ユニオンジャーの5人が慧子の屋敷で一緒に暮らすようになってから数日後の朝。いつものように階段から降りて食堂に向かっていた慧子は、食堂のドアのノブに手をかけたところで、ふとその手を止めた。

 「ちょっとディーン! そのイチゴはデザートに食べようととっておいたんだよ!」

 「別にいいじゃねぇかよ。まだまだこんなにあるんだし」

 「さっきあんたが食べたのが一番大きくて甘そうだったんだよ!」

 「やめろ、2人とも。朝食ぐらい静かに食べられないのか、まったく・・・」

 ドアの向こう側から、そんな騒々しい声が聞こえてくる。

 「・・・」

 慧子は口元に笑みを浮かべると、勢いよくドアを開けた。

 「おはよう、みんな」

 「おう。おはよう、慧子」

 「おはようございます」

 「おはようございます、慧子さん」

 「おはよう」

 「おはよう、慧子! ちょっと聞いてよ、ディーンったらさ〜・・・」

 食堂に足を踏み入れた慧子を、元気のよい5つの声が迎え入れた。


第3話
青き誇り! リアの誓い



 「ごちそうさまでした!」

 この日も江戸川家の朝食は、騒がしくもその幕を下ろした。

 「いつもありがとうな、沙耶さん。今朝のも美味かったぜ」

 「お口に合いましたら幸いです」

 「ほんと、毎日おいしいご飯を食べられて幸せよね〜。クロセイダーにもあれから動きはないし、このまま何もなければいいのにな〜」

 「こら、たるんでいるぞマオ。私たちは何のためにこの世界にやってきたんだ?」

 「わかってるってば。冗談だよ」

 と、そのときだった。

 「みんな、ちょっと聞いて」

 慧子が突然そう言ったので、全員が彼女の方を向いた。

 「今日はみんなに、プレゼントがあります」

 「プレゼント?」

 「うん! 沙耶さん、お願い」

 「既に用意しております」

 沙耶はそう言うと、部屋の隅に置いてあった物を持って戻ってきた。一抱えほどもあるそれには、白い布がかぶせてある。

 「これは・・・?」

 慧子は笑みを浮かべると、その布をバッと取り去った。

 「おおーっ!」

 ディーンたちの口から、思わずどよめきがもれた。

 それは、5着のジャケットだった。細部は異なるが基本的なデザインは統一されており、1着ごとにユニオンジャーの5人と同じ色に色分けされている。

 「どうかな、これ・・・?」

 少し不安そうな様子で5人に尋ねる慧子。

 「すげぇな! これ、慧子が作ったのか?」

 「まぁね。作ったって言っても、私はデザインだけ。実際に縫ってくれたのは沙耶さんだけど」

 ばつが悪そうに笑いながら沙耶を振り返る。沙耶は黙したまま、静かに一礼をした。

 「みんなにって思って作ったんだけど・・・気に入ってくれるかな?」

 「何言ってんの! こんな素敵なの作ってもらって気に入らないなんて言ったらばちが当たるって。どう、似合う?」

 早速ピンクのジャケットを手に取り、体に当ててみるマオ。

 「マオの言うとおりです。何から何まで申し訳ありません、慧子。大事に着させていただきます」

 「よかった・・・ありがとう、みんな」

 すると、エリクが言った。

 「こうなると、ますますやらないわけにはいきませんね、皆さん」

 「え?」

 「そうだな。リア、こっちも例の話をした方がいいだろう」

 バルトにそう言われたリアはうなずいた。

 「慧子、私たちからもお話があります」

 「な、何? 改まって・・・」

 「このお屋敷に住まわせてもらうことになってから、皆で話し合ってきたことです。寝心地のよいベッドと、美味しい食事・・・そしてなにより、お2人の暖かいお心。おかげで図らずもクロセイダーとの戦いに万全の態勢で挑める環境を得ることができ、お2人には感謝の言葉もありません。ですが、ここまでよくしていただきながら、ただそれを甘受するだけというのは、我々としても心苦しい。そこで、及ばずながら我々も、お2人のお手伝いをさせていただきたいと思います」

 「ええっ!?」

 リアの思わぬ申し出に、慧子は驚いた。

 「い、いいよそんなこと! みんなには大事な戦いがあるんだし・・・」

 「クロセイダーだって毎日攻めてくるわけじゃねぇんだ。そのあいだ、ずっとトレーニングってわけにもいかねぇからな」

 「僕たちもこの世界のことをもっと知りたいと思っていますし、暮らしの中でそれを勉強できればいいと思っています」

 「労働は尊い。クロセイダーが出てこない間も、何か仕事をして心に張りを保つのは必要なことだからな。じゃないと、さっきのマオみたいなことを言い出しかねん」

 「バルトまで! だから冗談だってば! それに、家事っていうのも結構修行になるからね。古人曰く、暮らしの中に修行あり。日々是精進、心を磨かないと」

 「みんな・・・」

 5人の言葉を聞いた慧子は、やがてうなずいた。

 「・・・わかった。それなら、お願いしようかな。沙耶さんはどう思う?」

 「お客様に家事をお願いするのは心苦しいことです。ですが、皆様は既にお嬢様と同じくこの屋敷で共に暮らす家族・・・それならば、家事のお手伝いをお願いするのもやぶさかではありません。よろしくお願いいたします」

 「こちらこそ。沙耶さんの足を引っ張らぬよう、誠心誠意取り組ませていただきます」

 そう言うとリアは、一枚の紙を取り出した。

 「すでに役割分担は決めています。まず、ディーンとエリクは家の中の掃除。場合によっては、日曜大工もお願いする」

 「おう。ピッカピカにしてやるぜ!!」

 「任せてください」

 「バルトは庭の手入れ」

 「おう。これだけ広い庭なら、手入れのし甲斐もあるな」

 「マオは食事の配膳と食後の食器洗い。つまみぐいはするなよ?」

 「なんであたしにだけ釘を差すのよ!?」

 「私は洗濯を担当させていただきます。それと・・・買い物はすでに慧子が引き受けているようですが、我々も持ち回りでご一緒させていただこうと思います。よろしいでしょうか?」

 「うん、いいよ。みんなと一緒に買い物するの、楽しそうだし。ちょうど朝ご飯を食べたら買い物に行こうと思ってたんだけど、誰か行く?」

 「おう。それじゃあ、最初に慧子と買い物に行く奴をこいつで決めようぜ」

 そう言って、ディーンは割り箸で作った5本のくじを差し出した。

 「よーし。あ、こういうときこの世界だと、「王様だーれだ?」って言いながらくじを引くんでしょ?」

 「へぇ、変わった掛け声だな」

 「ちょ、それは違うゲームの時の! っていうか、どこで聞いたのそれ!」

 慧子が慌てる中、5人はそれぞれくじを選び、それを引いた。





 同じ頃。月の裏側、クロセイダーの次元要塞デバストポリでは、「ブラッド・ロイヤル」たちが顔をそろえていた。

 「次なる作戦、このヘルザベスに一任してもらいたい」

 開口一番、ヘルザベスが他の兄弟たちに言い放つ。

 「当初の予定では、この世界の人間に我々の圧倒的な力を見せつけて戦意を奪い降伏に追い込むつもりでしたが、例の邪魔者たちのおかげでそれもままならなくなりました。かくなるうえは速やかに方針を切り替え、別の策をもってこの世界の侵略を進めることが肝要かと」

