三日月のかかった夜空。空には雲一つなく、ひどく静かだ。ケイスケはそんな夜空を見ながら、地上とは対称的だなと感じた。

 「・・・キャップ」

 と、唐突にニキの声が聞こえてきた。彼女の搭乗しているSAMSビショップは、彼の左手側にSAMSナイトと同じようにホバリングしていた。

 「本当に、このまま待機していてよろしいのでしょうか? 状況は芳しくないようですが・・・」

 彼女の言葉に、ケイスケは無言でうなずいた。別チャンネルから入ってくる通信は、今の彼らとは対称的な状況を伝えてきていた。このままここでジッとしていていいのか、ケイスケも少し焦りの混じった疑問を思っていたところだった。

 「よろしいのかどうかもなにも、向こうがこっちが言うまで動くなって言ってるんだから、しょうがないだろう」

 しかし、オグマはいつもののんびりした様子で言った。

 「でも・・・そろそろ動かないと、やばくないですか? 防衛軍や市街地にこれ以上被害が出るのは、やっぱり見過ごせないですよ」

 「そうです。言われているとはいっても、黙って被害が拡大するのを見ているわけには・・・」

 いてもたってもいられずケイスケの言った言葉に、ヒカルも同意する。その言葉に、オグマは黙って考えているようだったが、やがて、口を開いた。

 「・・・それもそうだな。そんじゃ・・・」

 そう言って、オグマはヘルメットに仕込まれたマイクを口に近づけた。

 「こちらSAMSルーク、第3連隊指揮所、応答して下さい。上空よりの戦況分析により、形勢不利と思われるので、支援を予定より早く開始したいのですが・・・」

 と、オグマが言いかけたその時だった。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

 「!!」

 突如、市街地の一角にある高層ビルがガラガラと崩れ、膨大な量のコンクリートの雪崩を起こした。それと同時に・・・

 キシャアアアアアアアアアアアア!!

 その粉塵の中から姿を現した怪獣は、夜空に向かって鋭い叫び声をあげた。


ウルトラマンサムス

第3話

大海魔


 粉塵の中から姿を現しつつあるその姿を、ケイスケはコクピットの小型モニターに映るデータと見比べた。

 一般に怪獣といった場合、一番真っ先に思い浮かぶタイプ。その怪獣は、そんな体型をしていた。すなわち、二本の足でしっかりと立ち、太い尾をズルズルと引きずっている、典型的な二足歩行タイプの怪獣である。太いのは尾ばかりではない。腕も足も胴体も、全てが丸太のように太く、がっしりとしている。それなのにその怪獣からシャープな印象を受けるのは、その頭部の形のせいしれない。楔形というのがしっくりくる鋭い逆三角形型で、口は耳(があるのかわからないが)まで裂けている。両眼は鋭く、この闇夜の中でもらんらんと輝いている。なんとなくサメを思わせる、極めて攻撃的な感じのする面構えだった。

 防衛軍による分類、地底種第14号。通称「テレスドン」。かつて地上侵略を企んだ地底人の尖兵であった怪獣で、そのときには初代ウルトラマンによって倒されている。地底怪獣特有の強靭な皮膚の持ち主で、通常兵器による攻撃はほとんど通用しない。さらに口からは高熱の火炎も吐くので、攻撃にも優れているという強敵である。

 「ありゃりゃ、言ってるそばから出てきちゃったよ」

 コジマが呆れ顔でそんなことを言っていると、

 「怪獣が第3防衛ラインを突破した! これ以上研究所への接近を許すわけにはいかない! 支援を要請する!」

 地上の防衛軍第3連隊の指揮所から、そんな通信が入ってきた。

 「了解。ただちに支援を開始します」

 オグマは短くそう返答した。

 「結局こうなるんなら、待機なんかさせないでもっと早く頼んでほしかったよね」

 「仕方ないよ・・・。自分たちの施設は・・・自分たちで守りたいのだろう・・・」

 「それに、こういうときに実績示しとかないと、予算減らされちゃうかもしれないからな」

 「作戦中の私語は慎みなさい」

 専用回線でのサトミ、アヤ、コジマの会話を、ニキは軽くたしなめた。といっても、彼女自身同じような思いは少なからず感じている。

 約1時間前、満田市の郊外40kmの地点に、突如地底からテレスドンが出現した。そして怪獣は、同市にある防衛軍の戦術技術研究所に向かって進行を始めたのだ。同市は防衛軍の基地から近いこともあり、ただちに陸上部隊を主力とする防衛軍が出動、防衛網を展開した。当然、SAMSもただちに出動し、満田市へと向かった。だが・・・防衛軍は極限まで自らの手で防衛を行うことを主張、SAMSにはそれが破られた場合に備え、上空で待機することが命じられたのである。

 たしかに同市は第3連隊の管轄内ではある。だが、怪獣というのは管区がどうのという理屈が通用する相手ではない。防衛にあたる全ての人間が力と知恵を結集しなければ撃退することのできない、人智を超えた存在なのだ。にもかかわらず、自分達の手で功績を挙げることにこだわる。それにはアヤやコジマが言ったとおり、彼らの守るべき施設が自分達の新兵器を開発している研究所であるということや、怪獣退治の功績を挙げなければ、自分達に当てられる予算が減ってしまうという事情もある。だが・・・地球防衛軍という組織がその特殊部隊であるSAMSに向ける感情というものも、大きな一因だった。防衛軍の隊員にとって、SAMSとは憧れの存在であると同時に、自分達には与えられていない超兵器を装備しているという不公平感や嫉妬をも抱かせる、二面性のある存在なのだ。それゆえに、防衛軍は自らの手でケリをつけることを望む。他の隊員同様、SAMSに入る前は防衛軍に所属していたニキにとっては、それはよくわかることであった。しかし・・・。

 「エリート意識なんて、SAMSでは全然意味のないものなのにね・・・」

 ニキ達SAMSにとって、それはまったく意味のないことである。いかにすれば怪獣から市民が受ける被害を少しでも減らすことができるか。SAMSも防衛軍も、ただそれにのみ意識を集中すればよい。それが、彼女の考えであった。

 「攻撃は威嚇射撃から。直接攻撃はそれでも効果が認められなかった場合からはじめます」

 「了解!!」

 ニキがそんな考えを頭から一旦払って出したその指示に、各機から返答が返ってきた。





 バシュッ!! バシュッ!!

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 SAMSナイトの放ったレーザー砲が、テレスドンの右側頭部に命中した。

 キシャアアアアアアアアアア!!

 空に向かって吼えるテレスドン。攻撃によって一時足を止めたが、すぐに再び進撃を始める。

 「レーザー砲による攻撃、効果微弱! 皮膚が堅すぎます!!」

 テレスドンの横を飛びぬけながら、ケイスケはそう報告した。地底怪獣だけあり、テレスドンの皮膚は硬い岩盤の中を進んでも傷つかないよう、非常に堅くなっている。防衛軍の戦車部隊の一斉砲撃を受けても、それはまったく傷つくことがなかった。

 「攻撃で足を止めるのは難しそうね・・・。キャップ、予定通りの対策をとります」

 「了解。気をつけろよ」

 「コジマ君、目標の正面に移動」

 「ラジャー」

 ニキの支持を受けて、コジマはSAMSビショップをテレスドンの正面へとゆっくりと動かしていった。テレスドンと正面からにらみあうようなかたちになりながら、ニキは冷静に照準サイトをのぞいていた。

 「・・・発射!」

 ボシュッ!

 SAMSビショップの機首発射口から、何かが発射された。

 ボッ!!

 そしてそれは、テレスドンの目の前でまぶしい閃光を起こしたのである。

 キシャアアアアアアアア!!

 テレスドンが悲鳴のような叫びをあげ、顔を背ける。

 「効いてるみたいですね」

 コジマの言葉に、ニキは無言でうなずいた。夜行性なのか、テレスドンはある程度の光はともかくとして、非常に強烈な光を苦手としていることがわかっている。その弱点を突くために、特殊照明弾を使用したのだ。

 「こちらナイト。こっちも照明弾攻撃を開始します」

 ケイスケの通信とともに、ナイトも照明弾をテレスドンの周囲に発射し始める。まぶしい光を放ちながらゆっくりと落ちていく光の玉によって、テレスドンが悶絶する。続けてビショップも、照明弾攻撃を連続する。多数の照明弾に取り囲まれ、進退窮まるテレスドン。十数年前出現したときは、これによってたまらず地中へと逃げ出したという戦闘記録がSAMSの前にあった対怪獣特殊部隊のデータベースに残されていた。事実、テレスドンは周囲を取り巻く光からなんとか逃れようと、落ち着きなく首を左右に振っている。

 「これならいけますね・・・」

 ニキはその光景を見ながら、次第に確信を強めていった。だが・・・

 キシャアアアアアアア!!

 突然テレスドンは顔を上げると、クワッと口を大きく開けた。そしてそののどの奥に、ボウッとした赤い輝きが灯る。それを見た瞬間、ニキはサッと血の気が引くのを感じた。

 「コジマ君、緊急回避!!」

 「ラッ、ラジャー!!」

 ニキの素早い指示により、コジマは操縦桿を右へひねった。その次の瞬間、

 ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 テレスドンの口から放たれた紅蓮の炎が、SAMSビショップのすぐ横を通り過ぎていった。

 「あ、あっぶねえ・・・」

 顔の左側を炎の色に染めながら、コジマは冷や汗を拭った。

 「今の行動・・・」

 しかし、ニキはその行動に、すぐに疑問を感じていた。どうも、こちらを狙ったのとは様子が違う。別の何かを狙った火炎が、たまたまこちらに飛んできた。そんな感じだった。

 ゴオオオオオ!! ゴオオオオオ!!

 しかし、その間にもテレスドンは体を動かしながら、あちこちへと炎を吐いていた。それを見たニキは、テレスドンの行動の真意を悟った。

 照明弾を焼き払っているのである。周囲に浮かび自らを苛む光の玉を、自ら炎を吐き焼き払うことによって消し去っているのだった。それはニキにとって、非常に意外な行動であった。彼女の知る限り、テレスドンはいくら強い光が苦手とはいえ、ここまで積極的な防護策をとるような怪獣ではなかったはずである。だが、ともかくテレスドンはそんな行動をとっている。これがテレスドンが本来とる行動なのか、それともこの個体が特に危機に対するバイタリティが強いだけなのか、そこまでは判断しかねたが・・・。

 キシャアアアアアアアア!!

 やがて、テレスドンはその炎で全ての照明弾を焼き払ってしまった。

 「照明弾攻撃、失敗ですね・・・」

 ニキは奥歯を噛みしめながらそう言った。その時、SAMSルークで分析を行っていたヒカルが、奇妙なことに気がついた。

 「キャップ、テレスドンの進路ですが・・・」

 「どうした?」

 「奇妙なルートをたどっています」

 ヒカルはこれまでのテレスドンの侵攻ルートをオグマの端末に転送した。それを見たオグマが、考え込むようにそれを見つめる。

 「ふむ・・・」

 たしかにテレスドンのたどった侵攻ルートは、奇妙なものだった。もともと怪獣というのは何を考えているのかわからない生き物で、大都市にやってきて破壊活動を行う理由というのも、諸説はあるがしっかりした説はまだない。その侵攻ルートにも一定の法則というものは存在しないが、それでも今回のルートは奇妙だった。防衛軍の展開した部分に自分から突進し、それを押しつぶしながら進んでいる。そんな感じのするものだった。怪獣は進路上にある物は建物なら委細かまわず押しつぶすが、防衛軍と遭遇してしまった場合は全力で暴れはするが、基本的に部隊の集結ポイントなどはできるだけ避けて通るのが常である。それなのに、今回の行動は・・・。

 「・・・前回と同じかもしれんな・・・。キリュウ、テレスドンの分析を頼む」

 「了解・・・」

 アヤが分析を始める。その間にもテレスドンは侵攻を続け、SAMSナイトとSAMSビショップが足止めのための攻撃を続ける。SAMSルークが反重力ウォールを展開しながら戦況を見守っていると・・・

 「オグマ隊長! なぜケリをつけない!? 君の部隊の戦闘機にはスパイナーミサイルを積んでいるのではないかね!?」

 地上の第3連隊の指揮官から怒声混じりの声が入ってきた。だが、オグマはそれに対してのんびりと答えた。

 「スパイナーミサイルの威力はご存じで? 炸裂時の高熱ガスと衝撃波で、周辺にも大きな被害が出ますが?」

 「住民の避難は完了している! これ以上奴の侵攻を許すわけにはいかん! 使用したまえ!!」

 「・・・」

 オグマは眼下の街を見下ろした。そして少し考えてから、返答を返した。

 「・・・やはりここでは、スパイナーミサイルの使用はまずいですな」

 「なんだと!?」

 「ここで使ったら、水道局や変電所にも被害が出そうです。市民の方に恨まれたくはないので」

 「貴様、それで怪獣を倒すつもりか!? このままでは奴の蹂躙を許すだけだぞ!!」

 「怪獣を止める法(ロウ)は一つとは限りませんよ。まあ、見ていて下さい」

 オグマはそう言って、まだ何か言おうとする通信を切ってしまった。

 「いいんですか?」

 横でサトミが呆れ顔で尋ねてくる。

 「どうしようもないときならしょうがないけど、怪獣を倒せばいいってもんじゃないよ。避難が解けてここで暮らしている人が戻ってきても、電気はつかない、水は出ないじゃ、困っちゃうだろう?」

 オグマの言葉に、サトミは苦笑いしながら操縦に意識を戻した。その時、アヤが静かに言った。

 「キャップ・・・解析が終了しました・・・」

 「どうだ?」

 「おっしゃるとおりです・・・」

 そう言って、アヤは端末のキーを押した。オグマのモニターに、テレスドンの拡大画像・・・それも、左腕の脇の画像が映る。そこには、なにか白い金属製の円筒のような物がついていた。

 「あちゃあ・・・いやなところについてるなあ・・・」

 オグマは頭を抱えながらも、インカムのマイクを近づけた。

 「各機に通達。今回の目標にも前回の怪獣同様、「装置」の装着が確認された。位置は左腕の脇の下だ。破壊してから再度の照明弾攻撃を行え」

 「SAMSナイト、了解!!」

 「SAMSビショップ、了解」

 すぐに各機から返答が返ってくる。

 「リーダー、俺が奴の気を引くうちに、ハイパワーレーザービーム砲で「装置」を破壊してください」

 「了解、気をつけてよ」

 ビショップと交信を交わすなり、ケイスケは機体を旋回させてテレスドンへと向かっていった。

 「さあて・・・いい子にしててくれ!」

 バシュッ! バシュッ!

 SAMSナイトのレーザー砲が火を噴き、テレスドンの頭部に炸裂する。

 キシャアアアアアアアアアアア!!

 テレスドンはうるさそうにそちらの方を向くと、

 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!

 ナイトに向かって火炎を吐き出した。しかし、ナイトの急上昇により、炎はむなしく夜空へと伸びていった。

 「・・・」

 一方ニキは、照準サイトをにらみながらチャンスを待っていた。テレスドンが左腕を上げ、その脇の下をさらすそのときを。

 ゴオオオオオオオオオオッ!!

 テレスドンが再びその火炎を吐く。と、そのときだった。

 キシャアアアアアアアアアア!!

 テレスドンがほえるとともに、その両腕を大きく振り上げる。それと同時に、照準サイトに白い金属製の円筒が映った。

 「・・・発射!」

 バシュウウウウウウウウウ!!

 SAMSビショップの機首から、細いが強力な赤いレーザービームがほとばしる。それは一直線に、その「装置」へと走った。そして・・・

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 キシャアアアアアアアアア!!

