がばかすか銃を撃ちまくっているので銃器による戦闘はあたりまえ、ライダー特有のパンチやキックなどの格闘戦はほとんど行われていません。しかも1000人単位での集団戦で改造人間はコストがかかりすぎるのであえて非改造人間・・・そっちのほうが数を増やしやすいですし・・・ね?

う〜む、難産の末に生まれた小説ですが、まだまだ未熟児だったようです。単にバトルをやるだけでもパンチキックはしないのでいまいち面白さが出てきません。そもそも「ツェータライダー」というタイトル、主人公は改造手術を受けているのにツェータライダーに変身しない・・・これは後々書かせていただきます。


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