2005年4月某日、この日本古来より暗躍を続けてきた宗教結社『落天宗』が引き起こした、『黄泉孵り』と呼ばれる大規模テロ。
 このテロの鎮圧にあたり、多くの陰陽寮の職員が命を落とした。
 その中で、彼らの所有していた『スピリチュアル・ポイント・デバイス』が大量に紛失したことに、疑問を抱くものはいなかった。


♯11  FUNKYNESS


 生々しい破壊のあとが出来たばかりの名古屋の街に、一匹の黒い異形と一人の黒い騎士がたたずむ。
 その黒い異形は、長い触角に大きな複眼と、まるで人間大のゴキブリを思わせる姿だった。しかし、にも関わらず何故か人間と同じように黒い背広を身につけ鉄ゲタを履いたその怪物は、腰に巻かれたベルトのような機械の、バックルにあたる部分に付いたスイッチをいくつかの手順を踏んで操作する。するとバックルが二つに割れ、その中からCDのような中心に穴の開いた輝く円盤を取り出す。
 すると黒い異形の身体は、まるで昆虫の不完全変態のように『脱皮』した。そしてその脱皮した中から一人のさえない男が現れ、同時に脱皮した皮はまるでハイスピードカメラの早回し映像のように、風化し塵になっていく。
 脱皮した中から現れた男は、無精髭に死んだ魚のような眼、よれよれの黒い背広に身を包んださえない容姿をしていた。
 男の名は山口十三。彼は取り出した円盤をベルトの腰に備え付けられたガンベルトのようなものに収納する。その様子を見ていた鋼鉄の黒い騎士は感心したように声を挙げた。

「へぇ、以前の変身とは変態のプロセス自体が全く違うみたいですね」

 そういって鋼鉄の騎士もまた、自身の腕に巻かれたブレスレットのような装置をいくつか操作する。するとその現代の鎧、ICPO製の強化外骨格ブルーノートは一瞬にして書きかけのCAD設計図のようなワイヤーフレーム状の光に変化すると、一瞬で四散した。そしてその中から十三とは対照的に、美しく整った顔立ちの男が現れた。十三と同じように黒い背広を身につけてはいるが、それもまた十三とは違い、丁寧に整えられた高級感溢れるものだ。

「ああ、昔の変身は俺の身体の塩基配列だかなんだかを無理やり変化させるってんで、変身にスゲー時間がかかってたんだが、この変身ベルトは何でも不完全変態とか言う昆虫が脱皮して成長させるって方式を、俺ん体に引き起こして変身させてるらしいぜ。まぁ端的にいやぁよりゴキブリに近づいたってことかな」

 そういって十三は自嘲的に笑う。すると同時に消防車や救急車のサイレンが街に響き始めた。

「……ここは陰陽寮のみなさんに任せて、場所を移しましょう。色々と話したい事、話さなければならない事もある」

 そうもう一人の黒いスーツの男、音河釣人が言うと二人はそれぞれの愛車に跨り、街を走り抜けていった。
 そしてMtMによって破壊された名古屋駅前からバイクを走らせること数十分、表通りから抜けた暗い路地裏に入り込み、そして寂れた喫茶店の前で二人はマシンを停めた。

「茶ァでもすすりながら話そうってか? オメー、俺が金ねぇのしってんだろ」

 十三はバイクから降りながら口を尖らせ、音河に不満を向ける。そんな十三の様子に音河はわざとらしくため息をつくと、何も答えずに視線で自分についてくるように促す。そして音河は十三を伴ってその喫茶店に正面扉からではなく、裏口から入ると、業務用の巨大な冷蔵庫の前に立つ。表の扉には「営業中」のプレートがかかっていたにも関わらず、裏口から入ってすぐのキッチンには人影が見当たらなかった。

「さて暗証番号は……」

 そういいながら音河は埃がたまったその冷蔵庫に貼り付けられた、どこの家庭でも良く見るキッチンタイマーに手を伸ばす。指がボタンに触れると電子音が鳴り響き、タイマーの表示が変化していく。そして最後に音河が「すたーと」と書かれたボタンを押すと、ガチャリ、と金属音が響いた。

「ICPOアンダーグラウンドハンター極東支部名古屋屯所へようこそ、ってところですかね」

 そういいながら音河はその業務用冷蔵庫の扉を開ける。するとその中には本来入っているべき食材や飲料水などは入っておらず、地下へと続く階段が十三と音河の前に開けていた。

「さ、行きましょう」

「隠し扉に秘密基地か、ロマンだねぇ」

 そういって何故か妙に嬉しそうな声を十三はあげると両手をパンツのポケットに突っ込んだまま、先行してその階段を下っていく音河に追随していった。そして二人がその扉に入ると、ひとりでにその冷蔵庫の扉は閉められたのだった。




「お帰りなさい、音河捜査官」

 階段を下って音河に案内されて付いた部屋の扉を開けると、赤いフレームの眼鏡を掛けた女性が十三と音河を出迎えた。背が低く、加えて顔の作りも若干童顔気味な事も相まって、十代半ば程度に見える女性であった。勿論、実際にはもっと年齢を重ねてはいるだろうが。

「どうも、小室さん。こっちのダメな風体は……」

「仮面ライダーFAKE、山口十三さんですね、存じています」

 そういって小室と呼ばれたその女性は十三に向かってニコリと微笑みかける。それに対して十三も会釈して答えると、そのまま音河と同時に奥の部屋へと通された。
 その部屋の広さはちょっとした小学校の教室程度で、さらにその部屋の壁面に所狭しとモニターとコンピューター、そしてそれらを操作するためのインターフェイス類が設置されて、おそらく司令室のような機能を果たしていることは一目で想像できた。
 十三はその部屋の中央に設置された安物の組み立て式のパイプ椅子とパイプ机に腰掛け、周囲を見渡す。

「なんつーか、意外と小さいんだな。それに人も少ねーし」

 一般的な作戦会議室や司令室と比較すれば、この部屋は遥かに狭い。周囲に設置されたコンピューターなどの機器のせいもあるかも知れないが、この部屋には十三と音河に先ほどの女性、その他数名のオペレーターがいるだけにも関わらず、若干の狭苦しさを感じるほどだった。

「あくまでちょっとした拠点のようなものですからね。それにICPOは最初期に活動したデストロンハンター第一期生が変身能力を持った改造人間によって内部からかく乱され、壊滅寸前まで追い込まれるという事態があったものですから、基本的に少数での活動が基本になっているんです」

「ああ、その話は風見先生から聞いた事があるな。テレビバエとかいう奴が仲間に化けてたんだっけか」

 そういって頷く十三を横目に、音河は少し複雑そうな顔をする。

「……まぁ、それだけが理由ではないんですけどね」

「ん?」

 音河の含みを持たせた一言に十三は怪訝な顔をするが、音河はそれを見なかったかのような態度をとり、その司令室を出てそこから繋がるもう一つの部屋へと移動した。

「座っていてください、今コーヒーを入れますから」

 十三がその部屋を覗くと、そこは隊員達の休憩室のようで、部屋の半分はこの手の施設や学校などでよく見かける小汚いビニル床に、先ほどの司令室に置かれていたものよりもさらに安価な、小ぢんまりとしたパイプ椅子とパイプ机がおかれていた。
 十三はそのパイプ椅子に腰かけ、改めて部屋を見渡した。パイプ椅子一式が置かれているスペースのもう反対側半分は、畳の部屋に無造作に敷かれた布団と、今度は本物の小さな冷蔵庫、そして音河が操作するコーヒーメイカーなどが見て取れた。その余りにも生活観溢れる光景に、十三は何故だか親近感を覚えていた。

「ミルクと砂糖は多めでよかったですよね」

 そういって音河は十三の前にミルクが混じり、茶色になったコーヒーを置く。自分の前には混じりけ無しの真っ黒なブラックコーヒーを置き、一息ついて十三と同じようにパイプ椅子に座った。

「何か、変わったなお前」

 十三は甘いコーヒーをすすりながらそう言った。以前の音河ならば自分から進んでコーヒーを十三に入れるなどと考えられなかった。以前ならば、他の捜査官にやらせるか、さもなくば十三にやらせていたはずだ。それを聞いて音河は意味ありげに笑った。