 見事に「装置」に命中し、爆発とともにそれを破壊した。

 「よっしゃあ! さすがリーダー!」

 前に座るコジマがガッツポーズをとるのをニキは微笑を浮かべて見たが、すぐに顔を引き締めてテレスドンに目を戻す。

 「・・・」

 テレスドンの様子は、明らかに先ほどまでと変わっていた。周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回し、時折低い鳴き声を発する。

 「よし。もう一度照明弾作戦だ」

 「了解!!」

 オグマの指示のもと、すぐにSAMSは照明弾攻撃を再開する。まばゆい光の玉が先ほど以上にいくつもテレスドンの周囲に発生し、強い光でテレスドンを苛む。

 キシャアアアアアアアア!!

 テレスドンはどことなく苦しそうな叫びを上げたが、やがて体をグッと屈めると・・・

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 大量の土砂をかきだし、大きな穴を掘って逃げるようにもぐり始めた。

 「・・・」

 照明弾の光に照らされながら、その光景をジッと見つめるSAMSメンバー。やがて・・・現場には大きな穴だけが残され、静寂が戻った。

 「テレスドンの生命反応、地下300mを北西へ時速80kmで移動中。予想進行ルート上に存在するのは大岩山・・・テレスドンの生息地と推測されている場所です」

 ヒカルがモニターを見ながらそう報告する。オグマはそれにうなずくと、指示を下した。

 「ナイト、ビショップ。引き続きの監視を行い、安全を確認しろ。俺たちは市街地の消火作業を手伝ってから合流する。以上だ」

 「了解」

 オグマはそう言うと、同じことを伝えるために外部へのチャンネルを開いた。





 「・・・その後、テレスドンは大岩山地下にて活動を停止。生命反応のレベルにより、休眠状態に入ったと推測されます。この事実の確認により、監視レベルをレベルNに移行。満田市の消火作業後、SAMSはマリナーベースへと帰投しました。以上が、今回の作戦でのSAMSの活動内容です。報告を終わります」

 報告を終え、ニキは大型モニター脇の演台で頭を下げた。

 「・・・報告は了解した。私としてはSAMSは今回も、使命を果たしたと判断したい」

 最高責任者の席に座る、地球防衛軍極東支部最高責任者のクロベ長官はそう言った。

 「ありがとうございます」

 オグマは頭を下げたが、表情はあくまで控えめだった。右隣に座るムツ司令も、表情はあくまでポーカーフェイスである。

 「さて、次に・・・オグマ隊長、さらにもう一つ報告したいことがあると聞いていたが・・・」

 「はい」

 クロベの言葉に、オグマはそう言ってうなずいた。

 「SAMS科学班が、前回のテロチルス、そして今回のテレスドンに装着されていた「装置」について、第一次報告を完成させました。詳しくは、再びニキ副隊長から」

 オグマが一瞥するとニキはうなずき、再び一礼をしてから報告を始めた。

 「それでは、報告を始めます。3週間前新宿上空に飛来し、有毒の白い結晶で都内に被害をもたらした始祖怪鳥テロチルスの顎の下に、奇妙な装置が取り付けられていたことは前回の報告でご説明したとおりです。そして・・・今回出現したテレスドンにも、同じ装置が脇の下に取り付けられていました」

 モニターに、二体の怪獣の拡大写真が映る。どことなくコンドルに似た頭部を持つ鳥型の怪獣、テロチルスと、3日前現れたテレスドン。テロチルスとテレスドンのそれぞれ顎の下と脇の下に、同じ形状をした白い円筒の物体が取り付けられていた。明らかに、人工物である。

 「テレスドンに装着されていたものは破壊してしまいましたが・・・テロチルスに装着されていたものは、ウルトラマンサムスが格闘の末取り外すことに成功。その後、ほぼ無傷の状態で回収することに成功し、科学班によって分析作業が進められ、昨日、ようやくその作業が終了しました」

 モニターに、テロチルスと格闘するウルトラマンサムスの映像が映る。テロチルスが白い結晶体を吐いたのをかわし、その隙を突いてテロチルスと組み合うサムス。そして彼は、テロチルスのやや長い首に腕を回すと締め上げた。苦しそうに悶えるテロチルスの顎に手を伸ばし、サムスは素早くその装置を取り外して飛びすさり、やや離れた安全な場所へそれを置いた。SAMSが回収したのは、どうやらこの装置らしい。

 「それで、この装置はどんなものだったのかね?」

 クロベ長官の隣のモリツグ参謀が尋ねる。ニキはうなずくと、答え始めた。

 「はい。結論から言えば、怪獣をロボット化する装置です。科学班は仮称として「ウェポナイザー」という名称をこの装置に与えました」

 ニキの言葉に、会議室内の防衛軍高官達は一斉にざわめき始めた。

 「静粛に。ニキ副隊長、怪獣をロボット化するとは、どういうことかさらに詳しい説明を頼む。何らかの方法で怪獣を外部から遠隔操作する装置、ということかな?」

 周囲を制しながら、クロベは先を促した。

 「いえ。異星の技術が使われているため、科学班でも現段階ではその概要しかわからないそうですが・・・これは怪獣を、スタンドアロンの兵器とすることを目的とした装置のようです」

 ニキはそう言うと、端末のスイッチをいれた。モニターに「ウェポナイザー」の構造を示す図が表示される。

 「簡単に言えば、ウェポナイザーはもう一つの脳であり、内部には有機ユニットを多数使用したコンピュータが内蔵されています。装置が怪獣に装着されると、そのコンピュータから無数の人工神経繊維が怪獣の体内に伸び、脳まで到達します。神経が脳まで接続されると、ウェポナイザーの脳は本来の脳に取って代わり、怪獣の行動を支配し始めます。同時に、怪獣の脳内にその凶暴性を助長させる物質を投与し、その攻撃性を助長。スタンドアロンの兵器となった怪獣は、コンピュータの指示する目標へと攻撃を仕掛けるのです」

 ニキの説明を、モニターのCGはわかりやすいかたちで表示していく。その恐ろしい内容に、高官達の間から再びざわめきがあがりはじめた。それが一段落すると、やはりクロベ長官の隣に座るダン参謀が口を開く。

 「今の説明を聞く限り、地球の技術ではないようだが、やはり・・・?」

 「そうです。この装置はギガゾーン博士が開発したものである疑いが濃厚です。事実、ウェポナイザーを取り付けられたテロチルス、テレスドンの破壊行動は、通常の本能によるもの以上に激しく、市民や防衛軍に対するより大きな被害を狙ったものでした。ギガゾーン博士の目的が彼の言うとおり、破壊活動による自らの力の誇示であるとするなら、この装置の目的も一致します。怪獣をコントロールするというのは、我々にとっては非常に脅威となる技術です」

 ニキの言葉に、高官達は沈黙する。そんな中、一人の高官が手を上げた。

 「その技術を、我々が応用することはできないのかね? 怪獣をコントロールするというのは、使いようによっては平和利用も・・・」

 だが、ニキは首を振った。

 「技術的に未知数な部分が多く、それは不可能に近いということです」

 「それに・・・怪獣も生物です。可能だとしても、地球を守るためなら何をしても許されるというものではないでしょう。用途がどうあれ、生命の自由を踏みにじるような技術を使うことは、SAMSは反対の立場をとります」

 それまで黙っていたムツも、その提案には反対の立場をとる。その言葉を聞いて、クロベもうなずく。

 「怪獣を操るとは、たしかに恐ろしい技術だ。対処法はあるのかね?」

 「幸い、これまでのようにウェポナイザーを破壊するか取り去るかすれば、怪獣はその支配から解放されるようです。ウェポナイザーが顎の下や脇の下など、攻撃しにくい場所に取り付けられていたのには、そういった事情もあると思われます。あとは通常と同じ様な対応をとればよいでしょう」

 ニキがそう言うと、高官達の一人から声があがった。

 「しかし・・・こうなると、SAMSはこれまで通りの活動方針でよいのかどうか、方針見直しの必要も考えられると思うが?」

 「と、いいますと?」

 オグマが眉をわずかにピクリと動かし問い返す。

 「つまりだ。君たちがこれまでとってきたような、「怪獣を逃がす」という方針では、この先いたちごっこになるおそれがあるということだよ」

 高官はそう言った。

 「たとえ君たちやウルトラマンサムスが、怪獣をウェポナイザーの支配から解放し、もとの場所へと返してあげたとしても、それではギガゾーンによって同じ怪獣が再びロボット化され、我々に襲いかかってくる可能性が高い。逃がすたびに再び襲いかかってくる怪獣をいつまでも相手にできるほど、防衛軍やSAMSの戦力は無限ではないということは、君も承知しているだろう?」

 彼の言葉に、他の多くの高官達もうなずく。

 「では、ウェポナイザーをつけて出現した怪獣は、次にまた利用されることのないようにその時点で始末してしまえ、と申されるのですか? 怪獣を撃退するのではなく殺すとなれば、こちらも最初からかなりの損害を覚悟しなければなりませんが?」

 オグマは無表情にそう尋ねた。

 「状況から見れば、しかたのないことだろう」

 「おっしゃりたいことはわかります。怪獣の猛威がこちらの許容範囲以上だったとしたら、怪獣の殺傷はやむを得ないでしょう。しかし・・・それもまた、現実的な対策とはいえませんな」

 オグマがそう言うと、今度はニキが先を続ける。

 「地球にはどれだけの数の怪獣が生息しているのか、その実態はいまだ闇の中にあります。ですが・・・前世紀の後半、あれだけ膨大な数と種類の怪獣が出現したにもかかわらず、防衛軍やSAMSの戦う怪獣の中にいまだに新種の怪獣が多く含まれているという状況を考えれば、その数や種類は我々の予想を大きく上回るものでしょう。それが何を示すかということは、ご理解いただけると思います。同じ怪獣を再び利用しなくとも、ギガゾーンはどこかで新しい怪獣を見つけ、ウェポナイザーを取り付けて兵器とすることが可能ということです。兵器として再利用されることを防ぐという目的のための怪獣の殺傷には、賛成できません」

 「ご提案のような対応は、所詮は対処療法に過ぎないと思いますが・・・。出てくる怪獣を片端から殺すか。さらに積極的に、どれだけの数がいるかわからない地球の怪獣たちを皆殺しにするか。それとも・・・怪獣を操っている張本人であるギガゾーン博士を打倒するか・・・。三者択一。我々にとっても怪獣にとっても、どれがもっとも理想的かつ現実的であるかは、言うまでもないことであると思いますが・・・」

 「怪獣を殺さずとも撃退できるようになった。これは防衛軍やSAMSのみならず、長い間怪獣や宇宙人との戦いを続けてきた人類全体の輝かしい成果であると考えています。それを自ら捨てるようなことは、SAMSは賛成できません。いずれにしてもSAMSは今後もその活動方針を変えるつもりはないということを、SAMSを代表する者としてお伝えします」

 続いてのオグマ、ムツの発言に、論理的な反論を唱える者はいなかった。

 「ほかに、発言のある者は?」

 クロベはふたたび尋ねたが、今度は手は上がらなかった。クロベはうなずくと、議論の総まとめという感じで声を張り上げた。

 「怪獣を自らの尖兵とする戦略をとることから判断しても、ギガゾーンが現在の我々にとって最大の脅威であることは理解してもらえると思う。防衛軍、SAMSは総力を挙げ、この恐るべき侵略者を打倒し、平和を取り戻さねばならない。各自そのことを肝に銘じ、それぞれの部下に対してもこのことを伝え、一致団結してこの非常事態に立ち向かうことを指揮官として諸君らに望む。以上だ」

 クロベの言葉により、定例の防衛軍幹部報告会は終了した。





 一方同じ頃。マリナーベースでは、残ったSAMSメンバー達が忙しく動いていた。

 「おいニイザ、もっとゆっくり歩いてくれよ。こっちは後ろ向きなんだぞ」

 「だから運び出すときに言ったんですよ。後ろ向きは大変だから俺がやりますって」

 「階段昇るときにはこの方が楽だと思ったんだよ・・・」

 互いに文句を言いながら廊下で何かを運んでいるのは、コジマとケイスケ。進行方向に向かってコジマが前、ケイスケが後ろを持ち、ゆっくりと進んでいる。問題なのは、運んでいるもの。それは、なぜか仏壇だった。それもかなり大きく立派なもので、寺を除けば昔から続く大きな農家ぐらいでしか見られないようなものだった。重さも見た目通りのものらしく、二人は汗を流しながらそれを運んでいた。と、そこへ・・・

 タッタッタッタッタ・・・

 「あれ、まだこんなところにいるの? キャップ達が帰ってくるまでには準備終わらせとかなくちゃいけないんだよ?」

 後ろから抱えられるぐらいの白い花輪を持ったサトミが軽快に走ってきて、その場で足踏みを始めた。いつもの制服姿ではなく、珍しく長いスカートをはいている。しかし、それでも中身は快活なスポーツ少女のままである。ついでにいえば、ケイスケもコジマもどちらもスーツ姿だった。ただし、三人とも服の基調は黒。つまり・・・喪服を着ているのだ。

 「わぁってるわい!! これがそう簡単に運べるものに見えるか!? そんな軽い物あとでいいから、お前も手伝え」

 「コジマさん・・・女の子に重い物運ばせるなんて、フェミニストじゃなかったの? 「田んぼ」に「力」って書いて「男」って読むんだから、やっぱり力仕事は男のものでしょ」

 「こんな時だけ女の特権持ち出すかお前!? いつもはSAMSの仕事に男も女もないなんて言ってるくせに!!」

 「それに、田んぼじゃないですよここ・・・」

 「仕事以前の問題だよこれは。だいたいコジマさんは、普段の鍛え方が甘いの。だからこうやって、日常の中で少しずつ機会を見つけながら鍛えた方がいいんだよ」

 「て、てめぇ・・・」

 と、コジマが怒鳴ろうとしたその時だった。

 ズシッ・・・

 「ぬおお・・・」

 自然にコジマが力を抜いてしまい、余った重量がケイスケの腕にかかることになった。うめき声をあげるケイスケ。

 「コジマさん! 仏壇仏壇!!」

 慌ててサトミが言うと、コジマは彼女をにらみながら再び腕に力を込めた。ケイスケの腕にかかる負担は、元通りになった。

 「ほらほら。口ばっかり動かしてないで体も動かさないと。そういうわけで、あたしもあと何回か往復してこれ運ばなきゃなんないから、急いでね〜!」

 そう言い残して、サトミは風のように去っていってしまった。

 「あのやろ〜・・・運び終わったら覚えてやがれ・・・」

 「だったら、もっと力入れて下さい。だんだん俺の方が重くなってきましたよ・・・」

 「わかってるよ・・・」

 そんなことを言いながら、フウフウと息をしながら彼らは地道に仏壇を運び続けた。





 「あと一つですね」

 脚立から降りたヒカルは、残っているものの数を数えて微笑を浮かべた。と、その時である。

 プシュー・・・

 ミッション・ルームの扉が開き、コジマが背中を向けて入ってきた。

 「よーし・・・そっとだぞそっと・・・」

 それに続いて仏壇、そしてその後ろを持つケイスケが入ってくる。

 「あ、ご苦労様です。私も手伝いましょうか?」

 そう言って、仏壇に駆け寄ろうとするヒカル。

 「あーいいのいいの。もうゴールなんだし、力仕事は男の仕事だし」

 「(さっきと言ってること全然違うじゃないか・・・)あとは置くだけだから、自分の仕事続けてくれ」

 「わかりました」

 それを笑顔で断り、二人は目的の場所まで仏壇を運んでいった。ミッション・ルームはなかなか広いので、こんな物を置く余裕もある。

 「ゆっくりおろしますよ・・・」

 ケイスケとコジマは一際力を込めると、それを静かに置いた。

 「ふぃー・・・ようやっと終わったぜ」

 汗を拭うコジマをしりめに、ケイスケは仏壇を開き、中の装飾を確認した。幸いなことに、何も壊れてはいない。

 「よし。あとは、もう一度倉庫まで戻って位牌とか鐘とか線香立てとか取ってくるだけですね」

 「俺パス。休んでるからお前取ってきてくれ」

 「しょうがないですね・・・」

 ケイスケはため息をつきつつも、ヒカルを見た。彼女も脚立から降り、壁中に掛けられたものに満足そうに視線をやっていた。

 「これで全部か?」

 「はい。たった今終わりました」

 壁に並べて掛けられているもの。それは、黒い額縁に入れられた白黒の写真。そう、遺影である。しかも、ただの遺影ではない。どれもこれも、写っているのは人ではなく、怪獣の写真なのだ。

