「・・・」

 「・・・」

 キャンピング・カプセルの中。ドラえもんとのび太は、テレビのモニターに映るのは、グール達、そしてアンデルセンとの、血みどろの戦いのすさまじい映像である。もちろん、ドラえもんの首についている鈴型高性能CCDカメラによる撮影だ。

 「やったじゃないか、のび太君!!」

 映像を見終わり、ドラえもんがのび太の背中をドンと叩く。

 「思った通り、すごいものが撮れてたよ! これならスネ夫達の腰を抜かせるどころか、ノーベル映像賞だって間違いないよ!!」

 のび太はノーベル賞にそんな賞があっただろうかと思いながら、口を開いた。

 「で、でもドラえもん・・・。腰を抜かせるのはいいけど、こんな過激なもの見せていいのかな? 間違いなく、中学生の殺しあいより刺激的だよ、これ・・・」

 のび太が不安がるのも無理はない。映っていたのは、血と死体の乱舞のオンパレードなのだから。

 「大丈夫だよのび太君。スネ夫達だって、ぼくたちと同じ修羅場をくぐり抜けてきたんだから、この程度で気絶なんかしないよ。それにいざとなったら、新作ホラー映画の撮影に潜入したってごまかせばいいんだし。それだって、立派な珍しいことさ」

 ドラえもんはそう言ったが、最近の特殊メイクやCGがいかに発達しているとはいえ、はたしてこの殺戮シーンを映画などとごまかすことができるのだろうか。

 「じゃあもう、ぼくたちは日本に帰ってもいいわけだね」

 「そうだね。でも、せっかくここまで来たんだ。予定は明日も残ってるんだし、ロンドンまで行ってみようよ。観光するのもいいし、もしかしたら、もっと珍しいものにでくわせるかもしれない」

 「うん! こんな田舎でもゾンビの群と殺人神父なんてとんでもないものに会えたんだ。ロンドンならもっとすごいものに会えるのは間違いないね、アヒアヒ」

 「よし、今夜はもう寝よう。ゾンビと殺人神父との戦いで、もう疲れたよ。おやすみ、のび太君」

 「おやすみ、ドラえもん」

 キャンピング・カプセルの灯りが、フッと消えた。


HELLえもん



〜のび太の人情紙細工 イギリス珍道中〜



後編



DAY OF JACKAL


 一方、同時刻。ドラえもんとのび太が、夜が明けたら目指そうとしている場所、ロンドンの郊外に、古い大きな屋敷が建っていた。建物は三階建て。しかし、実際には部屋数はうんざりするほどあり、さらには広大な地下室まで存在する。屋敷の大きさやその内装など、どこからどう見ても社会的地位の高い人間が暮らしていることがうかがえる。事実、その屋敷にはあるイギリス貴族の当主が代々住んでいる。だが、この屋敷には他の貴族の屋敷とは違うところがいくらでもあった。



 「戻ってきたようだな」

 窓から見える庭の様子を見ながら、彼女は少し低めのハスキーな声でそう言った。金色の長い髪を後ろに流し、黒いスーツに身を包んだ背の高い人物。丸い眼鏡の下には切れ長の美しい青い目がある。浅黒い肌からは、彼女の体には白色人種以外の血も流れていることが見て取れる。いずれにしても彼女からは、美貌以外にも知性や凛々しさ、強さといった他の魅力が発散されていた。それと同時に、なんとなく常人には近寄りがたい雰囲気も彼女からは感じられる。しかし、それも当然だろう。彼女は若くしてこの屋敷の主にして、イギリス貴族・ヘルシング家の当主、そして、大英帝国と国教を犯そうとする反キリストの化物たちを葬り去る為組織された、自らの家名を冠する特務機関、「王立国教騎士団」の局長を務める女性、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングなのだから。

 窓から見える庭には、一機のヘリコプターが止まっている。本来ならこの屋敷の屋上にヘリポートがあったのだが、それは数日前、ここを襲撃してきた謎の集団によって破壊され、まだ修理が終わっていない。

 「お疲れでしょう、インテグラお嬢様」

 その背中に、年を経た感じの穏やかな男の声がかかった。インテグラが振り向くと、そこには絵の中の風景の如くたたずむ、一人の初老の執事の姿があった。キッチリとした身なりをし、オールバックにした髪を後ろで束ねた、片眼鏡をかけた執事、ウォルター・C・ドルネーズ。その容貌通りに常に沈着冷静かつ有能な執事であり、インテグラはもちろん、先代の当主であった彼女の父親まで、彼にはなにかと助けられている。

 インテグラはその言葉に、わずかな笑みを浮かべた。

 「なにかと大変な時期だからな・・・ゆっくり休んでなどいられん」

 だが、すぐにその表情は険しいものに変わった。

 「それにしても、次から次へと・・・クソ化物(フリークス)どもめ・・・!」

 インテグラはそう言いながら、自分の執務机の上に置いてある箱を開け、中に入っているいくつもの葉巻の一本を取り出し、火をつけた。その全てを自らの仕事にかけているかのような彼女にふさわしく、質実剛健なこの執務室の中に満ちているのは、その匂いである。煙草の類を楽しまない人間ならいざ知らず、そうでない人間ならば、その匂いを嗅いでよい薫りだと思うだろう。最高級品の葉巻なのだから。

 彼女はそれを口にくわえ、一息煙を吐き出すと、静かに自分の席へとついた。

 ガチャ

 と、突然そのドアが、なんの予告もなしに開かれた。もっとも、インテグラもウォルターも、それで驚くことなどなかったが。

 そこに立っていたのは、数時間前、のび太とドラえもんの前に現れた男女だった。ただ、男の方はサングラスはまだかけているが、帽子とコートは脱いでいる。少女の方も、あの似つかわしくない大口径火器を今は持っていなかった。

 「こんな時間までお待ちかねとは、誠に重畳」

 インテグラの姿を見て、男はそう言いながら執務室の中に入ってきた。

 「失礼しま〜す・・・」

 その後ろから、少女がおっかなびっくりといった様子で入ってくる。二人はインテグラの前まで来ると、そこで止まった。

 「ただ今帰還した、我が主」

 「任務ご苦労、我が僕」

 男とインテグラは、そんな会話を交わした。赤いサングラスをとる男。その下から、血のように赤い目が姿をあらわす。

 「早速だが、正式な報告をしろ。アーカード」

 インテグラがそう言うと、アーカードと呼ばれた男は歪んだ笑みを浮かべながら口を開いた。彼こそ、ヘルシング機関の殺しのジョーカーと呼ぶべき最強の切り札、ゴミ処理係アーカード。自らも吸血鬼でありながら、インテグラを主として仕え、英国と国教に楯突く化物共をその圧倒的な力で狩り尽くす、まさに吸血鬼の王と呼ぶべき存在である。

 その後ろで居心地が悪そうにしている少女が、セラス・ヴィクトリア。3ヶ月前の事件の巻き添えにより一度は死んだが、アーカードによって血を吸われて蘇った新米吸血娘である。アーカードほどの吸血鬼の血族となれば、本来はすさまじい力を持っていそうなものであるが、彼女自身は能力的にも精神的にも吸血鬼としてはまだまだ中途半端であり、いまいち見ていて危なっかしい。そのために主人であるアーカードには半端者扱いされ、めったに本名で呼ばれることはなく、生前の職業であった「婦警」で通っている。

 「途中まではこの間と同じだったよ、インテグラ。我々が向こうに着いた時には、既にグールも吸血鬼も一掃されていた。そこには、アンデルセンもいた」

 アーカードが、「この間」と呼ぶこと。それは、先月の15日のことである。その日もアーカードとセラスは、同じ北アイルランドのベイドリックという地方都市に出現した吸血鬼を倒すためにそこへと赴いた。しかし到着してみると、すでにそこにはローマ法皇庁の誇る特務実行部隊、13課イスカリオテ機関のアンデルセン神父がいて、吸血鬼は退治されていた。しかも、両者はその後交戦に突入。アンデルセンはアーカードの首を落としつつも、その後彼が簡単に再生してみせたのを見て形勢不利を悟りようやく撤退したのである。

 「またしても先を越されたか・・・。忌々しい連中だ」

 インテグラがギリリと歯を噛みしめる。彼女の指揮するヘルシングとイスカリオテは、共に吸血鬼やグールの排除を目的とした機関であるが、イスカリオテにとってはプロテスタントであるヘルシングもまた、化物共と同じく排除すべき神の敵、サタンの使いに過ぎない。ましてや、ヘルシングは吸血鬼を退治するのにアーカードにセラスという吸血鬼を使役しているのである。両者の関係は、もちろん最悪だ。

 「だが、今回は奴らだけでなく、さらに別の敵も現れた。そう言ったな?」

 任務終了直後の彼らからの報告を確認するインテグラ。

 「奴らは敵ではない、インテグラ」

 「なぜそう言い切れる?」

 「自ら鉄火を以って闘争を始めるような者ではないからだ」

 アーカードはそう言い切った。

 「・・・だが、戦う意志で奴らの前に立つとしたら奴らは闘争の契約に従うだろう。自らの全てを、殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために傾けるはずだ」

 そう語るアーカードの顔は、ひどくうれしそうだった。古い友人に出会えたように。

 「・・・なるほど。それで、どんな奴らだった?」

 「婦警に写真を撮らせた」

 そう言って、アーカードはセラスを差し向けた。

 「こ、これです!」

 セラスはデジカメを差し出した。それを受け取り、スイッチを入れるインテグラ。液晶画面に、メガネをかけた黄色い長袖シャツの少年の姿が映る。どう見ても、すごい人間には見えない。