 「確かにな。お前のことだ、そう言いながら既に準備は整っているのだろう?」

 デスカンダルの言葉に、ヘルザベスはただほくそ笑んだ。

 「相変わらず抜け目のないことだ。しかし、また奴らが邪魔をしに現れたらどうするつもりなのだ、姉上?」

 「無論、排除する。そのためにバスケルラスには、作戦遂行に必要な能力だけでなく腕の方も立つキメラリアンを用意させた」

 「いいだろう。好きに進めろ、ヘルザベス。ザンニバルもネガテリーナもよいな?」

 「ああ、もちろんだ」

 「またお姉様のえげつない作戦が見られるのね、楽しみだわぁ」

 くすくすと笑うネガテリーナを鋭い視線でにらみつつも、ヘルザベスは静かに頭を下げた。





 「よっと」

 大量の商品が詰め込まれた買い物かごの中に、慧子は新たに袋詰めのジャガイモを放り込んだ。

 「やっぱり一気に5人も増えると、必要なものも結構増えるわよねぇ」

 「・・・すみません、慧子」

 「え? ち、違うよリア! 別に迷惑に思ってるとかそういうわけじゃないから!」

 申し訳なさそうに言うリアに、慌ててそう言う慧子。2人は近くのスーパーで買い物の真っ最中だった。

 「むしろ、私としては楽しいかな。新しい生活が始まったっていう実感があるから」

 「慧子・・・」

 「さてと、まだ買ってないのは・・・」

 慧子は買い物のメモを一瞥すると、別の売り場へと歩き出した。

 「これで最後ね」

 そう言って、袋入りの詰め替え用シャンプーをかごに放り込む慧子。

 「これは、何なのですか?」

 売り場に並ぶシャンプーやリンス、トリートメントのボトルや詰め替え用を見ながら、リアは尋ねた。

 「ああ、これね。これはシャンプー・・・まぁ、髪専用の石けんってところかな」

 「なんと、これが全て髪を洗うためのもの・・・」

 驚いた表情で、棚に並ぶ商品を見渡すリア。

 「私の世界にあるのは普通の石けんぐらいです。この世界の人たちは、髪の美しさを高めるための意識が高いのですね」

 「まぁ、そう言えるのかな。髪は女の命って言うし。でも、きれいな髪って言えば・・・」

 そう言って、慧子はリアをまじまじと見た。

 「な、なんですか?」

 「初めて会った時から思ってたけど・・・リアって、ほんときれいな髪してるよね? すごくツヤツヤだし、サラサラだし・・・何か特別なお手入れとかしてるの?」

 「い、いえ、特別な手入れなど、何も。確かに、毎日洗ってはいますが・・・」

 「ほんとにぃ? 普通に洗ってるだけでこんなに綺麗になるかなぁ」

 そう言って、リアの美しい銀髪に手を伸ばす慧子。そのときだった。

 「やめてください!」

 「!?」

 慧子の伸ばした手を、突然リアが払いのけた。店内の他の客たちの注目も、2人に集まる。

 「ご、ごめんなさい慧子! 大丈夫でしたか!?」

 我に返ったように、何度も慧子に頭を下げるリア。

 「い、いいよそんなに謝らなくても。いきなり触ろうとした私も悪かったし・・・」

 そう言ってリアを諌める慧子。

 (でも、そんなに触られるの嫌だったのかな・・・)






 「あー、買った買った。無駄遣いはよくないけど、やっぱり買い物はたくさん買うと気持ちいいわね」

 リアと共にスーパーから出てくる慧子。食材やら何やらを詰めるだけ詰めた袋を1つずつ両手に提げながら、その顔は満足げだった。

 「慧子、重くはありませんか?」

 「え? そりゃまぁ重いことは重いけど、このぐらいはどうってことないよ。そっちこそ重くないの?」

 そう言って、自分と同じく両手に袋を持っているリアを見る慧子。

 「私もこの程度はどうでもありませんが・・・そうだ。慧子、少しじっとしていてくれませんか?」

 「? いいけど・・・」

 怪訝そうな顔をして足を止める慧子。リアも足を止めると、袋をいったん地面において、慧子の持つ袋を指さした。

 「・・・エル・パルウム」

 リアがそう呟くと、指の先から光が走り・・・その光が当たった袋が、手のひらに収まるぐらいの大きさにまで小さくなってしまった。

 「うわっ!? こ、これって・・・」

 「ご心配なく。帰ったら元に戻しますので」

 「そうじゃなくて、これも・・・」

 「ええ、魔法です」

 「す、すっごーい!! リアのいた世界・・・ミスティシアって言うんだよね? ミスティシアの人って、みんなこんな風に魔法を使えるの?」

 「ええ。ミスティシアはこの世界でいえば、中世という時代のヨーロッパという地方が一番近いでしょうか。この世界やテクノポリスのように機械は発達していませんが、その代わり、おっしゃるように魔法が発達していて、簡単な魔法ならほとんどの人が身に着けていて、日常生活に役立てています。ですが、より高度な魔法を使いこなすためには、やはり勉強と修練が必要になりますね」

 「勉強かぁ。世界は違っても、結局そうなるわけね」

 肩を落とす慧子を見て、リアは小さく笑った。

 そのときだった。

 「キャァァァァァァァッ!!」

 「「!?」」

 突如、右手側にある公園の方から、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。

 「今の悲鳴は・・・」

 「行ってみましょう!」

 2人はそう言葉を交わすと、悲鳴の聞こえてきた方に向かって走り始めた。





 休日の昼下がりの公園。いつもなら市民たちが散歩や談笑をのんびりと楽しむ空間であったが、2人がたどりついたとき、そこは普段とは別の様相を呈していた。

 「いやぁ! 離して、離してぇ!!」

 コッパードに後ろから羽交い絞めにされ、若い女性が叫びながらもがいている。そして、彼女の前に立つのは・・・

 「ほらほら、そんなに暴れちゃだめよ。大丈夫、すぐに終わるから」

 頭はもちろん、腕といい脚といい、その全身から隙間なく長い黒髪をぞろりと生やした、グロテスクな怪物だった。顔もまたそこにかぶさった長い髪に完全に覆い隠されており、目などを窺うことはできないが、怪物は目の前の女性の髪を舐めるように見るような動きをした。