「どうも傲慢な自分を演出するのも飽きてきましてね、少し謙虚になってみようかと思っただけです。それに変わったというのならお互い様でしょう」

 そういって音河もブラックコーヒーをすする。確かに二人とも、数ヶ月前とは別人のようだった。二人の肉体、特に音河の筋肉は大きく膨れ上がり、ウェイトを大きく増していた。にも関わらず二人の動きには軽やかさとしなやかさが加えられ、印象そのものが大きく異なっていた。しかしもっとも大きく変化したのは肉体ではないことを、お互いに良く分かっていた。

「まぁな。…ってこんなしょうもないこと話すためにここへ連れてきたんじゃあねぇだろう」

 もう一口コーヒーをすすると、十三の顔が真剣なそれになった。それに合わせるように音河も咳払いをすると、口を開いた。

「そうですね……まず話をする前に君が眠っていた間に起こった事件について、どれだけ知っていますか?」

「悪いが何にもだ。寝こけてた間は当然として、起きてからはずっと訓練訓練また訓練だったからな。新聞もテレビも見ちゃいねぇ。訓練が終わったら風見先生から即、お前と合流するように言われたしな」

「そういえば風見さんは?」

 思い出したように音河が尋ねると、十三は首を振って答える。

「俺の修行が終わったら『トイヤ!』とか言って消えちまった。あの人の援護は期待できねぇよ」

 そういうと音河は残念そうに舌打ちすると、少し苛立った様子でマグカップを叩きつけるようにテーブルに置いた。

「荒れてんな。もしかして相当ヤバいのか?」

「正直、風見さんの援護を期待していましたのでね……まぁ順を追って話しましょう。まず去年の十一月から」

 そういうと音河はオペレーター達に指示をする。するとスクリーンが現れ映像が投影される。そしてそこには日本人ならば誰もが知る山、富士山がまるで血のような赤黒い溶岩を吐き散らし、噴火している様子が映し出されていた。

「これは現在活動が確認されている組織規模のテロリストの中でも最大規模の一つ『ヴァジュラ』とスマートブレイン社の実行部隊RTサービスがぶつかった結果です。この戦闘によってヴァジュラの日本戦線の指揮管であったと思われるミハイル=ハイネンの打倒に成功するも、RTサービスも大きなダメージを受け壊滅状態……とまではいきませんがその稼働率を大きく低下させています。加えて対ヴァジュラ戦において中心をなしていたという協力者達もまた、大きなダメージを負ったそうです」

 音河はスクリーンに次々と画像を投影させていく。銀色の装甲服に身を包んだ大勢の隊員達、BKJと呼称される『ワイズマンストーン』なる稀少なエネルギー鉱石を埋め込まれることによって誕生するヴァジュラの主力改造人間、そしてそれらと戦う『ダブルストーン』と呼ばれる高位のワイズマンストーンを二つ埋め込まれた上位型のBKJ達、日本刀を携えた豹のようなダブルストーン、金属製の片腕を持った猛禽類のようなダブルストーン、巨大な銃を持った兎のようなダブルストーンが次々と表示され、そして最後には全身が溶岩で構成された、まるでカブトムシ、それも海外に生息する大型のそれを模したような巨大なBKJが表示された。例え映像であっても伝わってくる強烈な存在感に、十三は思わず息を呑んだ。

「そして次、殆ど間を置かずに今年の一月」

 そういって音河がリモコンを操作すると映像が切り替わる。するとそこにはゴキブリに良く似た黒い異形の怪人が、大量に蠢く姿が映し出されていた。

「うぇ、なんだこいつら。気持ち悪ィな」

 十三がそう漏らすと、音河は不満を込めた視線で十三を見た。

「あん?あんだよ?」

「……君がそう言うのはどうも釈然としませんがまぁいいでしょう。こいつらはダークローチ。『ジョーカー』が『バトルファイト』に勝利したことによって生み出された世界を滅ぼす化け物ですよ」

「ジョーカー? バトルファイト?」

 突然、未知の固有名詞がいくつも並べられ、十三は困惑する。しかし音河はその反応は予想通りと言った風にリモコンを操作し、スクリーンに別の画像を投影させる。

「まぁそのへんの言葉はあまり覚えなくてもいいです。説明するとかなり時間が掛かりますし、今は重要じゃない。重要なのは、このダークローチが各防衛組織の対応力のキャパシティを超えるレベルで大量発生したという事です」

 切り替わったスクリーンには、そのダークローチが自衛隊基地や警察署を襲う様子や、それに対抗する戦士達の様子が映し出された。

「すげぇなこいつ……」

 十三は感嘆した様子でつぶやいた。画面には青い装甲に身を包み、剣を携えた一本角の戦士が映し出されていた。その青い戦士は鬼神の如き強さでダークローチを蹴散らし、さらに戦いの中で黄金の鎧を纏う。するとその強さには更なる磨きがかかり、一種の狂気すら感じさせる強さを十三に見せつけた。
 そして映像が移り変わり、ダークローチが警察署や軍事基地を襲い、それに兵士たちが抵抗する様子などが映し出された。その中には小さな背丈に長大な日本刀を携えて戦う少女や、全身機械でありながらもどことなく女性らしさを感じさせる陰陽師ロボットといった、十三や音河も知る戦士達の姿が混じっていた。

「そして同じく一月。「エニグマ」の日本上陸」

「「エニグマ」……奴らもついに日本に狙いを定めたってわけか」

 十三はぎり、と奥歯を噛み締める。
 現在活動が確認される高度な科学・魔導技術を保有したテロリスト……所謂『悪の秘密結社』の中で先に登場したヴァジュラと並ぶ世界最大規模の組織、「エニグマ」。その活動は主にヨーロッパと南米が中心で、十三もこの「エニグマ」とは、彼の『先生』に率いられ世界を旅する中で、幾度か交戦経験があった。
 彼らの保有するオカルト的な技術によって強化された改造人間「ネクロイド」には、十三は何度も苦汁をなめさせられており、その強さは身をもって味わっている。
 そしてその「エニグマ」が、ついにこの日本でも活動を開始したという。

「奴らはまだヴァジュラのような大規模な戦闘こそ起こしてはいませんが……それでもかなりの被害が出ています」

 表示されたのは、今度は今迄の戦闘映像などとは打って変わって、大手新聞社やニュースサイトの記事の切り抜きなどだった。都内オフィスビルでの謎の集団自殺事件、台湾行き旅客機の墜落事故、数件のクラブハウスで発生した大量猟奇殺人事件……などなどの大量の人死を伴う奇怪な事件が次々と表示される。

「もういい、飛ばしてくれ。胸糞が悪ィ」

 腕を組みながらその映像を見ていた十三が声を軽く荒げる。音河もその言葉に同意したのか、何も言わずにさっと次の画像に切り替えた。

「そして最後はこれ。つい先日の東京での出来事です」

 そういって移り変わった映像に投影されていた光景に、十三はさらに息を呑む。
 巨大な人骨模型としか形容しえぬ化け物が、東京の街を蹂躙する光景が映し出された。その巨体さは尋常ではなく、画面の中での建造物とのサイズ差から比較して300m以上はあるものと思われた。この国での防衛組織が毎年、かなりの大きさを誇る人型機動兵器を多数生産している事実は十三も知っているが、ここまで巨大なものはまず知らない。
 そしてその巨大なガイコツ人形に街が焼き払われる中、『彼ら』は現れた。

 巨大な翼と漆黒の体色、まるで血管のような真っ赤なラインを全身に這わせた吸血鬼。
 白銀の鎧に身をまとい、高貴さを漂わせる聖騎士。
 三本の角を備えた、海外産の大型カブトムシを思わせる闘士。
 三面に六本の腕を備えた阿修羅。
 背中に赤く浮き出た『鎌とハンマー』の紋章以外一切の装飾を切り捨てた鈍色の兵士。
 金の体と賢者の石を胸に持つ龍。
 ルナメタル装甲で覆われたφとΔ。

 彼らは皆、恐るべき戦闘力を発揮し、進化した現代の通常兵器を一切受け付けなかった巨大ガイコツを圧倒していく。十三は彼らのほとんどを初めて見たが、それでも彼らが何者であるかを一瞬のうちに理解した。

「仮面……ライダー……」

「ええ。落天宗の起こした大規模テロ。8人の仮面ライダーのおかげで事なきを得ましたが、首都機能は壊滅状態。前述の「エニグマ」の件と合わせて、ほとんどどの組織も首が回らず文字通り猫の手も借りたい状態です。そこへ……」

 音河の説明も、十三の耳には入っていなかった。ただただ、リプレイで流され続ける8人の仮面ライダーの映像に食い入っていた。

(俺に……俺にここまで出来るのか!?)

