「出てきたか・・・」

 怪獣の出現を目の当たりにしたオグマは、飲み干したウーロン茶の缶をグシャリと握りつぶし、木々の向こうに見える怪獣をにらみつけた。

 「キャップ、指示をお願いします」

 通信機から、ニキの冷静な声が尋ねてくる。オグマはうなずくと、インカムのマイクを口に近づけて言った。

 「対処は予定通りだ。式典出席者達が避難しない限り、空中からの攻撃はできない。よって、それまでは時間稼ぎに徹する。まず、ナイト、ビショップは直ちに離陸。怪獣を牽制し、出席者達の方へ近づくのを防ぐんだ」

 「了解!!」

 「やれやれ、簡単に言ってくれますね・・・」

 コジマのぼやきが聞こえたが、オグマはかまわずに続けた。

 「ハットリとキリュウは、引き続き警備本部から情報支援を行ってくれ。可能な限りでいい。怪獣が近づいてきたら、無理をせずに離脱しろ。いいな?」

 「ラジャー!」

 「了解・・・」

 「キャップ、あたしたちは?」

 運転席のサトミが尋ねる。

 「俺達は地上から戦術支援を行う。怪獣の足下をチョロチョロ走り回ることになる。踏み潰されんように頼むぞ」

 「まっかしといてください!!」

 オグマに肩を叩かれたサトミは、腕まくりをしてガッツポーズをしてみせた。と、その時・・・

 pipipi!!

 通信機が音をたてた。

 「はい、こちらウィンディ」

 オグマがそう応えると・・・

 「わしだ。ムツだよ」

 通信機の向こうから、ムツの声が聞こえてきた。

 「司令、今どこに?」

 「まだ会場だ。出席者達の避難を手伝っている。今のところは順調に進んでいるが、このままではまずいな・・・。こちらへ向かってきている」

 怪獣は確実に、式典会場へと迫りつつある。

 「すぐに牽制を行い、足を止めてみます。すみませんが、誘導は頼みます。司令も、あまり無理はなさらずに」

 「ああ、わかっとる。頑張ってくれ」

 ムツとの通信は、それで切れた。

 「よし・・・。では、始めるぞ」

 「ラジャー!!」



 ヒィィィィィィィン・・・

 臨時駐機場の周囲を囲む木々がざわめき、チェスの駒を機体側面に描いた2機の戦闘機がゆっくりと上昇してくる。

 「SAMSナイト、離陸完了。エンジン出力、異常なし」

 「SAMSビショップ、離陸完了。こっちも異常なし、っと」

 SAMSナイトとビショップは垂直上昇を終えると、そのままホバリングを始め、怪獣へと機首を向けた。

 「あの怪獣・・・まっすぐ会場の方へ向かっていますね。やはり、狙いは式典に出ている要人・・・?」

 コジマがその動きを見ながら、訝しげにつぶやいた。怪獣は展開する防衛軍の車両にも、公園内にある建物にも何の関心も払わず、ただただ式典の行われている中央広場へと進んでいる。

 「・・・アヤさん、分析をお願いできるかしら。あの怪獣に、ウェポナイザーが取りつけられていないかどうか調べてほしいの」

 「了解しました・・・」

 ニキの求めに応じて、アヤが早速分析を始める。しかし・・・

 「あの怪獣には・・・ウェポナイザーは取りつけられていません・・・」

 「ということは、ギガゾーンの送り込んできた怪獣ではないようね・・・」

 だが、アヤはさらに言った。

 「さらに言えば・・・体内にあの怪獣の行動をコントロールする装置が埋め込まれている形跡や・・・あの怪獣を操っている電波などが発信されている様子もありません・・・。おそらくあの怪獣は・・・自分自身の意思で・・・式典会場を目指しているのでしょう・・・」

 「自分自身の意思で? 一体、なんのために・・・」

 「そこまでは・・・」

 ギガゾーンや他の宇宙人の尖兵として送られてきたようではない。しかし、明らかに式典会場を狙って動いている怪獣。もともと何を考えているかわからない生き物だとはいえ、ニキ達はその意思を図りかねた。と、その時・・・

 「!! リーダー、コジマさん!! 見て下さい!! あいつの影!!」

 突然ケイスケが叫んだ。

 「影・・・?」

 突然何を言い出すのかと思いながらも、二人もキャノピー越しに怪獣の影を見た。

 「!!」

 「な・・・なんだ、ありゃ・・・」

 その途端、二人は言葉を失った。

 時刻は午前10時過ぎ。天気は快晴。空に輝く太陽は、地上にあるものをまんべんなく照らし出している。それは、怪獣とて例外ではない。そして、当然ながら光に照らし出されたものは、地上にその影を映し出す。ところが・・・

 その怪獣の影は、異様だった。本来ならば、怪獣の足下から伸びるその影は、その異形の姿をそのまま黒く塗りつぶした姿でなければならない。だが・・・その足下から伸びる影は、奇怪なことに、人間の形そのものだったのである。

 「なんだよ、あの影・・・。なんで怪獣の形じゃなく、人の形をしてるんだ・・・?」

 自分自身の形とは全く異なる、人の形の影を地面に垂らしたまま、黙々と式典会場へと向かって歩く怪獣。それはその姿以上に、不気味なものを感じさせた。

 「あれはまるで・・・ペリュトン・・・」

 と、その映像を警備本部で見ていたアヤが、そんな言葉をつぶやいた。

 「え・・・?」

 横にいたヒカルが、その意味を尋ねようとしたその時・・・

 ボッ!! ボボッ!!

 ヒィィィヨァァァァァァァァ!!

 突如怪獣の胸で爆発が起こった。

 「怪獣をこれ以上進ませるな!! 撃てぇ!!」

 怪獣の前には、防衛軍の戦闘車両部隊が展開していた。主力は自走高射砲と自走瑠弾砲。それらが発射する弾丸や砲弾は、巨大な標的である怪獣に確実に命中していた。空からの攻撃と違い、地上からの攻撃ならば、攻撃を外して被害を増やすリスクは格段に小さい。警備計画でも、怪獣が出現した場合最初にその矢面に立つのは彼らと決められていた。

 ヒィィィヨァァァァァァァ!!

 攻撃を受けて叫びをあげ、その動きを止める怪獣。だが・・・

 ズン!

 それもつかの間のこと。再び怪獣はその巨大な足を振り上げ、式典会場へと向かって進み始める。

 「くそっ!! なんとしてでも足を止めろ!」

 指揮官の号令のもと、さらに砲撃の勢いが増す。砲弾は外すことなく怪獣の体へと命中する。だが、怪獣はまったくかまうことなく前進を続け、戦闘車両部隊のすぐ目の前まで迫った。

 「くっ・・・後退!!」

 後退しつつもさらなる砲撃を続ける防衛軍。しかしそれでも、怪獣の進撃は止まることがなかった。怪獣は会場から目と鼻の先にある「星の礎」のすぐそばまで迫っていた。

 「リーダー! 俺達も加わりましょう! このまんまじゃすぐに・・・」

 コジマが焦った声で叫ぶ。だが、ニキは首を振った。

 「ダメよ。まだ出席者の避難は終わっていないわ。それに今攻撃したら、足下にいる防衛軍にも被害が出てしまう・・・」

 「でも・・・このままみすみす・・・」

 ケイスケもまたもどかしい思いを抱きながら、操縦桿をグッと握りしめていた。と、その時だった。

 ズン・・・

 「・・・?」

 誰もが、一時呆然となった。先ほどまでわき目もふらず会場を目指していた怪獣が、突然その足を止めたのだ。

 「ど・・・どうなってるんだ・・・?」

 コジマのつぶやきは、全員の思っていたことだった。が、すぐにケイスケが気がつく。

 「あの怪獣・・・「星の礎」を見ているんじゃ・・・」

 ケイスケの言葉通り、怪獣が足を止めたのは「星の礎」の目の前だった。

 ヒィィィ・・・

 そして・・・怪獣は小さな鳴き声を嘴から漏らしながら、まるで大事なものでも見つけたかのように、首を上下させながらそれをジッと見ているのだった。壊そうというわけでもなく、ただ黙って立ちつくし、「星の礎」を見つめている。怪獣の見せる不可解な行動に、誰もが言葉を失っていた。

 pipipi・・・

 その時だった。SAMSナイトとビショップのコクピットに、通信が入った。

 「オグマだ。たった今、式典の来賓と一般招待客の避難が完了した。ここからは思う存分、攻撃をしてかまわない。ただし、出来たばかりの公園にあまり傷をつけないように注意を払ってほしい」

 その言葉に、ケイスケ達は眼下の会場を見下ろした。まだ何人かの人間が残っているようだが、ほとんど全ての人達が避難に成功したようだ。

 「俺達はこれから、残りの人達を回収する。避難を誘導していた人達がまだ残っているんだ。その中には司令もいる」

 「そういうわけだから、あたし達はこれから司令達を乗っけに会場まで向かいます。怪獣が近づいてこないようにお願いしま〜す」

 サトミの能天気な声とともに、通信が切れた。

 「ったく・・・お気楽なこと言ってくれるぜ」

 「でもこれでようやく、安心して攻撃ができますね」

 と、ケイスケが言った直後・・・

 ズン!

 再び怪獣が、その足を会場へと向かって進め始めた。その進み方も、「星の礎」を迂回するような、奇妙なルートだったが・・・

 「また動き出しやがった!」

 「SAMSより、地上で展開中の戦闘車両部隊へ! 目標の進撃阻止のため、これより空中からの攻撃を行います! そちらへの被害を避けるため、目標と距離をとってください!」

 「了解した! 協力に感謝する!」

 ニキの要請を受けた防衛軍戦闘車両部隊が後退し、目標と距離をとる。それを確認してから、ニキは言った。

 「いくわよ、コジマ君、ニイザ君!!」

 「ラジャー! そうこなくっちゃ!!」

 「これ以上、会場へ進ませるもんか!!」

 バシュウウウウウウ!!

 ナイトとビショップはバーニアを吹かし、一気に怪獣へと突っ込んでいった。



 バシュッ! ババシュッ!!

 ドガドガァァァァァァン!!

 ナイトとビショップが同時に放ったレーザーが命中する。

 ヒィィィヨァァァァァァァァ!!

 怪獣の体は大きく揺らぎ、その足が止まる。

 「よしよし、その調子だ。頼むぞ・・・」

 一方地上では、ウィンディが一路会場を目指して突っ走っていた。地上からでもナイトとビショップが飛び交いながらレーザーを撃ち、それを受けた怪獣が咆吼をあげる様をすさまじい迫力で見ることができた。

 「キャップ、見えましたよ」

 その時、サトミがそう言った。フロントガラスの向こうに、式典会場が見え始めた。そしてその前では、数名の人間がこちらに手を振っている。

 「よし、すぐに停めろ」

 「ラジャー!」

 サトミはさらにアクセルを吹かすと瞬く間に加速し、彼らの目の前で急ブレーキと共に止まった。

 「司令!!」

 すぐにオグマが窓から顔を出し、そこにいた3人の男の一人に言った。

 「やれやれ・・・相変わらずじゃじゃ馬だな、キシモト隊員は・・・」

 ムツはそう言って苦笑いを浮かべた。

 「司令達3人だけですか?」

 「そうじゃ。残りの人達は皆、防衛軍のジープやトラックに乗って避難した。わしら3人は残って、逃げ遅れた人がいないか探していたんじゃが・・・」

 「どうやら、もう我々だけのようです」

 ムツの隣に立っていたハセガワがそう言った。オグマはうなずいたが、その隣に立っている男の顔を見て、驚いた表情を浮かべた。

 「あなたは・・・」

 「来賓ではあったが、彼も手伝ってくれた。感謝するよ」

 ムツがそう言うと、その男は言った。

 「いえ・・・それは、ムツ司令も同じことです。私も長年、防衛軍で働いてきた人間です。真っ先に逃げ出すわけにはいきません」

 それは、あのカジヤマであった。

 「ご協力、感謝します。っと・・・ご挨拶はひとまずあとです。今は一刻も早く、この場を離れないと。さぁ、乗って」
ムツはうなずくと後部座席のドアを開け、他の二人を車内に勧めた。まずハセガワが乗り、次にカジヤマが乗り込む。最後にムツが乗り込み、ドアを閉めた。

 「よし、キシモト。すぐに出せ」

 「ラジャー! ちょっと荒っぽくなりますけど、我慢して下さいね!」

 ブォォォォォォォォォッ!!