 「艶、潤い、コシ・・・どれも良好。枝毛や切れ毛、白髪、髪のダメージ・・・どれもなし。う〜ん、合格! それじゃ早速・・・」

 女性にさらに迫ろうとする怪物。だが・・・

 「待て!!」

 「んん・・・?」

 突如響き渡った声に動きを止め、そちらに体を向けた。

 「そこまでだ、クロセイダー!」

 そこには、リアと慧子の姿があった。

 「あら、あなた確か・・・ユニオンジャーの一人ね? いやぁね、もう嗅ぎ付けちゃったの?」

 「何これ、ひどい・・・!」

 怪物の周りには、何人もの若い女性が倒れていた。彼女たちは全員、なぜか髪の毛が真っ白になっていた。その光景を見て、慧子は思わず息をのんだ。

 「貴様・・・彼女たちに何をした!?」

 「知りたい? 慌てなくても今から見せてあげる。でも、邪魔されると困るから・・・」

 そう言いながら、スッと片手を持ち上げる怪物。その背後から、コッパードたちがわらわらと姿を現した。

 「ちょっとだけおとなしくしててもらえないかしら?」

 怪物がそう言うと同時に、コッパードたちが一斉に押しかかってきた。

 「慧子、ここは私に任せて退避を! ディーンたちに連絡をお願いします!」

 「わ、わかった! 無茶しないでね!」

 慧子がその場を立ち去るのを確認し、リアは首から提げていたネックレスを外した。

 「ミスティックカリバー!!」

 リアの手の中でネックレスが光ったかと思うと、それは瞬く間に白銀の両刃剣へと姿を変えた。

 「邪魔だ! どけぇっ!」

 ミスティックカリバーを手に、次々に襲い来るコッパードたちを斬り倒していくリア。しかし、コッパードたちは彼女の進路に立ちふさがるように次々に現れ、彼女が怪物に近づくのを許そうとしない。

 「そうそう、その調子で足止め頼むわよ。それじゃ、改めて・・・」

 「ひっ・・・!」

 再び怪物に迫られ、女性の顔に恐怖の表情が浮かぶ。そして・・・

 「いただきまぁす!!」

 怪物の頭の髪の毛がざぁっと音をたてて逆立ったかと思うと、勢いよく伸びて女性の頭におおいかぶさった。

 「なにっ!?」

 コッパードを斬りながらも、その瞬間を目撃したリア。悲鳴を上げる暇もなく怪物の髪の毛によって頭をおおわれた女性はもがいていたが、すぐに動かなくなった。そして・・・

 「ごちそうさま♪」

 怪物が髪の毛を引き戻すと、女性はその場にばったりと倒れこんだ。その髪の毛はほかの女性たちと同じように真っ白になっており、先ほどまでのような艶が一切失われ、ぱさついたものに変わり果てていた。

 「くっ・・・!」

 リアが最後のコッパードを倒したのは、それとほぼ同時だった。

 「惜しかったわね。もう少し早ければ止められたのに」

 「貴様・・・一体何を!?」

 「ないしょ。あら? あなたよく見たら、彼女たちなんか目じゃないくらいきれいな髪してるわね・・・」

 そう呟く怪物の髪の毛が、ざわざわと蠢き始める。

 「ねぇあなた、ほんのちょっとでいいからその髪・・・味見させてくれない?」

 「お断りだ。何を企んでいるか知らないが、貴様のように気色の悪い奴に髪を触られるなど、考えるだけでも怖気が走る」

 そう言いながらリアは、ユニオンブレスに手をかけた。

 「レッツ・ユニオン!!」

 リアの全身が青い光に包まれたかと思うと、彼女は一瞬にしてユニオンブルーへと姿を変えた。

 「あぁん! その恰好じゃあせっかくのきれいな髪が隠れちゃうじゃない。もったいない!」

 「うるさい! その鬱陶しい髪の毛、全て斬り捨ててやる!」

 そう叫びながら、ユニオンブルーは怪物に斬りかかった。

 「何するのよ! 髪は女の命なのよ!」

 怪物は後ろに飛び跳ねてそれをかわすと、両腕の髪の毛を一斉に伸ばして攻撃してきた。その先端が鋭い爪のように尖り、ブルーに向かって襲いかかる。

 「悪いが女などには見えんな。それに、女の命を武器に使うな!」

 ミスティックカリバーを一閃させ、ブルーは伸びてきた髪の毛を斬り落とした。

 「あん、何てことするのよ! もう怒ったわよ!!」

 怪物はそう言うと、脚に生えた髪の毛を猛スピードで伸ばし始めた。伸びる髪の毛は津波のような速さで怪物の周囲の地を覆うように伸び、あっという間にブルーの足元まで達した。

 「しまった!」

 髪の毛が足元に絡みつき、バランスを崩すブルー。

 「とったわ!」

 その隙を見逃さず、怪物は再び両腕の髪の毛を伸ばし、ブルーの両手首に絡みつかせた。

 「くっ!」

 「つかまえた。さぁ、そのマスクの上から味見できるかどうか、試してみましょうか」

 ブルーの四肢を拘束した怪物は、その頭の髪の毛をブルーに向かって伸ばした。

 「!?」

 一瞬にして頭を怪物の髪の毛に覆われるブルー。必死にもがくが、四肢を封じられた状態では無駄な抵抗にしかならない。

 「う〜ん、やっぱりマスク越しだとなかなか吸えないわねぇ。壊すのも苦労しそうだし・・・まぁいいわ。時間をかけてやれば・・・」

 そのときだった。

 「ヴァリアブルビュート!!」

 ビシィッ!!

 「キャアッ!?」

 どこからか飛んできた鞭の一撃が怪物を打ち据え、思わず怪物はブルーの頭を覆っていた髪の毛を外した。そして・・・

 「マオ!」

 「任せて! 紅蓮吼龍弾!!」

 ドンッ!!

 「アチャチャチャチャチャ!?」

 続いて飛んできた高熱の光弾が直撃し、怪物の体から伸びた髪の毛がたちどころに燃え始めた。ブルーの四肢を拘束していた髪の毛も燃え落ち、ブルーは地面に倒れこんだ。

 「リアさん!!」

 「しっかりしろ!!」

 駆け付けたユニオンイエローとユニオングリーンが、すかさずそれを助け起こした。

 「う・・・」

 力なく顔を起こしたブルーの目に、怪物と対峙するレッドとピンクの姿が映った。

 「何すんのよ! いきなり人の髪の毛燃やすなんてひどいじゃない!!」

 「うるせぇ! よくもリアをひどい目に遭わせてくれたな!」

 「ここに倒れてる人たちだってあんたが何かしたんでしょ!? 覚悟しなさいよね!!」

 そう言いながらヴァリアブルビュートを構えるレッドと、構えをとるピンク。

 「あぁもう、切られるわ燃やされるわ、せっかくの髪の毛が台無し! まぁいいわ。悪いけど、あんたたちに付き合っていられるほど暇じゃないのよ」

 そう言う怪物の頭上にバスタングが飛来したかと思うと、怪物はその主翼に髪の毛を伸ばして絡みつかせ、バスタングとともに飛び去ってしまった。

 「待てっ!」

 「待て、ディーン。今はリアを家に運ぶのが先決だ」

 「この人たちも病院に運ばないと・・・」

 「・・・ああ、わかってる」

 レッドはそう言うとブルーに近づき、ユニオンブレスのボタンを押してその変身を解除させた。

 「みん・・・な・・・」

 露わになったリアの素顔は、明らかに衰弱した様子を見せていた。

 「しっかりしろ、リア!」

 「これって・・・」

 そんなリアの様子を見たマオは、訝しげに眉をひそめた。





 「・・・生命力を吸われてる?」

 慧子はマオの顔を見上げながら、彼女が今しがた口にした言葉を繰り返した。

 江戸川家のリアの部屋。ベッドの上にはリアが眠っており、ディーンたちは衰弱した彼女の様子を心配そうに見つめていた。

 「間違いないよ。リアの気がいつもに比べてすごく弱くなってる。たぶん、あのキメラリアンに髪の毛を通して吸われたんだと思う。あそこに倒れていたほかの女の人たちは、もっと気の力が弱くなってたけど」