 今や世界中に存在する多くの仮面ライダーの中でも、自らの師である風見志郎、仮面ライダーV3をはじめとした伝説の11人ライダー。彼らだけが特筆して強いと、そう思っていた。
 しかし、この8人は近年現れたニューエイジの仮面ライダーであろう。おそらくは十三とそう歳も戦闘経験も変わらない筈の。にも関わらず、彼らの戦闘能力は十三とは、仮面ライダーFAKEとは次元が違っていた。

 漆黒のライダーの魔力を見たか。
 褐色のライダーの剛腕を見たか。
 白銀のライダーの剣技を見たか。
 阿修羅のライダーの旋風を見たか。
 鈍色のライダーの胆力を見たか。
 金龍のライダーの技量を見たか。
 紅線のライダーの装備を見たか。

 仮面ライダーFAKEには、あんな大質量の物体を破壊するような能力もパワーもない。秘密の武器も、進化の力も持っていない。今の自分が、完全な100%の自分の力だ。
だが彼らには、明らかにまだ奥の手が残っている。それは映像からでも立ち回りで分かる。

(落ちつけよ……俺だって今はヤードバードだ……仮面ライダーだ……ビビる必要なんてねぇだろ!?)

 必死に自らに言い聞かせる。しかしそれでも足の震えは止まらない。胸の奥からくる感情の波は止まない。この感情を『嫉妬』と呼ぶことを、十三はよく知っていた。





「人の話を聞かない人って殺してもいいと思うんですよ僕」

「熱っ!?」

 突然襲った激痛が、十三を現実世界に引き戻した。音河が額に押し付けた約800度超の温度を誇る紙巻が、額に真ん丸な焦げ跡を作るが、すぐさま傷跡も残さず再生する。

「あっつ……いってぇな、足立区のチンピラかお前は」

「結構大事な話してるのに上の空ですか、地球の平和なめてんですか君」

 そういいながら、別のタバコを胸ポケットから取り出し口に咥え、傷だらけのジッポのライターで火を着ける。

「あれ? お前、タバコなんか吸ってたっけか?」

「十代の頃に少しだけ……ね。もう10年以上昔の話ですけど」

 そう言うと音川は紫煙を吐き出した。火を着けてすぐに吐き出す様子に、あまり美味そうに吸っている様子を感じ取れない。その理由を十三の敏感な五感が、はっきりと嗅ぎ取っていた。

「これ、ゴールデンバットか?『同じ品ならより高いものを』な音河釣人らしくねぇもん吸ってんな」

「別に煙草が吸いたくて吸っているわけじゃありませんからね。そもそも煙草なんて、心肺機能の低下に肺がん発病率の上昇と、吸ったところでろくなことにならない。賢い人間が嗜むものじゃありません」

 そういって、日本国内で最も安価なタバコを灰皿に置く。火を消そうとしない辺り、フィルターギリギリまで吸い尽くすつもりのようだ。

「ただ、こういうチープなタバコを吸っていると、戦場でピリピリしていた時の感覚を思い出せますからね」

 そういうと傷だらけでところどころ錆びたジッポを見つめながら、タバコを吸いきって火を消す。その様子に、音川の言葉以上に気が立っている様子が十三にも見て取れた。

「さっきも言ったが、相当ロクでもない状況みてーだな」

「そのロクでもない状況を説明してあげていたんですけどね糞野郎。もう一度最初から説明しますよ? この一連の事態で数少ない戦力の低下を免れた勢力がありました。それが……」

 そこまで音河が言ったときだった。突然、基地内の灯りが真っ赤な非常灯へと変化し、警告が鳴り響く。

「音河さん! 奴らが来ました!」

 そういって、隣の部屋から先ほどの受付にいた女性が飛び込んできた。それを受けて音河がスクリーンを録画映像から、基地外部を映し出す監視カメラの映像へと切り替える。
 そこには、つい先ほど戦った『量産完成型仮面ライダーFAKE』とでもいうべきMtMの新型戦闘員ブートソングが3体、P90マシンガンらしき装備を携えて、ロックされた扉を蹴破ろうとする様子が映し出されていた。そして別カメラがもう一人、背広を着て目深に帽子を被った大柄の『人間』に見える男を映し出していた。

「この短時間で二連続かよ、若いっていいねぇ」

「僕なら一晩で二桁は余裕ですけどね」

「女の子の前で下ネタとか死ねばいいと思います。それより予定通りに?仕掛けは完了していますし、指示された装備もまとめてあります。撤退準備も既に」

 そういって彼女は非モテと既婚者の軽口に動じることなく、音河に指示を仰ぐ。

「上出来。マニュアル通りに総員は脱出、あとは本部の指示通りに行動してください。僕とこの無精髭は奴らを足止めします」

 そういわれ彼女が十三に視線を移すと、十三は緊張感のない表情で彼女にひらひらと手を振る。その様子を見て、女性は音河と十三へ黙って敬礼を送り、彼女を含めたほかのオペレーターや整備員達は無言で素早く、音河と十三が入ってきた扉とは別の隠してあるルートで基地から脱出していく。

「おいおい、こんな簡単に基地を一つ捨てちまっても大丈夫なのか? なんかもったいなくねぇか?」

「カネとモノは使うべくときに使うためにあるんです。それが見極められない奴はいつまでも貧乏人のままですよ」

 そう音河はいうと、使っていた机や椅子を入口へと放り投げてバリケードを作る。十三は椅子に座ったままコーヒーを啜りつつ、その音河の行動をじっと見ていた。

「マジな話、拠点が襲われたってのにえらい冷静じゃねぇか。俺としちゃこんな短い間隔で奴らが襲ってくるってのは結構驚いてるんだがな」

 言葉とは裏腹に、十三は特に焦った様子も見せずにズズズ、と音を立てながらミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーを飲み、音河へと言葉を投げかける。そしてその音河もまた、監視モニターの映像が次々に砂嵐になっていくのにも関わらず、淡々とバリケードを作り続ける。

「その辺もあとで説明します。今言えるのは彼らが襲撃することは当然わかっていたってことくらいです。『君』をこの基地に連れてきた時からね。あとそれから、僕が合図したらその床のマークされた場所に立ってください」

 そういって、音河は作業しながら床に薄く×印がマークされた地点を指差す。

「音河さん! ご武運を!」

 そういって最後に残った捜査官が敬礼をし脱出すると、音河はその脱出口に大きな金属製の錠前をかけ、その錠前に自らの拳を打ち込んだ。
 ギャリ、というおよそ生身の人間が立てたとは思えない音が一面に響き、思わず十三は首をすくめる。そして後には、鍵穴が変形し大きくゆがんだ錠前がプラプラと揺れていた。
そして音河は落ち着いて飲みかけの、冷めて温くなったブラックコーヒーを流し込み、不満げに口元を歪めた。

「やっぱりスーパーで買った業務用の豆はダメですね。酸味が強すぎる上にコクもない」

「そうか? 通に美味いだろ」

「……食べられれば何でもいい生き物に、味覚なんて上等なものを期待した僕が間違っていました」

 監視カメラが全滅した今、推測でしか慮ることはできないが、恐らくプラスチック爆弾によって隔壁が破壊される振動の中、二人はコーヒーを飲み干す。

「……来るぜ」

 そう十三が呟いた瞬間、正面の扉がバリケードごと破壊され、粉じんが舞うそのぽっかりと空いた穴から仮面ライダーFAKEによく似た、同じくゴキブリをベースにした改造が施されたと思われるメルヴゲフ『ブートソング』が三体、監視カメラで確認した映像通りP90を携えて現れる。
 普通のアサルトライフルよりも短くて取り回しも利き、サブマシンガンよりも威力のある弾丸を発射できるP90は、こういった屋内戦闘によく向いた武器だ。その取り回しの利く銃を、音河と十三に向かって三点バーストで発射する。

