場所は東京都某所。
 時間は午後10時半ころ。
 ここに一人のストリートミュージシャンが路上ライヴをしていた。
 演奏している曲は明るく軽快で、それでいて何故か物悲しさを感じさせる。
 そう、ジャズだ。
 楽器は金管であると思われ、低くドスのきいた重低音、アルトサックス。
 曲名はSing・Sing・Sing
 あまりにも有名で、ジャズに興味の無い人でも耳にしたことのある曲。正直いって聞きなれた者なら聞いてもあまり面白いとは思えないだろう。
 しかしそれを吹く男の周りには大勢の人があつまり、聞き耳をたてていた。



仮面ライダーFAKE
 ♯1 OPEN DOOR 〜TUNING PROLOGUE〜



 演奏が終わると同時に拍手と喝采が起こり、男のサックスケースの中にお金が投げ込まれる。

 「ひさしぶりに生でいいモン聞けたぜ」

 「超〜よかった〜。もっときかせてよ〜」

 「あんたならメジャーでも通用するよ。なんでこんなところで演ってんのか不思議でしょうがねえ」

 「チャーリー・パーカーの再来か!?」

 さすがに最後のは褒め過ぎであるが、その男は確かな技術をもっていた。
 男の名は山口十三。4年前から日本中をバイクで旅し、その行く先々でジャズの路上ライヴをしていた。見た目は死んだ魚のような目、くたびれた黒のスーツ、無精髭、鉄ゲタとはっきりいってさえない見た目だが、その演奏は多くの人を魅了した。

 「OK,THANK YOU!それじゃ今日はこれで仕舞いだ。」

 「えぇ、終わるの早いよ」

 「客のニーズに応えるのがエンターテイナーだろ、もっと演れよ」

 観客が非難すると、十三は不敵な笑みを浮かべた。

 「その時の気分で演るのがジャズマンなんだ。悪ィな。それに・・・探し物も在るんでね」

 それだけ言うと11年来の愛車であるスーパーカブに跨り、夜の街に消えていった。





 次の日、十三は真昼の街を闊歩していた。どうやら昨晩から何かを捜していたようだ。ふと隣の電気店の街頭テレビに目を向けると、ニュースが流れていた

 「昨日深夜東京都A公園で、男性の変死体が発見されました。男性は全身を糸のようなもので覆われ窒息死するという異常な殺害のされ方で、警察ではこの犯行を「メルヴゲフ」による物と断定。捜査を進めています。それでは次のニュース・・・」

 突然、十三の目が死んだ魚の目から鋭い目付きに変わる。

 (・・・チッ、また後手に回っちまった。事件は起こってからじゃ遅いって「先生」も言っていたのに。それに俺が此処に着てから一週間、これ以上留まると別の奴が他所から来るかも知れねぇ。どっちにしても速い所コイツを見つけねえと)

 数年前から異形の生物の出現が世界各国で報告されていた。当初は未確認生命体やアンノウンの一種かとも思われていたが、その生体組織がまったく異なることから別の種族と認定。その第一号がドイツで確認されたことからドイツ語で「変わった生物」という意味のメルクヴェルディヒ ゲシェプフ、略してメルヴゲフと呼称されていた。彼らは前述の二種と違い積極的に人を襲うということはなかったが、それでもこのように稀に都市部に現れ殺傷事件を起こすということがあった。




 グゥウルギュラギュラギュラギュラ・・・!

 突然、正体不明の奇怪な音が鳴り響く。十三のハラの音だ。

 「ハラ減ったな…」

 先程までの鋭い眼差しは一瞬で変わり、普段の死んだ魚の目に変わる。もう一週間何も食べていない。路上ライヴでの稼ぎなど微々たる物だ。沢山の人が聞いてくれるのは嬉しいが、払ってくれるお金は10円だの多くて100円だのといったレベルだ。しかもその微々たる稼ぎもサックスのメンテ代に消える。楽器とは、かくもデリケートで高価なものなのだ。

 グゥウルギュラギュラギュラギュラ・・・!