 「病院に運ばれた人たちですけど、みんな昏睡状態のようです。医学的には特に異常がないようですし、マオさんのおっしゃるとおりでしょう」

 エリクがそう補足した。

 「髪の毛っていうのは体の中でも魔力や気力を貯めやすい場所だからね。あのキメラリアン、最初からそれを狙ってたんじゃないかな」

 「そういえば、あいつに襲われてた女の人もきれいな髪の人だった。倒れていた人たちも髪の長い人ばっかりだったし・・・」

 「問題は、あのキメラリアンが何を企んでるかだな」

 「どうせろくでもないことに決まってる。これ以上被害が出る前に、あいつを見つけ出して倒さないとな」

 ディーンはそう言うと、慧子と沙耶に顔を向けた。

 「俺たちはこれからあいつを探しに行ってくる。悪いけど、リアのことを看ててくれ」

 「わかってる。みんなこそ気を付けて」

 「リア様のことはお嬢様と私にお任せください」

 「頼む。よし、手分けしてあいつを探すぞ」

 ディーンたちは互いにうなずくと、リアの部屋から出て行った。

 「リア・・・」

 慧子は心配そうに、眠るリアの顔を覗き込んだ。リアの髪はほかの犠牲者のように白髪にこそなってはいなかったが、平素の煌めくような艶は失われていた。

 「・・・女の子にこんなことするなんて、絶対に許せない。なんとか私も、みんながあいつを探す手助けができればいいんだけど・・・」

 と、そのとき。慧子が何かを思いついたような顔をした。

 「お嬢様?」

 「・・・沙耶さん、お願い。ちょっと調べ物を手伝ってくれない?」

 そう言って、慧子は真剣な表情で沙耶の目をまっすぐに見つめてきた。





 その頃。とあるビルの屋上では・・・

 「あぁもう、これじゃお手入れが大変だわ。まったく、忌々しい奴ら・・・」

 キメラリアンが髪の毛の焼け焦げた部分をいじりながら、なにやらぶつくさとつぶやいていた。

 「まぁいいわ。この作戦さえうまくいけば・・・」

 と、そのとき一人のコッパードが、携帯式のモニターのようなものを持ってキメラリアンの前に現れた。

 「ギッ」

 「ヘルザベス様からね。繋いで」

 キメラリアンがそう言うと、モニターにヘルザベスの姿が映った。

 『作戦の進行状況はどうだ、カミーラ?』

 「おおむね順調に進んでいます、ヘルザベス様。ただ、少し邪魔が入りましたが・・・」

 カミーラと呼ばれたキメラリアンはそう答えた。

 『ユニオンジャーか。それも想定の範囲内だ。最初に言った通り、あまり相手にせずに、作戦の遂行を第一に優先しろ』

 「ええ、わかっております」

 『お前の力は、その髪の毛で人間たちから生命力を吸い上げられること。生命力を吸えば吸うほど、お前はさらに長く髪を伸ばすことができる。やがては全世界にその髪を張り巡らせ、世界中の人間から生命力を吸い上げられるようになるだろう。そうなれば、この世界の侵略など達成されたも同然。そのためにも速やかに、より多くの人間から生命力を奪うのだ』

 「承知しております。そのための算段も既についております。明日になれば、そのご期待に添えるでしょう。楽しみにお待ちください、ヘルザベス様」

 髪をわさわさと蠢かせながら、カミーラは笑った。





 そして、翌日。

 都内某所にあるイベントホール。その入り口には「TOKYO GIRLS FESTIVAL」と書かれた看板が掲げられ、開場前から若い女性たちが長い列をなしていた。

 「あらあら。思った以上の賑わいね」

 と、突然そんな声が響いたかと思うと、女性たちの列のすぐそばに、忽然とカミーラが姿を現した。

 「選り取り見取りね、うれしいわぁ」

 列に並ぶ女性たちを値踏みするように見るカミーラ。女性たちから悲鳴が上がった。

 「おい、なんだお前は!?」

 騒ぎを聞きつけて警備員たちがやってきたが・・・

 「邪魔をしないでもらえるかしら」

 「ギギーッ!」

 「う、うわぁっ!!」

 カミーラの背後から現れたコッパードたちが襲いかかり、たちまちのうちに警備員たちを昏倒させてしまった。

 「フフフ・・・さぁ、始めようかしら」

 カミーラはそうほくそ笑むと、全身から髪の毛を伸ばし、何人もの女性の体に絡みつかせて捕縛していった。

 「キャアッ!!」

 「コッパード、捕まえておきなさい。その娘たちもあとで一緒に楽しむとするわ。メインディッシュはこの中・・・」

 そう言いながら、イベントホールに視線を向けるカミーラ。

 「ファッションショー・・・人間のやることはよくわからないけれど、ここなら髪のきれいな娘が大勢集まっているはずだわ。楽しみ楽しみ・・・」

 だが、そのときだった。

 「ギギィッ!?」

 突如、コッパードたちの悲鳴が響き、次々に倒れた。

 「なにっ!?」

 「もう大丈夫だ!」

 「皆さん、ここは早く逃げてください!」

 カミーラが振り返ると、4人の男女によってコッパードたちが次々に倒され、髪の毛で捕縛された女性たちを解放しながら、周囲の女性客たちを逃がしているところだった。

 「・・・ユニオンジャー! どうしてここに!?」

 「フフン、あんたの考えてることなんかお見通しなんだよ!」

 「何を企んでるかは知らねぇが、お前が髪のきれいな女の子ばっかり襲ってるのは確かだったからな。そういう子がたくさん集まりそうな場所に当たりをつけてみたら、案の定だ」

 驚愕するカミーラに対し、得意げに胸を張るマオとディーン。

 (まぁ、ここでそういうイベントがあるってのを教えてくれたのは慧子なんだがな)

 そんな2人の背中を見ながら、バルトは苦笑を浮かべた。

 「とにかく、これ以上若い女性を襲わせはしません!」

 「そうよ。覚悟しなさい、女の敵!」

 「クッ・・・仕方ないわね。かかってらっしゃい!!」

 全身の髪を逆立てて威嚇するカミーラに対し、ユニオンジャーの4人は構えをとった。





 一方、江戸川家では慧子がリアを見守り続けていた。

 「沙耶さん、ここは私が見ているから大丈夫だよ」

 「承知いたしました。それでは・・・」

 沙耶は一礼をするとリアの部屋を出て、自分の仕事へと戻っていった。

 「ディーンたち、だいじょうぶかな・・・」

 一人残された慧子は窓の方を見ながらディーンたちのことを案じていたが

 「・・・あれ?」

 ふと、ベッドの上のリアに視線を戻したとき、あることに気が付いた。

 (髪の毛・・・元に戻ってきてる?)