「おっと」

「へっ!」

 しかし音河と十三は軽々と回避し、距離を取る。

「特殊弾頭のP90? どいつもこいつも無駄遣いしやがって、木の根っこの味教えてやろうかコンニャロー!」

 十三は発射された弾丸が、自分の知る通常弾頭のP90とは違う発射音で発射されたことを聞き、そう吐き捨てる。P90自体、独自規格の弾頭を使用している高価な銃だ。警察などの特殊部隊や後方での非戦闘員に配備されることは多くあれど、軍事組織が前線で使用し、大量に弾をばらまくという事自体稀だ。その独自規格のさらに改良弾頭となれば、その価格は推して知るべきだ。

「貧乏人の僻みはよく分かりましたから、そろそろ真面目に行きますよ!」

 そういって音河は内ポケットからトランプほどの大きさの、金属製のカードを取り出す。そしてその動きと同時に、十三もまたベルトの腰部側面に取り付けられたケースから、数年前に流行ったシングルCDのような小さな中心に穴の開いた銀色の円盤を取り出す。

「パワーブレス起動!」

「Alternate Take Arrangement……」

 二人が叫ぶと、音河のリストウォッチに色のついた水晶のような外見をした『ストレージクリスタル』が起動し、十三はベルトの髑髏のような装飾が施されたバックル部分が二つに分かれ、そこにCDを挿入する。

「変!」

「身!」

 そして音河はリストウォッチのスリットにカードを走らせ、十三はまっすぐに伸ばした両腕を反時計回りに回転させる。すると音川の体はワイヤーフレーム状の光に包まれ、十三のベルトは猛烈な光を挙げて回転する。
 そしてシュウ……とスチームが噴出する音を立てて、カイザーメタル・ジルコナイト複合装甲を持つ現代の騎士が降臨する。黒いボディと銀の装甲、そして全身を走る青いライン。両足踵に備え付けられたグライディングローラーがうねりをあげて回転し、背面と後頭部を繋ぐパイプが揺れる。真っ白なマフラー状の放熱フィンから陽炎を漂わせて、顔面中心部の大きな単眼が光る。

「ブルーノート、機動完了、状況開始」

 もう一人、キシュ……と金属が擦れるような奇声を挙げて、真っ黒な正義の異形がはいずり出でる。その背広の下には油光する漆黒の薄い生態装甲の皮膚を持ち、額からは高電圧コードのように長く太い触覚が二本、腰までだらりと垂れている。四枚の金属で構成された、昆虫の大あごを模したような口部のクラッシャーと直翅目の昆虫に見られる複眼は、どことなくゴキブリと髑髏を掛け合わせたようにも感じ取れる。変身前と変わらぬ黒いスーツと鉄下駄を履いた、滑稽とも異様とも取れるその怪物は、真っ白なマフラーをたなびかせて吠える。

「仮面ライダァァァァァァッ! FAKE!」

 今回は最初からヤードバードへと変身する。というよりも、FAKEライダーにとって本来の形態がヤードバードであり、今までのFAKEが不完全体のようなものなのだ。ヤードバードは所謂『強化フォーム』ではなく、これが本来ならば『基本フォーム』なのである。

「気を付けてください十三、監視カメラにはこいつらの他にもう一人映っていた筈です!」

 重心を心持ち前のめりに構えたブルーノートが、FAKEライダーに呼びかけたその時だった。
 コツ、コツ、コツと革靴が発てる心地よい音が、軍隊経験者特有の一定のリズムで刻まれながら、ブートソング達が開けた穴の奥から響いてきた。

「ほおぅ、試作型ブートソングの改修機とICPOの新型か。イノヴレーヴェがやられたと聞いたときは驚いたが、実際に目にしてみれば納得といったところだな」

 そしてその音の主は、ブルーノートと仮面ライダーFAKEを一目見て感心したように声を上げる。
 ゆったりとしたペースで言葉を紡ぐその男は、監視カメラに映っていた大柄の男だった。

「堂々と前に出てくるとは良い度胸だ、ですがどうせその姿も擬態でしょう? とっとと化けの皮を剥いだらどうです」

 そうブルーノートが男へ呼びかけると、その男はニッと笑って白い歯を見せる。そして顔の前で両腕を交差させと、その男の全身の筋肉が破裂せんばかりに膨れ上がり、背広を破りながら巨大化していく。そして破れた背広の隙間からはところどころ、オレンジ色の短い体毛が見え隠れする。
 そして男の顔つきも変化していき、その顔も短い剛毛に覆われていく。そしてその剛毛の上から第三世代型メルヴゲフに共通する金属光沢をもつ生体装甲が全身を覆っていく。
 もともと2mを超える大柄だった男の身長はさらに大きくなり、筋肉もアンバランスなまでに肥大化していく。さらにその肥大化した上半身全体を覆う真っ赤な装甲が露出し、右腕にはチェーンソーの鎖歯車刃のような刃がついたジャックナイフが備え付けられている。

「へっ、今度はゴリラのメルヴゲフか」

「そうだね、俺はイノヴゴリラ。覚えやすい名前だから、是非覚えてほしいな」

 そういってイノヴゴリラは左腕を大きく振り上げ、チェーンソーナイフのついた右手をまっすぐに前へと伸ばす構えをとる。

「今ここでぶっ殺す野郎の名前なんぞいちいち覚えてられねぇな!」

 そう叫ぶと、FAKEライダーは極端な前傾姿勢をとり、弾かれたように一直線にイノヴゴリラへと突っ込んだ。
 その軌道線上に三体のブートソングが立ちふさがると、P90マシンガンをFAKEライダーに乱射する。

「こんな豆鉄砲避けるまでもねぇ!」

 P90から放たれた徹甲弾はすべてFAKEライダーが着ている背広のジャケット、すなわち特殊合金繊維シルベール製の防護アーマーに弾かれ弾着の火花を上げて逸れていく。
 弾丸の雨の中をFAKEは愚直に一直線に駆け抜け、三体のブートソングのバリケードをすり抜ける。

「へっ、俺がシルベールを着てるって事、把握しておくんだったな!」

 そしてFAKEライダーはそのままイノヴゴリラの首元へと迫る。イノヴゴリラもまたP90マシンガンをFAKEライダーへと向けているのが見えたが、FAKEは先ほどと同じようにそれを無視する。

「だから効かねぇつってんだろうが無茶ゴリラ!」

 そして必殺の手刀を鎖骨に叩きつけようとしたその時だった。ブルーノートの鋭敏なセンサーが、大きな熱源反応をとらえた。

「エネルギー反応増大!? まて十三、そいつは……」

「思い込むってことは怖いね」

 音河の声がFAKEに届くよりも一瞬早く、イノヴゴリラの手に握られたP90の引き金は引かれた。
 炸薬の破裂音は響かず、無音の閃光が迸った。

「あ?」

 FAKEが気付いたのはその数刻後であった。大きく踏み込んだ脚はFAKEの体重を支えることなく、そのまま無様に崩れ落ち、FAKEはまるで子供の様に転んだ。
 痛みを認識したのはさらにその数秒後であった。

「……俺の脚ィィィィィッ!?」

 拍子抜けするほど美しく、そしてすっぱりとFAKEの右足はシルベールごと膝から上下に分断され、切断された右足の膝から下が、ばん、ばんと音を立てて2度ほどバウンドし、転んだFAKEの目の前に落ちた。

「思い込むってことは怖いねぇ。P90と同じ形をしていれば、出てくるのはみんな鉄砲玉だと思っちゃう。もし注意深く観察してたなら、アンタの超聴覚なら、こいつがただ外見だけP90に似せた別物だって分かっただろうになぁ」

 イノヴゴリラはそうゆっくりと言うと、銃身の溶けた、P90そっくりの偽装が施された小型のレーザー・ピストルを投げ捨てる。
 レーザーの焦点温度には理論上限界が無い。照射した時間に応じて温度が上昇し、コンマ数秒の照射時間で数万度に達する。そしてこの温度は耐熱温度がどうの、といった次元を超える。すなわち照射された点は瞬時に電離し、プラズマとなって消滅してしまうからだ。つまり、この温度で物体は物体として存在することが出来ない。それはFAKEが着ている背広を構成する、防弾性の特殊繊維シルベールですら同じことだ。
 そしてほんの一瞬の間に照射されたレーザーは、シルベールごとFAKEライダーの右足を切断してのけたのだ。

「十三!」

 そう叫び、駆け寄ろうとするブルーノートを三体のブートソングが遮る。

「どけぇっ!」

 ブルーノートは、ブートソングとの間に存在した間合いを一瞬で詰めて飛び込み、左のジャブを放つ。そしてその拳が命中しようかという寸前で、ブートソングは流れるように身をかわし距離を取る。その動きを見て、ブルーノートの仮面の下で音河は舌打ちする。

(こいつらもやはり『アドリヴ』を!)

