都内某所・・・・・

 メルヴシュランゲと、彼を十三から逃がした「シブヤ」、それから人工皮膚を纏い人間に擬態した大勢のメルヴアーマイゼ達がたむろしていた。

 「ガキ共の様子はどうだ?」

 人間態に変化したメルヴシュランゲが、メルヴアーマイゼに尋ねる。

 「ギギギ、オトナシクシテイマス」

 「そうか、やはり奴らの目の前で運転手と保育士を殺したのは正解だったようだな。無駄に薬を使ったりしなくても騒がれないのはありがたい。シュシュシュ」

 「そうかな〜? リスクがでかいかもよ?」

 突然、空間に今迄存在しなかった声が響く。メルヴシュランゲ達が一斉に振り向くと、そこには軽薄な口調にマッチした容姿の、小柄な少年がいつの間にか立っていた。

 「マ、マツモト二佐!どうして此方へ!?」

 驚いたようにシブヤが尋ねる。

 「いやさ、暇だったし。ヒデヒコの相手するのも疲れちゃったし。アイツ元研究員だかなんだかしらないけどさー、堅物の上に論理的でつまんないんだよね、一緒に居ても。ま、そんなことよりも」

 マツモトと呼ばれた少年は、くるりと擬音が聞こえてきそうな軽快なステップでメルヴシュランゲの方を振り向く。

 「イガラシ君、今回キミがやったことは多分、リスクがでかいね」

 「・・・・どういう事でしょうか? まさか人間共を殺すなと?」

 かなり不満そうにメルヴシュランゲは答える。だがマツモトはそんな事は全く異に関せずに、にこやかに話を続ける。

 「まぁ僕らの計画を考えれば『今は』やめて欲しいね。あんまり目立ちたくない。僕らの黒幕が知れたら一発でアウトだ、って言ってもそんな事を僕は危惧してるんじゃあないよ」

 一拍置き、

 「あのさ、何で『仮面ライダー』の連中が強かったのか、僕なりに解釈してみたんだ」

 突然、話が変わる。メルヴシュランゲとシブヤは困惑した表情を見せる。

 「確かに彼らは他の改造人間や異種生命体に比べて、高い戦闘能力を与えられている。だけど、それは圧倒的な戦力差を埋められるほどのものじゃなかったはずだ。「脳改造の有無によって生じる、柔軟な発想の有無」。これだって幹部クラスの改造人間なら同じ条件だ。そして最後に」

 マツモトはメルヴシュランゲとシブヤの顔を下から覗き込むと、屈託の無い笑顔を見せた。

 「『正義』の差」

 メルヴシュランゲがピクリ、とすぐさま反応する。

 「しかしそれは・・・・・・」

 「そう! それなんだ!!」

 反論が有ることは承知していたらしく、メルヴシュランゲの反論をすぐさま封じる。というかマツモト自身、それが理由だとは思っていないようだ。

 「『正義』というのならば、かつてに仮面ライダーに滅ぼされた連中にだって在った筈だ。たとえそれが社会的には『悪』と呼ばれるものであったとしてもね。さぁ、ここからは問題だ。仮面ライダーの連中に在って、滅んだ連中には無かったもの、それはなーんだ?」

 メルヴシュランゲとシブヤを某少年探偵のように指差し、問いかける。だが二人はまごつくばかりだ。ソレを見て、マツモトは再び満足げに笑う。

 「それはね、『ルール』さ」

 「は?」

 「つまりさ、かのショッカーを基とする「悪の秘密結社」は、世界を我が物とするためには「手段を選ばなかった」! 一方、彼ら「仮面ライダー」は世界の平和を守るために「手段を選んだ」、つまり「ルールで自らを縛った」。この違いさ」

 メルヴシュランゲとシブヤは互いに顔を見合わせ、ますます困惑した表情を見せる。そして恐る恐るシブヤが尋ねる。

 「仰っていることの意味が良く分かりませんが・・・・つまりこう言う事ですか? 勝つ為には『ルール』を作り『手段を選べ』・・・そういうことですか?」

 「そういうこと。結構イイ線いっていると思うよ。たとえばさ「GOD秘密警察第一室長」にしても「ロマ族の改造魔人」にしても「世紀王」にしても、過去に仮面ライダーを追い詰めた偉大なる先人達は、皆、「自分の美学に従う」っていうルールで自分を縛ってたじゃん」

 「それは結果論では・・・? それに、それが最初の『リスクが大きい』とどのように繋がるので?」

 メルヴシュランゲも同じく恐る恐る尋ねる。

 「ああ、ごめん。前置きが長くなったね。で、あのイノベーター・・・『仮面ライダーFAKE』って名乗っていたかな? 奴のルールはさ、『関係の無い人間を巻き込まないこと』だよ、多分ね。そして、その『ルール』を破った相手には徹底的に叩く、そういう手合いだ」