 その返答も聞かず、サトミは一気にアクセルを最大まで踏み込んだ。



 「くそっ! このチキン野郎!! 止まれっての!!」

 上空ではかわらず、ナイトとビショップが怪獣に攻撃を仕掛けていた。防衛軍も地上から、容赦なく攻撃を行う。だが・・・

 ヒィィィヨァァァァァァァァァッ!!

 相変わらず怪獣は、攻撃を仕掛けてくるSAMSや防衛軍の攻撃など眼中にないように進み続けている。と、その時・・・

 「オグマだ。たった今、司令達を回収した。これから俺達も、一時公園内から離脱する。すまないが、それまでの時間稼ぎを頼む。もう少しの辛抱だ」

 「ラジャー!!」

 オグマからの通信に力強く応えるケイスケ達。と、その時・・・

 ズン・・・

 怪獣が、足を止めた。そしてその細長い頭を回し、ある方向へと頭を向けた。その先には・・・

 ブォォォォォォォォ・・・

 猛スピードで会場から離れていく、一台の緑色の車があった。

 ギョロ・・・

 怪獣の顔の両側面についている、死んだ魚のように丸く無感情な目が不気味に動き、その車の姿を捉えた。その途端

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァッ!!

 怪獣は一声高く鳴くと、さらにスピードを上げてその車を追い始めた。

 「何っ!?」

 「まずい、ウィンディが!!」

 「足を止めるわよ!!」

 それに気づいたナイトとビショップが、すぐにそのあとを追って攻撃を仕掛ける。

 バシュッ! ババシュッ!!

 2機の放ったレーザーが背中に命中するが、怪獣は動きを止める様子がない。それどころか

 クワッ・・・

 怪獣が口を大きく開け、その中に青い光が灯ったかと思った瞬間

 ビィッ!!

 ドガァァァァァァァァン!!

 怪獣の口から、針のように細い青い光線が放たれ、地面に命中した。

 「うわぁっ!!」

 「ちょ、ちょっとマジ!?」

 すぐ後方に着弾した光線にウィンディは激しく揺さぶられたが、それでもなんとか走行を続ける。

 「あいつ! 光線まで吐きやがるのか!!」

 その事実を知ったナイトとビショップは、さらに攻撃の手を強める。しかし・・・

 ビィッ! ビィッ!

 それにも関わらず、怪獣は次々と光線を吐き、執拗にウィンディを狙い続けた。

 「うひぃぃぃぃぃぃ!! なんとかしてぇぇぇぇ!!」

 声にならない悲鳴をあげながらも、サトミは右に左にハンドルを切り、なんとかその攻撃をかわす。

 「くぅっ・・・」

 後部座席に座っているムツも、歯を食いしばってうなる。その時・・・

 「・・・ぜだ・・・」

 「・・・?」

 小さな声が聞こえてきたので、ムツは横を見た。そこでは、カジヤマがおびえたように体を折り曲げ、頭を抱え込んでいた。

 「なぜだ・・・なぜ、こんなところまで追って・・・」

 ひどくおびえたような声でそんな言葉を小さくつぶやき続けるカジヤマを、ムツは訝しげに見つめた。一方・・・

 「このままじゃ・・・!!」

 ケイスケは焦りを感じていた。どれだけ攻撃を加えても止まることのない怪獣。このままでは、ウィンディが光線の直撃を受けるのも時間の問題だろう。と、その時

 ピカァッ・・・

 「!!」

 ケイスケの制服の胸ポケットの中が光り輝き、彼の頭の中に落ち着いた声が響いてきた。

 「ケイスケ、このままではまずい。私の力を使うんだ」

 ケイスケは一瞬の沈黙の後、大きくうなずいた。

 「ああ・・・頼む」

 ケイスケはそう言うと、コンソールパネルのあるスイッチを入れた。

 「Auto Pilot Stand by」

 コクピットのモニターにそう表示され、機体がオートパイロットモードに入る。それを確認すると、ケイスケは胸ポケットに手を入れた。と、その時・・・

 クワッ・・・

 怪獣が再び、口を開いた。しかも・・・今度は正確に、前方を突っ走るウィンディをとらえていた。

 「くっ・・・サムスッ!!」

 ケイスケは勢いよく、胸ポケットから手を振り上げ、手にしたもののスイッチを入れた。



 「キャップ!!」

 「キシモト!!」

 怪獣が正確にウィンディをとらえていることを知った瞬間、ニキとコジマは叫んでいた。だが、その時には既に怪獣の口の中に青い光が灯り、もはや二人にできることはなかった。そして・・・

 ビィッ!!

 怪獣の口から針のような光線が放たれ、ウィンディに向かって一直線に走る光景が、二人にはスローモーションのように見えた。が、次の瞬間・・・

 カッッッッッッッッッッッ!!

 「「!?」」

 突如、その場を青い光が包み込んだ。そのまぶしさに、思わず誰もが目を覆う。と・・・

 「ジュワッ!!」

 その光の中から、力強い叫び声が響いた。

 「今のは・・・」

 やがて光が収まっていくと、そこには・・・

 「・・・」

 美しい青いラインを身にまとった銀色の巨人が、両手で光の壁を形成したまま、静かにひざまづいていた。

 「ウルトラマンサムス!!」

 「サムスさん!!」

 SAMSビショップ、そして警備本部からその姿を目にしたコジマとヒカルが、喜びに満ちた声でその名を呼んだ。そう、ウルトラマンサムスだ。サムスが展開したバリア・・・ウルトラウォールにより光線は防がれ、その後ろをウィンディが走っていく。

 「ふぅ〜・・・助かったぁ。もうダメかと思った。またサムスに助けられちゃったよ」

 サトミが運転をしながら、冷や汗を流す。

 「キシモト、今のうちだ。全速力でこの場から逃げるんだ」

 「言われなくても!!」

 アクセルをベタ踏みし、一気に加速するウィンディ。

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァァァ!!

 ビィッ!! ビィッ!!

 それを見た怪獣は、逃がすまいとでもいうように連続して光線を吐いた。だが・・・

 「シュワッ!!」

 シュシュッ!! バァァァァァァァン!!

 サムスはその手から速射光弾・ラピッドショットを放ち、怪獣の放った光線にぶつけた。光線同士が衝突し、まぶしい光を放って消滅する。

 ヒィィィィィ・・・

 怪獣がうめくような声を出し、サムスを無感情な目でにらみつける。SAMSも防衛軍も相手にする様子を見せなかった怪獣だが、目の前に立ちふさがるこの光の巨人はさすがに無視できないと悟り、戦わなければならない相手として認識したようだった。

 「シュワッ!!」

 サムスもまた、この異形の怪獣に対して闘志を燃やし、力強くファイティングポーズをとる。

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァ!!

 怪獣は背中の巨大な翼を大きく広げ、悲鳴のような鳴き声を天に響かせた。



 ヒィィィィィィィィィィ!!

 バサバサバサバサバサ!!

 先手を打ったのは、怪獣の方だった。威嚇するような高い鳴き声を発すると、突然背中の翼を大きく羽ばたかせ始めた。

 ゴォォォォォォォォォッ!!

 それによって台風をはるかに上回るものすごい強風が巻き起こり、周囲の木々の中には根こそぎ吹き飛ばされ始めるものまで現れた。

 「ジュワッ!!」

 そのすさまじい強風にサムスも吹き飛ばされそうになり、力強い声をあげて腰に力をため、しっかりと踏み込む。そして・・・

 「シュワッ!!」

 シュシュッ!! バァァァァァァァン!!

 再びサムスが放ったラピッドショットが怪獣に命中し、その羽ばたきが止まる。サムスはその隙を見逃さなかった。

 「ダァッ!!」

 ドガァァァァァッ!!

 ダッシュによって一気に距離をつめ、怪獣にボディアタックをかけるサムス。たまらず怪獣は倒れこみ、すさまじい砂埃と大音響、それに振動が地面と空に響く。サムスと怪獣はもつれあったまま、地面の上をゴロゴロと転がる。が・・・

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァ!!

 怪獣が上になったとき、怪獣は両腕でサムスの腕を押さえつけると、体の下のサムスの頭に向けて、銛のように鋭い嘴を振り下ろした。

 ガッ!!

 だが、サムスはとっさに首を右へ動かした。サムスの顔のわずか左の地面に、鋭い嘴が突き立てられる。

 ガッ! ガッ!

 しかし、怪獣は嘴を続けざまに何度も振り下ろす。サムスはその動きを見極め、首を動かして懸命にそれをよけ、この状態から脱出しようと試みていた。

 「ジュワッ!!」

 ドォン!!

 ヒィィィィヨァァァァァァァァッ!!

 そしてサムスはどうにか体を動かし、思い切り怪獣の腹を蹴り上げた。叫びをあげてのけぞり、立ち上がってサムスから離れる怪獣。サムスはすばやく立ち上がると、ファイティングポーズをとった。

 ヒィィィヨァァァァァァァッ!!

 ビィッ!! ビィッ!!

 だが、怪獣は口を開き光線を連射してきた。

 「ジュワッ!!」

 すばやくステップを踏み、それをかわそうとするサムス。だが・・・

 ドガァァァァァァン!!

 「ジュワァッ!!」

 連発される針状の光線をかわしきれず、一発を胸に受けて体勢を崩すサムス。それをきっかけに、何発もの光線がサムスに命中する。

 「サムスさん!!」

 モニターでその映像を見ていたヒカルが叫ぶ。

 「コジマ君、援護するわよ!!」

 「ラジャーッ!!」

 バシュウウウウッ!!

 SAMSビショップは一気にバーニアを吹かすと接近した。

 ゴゥン・・・

 そしてサムスの近くまで来ると、機体の変形を始める。機体前部が上へとせり上がり、砲口がせり出してくる。

 「フォトングレネイド砲、発射準備完了!!」

 「ラジャー。照準セット!」

 コジマから操縦系統を渡されたニキが、ひとつの巨大な大砲と化したSAMSビショップを慎重に操作し、その砲口を怪獣へと向けていく。そのターゲットとなるのは、光線を放ち続けている怪獣の口。

 ピピッ!

 ロックオンの音とともに、ターゲットサイトが真っ赤に染まる。

 「フォトングレネイド砲、発射!!」

 バシュウウウウウウウウウウウウ!!

 SAMSビショップの砲口からまぶしく輝くビームがほとばしり、大きく開かれた嘴へと走る。

 ドガァァァァァァァァァァァァァン!!

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァァァァッ!!

 フォトングレネイド砲は見事に怪獣の嘴の中に突入し炸裂、巨大な爆炎を巻き起こした。怪獣が絶叫を発し、嘴を押さえてあとずさる。

 「今だ、サムス!!」

 サムスの横を飛びぬけながら、コジマが叫ぶ。サムスはうなずいて起き上がると、右腕を大きく左に回した。

 ヒィィィィィィィィィン!!

 サムスの右腕に、三角形の光のカッターが生まれる。そして・・・

 「ダァァッ!!」

 雄叫びとともに、サムスはトライスラッシュを投げつけた。

 ギュルルルルルルルルルル!!

 激しく回転しながら、怪獣めがけて走るトライスラッシュ。そして・・・

 ズパッ!!