 このままでは本気で死んでしまう。財布を見ると500円しか無い。さすがにう○い棒50本ぐらいではハラは膨れんだろう。さてどうするか、と思って顔を見上げるとそこには「東京競馬場」とあった。

 (先生、人類の自由と平和の為ではなく、己の腹を満たすために「力」を使うことを許してください・・・今回だけ・・・ウソ付きました。もう20回はやってます・・・でも許してください)

 かつて修行のために7年間アメリカを放浪していた時のことを思い出していた。そしてその途中に出会った「先生」。歌はヘタクソだったが、“自分のような存在”がどのように生きるべきか教えてくれた赤い仮面の戦士。

 罪の意識を感じつつ、ゲートを潜った。

 馬券を買う際に、十三は全神経を馬に集中させる。そして馬の鼓動や筋肉の引き締まりを「聴き」取る。そして総ての馬の今日のコンディションを完全に理解すると、馬券を買った。




 その後、近くにあったファミレス「DODO’s」で、「値段の高い肉を下から5つ順番に持ってきて。」と高慢な注文を3回繰り返した後、十三は「殺人メルヴゲフ」を探し続けたが、何の手がかりも得られぬまま太陽が沈んだ。そして今日は諦め、またいつもの場所へ向かう。

 〜〜〜〜♪

 今日は昨日と違い「Sentimental Journey」という聞きなれない曲だったが、それでも老若男女問わず沢山の人が十三の周りに集まる。

 ピュフィッ!!

 突然音色が乱れる。すると十三は演奏を止め、何も言わずバイクで走り去ってしまった。

 「コラァ! またかぁ!!」

 「客舐めてんの!?」

 「戻って来い!!」

 客から罵声が聞こえるが、十三は無視して走り去る。

 「この感覚、ようやく捕らえたぞ!・・・しかしエンターテイナーとしては最低だな、俺・・・」













 「・・・でよー、ソイツが絡んできたからよ、逆にボコしてやった。マジムカついたからそのあと重りつけて沈めてやった。」

 「ギャハハハハ、マジでぇ〜? そいつ死んだんじゃね?」

 「知るかよ。死んだらソイツの根性が無いのが悪ィんだよ。

 人気の無い深夜の公園に、年齢は17,8と思われる数人の少年達がたむろしていた。おせじにもガラがいいとは言えない連中である。

 ガサガサガサッ!!

 不意に後ろの植え込みから音がした。彼らが振り向くと、ボロボロのコートに身を包み、なにか異臭のする男が飛び出してきた。顔は被っている帽子のせいで良く見えない。

 「ああ? んだコイツ、おいオッサン邪魔だよ。臭えしキモイんだよ。さっさとどっかいけよ。ぶっ殺すぞ」

 「ヒャハッ!! こいつの言うとおりにしたほうがいいぜ〜。キレると何するかわかんねぇ〜ぞ〜」

 男は微動だにしない。

 「おい聞いてんのか!?」

 少年の内の一人がコートの男の前に歩み出ると、帽子を叩き落とした。

 「ひっ!?」

 男の顔は人間のモノではなかった。「ソレ」のシルエットは一応人の形をしていたが、目と思わしき黒いガラス球のような物が八つ、らんらんと輝かせていた。口にあたる位置は人と大きく異なっており鎌のような物が二つ、左右対称についているその顔は蜘蛛に似ていた。

 シュッ!!