 すると、メルヴシュランゲは軽く嘲笑する。

 「ならば上等ですよ、逆に叩き潰してやる。この左腕の恨みだ」

 前回の戦闘でへし折られた左腕を掲げる。

 「できると良いけど。 ・・・・これで僕の忠告は終り。がんばってね」

 そういうと、突然マツモトの体が水に包まれ、水泡がはじける。そしてその後にマツモトの姿は無かった。

 「・・・・・・・・・・・・ふん、クソガキめ。カニの分際で偉そうに」

 メルヴシュランゲは小さく呟くと、柱を蹴った。


仮面ライダーFAKE

♯3 FISHERMEN, STRAWBERRY AND DEVIL CRAB
C PART





 二台のバイクが駐車する。場所は『宮内庁皇室史編纂局』。

 ぱっと見、普通のコンクリートで覆われた良くあるビルだ。そしてそのビルの中で行われているのは文字通り、宮内庁の有する資料をあーだこーだする場所、ということになっている。

 このバイクの持ち主である二人の妖しげな黒服の男、即ち山口十三と音河釣人には一生縁のなさそうな場所だ。

 だが、実際にはそうでは無い。この一見何の変哲も無いこのビルは世界最高水準のセキュリティを誇る日本の『裏の』防衛の要の一つ、その名は『陰陽寮』。その名の通りオカルト系技術によって、この日本を狙う『悪の組織』から守り、日本における『仮面ライダー』をはじめとする様々な『正義の戦士』及び『地球防衛組織』のバックアップを行う特務機関だ。

 「あ〜、あんまりここ来たくなかったなぁ。どーせ『お嬢さん』いねーだろうし」

 十三がやる気の無い口調でカブから降りながらゴーグルを額に上げ、草履からゲタに履き替える(流石のバイク運転中にゲタは危ないため、草履に履き替える)。ちなみに十三が口にした『お嬢さん』はこの『陰陽寮』における重要なポストについているらしい。『鬼神』と言ったか。

 「『お嬢さん』? ああ、神野江女史ですか。まだ諦めてなかったんですか? 無理ですよありゃ。完全に脈ナシですって」

 音河もフルフェイスを脱ぎながら、呆れたように十三に声を掛ける。だが十三は何故か自身ありげな表情で、人差し指を立てて左右に振る。

 「俺は諦めねーぞ! 今回はかなり本気だからな、必ず撃墜してみせる!! 今は・・・まぁ確かにアレだけれども」

 そういうと顎に手を当て、とても正義の味方とは思えない表情で笑う。

 「ていうか逆に撃墜されてんじゃないですか・・・・・まあいいですけど。それにしても・・・・・・・もう『彼女』のことは吹っ切れましたか」

 『彼女』、その言葉を聞いたとたん、十三の顔から笑みが消え、そのかわりに目に覇気がほんの少しだけ灯った。

 「別に・・・・吹っ切ったわけじゃねえよ。忘れたわけでもねぇ。ただ、折り合いをつけただけさ。一番カッコ悪イ整理の仕方だ。それにそもそも『あの人』とは別に、そういう関係じゃあなかった。少なくとも、向こうからしたらな」

 それだけ言うと、十三は心なしか早足で、ゲタの音をたてながら正面玄関に向かって歩いていった。
 正面玄関をくぐり、受付で音河が身分を明かすと速やかに表向きには存在しないはずの地下施設に案内される。
 そして着いた先は、ガレージ・・・・と言うよりは格納庫だった。

 「すみません、連絡しておいたICPOの音河です」

 格納庫に入り声を掛けると、すぐさま眼鏡を掛けた整備員が走ってくる。

 「ああー、音河さん。ちょうど良いところに来てくれたっすね。って・・・・後ろに居るのは・・・十三!?」

 その整備員は十三の姿を確認するやいなや、数歩後ずさる。

 「あ、千葉さん、どうも。って音河、知り合いか?」

 「君こそ」

 この整備員の名は千葉といい、陰陽寮に所属する整備員だ。腕はいいらしい。
 十三とは陰陽寮繋がりでカブの整備(本来なら他人に任せたくはないし、大抵の整備・修理は十三が自分で出来るが、カブの表面をコーティングするグラニウムの入手や、各バイクメーカーの技術者が見たら絶句しそうなオーバーテクノロジーでカスタムされまくったエンジン周りなんかは、さすがに十三一人では出来ない)で、音河とは今回陰陽寮に取りに来た『荷物』の調整でそれぞれ面識があるということだった。

 「で、早速見せていただきたいんですが。例の物を」

 「あーハイハイハイハイ、こっちっす」

 そういって案内された場所には、一台の真っ白なバイクが置いてあった。

 「うっわ、なんじゃこりゃ?」

 それを見た十三は思わず変な声を上げてしまった。

 「失礼っすね、こいつだってテストは散々だったけどなかなか捨てたモンじゃないっすよ」

 千葉はそういうが、確かにそれは妙なバイクだった。
 長めのサスペンションや低いシート、逆に高い地上高に堀の深くグリップの高そうなタイヤなど、明らかにオフロード車であることは分かる。
 だが、例えばハンドガード。ハンドガードがあるのは別に普通だ。だがそのハンドガードは余りにも大きく、また分厚い。ほかにもカウル、というには余りにも空力効果が悪そうな前面部装甲とでも言うべきシロモノや、他にも全体を覆う装甲など、『オフロードタイプのマシンはなるべく軽量』という常識が通用しないマシン。
 明らかに競技用車とも一般車とも違う。