 「・・・」

 インテグラは無言のまま、別のスイッチを押した。液晶画面が、別の写真を写す。・・・たしかに、人間でないことは確かだ。だが、やはり化物じみた力を持つとは思えない。雪だるまのような体型に、タヌキのような顔。手はボールのように丸く、腹には何故かポケットをつけている。

 「・・・本当にこんな奴らが、アンデルセンと互角に渡り合ったというのか?」

 さすがに疑いの視線をセラスに向けるインテグラ。

 「あたしはこの目で確かに見たんです!! この二人が、すごい銃でアンデルセン神父の腕と脇腹を吹き飛ばすのを!! ねえマスター!?」

 「その通りだ。連中は見かけや表面上なんぞより、ずいぶんとおもしろい奴らだ」

 アーカードもそう言う。

 「特に小僧の方・・・。人間の身で、「ジャッカル」よりもすさまじい銃を扱うとは、この間のクズなどより、よほど楽しめそうだ」

 「そうです! それに、あの子すごかったんですよ! ウォルターさんみたいに指から糸を操って、アンデルセンを縛り上げちゃったんです!」

 「ほぅ」

 興奮気味に話すセラスに、それまで黙って話を聞いていたウォルターの眉がピクリと動く。

 「たしか、「アヤトリ」とか言ってましたね、その技のこと・・・」

 思い出したように言うセラスに、ウォルターがさらに反応する。

 「ほほぅ、あやとりですか。懐かしいですな」

 そう言って、遠い目になるウォルター。

 「知ってるんデスか!? ウォルターさん!!」

 驚いた様子で尋ねるセラス。

 「ええ、日本の伝統芸能の一つです」

 「あ、そういえばそう言ってました」

 「糸を使っていろいろな形を作るのです。若い頃の私は、それをしながらワイヤーを使うために必要な指捌きの練習をしたのですよ。今ではすっかり廃れてしまったようですが・・・まだ受け継いでいる人がいるとは、うれしいですな」

 そう言うとウォルターは、愛用のワイヤーを使って一つの形を作った。

 「これがその一つ、「ほうき」ですよ」

 そう言ってウォルターは、鮮やかな指捌きで次々と「さかづき」「はしご」「東京タワー」を作っていった。たしかに鮮やかなものだが、そのワイヤーで数日前この執事がこの屋敷に攻め込んできた武装したグールの集団を次々にズタズタに引き裂いていったことを考えると、素直に感心していいのかどうかわからない。

 「フ・・・そちらの方はまだ衰えていないようだな。見事だ。「あやとりウォルター」、また見れるとは」

 アーカードがそれを見て、懐かしそうかつ嬉しそうな表情を浮かべた。50年来の「戦友」でもある彼に、きっと55年前にもウォルターはこの見事な技を披露していたに違いない。

 「感謝の極み」

 胸に手をやり、ウォルターはその誉め言葉を真摯に受け止めた。

 「・・・日本・・・か」

 それを黙って見ていたインテグラが、ボソリと言った。

 「軟弱な国とばかり思っていたが・・・そんな連中がいるとはな」

 「あの子は、ただの日本の小学生だって言ってましたけど・・・」

 セラスが戸惑ったような表情で言う。

 「グール共を退治していたならば、その連中が「ミレニアム」と関係があるとは思えないが・・・なぜ正体を確認しなかった、アーカード?」

 インテグラは少しとがめるような目でアーカードを見た。「ミレニアム」とは、数日前武装したグールの集団を引き連れてこの本部を急襲し、壊滅寸前まで追い込んだ兄弟の吸血鬼、バレンタイン兄弟の弟、ヤンが死の間際に言い残した言葉である。インテグラは彼らの裏で糸を引いていた何者かの正体を、その言葉のみを手がかりに調査させているが、今のところその進展は芳しくない。彼女が気にするのも当然である。しかし、彼はその質問に答えなかった。

 「マスターがあの子に近づいたとき、あたしもマスターのことだから、いつもみたいに問答無用で戦い始めると思いましたよ」

 セラスも不思議そうに言う。

 「そうじゃなかったら、あたしの血を吸った時みたいに、いきなり「お坊ちゃん、童○かい?」とか訊くのかと思ったんですけど・・・アハハ・・・」

 ピキッ!!

 インテグラとウォルターの表情が固まる。そして・・・

 「・・・!!?」

 ギギギ・・・と音がするような感じでセラスが振り向くと・・・そこには表情は変わっていないが、戦いの時と同じ黒いオーラを発する彼女の主人がいた。

 「マ・・・マママママスターッ!!?」

 「面白いことを言うようになったな・・・婦警」

 アーカードはそう言うと、右手を懐に入れた。アンデッドにも死をもたらす、彼専用の対化物戦闘用13mm拳銃「ジャッカル」が、いつもしまわれている場所に・・・。





 ドンドンドンドンドンドンドンドン!!

 「ギニャーーーーーーーーーーーーーー!!」





 数秒後、そこにセラスの姿はなかった。代わりにアーカードの横に出現していたのは、粗末な木の棺桶。蓋はしっかりと釘で打ち付けられており、開くことはない。その中からはすすり泣きとともに「いやああああああああ・・・」などという少女の悲鳴がくぐもって聞こえてくる。しかし、インテグラとウォルターはそれを、冷ややかに見下ろしていた。

 「話を元に戻そう、アーカード。なぜ正体を確認しなかった?」

 悲鳴をあげる棺にかまうことなく、インテグラはなぜか金槌を持っているアーカードに再び尋ねた。

 「簡単なことだ、インテグラ」

 アーカードはあざ笑うような表情を浮かべた。

 「私はお前に飼われる身だ。私の行動を決めるのは、全てお前の選択だ。ちがうかね? インテグラ」

 インテグラは、その言葉に対して無表情でいたが・・・

 「その通りだ、アーカード」

 いつもの毅然とした態度でそう言った。

 「「ミレニアム」についての進展がはかばかしくない今・・・これ以上の不確定要素を増やしたくはない」

 インテグラはそう言うと、アーカードの目をにらみつけた。

 「ならば命じよう、我が従僕。次に奴らと相まみえることになったならば、奴らの正体を確かめろ。敵となるようならば、叩いて潰せ。以上」

 「了解(ラージャ)」

 アーカードは楽しそうに答えた。

 「それに・・・」

 「なんだ?」

 「それは、そう遠くないだろう」

 アーカードの言葉に、インテグラは眉をひそめた。

 「近いうちに現れるというのか・・・?」

 「来るさ。来るとも」

 アーカードは言った。

 「必ず来る」

 「・・・」

 「・・・」

 インテグラもウォルターも、それを無言で聞いていた。が、インテグラはやがて口を開いた。

 「よくわかった、アーカード。ご苦労だった。休んでよい」

 「・・・」

 アーカードは無言で踵を返すと、執務室から出ていった。

 「ウォルター」

 「はッ」

 「私も、少し休ませてもらう」

 「もちろんでございます、インテグラお嬢様」

 ウォルターは恭しく頭を下げた。葉巻を灰皿に押しつけ、インテグラは机を離れようとした。

 「それと」

 付け加えるように、インテグラは言った。

 「それを地下に運んでおけ」

 悲鳴はおさまったが、相変わらずすすり泣きをもらす棺をインテグラは一瞥した。

 「かしこまりました」

 インテグラはそれだけ聞くと、部屋から出ていった。

 「・・・」

 最後に残ったウォルターは、一つため息をつくとロープを棺に結わえ付け、ズルズルと引きずりながら執務室を後にした。





 「まったく! ドラ焼きがないなんて、ろくでもない国だ! だからゾンビなんかが出てくるんだよ!!」

 大きな噴水の縁に腰掛けながら、ドラえもんが憤慨しつつドーナツを食べている。

 「ゾンビとは関係ないだろ。ドラ焼きがないのはここが外国なんだから当たり前だし、ドラえもんの理屈だと、日本以外の国はみんなろくでもないことになっちゃうじゃないか」

 ドラえもんの発言について全てツッこむとは、さすがは30年来の相棒といった感じだろうか。ただのび太の顔は、なぜか疲れ切っていた。

 「どうしたんだい、のび太君? まだ午前中だってのに、そんな疲れ切った顔しちゃって」

 ちなみに、時刻は10時すぎ。日本時間では、まだ土曜の夜10時である。

 「君がリニアモーターカーごっこなんか使ったからだろぉ!?」

 のび太はドラえもんに怒鳴りつけた。彼の足は、パンパンに腫れあがっている。

 リニアモーターカーごっことはドラえもんの道具で、いわば電車ごっこの超高速バージョンである。この道具を使うと地磁気の力で時速380kmのスピードで走ることができるようになるのである。ただ・・・基本が電車ごっこである以上、自分の足で走ることはまぬがれない。時速380kmで疾走し続けたために、のび太の足は酷使されてこんな状態になっているのだ。

 「それにしてものび太君、君も成長したねぇ。前にあれを使ったときは、きみは無様にも途中で脱落したっていうのに、今度はちゃんとついてこられたじゃないか。ぼくは嬉しいよ」

 「無様とはどういうことだぁぁぁぁぁぁぁ!? あれのせいでぼくは死にかけたんだぞぉぉぉぉぉ!?」

 涙を流すドラえもんと、叫ぶのび太。のび太は以前、この道具を使ったときに途中で脱落し、吹雪が吹き荒れる雪原で危うく凍死しかけた経験があった。だからこそのび太は、夜が明けてからタケコプターで海を渡り、ランカスター付近に着陸したあと、「タケコプターじゃ時間がかかるからこれを使おう」と言ってこの道具を取り出したドラえもんをなんとか阻止しようとしたのである。しかし、それも無駄に終わり、結局二人は時速380kmでロンドンまで直線距離を突っ走ってきたのである。途中どれだけの数の人や車をはね飛ばし、家やビルを突き破ったかわからない。今頃イギリス各地で大騒ぎになっているだろう。