 トライスラッシュは見事、怪獣の首を切り裂いた。

 「・・・!!」

 一瞬の出来事に、怪獣は悲鳴すらあげることはなかった。

 ズ・・・ン

 まず、胴体から切り離された頭が、ボトリと地面に落ちる。そして・・・

 ズズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 しばらくの間直立していた体も、ゆっくりと前に傾き、そして・・・地響きと共に地面に倒れ込んだ。

 「やった! やりましたよ、リーダー!!」

 上空からその様子を見て、興奮気味に叫ぶコジマ。ニキは微笑を浮かべて、静かにうなずいた。地上の防衛軍も喜びに沸いているようだった。

 「やりましたね、アヤさん!!」

 防衛軍の警備本部にいたヒカルも、少しはしゃぎながら隣の席のアヤに声をかけた。だが・・・

 「・・・」

 アヤはヒカルの声も勝利に沸く防衛隊員達の声も聞こえていないかのように、じっとモニターを凝視していた。

 「アヤさん・・・?」

 「いや・・・まだ終わってはいないよ・・・」

 アヤは厳しい表情でそう言った。

 「え・・・?」

 「よく見てご覧・・・。様子がおかしい・・・」

 そう言ってアヤは、モニターに映し出される怪獣の死体を見つめていた。首と胴体を切り離され、全く動かない。どう見ても、死んでいるようにしか見えないが・・・

 「あ・・・!」

 アヤにつられてモニターを見たヒカルも、すぐに異変に気づいた。

 モニターに映る、怪獣の死体。そこから何か・・・青い霧のようなものが立ちのぼり始めている。

 シュウウウウウウウウウ・・・

 そうして見ている間にも、その霧のようなものの勢いはますます強くなっていく。

 「リーダー! あれは・・・!」

 上空を飛んでいたSAMSビショップにもまた、その様子は確認できるほどであった。怪獣の死体のすぐそばに立っていたサムスも驚き、警戒して距離をとる。

 シュウウウウウウウ・・・

 もはや、誰の目にも明白だった。怪獣の死体から、青い霧が発生しているのではない。怪獣の死体そのものが、青い霧に変わりつつあるのだ。

 「コジマ君!! 攻撃するわよ!!」

 危険を感じたニキが、再び操縦桿を強く握りしめる。サムスもまた、ファイティングポーズをとった。

 ババシュッ!!

 ビショップのレーザー砲とサムスのラピッドショットが同時に放たれる。だが・・・

 スッ・・・

 「「「!!」」」

 放たれた光線はどちらも、青い霧を抜けて飛んでいってしまった。驚くサムスとニキ達。そんな彼らをよそに・・・

 ザァァァァァァァァァァッ・・・

 青い霧は猛スピードで空へと上昇してゆき・・・そして、消えてしまった。

 「エネルギー反応・・・消失しました」

 アヤの静かな声が、呆然とするニキの耳に響いてきた。呆然としていたのはサムスも同じだったが・・・

 「・・・シュワッ!!」

 ヒィィィィィィン・・・

 どうやらとりあえず危機は去ったらしいことを悟り、大空へと飛翔し、やがて見えなくなった。あとに残されたのは、SAMSと防衛軍だけだった。

 「サムスも行っちゃいましたけど・・・とりあえず今のところは、これで危機は去ったってことなんでしょうかね?」

 「・・・そうね。たぶん、そう判断して大丈夫なはず・・・」

 ニキはそう応えたが、彼女の言葉にいつも見られるハッキリとした響きはなかった。



 一方その頃。公園から遠く離れた路上で、ようやくウィンディは停車した。

 「ふぅ・・・。これで一安心・・・かな」

 運転席でサトミがため息をついた。

 「やれやれ、怪獣の前にお前の運転に殺されやしないかとヒヤヒヤものだったよ。後ろの皆さん、生きてますよね?」

 そう言って、オグマは後部座席を振り返った。

 「当たり前じゃ。この歳でこんなドライブをするとは、思ってもいなかったがな」

 ムツが苦笑しながら答える。思ったより元気そうだ。

 「あんた達は、大丈夫ですかな?」

 そう言ってムツは、同乗者二人を見た。

 「は、はい・・・。いやぁ、さすがにSAMSの方は・・・すごいですな・・・」

 ハセガワは青ざめた顔ながらも、なんとかうなずいた。だが・・・

 「・・・カジヤマ理事長?」

 カジヤマが答えないので、ムツは怪訝そうな顔をして肩を叩いた。

 「あっ・・・! は、はい!」

 肩を叩かれてはじめて気がついたように、カジヤマが顔を上げた。

 「大丈夫ですかな?」

 「は、はい・・・少し、気分が悪いですが・・・」

 青ざめた顔で答えるカジヤマ。

 「そりゃあ、仕方ないことでしょう。あんな運転につきあわされたんじゃ」

 そう言って、横目でサトミを見るオグマ。

 「すいません・・・」

 申し訳なさそうに頭を下げるサトミ。

 「いえ、いいんですよ。ああしなければ、私達はあいつに・・・」

 首を振りながら答えるカジヤマ。

 「・・・」

 ムツは黙って彼を見つめていたが・・・

 「外の空気を吸えば、気分もよくなるでしょう。ささ・・・」

 そう言ってウィンディの外へ出て、カジヤマも外へ連れ出した。



 「・・・怪獣は防衛軍やSAMSの攻撃を受けながらも公園内を蹂躙。その後、ウルトラマンサムスと交戦したのち、青い霧となって姿を消したということです。ご覧の通り、完成したばかりの宇宙開発記念公園では怪獣の行動やそれに対する攻撃のため、深刻な被害が出ました。防衛軍の速やかな避難誘導により、死者や重傷者が出ることはありませんでしたが、防衛軍やSAMSの怪獣に対する対応が適切であったかどうかが問われる結果となってしまいました。また、今回出現した怪獣が公園の完成記念式典を狙う危険性を日本政府や防衛軍は事前に認識していたという情報もあり・・・」

 夜の宇宙開発記念公園をバックに、アナウンサーがレポートをしている。ミッション・ルームのモニターに映し出される夜のニュース番組では、ライトに照らされた公園内で、怪獣の進撃やそれを止めるために防衛軍、SAMSが行った攻撃による被害を復旧するために派遣された防衛軍の工兵隊がまだ働いている様子が映し出されている。

 「みっともないことになっちゃったね」

 サトミが頬杖をつきながら、少し落ち込んだような表情でつぶやく。

 「好き勝手言ってくれるぜ。怪獣相手の適切な対応なんてものがあるんだったら、教えてもらいたいぐらいだ」

 コジマも椅子にもたれながら不機嫌そうにそう言った。だが、ニキは首を振る。

 「でも、こう言われても仕方がないわ。私達は現に怪獣を止められなかったし、結局は大きな被害を出してしまった。どんな理由があっても、満足な働きができなかったことは言い訳することはできないわ」

 「人命に被害が出なかったことが幸いだと・・・思うしかなさそうですね・・・」

 アヤも静かにうなずく。すると、ヒカルが言った。

 「それに、怪獣が式典を襲う危険性を私達が事前に知っていたっていうのは本当ですから・・・」

 「ああ。やっぱり、式典は中止するように断固主張するべきだったのかもしれない。そうすれば・・・」
ヒカルの言葉に、ケイスケもうなずきながらそう言ったが、やがて首を振った。

 「・・・いや、いまさらこんなこと言ってもしょうがないな」

 ケイスケの言葉に、それまで黙ってメンバーの声に耳を傾けていたオグマはうなずいた。

 「まぁ、そのとおりだ。終わっちゃったことを嘆いてもしょうがない。いや、正確には終わってもいない。怪獣は結局、青い霧になってまた姿を消してしまった。今回で怪獣が何かの目的を達成したのか、あるいはまたどこかに現れるのかそれさえわからない状況だが、余談を許さない状態が続いていることには違いないんだ」

 オグマの言葉に、メンバーはうなずいた。

 「でもキャップ。今回の怪獣・・・謎だらけですね」

 ケイスケがそう言うと、オグマは彼を指さした。

 「そこだ。その謎を解いていくことが、今回の事件解決の鍵になるだろう。怪獣は俺達の懸念通りに姿を現したが、結局は謎が解けるどころか、逆に増えてしまった。そのあたちを一つずつ、これからみんなで考えていくことにしよう」
そう言ってオグマは、机の上の端末を操作した。モニターに、今回の怪獣の行動データがいくつも表示される。

 「まず第一の謎は、怪獣はなんのために地球へやって来たかということだ。防衛軍や政府は、それが公園の完成記念式典攻撃だと考え、事実、怪獣はその真っ只中に突然姿を現したわけだが・・・」

 「式典そのものの妨害や要人の抹殺が目的だとしたら、今回の行動には腑に落ちないものを感じます」

 ニキはモニターを見ながらそう言った。

 「たしかに式典は重要なイベントでしたが、あくまで儀礼的なものです。あの怪獣の目的が要人の暗殺や、地球人の宇宙進出の妨害だったとするなら、あの式典の後に開幕する予定だった宇宙開拓サミットを狙った方が、はるかに確実にその目的を達成できたはずです。公園内にある会議場に宇宙開拓事業に関わる各国の要人が集まってサミットが始まるときにあの怪獣が襲ってきていたらと考えると、今回の被害さえまだ軽いものに思えてしまうぐらいです」

 すると、コジマもうなずいた。

 「だいたい、あの怪獣はギガゾーンのウェポナイザーでロボットにされたわけでも、他の宇宙人のパシリとして送り込まれてきたわけでもないことは今回の分析でわかったんですよね、アヤさん?」

 コジマに顔を向けられ、アヤは黙ってうなずいた。

 「そうなると、なんであの怪獣は式典を襲ったのか見当がつかないね」

 サトミがそう言うと、ヒカルが静かにつぶやいた。

 「式典会場を目指していたことは、はっきりしていると思います。ただ、その目的が私達の予想していたのとは、ちょっと違うんじゃないでしょうか? もしかしたら、式典を襲ったのも私達が考えていたような理由じゃなくて、もっと別の意味があったからなんじゃ・・・」

 「違うって、どんなところが? 式典の妨害以外に、あの怪獣になにか式典を襲う意味があったっていうこと?」

 「それがなんなのか、そこまではわかりませんけど・・・」

 ヒカルが口ごもる。すると、ケイスケが言った。

 「俺も、ヒカルの言うとおりだと思います。理由がなんであれ、あの怪獣はV7の警戒網を突破したときと同じように、攻撃をしてくる俺達に何の関心も払わず、ただ式典会場へ向かって進んでいました。ああも攻撃を受けるままこっちを無視し続けて進むっていうのには、それなりの理由があったとしか思えません」