 「今年も、けっこう倒さなきゃならなかったんだな・・・」

 「ええ・・・。でも去年よりは少なかったはずです。もしかしたらこの供養の御利益かもしれませんね」

 そう言ってヒカルは、少し悲しそうな微笑を浮かべた。と、その時である。

 プシュー・・・

 「さあ、どうぞこちらへ・・・」

 「お邪魔いたします」

 やはり喪服に身を包んだアヤが、一人の人物を連れて入ってきた。その人物は、見ただけで何をしているのかわかる服装をしていた。僧侶である。彼は数珠を手にして、アヤの後についてミッション・ルームへと入ってきた。それを見た三人は、それぞれ慌てた。

 「あ・・・今年もお願いします、住職さん」

 ヒカルがペコリと頭を下げる。

 「こちらこそ。毎年この供養ができることを、私もうれしく思いますよ」

 そう言って僧侶は、笑顔を浮かべた。

 「供養の準備は・・・終わったのかな?」

 ミッション・ルームの様子を見回しながら、アヤが静かに尋ねる。

 「あ・・・いやその・・・。遺影を飾るのは終わったんですけど、花輪がまだ全部運び込んでません。仏壇もいま運び込んだばっかりで、位牌とかはまだ持ってきてないんですよ」

 「すいません。すぐに持ってきますから。ヒカル、住職さんになにか冷たいものとか」

 「はい! 今すぐに!」

 ケイスケはそう言うが早いか、ミッション・ルームから飛び出した。その途中で、また花輪を運んできたサトミと出くわす。

 「どうしたのニイザ君? そんなに慌てて」

 「住職さんがもう来たんですよ! 急いで下さい!!」

 「マジ!? こりゃあスピードアップしないと!!」

 ケイスケとサトミは、それぞれの方向へ廊下を駆けだし始めた。





 倉庫にしては明るく清潔な倉庫の中。ケイスケはある桐の箱を開け、中にあるものを確認していた。

 「位牌・・・鐘・・・線香立て・・・うん、全部入ってる」

 ケイスケは一人うなずくと、元通りそれを箱に戻して丁寧に収め、それを持って立ち上がった。その時である。

 ピカァッ・・・

 ケイスケの喪服のポケットが、青い光を放ち始めた。

 「ケイスケ・・・先ほどから、何をしてるんだ?」

 「悪いけどサムス、今はちょっと準備で忙しいんだ。あとでゆっくり答えるから、今はちょっと・・・」

 「わかった・・・」

 光がゆっくりと消える。ケイスケは悪いなと小さく言うと、それを持って早歩きで歩き始めた。





 ケイスケがそれを持ってミッション・ルームに戻ると、なおも状況は変わっていた。まず、花輪が全部飾られていること。仏壇の前に座布団が並べられていること。そしてなにより、オグマとニキ、それにムツが、それぞれ喪服を着て立っていたことだった。

 「遅いぞ、ニイザ」

 ニヤリと笑みを浮かべ、オグマが言った。

 「早かったですね、キャップ」

 「まぁな。住職をお待たせするわけにはいかないし・・・。準備は全部終わってる。あとはお前の持ってるそれを、仏壇に並べるだけだ。頼む」

 「はい!」

 ケイスケはうなずくと、仏壇の前に座って箱を開け、中のものを並べ始めた。最後に彼が取り出したものは位牌だった。ケイスケはそれに書かれた文字を、ちらりと見た。

 「宇宙院妙法怪獣居士」

 奇妙な戒名だったが、それが今日の供養を受ける者達の名前なのだ。ケイスケはそれを、静かに仏壇へ置き、後ろへ下がった。

 「準備できました」

 「よし。それでは住職、早速お願いできますか?」

 「はい。それでは皆さんも、どうぞ座って下さい」

 僧侶が仏壇の正面に座り、メンバーはその後ろに並べられた座布団の上に座る。

 「あたし正座苦手なんだよなぁ・・・」

 「我慢しろ!」

 相変わらず小声で言葉を交わすコジマとサトミだったが、ケイスケとヒカルが真剣な表情でにらむと、

 「すいません・・・」

 と言って神妙になった。

 「それでは・・・」

 僧侶はそう言って、数珠を握った。全員が手を合わせ、目を閉じる。

 それから数十分、ミッション・ルームからは読経の声が流れ続けた・・・。





 一方その頃。とある湖の底深くでは・・・。

 「むぅ・・・所詮、地球の怪獣など、大した力にはならぬか・・・。まあいい。わしにとっては怪獣を操るなど造作もないことだということは、地球人共に示すことが出来ただろうからな。さて・・・」

 ギガゾーンはウルトラマンサムスの戦いを映したモニターを消すと、席から立ち上がって冷凍保管庫へと歩き出した。

 プシュー・・・

 冷気の立ちこめる室内へと踏みいるギガゾーン。ツチダマスS、Gが倒され、今金属の棚の上に安置されているのは、二個の「卵」である。ギガゾーンはその一つを下ろすと、手に持ってジッと見つめた。

 「海の多い惑星に生まれたことを後悔させてやれ・・・」





 マリナーベース7階にある、見晴らしのよい展望ルーム。ケイスケは自動販売機でコーラを買うと、一人そこに腰掛け、星を眺めていた。と・・・

 ピカァッ・・・

 胸ポケットのエスペランサーが、青い光を放ち始めた。それに気がついたケイスケは、言葉をかける。

 「昼間は悪かったな。忙しかったから・・・」

 「いや・・・。君たちが何をしていたのか、だいたいはわかった。ああいうこともしているんだな・・・」

 「始まったのは、アヤさんが言い出したからだよ。いや、正しく言えば「復活させた」かな」

 ケイスケはその缶のプルタブを開けた。

 「「怪獣供養」・・・。俺達の平和を守るため、やむなく殺した怪獣に対する、せめてもの償いってわけだ。毎年この時期になると、ああして仏壇や遺影を用意して、アヤさんの知り合いの住職さんにお経をあげてもらってるんだ。昔科学特捜隊が始めたことなんだけど、長い間ずっと忘れられていた。それをアヤさんが復活させて、SAMSでやることになった。そのおかげかどうかわからないけど、ヒカルも言ってたけど、殺すしかないほどひどく暴れ回るような怪獣が出ることは、それ以前に比べて少し減ったみたいに感じるな」

 「おそらく、そうなのだろうな・・・」

 ケイスケは缶に口をつけた。

 「ケイスケ・・・怪獣墓場というものを、君は知っているか?」

 「見たことはないが、聞いたことはある。いろんな星で行き場をなくして追放された怪獣が、生きているのか死んでいるのかわからないけど、とにかく宇宙でさまよっている・・・そんな場所だって聞いてるよ」

 「その通りだ」

 「見たことがあるのか?」

 「ああ・・・。墓場としか言いようがない。暗く、静かで・・・考えようによっては、安らげる場所なのかもしれない。どこにも居場所のなかった彼らの、最後に残された安息の地として・・・」

 「どこにも居場所がない・・・か。巨大な体、強力な特殊能力、信じられないほどの生命力・・・怪獣って生き物は、他の生き物と比べてなにもかも違いすぎる。神様がいるとしたら、なぜ怪獣をこの宇宙に生み出したんだろうな・・・」

 「・・・難しい問いだな」

 「答えなくたっていい。君たちは神様じゃない。そうだろう?」

 「ああ・・・。だがケイスケ・・・一つだけ、確かなことがある」

 「なんだ?」

 「彼らもまた、この宇宙に生まれた「命」であることには違いない」

 サムスは言った。

 「この宇宙には、様々な命が存在する。中には、生まれもって邪悪さを備えたものもいる。だが・・・命とは、尊いものだ。それを安易に扱うことは、誰に許されることでもない。我々はその狭間で悩みながら、ある者の命を守るためにある者の命を奪わなければならないことに悩み続けなければならない」

 「悩み続けるしかないのかな・・・? 答えの出ない問題なんだろうか・・・?」

 「そうかもしれない・・・。だが、それをやめてしまうことはあってはならない。ケイスケ、私たちは地球を守るため、怪獣や宇宙人の命を奪う力をもっている。だが、だからこそ、私たちはその力を使うべきときを考えなければならない。無意味に命を奪うことがないように・・・」

 「そうだな・・・。時間はたっぷりある。死ぬまでたっぷり、考えてみるよ」

 ケイスケはそう言って小さく笑い、缶を傾けた。





 その翌日、午前3:00。伊豆・下田の遠く沖を、一隻の大型船が航海していた。ペルー船籍の大型貨物船である。100m以上の巨大な船体を誇る船であったが、今は季節外れの発達した低気圧によって激しく時化ている海上を、木の葉のように揺られながら進んでいた。

 「ついていないな。この時期に、こんな嵐と遭遇するなんて・・・」

 雨の激しくたたきつける窓の向こうを、船長は忌々しそうににらみつけた。そこには、生き物のようにうねる黒い海原しか見えない。

 「船には異常はないか?」

 船長はブリッジにいるもう一人の人物、操舵手に尋ねた。

 「問題はありません。最悪なのは天候だけですよ。このあたりの海は、海底の地形も複雑ではありませんからね」

 操舵手は答えた。

 「この状況では、自動操縦に任せるわけにはいきませんね。万一の時のために、僕がここで番をします。船長はお休みになってはいかがです?」

 「いや・・・。さすがにこの嵐では、よく眠れそうにはないな。私もお供をしよう」

 船長はそう言うと、歩き始めた。

 「時間つぶしのために、葉巻と本を持ってくる。ちょっとのあいだ、頼んだぞ」

 「わかりました」

 船長にそう声をかけ、操舵手は何気なくソナーに目をやった。その時である。

 「!?」

 そこに異常を見つけ、目を見張る操舵手。

 「せ、船長!!」

 「どうした?」

 操舵手のただならぬ呼び声に、船長も近づいてくる。

 「船長・・・見て下さい」

 操舵手が示したソナーには、この船に向かって1時の方向から近づいてくる、巨大な影が映っていた。

 「・・・クジラか?」

 「いえ・・・クジラにしては大きすぎますし、形も細長い・・・」

 船長と操舵手は、顔を見合わせた。だが、すぐに船長が指示を出す。

 「万が一ぶつかってはまずい。取り舵一杯!!」

 「了解! 取り舵一杯!!」

 舵輪を力一杯左へ回す操舵手。同時に、船長は船内通信機を手に取る。

 「機関室! エンジン全速!」

 巨大な船が、左に向きを変えていく。しかし・・・

 「!?」

 なんと、ソナーに映る巨大な影は、こちらへと方向を変えてきた。しかも、その接近速度はこちらよりはるかに速い。

 「なんだこれは・・・」

 船長が呆然とする。しかし、その影はどんどん近づいていき・・・

 ドォン!!

 船体に強烈な衝撃が走る。

 「うわぁ!!」

 そのショックに足下をとられ、転げ回る船長。操舵手は舵輪にしがみつき、なんとか転倒をまぬがれた。船長はようやく立ち上がると、無線を手に取った。あたりには非常サイレンが鳴り響いている。

 「メイデイ! メイデイ! こちら大型貨物船・サグラダ号! 現在地は・・・」

 SOS無線を放つ船長。その時

 ドガァン!!

 さらに強い衝撃が船体に襲いかかる。それによって、再び船長らは床に投げ出された。

 「・・・ック!!」

 なんとか計器にもたれて立ち上がる船長。

 バキ・・・バキ・・・

 船長の耳に、不気味な音が聞こえてきた。巨大な船体が、何か大きな力を加えられ、悲鳴を挙げているような、そんな音だった。

 「!?」

 その時、船内無線が音をたてた。それをとると、機関長からの悲鳴のような声が聞こえてきた。機関室の真横に巨大な亀裂が走り、海水が滝のように流れ込んできているという。もはや、沈没は必死の情勢らしい。

 「そんな・・・一体、何が起きているというんだ・・・」

 船長が呆然とつぶやいたその時。

 ドバァァァァァッ!!

 そのつぶやきに答えるがごとく、「それ」は海面から勢いよく首をもたげた。

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫をあげながら、船長が最後に目にしたもの。それは、闇夜にらんらんと輝く、「それ」の炎のような両眼だった。





 頭上に茂った木立の葉の間を縫って差し込んでくる太陽の光が、地面の上に光と影の複雑な模様を作っている。木立の葉は、この季節の強い日差しもさえぎってくれる。ヒカルはその下でベンチに腰掛け、ひっそりと待っていた。と、ふと視線を上げた彼女は、あるものに気がついた。

 「あ・・・」

 少し頭上の木の枝の上に、一匹のリスが立ってこちらを見ていた。鼻をひくひくと動かしてつぶらな瞳でこちらを見るその愛らしい姿に、ヒカルは顔をほころばせた。

 「そうだ・・・」

 ヒカルはあることを思い出し、ハンドバッグの中を探った。やがて彼女が取り出したのは、自分で焼いたクッキーの一枚だった。彼女はそれを手のひらの上で細かく割ると、高く差し出した。

 「おいで」

 すると、リスは木の上からひょいと飛び降りるとすばやく彼女の体をのぼり、手のひらの上に乗ってカリカリとクッキーのかけらをかじりはじめた。ヒカルがそれを笑顔で見つめていると・・・

 「おーい、ヒカル!」

 遠くから彼女を呼ぶ声がした。ヒカルがそちらを向くと、小道を両手に何かを持って歩いてくるケイスケの姿が見えた。それに手を振るヒカル。やがてケイスケは、慎重な足取りで近づいてくると手に持った片方のものを差し出した。

 「ほら、ご注文のバニラ・ブルーベリー・いちご三段重ね。気をつけて受け取れよ」

 「すいません・・・はい」

 ヒカルはその手から慎重に、コーンの上に乗った白・青・赤の三段重ねのアイスを受け取った。それを確認すると、ケイスケはヒカルと一緒にベンチに腰掛けた。

 「そいつ、どうしたんだ?」

 ヒカルの肩に乗ってクッキーのかけらを食べているリスを見ながら、ケイスケは言った。

 「さっき木の上にいるのを見つけたから、クッキーで呼んでみたんです。かわいいでしょ?」

 「ああ。それにしても・・・リスも住んでるなんて、やっぱりきれいなんだな、この自然公園」

 辺りを見回しながら、ケイスケは言った。周囲にはほかにも、二人のようなカップルや家族連れ、風景や鳥の姿をおさめにきた画家やカメラマンといった人々の姿があり、のんびりとした雰囲気を出していた。久しぶりに二人そろって出た休日。二人はヒカルの提案で、この自然公園へとデートに来たのである。

 「リスが住んでるのはたしかですけど・・・このリス、もともとこのあたりのリスじゃないと思います」

 リスの頭をなでながら、ヒカルは言った。

 「このあたりのリスじゃないって、どういうことだ?」

 「この子はエゾリスです。もともと北海道に住んでるリスですよ。すごく人になついてますし・・・たぶん、ペットに飼われていたのが逃げ出してここに住み着いたんじゃないでしょうか?」