 「そんなことよりドラえもん・・・どうするの?・・・ズズ・・・」

 右手にはドーナツ、左手には紙コップに入ったコーヒー。彼らは朝食代わりにとある喫茶店でコーヒーとドーナツを買い、今それを食べている。問題なのは、その店が「スタ○バックス」だったことである。わざわざロンドンまで来て、東京にもあるコーヒーショップでコーヒーとドーナツを買う二人・・・。

 「決まってるじゃないか。イギリス人も知らないイギリスの珍しいものを探すんだよ」

 ドラえもんがそう答えた。ちなみに、彼らが今いる場所はトラファルガー広場。大きな噴水とネルソン提督の像と無数のハトで有名な、ロンドンの観光名所の一つである。ただススキヶ原と違い、しゃべる青ダヌキというのは見慣れていないロンドン市民にとって珍しいらしく、彼の周りでは盛んにフラッシュをたかれていたが。

 「でも、どうやって? イギリス人も知らないんだから、ここの人達に訊いてもわかんないと思うけど」

 のび太が周囲を見回して言った。普段は彼らの方が事件を起こす立場なのである。もっとも、もとからあった事件が彼らのせいで余計ややこしくなるのもよくあることだが。

 「のび太君、ぼくのこのポケットは伊達じゃないんだよ? それを調べる道具なんて、このなかにごまんと入ってるさ」

 得意げにそう言って、ドラえもんはポケットに手を突っ込んだ。程なくして、ポケットから一つの道具が取り出される。

 「「みちび機」〜!!」

 いつもののんきな声とともにドラえもんが取り出したのは、ミニチュアの鳥居としか思えないようなものだった。それは、のび太も見たことがある。

 「迷ってることとかがあるとき、このボタンを押すと答えが出てくるんだよね?」

 鳥居についているボタンを指さして、のび太が言った。

 「そういうこと。これに尋ねれば、一発でわかっちゃうよ」

 そう言うとドラえもんは、ボタンに手をかざした。

 「イギリス人も知らないイギリスの珍しいものに出会うには、どうしたらよいか。教えたまえ」

 ドラえもんはそう言いながら、ボタンを押した。すると・・・

 スポンッ!

 勢いよく、丸まった小さい紙が飛び出した。のび太はそれを拾い上げ、広げてみた。すると、そこには・・・

 「夜10時 チャリング・クロス駅で待つべし」

 と書かれていた。

 「チャリング・クロス駅? それってどこ?」

 のび太が首を傾げる。

 「目と鼻の先だよ。ほら、あそこ」

 ドラえもんが指さした先には、地下鉄の駅があった。チャリング・クロス駅は、ロンドンの地下を走るチューブと呼ばれる地下鉄の、トラファルガー広場のすぐ近くにある駅なのである。

 「なあんだ、すぐそこじゃない。でも、あと半日待たなきゃいけないってのはヒマだね」

 「いいじゃない。その間は、観光地でも回ろうよ」

 二人はのんきに話していたが、やがて、のび太が言った。

 「でも、この道具はその時になって何が起こるかわからないのが欠点だね」

 「今回はその方が面白いと思うけどね」

 「もっと正確に知る方法だってあるじゃない。例えば、宇宙完全大百科とか」

 のび太が言う宇宙完全大百科とは、22世紀の宇宙に浮かんでいる惑星規模のCD−ROMに宇宙の全てが記されているという、まさにアカシック・レコードというべき史上最大の百科事典なのである。

 「宇宙完全大百科? ダメダメ、あれは」

 「どうして? なんだってわかるんだよ?」

 「いいかいのび太君。前に君が使ったときには言い忘れたけど、あれは有料データベースなんだよ」

 「有料なの!?」

 「当たり前だろ? あんなゴイスー(スゴイ)なデータベース、タダで使わせてくれるもんか。しかも、利用料がすごく高いんだ。だから普通あれを使う人は、地球規模、歴史規模の壮大な謎について調べるんだよ。それを君は、宿題の答えだの自分の未来の結婚写真だの、挙げ句の果てにはジャイアンズの試合結果なんて、くだらない情報検索にばっかりムダに使って・・・。あれの使用料が高くついたから、ぼくはドラ焼きを節約しなきゃならないし、ミイちゃんにダイヤの一つも買ってやれないんだよ、まったく・・・」

 「だったら使わせるなぁぁぁぁぁぁぁ!! それに、ぼくの結婚写真をくだらないだとぉぉぉぉぉぉぉ!? 猫にダイヤなんかやろうとする方が、よっぽどくだらんわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「なんだとぉぉぉぉぉぉ!? 愛する女の胸にダイヤの一つも飾ってやろうと思うことの何が悪いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 トラファルガー広場のど真ん中で派手な口論を始める二人だったが、それは彼らに対する注目を益々集めるばかりだった。





 午後3時まで、あと5分。インテグラが執務室で書類にサインをしていると、彼女の机の上の電話が鳴り始めた。

 「!」

 インテグラは一瞬、ギョッとした表情を浮かべて近くに立っていたウォルターと目を合わせた。ウォルターもいつもの彼らしくない、少し動揺した表情を浮かべたが、すぐにもとの冷静な表情に戻った。インテグラも同じ表情に戻ると、受話器をとって声を出した。

 「はい・・・私です、インテグラです。・・・アイランズ卿でしたか。・・・ええ、知っております。1時間ほど前に、ペンウッド卿から・・・。今度は何が・・・」

 電話の向こうの相手と、インテグラはそんな会話をしていたが・・・

 「・・・!?」

 突然、インテグラの顔が驚きで変わるのが、ウォルターにははっきりと見えた。しかし、彼女はすぐに元の表情に戻った。

 「・・・わかりました。すぐに確認しますが・・・はい。わかっています。それでは」

 インテグラはそう言うと、電話を切ってため息をついた。

 「今度はアイランズ卿からだった・・・」

 「そのようですな」

 アイランズ卿とは、ヘルシングを支援している「円卓会議」という組織の中心人物である。英国王室に忠誠を誓う12人の政財界の重要人物、貴族、軍人などが集まって結成された組織、それが円卓会議である。アイランズ卿はその中でも特に権威ある人物で、インテグラの父が当主を務めていた頃からヘルシングに関わっている。

 インテグラは、机の上に置かれていたパソコンのモニターのスイッチを入れると、チャンネルを回し始めた。

 「今度は、いかがなことが起こったのですか?」

 「まったく・・・呆れるばかりだ・・・。信じられるか? ウォルター」

 インテグラはそう言って、いらだたしげに葉巻に火をつけながら続けた。

 「ロンドンブリッジが、落ちたそうだ」

 インテグラがそう言った、まさにその時。モニターに、信じられない光景が映った。インテグラも見慣れている、塔と塔の間に架かった吊り橋が、跡形もなくなくなっていた。画面ではアナウンサーがなにやらわめいているが、インテグラはそんなものがなくても、映像だけで事態を把握していた。ウォルターも同様である。

 「我々にどうしろというのだ・・・。ヘルシングはなんでも屋ではないのだぞ」

 そう言って葉巻の煙を吐き出すインテグラ。

 「これをどう解釈する、ウォルター?」

 インテグラは純粋に答えを聞きたい気持ちから、目の前の執事に尋ねた。

 「単純に言えば・・・マザーグースの通りですな」

 ウォルターもまた、とりあえず単純に思ったことを口にした。

 「ただ・・・これがこの間の連中の仕業とは、私には思えませんな。たしかに、悪ふざけのようなところはありましたが・・・」

 「同感だ。これは単純に、度の過ぎた悪ふざけだろう。これまでと同じでな・・・」

 そう言いながらインテグラは、アーカードとセラスの報告の後、短い眠りをとって起きたあとに起こった出来事を順に思い出していた。10時半頃からずっと、インテグラの机の電話はほぼ1時間ごとに鳴り続け、そのたびにインテグラは電話の相手から、ロンドン各所で起こった珍妙な出来事の報告を聞くことになったのである。順に挙げると、

 10:34 トラファルガー広場のライオンの像が動き出し、玉乗りをする。

 11:37 ビッグ・ベンの鐘が、日本の寺の釣鐘にすり替えられる。

 12:48 ピカデリー・サーカスにボリショイサーカスが出現。

 13:56 大英博物館のエジプトのミイラが復活して踊り出す。

 という具合に、次々とわけのわからない事態がインテグラの耳に届けられたのだ。そしてつい先ほど、ロンドンブリッジが落ちたという知らせ。今やロンドン市内は大パニックだが、こんな異常事態の知らせを受けたところで、インテグラ率いるヘルシング機関は動きようがない。奇跡的なのか狙っているのか知らないが、今のところ犠牲者は一人も出ていない。大英帝国と国教を脅かしているというのには、ちょっと大げさすぎる。事態が吸血鬼によって引き起こされたならば彼らの出番だが、事件が起きるたびにインテグラは機関員を派遣して調査させているものの、今のところどの事件も吸血鬼が関わったという痕跡はない。今度だって、たぶんそうであろう。だいたい、吸血鬼が出ているのならば死人が出ないなどありえない。インテグラの言うとおり、度の過ぎた悪ふざけとしか思えないのだ。

 「ポイントは・・・11時半の事件だな」

 インテグラがそう言ったとき

 ゴ〜ン・・・

 なんとも場違いな音色が、窓の外から執務室にもかすかに聞こえてきた。京都などではよく聞ける音色だが、ロンドンではまったくあわない。ビッグ・ベンの鐘がいつのまにか釣鐘にすり替えられてしまっていたため、一時間たつ毎にロンドンの街には諸行無常を感じさせる音色が響き渡っているのである。

