未だ差別が根強く残る、テキサス州ダラス。

 その雨降るスラム街で、一体の異形と、一人の戦士がぶつかり合っている。

 異形は黒い体に、直立したときには腰まで伸びる程長く、そして高電圧コードのように太い触角。そして両腕や両肩、太ももやスネ、胸部といった箇所を保護する、琥珀色に輝く生態装甲(リプラスフォーム)。バッタ・コウロギ等の直翅目特有の複眼に、禍々しいその姿はゴキブリに似ているが、それ以上に見た目も中身も凶悪かつ凶暴。

 そして戦士は赤い髑髏、もしくは蜻蛉に似た仮面をつけ胸部の筋肉は力強く盛り上がり装甲を成す。風を掴む役割も兼ねた白く長いマフラー。そして腰には「力」と「技」の風車が回る。彼は自身の復讐を捨て、正義の為に戦う自由の戦士。

「人間なんか・・・・こんな・・・・今の俺の姿よりも醜い・・・エゴの化け物なんざ・・・・滅んじまえばいい!!!!」

 その心の内を吐き出しながら、黒い異形は赤い戦士に音速に等しい速度の突きを放つ。

 ドガァァァァァァァン!!

 しかしその拳は赤い戦士に触れることなく、アスファルトにクレーターを形成する。だが黒い異形は手を休めない。クレーターにめり込んだ拳をすぐさま引き抜き、背中の琥珀色の翅を展開、空中から赤い戦士へ追撃をかける。

 「俺が人間に何をした!?俺はあいつらを何度も助けてやったよ!だけどその度に・・・その度に俺を化け物扱いして・・・俺が醜い、気持ち悪い、吐き気がする・・・・一回だって礼を言ってもらったことだってなかった!!その上・・・あいつらは俺から音楽と・・大事な人まで奪いやがった!こんな連中・・・・みんな・・・・消えろ!」

 そして赤い戦士を空中から襲う。腕から生えた稲妻のような形のカッターを振り上げる。単結晶ダイアモンドですら砕くことなくバターのように切り裂く凶悪な威力を誇り、今思えば不本意ながら何人もの「人間」を守ってきた必殺の武器。これならばいくらこの赤い戦士でも一溜りもない。その筈だった。

 「ああああああああああああああああっ!」

 ガキッ!

 だが赤い戦士は、高速で震動し、更には落下による位置エネルギーが加わった強大な一撃をいとも簡単に片手で掴み取る。そして、

 バキバキバキ・・・!

 赤い戦士はなんと握力だけでそのカッターを砕いたのだ。

 「ぎゃあああああああああああああああああ!!」

 黒い異形は痛みに耐え切れず叫びを上げる。そして今度は赤い戦士が空高く飛び上がると、その身体を凄まじい勢いで回転させる。そして両足を揃え、黒い異形へ赤い嵐と化し、降り注ぐ。

 「・・・リーィィィィィ・・・・・・・フル回転・・・・・・・・キィィィィィック!!」

 ドカァァァァァァァン!!

 その一撃は先程の黒い異形が繰り出したそれとは比べ物にならない。なぜなら、その一撃には黒い異形と同じ重さの「悲しみ」に加え、黒い異形が持ち得ない、「正義の心」が込められていたから。

 そして黒い異形はその「重い」一撃をその身に浴び、吹き飛ぶ。そしてその異形は醜い姿から少なくとも見た目は人間に戻る。心は最初から。

 「・・・・はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ・・・・・・・な・・・んで・・・・・・なんで・・・・・なんでだよっ!!」

 黒い異形だった青年は、赤い戦士に叫ぶように問う。

 「なんでお前はそんなに強い!?なんでお前はこんなクソッたれの人間共の為に戦える!?お前のその顔だって、俺とかわらねえ化け物じゃねえか!!お前だって俺と同じような扱いを受けてきたんだろう?・・・・それなのに・・・・なんでっ・・・答えろ!この蜻蛉野郎!!」