 「フム・・・」

 オグマは腕組みをして椅子にもたれた。

 「たしかに、それは言えるかもしれない。事実怪獣は式典会場を目指しながらも、妙な行動を見せていた。たとえば、これ・・・」

 モニターに、「星の礎」の前で立ち止まり、ジッと動かなくなる怪獣の姿が映し出される。

 「このときだけは、怪獣はピタリと動きを止めた」

 「「星の礎」をジッと見ているように見えますけどね・・・なぜでしょう」

 「しかもこのあと、「星の礎」を壊さないで迂回して通っていったしな。宇宙開発で亡くなった人達に敬意を表したのか・・・」

 「怪獣が? まさか・・・」

 「・・・」

 首を傾げるメンバー達の中で、アヤはジッとその映像を見つめていた。

 「そして、怪獣の行動がガラリと変わったのがこのときだ」

 モニターの映像が代わり、公園から脱出しようとするウィンディに向けて次々と光線を吐く怪獣の姿が映し出される。

 「ほんと、このときは死ぬかと思いましたけどねぇ〜」

 サトミがしみじみとつぶやく。

 「たしかに、ここまでの怪獣の行動はただ式典会場へ向かって進むだけでしたが、このときから執拗なまでに隊長達の乗ったウィンディを狙い始めたように見えますね」

 「すると、怪獣の狙いはこの時ウィンディに乗っていた人物の抹殺・・・?」

 全員の目が、オグマとサトミに注がれる。サトミはやや身を退いたが、オグマは平然としていた。

 「あの時ウィンディに乗っていたのは俺とキシモトと司令、ハセガワ中佐、それに、カジヤマ理事長の5人だ」
指折りながらオグマがそう言う。

 「あ、あたし、あんな怪獣に恨み買う覚えありませんからね!」

 サトミが慌てたように言ったが、コジマは言った。

 「さぁて、それはどうかな。俺達は今までに何匹もの怪獣を殺してるんだ。覚えはありすぎるほどあるんじゃないか」

 その言葉に、サトミが真っ青になったが・・・

 「それならキャップやサトミくんだけでなく・・・私達全員が狙われているはずだよ・・・」

 アヤがボソリと言ったので、サトミはハッとなった。

 「そう言われてみればそうだよ! コジマさん、知ってて脅かしたわねぇ!!」

 「ちぇっ、ばれたか」

 くってかかるサトミに、コジマはペロリと舌を出した。だが、これで再び議論は振り出しにもどってしまった。

 「なにがなんだか、さっぱりですねぇ・・・」

 ケイスケの言葉に、全員が難しい顔をする。と、その時だった。

 プシュー・・・

 ミッション・ルームのドアが開く音がした。全員がそちらを見ると・・・

 「なんだ、そろいも揃って難しい顔をしとるな」

 ムツが微笑みを浮かべながら入ってきた。

 「好きで難しい顔してるわけじゃありませんよ・・・」

 代表してケイスケがそう言う。

 「ま、そうじゃろうな。その理由も、だいたい察しがつく。さすがの対怪獣特殊部隊SAMSも、あの怪獣に対してはどう対処すればよいか、図りかねているといったところだろう」

 その言葉にメンバーは素直にうなずいたり、決まり悪そうに視線を落としたりした。それを見て、ムツはうなずいた。

 「困っている部下を助けることは上司の務めだ。これを見てくれ」

 バサッ

 司令がテーブルの上に置いたものが音をたてる。

 「・・・?」

 全員がテーブルの周りに集まり、彼が置いたものを囲んだ。それは、飾り気もなにもない装丁がされた一冊の分厚い冊子だった。そして、その表紙には・・・

 「「第37次外宇宙調査隊 パンタナル星事故報告書」・・・?」

 そう書かれたタイトルを、全員が声に出した。

 「そうだ。ちょっと気になることがあってな。あのあとすぐに極東基地から送ってもらった」

 「どうしてこんなものを・・・?」

 「その前に、ここに記されている事故については、全員少しは知っているかな?」

 その言葉に、全員がうなずいた。

 「ええ。たしか、去年のちょうど今頃でしたね。外宇宙の惑星調査の旅を続けていた防衛軍の第37次外宇宙調査隊が、調査のため着陸したパンタナル星という星で怪獣に襲われ、不意の襲撃のため、一人を除き、全員死亡した・・・」

 「最近の宇宙開拓事故の歴史の中では、最悪の事故でしたね。一時はこれ以上の外宇宙調査が必要なのかまで議論されて、どうなることかと思いましたけど・・・」

 ケイスケがそう言った。

 「それだけ知っていれば十分だ。パンタナル星の怪獣の襲撃で、8人もの勇敢な隊員達の命が失われてしまった。まったく痛ましい出来事だったが・・・ここで問題なのは、そのことではない。調査隊を襲ったという、その怪獣だ」
その言葉に、メンバーは何かに気づいたような顔をした。

 「まさか・・・!」

 ムツは無言でうなずくと、報告書のあるページを開いた。

 「この報告書は、調査隊唯一の生存者が救出後、防衛軍の事故調査委員会での事情聴取の中で話した内容をまとめたものだ。ここの項を読んでほしい。調査隊が急襲を受けたため、その怪獣の写真や映像は記録されていないが、その生存者がその姿を克明に覚えており、それを詳細に報告している」

 ムツに報告書を手渡されると、オグマはそのページの内容を声に出して読み始めた。

 「怪獣の身長は、ゆうに50mを超える。全身に生えた青い羽毛や、肩口から生えた巨大な翼は鳥に酷似。頭頂部からは羊に似た湾曲した角が2本生え、魚のような丸い大きな目が頭部の両側に存在。鋭く長い嘴をもつ。脚部は偶蹄類のそれに似て、先端は蹄になっている。臀部からは一際鮮やかな色をした長い尾羽が生えている。性質は非常に凶暴で縄張り意識が極端に強く、テリトリーに侵入したものには容赦ない攻撃を仕掛ける。口からは針状の青い光線を発射する・・・」

 その言葉を聞いてメンバーは声を出しかけたが、ムツはそれを遮って報告書のページをめくった。

 「そしてこれが・・・生存者の証言を取り入れて作られた、怪獣の想像図だ」

 メンバーが息を飲む。そこには、昼間の怪獣とまったく同じ怪獣の姿が描かれていた。

 「それって、まるっきり今回の怪獣じゃないですか!!」

 「じゃあ、あの怪獣はパンタナル星から地球まで?」

 ムツはうなずいた。

 「その可能性は高いだろう。あの怪獣の姿を見たとき、わしもどこかで覚えがあるような感じがしたのだが、思い出したのがその報告書だった。一年前、事故調査委員会から送られてきたその報告書に目を通していて、その時その記述と絵も見ていたのを、ようやく思い出したんだよ」

 「でも、なんのためにわざわざ怪獣は地球へ? これだけじゃ、その疑問までは解決できませんけど・・・」

 ケイスケがそう言う。

 「たしかに、完全にはわからない。だが、糸口ぐらいならある」

 「糸口?」

 「その怪獣に襲われ、なんとか生還してこの報告を行った、第37次外宇宙調査隊唯一の生存者・・・。お前達なら、その名前も知っているだろう」

 その言葉に、メンバーはハッとした表情を浮かべた。

 「カジヤマ・ツグトシ・・・」

 オグマがつぶやいたその名に、ムツはうなずいた。

 「一年前、カジヤマ・ツグトシはパンタナル星で部下達と共にその怪獣に襲われ、全ての部下を失ったが救助隊に救助され、生還した。その後、その責任をとるかたちで防衛軍を退役。退役後は世間の表舞台から遠ざかり、その経歴を買われ宇宙開拓アカデミーに理事長として招かれ、後進の育成に従事してきた・・・。そして、今回の式典でのスピーチの依頼を受け、今日再び表立った場所へ姿を現した矢先にこうなった・・・というわけだ」

 ミッション・ルームの中に沈黙が流れた。が、やがてニキが沈黙を破った。

 「怪獣は、カジヤマ氏を狙ってパンタナル星から地球へ飛来した、とお考えですか?」

 「・・・わしとて確証をもって断言はできん。しかし・・・1年前、彼の率いる調査隊を全滅させた怪獣が、彼の出席した式典に再び現れた。しかも怪獣は、わし達と一緒に彼の乗ったウィンディに執拗な攻撃をしかけてきた・・・。それらになにかつながりがあると考えるのは、年寄りの思いすぎだと思うかね?」

 「・・・」

 ムツの言葉に何も言うことができず、メンバーは黙り込んだ。

 「・・・たしかに、それは言えるかもしれませんね。しかし、カジヤマ氏に怪獣に狙われるような理由があるとして、それをどうやって調べるんですか?」

 オグマがそう言うと、ムツは答えた。

 「本人に聞くしかないだろう。パンタナル星で何があったのか、知っているのは彼一人なんだからな。報告書に記されていない、彼がまだ語っていない事実もあるのかもしれん」

 その言葉にメンバーが驚くと、ムツはさらに言った。

 「そう思ってな。実はもう既に、そのことで話をつけてある。カジヤマ氏には既に電話で、明日そのことを聞くための時間を用意してもらえるように連絡をつけておいた」

 「そりゃまた、話の早いことで・・・」

 呆れるオグマ。

 「お前の上司だからな。だが明日は、わしも今回の報告のために極東支部に行かねばならん。そういうわけで、お前達の誰かに明日、宇宙開拓アカデミーまで行ってもらいたいんだが・・・」

 ムツにそう言われ、オグマはうなずいた。

 「了解しました。それじゃあ・・・」

 と言って、オグマはちょっと顔を動かした。

 「ニイザ、それにキリュウ。お前達は明日、俺と一緒に宇宙開拓アカデミーへ同行だ。いいな?」

 たまたま近くに立っていたケイスケとアヤにそう言うオグマ。

 「わ、わかりました・・・」

 「了解・・・」

 ケイスケは少し戸惑いながら、アヤはいつもの無表情でそう答えた。

 「それでは、頼んだぞ。くれぐれも、向こうの気分を害さないように。カジヤマ氏も我々が何を知りたいかを知っての上でこの話を了承してくれたが、部下をみんな失い、自分だけが生きて帰った事故の話をするんだ。どんな思いでその話をしなければならないか、察しはつくだろう。話を聞くときは、そのことを忘れんようにな」

 ムツの言葉に、オグマ達はうなずいた。

 「それじゃあ、わしはこれで失礼するよ。さっき言った報告のための資料をまとめねばならんのでな。こっちのことはわしに任せて、お前達はそっちの調査を頼む。それではな」

 「ご苦労様でした!!」

 メンバーの敬礼に見送られ、現れたときと同じようにムツは飄々とその場をあとにした。

 「・・・あの怪獣とカジヤマさんのあいだに、なにか因縁があるなんて・・・」

 「でも、全てにおいて謎だらけの今回の事件で唯一関連性がありそうなことがそれしかないのなら・・・その線から調べていくほかはなさそうね・・・」

 サトミとニキが、神妙な顔でそうつぶやいた。

 「司令に感謝しなければならないようだな。今は藁にもすがりたい気分だ。筋道らしきものが見えてきただけでもありがたい」

 オグマはそう言うと、部下達に向き直った。

 「よし、今夜の議論はこれぐらいにしよう。今日は全員、もう休め。怪獣がもう姿を消したとは思えないからな。それじゃ、解散」

 「お疲れさまでした!!」

 メンバーは思い思いにリラックスの様子を見せ、ミッション・ルームから出ていこうとした。

 「・・・」

 そんな中、アヤだけはその場に立ちつくし、何かを考えているような表情を見せていた。

 「アヤさん、どうしたんですか?」

 そんなアヤにヒカルが声をかけると、アヤは我に返ったように彼女を見た。

 「あ、ああ、すまない・・・。ちょっと、考え事をしていたのでね・・・」

 「そう・・・ですか」

 ヒカルはそう言って少し黙った後、再び口を開いた。

 「あの、アヤさん。昼間のことなんですけど・・・」

 「なんだい・・・?」

 「あの怪獣の影が人間の形をしているのを見たとき、何か言いましたよね? たしか、「ペリュトン」とかって・・・。あれって、なんのことですか?」

 ヒカルにそう言われると、アヤはフッと笑って答えた。

 「あの怪獣を見て・・・ヨーロッパの伝説に出てくる怪物を思い出したんだよ。その名前が・・・ペリュトンと言うんだ・・・」

 「怪物・・・? それって、どんな怪物なんですか?」

 「あの怪獣に・・・よく似ているんだ。頭と体は山羊や鹿で・・・背中に鳥の翼が生えている。でも一番特徴的なのは・・・その影だよ。太陽に照らされて地面に映る彼らの影は・・・彼ら自身の形ではなく、人間の形をしているんだ・・・。そしてそれが・・・彼らが恐ろしい怪物である理由にもなっている・・・」

 「どういうことですか?」

 「彼らは常に・・・自分達自身の影を取り戻したがっている・・・。そしてそのためには・・・彼らは、人を殺さなければならない。人を殺せば・・・彼らは彼ら自身の影を手に入れることができるんだ。それゆえに彼らが殺す人間の数は・・・一匹につき、必ず一人。しかし・・・彼らは常に群れで行動する。そのために・・・ひとたびその群れに襲われれば・・・たくさんの犠牲者が出る。ローマの街が彼らに襲われ滅びると・・・予言した人物もいるほどだ・・・」