 「・・・」

 インテグラはそれに閉口しつつも、先ほど送られてきた写真を見た。現在のビッグ・ベンの鐘である、漢字の彫り込まれた日本の銅の釣鐘が写っていた。

 「奴らは我々の文化、我々の英国をなめきっている」

 インテグラはそうつぶやいた。





 午後9:50。トラファルガー広場付近にある、地下鉄チャリング・クロス駅。その構内のベンチに、妙な人物が二人座っていた。彼らは近くの売店で買った夕刊を読んでいる。夕刊の紙面は、昼間ロンドン市内で起こった数々の怪事件の記事で一杯だった。

 「見なよ、ドラえもん。こんなに大きく取り上げられているよ」

 「そうだね。やっぱりこうでなくっちゃ」

 記事を見ながら、彼らは楽しそうに談笑していた。そう、ばかばかしくも大がかりな今回の一連の怪事件の犯人は、やはりというかなんというか、こいつらだったのである。ちなみに英字新聞を読めるのも、ほんやくこんにゃくのおかげである。

 「どうもね、確かにこのロンドンって街は綺麗でおしゃれだけど、イマイチ刺激がないんだよね」

 「そうそう。でもこれで、ロンドンもずっと楽しい街になっただろう。住んでる人達も大喜びだろうね」

 恐るべきことにこの二人は、この騒ぎをよかれと思って引き起こしたのである。彼らの住む町、ススキヶ原では、怪事件というものが日常茶飯事となり、もはや非日常から日常へと変わってしまっている。そのほとんどはこの二人が故意に、あるいは偶発的に引き起こすものなのであるが、彼らを含めて町の住人達は、いつのまにか怪事件なしでは退屈でしょうがなく感じてしまう体になってしまっていたのである。

 ロンドンへとやって来た二人だったが、すぐにこの街のあまりに平穏な空気に飽きてしまった。そこで、自らこの街に自分達の町に溢れる非日常を持ち込んだのである。それが、万人にとって楽しいことであると、微塵の疑いもなく・・・。まさに、カオスの伝道師である。

 「しかしドラえもん、君はやっぱりすごいね。ミイラの包帯をほどきながら「メトロポリタ○ミュージアム♪」とか歌いながら踊るなんて」

 「いやぁ、それほどでも。それにしてものび太君・・・」

 と、突然ドラえもんの口調が急に冷たくなった。

 「今日ほど君のギャグセンスを疑ったことはないよ・・・。なんだい、リージェントパークにいた人を、みんなリーゼントにするなんて・・・」

 白い目でのび太を見るドラえもん。ロンドンブリッジを落とした後も、二人はロンドン各地で暗躍し、しょうもない事件を引き起こし続けた。その一つに、のび太発案の「リージェントパークにいる人を、みんなリーゼントにする」というものがあり、その時ものび太はドラえもんの白い目を浴びながら、実行したのである。さすがはしずかちゃんと出木杉の前で、「映像はええぞー」などと、ゼットンの火球も凍りそうな言葉を発した男である。

 「ふっ、ドラえもんにはわからないだろうな。このぼくの奇跡のようなギャグは。こう見えてもぼくは、昨日の夜君が寝ている間に、「イングリッシュジョーク入門」を読んで完璧にマスターしたのさ。ぼくのギャグで、今頃ロンドン中が笑いのどつぼだね」

 もちろん、大ウソである。のび太は昨夜、ドラえもんより早く夢の世界に落ち、ドラえもんより遅く現実の世界へ戻ってきたのである。ついでに言うなら、どつぼではなくるつぼである。が、ドラえもんはもはや、つっこんでやろうという気も失せていた。

 「そんなことよりのび太君、ぼくたちが楽しみを提供しているだけじゃ、もう不公平だね」

 「その通りだね。そろそろロンドンからも、ぼくらに素敵なプレゼントを贈ってもらわないと。ドラえもん、今何時?」

 「9:58分。あと2分だよ、のび太君」

 ドラえもんが構内の時計を見ながら言った。

 「わくわくするね。このロンドンに、このぼくたちの気分を昂ぶらせるものはあるのかな?」

 期待を隠しきれない様子で、その時を待つ二人。その時、地下鉄が轟音をあげて構内へと入ってきた。

 プシュー・・・

 そのドアが開くと同時に・・・

 ガガガガガガガガガガガガガガガガがガガガガガガ!!

 「グアアアアアアアア!!」

 「キャアアアアアアア!!」

 「ギャアアアアアアア!!」

 のび太達の目の前で、無数の銃声とボロ雑巾のようになる利用客という阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる。そして・・・

 ザッザッザッザッザッザッザッ・・・

 大口径の自動小銃と鋼鉄製の盾をもった、武装したグール達が、次々と列車から降りてきた。

 「「この国にはこれしかないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

 のび太とドラえもんの失望と怒りの声が、チャリング・クロス駅の構内に響き渡った。





 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 セラス、ウォルター、そしてインテグラは、執務室の中で呆気にとられた様子で、目の前の光景を信じられない様子で呆然と見つめていた。その原因となっているものは、ただ一つ。

 「クックックックックックッ・・・くはッはははははッ、はははははははははははは!!」

 笑っている・・・。目の前でアーカードが、これまで見たこともないぐらい嬉しそうに腹を抱えて笑っているのである。

 「面白いぞ、面白い。あはは、ははは、あははははははは!! あいつらだ、あいつらだ。ひどくおもしろいぞ」

 「何がおかしい!? アーカード」

 さすがにインテグラが、その理由を尋ねた。

 「とてもうれしい。未だ奴らの様な恐るべき馬鹿共が存在していただなんてな。まだまだ世界は狂気に満ちている」

 アーカードはそう答えると、再び笑い始めた。

 「リージェントパークの人間達を、全てリーゼントにするとはな!! ふッ、ふはは、くはははははッ! 楽しい!! こんなに楽しいのは久し振りだ」

 (そのことで笑ってたのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?)

 3人は先ほど以上の驚愕とともに、やはりアーカードが人智を越えた存在であることを思い知らされた。さすがは正真正銘の化物、ギャグの感覚まで人間の理解できる範囲をはるかに超えているらしい。ウォルターは50年以上のつきあいでも感じたことのなかった悪寒を感じ、セラスに至っては全身の震えが止まらない。しかしそんな中で、インテグラは声を張り上げた。

 「笑いごとか!? 笑いごとではないぞ」

 それを聞き、アーカードがピタリと笑うのをやめる。さすがは主人。と、その時だった。

 Trrrrrrrr・・・

 インテグラの執務机の上の電話が鳴りだした。全員の視線がサッとそれに向き、インテグラはそれをとった。

 「はい・・・私です」

 今度はどんな事件かと、全員が彼女の顔に注目する。

 「・・・!」

 インテグラの顔が驚きの表情を浮かべる。だが、それは今日起こった数々の怪事件の知らせを聞いたときのものとは、明らかに違っていた。

 「・・・了解しました。すぐに出動させます」

 そう言うとインテグラは、電話を切って目の前のアーカードとセラスに向き直った。

 「チャリング・クロス駅にグール共が出現した。この間と同じく、武装を施され、組織的に行動しているそうだ」

 その言葉に緊張した表情を浮かべるセラスと、嬉しそうに口元を歪ませるアーカード。しかし、インテグラはさらに続けた。

 「・・・もう一つ、現地で何者かがそれと交戦しているらしい。13課が動いているという報告もない。となれば・・・おそらく「奴ら」だ」

 インテグラは葉巻を灰皿に押しつけた。

 「装備を整え出撃せよ!! アーカード、婦警。命令は唯一つ。「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」。以上」

 その言葉に、セラスはかしこまり、アーカードはサングラスをかけた。

 「はッはい。了ッ、了解(ヤー)!!」

 「承知した、我が主人(マイマスター)」

 そう言うと、アーカードは身を翻してドアへと歩き始めた。

 「行くぞ、セラス。せいぜいうす暗がりをおっかなびっくり連いて来い」

 アーカードは振り返ることなく、セラスにそう声をかけた。

 「!! はッ、はッ、はいッ!!」

 セラスは一瞬呆気にとられたが、すぐにとっとことその後を追い、執務室をあとにした。

 「・・・」

 軽く呆気にとられているのは、インテグラとウォルターも同じだった。アーカードがセラスのことを、めったに呼ばない本名で呼んだのだから。どうやら、棺の中でよく眠ったことと、目の前に待っている戦い、それに、例のけた外れの極寒ギャグのおかげで、いつになく機嫌がいいらしい。普段でさえ大暴れする彼が、心理状態がそういうときにはどんなことになるのか、二人にも予想ができなかった。

 「ウォルター」

 「はッ」

 ウォルターは突然の主人の声にすぐに応えた。

 「・・・アーカードは、なぜあれをあのように感じられるのだろう・・・?」

 静かだったが、途方に暮れたような声だった。ウォルターは戸惑ったが・・・

 「申し訳ございません、インテグラ様・・・ただ私は執事にございますれば・・・」

 「・・・」

 予想していた答えにインテグラはため息をついたが、彼に失望することはなかった。

 (何故!!? お父様たちは何の研究を)

 10年前、復活したアーカードが目の前に跪き、自分のことを「主人」と呼んだときに思った疑問。同じ言葉だが、それを思うに至った原因と内容が大きく違う疑問を、インテグラは心の中に抱いていた。





 一方、ほぼ同じ頃。チャリング・クロス駅では・・・

 「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 「なめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 再びグール達と戦う羽目になった運命を呪いつつ、のび太とドラえもんが空気砲を連発していた。その猛攻に、グール達が倒れていく。

 しかし、昨日のように簡単にはいかなかった。今回のグール達は特殊部隊の兵士と同じ完全武装をしている上に、鋼鉄製の盾をもっている。ドラえもん達はまず空気砲でその盾を吹き飛ばしてから、グールを狙うしかなかった。しかも・・・

 ザンッ! ガチャガチャガチャ・・・

 シュカカカカカカカカカカカカカ!!