 赤い戦士は何も言わず、暫く黙っていた。別段、この青年の問いに答えるのを窮しているわけではない。その答えは総て持ちえている。すべて自分が、いや自分達が既に通過してきた道だからだ。だが、それらを着飾った言葉で語ってもこの青年には届かない。だから赤い戦士は一言だけ、力強く呟いた。





 「『仮面ライダー』だからだ」








仮面ライダーFAKE

♯3 FISHERMEN, STRAWBERRY AND DEVIL CRAB
B PART




 海の見える夜の公園に二人の男がたたずんでいた。

 一人は死んだ目に無精髭、よれよれの真っ黒なスーツに鉄ゲタ、つまりこの物語の主人公である山口十三。

 そして隣には正直、嫌味なぐらい美形の男が座っていた。さらにぴっちりと整えられ針金のようなオールバックや、一見して高級品と分かるスーツや時計がそれを加速させる。

 「・・・・・久しぶりだな、音河。サッチモフェス以来か?」

 音河と呼ばれたその男は表情を変えずに手に持った缶コーヒーを飲むと、口を開く。

 「それ位じゃないですか? ま、無駄な時間は使いたくないので用件だけ言わせてもらいます」

 ごくり、と十三は唾を飲み込む。この男が自分に会いに来るときは大抵ロクな事ではないからだ。

 と、その前にこの音河という男について軽く触れておこう。

 彼の名前は音河 釣人(おとかわ つりひと)。

 十三の旧い知り合いで、一応「友人」だ。

 そして最も重要な事は・・・・・・彼の肩書きが「国際刑事警察機構所属の捜査官」であるという事だ。

 さらに話はそれるが、国際刑事警察機構、通称ICPOに対する認識は、「世間一般」と「この世界」では大きな隔たりがある。

 「世間一般」での認識は国際的な犯罪に対して結成された文字通りの警察機構、と言った程度。

 しかし「この世界」においては、約30年前、世界を覆う「闇」に気付き、仮面ライダーと共に戦った唯一の公機関。

 そして以来、ICPOには「デストロンハンター」の系譜を継ぐ、仮面ライダーやその他の『正義の戦士』達を補佐する秘密捜査官達が存在し、そしてその捜査官が「仮面ライダーを名乗る男」に接触する、それは新たなる危機の誕生と同意だ。


 閑話休題。


 音河は口を開いた。

 「たしか君、僕に30ドル貸しが有りましたよね? 今すぐ返してもらえます?」

 その時、十三は素早かった。それはもう初登場したときの某ACT3並みに素早かった。だが音河はそれ以上に素早かった。十三の足を払い腕を捕ると、大地に叩き付け、動きを封じる。

 「す゛み゛ま゛せ゛ん゛も゛う゛ち゛ょ゛っ゛と゛ま゛っ゛て゛い゛た゛だ゛け゛ま゛す゛か゛」

 と、現在持ち合わせが無い事を告げると、音河はニコッと微笑んだ。死刑執行の合図だ。

 「まぁ・・・・そうですね。目、耳、腎臓、腕、足、どれがいいですか? 君の汚い臓器でも30ドルぐらいにはなるでしょうし」

 そう言うと音河は何故か持っていたアタックナイフと局部麻酔を懐から取り出す。目がマジだ。

 「オイ、コラァ!! お前、お巡りさんがそんな事言っていいと思ってんのか!?」

 「ええ。国際警察官だからこそ流せるルートというものがありましてね」

 「そういう意味じゃねえ!ていうかわざわざこんな事する為に来たのか?」

 十三に言われ、なんとなく思い出した顔をする音河。物騒な代物をしまうと、十三の押さえを解く。

 「ああ、そうでした、忘れていました。えーと、何でしたっけ?」

 十三は肩を押さえながら、心底憔悴した顔で再び音河に向かい合う。言ってやりたいことが幾つかあったが、話が進まないので抑え、とりあえず本筋を聞く事にする。

 「まず、あいつ等何者だ? ただの人に化けるメルヴゲフって感じじゃなかった。なんか『組織』っぽい印象を受けたぜ」

 再び真剣な表情で十三は音河と向き合う。その音河も手にしたコーヒーをグイっと飲み干し、口の中を潤す。長い話になりそうだ。

 「奴らの名前は不明。ICPOでは便宜的に『Moose the Mooche』、通称『MtM』とよんでいます。あ、命名者はもちろん僕です。その思想・目的一切不明の破壊集団です。判っているのは奴らの構成員の殆どがメルヴゲフだということ、それほど大した規模ではないこと、そして最後に」