 キメラリアンとの戦いで生命力を吸い取られたリアの髪の毛は、襲われたほかの女性ほどではないにしろ、大部分が白髪となり、潤いと艶を失っていた。ところが、今のリアの髪は元の煌めくような銀色の艶を取り戻しつつあった。

 (マオがやってくれた気功術のおかげで、回復してるのかな・・・)

 そう思いながら、リアの髪を見つめていた慧子だったが・・・

 「・・・」

 ふと手を伸ばし、その髪の毛の先端を親指と人差し指の腹で揉むように触ってみた。

 (うわ、思った以上にツルツル・・・それに、ハリもコシもあって・・・いいなぁ)

 思わずもう片方の手で自分の髪を触り比べながら、リアの髪に羨望のまなざしを送る慧子。もっと触ってみたい誘惑に駆られた彼女は、さらにリアの髪をそっと撫でてみたり、指通りを確かめたりしたが・・・

 「ん・・・」

 「!」

 リアが小さく唸って身じろぎをしたので、髪を触っていた思わず手を引っ込めた、そのときだった。

 「お兄様・・・」

 「え・・・?」

 リアの小さな唇から洩れたその言葉に、慧子は思わずぽかんとした表情を浮かべた。その直後

 「・・・!」

 リアがいきなりパチリと瞳を開き、慧子と視線を交錯した。2人はそのまま数秒間そうしていたが、慧子の見つめる中、リアの顔が見る見るうちに赤くなっていった。そして・・・

 「聞きましたか!?」

 「うわっ!?」

 リアがいきなり身を起こしてそんなことを言ってきたので、慧子はベッドサイドで転びそうになった。だが、そんな彼女をおかまいなしに、リアはもう一度同じ質問を発した。

 「答えてください! 聞いたのですか!?」

 「き、聞いたって、何を・・・!?」

 「私がついさっき言った言葉です!!」

 「あ、ああ・・・お兄様とかなんとか言った、あれのこと? 寝言かと思ったけど・・・」

 慧子がそう言い終わらないうちに、リアはベッドの上でがっくりと膝を折り、悄然とうなだれた。

 「そうですか・・・やはり聞いてしまったのですね・・・」

 「う、うん・・・」

 よくわからないまま慧子がそう言うと、リアは今度はいきなり慧子の両肩をがっしりとつかんできた。

 「ひっ!?」

 「お願いです! 先ほどの言葉は忘れてください! 特にディーンたちには他言無用と約束してください!!」

 あまりにも必死にそう詰め寄ってくるので、慧子は思わず何度もうなずいてしまった。

 「うう、私としたことがなんという不覚・・・。寝起きとはいえあんなことを口走ってしまうなんて・・・」

 頭を抱えて自己嫌悪の様子を見せるリア。それを見た慧子は、何かを思いついたような顔になっていった。

 「ねぇリア、言うとおりみんなには秘密にするからさ・・・その代わり、教えてくれない? その、お兄さんのこと」

 「ええっ!?」

 「だってあの時のリアの声、いつもとは全然違う甘えた声だったんだもん。リアにとってどういう人だったのか、気になるじゃない?」

 ニヤニヤと笑いながらリアを見つめる慧子。

 「・・・存外に意地悪なのですね、あなたも」

 恨めしそうな視線と言葉を投げかけるリアだったが、慧子はそれを柳に風と受け流した。やがて、リアは諦めたように一つため息をつくと、ぽつりぽつりと語り始めた。

 「・・・私と兄は、ミスティシアの貴族の家に生まれました」

 「あ、やっぱりそうなんだ。初めて会った時からすごく気品があるなって思ってたけど」

 「貴族と言っても、名ばかりのようなものです。家はこの屋敷よりもずっと小さかったですし、使用人の一人も置いていませんでしたし」

 苦笑交じりに、リアはそう言った。

 「・・・暮らし向きそのものも、あまり豊かとは言えませんでした。幼いころから両親の苦労する姿を見てきた私たちは、いつか両親に楽をさせてあげようと心に決めていました。幸い、ミスティシアでは優れた武勇と精神を持つ者であれば、騎士としての立身出世の道が開けていました。私と兄は、ミスティシアの騎士の最高位・・・王立騎士団長をめざし、修行を始めました」

 とはいえ、それは非常に過酷な毎日でしたと、リアは遠くを見るような目で言った。

 「もとより騎士となるためには、鍛え抜いた身体と剣の腕、高度な魔法の技術、様々な学問への精通、高潔な精神・・・そういったいくつもの資質を兼ね備えなければなりません。ましてや、王立騎士団長ともなればそうした騎士たちすべての手本となるような人間にならなければならない。当然、並大抵の修行でなれるようなものではありません。まだ幼かった私は、修行の辛さに耐え兼ね、幾度となく泣き言を言って諦めかけました」

 そんなときいつも励ましてくれたのが兄でしたと、リアはそう言った。

 「私が泣いていると、兄は決まって気づかれないように後ろから近付いて、私の髪に触ったものです。そうして私が驚いた顔を見て兄が笑うものですから、当然私はそんな兄に怒るのですが・・・そうしているうちに、いつのまにか自分が泣いていたことを忘れてしまっていました。そして泣き止んだ私を、兄は励ましてくれました」

 脳裏にそんな光景を思い描きながら、慧子は微笑ましい気持ちになった。

 「・・・やがて努力が実り、私たち兄妹は晴れて騎士となり、王宮に仕えるようになりました。やがて、騎士団の中でも実力を認められるようになり、そして、前任の騎士団長の引退に伴い、新たな騎士団長を選ぶための馬上試合が行われることになりました。私たち兄妹は順調に勝ち進み・・・そして、ついに決勝で互いに戦うことになったのです」

 「そ、それで? どっちが勝ったの!?」

 「兄ですよ。私の完敗でした」

 「そんなに強かったんだ・・・。あれ? でも、そこでお兄さんが勝ったってことは、お兄さんが騎士団長になったんじゃないの?」

 慧子はもっともな疑問を口にしたが、リアは続けた。

 「兄が騎士団長になることに異議を挟む者は、誰一人としておりませんでした。しかし、騎士団長の叙任式を翌日に控えたあの日・・・ミスティシアのクロセイダーへの侵攻が、突如として始まったのです」

 「!」

 「完全に不意を突かれた騎士団は緒戦から多くの騎士を失ってしまいました。そしてその中には、私の兄も・・・」

 「・・・ごめん。そんな悲しいこと、軽い気持ちで訊いちゃって・・・」

 慧子が申し訳なさそうにそう言うと、リアは首を横に振った。

 「いいのですよ。兄が死んだとき、私と兄は別々の戦場で戦っていたので、私は兄が死ぬところを見ていないのです。それまでは、何をするにも一緒だったのに・・・あまりにも突然すぎたので、哀しみを感じる暇もありませんでした」