 「ワワッ!?」

 「ノワッ!? このぉ、腐れゾンビどもめ!!」

 襲いかかってきた弾丸の雨をなんとかかわし、二人が悪態をつく。グール達は盾を横一列に並べて壁を作り、その隙間から銃口を出して一斉射撃をしてくるのである。昨日戦った奴らよりも、はるかに組織的な攻撃である。烏合の衆ならば手もなく一ひねりだが、このように数を活かした攻撃をしてこられると、さしもの二人も分が悪い。

 「ドラえもん! ジャンボ・ガンを使わせてよ! このまんまじゃ・・・」

 のび太が泣きそうな顔で言う。

 「ダメだよ! あれは切り札なんだからね! 昨日みたいにこいつらを倒した後に、あの殺人神父みたいな奴が控えてたらどうするんだい!!」

 しかし、ドラえもんは頑なに拒否した。と、その時だった。

 「下がって!!」

 唐突に、少女の声が構内に響いた。のび太とドラえもんは一瞬顔を見合わせたが、その声が誰のものか気にするヒマもなくいわれたとおりに下がった。すると、その直後

 バスッ!!

 なにかすさまじく口径の大きな火砲が発射されるような轟音と十字状の閃光が、彼らの右手側にある階段で起こった。その後に続いて

 ゴバッ!!

 無数の武装グール達のほぼど真ん中の床が、グール達もろともすさまじい大爆発を起こして吹き飛んだ。五体バラバラになったグール達の頭や手足が、バラバラと落ちてくる。

 「なっ・・・!?」

 何が起こったのかわからないのび太。が・・・

 「のび太君、今がチャンスだ!!」

 ドラえもんはすぐに、攻撃を再開した。今の攻撃でグール達は完全に統率を失っており、烏合の衆と化していた。これならば、装備に身を固めていたとしてもなんとかなる。のび太も我に返って攻撃に加わり、グール達は次々にハチの巣にされて倒れていった。だが・・・

 「無駄が多い」

 「「!!?」」

 突然の右からの声に、二人は顔を向けた。そこには・・・昨日二人の前に現れた、赤いコートに赤いサングラスの男が、いつのまにか立っていた。

 「狙うなら確実に心臓か頭をぶち抜け。こいつらとて好きこのんでグールになった訳ではない。一度「こう」なってしまった人間を元に戻す方法はない。速やかにぶち殺してやるのが、こいつらの為というものだ」

 そう言うと男は歪んだ笑みを浮かべ、懐から二丁の拳銃を取り出した。漆黒の拳銃と、白銀の拳銃。ただ、どちらも拳銃としては、常識を疑うほど大きい。人間を殺すために作られた道具だとしたら、明らかに過剰な大きさである。重量も常識外れなほどあるに違いないが、男はそれを片手に一丁ずつ持ちながら、軽々と構えた。そして・・・

 ドンッ!!

 すさまじい発射音とともに、目の前のグールの頭が吹き飛び、倒れて元の死体と化す。男はそのまま、反動を気にする様子もなく次々に引き金を引き、確実にグール達の息の根を止めていった。

 「す、すごい・・・!!」

 その鮮やかな手際には、その拳銃の腕前でプロの殺し屋を倒し、開拓時代のアメリカ西部の町を襲ったならず者の集団を始末した経験のあるのび太も舌を巻いた。その時、

 「婦警、何をしている。撃て」

 男は射撃をやめ、顔を右の方に向けた。二人が同じ方向に顔を向けると、階段の上に、やはり昨日会った警官服の少女がいた。昨日も持っていた、水道管と見間違うような大口径の砲を構えながら。

 「ャ・・・了解(ヤー)」

 そして彼女は、歯を食いしばりながらその引き金を引いた。

 バスッ!!

 先ほどと同じ発射音と閃光を生じさせ、30mm対化物用砲(カノン)、「ハルコンネン」が火を噴いた。男の拳銃よりも反動はすさまじいだろう。だが、小柄であるはずの彼女の体は、まったく後ろに下がらなかった。

 ゴバッ!!

 先ほどと同じように、グール達が弾け飛び、その炎に身を焼かれる。

 「まったく〜! やり過ぎなのよこれってぇ!!」

 ジャカッ!!

 少女はそう言いながらも、砲身の後部を開いた。スプレー缶ほどもある真っ赤に焼けた薬莢が飛び出す。その代わりに彼女は、傍らに置いてあった緑色の箱から同じ弾を取り出し、装填した。

 「な、なんなんだ・・・?」

 あっけにとられる二人。その時

 「おい」

 男が、声をかけてきた。

 「はッ、はい!!」

 思わず二人は、かしこまって返事をしてしまった。

 「面倒だ。手伝え」

 有無を言わせない調子の低い声。のび太とドラえもんは、黙ってそれに従った。





 数分後・・・。チャリング・クロス駅の地面には、ボロ雑巾と化したグール達が累々と横たわっていた。

 「やっと片づいた・・・」

 のび太がため息をついて肩を落とす。その彼に、警官服の少女が近づいてきた。

 「こ・・・コンニチワ」

 おどおどした様子でペコリと頭を下げる少女。

 「あ・・・どうも」

 「コンニチワ・・・」

 ドラえもんとのび太も、それにつられて頭を下げた。それによって、ようやくどちらにも話し合うゆとりが生まれた。

 「あ、あたし、セラス・ヴィクトリアっていいます。ヨロシク」

 「ぼ、ぼく、野比のび太。よろしく」

 「こんにちは、ぼくドラえもんです」

 自己紹介をしあう三人。

 「なんだか、また手伝ってもらっちゃったね・・・は、ハハ・・・」

 「と、ところで、この人は・・・?」

 先ほどから一言も口を利かず、二人を見ている男にのび太がおびえながら言った。

 「・・・」

 男が前に進み出た。二人がビクリと震える。

 「・・・リージェントパークのジョークを考えたのは、どっちだ?」

 男は唐突に尋ねた。

 「え・・・?」

 「答えろ」

 「こ、こっちです! このメガネザルです!」

 そう言って、ドラえもんはのび太を無理矢理前に立たせた。

 「ど、ドラえもん! 貴様!?」

 「そうか、お前か・・・」

 男はじっと、のび太を見つめた。その視線を浴び、動けなくなるのび太。やがて・・・

 「貴様を分類A以上のジョーカーと認識する」

 そう言うと、ニヤリと笑った。

 「〜〜〜・・・」

 その横で、セラスが困ったような表情でいた。

 「あ、あの・・・どういうこと?」

 ドラえもんが彼女に尋ねる。

 「こういう人なの・・・私のマスター、アーカード様」

 「人」じゃないけどね、と、セラスは心の中で付け足した。

 「と、ところで! 一体何なんですか!? こいつらとか、昨日の殺人神父とか、それに、あなた達とか!?」

 たまらない様子でのび太が言う。それに対し、セラスはさらに困った表情をし、アーカードは表情を変えなかった。

 「えっと・・・その・・・なんていうか・・・」

 「この世には、お前達の哲学では思いもよらないことがある。そういうことだ」

 アーカードは短くそう言った。それ以上言うことはないというように。

 「は、はあ・・・」

 ドラえもんとのび太は、そう言うしかなかった。だが、その時突然アーカードが顔を上げた。

 「それよりも・・・」

 そして、停まっているままの地下鉄に顔を向けた。

 「さあ、出て来いよ。前菜を喰い散らかすのにはもう飽きた」

 アーカードがそう言うと・・・

 カッ・・・

 足音とともに、何者かが無人の車内から姿をあらわし、ホームへと足を下ろした。  「やれやれ・・・これはまた、予想外の来客だ」

 男はアーカード達を見てそう言った。大道芸人のような格好をした、おどけた感じの男である。彼はドラえもんとのび太に顔を向けた。

 「ヘルシングにお前達のようなのがいるとは、聞いてなかったがね」

 だが、アーカードは不機嫌そうに言った。

 「のうがきはいい。おまえもこのあいだの馬鹿共と同じく、この私に用があるのだろう?」

 「話が早い。私の名前はサンチャゴ。アーカード、お前の命をもらいにきた」

 そう言うと、サンチャゴと名乗る男はナイフを数本懐から取り出し、器用に広げて見せた。だが・・・

 「面倒だな」

 「なっ!?」

 その言葉に、当のサンチャゴだけでなく、セラスまでが驚いた。闘争だけに生き甲斐を感じているようなアーカードが、まったくやる気を見せていないのである。

 「どういうことだ、貴様!?」

 「私を楽しませることができるか不確実な相手とやり合うほど、私は酔狂ではないということだ」

 アーカードはつまらなそうにそう言った。

 「この間見込み違いをして、ひどくつまらん思いをしたばかりだ。二度も同じ愚を犯すつもりはない。どうしてもやりたいのなら、貴様が私の闘争の相手としてふさわしい者かどうか、証明して見せろ」

 「なんだと!?」

 「そこにいる奴らを倒せたら、私が相手をしてやろう」

 そう言ってアーカードが指さしたのは・・・のび太とドラえもんであった。

 「・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 「ぼくらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 当然ながら、驚愕する二人。しかし、アーカードの目は笑ってはいなかった。

 「ふざけるな貴様!! 吸血鬼であるこの私に、こんなガキとタヌキの相手をしろと言うのか!?」

 「五月蝿い。何を言おうが同じだ。私の従僕にも勝てないようでは、話にもならん」

 なぜか勝手に従僕にされているドラえもんとのび太。

 「ちょ、ちょっと待ってよ!? 僕達、吸血鬼なんて・・・」

 だが・・・

 「のび太君・・・やるよ」

 「へ?」

 ドラえもんの鋭い声に、のび太は彼の方を向いた。

 「ぼくをタヌキと呼んだ奴は・・・地上から原子の一つも残さず消滅させてやるんだ」

 ドラえもんが目に狂気を浮かべながら言った。空気砲のエネルギーレベルを、最大まで上昇させる。呆気にとられるのび太。そして、口元に愉悦を浮かべるアーカード。

 「そういうわけだ。お前がこれを飲まんのなら、私達は帰る」

 アーカードはそう言った。ポカンと口を開けて見ているセラス。一方、吸血鬼は怒り心頭の様子だった。

 「ググ・・・ヘルシングのオモチャめ! いいだろう! こんな奴らなど、あっというまにボロ雑巾に変えてやる! 覚悟しろ!!」

 バッ!