 音河はスッと十三を指差す。

 「君を何故か狙っている事」

 「そこなんだよなぁ、で、どういう事だ?」

 十三はため息をつくと、頭をぽりぽりと掻きながら音河に聞いた。

 「それを聞きたいのは此方の方ですよ。今回の僕の任務は奴らの調査なんですが、なかなかどうして奴らはシッポを掴ませない。なんといっても『ヴァジュラ』や『エニグマ』のような活発な活動をしているわけじゃない上に、規模がかなり小さい。ここ数ヶ月でようやく掴んだ手がかりが」

 「俺、って訳か」

 「で、本当に何か知りませんか? いいかげん家に帰りたいんですよ。ビリーとエラにも会いたいし」

 面倒臭そうな口調で十三に問いかける。ちなみにビリーとエラとは音河の妻と娘の名前だ。

 「情報ねぇ・・・・」

 とりあえず十三は音河にここ数週間の間の出来事を総て話した。自分が「メルヴゲフ」であったこと、「イノベーター」や「ブートレグ」と呼ばれる謎の存在のこと。

 「知ってることはコレで全部だ。ま、端的に言えば殆ど何も知らねえってことだ」

 十三は両手を顔の位置でひらひらさせて「お手上げ」のジェスチャーをする。すると音河は小さく舌打ちして

 「相変わらず使えませんね君は。ま、良いでしょう」

 というと、音河は十三に携帯電話を投げてよこした。一瞬、音河の本性が出たが気にしない。というか気にしてはいけない。

 「もし何か進展があったら連絡ください。携帯の使い方、知ってますよね?」

 「一応な。あ、通話料金とかは全部ICPOの負担だよな?」

 骨の髄まで貧乏が染み付いた十三は慌てて音河を呼び止める。音河は無言で頷くと、「それでは」とだけ言い、闇の中へ消えていこうとしたその時、

 グルルルルルルルルル・・・・・・

 音河が去っていこうとした方向と同じ向きから、獣の鳴き声が。

 「あぁ、忘れてました。そういえば君、厄介な体質持ちでしたね。まだ直ってなかったんですか」

 今迄で一番面倒くさそうな口調で十三に語りかける。

 「ああ。ここの所、特に酷くてな。一週間ぐらいで寄ってきちまう。ガス代が嵩んでしゃーねーよ。最近のガソリンの高騰がダイレクトに俺の懐を直撃してる」

 異常に気の抜けた二人の会話。

 鳴き声の主はクリッとした大きな目に、全身を覆う鱗、狭い場所を歩き回るに便利であろう鍵爪を持った、トカゲのメルヴゲフ、メルヴアイデクセだった。

 「どう思う? このタイムリーなタイミング、コイツ、連中・・・MtMつったか?・・・がよこしてきた刺客かなんかだと思うか?」

 全く戦闘態勢を取らない十三と音河。むしろリラックスしているようにすら見える。

 「まさか。君の厄介な体質が呼び寄せた野良でしょ。しかし物騒な世の中だ。こんな連中がこんな市街地に出るなんて。99年の「試作型救世主」事件からこっち、どこか世界が狂ってきているのかもしれませんね」

 「来年あたりにゃ機械が氾濫起こしたりしてな。んでそれに対抗して女の子が立ち上がって、その子を守るために未来から仮面ライダーが助けに来たりして」

 「笑えませんね」

 二人は淡々と語り続けるが、メルヴアイデクセにとってはそんな事は知ったことでは無い。十三よりも近くに居た音河に飛び掛る。

 「やれやれ・・・・・」

 だが音河は身を翻し、メルヴアイデクセの攻撃を安々とかわす。そして腰のホルスターから音河自作のダブルアクション専用リボルバー「Jz―Qn」を抜くと突然、その場から「消えた」。