 そして三体のブートソングは自ら攻めることも逃げることもせず、同じ距離を維持したままブルーノートを囲んだまま動こうとしない。ブルーノートは間合いをさらに詰めようと突進すれば、ブートソングもまた接近戦を避け反撃せず、するりとベースになったゴキブリの如く逃げ出す。逆に距離を取ろうと引けば、三体とも同じスピードで追いすがってくる。

「くっ、こいつら……!」

「そっちのアンタはそいつらと遊んでいればいい。こっちでコイツの解体が終わるまでね」

 イノヴゴリラはそういって、悠々と倒れたFAKEへと歩を進める。
 足を切断された痛みに、十三は大声で泣き叫びそうになるのを、ぐっと噛み締めて抑え、代わりに虚勢を張って見せる。

「舐めんな、脚の一本や二本くらいとっとと再生……!?」

 ゴキブリは脚などを欠損しても、何度か脱皮を繰り返すうちに再生してしまう。その高い再生能力は、その遺伝子を組み込まれた仮面ライダーFAKEにも受け継がれている筈だった。それは、ヤードバードへと進化した今ではより強力なものへとなっている。
 しかし、レーザーによって切断されたFAKEの傷痕は、一向に再生する兆しを見せなかった。
 レーザーによる傷には一つの特徴がある。超高温による切断のため、傷痕が焼け焦げるのだ。このため、血管などが凝固され失血死などすることはなくなるものの、その傷痕が治療するのに非常に時間がかかる。FAKEのような超速再生を持つものとてそれは例外ではない。

「そういうわけさ、これでもう『アドリヴ』も使えない。片足でしか動けなければカウンターもバックステップもあったもんじゃないだろ?」

 そういってイノヴゴリラは右腕のチェーンソーナイフを赤熱させ、倒れこんだFAKEに振り下ろす。

「糞っ!」

 FAKEはとっさに足首にある鳥脚状の逆関節を持つ器官『エクスプレッション』を起動させ、倒れこんだままの体で低く構える。そしてゴキブリがそうできるように、一瞬で最高速度まで加速し逃げる。
 しかし片足だけでは上手く体を制御することが出来ず、壁へと衝突してしまう。

(畜生、情けねぇ……)

 砂を噛みながら、FAKEは自らの無能さ加減に腹を立てる。
 イノヴゴリラの言うとおり、これはFAKEさえ油断しなければ避けえた状況だ。
 かの山本五十六も言っている、軍人にとって、眠っている敵を打撃することは自慢にならない。それは単に打撃されたものの恥に過ぎない、と。
 FAKEはブートソングのマシンガンを弾いた時点で、安心して眠ってしまっていたのだ。

(だけどな……)

「十三、ここは一旦……」

「断ぁる!」

 三体のブートソングとこう着状態に陥ったブルーノートが撤退を提案し終わるよりも前に、FAKEは拒絶を口にした。
 その強い口調に、ブルーノートの仮面の下で音河は顔をくしゃっとゆがめる。

「はぁ? この状況が不味いって事が分からない程、君を馬鹿だとは評価してなかったつもりなんですけどね!?」

 強い不快感をあらわにした音河を後目に、FAKEは今一度イノヴゴリラに向かって飛びかかった。

「どっちにしろ逃すつもりはなかったが、良い度胸だね仮面ライダー!」

「そうだよ! 俺だって今は『仮面ライダー』なんだよ畜生!」

 FAKEの眼前に映る敵はイノヴゴリラではなかった。
 それは先ほどの青い剣士であり、黒い吸血鬼であり、三面六臂の阿修羅であった。
 彼らがもし、この場にいたとしたら、この程度の敵に苦戦するだろうか? 脚を落とされるようなミスを犯すだろうか?
 単なる仮面ライダーの偽物のままであったとしたら、十三は『自分は偽物だから』と開き直っていただろう。しかし、今は違う。
 山口十三は、仮面ライダーFAKEなのだ。
 仮面ライダーがこの程度の相手に逃げることなど許されないのだ。

「この馬鹿!」

 ブルーノートは手のひらのプラズマ光線発射口からビームを発射し、片足で跳びかかっていくFAKEの脚を打ち抜いた。

「痛ってぇ!?」

「ぬっ!?」

 予想外の攻撃にFAKEは再び態勢を崩し、そして同じく虚をつかれたイノヴゴリラ、そしてブルーノートを囲んでいた三体のブートソングは一瞬呆然とする。その隙を音河は見逃さない。踵の高速移動装置を回転させ、三体のブートソングを突破し、両足をなくし倒れ行くFAKEと、先ほどレーザーによって切断されたその脚を回収する。

「ふむ、さすがは音河釣人。だがそれでもこちらの有利は……」

「誰が有利だってアホ猿」

 そういうと立っていたブルーノートは、いつの間にか手に持っていた無線の遠隔起動スイッチを押した。すると爆音と共に基地中心の柱が吹き飛び、部屋全体がぐらうらと揺れ始めた。

「な、なんだ!?」

「この屯所の自爆装置を作動させました。地下にあるここを支える柱を完全に破壊すれば、ここは完全に押しつぶされる。この土砂の質量なら、改造人間でも押しつぶされればひとたまりもないと思いますよ

 そういって、音河は淡々と語り続ける。そしてその語る間にも天井に亀裂が入り、その亀裂は見る見るうちに大きく走り、今にも部屋が押しつぶされそうになる。そして同時に、先ほどの轟音と同時に降り注いでいた小石の雨の量が徐々に、そしてはっきりと増え続けていく。

「く、撤退する! 拠点を一つ潰せただけでもよしとするかな!」

 イノヴゴリラはそう言うと、その言葉に呼応して三体のブートソングが煙幕を噴射した。先ほどの爆発によって巻き起こった土煙も相まって、一瞬にしてイノヴゴリラと三体のブートソングの姿は覆い尽くされ、そして遠ざかっていく足音が仮面ライダーFAKEとブルーノートの耳に届いた。

「く……」

 ブルーノートに抱えられたFAKEライダーはうめき声を上げるが、それに対しブルーノートの鎧の下で、音河がFAKEに向けて冷やかな視線を送っていることが感じ取れた。

「お説教はあとです、今は僕らも脱出しますよ。ターボユニット起動!」

 ブルーノートの踵に備え付けられた高速機動ユニットが回転し、ブルーノートに爆発的な機動力を生み出す。そしてFAKEを抱えたままブルーノートは、戦闘前に指示していた印のついた床の上まで移動する。

「プラズマ・レイ!」

 ブルーノートの手のひらから発射されたプラズマ光線が、その印のマーキングされた床を破壊し、ぽっかりと穴を開ける。そしてそのぽっかりと空いた穴の下にはもう一つ、緊急脱出用の通路が作られていた。ブルーノートはその穴に乱暴にFAKEを投げ込み、そして自身もその穴へと飛び込む。そして二人が飛び込むとその穴がシャッターによって閉じられ、その上に瓦礫の山が降り注いだのだった。






 脱出したイノヴゴリラは、喫茶店にカモフラージュされたICPOの基地が背後でガラガラと崩れていくのを感じながら、変身を解除し人間の姿へと偽装する。イノヴゴリラはこの基地へと侵入したときと同じ大柄の男へと、そして三体のブートソングは、うち一体は瓦礫の崩壊に巻き込まれてロストし、残った二体のブートソングは山口十三と瓜二つの姿に偽装する。