 「怖いお話ですね・・・。でも、なぜそのペリュトンの影は人間の形をしているんですか?」

 「彼らはもとはアトランティス大陸に棲んでいたという説もあるけれど・・・彼らがどこから来たのかはわからない。だが、彼らの影が人間の形をしていることから・・・故郷から遠く離れた場所で死んだ船乗りや旅人の霊がペリュトンになるという説もある・・・」

 「船乗りや旅人の霊・・・」

 ヒカルはその言葉をオウム返しにつぶやいた。

 「・・・とにかく、そういう話だよ。あの怪獣がそのペリュトンに似た姿と影を持っていたことで・・・連想したというだけの話。たいして意味のあることではないよ。さぁ、もう部屋に戻ろう」

 「はい・・・」

 アヤとヒカルは、最後にミッション・ルームをあとにした。



 翌日。やや雲の多い空の下を、ウィンディは疾走していた。そしてある建物のところで左折すると、不思議な輝きをもつ金属で作られたゲートをくぐり、駐車場へと入っていった。

 「アヤさん、今のゲートって・・・」

 ハンドルを握ったまま、ケイスケはバックミラーに映るアヤを見ながら言った。

 「ああ・・・チルソナイトでできていたね・・・」

 アヤが静かにうなずきながら答える。

 「さすがは宇宙開拓アカデミーといったところだな。でも、珍しいものはこれだけじゃないぞ。ここには他にも、これまでの宇宙探検隊が持ち帰ってきた貴重な標本がわんさかあるんだから」

 助手席のシートにもたれながら、オグマがのんびりと言う。

 「キャップ、ここへ来たことがあるんですか?」

 「5年前にここが完成したとき、ちょっとしたよしみでな。まぁ、そんなことはどうでもいい。あそこ、あいてるぞ」

 オグマは来客用駐車場のあいている一角を指さし、ケイスケはそこへとウィンディを滑らせていった。



 ウィンディから降りた3人は、そのまま建物の入り口へと歩いていった。建物そのものは地上5階建てほど。入り口の上には黒光りする石の上に銀の字で「宇宙開拓アカデミー」と書かれていた。3人はそこから中へと入り、ロビーに入っていった。白衣を着た研究者が忙しげに横切ったり、学生らしき若者達が談笑をしたりしながら通り過ぎていく。

 「学生時代を・・・思い出すね・・・」

 その光景を見ながら、アヤが目を細める。

 「明日の時代の宇宙開発を担う若者達が集う科学の園、宇宙開拓アカデミーというわけだな」

 オグマはそう言いながら、受付へと歩いていった。ケイスケとアヤもそれに続く。

 「SAMSの者です。2時からの理事長とのお話のため参りました」

 「ご苦労様です。ただいまお取り次ぎしますので、少々お待ち下さい」

 身分証を提示しながらオグマが言うと、受付嬢はすぐに電話をかけはじめた。3人はそこで少し待たされたが、やがて、エレベーターホールの方から一人の男がやってきた。

 「どうも、お待たせしました。私、理事長の秘書をつとめさせていただいております、モリタと申します。よろしくお願いします」

 そう言って、そのメガネをかけた小太りの男は頭を下げた。

 「SAMSのオグマです。こちらは部下のニイザ、それにキリュウです」

 「よろしくお願いします」

 「よろしく・・・」

 オグマに紹介され、二人も頭を下げた。

 「お忙しい中時間を割いていただき、申し訳ありません。理事長はもうお待ちでしょうか?」

 「ええ。すでに用意はできております。ご案内しますので、どうぞこちらへ」

 先を歩き始めるモリタに、3人はついていった。



 上昇していくエレベーターのガラス張りの窓からは、ちょうど中庭の光景を下に見下ろすことができた。

 「初めて来ましたけど、さすがに規模が大きいですね。どのくらいの数の学生さんがいるんですか?」

 モリタに顔を向け、ケイスケは尋ねた。

 「たしかに規模は大きいですが、人数そのものは多くはありません。教授や職員をあわせても、5千人にも満たないですからね」

 「まぁ、それでもいいのかもしれませんね。宇宙調査隊員、宇宙研究者、宇宙船設計技術士・・・すでにここから巣立っていった若者達が、宇宙開拓事業の最前線で大活躍していると聞きますからね。各国から選りすぐりの人材を集め、最先端の教育と技術指導を行うという姿勢が、それを可能にしているんでしょう」

 オグマがそう言うと、モリタは恐れ入りますといって頭を下げた。

 「まして、今の理事長は宇宙開拓において数々の偉業を成し遂げ、探検家としてアムンゼンやリビングストンにも並び称されるほどの人物。ここで学ぶ学生達の意気も、ますます上がるというものでしょう」

 「ええ、それはその通りですね。カジヤマ氏が理事長になって早一年。アカデミーの中はそれまでよりも一層活気づき、学生達もさらに研究に励むようになってきたように思えます。これもやはり、科学者としても多大な功績をあげてきた理事長の人徳なのかもしれませんね」

 彼らがそんなことを話していると、ゆっくりとエレベーターは止まった。ドアが開いて広がったのは、一本の廊下とその両脇に並ぶ木のドア、そして突き当たりにある、一際立派なドアだった。

 「あの突き当たりが理事長室です。どうぞこちらへ」

 先導し始めるモリタ。オグマ達はそれぞれ制服や髪の小さな乱れを直しながら、そのあとへついていった。やがて4人がドアの前にたどりつくと、モリタはノックをした。

 「理事長、SAMSの方が参りました」

 「どうぞ」

 中から声が返ってきたので、モリタはドアを開け、3人を中に招き入れた。

 「どうも。ようこそお出で下さいました」

 立派な執務用品や観葉植物が並び、絨毯が敷き詰められた部屋。背広姿のカジヤマは杖をつきながらその絨毯の上を歩き、入ってきた3人に近づいて握手を求めた。

 「いや、こちらこそ。お久しぶり・・・と言った方がよいでしょうな。前にお会いしたのは、ずいぶん前になりますか」

 「そうですね・・・。たしか、十年ほど前になりますか。第31次調査隊の出発直前だったと思います」

 「所用でアルテミスにお邪魔したときでしたね。あの頃はSAMSなんて影も形もありませんでしたし、自分自身も極東支部の一中隊長にすぎませんでした。それに比べて、カジヤマさんは当時から華々しく活躍なされていましたね」

 「全ては昔の話ですよ。この通り、既に一線を退いたのですから。今となってはオグマ隊長、あなたの方が輝いていますよ。事実、先日も私はあなた達に助けていただいた。改めて、お礼を言いましょう」

 そう言って頭を下げるカジヤマ。3人は恐縮した。オグマはとりあえず自分の話は切り上げ、アヤとケイスケを紹介した。

 「こっちは、私の部下です。まずキリュウ・アヤ隊員」

 「よろしくお願いします・・・」

 「こちらこそ。お名前はお聞きしています。以前、ユシマ賞を受賞したチルソナイト808の組成についてのあなたの論文を読ませていただきました。お話は聞いていましたが、これほどお若い方があそこまで見事な論文を書き上げたというのは、正直驚きました」

 「恐縮です・・・」

 カジヤマと握手を交わしながら、アヤは頭を下げた。

 「それにもう一人。どうやら、ご存じのようですが・・・」

 「ニイザ・ケイスケです。初めまして」

 ケイスケは頭を下げた。すると、カジヤマは目を細めて彼を見た。

 「こちらこそ。以前からナオトからあなたについては聞いているというのに、こうしてお会いするのはたしかに初めてですね。息子がお世話になっているので、いつかはご挨拶したいと思っていたのに・・・」

 「いえ、お世話だなんて・・・。こちらこそ、ナオト君には士官学校時代からいろいろとお世話になり通しでした。彼が外宇宙調査隊員に選ばれたことを、本当に嬉しく思います」

 「ありがとう・・・」

 カジヤマとケイスケは固く握手を交わした。

 「さて・・・ご挨拶はこのぐらいにして、本題に入りましょう。お互いに、時間は大事でしょうから・・・」

 カジヤマはそう言うと、モリタに顔を向けた。

 「モリタ君、すまないが、ここからは席を外してくれないか?」

 モリタはうなずくと、静かに部屋から出ていった。4人だけになった部屋の中で、カジヤマは応接セットの椅子を勧めた。オグマ達はソファーに並んで座り、テーブルの向かいの椅子にカジヤマが、不自由な右足を気遣うように、ゆっくりと腰を下ろした。

 「では早速、始めましょうか。皆さんが聞きたいことは、全てムツ司令から伺っています。私の知っていることが皆さんのお役に立つのならば、どうぞ遠慮なくお尋ね下さい」

 オグマ達はその言葉に少し緊張した表情をしたが、すぐにオグマが元の表情に戻って言った。

 「・・・では、単刀直入にお伺いします。先日、宇宙ステーションV7の迎撃をかいくぐって地球へ侵入し、宇宙開発記念公園の完成式典を襲った、あの怪獣・・・。あれが一年前、パンタナル星に着陸した第37次外宇宙調査隊を襲い、あなた以外の隊員達を全滅させた怪獣と同じ怪獣だというのは、本当なのですか?」

 言葉通り、いきなり核心に迫る質問。だが、カジヤマは時間をおかずゆっくりとうなずいた。

 「ええ・・・その通りです。一年前のあの惨劇を引き起こした怪獣の姿・・・忘れようと思っても、忘れられるものではありません」

 思わず顔を見合わせるオグマ達。しかし、カジヤマはさらに続けて言った。

 「・・・よろしければ、私の口からあの一年前のことについて、詳しくお話をしましょうか?」

 オグマ達は戸惑ったが、やがて、ゆっくりとうなずいた。

 「それなら・・・お願いします」

 カジヤマは深くうなずいて目を閉じ、何かを思い出すように少し沈黙していたが、やがて、やや顔を上げて口を開いた。

 「・・・私達がパンタナル星と呼ばれるあの星を訪れたのは、第37次外宇宙調査の航海日程の最後でした。2年をかけて5つの星の調査を行うというスケジュール。その最後の調査地として予定されていたのが、パンタナル星だったのです・・・」



−1年前−

 宇宙空間を、一隻の巨大な宇宙船が航行していた。全長300mを超える巨大艦で、一目すると宇宙戦艦にも見えるほどである。船体横には地球防衛軍のマークが施され、船体の色も防衛軍の制式カラーであるグレーで塗られていた。防衛軍が誇る、最新鋭超高速調査船「スキッピオ号」は、その行く手に存在する一つの惑星に向かって突き進んでいた。

 「あれが最後の星ってわけか。なんだか、見た感じの印象はよくないな」

 「そうだな。北極から南極まで、ほとんど雲で覆い隠されてる。これじゃ下の様子がちっともわからない」

 「でも海も陸もあるし、動植物の存在も確認されてるからこそ、今回の調査対象に選ばれたわけだろ?」

 ミーティングルームの大型モニターに映るその星の映像を見ながら、それぞれくつろいだ格好をしている調査隊員達は思い思いの感想を述べていた。と、その時である。

 プシュー・・・

 「全員揃っているな。始めようか」

 調査隊の隊長であるカジヤマは入ってくるなりそう言うと、大型モニターの前にある演台に立った。その姿を見た隊員たちが、それぞれ姿勢を正す。

 「諸君、おはよう。見たところ、みんな昨日よりも顔がいきいきしてきたように見えるな。しかし、それもそうだろう。2年間にわたる今回の調査旅行も、いよいよこの星で最後となる。名残惜しい気分もあるだろうが、やはり地球へ帰れる時が近づいてきたことにまさる喜びはないだろう」