 (本当に嫌味な野郎だ)

 十三は心の中で呟く。見せ付けているのだ。自分の戦闘力を。「敵」と「十三」に。

 「クァッ? カカカカ????」

 一瞬にして目の前から消えた「獲物」を探すメルヴアイデクセ。

 彼は「狩り」をしているつもりであった。何か妙な信号のような物に引き寄せられてここまで来ると、「エサ」が二つ有った。そのうちの美味そうな方一つを先に食べて、不味そうなもう一つも食べる。それだけの筈だったのに、これはおかしい。まるで自分が「狩られて」いるような感覚だ。

 がくん

 「??????」

 突然、膝が何物かに蹴られ、姿勢が崩れる。そして次に後頭部へ硬い金属を突きつけられる。

 「よい夢を」

 それは音河だった。彼は特別な能力を持つわけでも、十三のような特殊な技術を使ったわけでもない。人間の限界まで鍛え上げられた脚力によって、文字通り「目にも留まらぬ早業」で「消えた」のだ。すなわち単純な超スピード。

 そしてメルヴアイデクセの後頭部に弾丸が食い込む。

 「・・・・・・・・クァ」

 小さな叫び声を上げてメルヴアイデクセが倒れこむ。それっきり、動くことは無かった。

 「今度こそ、『それでは』」

 音河はJz―Qnをホルスターに仕舞うと、闇の中へ消えていった。十三はそれを見送ると、今日の寝床を確保するために夜の街へ繰り出すのだった。










 遡って30時間程前

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、た、助かったぜシブヤ」

 メルヴシュピンネはFAKEから自分を助けた男に一先ず礼を言うと、人間の姿に戻った。しかし、シブヤと呼ばれたその男は顔の筋肉を全く動かさず何かCD−ROMのような物と、それをはめ込むバックルがついたベルトを見せる。

 「・・・許可がおりたぞ、イガラシ。「描き込み」だ。これを使え」

 すると、今迄メルヴシュピンネだったイガラシと呼ばれた男は途端に嬉しそうな顔をして、シブヤに近づいた。その時、

 バキッ!!

 シブヤの拳がイガラシの頬に炸裂する。

 「バカが・・・・! あれ程軽率な行動は慎めといっただろう!! 我々の行動は秘密裏に行われなければならない。貴様の余計な行動のおかげで他の「組織」や正義とか言う人類至上主義を掲げるクズ共に勘付かれたらどうする? もしもそうなれば我々を拾ってくださったヤマシタ一佐やマツモト二佐に申し訳が立たん」

 切れた唇から流れ出した血を拭いながらイガラシは立ち上がると、シブヤの持っているCD−ROMとベルトを奪い取る。

 「気持ちは分かる。だが今は抑えろ。我々の力は余りにも小さい。我々がさらに巨大な組織となるには「イノベーター」、そして自衛隊が作った「アレ」が必要になると言うのはわかるだろう?」

 「ちっ・・・・・分かったよ。で、これからどうするつもりだ?まぁ、『描き込み』が許可されたんだ。今度こそ痛めつけてやる」

 「焦るな。癪に障るが奴の能力はデータ以上だった。伊達に仮面ライダーを名乗ってないし、奴に単純な力押しで攻めきるのは難しい。さらに今さっき入った情報だが、ICPOの特殊捜査官が奴に接触しようとしているらしい。さて、どうするか」