 そう言い放つと、サンチャゴはドラえもんとのび太に飛びかかった。





 数分後。

 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 下半身を吹き飛ばされ、すさまじい絶叫をあげながらホームの上を転げ回っているサンチャゴの姿があった。

 「無様だな」

 ドラえもんはそれを見下ろしながら、冷ややかに言った。右手には、白い煙を砲口から立ちのぼらせる空気砲があった。

 「大魔王、中国妖怪の王、妖霊大帝・・・数々の魔の頭領が、ぼくらの前に屈してきた・・・。そんなぼくたちが、いまさら吸血鬼なんか恐れると思っているのかい?」

 勝負は数分でついた。サンチャゴは吸血鬼特有のすさまじい早さで動き回りながら、ナイフを何本も投げつけてきた。だが、その攻撃はヒラリマントやバリヤーポイントによって手もなく防がれた。うろたえるサンチャゴだったが、さらに彼を驚愕させることが。体が、全く動かなくなったのである。ドラえもんの手には、テレビのアンテナのような道具が握られていた。サンチャゴはそれを知らなかったが、それは「相手ストッパー」という、相手の動きを止めてしまう道具だったのである。得体の知れない恐怖に、全身を振るわせるサンチャゴ。そして彼は、ドラえもんの空気砲がその下半身を容赦なく吹き飛ばしたときはじめて、自分がどんな相手に喧嘩を吹っかけたかのを思い知らされることになった。

 「君の負けだよ。最初っからね」

 のび太も、冷たい声を相手に投げかけた。

 「このままじゃうるさいね、のび太君。さっさと黙らせよう」

 ドラえもんはそう言うと、非情にも空気砲を吸血鬼の頭に向けた。

 「わざわざぼくを怒らせてくれてご苦労。さようなら」

 ドカァァァァァァァァァァァン!!

 そしてサンチャゴは、この世から消滅した。





 パンパンパンパンパンパンパン・・・

 「「!?」」

 のび太とドラえもんは、突如ホームに響いた音に振り返った。そこには・・・

 楽しそうに笑いながら、拍手をするアーカードの姿があった。

 「あ、あの・・・」

 「楽しい。とても楽しい。ここまで私の気分を昂らせる相手とは、ついぞお目にかかったことはない」

 アーカードはそう言うと・・・

 ジャキッ!

 「「!!?」」

 いきなりジャッカルと454カスール銃を取り出し、のび太とドラえもんに向けた。

 「ちょ、ちょっと、なにするんです!?」

 「ぼくたちは、今の吸血鬼をやっつけて・・・」

 当然ながら、わけもわからず叫ぶ二人。だが・・・

 ドン!!

 その言葉が終わる前に、ジャッカルが火を噴いていた。

 ボゴン!!

 「ドワァ!?」

 13mm炸裂徹鋼弾が、ホームの太い柱を粉々に吹き飛ばした。

 「クククッククククク! さあ!! 殺ろうぜ日本の少年(ジャパニーズボーイ)!!」

 だが、アーカードの目はすでに狂気に満ちている。戦闘への衝動に支配された、下手をすれば昨日のアンデルセン以上のすさまじい狂気に満ちている。

 「マ、マスターッ!? その子達が敵じゃないって言ったのは、マスターじゃないデスか!?」

 セラスが叫ぶように言う。

 「その通りだ。だが、私は楽しみたいのだよ婦警! 久しぶりに出会えたのだ! 化物をうち倒せるかもしれない力をもった人間に!」

 ドガッ!! ドガッ!!

 「ウヒャア!?」

 再びアーカードの銃が火を噴き、ホームにあるものが粉々に消し飛ばされる。地面に転がったのび太が叫ぶ。

 「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! この国は化物だらけじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? あんたも化物なのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 「良く言われる。「それ」と対峙したお前は何だ。人か、狗か、化物か」

 「なにをわけのわからないこと・・・」

 「狗では私は倒せない。化物をうち倒すのは、いつだって「人間」だ。お前達が狗でなく人であるというなら、それを示してみせろ!!」

 ドゴン!!

 ジャッカルが火を噴き、その銃弾がのび太の耳元をかすめた。

 「・・・! ・・・いろいろ手強い奴らと戦ってきたけど・・・あんたみたいなのははじめてだよ・・・」

 のび太はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。そのうしろに、ドラえもんも現れる。

 「面白いじゃないか・・・。あんたもこれまでにぼくたちが倒してきた敵と同じく、ジュデッカの底にたたき落としてやる!!」

 そう言うと二人は、ジャンボ・ガンを取り出した。愉悦に歪むアーカードの顔。

 ついに、のび太、ドラえもんとアーカードとの対決が、ここで始まろうとしていた。ちなみにセラスは、ここがかつてない修羅場になることを吸血鬼の勘で感じ、そそくさと階段まで下がっていった。





 「さあいくぜ! 覚悟しろ!!」

 ドッゴォォォォォォォォン!!

 のび太のジャンボ・ガンが火を噴く。超人的な射撃技術をもつのび太の銃弾は、正確にアーカードの頭部をとらえた。ザクロのように弾け飛ぶ、アーカードの頭。

 「やった!」

 しかし・・・

 ドゴン!!

 なんと、アーカードは倒れないばかりか、454カスール改造銃をのび太に向けて撃った。

 「なにぃ!?」

 ガァァァン!!

 とっさにことによけきれないのび太に、13mm爆裂徹鋼弾が襲いかかる。轟音がしてのび太のバリヤーは彼を守ったが、強い衝撃がのび太に走る。

 「頭を撃ったのに!?」

 「こいつ・・・並の化物じゃない!?」

 驚くのび太とドラえもん。だが、アーカードはさらに銃弾を撃ち込んでくる。

 「チィッ!!」

 ドラえもんは舌打ちすると、ポケットから薬のようなものを取り出して飲んだ。その途端・・・

 ギュカカカカカカカカカカカッ!!

 ドラえもんはすさまじい早さで動き始めた。人間の肉眼では、まったくとらえることができない。超高速での移動を可能にする薬品、「デンコーセッカ」の効果だ。

 「!! ほお」

 感心したようにつぶやくアーカード。

 ヒュッ!!

 突然ドラえもんが虚空から姿を現したようにとまり、アーカードにジャンボ・ガンを発射した。

 ドコッ!!

 アーカードの胸に風穴があく。しかし・・・

 ニヤリ・・・

 アーカードは不気味な笑いを浮かべると・・・

 バサバサバサバサバサバサッ!!

 その体が無数のコウモリに変化した。

 「「!!?」」

 驚くのび太とドラえもん。そんな彼らに、無数のコウモリが襲いかかる。

 「クッ!! コウモリホイホイ銃特大サイズ!!」

 ドラえもんはそう言って、こうもり傘にそっくりな形をした銃を取り出した。

 バスッ!!

 それが発射されると、開いた傘からネットが飛び出し、コウモリ達をすべて捕まえた。

 「のび太君、今だ!!」

 「地獄に堕ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 間髪入れず、ドラえもんとのび太がジャンボ・ガンの弾丸を全て叩き込む。コウモリ達はこうもり傘ごと、炎に包まれた。

 「やったか!?」

 「のび太君、油断するな!!」

 二人はそう言いながら、ジャンボ・ガンの空薬莢を取り出して新しい弾を込めつつ、燃え盛る炎を見つめた。すると・・・

 ザァァァァァァァァァァァァァ・・・

 「!?」

 炎の中から黒い霧のようなものが吹き出し、だんだんと人の形を成していった。そして・・・

 「たいした威力だ」

 それは、アーカードの姿となって降り立った。

 「くっ・・・!!」

 ジャキッ!!