 カジヤマはそう述べながら、部下達の顔を一人ずつ見ていった。人種も年齢も異なるが、皆優秀な資質と素晴らしい人格をあわせもつ頼もしい部下ばかりである。

 「だが、だからこそ手を抜くわけにはいかない。私達は人類の夢を託されて2年前に地球を離れた。だからこそ帰るときには、それに見合うだけの、いや、それ以上の成果を携えていてこそ、胸を張って帰ることができる。幸いこれまでの星での調査では、全員の努力と協力により、貴重で素晴らしい成果を数多く上げることができた。我々はこれから最後の星を調査することになるが、ここでの成果や発見をそれに加え、皆で胸を張って地球に帰ろう。そしてそれぞれ、地球で寂しい思いをさせてきた人達に、元気な顔を見せてやろうじゃないか」

 カジヤマのその言葉に、部下達は笑顔を浮かべてうなずいた。カジヤマはそれにうなずき返すと、背後のモニターを振り返った。

 「それでは、着陸前の最後のミーティングを始めよう」

 モニターには、全体を白い雲に覆われた星があった。大きさはほぼ地球と同程度。ところどころの雲の切れ目から見える青い色を見る限り、どうやら、海もあるらしい。

 「あれが今回の調査の最後の星、パンタナル星だ。既に全員の頭には入っていると思うが、もう一度この星の概要について、説明を行っておこう」

 モニターが切り替わり、様々なデータが表示される。

 「パンタナル星は8年前、防衛軍の外宇宙探査衛星が発見した、最近になって知られた星だと言える。その際地上へ降りた衛星の送信データにより、大ざっぱなデータはとれている。まず星の大きさだが、見ての通り地球とほぼ同程度だ。質量や重力についても同様と言える。大気組成については、二酸化炭素の比率が地球よりもやや高いことを除けばこれもほぼ地球と同じだ。また、これも見ればわかると思うが、星全体が雲に覆われている。しかしこの雲は非常に薄いもので、太陽光はあまり遮られることなく地上へと達している。むしろ星全体の気温は高く、ほぼ全域に渡って地球の熱帯か亜熱帯のような気候になっているようだ。湿度も高い。そしてこれが重要なことだが・・・植物相が非常に豊かなことが、衛星からのデータで判明している」

 モニターに写真が映し出される。鮮やかな緑色の草に覆われた光景だ。一見すると、地球のどこかの湿原の写真にも見えるが・・・

 「パンタナル星のほとんどは、このような湿原に覆われているようだ。写真でもわかるとおり、鳥に似た生物たちも棲息している。地球の南米にある巨大湿原と非常によく似ているが、これこそがこの星が「パンタナル星」と名づけられた理由にほかならない。調査ロボットからのデータでは、鳥だけでなく、地球のほ乳類や魚と似た生物の存在も確認されており、本格的な調査を行えば、さらに数多くの貴重な発見をすることが見込まれると予想されてきた。だからこそ今回、この星も調査の対象として選ばれたというわけだ」

 モニターが再び、さらに大きく迫ってきたパンタナル星の映像に変わる。

 「本船はこれより3時間後、予定通りパンタナル星への降下シークエンスに入る。これより各員速やかにそれぞれの持ち場に着き、着陸準備を行うように。何か質問は?」

 すると、部下の一人が手を上げた。

 「パンタナル星はほぼ全土が、あんな湿原に覆われているわけですよね? このスキッピオ号が着陸できるような場所が、どこかにあるんですか? これだけでかくて重い船が降りられる場所となると、湿原なんかじゃなく固い地面のあるところじゃないと・・・」

 スキッピオ号は巨大ながらそれ自体が大気圏突入能力を持ち、着陸後はそのまま調査拠点としての役割を果たすことのできる宇宙船である。しかし当然ながら重量は非常に重く、湿原や沼地のような場所では、着陸することは無理であろう。

 「それについては、すでにキクカワが調べてくれている。頼む」

 カジヤマはそう言って、一人のまだ若い日本人隊員を見た。彼はうなずくと、説明を始めた。

 「たしかにほぼ全土が湿原や沼地のような星ですが、スキッピオ号が着陸できる固い地盤を持った場所がないわけではありません。すでに調査を行い、そのような場所をいくつか見つけています。その第1候補が、赤道直下のこの部分にある島です」

 モニターの星の一部分に、赤いポイントがつく。

 「この島は他の場所とは違い比較的乾燥しており、湿原ではなく草原が広がっています。地盤も硬い岩石によって構成されており、これならスキッピオ号が着陸しても問題はありません」

 「本船はこの島に着陸し、ここに拠点を置き、調査を開始する。この島から小型飛行機を使って周辺の大陸や島に赴き調査を行うというのが、今回の調査の基本的な手法となる」

 キクカワの言葉を継いでカジヤマは言った。

 「・・・ほかに、質問は?」

 今度は、その言葉に手の上がることはなかった。

 「よし。それでは、ミーティングはここまでだ。各自、持ち場につけ」

 ザッ!

 敬礼ののち、隊員達はそれぞれミーティング・ルームから出ていった。



 空は一面、雲に覆われていた。だが、その雲は決して厚いものではなく、その上から射してくる太陽の光に白く輝き、光はあまり遮られることなく地上へと降り注いでいた。

 そんな雲の下に、青い海が広がっていた。そしてその海の上には、一つの小さな島があった。大きさはそれほどでもなく、徒歩でもあまり時間をかけることなく、その島を一回りできそうだった。ただ特徴的なのは、湿地と沼に覆われたこの星の陸地の大部分とは異なり、その島は草原に覆われていたこと。そして、島の北方には、すり鉢状の山があることだった。と・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 突如、巨大な音が空から・・・雲の上から聞こえてきた。やがて・・・

 ゴォッ・・・

 雲を突き破り、金属でできた巨大な宇宙船がその島の上空に現れた。島の上空でその宇宙船は水平姿勢に移り、ゆっくりとその島に降りてくる。そして

 バヒュウウウウウウウ・・・・

 着陸緩衝のロケットを底面から吹かして草原の一部を焼きながら、宇宙船はその巨体からは信じられないほど静かに、その島への着陸に成功した。



 「オーライ、オーライ・・・」

 着陸したスキッピオ号から、次々に調査車両やコンテナが運び出されていく。これまでの星での調査同様、手際よく進行していくその作業を、カジヤマは黙って見つめていた。

 「隊長、ホバートラックへの調査機材の積み込み、完了しました。いつでもいけますよ」

 そのとき、キクカワが近づいてきてカジヤマにそう告げた。

 「よし。予定通り、30分後に調査を開始する。メンバーを招集してくれ」

 「了解!!」

 そう言って走り去っていくキクカワの背中を、カジヤマは笑みを浮かべながら見つめた。



 ブォォォォォォォ・・・

 一見するとほとんど地球と変わりない、緑の草の生い茂る草原を、3台のホバートラックが走り抜けていく。どのトラックにも二人ずつ人が乗り込んでいて、後部座席には調査用の機材が鎮座していた。

 「鬱蒼としてますねぇ。本当に、地球の赤道あたりとそっくりだ」

 見渡す限り広がる緑の草原を見ながら、キクカワが言った。

 「ああ。だが、そんなところだからこそ、いろいろな生物であふれているともいえる。あれを見てみろ」

 そう言って、右手の方を指差すカジヤマ。ジープの群れから離れたところを、それらに並行するかのように、いくつかの影がピョンピョンと飛び跳ねながら走っている。

 「カンガルーみたいな動物ですかね?」

 「あとで詳しく調べてみよう。だがその前に、とりあえずこの島の詳しい気候データが必要だ。あの山の山頂からなら、観測ポイントとして申し分ないはずだ。まずは、あそこへ向かってくれ」

 そう言って、前方に見えるすり鉢状の山を指差すカジヤマ。

 「了解!」

 キクカワはハンドルを切り、トラックをその山へ向けて走らせ始めた。

 「キクカワ・・・うれしそうだな」

 そんなキクカワの様子を見ながら、カジヤマは言った。

 「え・・・? そう見えますか?」

 キクカワはちょっと戸惑った様子を見せた。

 「まぁ、だいたい見当はつくよ。この星の調査が終われば、地球に戻れるんだからな」

 「た、隊長・・・僕は別に、この旅がいやになったわけじゃ・・・」

 そう言いかけるキクカワを、カジヤマは笑顔で制した。

 「もちろん、そんなことはわかってる。どんな人間だろうと、家族と別れて長い間地球から離れた場所にいると、それを思う気持ちは強くなってくるものだ。お前だけじゃない。他のみんなもそうだし、外宇宙調査に最初に参加したときの私も、そうだった」

 キクカワはそれを聞いていたが、やがて、恥ずかしそうに言った。

 「・・・それを聞いて、安心しました。隊長も、そうだったんですか」

 「ああ。特に、今のお前の気持ちはよくわかる。私が最初に宇宙へ出たのも、息子が生まれてすぐの頃だったからな。・・・お前の娘さんは、いくつになったのかな?」

 「このあいだ、2歳になりました。生まれて半年も経たないうちにこの調査に出発しましたからね」

 「2つか・・・ちょうどいい時期だな。これからはいろいろしゃべるようになるし、元気に走り回ったりもするから、手を焼くことになるぞ」

 微笑みながらそう言うカジヤマ。

 「ええ、まったくです。そんな時期に僕は子供のそばを離れて、遠く離れた星にいる・・・。アキコには本当に、苦労をかけてしまっています」

 「それも、身に覚えがあるな。私も、息子のそばにいられた時間は短かった。息子を育ててくれたのは、女房のおかげだと言ってもいい。私の夢、人類の未来・・・どんな言葉で飾ろうとも、結局そのために、妻や子供には夫らしいこと、父親らしいことをあまりすることができなかった。今までの自分の人生には満足しているが、そのために妻や子供に負担をかけてしまったことは、大きな心残りだ」

 カジヤマは自嘲気味に言った。

 「そんなことはありません。隊長は父親としても、立派な人じゃありませんか」

 キクカワはそう言った。

 「このあいだ、シャドリクから聞きましたよ? 息子さんも、外宇宙調査隊の隊員候補生に選ばれたっていうじゃありませんか」

 「もう知れ渡ってるのか・・・」

 「なんで話してくれなかったんですか?」

 「結局、カエルの子はカエルだったということを、笑われそうでな」

 「そんなことありませんよ。親子2代で外宇宙調査隊の隊員なんて、すごいことじゃありませんか」

 キクカワは純粋に尊敬のこもった眼差しで、カジヤマを見た。

 「隊長の息子さんなら、すぐに正規の隊員になれるでしょう。そうなれば、親子で外宇宙調査へ旅立つってことも・・・」

 「いや・・・それはないよ」

 カジヤマは首を振った。

 「なぜ・・・ですか?」

 「・・・私はこの調査を、自分の最後の調査にするつもりだ」

 「えっ・・・!?」

 キクカワは目を丸くした。

 「私もすでに、50を過ぎた。普通の仕事ならまだまだ働き盛りだと言われるところだろうが、この仕事ではそうは言っていられない」

 「そんなことはありませんよ。隊長ならきっと・・・」

 「キクカワ・・・外宇宙調査隊の隊長という仕事は、本当に過酷なものだ。その任務を遂行していくためには体力だけでなく、精神力、判断力、忍耐力など、多くの部分において高い水準を維持しつづけることが要求される。そのどれか一つでも衰えたならば、それは調査隊全員を危機に陥れる事態を招きかねない」

 「・・・」

 「あと数年もすれば、確実にそのときはやってくる。どんな人間も、時間には勝てない。隊長としての力を失った者が、隊長を務めてはいけない。そうなる前に、私はこの舞台から退くことに決めたんだ」

 キクカワは黙って聞いていたが、カジヤマの目の中に、強い決心を見た。

 「そうですか・・・。残念です。この次の調査でも、隊長からはいろいろと教えてもらえると思っていたのに・・・」

 「そんな顔をするな。隊長を務められる資質をもった人間が、私だけであるはずがないじゃないか。私が去ったとしても、お前に必要なことを教えてくれる人は、きっと現れてくれるに違いないよ」