「やれやれ、間一髪だったな」

 そうイノヴゴリラが一息つくと、ちょうど胸の内ポケットの入った無線機がブルブルと震えだした。イノヴゴリラは生き残った二体のブートソングに、ジェスチャーで車を回すように指示しながら、無線のスイッチを入れ、耳に当てた。

「失敗したようだな」

「はっ、申し訳ありません。ヤマシタ一等陸佐」

 連絡してきたのは彼らの上司であるヤマシタと呼ばれる、イノヴゴリラに負けず劣らずの大柄の男からだ。

「その一等陸佐とかいうのは止めろ、我々はもう自衛官じゃない」

「申し訳ありません。それでは、なんと御呼びすればよろしいでしょうか?」

 イノヴゴリラもさすがに上司に対しては特徴的な、ネチネチとしたしゃべり方と妙な語尾は付けない。意識してはっきりとしゃべりながら、ブートソングが回してきた車の後部座席に乗り込む。人目につかない路地裏に設置されているとはいえ、ここも人口密集地である。人が集まるのも時間の問題である以上、早急にこの場から立ち去らねばならない。

「ん? そういえば考えてなかったな……偉大なる諸先輩方にならって大首領、いや博士、ドクトルなんてのも捨てがたいな。まぁ、素直に『様付』で呼びたまえ、敬意と畏怖をこめてな」

「了解しました。ヤマシタ様」

 この上司は相変わらず、どことなく子供染みた、そして抜けたところがあるなと感じながらイノヴゴリラは返事をする。もう一人の大幹部、『MtM』のナンバー2であるマツモト/イノ・クラッベもまた子供染みた口調と外見をもつが、マツモトのそれは意識して作られた子供らしさということが、イノヴゴリラのような古参の部下にはよく分かる。もしかしたら、ヤマシタの子供らしさを隠しカリスマを盛り立てるために、マツモトはあのような子供らしい口調を装っているのではないかと、場違いなことをイノヴゴリラは考える。

「それで、損害は?」

「申し訳ありません、せっかくのブートソングを一体ロストしました」

「かまわん、追撃の指示を出したのは私だ。ICPOの基地を一つ潰せただけでも十分だ。最も、あちらさんにとってはそれも織り込み済みだったようだがな」

「恐れ入ります。それで、この後どのように動きましょう? できれば補給を受けたいのですが。レーヴェの奴が12体のブートソングごと奴らに倒されたことを鑑みると、いかに私が対仮面ライダーを想定した訓練を受けているとはいえ、現行の戦力では不十分と感じます」

 そうイノヴゴリラが報告すると、ヤマシタは興味深そうに声を上げる。

「貴様らしいな。実際に手を合わせてどう思った?」

「想定した以上の強さは感じませんでした。『仮面ライダー』を名乗るだけの強さはね。とはいえ、それでもICPOの捜査官もいますし、万全を期したい」

「よかろう、そこから一番最寄りのC3アジトに補給を用意してある。ぞんぶんに使うが良い。あともう一つ、こちらが一番重要な案件なのだが……」

 イノヴゴリラの乗った乗用車が、消防車とすれ違う。おそらくは先ほどのICPO基地崩壊を受けて消防へ連絡がいったのだろう。だが、この事件は単なるガス爆発か、もしくは手抜き工事による経年劣化か、なんにせよ適当な理由が付けられて処理されるはずだ。
 そしてヤマシタは言葉を続ける。

「ほんの数分前の出来事だが、今まで我々が山口十三の追跡に使用していたマーカーが消失した」






「うぐっ!」

 もう何年も使われていない緊急脱出用の地下通路内で、頬を打つ音が良く響く。音河の鉄拳が、十三を殴り飛ばした。

「何を考えていたか知りませんが、この一発でチャラです。お互い、説教もしたくなけりゃ聞きたくもないでしょう」

 そういって抱えていた、千切れた脚を、殴り倒された十三に投げ渡した。
 切断された脚は、ようやくこの時間になって再生の兆しを見せていた。自分の脚を受け取った十三は、傷痕同士を合わせてくっつける。

「……悪ィ」

 お互いに、不気味なほど無表情でやり取りをかわすと、十三は頬を拭い、再生しかけの脚で立ち上がった。殴られた際に唇を少し切ったものの、この程度の傷ならば、レーザーで切られた脚と異なり数秒で完治する。
 問題は切断されたシルベールのパンツだが、それも何とか縫い合わせることが出来る修復キットを『先生』から受け取っている。と言っても単純な針と糸などではなく、一種の溶解した金属のような『糊』でつなぎ合わせるようなものだ。

「それで、さっきの話の続きですがね」

 そういうと、音河は何事もなかったかのようにノートパソコンを取り出して、十三に見せていた映像の続きをモニターに表示する。モニターには新聞の切り抜きが表示され、その切り抜きには『大規模な異種生命体災害、列島を襲う黒い恐怖』だとか『SAUL隊員15名殉職、警察だけでは限界との声も』などといった見出しがついていた。

「この数か月、立て続けに起こった生物災害にテロ、もはやこの極東の島国の防衛組織の対応力のキャパシティは限界を迎えていました。しかしそんな中、ただ一つだけ本格的な損耗を抑えられた組織がありました」

 そういって音河はマウスをクリックすると、ノートパソコンの画面が切り替わり、今度は別の新聞記事の切り抜きが表示される。

「『自衛隊、本格的な対異種生命体部隊MtM設立』……?」

 切断されたパンツを張り合わせながら、十三は切り抜きの見出しを読んだ。

「ええ。この国の自衛隊ほど動きが制限されている軍隊はありません。シビリアンコントロールだとかいう政治家どもの保身のせいで動くべき時に動くことが出来なかった自衛隊は、幸か不幸か戦力を唯一温存することが出来ました。そのため、この対異種生命体災害に対処する部隊設立をスムーズに行うことが出来、そしてその設立は各方面で歓迎されました。ですが……」

 そこまで言って言葉を切り、音河は画面を切り替える。そして切り替わった先には、大柄な彫の深い顔立ちの大男が映された。その男の顔を見た瞬間、十三は息を飲む。

「コイツはッッ……!」

「彼の名前は山下英彦一等陸佐。MtMの設立者にしてその最高責任者、そして君の家族を皆殺しにした男ですよ」

 短い沈黙が訪れる。
 画面に映った男の顔は、紛れもなくあの男だった。
 十三の父、否、父だと思わされていた男を殺し、家に火を放ち、十三にとってのすべての始まりの男。確か山下主任だとか呼ばれていた大柄の研究員だ。
 つい先日のメルヴトュルカイとの戦闘で、ようやく思い出すことが出来た男の顔が、液晶画面に浮かび上がっていた。
 音河はパソコンを見つめたまま微動だにせず、十三はゆっくりと何度か深呼吸をすると、口を開いた。

「……調べたのか?」

「調べがついたときには手遅れでしたけどね。君の実家を散々探し回って、廃墟を見つけて、そこに残されていたデータを復元して……時間がかかりすぎました。顔も変えずに舐めたヤロウです」

「こいつが……俺の10年以上の旅の終わりってわけか」

 感慨深げな言葉とは裏腹に、十三には何故か安心した安堵のような、それでいてどこか他人事のような表情が浮かんでいた。
 音河はそれを横目で一瞬だけ見ると、無視して言葉を続ける。

「話を続けますよ……それで彼の設立したMtMはたった数か月でスピード設立された組織にも関わらず、多大な戦果を挙げました。彼はMtMを従来のSAULのような防性の組織ではなく攻性の組織として運用し、大量のメルヴゲフや他の未確認、さらにはマスコミには公開されていませんが、いくつかの「エニグマ」やヴァジュラの部隊と交戦し、これらを退けています。そしてつい先日、このMtMの功績をもって防衛庁は防衛省へと昇格。山下は組織内で莫大な権力を握るようになります。今思えば、この何をするにも遅いこの国で、あまりにもスムーズすぎる流れ、違和感を覚えるべきでした」