 シブヤが考え込むと、イガラシはニヤッと不適な笑いを見せた。

 「それなら効きそうな手があるぜ」

 「なんだと?」

 「奴が自分で言ってたんだ。『仮面ライダー』だってな。昔っから仮面ライダーを痛めつけるにゃこれが一番だ」

 そういったイガラシの視線の先には、幼稚園児を送迎するバスが走っていた。












 pipipipipipipi・・・・・・・・

 ひんやりとした朝霧が心地よい夜明けの公園に、携帯電話の着信音が鳴り響く。結局、ベンチで夜を明かした十三がもぞもぞと荷物を手探りで探し出し電話に出る。

 「ふぁい・・・・山口です」

 寝起きのだるそうな声で電話に応える。相手は音河だった。

 『おはよう御座います。音河です。十三、起きてますか?』

 「今、お前に起こされたよ。っあー眠ぃ」

 『それは良かった。それよりも今すぐ出られます? ていうか出ろ』

 「え〜? 眠ィんだけど」

 目をこすりながら上体を起こす十三。電話しながら公園の給水所へ向かう。

 『煩い社会不適合者。文句を言わずに速いところ来てください』

 「ちょっと待てって。『来い』って言ったって何処へ行けば良いんだよ。つーか何があった?」

 『何があったかは来れば分かります。位置はそこからだと西南に3キロぐらい行ったところの団地です。野次馬が出来ているから判ると思います』

 器用に肩と耳で電話を挟みながら給水所の水で顔を洗い、完全に目が覚める。この時期の水はもう冷たいが、贅沢は言っていられない。

 「あ? ちょっと待て。なんでお前、俺の居場所を把握してんだよ」

 『その携帯電話にGPSが付いているんですよ。陰陽寮のSPD(スピリチュアル・ポイント・デバイス。人間がそれぞれ固有に持つ「霊力」を探知し、その位置を把握できる道具)程じゃ有りませんが、かなり高性能な奴が』

 「あー、そう。ったくプライバシーも何もあったもんじゃねえな。まぁ自分で選んだ生き方だし、しゃあねえか」

 『何をぶつぶつ言っているんですか。さっさと来てくださいよ』




 電話してから30分後、十三は到着した。音河が電話で話した通り野次馬で人だかりが出来ており、「kEEP OUT」と書かれたビニールテープで封がされていた。その奥には幼稚園の送迎バスらしきものが見える。

 「遅い」

 音河はあからさまに不機嫌な声色と表情で十三を迎える。

 「西南へ3キロ、なんていう適当なヒントでわかるかっつーの! (まぁ詳しく聞かなかった俺も悪いが)むしろ30分でこられた事を褒めて貰いたいぐらいだってのに」

 十三は音河のバイク「スズキ・ハヤブサ」の隣にカブを留めながら文句を言う。何となく劣等感を覚えないでもなかったが、最高速度以外じゃダンチでこっちの改造カブの性能の方が上だ。ざまあ見ろ。(※十三の改造カブ最高時速260キロ、ハヤブサ最高時速300キロオーバー)

 「どうかしましたか? 眉間にシワよせたりにやけたりで気持ち悪い」
      
 十三の百面相をいぶかしんで、音河が若干引き気味に十三に質問する。慌てて顔を引き締める十三。引き締めてもそんなに変わらないが。

 「何でもねえよ。で、何があったか教えてもらおうか」

 「・・・・・昨日未明、殺人事件と集団失踪事件があったんですよ。それで、その現場がここです」

 「殺人事件と集団失踪事件? それが俺達に関係あんのか?」

 「まぁ、見てもらった方が速いでしょうね」

 それだけ言うと音河は警官となにやら話をした後、封がされた場所へ入っていった。本来なら管轄も何もかもが違うICPOの捜査官が日本で起こった殺人事件に首を突っ込むなんていうのはありえない話だが、どうやら警察の方への根回しは完了済みらしい。
 音河が十三も現場に入るように促しているので、あとをついていく。明らかに警官達が十三を不審な目で見るが、そんな事は気にしない。会釈して十三もバスの中に入っていく。

 「いいですか」

 と、十三の前に死体袋が2つ並べられる。それを見て十三は顔を歪める。それは一度、現物を見た筈の刑事達も同じだった。どうやら相当酷い死体らしい。

 「・・・・・一昨日から何も食ってなくて良かったぜ」

 もちろん、こんな物騒な世界に生きている十三だ。人の死体なんていうのは腐るほど見てきた。だが、それでも人の死体なんてものは見たくは無い物だし、もし見たとなれば、腹の中に物は入っていないほうが具合は良い。
 そして死体袋のジッパーが開かれる。