 のび太とドラえもんは、その姿にすぐにジャンボ・ガンを構え直した。





 「なるほど。さすがにやる。ここまで楽しいのも久しぶりだ。お前達は分類A以上のジョーカーでもあるが、分類A以上の相手としても認識しよう」

 アーカードはそう言った。

 「そりゃどうも。だけど、だからってなにかをしてくれるのかい?」

 ドラえもんが不機嫌そうに尋ねる。

 「もちろんだ。お前達ならば、もっとこの場を楽しませてくれるだろう」

 アーカードはそう言うと、顔を別の方向へ向けた。

 「婦警!」

 「はッ、はい!!」

 呆気にとられながらその戦闘を見ていたセラスは、主人からのふいの言葉に戸惑った。だが、アーカードはかまわず続ける。

 「お前も夜族ならば、よく見ておけ。「本当の吸血鬼」の闘争というものが、どういうものであるかを」

 アーカードはそう言うと、自分の両手を顔の横にかざした。

 「・・・?」

 アーカードが何を始めるのかと、ドラえもんとのび太は見ていた。

 「・・・拘束制御術式 第3号、第2号、第1号、開放。状況A、「クロムウェル」発動による承認認識。目前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始・・・」

 アーカードがそうつぶやくと同時に、彼の姿が影のように黒くなる。それと同時に

 ザワ・・・ザワ・・・

 なにか得体の知れないものがひしめいているような音が、彼の体から聞こえてくる。

 「!!?」

 のび太とドラえもんは、自分の目が信じられなかった。アーカードの体に、無数の「目」が出現したからだ。ギョロギョロと動きながら、のび太とドラえもんを見つめている。

 「いくぞ、人間」

 そうアーカードが言うと、彼の体の輪郭が、まるで炎のように揺らいだ。それと同時に・・・

 ハッハッハッハッハ・・・

 荒い息が、彼の体から聞こえてきた。なんと、彼の体から犬によく似たグロテスクな動物が、ガチガチと歯をならし、荒い息をしながら「生えてきた」のだ。いや、正確に言えば、彼の体自体がそれに変化しつつあるのである。

 ボタッ・・・ボタッ・・・

 その「余り」となったアーカードの頭や両手が、血を流しながら地面に落ちる。そして・・・

 GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!

 その「犬」二匹が、一斉にのび太とドラえもんへ襲いかかった。

 「う、うわあああああああああああああ!!」

 あまりにすさまじいグロテスクな光景に呆気にとられていたのび太とドラえもんはそれに対応することができなかった。そして次の瞬間には

 バクリ!!

 ドラえもんとのび太は、ともに「犬」によって丸飲みにされていた。その衝撃で、のび太のバリヤーが砕け散る。

 「!!!」

 見ていたセラスは、あまりの光景に悲鳴もでない。初めて見る自分の主人の本当の力の片鱗を見たショックは、すさまじいものだった。だが・・・

 ギ・・・ギギ・・・

 「!?」

 一匹の「犬」の口が、きしむ音をたてながら開かれようとしていた。

 「な・・・!?」

 信じられない様子でそれを見つめるセラス。

 「ネコ型ロボットをなめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 なんと、ドラえもんは口の中からすさまじい力で、犬の口をこじ開けたのだ。唾液まみれになったドラえもんが、その口から脱出して着地する。一方・・・

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!

 突如、「犬」の上顎が大爆発を起こして吹き飛ぶ。

 「しずかを俺のものにするまで、死んでたまるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 その中からジャンボ・ガンを持ったのび太が飛び出す。「犬」の口の中などという閉ざされた場所でジャンボ・ガンを撃ったら、撃った本人も焦げたミンチと化すはずだが、のび太の体には焦げあと一つなかった。

 「大丈夫かい、のび太君!?」

 「ああ、この通り!! ここじゃあ死んでも死にきれないからね!!」

 「ぼくも押入に隠してあるドラ焼きを、このままにして死ぬつもりはないよ!!」

 すさまじいまでの我執の強さが、この二人を吸血鬼以上に人を超越した存在へと押し上げているようだ。

 一方、いつのまにか二匹いた「犬」は融合して一匹となっていた。そして・・・

 ズルゥ・・・

 その体が無数のムカデに変化した後、徐々にアーカードへと戻っていく。もっとも、体の一部はまだ「犬」のままだ。

 「素晴らしい!! お前達こそまさに、化物をうち倒せる存在だ!!」

 アーカードの顔は、まさに狂気と狂喜が同居していた。一方、ドラえもんとのび太はこの常識外れの化物に対し、顔をしかめてジャンボ・ガンをかまえた。

 「さあどうした? まだ「犬」に食いつかれただけだぞ。かかってこい!!」

 「!!」

 二人を挑発するアーカード。

 「道具を出せ!! 次の手を見せろ!! バリヤーを再発生させて立ち上がれ!! 銃を使って反撃しろ!!」

 アーカードはそう言うと、顔を残虐な笑みで歪ませた。

 「さあ夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!! ハリー! ハリーハリー!! ハリーハリーハリー!!」

 ドラえもんとのび太は、それを黙って見つめていたが・・・

 「ク、クク・・・面白い。いいだろう。お望み通り、次の手を見せてやろうじゃないか」

 ドラえもんも不気味に笑いながら立ち上がる。

 「ど、ドラえもん!? こんな奴相手に、どうやって・・・?」

 のび太がそう言うと、ドラえもんはゆっくり振り返った。

 「・・・向こうがあんなのに分離できるのなら、こっちは、「合体」といこうじゃないか」

 「が、合体って・・・人間にそんなことできるわけ・・・!!? ま、まさかドラえもん!? あれを!?」

 「そのまさかだよ。本物の「主役」の力ってやつを、教育してやろうじゃないか・・・」

 ドラえもんはそう言うと、ポケットに手を突っ込んだ。そして・・・取り出したのは・・・

 ミキサーのような道具だった。ミキサーと違うのは、上の方に穴が開いていて、両端にホースがつながっているところだが・・・

 「これをやるのは、これが二度目だよ。そして・・・その力を受けるのは、あんたが初めてだ。光栄に思うんだね」

 ドラえもんのその言葉に、アーカードは歪んだ笑顔を浮かべた。

 「さあ、のび太君。やるぞ」

 「うん!!」

 二人はそう言うと、どちらも頭にホースの先端をくっつけた。

 「いくぞ! バロム、クロス!!」

 「ウルトラタッチ!!」

 かけごえはバラバラであったが、二人は同時にスイッチを押した。

 パッ!

 その途端、二人の姿が消えた。同時に、ミキサーがうなりだし・・・

 カッ!!

 閃光とともに、何者かがミキサーから飛び出した。

 「!!」

 それを見て、アーカードも軽い驚きの表情を浮かべる。

 目の前に現れたもの。それは、奇妙な存在だった。体型はドラえもんと同じく雪だるまのようで、顔には猫のようなヒゲが生え、首には鈴のついた首輪、手は団子のように丸い。だが・・・その顔は丸いメガネをかけており、頭には髪も生えている。さらに、黄色いシャツと紺色の半ズボンを身につけている。そう、例えるなら・・・ドラえもんとのび太が、見事にそれぞれの特徴を活かしたまま、融合を果たしたかのように・・・。

 「ドラえもんとのび太・・・二つの主役が一つになれば、それは主役を超えた主役・・「超主役」となる! そして・・・このぼくこそが史上最強の超主役・・・その名も、「のびえもん」だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 かつて一度だけその姿を現し、昼寝をするか遊びにいくかを巡って一人で喧嘩をするという伝説を残した、「本物の主役」のびえもんが、本物の吸血鬼の前にその姿を現した。





 「さあ行くぞ、歌い踊れ、のびえもん。豚の様な悲鳴をあげろ」

 ゴオッ!!

 アーカードは右腕を「犬」に変化させると、すさまじい早さで襲いかからせた。だが・・・

 「フンッ!!」

 某男爵のように、のび太とドラえもんの声が見事にハモった声で、のびえもんはその牙をがっきと受け止めた。

 ギリギリギリギリ・・・

 今ののびえもんは、ドラえもんの道具、冷静な判断力と、のび太の超絶的な射撃技術を兼ね備えた、最強の戦闘生物なのである。

 「あまいあまい。ジャイアンのメリコミパンチに比べれば、この程度」

 のびえもんはそう言うと、バッと手を離すと後ろに飛びすさり、新たな武器を取りだした。一見ライフルのような長銃身の銃だが、よく見るとライフルではない。

 「あんたが鉄筋のビルより頑丈か、たしかめさせてもらうよ!」

 バシュウウウウウウウウウ!!

 のびえもんが引き金を引くと、銃口から光線がほとばしった。

 ズバァァァァァァァァァァァン!!

 その光線を食らった「犬」が、陽炎のように消え去る。

 「!!」

 アーカードの表情が、わずかにかわった。

 熱線銃。ドラえもんが以前、ネズミ退治用にジャンボ・ガンと一緒に取り出した道具である。その威力は、鉄筋コンクリートのビルを一瞬にして蒸発させてしまうという。だが・・・

 シュウウウウ・・・

 アーカードは蒸発した右腕=「犬」を霧に変えると、すぐさま右腕を再生した。

 「ほう・・・」

 「素晴らしい! お前のもつ銃器には、興味がつきないな!!」

 だがアーカードは恐れるどころか、ますます喜んでいる。

 「そうかい! だったら、次でしめといこうじゃないか!!」

 そう言うとのびえもんは、もう一丁の武器を取りだした。

 「原子核破壊砲・・・ようやく、「鬼退治」に使えそうだね・・・」

 のびえもんは楽しそうにそう言った。原子核破壊砲。その名の通り、想像を絶するエネルギーで原子核そのものを破壊し、対象物を完全にこの宇宙から消去することのできる、ドラえもんの道具の中でも最強レベルの破壊力をもつ銃である。以前ドラえもんは、これを「鬼退治」に臨むときに用意し、結局使うことはなかった。これ以上の破壊力をもつ兵器は、ただ一つ・・・「地球破壊爆弾」のみである。

 「さあいくぜ!! 小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」

 右手に原子核破壊砲、左手に熱線銃をもったのびえもんは、そう言って残虐な笑みを浮かべた。

 「悲鳴をあげろ。豚の様な」

 アーカードはそう言うと、フワリと空中へと浮かび上がった。その四肢が、「犬」へと変化する。そして

 GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!

 それらが一斉に、のびえもんへと襲いかかった。

 「ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 カッッッッッ!!!