 そこまで言うと音河はふぅ、とため息をついた。そして一瞬、苦虫をかみつぶしたような表情を作ると、話を続ける。

「当然ながら庁から省へ格上げした最高の貢献者として、防衛関係のみならず政財界へ多大な影響を持つに至ります。ですが昨日、彼は突如MtMは日本国からの離脱を宣言し、すべての主権国家に対し宣戦布告しました。そして同時に今までMtMの後ろ盾といえた政治家や幕僚長達が謎の……死を遂げる、といっていいんでしょうかね、これは」

 そういって次に切り替わった画像は、まるで人間が溶けたかのように崩れた死体だった。酸で溶かされたのでもなく、熱で溶けたのでもない。ただただ内部から自壊して崩れたといっていい死に方に、十三は見覚えがあった。

「この死に方、あの蛇野郎がメルトダウンしたときと似てる……?」

 十三は、依然戦ったヘビのメルヴゲフを思い出す。片手が対物ライフルになったあの改造人間は、最終的に自らの肉体を崩壊させ、自壊した。

「その通りです。この溶けた死体の成分は人間のそれではなく、メルヴゲフと非常によく似た成分だったそうです。奴らは、メルヴゲフを利用して、なんというか、『コピー人間』とでもいえるようなものを作る技術を持っていたようです。このコピー人間を操って、自衛隊や政財界内での権力を増大させていたみたいです」

「コピーって……クローンなんかとは違うのか?」

「クローンが何なのか理解していますか? クローンというのはただ『DNAが同じだけの個体』です。同じDNAでも生活環境や人間関係によって顔形や趣味嗜好、かかる病気なんかも変わってきますし、指紋も違ったりします。何より、たとえば20歳の人間のクローンを作ったってすぐに同じ年齢のクローンが用意できるわけじゃない。ですがこいつらは、記憶や指紋なんかに至るまで他人をコピーすることが出来る。即席でだれかと入れ替わらせることが可能ってわけです」

 そういって、音河はクローンとコピー人間の比較図を画面に表示させる。いくつもの専門用語が並びたてられ、深く技術的な理解をすることは十三には不可能だったが、何とか音河が言った程度のことは理解する。

「つまり、例えば偉いさんなんかを拉致して入れ替えて、自分たちの思い通りになるように動かしてたってわけか。じゃあ頭の良い音河釣人さんに質問だがよ、なんでこいつらをわざわざメルトダウンさせたんだ? そのまま操り人形にしておけばいいじゃねぇか」

 そう十三が訪ねると、音河はその質問を予期していたかのようにノートパソコンのキーをタイプし、画面を切り替える。すると今度は拡大した細胞組織が脈打つ様子が表示された。

「さて、これは例の『コピー人間』の体細胞の一部です。ウチの鑑識が、発見されたコピー人間の遺体からまだ生きている細胞組織を採取し、培養している途中経過で偶然撮影されたものです」

 そう言って音河はキーを操作し、細胞の撮影動画の時間経過速度を等速から、200倍速へと変化させた。早送りされ高速で脈打つ細胞組織がおおよそ3か月ほど経過した際に、それは起こった。規則正しく並んでいた細胞組織が、突然ドロリと溶け出し、形を崩した。

「この通り、このコピー人間どもは三か月程度の寿命しか保たないみたいなんですよ。ま、そうそう都合よく人間の複製なんてできないってことですかね」

「それなら期限ギリギリのところでまた入れ替えて交換すればいいんじゃねぇの?それがくたばりそうになったらまた交換って感じでよ」

「ウチの鑑識だってそれくらいのことは思いつきますよ。ですが、コピーのコピーは当然劣化しますし、断言はできませんし原理もまだ仮説の段階ではありますが、オリジナルからコピーを作ることが出来るのは一回きりのようです」

 パソコンの画面が切り替わる。切り替えられた先に映ったICPOの鑑識の報告書では、記憶のコピーの際にオリジナルの脳に甚大な障害をもたらすため、おおよその人間はその一度きりのコピーで死亡してしまうと考えられる、と纏められていた。

「取り出した記憶を一度何かの記憶媒体で保存、って可能性は?」

 神妙な表情で十三は質問するが、音河の方は煩わしそうな表情でその質問を一蹴する。

「人間の記憶なんていうアナログ情報からデジタルへ変換し、さらにそこからデジタルからアナログへ再変換なんてコピーのコピーを作るより劣化が酷くなります。繰り返しますが、ウチの鑑識だって馬鹿じゃない。専門家じゃない君が考えつくような程度なら検討していますよ」

 ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして言い放つ。

「へぇへぇすいませんな、それじゃあ当然、残ってる他のコピー人間共を見つけ出す方法もわかってるんだろうな?」

「当たり前です。まずやつらのコピーできる能力には限界がある。抽象的な表現になりますが、ある程度標準的な能力を持った人間しかコピーできないという事が分かっています。つまり、改造人間の能力や魔術や超能力なんかもコピーできない。それに指紋や声門がコピーできても肉体の成分はあくまでメルヴゲフですからね、DNAなんかも人間とは別物だそうですし、それに何より、陰陽寮には『SPD』があります。あれを偽装することは通常科学からのアプローチではまず不可能ですよ。実際、今回の件でもあの装置のおかげで殆ど一掃できたそうです」

 スピリチュアル・ポインティング・デバイス、通称SPD。人間の体に内在する『霊魂』とでも呼ぶような概念を探知、識別する装置である。陰陽寮が開発したこれは個人の識別や捜索に絶大な効果を発揮し、過去にも何件か例のある、今回のようなコピー人間を用いた『入れ替わり』の探知には莫大な効果を発揮する筈である。

「しかし奴ら、コピー人間だったか? そんな便利なもんがあるなら大昔から使われてるんじゃねぇのか? もっと遡って調べた方が……」

「……」

「あんだよ?」

 十三が疑問を口にすると、音河はじっと黙って口を真一文字に結んだまま、まっすぐに十三を見る。

「わかりませんか? このコピー人間は君の体から出てきたあの『イノベーターチップ』とかいうものからもたらされた情報によって作られたものでしょう。加えてさっき襲ってきたゴリラや、駅前で倒したライオンのメルヴゲフ、それに量産型『山口十三』。みんな君が生んだ蛭子ですよ。ですからどんなに長くともここ1年前、それ以上昔から完全なものが使われていたとは考えにくいでしょうね」

「……っ!」

 十三は言葉に詰まる。もしも自分がもっと強ければ、本物の仮面ライダーでありさえすれば、もっと被害は少なかった筈だ。
 コピー人間のオリジナルに使われた人々も、先ほどの駅前で犠牲になった人々も、まだ生きていたかもしれない。
 だが音河はそんな十三の様子に目もくれず、話を続ける。

「……さて、話を戻しますよ。奴らはこのコピー人間を使い、戦力を蓄え無視できない規模の勢力へと膨れ上がりました。ですが一番の問題はそれではなく、奴らがしかるべき地位に就いた際に得た『情報』です。奴らはこの国の防衛組織にかかわる機密情報をかなり盗んでいきました。幸い、自衛隊筋から一歩引いた位置にいる陰陽寮やICPOなんかはまだマシでしたが……」

 というと、音河の表情が無表情になり、そして今度は十三がにやけた笑いを顔に張り付けた。
 無理に笑って見せるように、無理におどけてみせるように笑いながら。

「ははーん、お前がこの基地をとっとと捨てた理由が分かったぜ。ICPOの情報も漏れたんだな。この基地の場所も奴らにゃとっくにバレてたってことか。で、当然自衛隊筋から遠い筈のICPOの情報が洩れてたって理由は……」

 十三はにやにやと笑いながら言葉を濁す。その様子に、音河は舌打ちしながら、頭をかきむしると、ぽつりぽつりと言葉を発し始めた。

「身内の恥をさらしたくはないんですが……ちょうど一年ほど前、ウチの兵器管理部門の人間が備品を横領していたことが発覚しましてね。その横流し先がどこだったか、言わなくてもわかるでしょう。で、まぁその横領をしていたカスは……どうも殺されて、長い間例のコピー人間が代わりを務めていたみたいで。低ランクの情報とはいえかなりICPOの内部情報がMtMに流れてしまっています。加えて近年、動きの活発化を見せるヴァジュラと「エニグマ」への対抗に戦力を割かれてしまっている以上、実働戦力事態は大きくないと評価されているMtMへの対応は後回しにされている現状です」」