 「・・・・・・っ!」

 その死体には、上半身が無かった。しかもその切り取られた部分の傷は切断された訳でも、引き千切られた訳でも、焼ききられた訳でもなかった。

 「こりゃ・・・肉が・・・溶けてんのか? しかも一瞬で」

 十三が傷を覗き込み、傷を検分する。その言葉によって何か負の想像に駆られたのか、一人の若い刑事が口を押さえて走っていった。
 そして十三は否応無しに昨日戦った蛇のメルヴゲフ ―メルヴシュランゲ― を思い出す。奴が奥歯から吐き出していた溶解液ならこんな芸当も可能だろう。

 「被害者はこの送迎バスの運転手と、引率の保育士です。このバスに一緒に乗っていた園児10名は行方不明。あと他に残されていた遺留品はこれだけ」

 音河がビニール袋に包まれ、「to innovator」と血文字で書かれたテープレコーダーを十三に手渡す。十三は舌打ちすると、ソレを受け取る。

 「聞いてもいいですか?」

 十三は他の刑事たちに一応、許可を取っておく。此方が彼らの現場を荒らしているのだから、精一杯の「礼」を払うのは当然の行為だ。

 「聞いても何にも録音されとりゃせんよ。変なノイズが入っとるだけだ。まぁ聞きたけりゃ止めやせんが」

 もう定年に近いだろうと思われる刑事が答える。

 「どうも」

 十三はビニール袋の上からレコーダーを耳に当てる。

 「だから無駄だと・・・」

 「シッ! 黙っていてください」

 このレコーダーは奴らの残したメッセージだ。普通の人間の聴覚では唯のノイズにじか聴こえない。しかし十三ならば聞き取れる。そのことを見越したメッセージの残し方だ。

 『イノベーターに告ぐ。このバスに乗っていた園児10名は我々が預かっている。A区にある廃工場に18日深夜0時ちょうどに来い。この要求を無視するなら、この子供達の命は無いと思え』

 「分かり易・・・・・・」

 半ば呆れたように呟くと、レコーダーのスイッチを切る。
 「一人で来い」と入っていなかったという事は、音河もついでに始末するつもりらしい。最も、その腹積もりがなければこんな「警察が仲介に入る形」で伝えては来ないだろうが。
 十三はレコーダーを刑事に返すと、刑事達に頭を下げて踵を返す。

 「ちょっと待ってくれ。何なんだ一体」

 突然、後ろから呼び止められる。さっきの老年刑事だ。
 彼は頭を抱えて十三に問いかける。

 「この事件だけじゃあない。未確認から始まって、不可能犯罪、現場に灰が残される失踪事件、不可思議犯罪。そしてこの類の事件が起こるとあんたらみたいな得体の知れない連中がしゃしゃり出てきて、あっという間に迷宮入りだ。本当に、一体何がおこっとるんだ」

 老年の刑事だけではない。他の刑事達も十三達を見つめていた。その目には不信感や不安以上に、「何かが起こっている」のに「何も出来ないもどかしさ」が篭っていた。

 「・・・・・俺が言えんのは二つだけだ」

 十三は静かに、そしてゆっくりと口を開く。

 「一つ目、あんた等はもうこの件には関わらねえ方が良い」

 「な・・・・!?」

 突然、訳の分からない輩が自分達のナワバリにずかずかと入り込み、それを奪い取ったのだ。刑事たちは当然、「ふざけるな」と、そう言おうとした。だが、彼らは直ぐに気が付いた。
 十三の拳が怒りで震え、掌から血がにじみ出ていたことを。
 さらに彼は小声で続ける。

 「『化け物』の起こした不始末は『化け物』がつけるさ」

 刑事たちは上手く反応できなかった。ふざけているのか、とも思ったが十三の声色や表情は真剣そのもの。そしてそれ以上に今の言葉にはほんの少しだけ、『哀しみ』が感じ取れた。それは決して演技や冗談で出たものでは無い事は『人を疑う』事を生業としている彼らには十二分に感じ取れた。