 「ふぅん・・・。ちょっといいか?」

 「あ、どうぞ」

 ケイスケもリスに触ろうとした。が・・・

 「あ・・・」

 リスは短い鳴き声をあげて、すばやく去ってしまった。

 「ご・・・ごめん。嫌われたもんだな・・・」

 決まり悪そうに謝るケイスケ。だが、ヒカルは笑ってそれを許した。

 「いいですよ。楽しかったし・・・アイスが溶ける前に、食べなきゃいけませんしね」

 ヒカルはそう言って、三段重ねのアイスに口をつけて「おいしいです」と微笑んだ。ケイスケはすまなそうに笑うと、自分のアイスをなめはじめた。

 「ミルクのアイスを頼んだんですか?」

 「こういうプレーンなのが好きでね」

 二人はそこでアイスを食べながら、ゆっくりとした時間をすごし始めた。時折野鳥の声や、木々の葉擦れの音が聞こえる。

 「いいとこだな・・・。久しぶりに、リラックスできたって感じだ。ありがとうな」

 「フフッ、どういたしまして。世界中がここみたいに、静かできれいになればいいと思いますけど・・・」

 「ああ・・・俺もそう思うよ」

 やがて、しばらくの時間が流れ・・・突然ヒカルが、口を開いた。

 「あの・・・ケイスケ君・・・?」

 「なんだ?」

 ケイスケがヒカルを見ると、彼女は真剣な表情ながら、なにか迷っている様子でこちらを見ていた。

 「あの・・・最近、私に優しくしてくれますよね・・・?」

 ケイスケは少し戸惑ったが、すぐに答えた。

 「あ、ああ・・・。だけど、そんなに前の俺はお前に冷たかったか?」

 「そ、そんなことはないです・・・。前から優しかったですよ。でも・・・」

 「でも?」

 「ちょっと・・・気になって・・・」

 「気になるって、何が?」

 ヒカルは言うべきか言わないべきか迷うようなしぐさを見せながら、結局何も言えずにいた。それがかわいいと思いながらも、ケイスケは口を開いた。

 「いいから言ってみろよ」

 「そ、それじゃ訊きます。あの・・・サトミさんから聞いたんですけど・・・」

 ヒカルはやっとというような感じで話し始めた。

 「最近ケイスケ君が優しくしてくれることを話したら・・・ちょっと気になることを言って・・・」

 「なんて言ったんだ? 気になるな・・・」

 「あの・・・それが・・・。男の人が急に優しくなるっていうのは・・・」

 「いうのは?」

 「その・・・何か隠し事をしてることが多いって・・・」

 「!!」

 ケイスケはかじったアイスのかけらを、あやうく変なところに飲み込みそうになった。

 「ご、ごめんなさい! 変なこと言って」

 ヒカルはあわててその背中をさすりはじめた。やがて、ケイスケは気を取り直した。

 「いや・・・いいんだよ・・・。ったく・・・サトミさんも、ろくなこと教えないんだから・・・」

 ケイスケはうんざりしながらも、苦笑しながらヒカルに言った。

 「まぁ、そんなふうに気になるのもわかるけど・・・心配するな。俺はやましい隠し事なんかしてないよ」

 「本当・・・ですか?」

 「少なくとも・・・俺は、お前に隠れてもう一人彼女作れるほど器用なことのできる男じゃない。そのへんのことは、俺よりお前のほうがわかってると思うけど・・・」

 「そう・・・ですよね。ごめんなさい、ケイスケ君・・・」

 申し訳なさそうに頭を下げるヒカルの頭を、ポンポンとケイスケは優しくたたいた。

 「さて・・・早く食っちゃおうぜ。溶けちゃうよ」

 「はい」

 二人は少し急いで、アイスを食べた。やがて食べ終わると、二人はベンチの背にもたれた。

 「あ・・・アイスの棒、貸してください。手が汚れちゃいましたから、洗ってくるついでに捨ててきます」

 「そうか? 悪いな・・・」

 ケイスケが食べ終わったアイスの棒を渡すと、ヒカルは「いってきます」と言って走っていった。その背中を見送るケイスケ。

 「ごめんな・・・」

 ケイスケがそう言ったとき、不意にポケットの中が光り始めた。

 「いいのか?」

 「もちろん、悪いとは思ってるけどね・・・。けど、言っただろ? 「やましい隠し事はしてない」って」

 「屁理屈のように思えるが・・・」

 「・・・そうだな、屁理屈だ」

 ケイスケは苦笑した。

 「けど、君と別れるまではつき通すと決めた嘘だ。いつかは明かすときが来るだろうし、そのとき泣かれたり怒られたりする覚悟はできてるよ。できれば、そういうのはこれで終いにしたいけど・・・」

 「すまないな・・・」

 「君が謝ることじゃない」

 ケイスケはそこまで言って、ふとしたことが気になった。

 「なあ、サムス・・・今ちょっと、気になったことがあるんだけど・・・」

 「なんだ?」

 「君には、その・・・いないのか? 恋人って呼べる人は・・・」

 サムスがそれに答えるまでには、少しの時間があった。

 「ああ・・・いる」

 「そ、そうか・・・いるんだな」

 何気なく聞いた質問だったが、ケイスケは少し驚いた。

 「名前は・・・ああそうか。地球の言葉じゃ表せないんだったな。それじゃ、今は何をしてるんだ? 君のふるさとで、君の帰りを待ってるのか?」

 「いや・・・彼女も、今は自分の戦いをしている・・・。「銀十字軍」と呼ばれる救護部隊の看護婦として、辺境の星で傷ついた戦士の手当てをしている・・・」

 「そうなのか・・・。恋人も戦ってるなんて、大変なんだな・・・」

 「ヒカルだって、君と一緒に戦っているじゃないか」

 「そ、それはそうだけど・・・。君の場合は、何千光年と離れて戦ってるわけだろ? 想像もつかない遠距離恋愛だけど、寂しくないのか?」

 「話そうと思えば、テレパシーでいつでも話すことはできる」

 「ま、それは俺達でも電話なら同じようなことはできるけど、それじゃ・・・」

 「・・・」

 「なんだか悪いな・・・。そうまでして、俺達を守ってもらって・・・」

 「いや・・・いい。それが私達の務めだ。私達のことは、君たちをギガゾーンの脅威から守ってからだ」

 「・・・サムス・・・君はほんとにいい奴だな。だけどさ・・・たまには自分達の幸せのこと考えたって、バチは当たらないと思うよ」

 「・・・」

 「ますますギガゾーンをこのままにしちゃおけないな。君の使命を早く終わらせて、故郷に帰してやりたい。そのために、もっとがんばらないと・・・」

 「ケイスケ・・・」

 「いいんだよ。お互いのためになりそうだし・・・がんばろうな」

 「ああ・・・ありがとう」

 ケイスケが首を回すと、ヒカルが向こうから笑顔で走ってくるのが見えた。

 「ありがたいよな。守りたいって思える幸せが、ああいいうふうに形としてあるってのは・・・」

 「そうだな・・・」

 ケイスケはそれに、笑顔で軽く手を振り返した。





 一方その頃。神奈川県の小田原漁港では、次々と沖から漁船が戻ってきていた。

 「そっちはどうだ?」

 「いや。無線でも言ったけど、からっきしダメだ。カモメも飛んでねえし・・・絶対何かがおかしいに違いねえ。不漁にしたって、ここまですっからかんなんてことは・・・」

 港へあがった漁師達が、口々に苦い顔で話す。ある漁師は自分の船の水槽を見て、ため息をついた。そこには、価値にもならないような雑魚が数匹入っているだけであった。と、その時である。

 「お・・・おい! あれ見ろ!!」

 何気なく沖に目をやった漁師が、顔を真っ青にして沖を指さす。つられて他の漁師達もならうが、やはり同じように言葉を失った。

 はるか沖から、巨大な白い壁・・・大津波が、こちらへむかって押し寄せつつあるのだ。ここからの距離を考えてもはるか遠くのはずの津波だったが、その高さは常識外れだった。

 「う・・・うわぁぁぁぁぁぁ!? 大津波だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「早くしろ! 高いとこまで逃げるぞ!!」

 たちまちのうちに港は大パニックになり、人々が我先に逃げまどい始める。さらにまもなく、市内にも大津波接近の警報が鳴り響き、避難する人間の数は膨れ上がった・・・。





 それから数十分後・・・。小道を散歩していたケイスケとヒカルのリストシーバーが音をたてた。二人は顔を見合わせると、すぐにそれに出た。

 「はい、こちらニイザ」

 「こちらハットリです」

 「オグマだ。デートは楽しんでるか?」

 リストシーバーに制服を着たオグマが映る。

 「ええ、まあ・・・」

 「今は散歩をしてます」

 ヒカルが楽しそうに言う。

 「そうか。呼び立てて悪かったな」

 「それはいいですけど・・・何かあったんでしょう? 連絡してきたってことは」

 「ああ、すまないがな。今すぐ小田原まで行ってほしい」

 「小田原・・・ですか? 何が?」

 「突然大津波が発生して、内陸のかなり深いとこまで水にさらわれた。市街地や港に大きな被害が出ているらしい」

 「ギガゾーンの仕業・・・でしょうか?」

 「今のところはわからん。とにかく現地に赴いて、その調査も兼ねた救助作業を行う。お前らも現地で合流してくれ。シークレットハイウェイを使ってかまわない」

 「了解!」

 通信を切ると、ケイスケはヒカルに言った。

 「というわけらしい。デートは中断だな」

 「もうちょっと歩きたかったですけど・・・急がないといけませんね」

 「また今度来ような」

 少し残念そうな表情をするヒカルの肩を叩き、ケイスケは彼女と共に急ぎ足で出ていった。





 それから数十分後。小田原市郊外の山中にあるトンネルの中から、ブリティッシュグリーンの車が勢いよく飛び出してきた。その車はゆっくりと速度を落とし、崖沿いの道路の上で停車した。それから降りたケイスケとヒカルは、そこから見える市街地の様子を見て顔を曇らせた。二人とも、トランクに積んであった制服に着替えている。

 「うわぁ・・・ひどいな・・・」

 「どんな津波だったんでしょう・・・。あんなところまで家がなぎ倒されてます・・・」

 そこからは、小田原市の様子がよく見えた。それは二人が想像していた以上に、深刻な被害だった。

 ヒカルの言ったとおり、海岸からかなり離れたところまで、家や建物がめちゃくちゃになぎ倒されている。まるで、巨大なブラシが乱暴に地上を擦ったかのようだ。突然のことだったので避難は完全ではなかったらしく、この瓦礫の下にどれだけの人が埋まってしまっているのか、二人には見当もつかなかった。すでにあちこちに防衛軍のVTOL輸送機や輸送車がとまり、救援活動に入っているのが見える。

 「・・・」

 ケイスケはウィンディに乗り込むと、通信機のスイッチを入れた。

 「こちらニイザ。ただいま小田原市に到着しました」

 「こちらオグマだ。こっちももうすぐ、小田原市の近くの海岸に着陸する」

 「了解。しかし、ひどい状態ですね、これは・・・」

 「ああ。俺たちも、着陸したらすぐに救助作業に入るつもりだが・・・」

 と、オグマが言ったとき、隣でサトミが何事かをオグマに伝えるのがわずかに聞こえた。

 「ああ、すまん。今入った連絡なんだが、海岸に妙なものが漂着してるのが発見されたらしい。合流前にそっちへよって、ちょっと見てきてもらえるか? 今からその座標を送るから、そっちによってくれ」

 「なんです、妙なものって・・・」

 「わからん。それは自分の目で確かめてくれ。着陸したらキリュウをそっちに送るから、それまでにできるだけのことは調べておいてほしい」

 「了解しました。それじゃ」

 ケイスケは通信を切ると、ヒカルに言った。

 「いくぞ、ヒカル」

 ヒカルはうなずくと、すぐにウィンディに乗り込んだ。





 実際に市街地に入ると、被害はさらに深刻に見えた。建物の残骸でふさがってしまっている道路も多かったので、ケイスケはできるだけそれをよけながら進んでいった。

 「山の上から見たときより、ずっとひどいですね・・・」

 「ああ・・・」

 「でも、なんなんでしょう、その妙なものって・・・」

 「今回の津波そのものが、普通の津波じゃなさそうだからな。原因解明の糸口になればいいけど・・・」

 二人はそんな会話をしながら、目的の海岸を目指した。やがて、ウィンディはその海岸へと到着した。

 「あそこでしょうか?」

 「みたいだな」

 車の中からも、防衛軍の隊員が見張りに立っている一角が見えた。ウィンディを停めてそれから降り、二人はそこへと歩いていった。近づいてくる二人に気がつき、隊員の一人が敬礼をした。

 「SAMSのニイザ隊員です。こちらはハットリ隊員。海岸に妙なものが漂着したというので、こちらに来たのですが・・・」

 隊員証を見せながら、ケイスケは彼に話しかけた。

 「ご苦労様です。未確認物体はこちらです、どうぞ」

 そう言って彼は、現場周辺に張られたビニールテープをたくし上げた。二人は彼の後に続き、その中へと入っていった。

 「見たところ、いろんなものが散乱していますけど人工物である可能性は?」

 「我々防衛軍の先遣救援部隊に科学班の人間がいないため、分析はまだなのですが・・・我々の目から見ても、人工物ではありません。危険性があるかどうかも不明なので、とりあえずはこうして、人が近づかないようにしているのですが・・・あれです」

 隊員の示した先・・・そこには、雑多な残骸の上にたしかに奇妙な物体があった。二人は防毒マスクを頭からかぶり、両手を厚手のグローブで覆いながらそれに近づいた。

 「うぅん・・・」

 「たしかに・・・なんでしょうね、これ?」

 それを目の前にしたケイスケとヒカルは、思わず首をかしげた。たしかに、それは二人も見たことのないものだった。大きさは約1.5m。形は楕円形。厚さはあまりないが、見た目は少し硬そうな印象を受ける。しかし、何より特徴的なのは・・・

 「どぎつい色してるな・・・趣味が悪い」

 「それに、なんだかギラギラしてます・・・」

 不快そうな表情を見せる二人。無理もない。その物体は、生理的嫌悪感を催すような色をしていた。毒々しいというのが正しいどぎつい赤。さらに、その全体が油のようなギトギトした粘性のある液体で覆われている。ケイスケがそれを見て連想したのは、昔テレビの動物番組で見た、南米のジャングルに住む毒ガエルだった。

 「とにかく、できる限り調べてみましょう」

 ヒカルはそう言うと、ウィンディから持ってきたハンディアナライザーを近づけた。電子音をたてながら、アナライザーから出る光に物体が照らされる。しばしののち、分析終了を告げる音と共に、いくつかのデータが表示された。

 「終わりました」

 「うん。まず一番知りたいのは、毒性のあるなしだけど・・・」

 「どうやら、それは心配いらないみたいです。放射性物質、毒性化学物質、その他毒性のある細菌などは検出されません」

 その言葉に、取り巻いていた防衛軍の隊員達も安堵の表情を漏らす。

 「他に、どんなことがわかる?」

 「これが何でできてるか、それぐらいですね。それ以上のことは、やっぱりアヤさんに見てもらわないと・・・。でもこれ・・・」

 「なんだ?」

 「・・・一種のタンパク質でできてるみたいです。周りの粘液にも、同じタンパク質が含まれてるみたいで・・・」

 「タンパク質? ってことはまさか・・・何かの生物の体の一部か?」

 ケイスケの言葉に、周囲の隊員達が今度はざわめき出す。

 「だと、思います。それに、この形・・・」

 「形がどうかしたか?」

 「お魚の鱗の形に、そっくりじゃないですか?」

 そう言われてみると、たしかにそれは、魚の鱗をそのまま大きくしたようにも見えた。

 「・・・」

 ケイスケは沈黙したまま、それを見つめた。





 その後、二人はオグマ達と合流。レスキュー隊や防衛軍とともに救助作業を行ったが、生物の体の一部・・・おそらくは、怪獣のものと思われる漂着物が発見されたことにより、防衛軍から大津波との関連性など詳しい事情と、それに対する対策案をまとめてほしいとの防衛軍からの要請を受け、アヤだけは先に帰還。他のメンバーも夜9時まで救助作業を行った後、マリナーベースへと戻った。