 それでもリアは、少しさびしそうにそう言った。

 「・・・兄は死に際に、後任の騎士団長に私を推してくれたそうです。その願いは聞き届けられ、私は兄の後任として、騎士団長に就任しました。それからは、兄の死の悲しみを引きずることも許されない、戦いに継ぐ戦いの日々・・・。やがて、超次元連合が結成され、一大反攻作戦によってクロセイダーは撤退・・・そして私は、ミスティシアを代表する戦士として、ユニオンジャーに加わることになりました。それから先は、あなたも知ってのとおりです」

 「そんなことがあったんだ・・・」

 「騎士団長となってから、私はもう誰一人として死なせまいと、無我夢中で剣を振るってきました。ですが・・・誰かに髪を触られると、ふと兄のことを思い出してしまうのです」

 だから、髪を触られるのは苦手なのですと、リアは苦笑しながら言った。

 「・・・慧子、私の服を出していただけないでしょうか?」

 リアのその言葉を聞いた慧子は驚いた様子を浮かべたが、すぐに真剣な表情になって言った。

 「・・・やっぱり行くんだね? まだ本調子じゃないと思うけど、それでも行くの?」

 「申し訳ありません。ですが、仲間が戦っているのに私だけゆっくり寝ていては、兄に怒られますから」

 リアの返事を聞くと、慧子は苦笑を浮かべ、クローゼットを開けてリアのジャケットとスカートを取り出した。

 「いってらっしゃい。その代わり、必ず無事に帰ってきてよ。もちろん、みんな一緒にね」

 「ええ、もちろんです。騎士の誇りと、この剣に誓って」

 そう言ってリアは、首からぶら下げた剣のペンダントを握り締めた。





 一方、イベントホールでは・・・

 シュルルルルルルルッ!!

 「うわっ!?」

 「しまった!!」

 カミーラは全身から伸ばした髪の毛で4人を縛り上げると、彼らを空中へと持ち上げた。そして・・・

 「ほ〜ら、ごっつんこ!」

 カミーラは空中に持ち上げた4人を、互いに激突させた。

 「ぐぁっ!」

 「きゃぁっ!」

 さらにカミーラは、4人を縛ったまま地面にたたきつけた。

 「あんたたち、5人そろわないとこんなものなの? 拍子抜けねぇ」

 カミーラはそう言って、マオの体を目の前まで引き寄せた。

 「うわっ! この、離せぇ!!」

 「フフフ・・・せっかくだから、あなたの生命力もいただくわ。それじゃ、いただきま・・・」

 するするとマオの頭に髪を伸ばすカミーラ。が・・・その動きが、途中でピタリと止まった。

 「・・・なに?」

 「・・・やめた。あなたの髪、全然おいしそうじゃないんだもん」

 幻滅したようなカミーラの声に、マオはカチンときた。

 「な・・・し、失礼ね! 髪ならちゃんと毎日洗ってるわよ!!」

 「ただ洗ってるだけじゃダメなのよ。お手入れがなってないわ。艶も、ハリも、コシもない、全てにおいて不合格。こんな髪から生命力なんか吸ったら、おなか壊しちゃうわよ」

 「な、なんですってぇ!?」

 「あなたなんかに用はないわ。おとなしく死んでちょうだいな」

 そう言って、マオの頭に伸ばしていた髪の毛をまとめ、ドリル状にするカミーラ。その鋭い先端が、マオの額に狙いを定める。

 「や、やめろ!」

 叫ぶディーンたちだが、体を縛られていてはどうすることもできない。今まさに、カミーラの髪がマオの頭を貫こうとした、そのときだった。

 ゴオオオオオオッ!!

 「ギャアアアアアッ!?」

 突如、横合いから飛んできた紅蓮の炎がカミーラの体を飲み込んだ。ディーンたちを捕縛していた髪の毛が焼け落ち、ようやく4人は体の自由を取り戻した。

 「今の炎は・・・!」

 4人が炎の飛んできた方向を見ると・・・薄く白い煙を発する広げた掌を向け、凛として立つリアの姿がそこにはあった。

 「リア!!」

 「お前・・・大丈夫なのかよ!?」

 驚きの表情を浮かべる4人に、リアは不敵な笑みを見せた。

 「そういう台詞を言うのなら、もっと安心できる戦いぶりを見せてほしいものだな」

 「・・・面目ない」

 「でも、そういう台詞が言えるってことはもう大丈夫そうだな」

 「ああ。いくぞみんな、変身だ!」

 「「「「オウッ!」」」」

 リアは4人と合流すると、ユニオンブレスのボタンを押した。

 「「「「「レッツ・ユニオン!!」」」」」

 5人の体が光に包まれ、一瞬にしてユニオンジャーへの変身を遂げる。

 「ユニオンブルー!!」

 白銀の長剣を大きく振るい、目の前で縦に構えて叫ぶユニオンブルー。

 「ユニオンレッド!!」

 片手でクルクルと銃を回し、真上に向けて空砲を撃ち叫ぶユニオンレッド。

 「ユニオンイエロー!!」

 メカニカルなガントレットを装備した左腕を向けながら叫ぶユニオンイエロー。

 「ユニオングリーン!!」

 巨大な骨のハンマーをドンと地面に突き、仁王立ちをしながら叫ぶユニオングリーン。

 「ユニオンピンク!!」

 めまぐるしい動きで拳と手刀を振るう演武を舞い、大きく回し蹴りをして叫ぶユニオンピンク。

 「「「「「超次元戦隊! ユニオンジャー!!」」」」」

 高らかな叫びを上げる彼らの背後で、5色の閃光が閃いた。

 「クッ、一度ならず二度までも髪を燃やすなんて・・・あなたたち、それでも女!?」

 「お前のように女の髪を食い物にする輩にそんなことを言う資格はない。いくぞ、マオ」

 「あいよ。あたしの髪を馬鹿にしてくれたお礼は、たっぷりとしてやらないよね!」

 そう言葉を交わすと、ブルーはミスティックカリバーを、ピンクは気刃扇をそれぞれ手にして、いきなりカミーラへと突進した。

 「絞め殺してあげるわ!」

 全身から髪の毛を伸ばし、ブルーとピンクに襲わせるカミーラ。だが・・・

 「「ハァァァァァァァァッ!!」」

 2人は襲いかかる髪の毛を千々に切り裂きながら、カミーラへと肉薄してきた。

 「くっ、この!」

 束ねてドリル状にした髪を、2人めがけて突き出すカミーラ。だが、その目の前で2人の姿が掻き消えるようにいなくなった。

 「なにっ!?」

 カミーラの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。気が付くと、カミーラの右にはブルーが、左にはピンクが回り込んでいた。そして・・・

 「フィアンマ!!」

 「紅蓮吼龍弾!!」

 ドガァァァァァァァァン!!