 その蜘蛛の化け物 ―メルヴシュピンネ― はジャンプすると空中でコートを脱ぎ捨て、少年の一人に襲い掛かった。鋭い爪が肉を裂く感覚を求めるかのように振り下ろされ、いまにも肉に触れんとするその瞬間・・・

 「ESTRELLITA!」

 叫び声が茂みの中から発せられた瞬間、見えない壁にぶつかったかのように吹き飛ばされる化け物。そして襲われていた若者とメルヴシュピンネの間に、いつのまにか十三が立っていた。

 「ボウズ共、死にたくなかったら逃げろ。」

 やる気なさげに言うと、蜘蛛の化け物だけに蜘蛛の子を散すように逃げる少年たち。

 対峙する十三とメルヴシュピンネ。

 「ようやく見つけたぜ」

 そして全身に力を込めて、一言ポツリと呟いた。

 「Arrangement」

 その言葉を契機に十三の体が序々に黒く変色を始めた。それに伴い筋肉とスーツが膨れ上がる。

 そう、山口十三はただの人間ではない。彼は人間とは異なる遺伝子を生まれ持った突然変異人間。任意に塩基配列を変化(メタモルフォーゼ)させることによって、自身の体を戦闘に適した体へ変化させることができるのだ。



 その光景にメルヴシュピンネは面食らったようだが、すぐに気を取り直し、獲物を奪った眼前の敵に攻撃を仕掛ける。

 「クキャア!!!」叫び声を上げながら爪を降り下ろす。

 かわしながら相手の腕を取り、足を払って転倒させる。相手が倒れた隙に全力で後退、間合いをとる。

 (・・・変身までに時間が掛かりすぎるのが俺の弱点だ。「先生」みてーに一瞬で変身できれば・・・なんて思っていてもしょうがない)

 全身が黒く色付き、肌が硬質化する。時を同じくして手と足の指の爪が鋭い凶器に変化する。それでもまだメタモルフォーゼは続く。

 「キュイイ!!」

 こんどは口から粘着質の糸を吐き出し、十三を捕らえようとする。だがそれも巧みにかわし全力で疾走する。

 「こんの八目が、そんなに近づきたきゃこっちから行ってやる!」

 そういうと全力でメルヴシュピンネに向かってダッシュする。その最中にもメタモルフォーゼは進行し、今度は両腕と両足のふくらはぎに鋸の刃のようなカッターがせりあがってくる。さらにソレに合わせるように服も袖の部分が変形する。

 「なんつって」

 突然ブレーキをかけ、いつの間にか手に持っていた砂場の砂を相手の目に向かって投げつけた。なんというセコイ攻撃!!もしこの蜘蛛がまともに喋れたのならばそう叫んでいただろう。だが当の本人はそんなことはお構いなしにメタモルフォーゼを続ける。

 筋肉と服の膨張が終わり最終段階に入る。

 目が見開かれ赤く染まる。

 顎と歯の形状が変化し、鋭い犬歯が生えそれを収めるに相応しい形状に口が変化する。

 ブシュ!! 額から二本、腰まで伸びる長い触角が生える。

 「キシャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 十三・・・いや、目の前にいる物とかわらぬ化け物はメタモルフォーゼが完了したことを誇示するように咆哮し、名乗りを上げる。自らを律する為、そして憧れを抱いた男に少しでも近づく為に、自分には荷が重いとわかっていながら付けた名を・・・・

 「俺はFAKE、仮面ライダーFAKE!!」

 各部の特徴はこれまでメタモルフォーゼの過程で述べてきた通りだが、全体としてどことなくゴキブリのような印象を受ける。しかし髪型や服装は殆ど変わっておらず、異形の化け物が黒いスーツに身を包んだ姿は畏怖よりも滑稽さを感じさせる。

 「キュイイイイイイイ!!」

 目に入った砂がとれたのだろう、メルヴシュピンネが再び襲い掛かってきた。またもや口から糸を飛ばす。だがFAKEは先程よりも余裕のある動きでその糸をかわす。

 「無駄なんだよ・・・いままでの戦いでお前の「メロディ」は聴き取った。ライナーノート(CD、レコードについている解説書)を読んだだけで聞いた気分になれる底の浅い演奏だ。お前程度じゃあ俺の「アドリブ」を聞かせてやるまでもねぇ。見逃してやるからさっさと消えろ」
 
 「ギイイイイイッ!!!」

 だがメルヴシュピンネは聞き耳を持たない。

 パシュパシュパシュパシュパシュ!!