「んん? ちょっと待った。話が矛盾してねーか? そら「エニグマ」とヴァジュラがヤバいのは知ってるがよ、今の話じゃMtMも十分ヤバいだろ。むしろ「エニグマ」連中みたいにまだデカい規模じゃないってんなら、潰せるうちにとっとと潰しておかねーと」

 十三が怪訝な顔を作るが、音河は何か諦めた様子で頬杖をついた。そしてこれは僕の推測ですが、と前置きする。

「おそらく、おそらくとしか言いようがありませんが、日本政府やICPOの中に相当数のシンパがいるんだと思います。奴らのコピー人間を使った成り代わりの最大の目的は戦力の拡大でも情報の入手でもなく、政府や組織の内部に入り込み、そのシンパを増やす事……」

 音河と十三は同時にため息をついた。かつての『仮面ライダー』達の大半が孤独な戦いを強いられた理由がこれだったのだろうと十三は推察する。ショッカーらに対抗する戦力を持つ組織の中枢に、すでにショッカーの息のかかった人間が巣を張り、その中枢を動かしているとあっては仮面ライダー達を援護できる筈もない。事実、ゴルゴムやネロス帝国といった組織のメンバーには、当時の政財界で大きな力を振るった人間が、何人か確認されている。

「おそらくは、そういう連中が重しになって、動きの枷になっているんだと思います。ですから現状、対MtMに動いている戦力は……実質僕達二人だけ」

 そう音河が言い終わると、十三も、音河も、口をつぐみ言葉を交わそうとはしなかった。
 これは誰のための戦いなのか? 人類を守るための戦いではないのか?
 その人類が、自らを守ろうとしていない。




 長い沈黙が流れる。




「で、だ。まとめるとこういう事か? MtMに関する情報は殆ど分からず、ICPO含む他の組織の援護は期待できず、今はMtMの奴らのターンってわけか」

 口火を切ったのは十三だった。務めて明るく、そして弾けるような軽い調子で。

「ま、そういう事です。たった二人のラ・レジスタンスってわけだ」

「リベレーターくらいよこせってんだよ、ったく」

 そういって十三は乾いた笑いを上げる。そして音河もつられて笑みを見せる。圧倒的に不利な状況に絶望したわけではない。戦う重圧に屈したわけでもない。

「とはいえ、全く援護がないわけでもありませんよ。陰陽寮以下、いくつかのチームも現場は頑張ってくれているようですし、それに今、MtMが突出した『何か』をしでかせば「エニグマ」やヴァジュラが黙っているわけがない。彼らの目的も『世界征服』でしょうからね」

 『世界征服』。この馬鹿げた誇大妄想を本気で考え、そのために行動を起こす連中。それが皮肉にも複数存在することで、互いの行動をけん制し合い、『正義の味方』達が反抗する隙を与えている。
 だがひとたびそのタガが外れれば、数万人規模の犠牲者が出ることは想像に難くない。なんとしても、その前にMtMを叩かなければならない。

「敵の敵は味方なんてわけじゃないだろうが、とりあえずは時間が稼げるってわけか。それで、これから具体的にどう動く?」

「まずはこれですかね」

 そういうと、音河はどこからともなく注射器を取り出し、それを投げ渡した。十三はそれを両手で抱えるようにキャッチする。

「あぶねっ!? お前こんなもん投げて渡すなよ! 針ついてんじゃねぇか」

「それは失礼を。で、いいからとっととそれを静脈に打ってください」

 怪訝な表情を作るも、恐る恐る腕の裾をまくり、静脈に注射する。注射器の中に入った半透明の液体が押し出され、十三の全身に流れていく。

「で、なんだこれ?」

「君の『メルヴゲフを寄せる体質』を抑えるワクチンみたいなもの……とでもいいましょうかね。君の実家を調べていたときに偶然見つかったんですよ」

 音河の話はこうだった。
 音河が廃墟と化した十三の実家を発見し、さらにその地下に存在した秘密の研究所の資料を調査する中で、山口十三=メルヴシャーベに関する資料がいくつか焼け残っていたという。完全ではないものの、それらを解析し復元した結果、十三の体の中には、一種の発信機のようなものが埋め込まれており、それの発するビーコンが、他のメルヴゲフを引き寄せていたのだという。そしてその資料を基に開発された、そのビーコンの発信を止める薬物が、今十三が注射した液体だという。

「今まで、おかしいとは思いませんでしたか? 君だってそれなりに監視や尾行には気を払っていた筈でしょうに、行く先々でMtMの連中が現れる。奴らは君の体から発せられる信号を追跡していたんですよ」

 そういって音河は下がってきた髪をかき分ける。古臭いオールバックの髪型が、何故かこの男にはよく似合っていた。

「これから奴らに対して攻勢を仕掛けるってんなら、その発信機は邪魔だわな。とりあえず礼をいっとくぜ」

 そういって十三は注射を打った腕を軽く振る。薬物を注射された独特の感覚が腕に、そして全身に回るが、特に問題はないし、またそれを問題にしない。大事を置いて今日一日は安静に、などと呑気なことを言っていられる状況ではないのだ。

「で、それよりも次はどうするよ?」

「とりあえずこれからはモグラ叩きですかね。今までは大した戦力もなかった以上、実際に大きな動きは見せませんでしたが、今は完成されたメルヴゲフに戦闘員としては破格の性能を誇るブートソング、侮れない戦力が充実しつつあります。新型メルヴゲフのテストも兼ねた、今回のようなテロが散発すると予想されますから、まずはこれらを地道に叩いていくくらいしかないでしょうね」

「そして並行して奴らの本拠地を探る、か。俺らの戦力で奴らを潰そうと思うなら頭を潰すしかないしな……」

 そう自分で口にして気が付く。『俺らの戦力』、山口十三=仮面ライダーFAKEの戦力で奴らとまともに戦う事が出来るのだろうかという疑問。
 音河は問題ないだろう、聞いた話では、MtMの幹部であったというあの蟹のメルヴゲフを退けたというし、先ほどの戦闘でも武装したブートソング三体相手に引けを取っていなかった。
 だが自分はどうだ? ヤードバードの力を得て、強くなったと思い込んでいた。だが新たに現れたあのメルヴゲフに手も足も出なかった。
 それだけではない。
 あの他の仮面ライダー達と比較して、十三の戦闘力は明らかに劣る。もちろん今までもその自覚はあった。しかしその差はもう少し、少ないものだと思っていた。ここまで圧倒的な差だとは思いもよらなかった。
 しかしそれでも風見志郎は、十三に『仮面ライダー』足りえる力を与えたと言っていた。

 つまり今の十三は、まだヤードバードの力を使いこなせてはいない。

「……悪い、音河。またしばらく別行動をとらせてもらう」

「今までの話聞いてました? 戦力は僕達しかいないんですよ」

 軽くいらついた様子を隠そうともせず、十三を問い詰める。だが、十三はそんな音河の様子を意に介さずに、意味ありげな含み笑いを作ると、音河から視線を切った。

「ちょっと女に会いに行きたくなってな」

「女ぁ?」

 音河は予想外の答えに間抜けた声を上げる。
 この状況下で色事に精を出すほど馬鹿ではないと思っていたが、その認識が甘かったのか。もしくはその女性とやらが、この状況に関係があるのか。後者であると音河は信じ、言葉を続けようとするが、先に口火を切ったのは十三だった。

「さっきの話だけどよ、お偉い先生方のシンパがどうのって話。あれ、逆に言えばそっちから手繰っていけばMtMのしっぽをつかめるんじゃねぇか?」

「それは確かにそうですが……アテはあるんですか?」

政治家のお偉方は、ICPOのような外様の捜査官を異常に嫌う事を音河は経験上よく知っていた。
もちろん、誰だって痛くもない腹を探られることは嫌がるだろうことは理解しているが、それでもこの状況ならば協力すべきだ。しかし、彼らにはそれが理解できない。
地球を救うためにその権力を手放すことが出来る人間よりも、地球が滅ぶその日まで、権力の椅子にしがみついていたい人間は存外に多い。

「まぁ、ちょっとな。一週間したら合流する、それまでそっちはそっちで何かたのまぁ」

そういって十三は音河に背を向け、地下道を歩いていくのだった。


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