 回収された奇妙な漂着物は、アヤを中心に科学班によって詳しい分析が行われていた。それと同時に、ミッション・ルームでは今回の津波に関する各所からの情報をまとめた調査報告がニキの口から語られていた。

 「観測衛星がとらえた情報によりますと、津波の発生は午前約11時半。発生源は小田原沖約110kmです。それから約30分後、津波は小田原漁港から市内を洗い流したようです。専門家による被害状況の分析の結果、波高は最大で40mに達したと推定されます」

 大型モニターに、津波の発生から陸地への到達のシミュレーション映像が映し出される。

 「被害状況は説明しなくても全員わかってるだろう。すまんが、発生原因について今わかってることを詳しく説明してくれないか?」

 オグマのその言葉はニキも予想していたらしく、うなずくとモニターの表示を切り替えた。

 「津波を発生させた振動は、地震によるものではありません。地震観測計のとらえた振動は、地震の振動パターンとは大きく異なるそうです。また、気象による発生という線もなしです。あれだけの被害を及ぼすほどの津波は、常識を外れた大型ハリケーンでもなければ発生させることはできません。当然、そんなものはその時刻の海域には存在しません」

 「地震、気象、そのどちらでもないとすると・・・残る発生原因は・・・」

 「テロか、あるいは・・・怪獣ってことだよね?」

 そうつぶやいたコジマとサトミが、なぜかケイスケを見る。

 「・・・」

 その理由がなんとなくわかって、ケイスケはうんざりしたような顔をした。

 「言いたいことはわかりますけどね・・・俺は、シーゴラスじゃないですよ?」

 ヒカルとの仲のよさから、夫婦怪獣シーゴラス・シーモンスのうちシーゴラスにたとえられる二人。そのうちオスの怪獣シーゴラスは、怒ると大津波を起こすことで知られている。

 「津波を起こす怪獣なんて、ほかにも何匹か考えられるじゃないですか」

 「う〜ん・・・そりゃそうなんだけどね・・・」

 「でも、怪獣の仕業だとすると・・・やっぱり、海岸で見つかったあの鱗が、その怪獣のものなんでしょうか?」

 ヒカルがもっともな意見を言う。

 「あれが鱗かどうかは、今アヤさんたちが分析してるところだから、なんとも言えないけど・・・」

 とニキが言った、そのときだった。

 「今、終わりました・・・」

 「!?」

 突然の背後からの声に、オグマ以外の全員が驚いて振り返った。

 「お待たせしました・・・」

 そこには、制服の上に白衣を羽織ったままのアヤがいつのまにか立っていた。それを見て、コジマがちょっと迷惑そうな様子で言う。

 「アヤさん・・・入ってくるなら、ドアから入ってきてくださいよ」

 「報告を・・・急ぎたかったものでね。リーダー・・・よろしいですか?」

 ニキは片手で頭を押さえていたが、無言でアヤを招き、自分はその場を離れた。彼女に代わって、アヤが大型モニター脇に立つ。

 「たった今・・・例の漂着物の分析が終了しました」

 アヤはそう言うと、手に持ったディスクを端末のドライブに挿入した。モニターに、細胞組織の拡大写真らしきものが映る。

 「現場での分析からの推測は・・・正しかったようです。やはりこれは、生物の体組織の一部・・・それも、ヒカル君の言うとおり・・・海棲生物の表皮の一種・・・鱗である可能性が高いね・・・」

 「てことは、あれは怪獣の鱗ってことなんですか?」

 サトミの言葉にうなずき、アヤが先を続ける。

 「通常の海棲生物に・・・あれほど巨大な鱗をもつものは・・・いないからね。ただ・・・」

 「ただ?」

 「この怪獣は・・・自然の存在ではないよ・・・」

 アヤが端末のキーを叩く。モニターに、意味不明のアルファベットの羅列が並ぶ。

 「なんですか? これ」

 「怪獣の遺伝子だよ・・・。分析の結果・・・ある種の生物の遺伝子をベースに・・・さまざまな怪獣の遺伝子を組み合わせたものであることがわかった・・・」

 「つまり、サラブレッドの怪獣?」

 「うん・・・。それも・・・全て地球上の怪獣ではない・・・つまり、宇宙怪獣のものだ」

 「宇宙怪獣!?」

 アヤの言葉に、全員が驚く。

 「怪獣の遺伝子が地球のものではなく、しかも人為的に組み合わされたとするなら・・・」

 ニキがオグマを見る。

 「状況から判断するに、犯人は一人しかいないな・・・」

 タバコに火をつけながら、オグマが言う。

 「ギガゾーン・・・ですか」

 「今度はどうやら現地調達じゃなく、自前の怪獣で来たみたいだな。キリュウ、その怪獣が津波を起こしたという可能性は?」

 「確証はありませんが・・・。津波発生時、小田原沖に巨大な熱反応が防衛軍の監視衛星によって観測されてます。これが、怪獣の発したものであるとするなら・・・その体から偶然はがれた鱗が・・・津波によって小田原の海岸まで運ばれた・・・そうとも考えられますね」

 「なるほど・・・」

 「怪獣が津波によって海抜の低い沿岸大都市を破壊することを狙いとしているのならば・・・これは、大きな危機ですね」

 ニキが眉をひそめる。

 「あ、キャップ。もうひとつ、気になる報告があるんですが・・・」

 そのとき、ケイスケが手を上げた。

 「なんだ、ニイザ?」

 「今日の夜明け前のことなんですが、伊豆の下田沖でペルー船籍の貨物船が一隻沈没しています。当時の海域は天候はよくはありませんでしたが、それが直接沈没につながるとは思えないそうです。もしそれも、同じ怪獣の仕業だとしたら・・・」

 「下田沖から小笠原沖へと移動したってことか。となると、次のターゲットは・・・」

 全員が頭の中に日本地図を描く。怪獣がこのまま北上する進路をとるとすれば、次にぶつかる大都市は・・・

 「横浜か・・・東京か・・・」

 オグマのつぶやきに、全員が顔を見合わせる。

 「ただちに防衛軍に連絡。東京湾沿岸付近に住む住民の避難も考慮に入れ、ただちに対策を練る」

 「ラジャー!」





 一方その頃。不気味に赤く発光するギガゾーンの円盤は、とある海底に身を潜めていた。

 「前回はこの星の環境を調査するのを怠ったためにとんだ失敗をしたが、同じ轍は二度と踏まん。リバイアサンはこの星の海にも、完全に適応しているようだな」

 そう言いながら、ギガゾーンは円盤の廊下に開いた窓へと近づいた。

 「防衛軍とSAMSはお前の存在に気がついたようだ。お前の力を知れば、放っておくはずがない。返り討ちにしてやることで、貴様の性能を見せつけるのだ」

 窓の向こうは、暗い海底。ほとんど何も見えないが、唯一、並んで真っ赤に輝く不気味な二つの光があった。その光の下で何かが大きく口を開け、ボコボコと不気味な泡をたてた。





 ヒィィィィィィィィィン・・・

 青い海の上を、二機の航空機は飛んでゆく。一機はSAMSビショップ、そしてもう一機は、SAMSルークである。

 「キャップ、まもなく防衛軍艦隊と合流します」

 サトミの報告に、オグマはわずかにうなずいただけだった。

 「あ・・・見えましたよ」

 水平線のあたりに、細長い黒い影が群を成して南へと進んでいくのが見えた。

 「合流を開始しろ」

 「ラジャー」

 そう言うとサトミは少し高度を落とし、スピードを上げた。SAMSビショップもそれに続く。やがて近づくにつれ、その黒い影の正体がハッキリしてくる。

 「うわぁ・・・すごいな」

 コジマの感嘆の声が、マイクを通して全員の耳に伝わる。他のメンバーも、眼下にいるものの威容には、同じような感嘆の念を禁じ得なかった。

 太陽の光を受け、キラキラと輝く海面。その上を白波を蹴立てて進む、鋼鉄の巨艦達。防衛軍の一大海軍基地である横須賀基地に加え、さらに田浦基地から出航した様々な艦船、総勢16隻の大艦隊である。それがきれいな隊列を組んで大海を進み行く様は、空から見ても非常に勇壮なものであった。

 「土偶の攻撃を受けても、あれだけの艦船が残ってたんですね?」

 「あの時の被害は、結局地上の補給施設を中心とした部分に限られた。ドックなどはほぼ無傷で済んだから、横須賀基地の海軍基地としての価値はそれほど失われていなかったということね」

 コジマの言葉に、ニキが丁寧に答える。

 「こうして見ると、今回の主役は向こうだってことが実感できますね」

 ケイスケからの通信が入る。今ケイスケは、SAMSルークに積まれたある兵器のコクピットに、ヒカルと共に座っている。

 「SAMSは航空兵力中心だから、海上戦力は今ニイザ君とヒカルちゃんの乗ってるスクィードしかないですからね」

 「しかたないわよ。SAMS最大の武器が機動力である以上、スピードの速い戦闘機が主力になってしまうのはね。それに、相手が海棲怪獣なら彼らが水上にいぶりだしてくれないと、私達の戦闘機じゃ効果的な打撃は与えられないわ」

 「でもキャップ・・・これだけの数の船がそろってても、津波を武器にする怪獣相手に、どれだけ役に立ちますかね?」

 「コジマさん、それを言っちゃあ・・・」

 「役に立つかどうかも何も、止めなきゃならんだろう? いざとなったら、ルークを盾にしても何隻かは守らなきゃならん。覚悟しとけ」

 オグマがそう言ったとき、SAMSルークの通信機が音をたてた。

 「キャップ。旗艦「いさな」のタザキ艦隊司令から連絡です」

 「よし」

 オグマはそう言うと、通信回線を回してもらった。モニターに、一人の男が映る。

 「しばらくぶりだな、オグマ隊長。SAMSのご協力を嬉しく思う」

 防衛海軍独特の白い制服をピシッと着こなし、口ひげを蓄えたいかつい男。いかにも海軍の職業軍人といったその容貌に、それを見ていた他の隊員達は思わず背筋が引き締まる。

 「いや、こちらこそ。怪獣の存在がもう少し早くわかれば、もっと完璧な迎撃体勢を固める時間もあったでしょうが、それが悔やまれます」

 「気にすることはない、しかたのないことだろう。昨日の今日なのだからな。ないものを嘆いてもしかたがない。我々は、手持ちの兵力で沿岸部を防衛する。それだけだろう」

 防衛海軍のタザキ提督は、厳格だが信念のこもった口調でそう言った。津波怪獣による東京湾沿岸部への攻撃を阻止することを目的とした今回の艦隊の総司令官として、十分すぎるほどの迫力だった。

 「そう言っていただけるとありがたいです。SAMSはこれより、貴艦隊の航空部隊と共同で怪獣に対する攻撃を行います。また、SAMSスクィードを輸送してきました。優秀なセンサー能力を備えていますので、貴艦隊の対潜哨戒ヘリ部隊による目標捕捉に加えて使っていただければ幸いです」

 「貴官らの協力に感謝する。沿岸部防衛のため、お互いに全力を尽くそう。それでは健闘を祈る」

 軍人らしいムダのない口調で言うと、同じようにムダのない動きでタザキは敬礼をした。オグマがそれに返礼を返すと、双方の通信は途切れた。

 「よし、SAMSスクィード、海中投下準備。ニイザ、ハットリ、用意はいいな?」

 「こちらニイザ。操縦系統、火器管制異常なし」

 「こちらハットリ。センサー系統も異常なしです。いつでもどうぞ」

 「了解。キシモト、高度を下げたあと後部ハッチ開放。スクィードを投下せよ」

 「ラジャー」

 サトミは操縦桿を前に倒し始めた。ゆっくりと、SAMSルークが海面へと高度を落としていく。やがて、海面すれすれを水平飛行するようになると、サトミは別のスイッチを入れた。

 ゴゥン・・・

 SAMSルークの後部ハッチが観音開きに開き、中に搭載されていたものが姿を現す。

 「シートベルトはちゃんとしてあるな?」

 「何度も確認してます、大丈夫ですよ」

 「しっかり歯を食いしばってるんだぞ。けっこうショックがあるから、舌を噛んだら大変だ」

 「はい!」

 その中で、ケイスケはヒカルに最後の忠告をしていた。そんな中へ、再びルークのコクピットからの通信が入る。

 「後部ハッチ開放完了。いつでもいけるよ」

 「了解」

 「ヒカル君を・・・よろしく頼むよ、ニイザ君・・・」

 「そのへんは任せて下さい。しっかり連れて帰りますから」

 ケイスケのその言葉に、後部座席に座るヒカルは顔をほころばせた。

 「ヒカル、準備はいいな?」

 「はい! いつでもどうぞ」

 「よし・・・SAMSスクィード、発進!」

 そう言うとケイスケは、コンソールパネルのスイッチを押した。

 ガチャッ!

 それによって、ルークのペイロードのアームから切り離され、その名の通りヤリイカを思い出させる鋭い形状の特殊潜航艇SAMSスクィードは、ルークの後部ハッチから海面へと滑り落ちた。

 ザボォォォォォォォォォォォォン!!

 激しい水しぶきとともに、着水するSAMSスクィード。海面すれすれとはいえ、航空機からの水面投下は中にいるケイスケとヒカルを激しく揺さぶった。が、それもすぐに収まる。

 「メインエンジン、始動!」

 ゴゥン・・・ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 ケイスケがエンジンスイッチを入れると、船尾の二基のスクリューが警戒に回り始める。やがて、SAMSスクィードは巡航状態に入った。

 「ヒカル、センサー系統に異常は?」

 「ありません。全部正常に動いてます」

 「よし。こちらスクィード。ルーク、応答して下さい。無事着水に成功、巡航状態に入りました。機能は全て正常です」

 ケイスケが通信を入れると、すぐにオグマの声が返ってきた。

 「了解。そうしたら、予定通り艦隊に先行して、ソナーに耳をそばだてておいてくれ」

 「了解」

 ケイスケは一旦通信を切ると、後ろのヒカルに言った。

 「頼むよ。お前の目や耳が、艦隊を支える力の一つになるんだから」

 「う〜・・・あんまりプレッシャーかけないでください。がんばりますけど・・・」

 「悪い。まぁ、その代わり操縦は任せておいてくれ。そっちが仕事に集中できるように、こっちもベストを尽くすからさ」

 「は・・・はい! お願いします」

 (迷惑だけはかけないように、がんばらないと・・・皆さんのためにも、ケイスケ君のためにも!)