 今度は一本の長い糸ではなく、粘着性の糸の固まりを連続して飛ばす。

 だがFAKEは全ての糸の弾丸を必要最小限の動きでかわしてゆく。まるで聞き飽きた演奏をもう一度無理に聞かされるかのような退屈した面持ちで。
 

 十三のいう「メロディを聴き取る」とは相手の「動き・体の生理的機構・形成する物質の固有振動数」のリズムをすべて理解してしまう事だった。そうする事によって敵の動きを高い精度で予測することができるのだ。さらにそこからもう一段階上の技能もあるのだがこの程度の相手なら使うまでもない。


 さすがに糸は無駄だと悟ったのか、今度は接近戦を仕掛けようとする。

「学習することを知らんようだな…。間合いを詰めようとしてる時点でもう負けてんだよ!!」

 今度は上から振り下ろして切り裂こうとするのでなく、突き貫こうとする。だがその行動もFAKEはすでに読んでいた。伸ばしてきた相手の腕を左手で、相手の肩の付け根を右手でそれぞれ掴むと、思いっきりそれぞれを逆方向に引っ張った!

 ガッ! ボキィ!!

 「・・・・・ィィィィッ!!」

 声にならない声をあげ、鈍い音をたててメルヴシュピンネの右腕が力なく垂れ下がる。

 「まだまだ!!」

 相手を背中から抱え込み、垂直に持ち上げる。そして・・・

 「ブレェェェェェェンバスタァァァァァァァァァァァァ!!」

 脳天から叩きつけ、素早く後退するFAKE。メルヴシュピンネはなんとか立ち上がったものの、最早それで精一杯といった感じだ。

 「今、楽にしてやる…、とどめだ」

 そういうと履いている下駄の鼻緒を触る。

 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン

 何かが起動した音がする。それを確認するとFAKEは大空へと高く飛び上がる。そして最高点まで達した時点でキックの構えをし、落下する。明らかに通常の自由落下運動より速いスピードで。そう、そのゲタには重力制御装置が搭載されていたのだ。


 「Jazz giant!!」


 ドガァ!!

強烈なキックがメルヴシュピンネの下腹にヒットする。いや、それだけに止まらない。キックがヒットした箇所から、メルヴシュピンネは真っ二つになった。

「ギ、ギギィ・・・」

体が真っ二つになったにも関わらず暫く息があったが、やがて息絶えた。




 「ふぅぅぅ〜」

 心底疲れきって息をはくと、変身を解除した。人間態から怪人態へ変わる時と違い、一瞬で元に戻ることができる。すると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 「SAULに通報したのか。あのボウズ共も結構バカじゃなかったんだな・・・コイツと違って。っと、落ち着いてる場合じゃねえや」

 十三はこの国に来てから一度、別のメルヴゲフと戦っている最中にSAULが介入、問答無用で撃ち殺されそうになったことを思い出した。ちなみにそれ以来、しばらくGM−01の発射音がトラウマになっていた。



 「さてと、次はどこへ行くかね」






 ゆっくりと夜の街の中へ消えていくバイク。

 そしてそれを見つめる二つの影。

 「へぇ、あれが仮面ライダーか。何あれ。雑魚じゃん」

 小さな方の影が嘲るように言う。

 「あなどるな、「真の仮面ライダー」はあんな物ではない。アレは名前だけを模倣したFAKEにすぎん。奴自身も判っているだろう」

 大きな方の影が諫める。

 「じゃあ、なんで僕らはあんなのを監視しているのさ?」

 「お前は感じないのか?奴から我らと同じ波動を。もしかしたら奴は我らの切り札となるかもしれん」

 「…まさかアレが「イノベーター」だとでも?冗談でしょ。万が一そうだったとしても「ブートレグ」だよ」

 「ともかくこれは命令だ。しばらく奴を観察する」

 「ちぇ、面倒くさいなぁ」




 チューニングが終わり、扉は開かれた。





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