 「もう一つ、子供達は全員助ける。必ず」

 それだけ言うと、十三は両手を上着のポケットに両手を突っ込んで去っていった。

 「あ、僕は普通の人間なんで。そこのところ宜しく」

 音河もそれだけ言うと十三のあとを追っていった。





 音河はバイクを止めた場所まで歩きながら、十三に話しかける。

 「最後のはちょっと格好付けすぎですよ。大体、君、子供嫌いでしょう」

 「・・・・・・・・・・」

 「十三?」

 十三は答えない。ただ黙り続けている。そして上体をそらしたと思うと、いっきに吐き出した。

 「・・・・・・・っつぁああああああああ! だぁッ! ムカつく!! あああああああ気に入らねえ! あー気に入らん!!」

 突然、大声で叫んだ。周りの野次馬達もびくっとして一斉に此方を向く。

 「あ、すんません」

 野次馬達に頭を下げると、再び前を向いて歩き出す。

 「気に入らないって・・・ああ」

 納得したように頷く音河。十三はまくし立てるように続ける。

 「狙うんなら俺を狙えっつーの。関係の無い人を巻き込みやがって」

 「それには同意できますけどね。ま、僕の場合は「関係のある人間」を狙った場合ですけど。あ、もしエラとビリーに手ェだしたら君でも殺しますから」

 「誰が出すか・・・・・・・・・・・・・・いや、ちょっと待てよ。(エラちゃんはコイツとビリーの娘だしな、光源氏作戦つーのもアリか。それにビリーの方も人妻ってのも逆に燃える(萌える?)モンがあるしな)・・・・スマン、手をださんとは約束できぐはっ!!」

 さっきまでのシリアスな空気はどこかへ飛んでいった十三の面中に、音河の裏拳が直撃する。

 「いってえな! 冗談に決まってんだろうが!! 酷いぞ」

 「嘘付け。マジだったろ、今のはマジだった」

 切れすぎて音河の敬語が吹っ飛んでいる。ちなみに音河の丁寧な言葉遣いは別に彼自身が丁寧な人間というわけでは無い。

 「次は冗談でも、『一人だけ目と耳を塞いで東京ジャズの会場に放り込む』に匹敵する苦痛を味わうことになりますよ。」

 「それはいっそ殺して欲しいな。まあいいや、そんな事よりも」

 と、十三は音河に先程のレコーダーの内容を説明する。
 すると音河はパテック・フィリップ製の腕時計で時間を見ると、少し考え込む。

 「まだギリギリだけど時間はあるな・・・・十三、ちょっとツーリングしませんか」

 「はぁ?何処へだよ。大体お前、状況わかってるか?」

 「分かっているから行くんですよ、宮内庁皇室史編纂局へね」





Cパート(ファイナルパート)へ続く。



メルヴゲフ解説

・謎の黒い異形
現在(2004年)から8年前、「赤い仮面ライダー」と交戦した、ゴキブリに似たメルヴゲフ。仮面ライダーFAKEに似ているが、FAKEには存在しない琥珀色の生態装甲や昆虫のような翅を利用した軽い飛行能力を持つが、いかんせん相手が悪すぎた。

・メルヴアイデクセ
トカゲの能力を持つメルヴゲフ。野良メルヴゲフの中ではかなり高い能力を持つ部類ではあるが、こちらも相手が悪すぎた。鋭い爪が武器。

・MtM
十三を狙う謎のメルヴゲフ集団。この『MtM』とはあくまでICPOにおける通称であり、彼ら自身が名乗っているわけではない。規模は『ヴァジュラ』や『エニグマ』に比べ圧倒的に小さいようだが、目的は世界征服のようだ。
なお、MtMとはMoose the Moocheの略で、チャーリー・パーカーの曲から取られた。この曲は彼に麻薬を売っていた売人の名前が由来らしい。


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