 「キャアアアアッ!!」

 左右からの必殺技が炸裂し、カミーラの体は再び業火に包まれた。

 「・・・僕たち、出る幕ありませんね」

 「ああ。もう全部あいつら2人でいいんじゃないかな」

 「女の恨みはコワイねぇ」

 そんな2人の猛攻を見ながら、取り残されたように立ち尽くす男3人。

 「こらそこ! なにボーっと突っ立ってんの、男ども!」

 「ユニオンコンビネーションで決めるぞ!」

 「はっ、はい!!」

 ブルーとピンクに叱責され、慌てて準備を始める他3人。

 「おのれぇ・・・二度ならずも三度まで・・・」

 ぶすぶすと全身から黒い煙を発しながら、よろよろと立ち上がるカミーラ。だが・・・

 「悪いな。こいつで四度目だ」

 グリーンはそう呟くと、エンシェントハンマーを振り上げた。

 「怒れ、大地よ! マグマの・・・目覚め!!」

 ドンッッッッッッッ!!

 気合と共にグリーンがハンマーを振り下ろすと、突如、カミーラの周囲からマグマが吹き出し始めた。

 「ちょ、何これ!? あ、熱っ!!」

 吹き出すマグマに囲まれ、高熱にさいなまれるカミーラ。

 「続けていくぜ! リボルブラスター!!」

 「ガトリングストーム!!」

 ドガァァァァァァァン!!

 「キャァァァァ!?」

 続けてレッドとイエローの放った攻撃によって吹っ飛ばされるカミーラ。その落下地点には、既に先回りしたピンクが待ち受けていた。

 「こいつで吹っ飛びな! 昇竜旋舞!!」

 ゴオオオオオオッ!!

 気刃扇を両手に持ち、その場で高速回転を始めるピンク。それにとって瞬く間に大きな竜巻が発生し、カミーラはそれに巻き込まれ、空中高く巻き上げられた。

 「ウワァァァァァッ!?」

 「トドメは任せたよ、リア!!」

 「任せろ!!」

 ピンクの言葉にそう答え、ブルーは思い切り踏み込んで、空高くジャンプした。

 「火炎剣・・・」

 ブルーがミスティックカリバーの刀身に左手を這わせると、刀身に紅蓮の業火が纏わりついた。炎の剣を、ブルーは大上段に振りかぶる。そして・・・

 「フレイムスラッシュ!!」

 ザンッッッッッッッッ!!

 一刀のもとに、カミーラの体を真っ二つに切り裂いた。

 「ギャァァァァァァァァ!!」

 ドガァァァァァァァン!!

 空中でカミーラが大爆発して果てる中、ブルーは颯爽と地上に降り立った。

 「・・・女の髪を弄んだ報いだ」

 静かにそう呟くと、ブルーはミスティックカリバーを一振りし、静かに鞘へと収めた。





 「あ〜あ、やられちゃったね、お姉様」

 デバストポリ司令室内。モニターでカミーラの敗北を見たネガテリーナが、つまらなそうに頬杖をつく。

 「・・・まだだ。バスケルラス!」

 「承知しております。早速、炎命処置をば・・・」

 懐からカミーラとそっくりの形をした人形を取り出し、床の上に置くバスケルラス。

 「奇なる命の羅刹よ。消えかけたその命の残り火を燃やし、今一度その使命を果たせ!!」

 ゴオオオッ!!

 バスケルラスが叫ぶと、人形の周囲に怪しく輝く光の魔法陣が浮かび上がり、人形が激しい炎を上げて燃え上がった。





 「まだまだ! 髪は切れても私の命はいまだ途切れず!!」

 空中に現れた巨大な火の玉が膨れ上がり、弾けた中から巨大なカミーラが姿を現す。

 「予想はしていたが、往生際の悪い・・・!」

 それを忌々しそうに見上げるブルー。その頭上に巨大な影が覆いかぶさり、見上げると、アークユニオンが飛来していた。

 「こうなると思って呼んでおいて正解だった。いこうぜ、リア」

 「ああ」

 4人にうなずき返すと、彼らと共にブルーは叫んだ。

 「「「「「ダイブ・イン!!」」」」」

 宇宙船の底部から緑の光がスポットライトのように照射され、その光の中に5人が消える。次の瞬間には、5人はアークユニオンの艦橋へと転送されていた。

 「まったく、しつこいったらありゃしない! ダイユニオンでさっさとカタをつけちゃおう!」

 「同感だな。いくぞ、みんな」

 「了解!」

 5人はそれぞれのブレスから、Dクリスタルを取り出した。

 「「「「「Dクリスタル、セット!」」」」」

 コンソールパネルにクリスタルをセットすると、たちまちDクリスタルドライブのエネルギー数値が急上昇していく。

 「よっしゃあ、いくぜ!!」

 急上昇を開始するアークユニオン。やがて、エネルギー数値が臨界点に達する。

 「Dクリスタルドライブ、臨界到達! 変形可能です!」

 「よし! 変形だ!」

 「「「「オウ!」」」」

 「「「「「ギアー・アップ!!」」」」」

 5人は一斉に叫び、コンソールパネルのキーを同時に回した。同時に、急上昇していたアークユニオンは一転、舳先を地上に向けて真っ逆さまに急降下を始めた。そして・・・船体の各所が次々に変形を遂げ、白亜の戦艦は鋼鉄の巨人へと姿を変え、大地に降り立つ。

 ドズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 「「「「「完成! ダイユニオン!!」」」」」

 5人の叫びを乗せて、ダイユニオンは巨大カミーラに向けて構えをとる。

 「いっくぜぇ!!」

 気合の叫びと共に、レッドはダイユニオンを巨大カミーラへと突っ込ませた。だが・・・

 「ホホホホホホ!!」

 巨大カミーラは笑い声をあげながら長い髪を振り回し、鞭のようにダイユニオンを攻撃した。

 「うわっ!?」

 慌ててダイユニオンの突進を止め、ステップを踏んで攻撃をかわすレッド。だが・・・

 シュルルルルルッ!!

 「しまった!?」

 巨大カミーラが伸ばした両腕の髪の毛がダイユニオンの両腕に絡みつき、その動きを封じてしまった。そして、巨大カミーラは頭の髪の毛を伸ばすと、次々にダイユニオンを打ち始めた。

 「くそっ、放しやがれ! ユニオンバルカン!!」

 ダイユニオンのボディの各所から砲塔がせり出し、次々にレーザーバルカンを発射する。ダイユニオンを拘束していた髪の毛が火線によって千切れ、拘束を脱したダイユニオンは距離をとると同時に両腕からユニオンキャノンを発射したが、巨大カミーラは素早い動きでそれをかわした。

 「厄介だな。意外と動きが素早い」

 「だが、近づこうとすればあの伸びる髪の毛か・・・」

 攻めあぐねるレッドたち。そのとき、ブルーが口を開いた。

 「・・・エリク。オーバーユニオンは使えるか?」

 その言葉に、レッドたちは驚いた。

 「ちょ、調整はできていますから、使うことはできますが・・・」

 「この状況を打開するには、私のクリスタルの力が最適だと思う。みんな、いいだろうか?」

 「・・・そうだな。他にいい手も思いつかないし・・・」

 「任せるよ、リア。あの女の敵に、ガツンと痛いのお見舞いしちゃって」

 「よし。リア、操縦預けるぜ」

 レッドがそう言うと、艦橋内のシートが移動し、リアを中心とした配置に変わった。

 「すまない」

 ブルーは重々しくそう言うと、コンソールにセットされた青いDクリスタルに片手をかざした。

 「クリスタルよ、わが思いに応え、ダイユニオンの力となれ・・・」

 ブルーがそう呟くと、クリスタルが青い輝きを強く発し始める。そして・・・

 「オーバーユニオン!!」

 カッッッッッッ!!