 のびえもんのもつ二つの銃器の引き金が引かれた刹那・・・その銃口からすさまじい光が放たれ、あたりを白く覆い隠していった・・・。





 「・・・ウゥ・・・」

 とっさに目をかばった腕をどけながら、セラスはゆっくりと目を開いた。

 「どうなったの・・・マスターッ!!」

 セラスはそう叫び、もはや廃墟と化しているチャリング・クロス駅の構内を見渡した。

 「!!」

 そして、目を見開いた。

 「う・・・うぅ・・・」

 そこには、地面に倒れて苦しんでいるドラえもんとのび太の姿があった。すさまじい激突により、合体が解けてしまったらしい。そしてその前に無言でたたずむのは・・・彼女の主、最強のアンデッドである吸血鬼、アーカード・・・。

 「・・・」

 アーカードは額から血を流しているものの、それ以外の外傷は見られない。彼はゆっくりと、のび太とドラえもんへと近づいていった。

 「マスターッ!!」

 セラスがそれを止めようと叫ぶが、所詮詮無きことだった。アーカードは無言で、のび太とドラえもんを見下ろした。

 「負けたよ・・・」

 「やるならやったら・・・?」

 ドラえもんとのび太は力なく笑いながら、そう言った。しかし、アーカードはニヤリと笑って口を開いた。

 「まったく、貴様らは最高だ」

 そう言うとアーカードは、身を翻した。

 「お前達は、私を失望させなかった。久しぶりだ、貴様らのような人間と出会えたのは」

 そして、アーカードは歩き始めた。

 「礼を言う。世界はまだまだ面白いということを、気づかせてくれたことに」

 その途中でアーカードは、呆然と見ていたセラスに言った。

 「婦警、撤収だ」

 「マ、マスター・・・」

 「どうした。ぐずぐずするな」

 「はッ、はい!!」

 セラスはそう返事をすると、とりあえずドラえもん達にペコリと頭を下げると、アーカードの後についていった。そして、二人の吸血鬼は夜の闇へと消えていった・・・。

 あとに残されたドラえもんとのび太は、ゆっくりと立ち上がった。

 「な、なんだったんだろう・・・? あそこまでやっておいて、すん

なりひくなんて・・・」

 「さあね・・・。ただわかるのは・・・」

 「なに?」

 「あいつの言ったとおりだよ。世の中には、ぼくたちの思いも寄らないものがいるってことさ」





 翌日・・・。東京都練馬区ススキヶ原。この町の中でも一際大きな家のリビングルームに、子ども達が集合していた。

 「のび太さん、どんなものを撮ってきたの?」

 しずかが尋ねるが、のび太は不敵な笑みを浮かべたまま、やはり同じ表情を浮かべた隣に座っているドラえもんとうなずきあっただけだった。

 「まあ・・・それは見てのお楽しみってやつさ」

 「相当自信があるみてえだな、のび太。もしつまんなかったら・・・そんときはどうなるか、覚えてるんだろうなあ?」

 ジャイアンが意地の悪そうな顔で言うと、

 「お前のために、最高級のフランスパンを用意した。こいつをこめかみで噛むのは大変だぞ」

 そう言いながらスネ夫は、テーブルの上に置かれた固そうなフランスパンの入ったバケットを指さす。

 「残念だけどスネ夫、それは君達がこめかみで食べることになるよ」

 「な、なんだと!? そんな約束じゃなかったはずだぞ!!」

 「よしなよ骨川君。本来罰ゲームをやらされる側が勝負に勝ったときは、それを課した側がそれを行う。これはサンフランシスコ平和条約でも定められた立派な規定だよ。よく知っていたね、のび太君」

 それまで口を開いていなかった少年が、静かに口を開いた。

 「いやあ、それほどでもあるよぉ」

 「それよりものび太君、君は天才であるこのぼくが、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないということを、ちゃんと理解しているのだろうね?」

 ススキヶ原の誇る天才少年・・・出木杉英才(ギャグ小説なので、もちろんマッドサイエンティスト)は、前髪をかきあげながらそう言った。

 「フッ・・・出来杉君。君がどれだけ自分の知識に自信があるかどうか知らないけど・・・天と地のはざまには、君たちの哲学では思いもよらないことがあるということを思い出させてあげるよ」

 しかし、あくまでのび太の自信は揺るがなかった。

 「ほぉ・・・それは面白い。知識欲がかき立てられる話だ」

 「能書きはもういいぞのび太! そんなに自信があるんなら、さっさと始めろ! ビデオはもう準備できている!」

 スネ夫がいらだった様子で言った。

 「それじゃあ始めようか、ドラえもん。ビデオを」

 「はい」

 そう言ってドラえもんは、自分の鈴型カメラで撮影した映像を録画したビデオをポケットから取り出し、のび太に渡した。

 「それじゃあ、君たちにもお見せしよう。イギリス人も知らないイギリスというものがどんなものか、完全ノーカットでね」

 そう言ってのび太は、ビデオをいれて再生スイッチをゆっくりと押した・・・。





 その数秒後・・・

  「ギニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ススキヶ原の空に、スネ夫達の悲鳴が響き渡った。そして翌日、こめかみが異常に腫れあがった四人の生徒が、その町の小学校へと登校してきたという・・・。





ギャフン

END







 ・・・後日談。

 日本からの来訪者によって引き起こされたロンドンの騒動から数日後・・・。ヘルシング機関本部であるヘルシング家の屋敷の修理が順調に進み、バレンタイン兄弟の襲撃によってほぼ全滅した隊員の補充も、ウォルターの判断により「ワイルドギース」という傭兵集団を雇い入れることにより、とりあえず格好がついた。

 しかし、インテグラの心は晴れなかった。先日の日本からの来訪者は、結局アーカードによってヘルシングの脅威となる存在ではないということになったが、「ミレニアム」についての調査は、なかなか進まなかったのである。

 そんなとき、インテグラのもとに一通の手紙が届いた。差出人の名前は・・・「ローマ教皇庁特務局第13課機関長 エンリコ・マクスウェル」。





 先日、アイルランドで協定違反を犯しアンデルセンを派遣し、アーカードとセラスを攻撃したうえ隊員二名を殺害、そのうえインテグラ本人をも殺そうとしたような相手とは、インテグラも会いたくはなかった。しかし、彼女は指定された場所へ赴き、マクスウェルと会見することになったのである。

 13課の方も、人とも思わぬプロテスタントであるヘルシングなどと接触をもちたくはなかった。しかし、彼らにはローマ教皇に命じられた仕事があったのである。アイルランドでの協定違反の借りを返すためと称し、彼らの保有する「ミレニアム」についての情報を、ヘルシングに提供することだった。インテグラに対して慇懃無礼な態度をとるマクスウェルだったが、ヘルシング局長であるインテグラは私情を押さえ、13課に恭順するような態度を見せながら、それを提供させた。そして、ヴァチカンのもつ「ミレニアム」についての情報とは・・・「ミレニアム」とは、ナチスドイツが第二次大戦末期に実行した極秘物資人員移送計画とその実行者である部隊の名前だということ、さらに、かつてヴァチカンが彼らの南米への逃亡を手助けしたという、衝撃的なものだった・・・。





 「・・・」

 「ミレニアム」についての情報を一通りマクスウェルから受け取り、落ち着きを取り戻したインテグラ。

 「ところで・・・」

 マクスウェルはゆがんだ笑みを浮かべると、さらにインテグラに言った。

 「我々の機関員、アンデルセンにアイルランドで大きなダメージを負わせた集団・・・それについて、君らはどのような対応をとっているのかね?」

 「・・・今の我々の間では、貸し借りは0だ。教える筋合いはない」

 インテグラは無表情に言った。マクスウェルは冗談めかした笑顔を浮かべると、再び口を開いた。

 「まあいい。別に君たちの考えていることなど、参考にするつもりなど毛頭ないからね」

 だが、インテグラは彼に口を開いた。

 「一つだけ言っておこう」

 「・・・」

 「お前達が滅ぼしてきた相手と奴らを一緒にすれば・・・お前達は、手ひどいしっぺ返しを受けることになるだろう」

 インテグラはそれだけ言うと、イスから立ち上がった。

 「用件はこれで済んだな。失礼する。ウォルター、戻るぞ」

 「はッ」

 インテグラとウォルターは振り向くこともなく、会見場であるカフェテラスを後にした。

 「・・・」

 残されたマクスウェルは、楽しそうな表情を浮かべながら、傍らに立っていた神父の姿をした老人に何事かささやいた・・・。


あとがき


 どうも、管理人です。というわけで、HELLえもん後編です。いかがでしたでしょうか。

 今回は前編以上に、アホなギャグや原作で使われたセリフを使ってみました。前編の最後に予告したとおり、今回はアーカードとドラえもん、のび太の戦いがヤマなのですが・・・書きにくい! 原作を知っている人ならわかると思うのですが、アーカードは無茶苦茶強すぎるうえに、戦い方が常軌を逸していてメチャクチャなのです。今回描いたアーカードの「クロムウェル発動」も、文章で書くのがすごくむずかしいメチャクチャぶりなのです。HELLSINGというマンガがそのストーリーやキャラ、ノリ以外にも、その魅力の上で絵が果たしている比重の大きさというものを痛感しました。とにかく、そんな奴とドラえもん達との戦いというのは書くのが非常に難しくて、前編でのアンデルセン神父との戦いほどキャラがのびのび動いていないのは残念です。まあ今回も、狂気は出せたと思いますが・・・。

 さて、とりあえずHELLえもん本編はこれで終わりなのですが、まだ番外編があります。終わった後に後日談を加えたのは、それとのつなぎをなめらかにするためのものです。というわけで、話は番外編「ススキヶ原CROSS FIRE」へと続きます。ジャイアンやしずかちゃん達、本編では暴れられなかったキャラも大暴れする予定です。それでは、番外編をお楽しみに。


小説トップに戻る inserted by FC2 system