 胸の中でファイト!などと言って自分を奮い立たせながら、ヒカルはヘッドフォンを頭につけた。





 この日、防衛軍の監視衛星が下田沖の海底から急浮上する大きな熱反応をキャッチした。これが北上を始めるとほぼ同時に、防衛軍の横須賀、田浦両基地、さらにSAMSに出動がかかったのである。目標は海中を北北東・・・すなわち、東京方面へ向かって移動していた。敵の狙いが津波による東京湾沿岸部の壊滅であるとにらんだ防衛軍は、浦賀水道を最終防衛ラインとする迎撃作戦をとった。防衛軍の関東の二大海軍拠点である横須賀、田浦の両基地から、対怪獣用装備を備えた戦闘艦16隻を派遣。SAMSはその援護についている。怪獣を殲滅、もしくは撃退できなければ、首都圏が甚大な被害を被ることは目に見えているため、編成は非常に強力なものである。旗艦であるマキシマム級戦艦「いさな」を始めとして、ファルク級空母「ますらお」「もののふ」の2隻、ネルソン級重巡洋艦6隻、レモラ級駆逐艦7隻という編成に加え、各艦が搭載する艦上攻撃機、対潜哨戒機、対潜爆撃機を加えれば、それはすさまじい戦力となる。

 現在艦隊は、館山沖を怪獣に向かって南下していた。まもなく、艦隊はまだ見ぬ怪獣と出会うこととなる・・・。





 「!」

 ヘッドフォンをつけたまま耳を澄ましていたヒカルの目が、大きく見開かれた。

 「ケイスケ君! 異音探知しました! 進行方向に向かって1時の方向です!」

 「怪獣か!?」

 「ちょっと待って下さい・・・もうじき、ソナーに影が出てくるはずです・・・」

 ヒカルは息を殺しながら、ソナーの画面に目をこらしていた。やがて・・・円形のソナーサイトの範囲内へ、白く細長い影が入り込んできた。

 「来ました! ・・・間違いありません、怪獣です! 距離は2万7千・・・速力40ノットで北北東へ移動中!!」

 ケイスケはそれを聞くと、インカムのマイクを口に近づけて叫んだ。

 「こちらスクィード! 「いさな」、応答願います!」

 「こちら「いさな」、どうぞ」

 「1時方向に怪獣と思われる音響源を探知!! 距離2万7千。速力40ノットで北北東へ移動中!!」

 「了解。対潜ヘリ全機離陸。現場海域に向かわせます。スクィードは安全な距離を保ちつつ、引き続き音響源の監視を続行」

 「了解」

 通信機のスイッチは入れたまま、ケイスケはそう言って通信を終えた。

 「さて、いよいよだな・・・。ヒカル、奴はどうだ? 形とかわかるか?」

 「なんだか、細長いですね・・・。蛇みたいです」

 ソナーに映る影を見ながら、ヒカルが言った。すでにその全身を表しつつある影は、彼女の言うとおり細長い体を持ち、その体を左右にくねらせながら進んでいた。

 「蛇かぁ・・・。きっと、ウミヘビみたいなやつが出て来るんだろうな」

 口では気軽そうに言いつつも、ケイスケはスクィードの操縦桿をグッと握りしめた。





 「対潜ヘリより連絡。水面下を移動する物体を確認!」

 「いさな」のブリッジ。オペレーターの声が響き渡った。

 「スクィードからの連絡と識別条件は合致を確認! 怪獣です!!」

 「・・・」

 タザキ提督が無言でうなずくのを見て、「いさな」艦長のシノダ大佐は声を張り上げた。

 「一時方向の音響源を攻撃目標一と指定する!」

 「一時方向の音響源を攻撃目標一と指定します! 全艦戦闘配置!」

 ブリッジに警報が流れ、モニターに映る艦船が一斉に戦闘態勢に入る。

 「単縦陣形で目標一と併走。第9艦隊、第21艦隊は目標一の背後に展開。本艦及び第15艦隊とともに砲撃戦を開始する」

 「こちら「もののふ」。艦上攻撃機の発進を開始します」

 「こちら「ますらお」。こちらも発進開始します」

  戦闘態勢に入った艦隊は、あわただしく動き出す。

 「攻撃目標一の航跡確認! 引き続き、速力40ノットで進行中!」

 モニターに、怪獣の起こす白い航跡が映る。その先端には、白波をたてて水を切って進む背びれらしき物体が突き出していた。

 「距離四五○○!」

 「四○○○でモンスロック発射」

 「第9、21艦隊、右舷へ回頭します!」

 「対獣ロケット魚雷発射準備。全艦に連絡。メーサー砲電力チャージ開始。砲撃戦準備」

 「距離四三○○!」

 怪獣の上空には対潜ヘリがいくつも展開。その詳細な位置データを各艦に送っている。

 「準備よし!」

 「距離四○○○!」

 「発射!!」

 バシュバシュバシュバシュッ!!

 「いさな」のブリッジ前に設置されたランチャーから、四発の対獣ロケット魚雷、モンスロックが飛び出す。音速に達したロケット魚雷は数秒で目標上空に達すると推進部分を切り離した。残った弾頭がパラシュートで海面に降下していく。

 「一番魚雷、探索運動開始! 二番から四番も、これに続きます!」

 モンスロックは、怪獣という巨大な生物が水中を進むときに起こす特別な音に反応して追尾を行う。そして今回も、その性能は期待通りに発揮された。

 「一番から四番、目標を捕捉! 着弾まで、残り十五秒。十五・・・十四・・・」

 無言で懐中時計を取り出したタザキ提督は、そのスイッチを入れた。秒針が時を刻み始める中、白い尾を引く四発の魚雷は、一直線に水面を進む背びれへと吸い込まれるように進んでいった。そして・・・

 ドドドドォォォォォォォォォォォォン!!

 爆音とともに、いくつもの水柱が作られる。

 「全弾命中を確認!!」

 ブリッジ内が歓声に包まれる。だが、それもすぐに収まり、ブリッジ要員は再び自分たちの仕事に集中し始める。タザキ提督とシノダ大佐が黙って水柱を見つめていると、ほどなくオペレーターが叫んだ。

 「目標、海上に姿を現します!!」

 その声とともに、ほぼ全員が魚雷の爆発したポイントに目を動かす。水柱は、ほとんどおさまりかけていた。そして、その代わりに・・・

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 巨大な頭で、それに続く長い胴体とともに激しく海面を叩き、波しぶきを起こしている「それ」の姿に、全員の目は釘付けになった。





 「う・・・うわぁ・・・」

 「でけぇ・・・」

 SAMSルーク、SAMSビショップそれぞれのコクピットで、サトミとコジマは水中から姿を現した怪獣の姿に息を呑んだ。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 巨大な頭を振り上げ、身の毛もよだつような叫び声を天に向かってあげる怪物。その姿を見た者達が十中八九頭に浮かべた言葉は、「竜」もしくは「大海蛇」だった。

 怪獣は細長い・・・といっても、その太さは海底トンネルの直径ほどはあるのだが・・・体をうねらせていた。ところどころが海中に没しているため、その全体像はわからないが、全長は100mをゆうに超える。150mくらいはあるのではないだろうか。その全身と同じく、顔は神話に出てくるドラゴンによく似ていた。見るからに凶暴そうな巨大な目を真っ赤に輝かせている。額にはユニコーンのように一本の鋭い角が生えており、その後ろから鋭い背びれが背骨に沿うようにその体の最後まで続いていた。口は地球上のどの生物にも似ていない。強いて言えば、イソギンチャクに似ているだろうか。口の周りを取り囲むように、鋭く長い牙が放射状にズラリと並んでいるのだ。皮膚の色は毒々しい赤と黒のまだら模様。常に全身から油性の粘液を分泌しているらしく、その体は太陽の光を浴びてギラギラと反射していた。

 「リバイアサン・・・」

 その姿を見て、アヤがぼそりとつぶやいた。

 「え?」

 「あの怪獣を見て・・・聖書に出てくるそんな名前の海の怪物を・・・思い出したよ。神が海の王として創った・・・そんな怪物だったはずだ・・・」

 「あの赤い鱗・・・やはり、あの鱗はこの怪獣のもののようね」

 「海の王か・・・。たしかに、そんな威容だな・・・」

 オグマはそうつぶやいたが、すぐに隣のサトミに言った。

 「艦隊の支援を行う。攻撃準備」

 「ラジャー!!」





 一方、二手に分かれた艦隊はそれぞれ、それを挟み撃ちできる状態に展開しつつあった。

 「砲塔旋回開始! 照準、目標の頭部に集中!」

 ゴゥン・・・

 各艦に搭載されたメーサー主砲のパラボラ状の先端が、一斉にリバイアサンの頭部に向けられる。

 「全艦砲撃開始。兵器使用自由!」

 タザキ提督により、砲撃開始の号令が発せられた。

 バジィィィィィィッ!! バジィィィィィィィッ!!

 「いさな」の8門のメーサー主砲が、スパークのような音を立てて青白い稲妻のような光線を発射した。それを皮切りに、他の艦もそれぞれのメーサー主砲を発射し始める。一斉発射されたメーサー光線は、見事にリバイアサンの頭部に命中した。

 グゥェーーーオオウ!!

 リバイアサンは大きな叫び声をあげた。さらに・・・

 「攻撃開始!!」

 バシュバシュバシュバシュ!! ババババババババババ!!

 空母から発進した艦上攻撃機の群れとSAMSが、それぞれ上空からモンスロックやハープーンミサイル、レーザー砲や機関砲を放つ。

 グェェェーーーーーオオウ!!

 その体が激しくのたうつ。どうやら、効果はあるらしい。と・・・

 ザボォォォォォォォォォォン!!

 リバイアサンは頭をもたげるとそれを海面に突っ込ませ、猛然と水中にもぐり始めた。





 「こっちの攻撃を怖がって逃げたのか?」

 半信半疑ながらも、ケイスケはヒカルにたずねた。しかし、ソナーに耳をすませるヒカルはそれに首を振った。

 「いえ、この進路は・・・いけない!!」

 ヒカルはそう言うと、急いでデータを転送し始めた。





 「スクィードより連絡! 目標、海中を8時方向に移動開始! 進路上に・・・駆逐艦「はるさめ」!?」

 オペレーターがスクィードから全艦に送られた連絡を読み上げる。タザキは無言で、海上に目をやった。先ほどまで怪獣がいたポイントをはさんで向かい側の水平線付近を行く艦隊の一隻「はるさめ」はもちろん、その周辺の艦がその進路と思われる海中へ向け、モンスロックを発射している。

 「よけきれるでしょうか?」

 「よけきらねばならない。魚雷と違って、怪獣には燃料切れはない」

 タザキはシノダに言葉少なに答えると、水平線をにらんだ。と、そのときである。

 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 「!?」

 全員が、我が目を疑った。「はるさめ」が、突如空中高く吹き飛ばされたのだ。あまりにも軽々と吹き飛ばされた様子からは、それが木でできたおもちゃのような錯覚さえ感じる。しかし、それはまぎれもなく排水量4千tを超える、鋼鉄でできた一隻の軍艦なのだ。

 ドッパァァァァァァァァァァン!!

 やがて、それは少し離れた海域にすさまじい水しぶきと音を立てて激突し、バラバラになってしまった。「はるさめ」がもといた場所には・・・

 グェェェェェェオオオオオオオオオウ!!

 海中から頭をもたげ、雄たけびをあげるリバイアサンの姿があった。海中から「はるさめ」の船底に、強力な突き上げをくらわせたのだ。

 「主砲、方向・仰角修正せよ! ・・・撃てぇ!!」

 しかしそれにひるむことなく、その付近の艦船が砲撃を開始する。発射されたメーサー砲が同時に着弾し、外れた何発かが水柱を作る。だが、リバイアサンはそれをものともせず、巨大な頭で水を切りながら一隻の重巡洋艦へ横腹から高速接近する。

 グァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 そして、その距離を詰めると突然リバイアサンは放射線状に牙の並んだその口を開け、海中から飛び出した。

 グシャアアアアアアアアアアアアア!!

 リバイアサンの巨大な口が重巡洋艦「きりしま」のブリッジに食らいつく。そしてそのままリバイアサンはブリッジを根本から食いちぎり、「きりしま」にのしかかった。巨大な質量が船体の中央にのしかかったことで、「きりしま」はなすすべもなく真っ二つにへし折れてしまった。

 ゴォォォォォォォォォォ・・・

 炎上する重巡洋艦をしりめに、リバイアサンは再び悠然と海に潜り、次の獲物を定め始めた。

 「くっ・・・艦隊の立て直しを図る! モンスロックを発射しつつ20km後退!」

 「了解! 全艦隊後退せよ!」

 タザキ提督の指示を受け、リバイアサンの攻撃によって陣形を乱された艦隊は、その建て直しに取りかかり始めた。





 「押され気味ですね・・・」

 上空から轟沈する巡洋艦を見ながら、アヤがつぶやいた。

 「海棲怪獣の恐ろしさを感じさせるな・・・。これ以上好きにさせるわけにはいかない。キシモト」

 「了解! 爆撃開始!!」

 ギィィィィィィィィィィィン!!

 SAMSルークが急降下する。

 グェェェェェェオオオオオオオオオウ!!

 リバイアサンが吠えたてるなか、SAMSルークはその頭上すれすれを飛びながら、爆弾らしきものを投下した。

 ドパァァァァァァァァァァァァン!!

 それがリバイアサンの体に命中した途端、大量の白い煙が発生。それと同時に・・・

 ガチ・・・カチカチ・・・ピキッ・・・

 リバイアサンの体の一部が、その周囲の海水ごと凍り始めた。

 「特製の冷凍弾よ! 凍っちゃいなさい!!」

 「SAMSビショップ、攻撃続行します!!」

 それに続き、ビショップも同じ冷凍弾で攻撃を行う。リバイアサンの尻尾付近が、海水ごと凍りついた。

 グェェェェェェオオオオオオオオオウ!!

 これらの攻撃により、リバイアサンの動きが鈍る。それを皮切りに、他の防衛軍機や後退中の艦船も一斉攻撃を行う。

 グェェェェェェオオオオオオオオオウ!!

 ものすごい水柱が発生し、リバイアサンが一際大きな叫び声をあげる。

 「撃ち方やめ!!」

 タザキ提督の指示のもと、弾着観測のために一時砲撃が止められる。

 「・・・」

 沈黙のもどる海上。その中で、リバイアサンは微動だにせず、水面に横たわっていた。

 「やったの・・・?」

 上空を旋回しながら、サトミはその様子を見守っていた。と、その時である。

 ザバァァァァァァァァァァ!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 突如、リバイアサンは頭を高く振り上げ、大きく吼えた。

 「効いてない・・・!?」

 バヂッ・・・バヂバヂッ・・・!!

 と、その額に生える角が真っ赤に輝き、スパークし始めた。その直後

 バッシャァァァァァァァァァァァァン!!

 リバイアサンは、その頭を海面にたたきつけた。すると・・・

 ドドォォォォォォォォォォォォォォン!!

 大爆発が起こり、リバイアサンの前方に向かって波が高い山となって発生した。津波である。

 「!?」

 猛スピードで海上を突き進み始めた津波。その進路上には、後退中の軍艦3隻があった。波高は10mほどはあるだろう。直撃すれば、転覆の可能性が高い。それを見たオグマは、とっさの判断を下す。

 「キシモト! 津波と艦隊の間にルークを割り込ませろ! 盾になる!」

 「了解!!」

 サトミは答えるが早いか、SAMSルークのスロットルを吹かして、津波の前に立ちはだかった。

 「十分な高度をとって反重力ウォールを展開しろ! パワー全開!!」

 「ラジャー!!」

 バシュウウウウウウウウウウ!!

 SAMSルークの機首から、反重力ウォールが展開する。それは海面まで届き、一枚の巨大な幕となった。

 ドッパァァァァァァァァァァァァァン!!

 その直後、反重力ウォールに津波が激しくぶつかった。

 「ぐぅっ!」

 SAMSルークが激しく揺れ、反重力ウォールが悲鳴を挙げる。だが、反重力ウォールはなんとか防波堤の役割を果たし、艦隊を守ることができた。

 「あぶないあぶない・・・」

 冷や汗を拭うサトミ。しかし・・・

 ドドォォォォォォォォォォォン!!

 リバイアサンは再び角をスパークさせ、海面にたたきつけて津波を発生させた。しかも、今度のものは先ほどより大きい。

 「ゲェッ!? キャ、キャップ、どうしましょ〜!?」

 「どうするもなにも、やっぱり防ぐしかないだろ?」

 オグマは平然と言って、迫り来る津波をにらみつけた。





 一方、海面下。SAMSスクィードの中で、ケイスケとヒカルは海上で起こっている出来事に神経を集中していた。

 「怪獣が津波攻撃を始めた・・・。ルークの反重力ウォールで守るにも、限界があるだろうし・・・」

 ケイスケは歯を噛みしめた。ルークが反重力ウォールで艦隊を守る一方、上空のビショップや防衛軍機は攻撃を続行。しかし、リバイアサンはそれにひるむこともなく連続して津波攻撃を仕掛けていた。

 「私達は、何もできないんでしょうか・・・?」

 「センサー機器を別にすれば、スクィードに搭載されている武装は82式サブロックだけだ・・・。マッチ棒みたいなもんだ」

 「でも・・・時間稼ぎぐらいは、できませんか?」

 「・・・」

 ケイスケは黙って考えていたが、やがて、答えた。

 「・・・いいのか? たしかに、いつもの俺ならやってるかもしれないが今はお前も一緒だ。無茶なことはできない」

 「海の上で戦ってる人達のためにも、このままここでジッとしている訳にはいきません! 少しでも、艦隊に立て直しの時間をあげられるなら・・・」

 「・・・」

 ケイスケは再び考え込んだが、やがて言った。

 「・・・考えがある。危険だけど、つきあってくれるか?」

 「は・・・はい!」

 ケイスケはうなずくと、通信機のスイッチを入れた。





 ドッパァァァァァァァァァァン!!