 ブルーが叫んだ瞬間、ダイユニオンがその全身から青くまばゆい光を放ち、思わず巨大カミーラは顔面を庇った。やがて、その光が収まると・・・

 「なにっ!?」

 カミーラは驚きのあまり、数歩後ずさっていた。

 ダイユニオンの姿は、先ほどまでとは大きく変貌を遂げていた。サファイアを思わせる青い輝きを放つ装甲が全身を覆い、その姿はもはや巨大ロボットと言うよりは、巨大な騎士と呼ぶべきものに変わっていた。

 「「「「「完成! ナイトユニオン!!」」」」」

 胸を張る鋼鉄の蒼騎士から、ユニオンジャーの力強い声が木霊した。

 「クッ・・・姿を変えたところで、どうだというの!?」

 カミーラは先端を鋭く尖らせた髪を何本も束にすると、一斉に蒼騎士と走らせた。だが・・・

 「ナイトイージス!」

 蒼騎士が左手で構えた円盾によって、その攻撃は完全に防がれた。

 「Dクリスタルの力で強化されたこのナイトユニオンに、そんな攻撃が通用するものか!!」

 ブルーの叫びと共に、ナイトユニオンは左腰にマウントされた鞘から長剣を引き抜いた。

 「ナイトカリバー!!」

 剣を引き抜くと同時に、ナイトユニオンは巨大ロボットとは思えない速さと鋭い太刀筋で巨大カミーラの髪をバラバラに切り裂いた。

 「ヒィィィィ!?」

 「そろそろ終わりにさせてもらう・・・」

 両手でナイトカリバーの柄を握り締め、下段に構えるナイトユニオン。すると、突然周囲がだんだんと暗くなり始めた。

 「な・・・なにっ!?」

 いつのまにか、周囲は夜のように闇に包まれ、中天には大きな三日月が輝いている。その光に照らし出され、下段に構えた剣をゆっくりと上段へと持ち上げていくナイトユニオン。月光を帯びた刀身が、三日月のような軌跡を描く。そして・・・

 「「「「「月光剣・ナイトクレッセント!!」」」」」

 ズバッッッッッッッッ!!

 ナイトユニオンがナイトカリバーを勢いよく振り下ろすと、三日月の形をした光の刃が走り、巨大カミーラを真っ二つに切り裂いた。

 「ヒィィィィィィィィィィィィ!!」

 ドガァァァァァァァァァァァン!!

 大爆発を遂げ、巨大カミーラはその髪の一本一本までをも、業火の中に灰と化していった。

 「・・・チェックメイト」

 静かにナイトカリバーを鞘へと収めるナイトユニオン。周囲は再び陽光の降り注ぐ世界に戻り、巨大な騎士は青く輝く鎧を煌めかせ、その雄姿を誇っていた。





 こうしてカミーラは倒され、生命力を吸われた女性たちも無事に回復を遂げた。そして、その翌日・・・。

 慧子が屋敷の廊下を歩いていると、前からドタドタという足音と共にマオが走ってきた。

 「慧子、リアを見なかった?」

 「ううん、見ないけど?」

 「おかしいな、たしかにこっちの方でリアの気を感じたんだけど・・・」

 首をひねるマオ。

 「リアに何か用?」

 「ちょっと訊きたいことがあってさ。もしリアを見かけたら教えてね。それじゃ」

 そう言い残して、マオは再び去っていった。

 「・・・訊きたいことって、なんだろ?」

 慧子がそう呟いた、そのときだった。

 「・・・まったく、しつこいんですから」

 「え?」

 突然、自分一人しかいないはずの廊下で声がしたので、慧子は思わずキョロキョロと周囲を見回した。すると、いきなり慧子の背後にリアがパッと姿を現した。

 「わぁっ!! リ、リア!?」

 「驚かせて申し訳ありません。魔法で姿を隠していました。マオから姿を隠すにはこうでもしないと・・・」

 そう言って、リアは迷惑そうにため息をついた。

 「姿を隠すって・・・なんで? マオは何か訊きたいことがあるって言ってたけど」

 「つまらないことですよ。昨日慧子も私に訊きましたけど、髪の美しさを保つ秘訣を教えろと・・・。普通に毎日洗っているだけだといくら言っても納得してくれないのです。あのキメラリアンに髪を貶されたのが余程頭に来たのでしょうけれど、おかげでいい迷惑ですよ」

 「なるほど、そういうこと・・・」

 合点が言ったようにうなずきつつも、慧子はジッとリアの髪の毛を見つめた。

 「・・・慧子?」

 リアが首を傾げた、そのときだった。

 「リアはここにいるよ、マオーッ!?」

 「な・・・!?」

 いきなり叫ぶ慧子。リアが驚いている間にも、すさまじい速さでマオが駆け付けた。

 「グッジョブ、慧子!!」

 「け、慧子! どういうつもりなのですか!?」

 「だって、私もその髪の美しさの秘密、知りたいし」

 「ですから、そんなものはありません!!」

 「まったまたぁ。そんなきれいな髪なのに何もないってことないわけないじゃない。髪をきれいにする魔法とかあるんでしょ? 仲間なんだから教えてくれたっていいじゃない」

 「あぁもう、付き合いきれません!!」

 そう言って、脱兎のように駆け出すリア。

 「あ、こら! 待ちなさいってば! 追うよ、慧子!!」

 「ま、待って、マオ!!」

 ドタドタとその後を追うマオと慧子。

 「・・・なぁにやってるんだか」

 そんな3人の狂騒を、ディーン、エリク、バルトは2階から見下ろしていた。

 「まぁ、そう言うなよ。あれでも当人たちにとっては必死なんだから」

 「そういうもんかねぇ」

 「ええ、そういうものです」

 「!?」

 驚いた3人が振り返ると、そこにはいつのまにか沙耶が立っていた。

 「い、いつのまに・・・!」

 「女性にとって美の追及は永遠のテーマです。必死になるのも当然というものでしょう」

 「はぁ・・・」

 「・・・そういえば、沙耶さんもとても綺麗な髪をしてますよね。やっぱり、特別な手入れか何かをしているんですか?」

 「いついかなる時でも主人の前に出られるよう身だしなみを整えておくことは、メイドにとっては当然のことでございます。ですが・・・」

 沙耶は髪と同じ色の口紅をつけた唇にスッと人差し指を当て、いきなりエリクに顔を近づけた。

 「・・・殿方が女の秘密に首を突っ込むのは、野暮というものでございますよ、エリク様」

 そう言うと彼女は謎めいた笑みを浮かべると、その場を立ち去ってしまった。

 「・・・やっぱり怖いな、女ってのは」

 「・・・あぁ」

 その場で腰を抜かしているエリクをよそに、ディーンとバルトは心底そう思いながら、沙耶の後姿を見つめていた。


戻る

inserted by FC2 system