 カジヤマはそう言った。

 「それに・・・私こそ、お前には頼まなければならないな」

 「え・・・?」

 「お前の言うとおり、息子が正規の隊員となり、調査に参加することになれば・・・息子に必要なことを教えられるのは私ではない。お前たちだ。まだまだ若いし、至らないところの多い息子だが・・・その夢をかなえるためには、お前たちの力が必要だ。あいつが一人前の調査隊員となれるように・・・すまないが、力を貸してやってくれ」

 「た、隊長・・・」

 キクカワは戸惑ったが、やがて言った。

 「・・・了解しました。隊長のご命令とあらば、よろこんで」

 そう言って敬礼をするキクカワに、カジヤマは笑みを浮かべた。



 ブォォォォォォ・・・

 黄色い砂埃をあげながら、トラックは黄土色の地面が剥き出しとなり、ごつごつとした岩が無数に転がる山の斜面を駆け上がっていく。すでに緑の草原は途切れ、ホバートラックの一団は山を登り始めていた。

 「・・・島のほかのあたりと違って、草の一本も生えてませんね・・・」

 トラックのハンドルを握りながら、キクカワは周囲の様子を見渡した。

 「そうだな。植物だけじゃなく、動物の姿も見られない」

 カジヤマも、妙に静かなこの山の様子を怪訝に思っていた。

 「ひょっとして、この山は活火山なんでしょうか? どこかから有毒の火山ガスが発生していて、それが植物を枯らし、動物たちも近づけさせないとしたら・・・」

 「ふむ・・・今のところ、観測機器はそんなガスを検知してはいないが・・・」

 カジヤマは計器を見つめながら言った。今のところ、車の外の空気には危険な物質は検知されていない。

 「調べておく必要があるな。もしかしたら、重要な事実が発見できるかもしれない」

 カジヤマの言葉に、キクカワはうなずいた。



 「隊長。やはりここは、火山なのでしょうか?」

 山頂に立ったキクカワは、カジヤマにそう尋ねた。彼らの目の前には、すり鉢状の巨大な穴が広がっていた。ホバートラックを降りた調査隊は、その穴の縁に立ってそれを見下ろしていた。

 「火山は火山のようだが、死火山か、あるいは、活動を休止してずいぶんになる休火山だろうな」

 カジヤマは近くに落ちていた石を拾い上げ、ルーペでしげしげと眺めながら言った。

 「詳しく分析してみないとわからないが、この溶岩は凝固してからかなりの年月が経っている。この火口から最後に溶岩が噴出されて以来、この山はずっと静かだったはずだよ」

 「火山活動はすでに停止しているということですか。しかしそれならばなぜ、この山はこんなに荒れ果てているんでしょうか・・・」

 虫も棲まないという表現がピッタリな荒れ果てた山を見回し、キクカワは言った。

 「火山性のガスという可能性は低いようだが・・・すぐに調査を始めよう。機材の設営を始めよう」

 「了解!!」

 カジヤマの指示を受け、隊員たちはホバートラックから機材を次々に下ろし始めた。



 一方その頃。島の南側の草原に着陸したスキッピオ号のブリッジでは・・・。

 「ふぁ〜あ・・・」

 一人の隊員がシートの背にもたれたまま、退屈そうな様子をあくびと一緒に吐き出していた。

 「こらこら。気を抜いてるんじゃないぞ」

 自分のシートからあくびの主であるシャドリク隊員に顔を向け、ロペス副隊長が注意をした。

 「あ・・・す、すいません。でもやっぱり、俺も外へ出たかったですよ」

 「まぁ、気持ちはわかるがな。前の星からずっと、この船の中にいたんだから・・・」

 シャドリクの言葉にうなずきながらも、ロペスは言った。

 「しかしな、ここで隊長たちの留守を預かることも、重要な仕事だ。ここは人間が初めて立ち入った土地だ。どんなことが起こるかは、誰にもわからないんだからな」

 「ええ、それはもちろんわかってます」

 シャドリクはうなずいた。

 「ところで、隊長たちからの連絡はどうだ?」

 「さっき、あの山の山頂に到着したと連絡がありました。観測施設の設営を始めると言ってましたが・・・ん? なんだ・・・?」

 ブリッジの窓へ視線を移したシャドリクの言葉の語尾が、疑問形になる。

 「どうした?」

 「見てくださいよ。隊長達のいる山頂に、変な霧みたいなが・・・」

 そう言って、シャドリクは遠くに見える山の山頂を指差した。そこには彼の言葉どおり、青い霧のようなものが、笠のように覆い被さり始めていた・・・。



 当然、その異変はその場にいる者たちが一番感じていた。

 「隊長、霧が・・・」

 突然周囲を包み始めた霧を、隊員たちが不安そうに見回す。

 「青い霧・・・これも、この星特有の自然現象なのでしょうか?」

 キクカワがカジヤマに尋ねる。

 「おそらくそうだろう。だが、こう濃い霧ではな・・・。10m先も見えない」

 周囲を包む霧は、ますますその濃さを増していく。

 「・・・作業は中止だ。一旦、スキッピオ号に戻るぞ」

 「戻るんですか? 機材は?」

 「とりあえず、ここに置いておこう。この状況では、十分な観測データは得られそうにない。ことによっては、観測施設の設置場所を再検討する必要も出てくるかもしれないがな。さぁ、急ごう」

 カジヤマがそう言うと、隊員たちはホバートラックへと戻り始めた。と、そのとき・・・

 ザザザザザザザ・・・

 「・・・?」

 上空から、奇妙な音が聞こえてきた。無数の虫が一斉に羽音をたてているような、そんな音である。全員が思わず、霧に包まれた空を見上げると・・・

 「おい・・・なんか降りてくるぞ」

 隊員の一人が、空を指差して言った。空を包む霧の向こうから、何かはわからないが、たしかに巨大な影が降りてこようとしていた。

 ザザザザザザザザ!!

 それとともに、羽音のような音もその大きさを増してゆく。

 「来るぞっ!!」

 誰かが叫んだ、次の瞬間

 ブワァッ!!

 霧を突き破り、それは空から降りてきた。そして・・・

 ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 「うわぁぁぁぁぁっ!!」

 地鳴りとともに発生した大きな揺れに足をとられ、隊員たちは地面に倒れこんだ。やがてその揺れが収まり、隊員たちが顔を上げると・・・

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァァァァァァァ!!

 そこには、鳥に似た姿の異形の怪獣が、身の毛もよだつような鳴き声をあげていた。



 「どんどん濃くなっていくな、あの霧・・・」

 スキッピオ号のブリッジから、北の山の山頂を覆う青い霧を不安げな表情で見つめるシャドリク。と、そのときだった。

 「スキッピオ号、応答せよ!! こちら調査班!! スキッピオ号、応答せよ!!」

 突然、通信機がカジヤマの声を吐き出し始めた。しかしその声は、今まで聞いたことがないほどに緊迫感に満ちたものだった。

 「こちらスキッピオ号!! どうしましたか、隊長!!」

 シャドリクはすぐにそれに答えた。ロペスもその隣に駆け寄る。

 「怪獣だ!! 怪獣が山頂に現れた!!」

 「怪獣ですって!?」

 その言葉に、シャドリクは驚いた。

 「隊長!! 現在の状況は!?」

 「怪獣に追われている!! ホバートラックを出し、全力で逃げている!!」

 そのとき、通信機越しに爆発音が聞こえた。

 「ああっ!! ヤン!! ディラン!!」

 直後、キクカワの悲鳴のような声が聞こえた。

 「隊長!!」

 「2号車がやられた!! 怪獣は光線を吐くぞ!!」

 その言葉に、ロペスとシャドリクは凍りついた。

 「隊長!! スキッピオ号へ急いでください!!」

 「ああ、わかっている!! そちらも、準備を整えておいてくれ!!」

 「了解!!」

 それっきり、通信は途切れた。

 「シャドリク、砲撃準備だ!! 同時進行で、発進準備も整えておけ!!」

 「了解!!」

 怒鳴りあうように声を交わすと、二人は狂ったようにブリッジの中の装置を操作し始めた。



 ブォォォォォォォォォ・・・

 ホバートラックが走り抜けていく草原は、行きのときとまったく変わらない緑をたたえていた。しかし、もと来た道を全速力で走り抜ける彼らには、ほんの数十分前に感じたような緑の美しさを感じるヒマはなかった。

 ズン・・・ズン・・・ズン・・・

 彼らを駆り立てていたのは、たえず後ろから聞こえてくる、地鳴りのような音だった。

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァァァァ!!

 それに混じってときおり、甲高い鳴き声が耳に響く。バックミラーを見れば、全身に青い羽を生やした怪獣が、すぐうしろについてきていると錯覚するほどの迫力で迫っている。ただ歩いているだけのはずなのに、そのスピードは全速力で走るホバートラックに今にも追いつきそうだった。

 「くそっ・・・なんでこいつは・・・!!」

 青ざめた顔でハンドルを握りながら、キクカワは言った。

 「我々は・・・奴の縄張りの中に入り込んでしまったのかもしれない・・・」

 カジヤマもまた、緊張感を顔全体に浮かべた表情でそう言った。

 「縄張り・・・?」

 「奴がもし、縄張り意識の非常に強い生物だとしたら・・・あの山に動物たちがまったくいなかったことにも、説明がつく。すまない。私はお前たちを、とんでもないところに導いてしまった・・・」

 すると、キクカワは額に汗を浮かべながら笑みを浮かべて言った。

 「そんなこと言わないでくださいよ、隊長。こんな目にあうかもしれないことは、この仕事を選んだときから覚悟してることです」

 キクカワにそう言われ、カジヤマはうなずいた。

 「すまない・・・。よし、生き抜くぞ。必ず生きて、地球に帰るんだ」

 「了解!!」

 カジヤマはマイクを手に取った。

 「3号車、聞こえるか!! スキッピオ号はもうすぐだ!! 到着したらすぐに乗り込むぞ!!」

 「3号車、了解!!」

 草原の向こうには、悠然と横たわるスキッピオ号の姿が見えてきた。そして彼らの目には、その甲板上に設置されたいくつもの砲台が、ゆっくりとこちらに向けられつつあるのが見えた。



 「来たな・・・あいつか」

 スキッピオ号の兵器管制モニターに映る怪獣の姿を見つめながら、シャドリクはつぶやいた。そのすぐ前方を、2台のホバートラックが全速力でこちらへ走ってくるのが見える。

 「副隊長!! 砲撃準備、完了しました!!」

 「よし、ロックオンだ。くれぐれも、隊長たちには当てるなよ!!」

 「わかってますよ!!」

 シャドリクはコンソールのスイッチを入れた。スキッピオ号の砲台の全てが、怪獣にロックオンされる。

 「ヤンとディランの仇だ!!」

 カチッ!!

 バシュウッ!! バシュウッ!!

 シャドリクがスイッチを入れると同時に、スキッピオ号の砲門から次々にビームが発射される。戦闘艦ではないが、未知の惑星を探査するという危険な任務のために造られた宇宙船である。このぐらいの装備は、当然施してある。

 ドガドガドガァァァァァァァァァン!!

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァァァァ!!


 砲撃は過たず怪獣へと命中し、その進行が一瞬止まった。

 「今だ!! 引き離せ!!」

 そのときを見越したように、2台のホバートラックはさらに加速し、怪獣との距離を離した。しかし・・・

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァ!!

 怪獣がひるんだ時間は短かった。すぐに再び、カジヤマ達を追い始める。

 「砲撃を絶やすな! 撃ちつづけろ!!」

 バシュウッ!! バシュウッ!!

 その進行を食い止めようと、なおも砲撃を続けるスキッピオ号。しかし・・・

 ドガドガドガァァァァァァァァァン!!

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァァァァ!!


 
次々に襲い掛かるビームを受けつつも、怪獣はその足を止めることはなかった。さらに・・・

 ヒィィィィヨァァァァァァァァァァ!!

 ビィッ!! ビィッ!!

 怪獣は連続して、口からの光線をホバートラックに発射した。

 ドガァァァァァァァァン!!