 「うわぁ! キャップ、これ以上は限界ですよ!!」

 反重力ウォールに特大の津波を受け、サトミは悲鳴を挙げた。

 「もう少しで艦隊の立て直しは完了するんだが・・・」

 と、その時である。

 「キャップ、こちらスクィード!!」

 スクィードから通信が入った。

 「こちらルーク。どうした?」

 「これ以上反重力ウォールで守るのは無理です! 俺達が気を引きますから、その間に攻撃を行って下さい!!」

 「待て、ニイザ。スクィード一隻で、あの怪獣と渡り合えると思うか?」

 「渡りあおうなんて思ってません。ただちょっと気を逸らして、時間を稼ごうってだけです」

 「そんな! 無茶だよニイザ君!!」

 「ヒカルちゃんもいるってことを忘れるなよ!!」

 「私もかまいません! 皆さんだけを危険にさらすわけにはいきませんから」

 「ヒカルちゃん・・・」

 「ヘマだけはしないつもりです。やらせてください!」

 「・・・」

 オグマは考えていたが、やがて言った。

 「・・・わかった」

 「キャップ!?」

 「だが、命取りになるヘマだけは絶対にするな? 俺は部下を二人も同時に失いたくはないからな」

 「あ、ありがとうございます! それじゃ・・・いきます!!」

 それっきり、通信は切れた。

 「キャップ! なんであんなこと・・・」

 サトミがとがめるようにオグマに言う。

 「SAMSの隊員としての義務を果たすべき時だと、あいつらは考えてるんだろう。それを止めることは、俺にもできない」

 オグマはそれだけ言って、再び視線を前に戻した。





 「よし・・・いくぞ、ヒカル!」

 「はい!」

 ケイスケは緊張の面もちで、操縦桿を握りしめた。

 シュオオオオオオオオ・・・

 エンジンが最高回転で回り、SAMSスクィードは高速でリバイアサンへと近づき始めた。

 「サブロック、連続発射!!」

 バシュバシュバシュバシュオオオオオオオオオオ!!

 SAMSスクィード前方の四門の魚雷発射管から魚雷が発射され、勢いよくリバイアサンへと進んでいった。

 ドコドコドコドコォォォォォォォォン!!

 魚雷は全弾リバイアサンの横腹に命中した。だがその巨体に比べ、巻き起こった爆発はあまりに小さく見えた。しかし・・・

 ゴ・・・

 リバイアサンの注意を向けるのに、それは十分だった。リバイアサンは全身を海中に潜らせると、スクィードに向けて泳ぎ始めた。

 「来た来た・・・」

 ケイスケはスクィードを反転すると、全速力を出し始めた。スクィードとリバイアサン、その海中での鬼ごっこが始まる。

 「ヒカル、奴の移動速度はどうだ?」

 「そ、それが・・・スクィードより、ちょっと速いです・・・」

 ヒカルがモニターを見ながら眉をひそめる。

 「ちっ・・・徒競走じゃ追いつかれるか。そんなら、障害物競走で引き離す!」

 「え?」

 ケイスケは操縦桿を一気に押した。スクィードがどんどん、海底へと潜っていく。

 「け、ケイスケ君!! このままだと海底の岩山に・・・」

 ヒカルの言うとおり、海底にはゴツゴツした岩山が存在していた。

 「あれをすり抜けながら、奴を岩山にぶつける。うまくいけば、動きを止められるかもしれない」

 ケイスケがそんなことを言っている間にも、岩山はどんどん近づいてくる。だが・・・ケイスケは巧みに操縦桿を動かし、その山肌をすり抜けていく。一方、リバイアサンは・・・

 ドゴッ!! ドゴォッ!!

 その岩山に激しく体をぶつけながら、彼らを追っていた。

 「そうだ・・・追っかけてこい」

 ケイスケはそう言いながら、一際高い山の向こうへスクィードを動かした。リバイアサンもそれに続こうとした、その時だった。

 ドゴゴゴゴォォォォォォォン!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 突如、岩山が大爆発を起こした。無数の巨大な岩石が、雪崩をうってリバイアサンへ襲いかかる。やがて、リバイアサンは完全にそれに埋もれてしまった。

 「・・・」

 ケイスケはそれを、無言で見つめていた。岩山の向こうに回り込むとすぐにスクィードを反転。岩山に、サブロックを全弾叩き込んだのである。崩落を起こした岩山は、リバイアサンを押しつぶした。

 「キャップ、こちらスクィード」

 「こちらルーク。無事か?」

 「ええ。岩山を爆破して、敵を下敷きにすることに成功しました」

 「そうか。それで、敵の様子は?」

 「わかりません・・・。ただ、これで死んだとは思えません。あくまで時間稼ぎですから、今のうちに体勢を・・・」

 と、ケイスケが言いかけたその時だった。

 ボゴォッ!!

 積もった岩の一部が弾け飛び、リバイアサンの頭部が飛び出した。

 「!?」

 慌てて操縦桿を切ろうとするケイスケ。だが・・・

 バヂバヂッ・・・!!

 ドォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 リバイアサンはスクィードに向け、強力な波動を発射した。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「きゃああああああああ!!」

 それにはじき飛ばされ、スクィードは激しく回転しながら海中を飛ばされていった・・・。





 「!? ニイザ、応答しろ!! ニイザ!!」

 突如途絶えた通信に、オグマが呼びかけるが返答はない。

 「まさか・・・あの怪獣に!?」

 サトミが不安げな表情で言う。

 「いや・・・スクィードごと破壊されたということはないはずだ。だが・・・」

 と、オグマが言いかけたその時だった。

 バッシャァァァァァァァァァン!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 離れた海上にリバイアサンが再び姿を現し、咆吼を上げた。

 「野郎・・・!」

 その姿に、小島が操縦桿をギュッと握りしめる。

 「オグマ隊長、私だ。艦隊の体勢立て直しが完了した。これより総攻撃をかける」

 「了解です。これ以上反重力ウォールで津波を防ぐことは、期待できないと思いますが・・・」

 「やむをえん。元より、敵の土俵の上で戦わなければならないのだから。こちらの損害は気にせず、防衛軍機と協力して全力で攻撃してほしい」

 「了解しました。健闘を祈ります」

 タザキ提督と短い会話を交わすと、オグマはサトミに言った。

 「海上と航空、どちらの戦力も結集して敵獣殲滅にあたる。いいな?」

 「ラジャー」





 「う・・・」

 赤い非常灯の明滅する中で、ケイスケは気を取り戻した。電力がダウンしているらしく、非常灯のみがついている。機体は、完全に制止している。

 「やられたか・・・そうだ、ヒカルは!?」

 ケイスケはそう言うと、すぐにハーネスを外して後部座席のヒカルを振り返った。

 「ヒカル!?」

 ヒカルは目を閉じたまま、ぐったりとシートに背を預けていた。

 「ヒカル!? おい、しっかりしろ!!」

 ケイスケはその肩を強く揺すってみた。しかし、ヒカルは目を覚まさない。ケイスケは急いで、その脈を確かめてみた。

 「・・・」

 一応、ケイスケは安堵の表情を浮かべた。意識は失っているようだが、脈と呼吸は確かにある。ケイスケはその後もヒカルの意識を取り戻すために努力したが、それも虚しくヒカルは意識を取り戻さなかった。

 「ダメか・・・。くそ、早く海の上に上がらないと・・・」

 ケイスケは自分のシートに戻ると、スクィードの機能を回復させることを試みた。だが、あらゆる手を尽くしても、電源は回復しない。ケイスケは異常の原因を確かめるため、コクピットからその後ろにある機関室に足を踏み入れた。

 「!?」

 バシッ! バチバチッ!!

 そこでは、いくつものモーターがショートを起こしていた。慌てて工具をとり、それを止める。だが、モーターは完全に機能を停止していた。どうやら、リバイアサンが海中で起こした津波の波動を受けたときに、そのショックで停止してしまったらしい。

 「・・・」

 ケイスケは無言で工具を置くと、コクピットに戻った。電源が落ちてしまったせいで、通信機も使い物にならない。非常電源で動く発進装置だけをONにして、ケイスケは再びヒカルの顔を見た。

 「ごめんな、ヒカル・・・」

 そう謝りながら、そっとヒカルの頬をなでるケイスケ。と、その時である。

 ピカァッ・・・

 「!」

 ケイスケの胸ポケットの中が、光を放ち始める。

 「結局、ヘマをしちゃったよ・・・。ダメだな、俺・・・」

 「そんなことはない。君はよくやった。立派に役目は果たしたはずだ」

 サムスの声は、優しく語りかけた。

 「ケイスケ、私の力を使え。仲間達がピンチだ」

 「・・・」

 ケイスケはうなずくと、エスペランサーを取り出した。それを手に持ったまま、ヒカルの顔を見た。

 「ごめん・・・ちょっといってくるよ」

 ケイスケはそう言うと、エスペランサーを掲げた。

 「サムス!!」

 カッッッッッッッッッッッッ!!





 一方、海上では防衛軍とSAMSが窮地に立たされていた。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 リバイアサンが一隻の巡洋艦にその長い体を巻き付け、ギリギリと締めつけ始める。すると・・・

 バキバキバキッ・・・

 巡洋艦は、まるでアルミ缶のように簡単につぶされていってしまった。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 鋼鉄でできた不気味なオブジェのようになった巡洋艦は、そのままズブズブと沈んでいく。リバイアサンはその残骸から体を離す。

 「全艦隊、砲撃を続けろ!!」

 生き残った艦船が、一斉にリバイアサンにメーサー砲を放つ。しかし、リバイアサンはひるむようすも見せずに突き進んだ。

 「くっ・・・やはり、効いていないのか?」

 「艦長!!」

 その時、「いさな」のブリッジにオペレーターの緊迫した声が響いた。

 「どうした?」

 「目標が、本艦に向け突進してきます!!」

 その言葉通り、波を切り裂く背ビレはこちらに向かって進みつつあった。

 「・・・モンスロック、全弾発射。取り舵30°」

 「了解! モンスロック全弾発射! 取り舵30°!」

 ただちにブリッジ内で命令が復唱される。

 「避難準備命令を出しておいた方がいいだろう」

 「提督・・・」

 「水棲怪獣にやられた場合、どんな船でも普通より早く沈むのが普通だ。タイミングを誤れば、全滅することになりかねない」

 「了解・・・。避難準備を命令しろ」

 シノダ艦長の命令で、ただちに艦内に避難準備を指示する声が響き渡る。デッキでは一斉に、救命ボートの準備が始まった。その一方で、背ビレはどんどん近づいてくる。

 「さて・・・」

 「モンスロック、発射準備完了!!」

 「よし・・・」

 と、シノダが発射命令を下そうとした、その時だった。

 「艦長!! 10時の方向から、巨大な物体が急速接近中!!」

 「なんだと!?」

 シノダはブリッジの左の窓に目を移した。そこで彼が見たものは・・・水中をすさまじい早さで進む、青い光だった。そして・・・

 ドガァッ!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 ザザザザザザザザァァァァァァァァァァァ!!

 それが横から激しくぶつかったことにより、リバイアサンの位置を示す鋭い背ビレが右へと押し出された。

 「目標、本艦との衝突コースから外れました」

 「よし。前進しつつメーサー砲の砲口を目標に向けろ」

 「・・・」

 タザキとシノダが、ともにブリッジの右側の窓へと移る。だんだん海中の青い光が強くなっていき、そして・・・

 ドパァァァァァァァァァァァン!!

 「シェアッ!!」

 海中から勢いよくその半身を出した、銀の体に青いラインの巨人。その姿に、「いさな」の全員が目を奪われた。

 「あれが・・・」

 「ウルトラマン・・・サムス」





 「ウルトラマンサムスだ!!」

 海中から現れたその姿に、思わずコジマは声を上げていた。

 「来てくれたんだ・・・でも、大丈夫かな? たぶんあの怪獣、サムスの3倍以上でかいよ?」

 「それは・・・我々でサポートするしかないね・・・」

 「そういうことだな。よし、勝負はこれからだ」

 一方、サムスは怪獣と対峙していた。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 「シェアッ!!」

 サムスは怪獣に向かって走り出した。そして一気に距離を詰めると、渾身のストレートを繰り出す。

 ドォン!!

 グォォォォォォォン!!

 「ヘアッ!!」

 ドン!! ドン!! ドン!!

 パンチに続き、連続チョップを繰り出すサムス。しかし、その割には怪獣にはその攻撃があまり効いているふしがない。

 「シェアッ!!」

 今度はウルトラマンは、その体につかみかかろうとした。ところが・・・

 ヌルッ!!

 「!?」

 なんと、リバイアサンの全身を覆う粘液のため、サムスはその体をつかむことができなかった。そのままひじうちなどを食らわすサムスだったが、格闘戦はいっこうに効き目がない。

 「なによあれ!? サムスの攻撃が全然効いてないじゃない!!」

 上空から見ながら、サトミはいらだちの声を上げた。

 「怪獣の体に・・・秘密があるようだね・・・」

 アヤが分析をしながらつぶやく。

 「あの怪獣の体自体・・・非常に柔らかくショックを吸収しやすいうえ・・・常に分泌されているあの粘液で・・・組み付かれることも防いでいる・・・。あの体型だけでも・・・格闘戦はしにくい相手だね・・・」

 「でっかいウナギと格闘するようなものですか」

 コジマが納得したような言葉を発する。

 「感心している場合じゃないでしょう? アヤさん、なにか対抗策はないかしら?」

 そんな中で、ニキは落ち着いてアヤに尋ねた。

 「今、調べてみます・・・」

 アヤが端末のキーを叩き始める。





 グォォォォォォォン!!

 バシィッ!!

 「ダァッ!!」

 リバイアサンが長い尾をしならせ、ムチのようにサムスの首にたたきつけた。もんどりうって倒れ、激しい水しぶきを起こすサムス。

 「ジュワッ・・・!」

 ガシッ!

 と、サムスは立ち上がると、腰の前で両の手首を交差させた。そして、その両腕を、ゆっくりと上へ回していく。円を描くようなその腕から、光の軌跡が起こる。

 「シュワッ!!」

 サムスが十字に組んだその両腕からテラニウム光線がほとばしり、リバイアサンに一直線に走る。

 「きまった!!」

 サトミの言葉通り、誰もがサムスの勝利を確信した。だが・・・

 バチィィィィィィィィィィ!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 なんと、リバイアサンに命中したテラニウム光線は、その皮膚で拡散してしまった。

 「ジェアッ!?」

 これにはさしものサムスも、狼狽した様子を見せる。見守っていた者達にとっては、なおさらだった。

 「うそぉっ!? テラニウム光線が・・・散らされちゃうなんて・・・」

 サトミが信じられないといった様子でつぶやく。アヤもそれには驚いたようだが、すぐに平静を取り戻して分析する。

 「どうやらあの粘液・・・テラニウム光線を拡散する性質までもっているようだね・・・」

 「スペルゲン反射鏡みたいなものか・・・」

 オグマがつぶやく。スペルゲン反射鏡とは、かつて地球侵略を試みウルトラマンのスペシウム光線に敗れたバルタン星人が、それに対抗するため装備したもので、スペシウム光線を反射する鏡のようなものである。

 「ど、どうするのよぉ!? テラニウム光線が効かないんじゃ・・・」

 「落ち着きなさい、キシモトさん。どんな怪獣も、無敵ということはないはずだわ。必ず弱点があるはず・・・アヤさん?」

 「今やっています・・・」





 一方、そこから少し離れた海底では・・・。

 「フフフ・・・いいぞいいぞリバイアサン。そのままウルトラマンサムスを、この海の藻屑としてやれ!!」

 その戦いを、ギガゾーン博士が円盤の中で見守っていた。





 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 その命令を受けたリバイアサンは、猛然とサムスに向かって突進した。

 ドガァァァァァァァッ!!

 「デュワッ!!」

 鋭い角の一撃を受け、倒れこむウルトラマン。しかし、リバイアサンは攻撃の手を緩めなかった。

 ギュルルルルルルルルル!!

 倒れたサムスに、リバイアサンはその体を巻きつけ、強く締めつけ始めた。

 「グゥッ!!」

 軍艦をもアルミ缶のようにつぶしてしまうその力に、サムスは苦痛の声をあげる。だが、リバイアサンの攻撃はそれに留まらなかった。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 リバイアサンが大きく吼えると同時に、その角が激しくスパークする。

 ババババババババババババババババババババ!!

 「グァァァァァッ!!」

 リバイアサンはその全身から高圧電流を流した。サムスがさらにダメージを受ける。それと同時に・・・

 ピコンピコンピコン・・・

 ウルトラマンサムスのカラータイマーが点滅を始める。

 「ああっ!! どうしよキャップ! カラータイマーが鳴り始めちゃったよ!!」

 「悲鳴あげてる暇があったら助けたらどうだ?」

 「う・・・わ、わかってます!!」

 サトミはそう言うと、機首をリバイアサンに絡みつかれているウルトラマンサムスに向けた。しかし・・・

 「うぅ・・・狙いが難しい・・・」

 サムスに当てずにリバイアサンだけを攻撃するというのは、難しいものだった。

 「キャップ、私たちがやります!!」

 そこへ、SAMSビショップが接近してきた。

 ゴゥン・・・

 同時にその主翼から前が、ゆっくりと上へとせり上がり、大きな砲口が姿を現す。

 「ちょ、ちょっとリーダー!! フォトングレネイド砲なんて使って外れたらどうするんですか!?」

 慌ててサトミが叫ぶ。

 「たしかに普通なら危険だけど・・・今はサムスに絡みついているから、向こうも動きはとれない。それに、並大抵の攻撃では、あの怪獣にはダメージを与えられないわ」

 照準スコープをのぞきながら、ニキが言う。

 「リーダーの腕を信用しろって。このままサムスを苦しめるわけにはいかないだろ?」

 「うぅ・・・絶対に外さないで下さいよ・・・」

 ニキはサトミの声に少し微笑を浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻る。

 「チャージ開始!」

 ニキがスイッチを入れると、砲口の奥にぼぅっとした光が灯る。

 「コジマ君、操縦系統をこちらへ渡して」

 「了解、頼みますよ」

 小島が操作を行い、機体の操縦系統がニキに渡される。今ビショップは、完全にニキの手にゆだねられた。

 「眉間を狙うわ・・・。機首を右に3°修正・・・」

 注意深く操縦桿を動かす。ビショップそのものが砲身のようなフォトングレネイド砲は、照準を合わせるために機体そのものを動かさなくてはならないのだ。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 リバイアサンはまだサムスに絡みつき、時折電流を流して彼を苦しめていた。しかしそのために、自分自身も動けずにいる。狙いを定めるには、絶好のチャンスだ。そして、ニキがそれを得るまでの時間は短かった。

 ピピッ!

 電子音と共に、ニキのターゲットサイトが真っ赤に染まる。中心には、リバイアサンの眉間がおさめられていた。

 「フォトングレネイド砲、発射!」

 カチッ!

 バシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!

 その瞬間、砲口から輝く光がほとばしり、ビショップの機体が少し下がった。強力なエネルギーの奔流は、見事にリバイアサンの眉間へと走った。

 ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 眉間で起こった大爆発に、リバイアサンが悲鳴を挙げる。同時に、サムスを締めつけていた力がフッとゆるんだ。

 「ジェアッ!!」

 バッ!!

 その隙を見逃すサムスではなかった。渾身の力で自分に巻きついていたリバイアサンをふりほどくと、ジャンプして距離を取った。

 「サムスを援護しろ!!」

 「全艦隊、砲撃を開始!!」

 それを皮切りに、ルークや防衛軍機、それに防衛軍艦隊も一斉攻撃を始める。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 爆炎に包まれるリバイアサン。残された武器を使い切るような渾身の一斉攻撃は、たしかにリバイアサンにダメージを与えていた。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 ザバァッ!!

 たまらずに水中に潜り、猛スピードで移動を始めるリバイアサン。その前方には、サムスの姿があった。

 「危ない! よけてサムス!!」

 サトミが悲鳴を挙げる。

 「ジュワッ!!」

 その言葉が通じたのか、サムスは空高くジャンプをした。だが、それだけではない。

 「ヘアッ!!」

 バキィィィィッ!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 サムスはそのままリバイアサンの角に跳び蹴りをくらわし、見事にそれをへし折った。海の上に横倒しになるリバイアサン。だが、すぐに体勢を立て直して再び向かってくる。

 ドォンッ!!

 「グゥッ!!」

 その体当たりを正面から受け止めるサムス。その巨大な頭にパンチやチョップを浴びせるが、やはり大した効果はないまま、海面を押されたまま移動させられる。

 「このままじゃ水中に引きずり込まれるぜ!!」

 上空でコジマが顔をしかめる。

 「・・・わかった!」

 その時、アヤが小さな声を上げた。

 「なに、アヤさん!? あの怪獣の弱点がわかったの!?」

 アヤはコクリとうなずくと、全員の端末にデータを転送した。

 「あの怪獣は・・・長い体を持つために・・・ところどころに脳からの伝達の中継ポイント・・・つまり、神経のかたまりがある。それを叩けば・・・」

 「神経のかたまり? それって、どこにあるの?」

 「体の節々にあるけど・・・最大のものは・・・ここ」

 そう言ってアヤが示したポイントに、全員の目が釘付けになった。

 「・・・のど?」

 「龍で言うなら・・・「逆鱗」というあたりだね・・・。とにかくそこに・・・大きな神経のかたまりがある。そこを突けば・・・」

 それを聞くと、オグマはメンバーに指示を出した。

 「ルークで奴の背中に攻撃をする。あいつがそのショックで頭をもたげたら、ビショップはのどにフォトングレネイド砲をぶちこんでやれ。タイミングが大事だ、失敗するなよ」

 「了解!!」

 それに答えると、二機は別々の方向へと飛んでいった。ビショップは先回りし、リバイアサンの進行方向に立つ。

 「再チャージ開始!」

 再びフォトングレネイド砲の砲口に光が灯る。その一方、ルークはリバイアサンの背後にピッタリとついていた。

 「準備はいいですか、リーダー?」

 「いつでもいいわ!」

 サトミはそれを聞くと、乾いた唇を湿らせてから、ゆっくりとトリガーに指をかけた。

 「これでもくらえ!!」

 ババババババババババババ!!

 多弾頭ミサイルとレーザーバルカンが、リバイアサンの背中を襲う。

 ドガガガガガァァァァァァァァァァン!!

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 それによって驚いた怪獣は進撃をやめ、とっさに上体をそらした。そのすきに、リバイアサンから逃れるウルトラマンサムス。

 「発射!」

 バシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!

 フォトングレネイド砲が発射され、それは無防備にさらされたリバイアサンの喉を見事に直撃した。

 グェェェェェェオオオオオオオオオオウウウ!!

 それを受けると、リバイアサンは全身をビクビクと痙攣させ、上体を海面に落とした。すさまじい波しぶきが上がるが、それでもなおリバイアサンは動きを鈍らせつつも、ウルトラマンサムスに襲いかかる。

 ガァァァァァァァァァァッ!!

 思いっきり上体を上げ、サムスの頭上から彼の頭に食いつこうとするリバイアサン。その時である。

 「ヘアッ!!」

 ヒィィィィィィィィン!!

 サムスの右腕に、光り輝く三角形が生まれた。

 「あれは!?」

 初めて見る光線に、SAMSメンバーは目を見張った。

 ゴァアアアアアアアア!!

 そして、リバイアサンが彼を頭から飲み込もうとした、その時!

 「ダアッ!!」

 サムスは、その光の三角形をリバイアサンの首へと投げつけた。

 ギュルルルルルルルル!!

 それは激しく回転しながら飛び、そして・・・

 ズパッ!!

 見事にリバイアサンの首を切り落とした。

 「!・・・」

 リバイアサンの首と胴体は切り離され、脳から胴体への電流が断ち切られた。それと同時に、リバイアサンの体は糸の切れた操り人形のように力を失い・・・

 バッシャアアアアアアアアアアアン!!

 激しい水しぶきをたて、海へ倒れ込んだ。

 ズブズブズブ・・・

 リバイアサンの死体はそのまま海の底深く沈んでいった・・・。

 「・・・」

 ウルトラマンサムスは、じっとそれを見つめていたが、やがて・・・

 「シュワッ!!」

 ヒィィィィィィィィィン!!

 大空を見上げると、真っ青な空へと飛び立っていった。

 「ありがとー、ウルトラマンサムス!!」

 サトミはコクピットから、彼に手を振った。他の隊員達も、一様に笑顔を浮かべている。

 「全艦、敬礼!」

 タザキ提督の号令のもと、防衛軍の水兵達も、空へと飛び去って行くウルトラマンに対して敬礼を捧げ、沈没した艦船の生存者の救出作業に取りかかり始めた。武器を全て使い果たしてしまっていた防衛軍機も、続々と空母に着艦していく。

 「いやぁ、ウルトラマンサムスもここまで苦戦するなんて・・・手強い怪獣だったね」

 「ほんとだよ。アヤさんの言うとおり、まさに海の魔王だったな」

 空を飛びながら、サトミとコジマはそんな会話を交わしていた。

 「でも・・・考えようによっては、気の毒にも思えるね・・・」

 「そうね・・・。戦わされるために作られて、私達と戦って、こうして最期を迎えることになったんだから・・・」

 「来年は、あの怪獣も供養してあげましょう・・・」

 アヤとニキは、そう言いながらわずかに視線を落とした。

 「神なき知恵は知恵ある悪魔を作り出す・・・か」

 「なんですかそりゃ?」

 「昔の先輩の言葉だ。あの怪獣が知恵ある悪魔だったのか、それとも知恵ある悪魔の犠牲者だったのかはわからないが、これ以上エゴの犠牲になる怪獣を出さないように、全力を尽くさなければならないな」

 オグマはそう言うと、サトミに言った。

 「さてと、キシモト。ニイザとハットリを迎えに行くぞ」

 「あ・・・でもキャップ。スクィードは、どこにいるかわからないんじゃ・・・」

 顔を曇らせるサトミに、オグマはコンソールの一部を示した。レーダー画面に、一個の赤い点が映っている。

 「あ・・・! でも、どうやって?」

 「たぶん、彼だろうな。本当に、頭が下がるよ」

 オグマはそう言ってニヤリと笑い、ウルトラマンの去った空を見上げた。





 「・・・カル。おい、ヒカル」

 「う・・・ぅん・・・」

 頬を軽く叩かれる感触に、ヒカルは目を覚ました。そこには・・・

 「よかった、気がついたか」

 ホッとした笑顔を浮かべる、ケイスケの顔があった。

 「あ・・・! け、ケイスケ君・・・。あの、ここは・・・?」

 「意識を失う前と同じだよ。スクィードだ」

 ヒカルがキョロキョロと見回すと、確かに彼女はスクィードの自分の席に座っていた。

 「気絶してたんですか・・・。どのぐらいの間でした?」

 「けっこう長い間だった。心配したよ」

 「すいません・・・」

 「謝らなきゃいけないのはこっちだよ。結局、ヘマしちゃったな。ごめん」

 そう言ってすまなそうに笑うケイスケに、ヒカルは笑顔を浮かべた。

 「あの・・・それで、戦闘の方はどうなったんです? 怪獣は?」

 「結局、いつもと同じだよ。俺達とウルトラマンサムス、それに、防衛軍が力を合わせて、怪獣はやっつけた」

 「そうですか・・・よかった」

 ヒカルはホッと胸をなで下ろした。

 「どこにもケガはないな?」

 「はい。なんともありませんから、安心して下さい」

 「よかった。それなら、ちょっと来てみろよ。こんな狭苦しいところにいないで、潮風に当たろうぜ」

 そう言ってケイスケは、コクピット後部にあるはしごに足をかけ、ハッチを開き始めた。

 「あ! ケイスケ君・・・!」

 思わずヒカルが止めようと声を出したときには、彼はハッチを開いていた。しかし、彼女が恐れていたように海水がドッと流れ込んでくることはなく、かわりにコクピットには、潮の香りのする風が少し吹き込んできた。

 「もう海の上だったんですね?」

 「ああ。モーターが壊れちゃったけど、サムスが海底から引き揚げてくれたんだ。早く来いよ。すごくきれいだぜ」

 ハッチから上半身を乗り出し、ケイスケが言った。ヒカルは無言でうなずくと、ハーネスを外してその後に続く。

 「つかまれ」

 「はい! ・・・よいしょっ」

 ハッチから身を乗り出すと、ケイスケが手を取って引き上げてくれた。

 「わぁ・・・!」

 その光景に、ヒカルは顔を輝かせた。どこまでも続く青い海。真っ青な空に浮かぶ、大きな入道雲。視界をさえぎるものがないだけに、青と白一色のすばらしい風景が目に入る。

 「きれいですね・・・」

 「ああ。たまにはこうして、海の上から海と空を見てみるのもいいな。ちょっと日射しが強いけど・・・」

 そう言いながら、ケイスケはゴロリと寝転がった。その時・・・

 ヒィィィィィィィィィィン!!

 二人の上を一瞬、大きな黒い影が通り過ぎる。ケイスケが起きあがって見ると、SAMSルークが旋回しながら高度を下げてくるのが見えた。

 「キャップ達だ!」

 ケイスケはそう言うと、大きく手を振り始めた。その横でヒカルも微笑むと、彼と同じように手を振り始めた。





 こうして、今回も人類はウルトラマンサムスと協力し、侵略者の機器を退けることができた。だが・・・彼らは知らなかった。彼らの銀河の果てに、新たな謎の影が忽然と現れたことを・・・。





 「あれがそうか、フルーク少佐?」

 宇宙船の中。モニターに映る地球を見ながら、その影は言った。

 「はっ。ご覧の通りの美しい惑星で、星を支配する知的生命体は百億を超す人口を誇ります。まさに我々にとってうってつけの星と言えるでしょう。しかし・・・」

 「しかし、なんだ?」

 「先客がいます。ご存じとは思いますが、トコヤミ星人の科学者、ギガゾーン博士がすでに侵略のため、知的生命体と戦いを繰り広げています。さらに、宇宙警備隊から派遣されたウルトラの戦士が一人、その知的生命体に味方をしているとか・・・」

 「むぅ・・・ギガゾーンにウルトラマンか・・・。面白いな」

 そう言って、影は低い声で笑った。

 「よいだろう。それに聞くところによると、この星はこれまでにも無数の宇宙人が侵略を試み、敗れたそうではないか」

 「そのとおりでございます」

 「この星を侵略すれば、他の星の連中にも、我々こそ宇宙で最も優れた生命であるということを思い知らせられるだろう。少佐、すぐに作戦をたてろ。終わり次第先遣隊を率いて発て。可能ならば、ギガゾーン博士と協力してもかまわん。あの星を、我ら8百万の民のために手に入れるのだ」

 「御意」


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