 「うわぁぁぁっ!!」

 その一発がカジヤマ達のすぐ前方に着弾し、爆発を起こす。かわしきれず、その炎の中に突っ込むホバートラック。

 バウッ!!

 しかし、ホバートラックはなんとかその炎を突っ切り、地面の上で激しくバウンドすると、再びスキッピオ号めがけて走り始めた。

 「大丈夫ですか、隊長!?」

 「ああ、大丈夫だ! お前たちも気をつけ・・・」

 3号車からの通信に答えかけた、その直後

 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 1号車の左後方を走っていた3号車が、光線の直撃を受けて大爆発した。

 「オスカー! リカルド! ダーシモン!」

 「っく・・・!!」

 再び3人もの部下の命を失ってしまったことに、カジヤマは耐えがたい心の痛みを感じた。

 「くそっ・・・この野郎っ!!」

 ブリッジからその様子を目撃したシャドリクは、さらに何発もの砲撃を怪獣へと浴びせた。しかし・・・

 ヒィィィィィィヨァァァァァァァァァ!!

 怪獣はそれをものともせず、顔をスキッピオ号へと向けた。

 ビィッ!! ビィッ!! ビィッ!!

 そして、その嘴から青い針状の光線が連続して発射された。

 ドガドガドガァァァァァァァァァァン!!

 次々にその光線を船体に受けるスキッピオ号。そして・・・

 「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 その最後の一発が、ブリッジを粉々に吹き飛ばした。

 「!! ロペス、シャドリク!! 応答しろ!! ロペス!!・・・」

 マイクに向かって叫ぶカジヤマ。しかし、スピーカーの向こうからはノイズが返ってくるだけだった。

 「・・・」

 カジヤマは、マイクを置いた。

 「・・・キクカワ、急げ」

 「・・・了解」

 カジヤマの命令同様、それに答えるキクカワの声も、重く響いた。邪魔するものがなくなり、ますますその歩みを進める怪獣の足音をすぐ背後に感じながら、二人は前だけを見てトラックを飛ばした。

 「いいか、キクカワ。スキッピオ号に乗り込んだら、宇宙救命ボートに乗り込み、すぐに脱出するぞ。宇宙へ出てからタキオン通信でSOSを送れば、アルテミスに配備されている最新鋭のワープ装置搭載救助艇なら数日で助けに来てくれる」

 「・・・了解!!」

 キクカワはうなずくと、前方にあるペイロードの入り口へ向け、ホバートラックを突っ込ませ始めた。と、そのときだった。

 ビィッ!!

 怪獣が再び、光線を放った。そして・・・

 ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 それはトラックのすぐ後方に命中し、爆発した。そしてその爆風により、トラックは後方から持ち上げられ、慣性を維持したまま地上を激しく転がった。

 「う、うう・・・」

 意識が飛んだのは、ごく短い時間だった。しかし、口の中に広がった血の味に気がついてみると、天地は逆転し、目の前にはクモの巣のように縦横無尽にヒビの入ったフロントガラスがあった。

 「!! キクカワ・・・!!」

 彼はすぐに部下のことを思い出し、右へ顔を向けた。

 「!!」

 そこで彼が見たのは、逆さまになった運転席で額から血を流しながら、すでに顔を蒼白にしているキクカワの姿だった。ゆっくりとその体に触れてみても、呼吸はなく、首の脈拍もなかった。

 「・・・」

 カジヤマはその姿を呆然と見つめていたが、やがてその頬を、涙が一筋流れていった。

 ズン!!

 「!!」

 悲しみに沈んでいた彼の心を現実に引き戻したのは、下から突き上げるような大きな揺れだった。

 ヒィィィィィヨァァァァァァァァ!!

 その足音の主である怪獣の声も、これまでになく大きく耳に響いた。

 「・・・」

 彼は少しの間、その場でじっとしていたが・・・

 「すまない・・・」

 キクカワの亡骸に目を閉じ、手を合わせると、シートベルトを外し、衝撃で歪み開かなくなっていたドアを強引に蹴り飛ばして開け、車の外へ飛び出した。そして、後ろを振り返りたくなる誘惑に必死で耐えながら、スキッピオ号のペイロードの入り口へ走り出す。

 ヒィィィィィィヨァァァァァァァァァ!!

 グシャグシャアッ!!

 「・・・・!!」

 後ろの方で、機械の押しつぶされるいやな音が聞こえた。その音に、自分の背骨をへし折られるような痛みを感じながらも、カジヤマはただひたすら走った。

 ビィッ!!

 ドガァァァァァァァァァン!!

 「うわぁっ!!」

 またしても発射された光線が、後ろで炸裂した。その爆風によって、カジヤマは前方へと投げ出された。

 ドサッ!!

 「ぐぅっ・・・!!」

 胸から思い切り地面に叩きつけられ、一瞬呼吸が止まった。朦朧となる頭を上げるカジヤマ。その目の前には、ペイロードへの入り口が口を開けていた。

 「・・・!!」

 カジヤマは何も考えずよろよろと立ち上がると、足に激痛が走った。どうやら、先ほど地面に叩きつけられたときに折れてしまったらしい。しかし、止まることは許されない。一歩進むたびに激痛の走る足を必死で動かしながら、その中へと駆け込んでいった。そして、壁に寄りかかるように船内を進んでいく。

 ズズゥゥゥゥゥゥゥン!!

 その間も、スキッピオ号の船体は激しく揺れる。怪獣の鳴き声も、小さくではあるが聞こえた。どうやら、スキッピオ号を攻撃し始めたらしい。船内の廊下にも、煙が流れ始めている。

 「ハァ・・・ハァ・・・」

 そんな中を、息を乱しながら懸命に走るカジヤマ。やがて彼は、目的の部屋にたどり着いた。

 ガンッ!!

 金属製のドアの横に取り付けられた丸い赤いボタンを叩くと、ドアはシュッと音をたてて開いた。よろよろとその中に入るカジヤマ。そこには、円筒形をした小さな宇宙船が何機も、ドアを開けたまま鎮座していた。

 「・・・」

 彼はそのうちの一機の中に入り、何とかコクピットへとたどりついた。そして、コンソールパネルの中でもひときわ目立つ赤いボタンを押した。

 ゴゥン・・

 たちまち宇宙船が機能を始める。同時に、宇宙船の真上にある天井に、ゆっくりと丸い穴が開き始めた。

 「打チ上ゲ30秒前。しーとべるとヲオ締メクダサイ」

 機械で合成された女性の声がそう告げると同時に、目の前のモニターに数字がカウントされ始める。30からカウントされ始めたその数字は、どんどん少なくなっていく。

 「・・・」

 その声に従い、カジヤマはシートに深く腰をおろすと、最後の力を振り絞ってシートベルトで自らの体を固定した。それで力尽きたかのように、シートに腰をおろしたままグッタリとなる。そんな中でも、カウントは着実にその数を減らしていく。

 「5・・・4・・・3・・・」

 シートのカジヤマの耳には、その声が遠い世界のものであるように感じられた。

 「2・・・1・・・0」

 ゴォォォォォォォォォォォッ!!

 カウントが0に達するとともに、轟音とともに宇宙船はその底から強力なロケット噴射を始めた。そのすさまじい推力は、小さなその宇宙船をたちまち離床させる。

 「・・・!!」

 満身創痍の体に容赦なくのしかかる強力なGに、カジヤマの意識は失われていった・・・。



 「・・・その5日後、私はパンタナル星付近の宇宙空間を漂流していたところを、アルテミスの救助隊によって発見されました。そのあとのことは、皆さんもよくご存知の通りです。これが、パンタナル星で私が経験した全てです」

 自らの言葉の最後を、カジヤマはそう締めくくった。

 「・・・ありがとうございました」

 重苦しい空気の中、オグマは彼に礼を言った。

 「任務のためとはいえ、つらいお話をさせてしまい、申し訳ないと思います。自分も部下を預かる身として、その命を失う恐ろしさとつらさは、理解できるつもりです」

 すると、カジヤマは言った。

 「いえ・・・つらいことだからこそ、語り継がなければならないのです。それが・・・ただ一人生き残ってしまった私の、務めなのでしょうから・・・」

 その言葉に、再びその場を沈黙が支配する。

 「しかし・・・おかげで、詳しく理解することができました。あの怪獣は間違いなく、あなたたちを襲ったパンタナル星の怪獣のようですね」

 「ええ・・・間違いありません」

 カジヤマはうなずいた。

 「しかし・・・なぜあの怪獣は、パンタナル星から地球までやってきたのでしょう? そのことに、心当たりはありませんか?」

 「・・・」

 カジヤマは、少し沈黙したが・・・

 「いえ・・・私にも、なぜあの怪獣が再び現れたのか・・・」

 そう言って、力なく首を振った。無言でそれを見つめる3人。

 「・・・いずれにせよ、あの怪獣はパンタナル星からやってきた。そして、その理由には1年前に起こったあの事件が関係しているようです。脅かすようで恐縮ですが・・・どうやらあなたも、命を狙われているようです」

 「そのようですな・・・」

 うつむきながら、カジヤマは言った。

 「・・・あまり、気を落とさずに。あの怪獣は必ずSAMSと防衛軍が撃退してみせます。おそらくそれで、亡くなった部下の皆さんも浮かばれることでしょう・・・」

 「・・・」

 オグマの言葉に、カジヤマは無言だった。オグマは黙ってそれを見ていたが、やがてスッとソファーから立ち上がった。ケイスケとアヤも、それに倣う。

 「詳しくお話を聞かせていただき、ありがとうございました。怪獣への対策は、我々にお任せください」

 「よろしくお願いします」

 カジヤマも立ち上がり、オグマと握手を交わした。

 「モリタ君、オグマさんたちがお帰りになる」

 カジヤマがドアの外へ呼びかけると、モリタが中へ入ってきた。



 「結局、肝心なことはつかめませんでしたね」

 宇宙開拓アカデミーの正面玄関から出てきたケイスケが頭をかきながら言う。

 「仕方がないよ・・・。怪獣の性質について詳しいことが聞けただけでも・・・よかったとしよう」

 アヤがそう答える。一方、オグマは・・・

 「・・・」

 ウィンディの停めてある駐車場へと歩きながら、終始無言だった。ケイスケとアヤは顔を見合わせたが・・・

 「どうしたんですか、キャップ?」

 ケイスケが尋ねると

 「ん? ああ、ちょっとな・・・」

 歯切れの悪い言葉で、オグマがそう答えたそのときだった。

 「・・・!」

 突然アヤが足を止め、真剣な表情で空へ目を上げる。すると

 ザザザザザザザザ・・・

 無数の虫たちが群を成して羽音をたてているような音が空から聞こえ始める。

 「!?」

 その音に気づいたケイスケとオグマも、同じ方向を見上げる。そこには、青い霧のようなものが発生し始めていた。

 「あ、あれは・・・!!」

 密集を始める青い霧。見る見るうちに形を成していき・・・

 バッッッッッ!!

 青い閃光と共に、再びあの巨大な存在が姿を現した。

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

 それが着地すると同時に、大音響とすさまじい振動が起こる。

 ヒィィィヨァァァァァァァァァァァッ!!

 再び姿を現したあの怪獣は、やはり天に向かって嘴を大きく開き、悲鳴のような甲高い鳴き声をとどろかせた。

 「か、怪獣・・・!!」

 その姿に目を奪われる3人。しかし、その間にも怪獣は前進を始めた。その進行方向上にあるのは・・・宇宙開拓アカデミー。

 「怪獣よ!!」

 「きゃああああああ!!」

 「逃げろ!! 逃げるんだ!!」

 怪獣の姿を見た学生たちが、たちまちパニックに陥り、我先に走り出す。

 「くっ、こんなところにまで・・・キャップ! すぐに避難誘導しないと!」

 「ああ。ニイザ、キリュウ、すまんが、先に行っていてくれ。俺もマリナーベースへ連絡してから加わる」

 「「ラジャー!!」」

 ケイスケとアヤは、宇宙開拓アカデミーへと向かって走り始めた。


To be continued...


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