 「どうっすか? これがG7用戦闘バイクのトライアルに四菱が出してきた『ブラストチェイサー』っす。はっきり言っちゃえばチェイサーシリーズの中では一番『出来の悪い子』な感は拭えないっすけど、こいつのタフさは間違いなくトライアル機の中で最高っすよ。それにウチで多少の改良は加えてありますから、もうトライアルの時みたいにタイヤが外れたりなんて事はないっす! それにこの一見オフロード車なのか何なのか訳の分かんないフォルム! これこそ『SAUL用戦闘バイク』において四菱の技術者達が出した一つの答えっすよ!」

 「はぁ・・・・」

 早口&ハイテンションでまくし立てる千葉に、音河と十三は圧倒されるばかりで口をポカーンと開けてたたずんでいる。

 「あ!? なんなんすか? その『どうでもいいよ』って感じの顔は!! いいっすか!? G5の主任務はあくまで『都市防衛』っす。だけど考えてみてください! もし大規模な異種生命体の進行があって、破壊活動が行われたらそこは一気に不整地に早代わり! そうしたらそこではオフロードなマシンが必要になるっしょ!? そこでこいつの出番っすよ! さらに・・・・って、人の話を聞けぇ!」

 あまりに長い話に面倒臭くなったのか、音河は既に訓練用のサーキッドにブラストチェイサーを出し各種性能を確かめ、十三はそこらへんの棚を物色しては、こっそりポケットに詰め込んでいた。

 「成程・・・・やはりこの重量ではエクストリームな動きは難しいか。それに単位質量あたりの馬力が低いせいか加速も悪いな。しかしそれを補って余りある重装甲とパワー・・・・悪くない」

 音河は地に足を着かずに静止したり、ウィリーサークルを描いたりと様々な動きを試してみる。その動きは一流のXゲーマーのようだ。その動きに魅せられたのか、千葉も技術者として的確な指示を行ってゆく。

 「見た目からは分かんないと思っすけど、微妙に重心が前にあるんですよ。それから後ろの武器輸送用のコンテナが邪魔してるんだと思うっす。あと、左グリップが起動キー兼電磁警棒『ヘビーアクセラー』になってるっす。」

 そういわれて左グリップを力強く引き抜くと、言われた通り警防になった。ずっしりとした重さがあり、起動スイッチを押すと高圧電流が流れる。G5用に製作されただけあって、生身の人間が仕様するのもされるのも危険なシロモノだ。
 音河は感触を確かめるようにヘビーアクセラーを握って構え、幾つか型を取る。二、三回それを振るうと、音河は満足げな顔をする。

 「しかし、本当に良いんですか? いくらICPOの要請とは言え、こんな良い物をタダで使わせていただいて」

 音河が少し申し訳なさそうに聞く。すると千葉は笑いながら答える

 「ああ、キチンとデータは取って、それを送ってくださいよ。それが条件っす。それに音河さんみたいなライダーに使ってもらえるんなら、コイツも本望っすよ。って十三! 何をやってんすか!?」

 ポケットをくすねた備品で一杯にした十三が、いつの間にか銀色のカウルを持つやや小ぶりなバイクを勝手に訓練用サーキットに持ち出していじっていた。

 「ああ? いいじゃんケチケチすんなよ。つーかコレ、カッコいいな。zeta chaser・・・・・ゼータチェイサーつーのか? ちょい小さいのがアレだけど、その分、安定性が良さそうなのが良いな。乗ってみていいか?」

 「勝手にウチのモン触らないでくださいよ!! 降りてください。それにソイツは俺が魂こめて整備してんですから! それからそのポケットのものも全部返す! 陰陽寮も決して潤沢な資金があるわけじゃないんですから。ここ最近は特に厳しいんすから」

 「ここ最近って、何かあったんですか?」

 ブラストチェイサーを降りた音河が千葉に尋ねる。

 「いやですね、まぁいやらしい話なんすけど、ウチと自衛隊の仲が悪いことは知ってるっすよね? んで、最近訳のわかんない派閥が一部の自衛隊と政治家の中に出来てきているみたいで、そこのところが妙に圧力をかけてきているみたいなんですよ」

 「訳の分からない派閥?」

 「なんでも旧超能力研究所関連とか、生物兵器研究機関とかなんとか、まぁ自衛隊の中でも相当胡散臭い連中っすよ。詳しい話はよくわかんないんですけど」

 「へぇ・・・・」

 まぁ、防衛庁とその他の機関の確執は今に始まった話ではない(らしい)、音河は適当に聞き流しておく。そうこうしている内に勝手にゼータチェイサーでサーキットを走り回っていた十三が帰ってきた。

 「素直でイイ子だな、このゼータチェイサーは。なぁ、音河ばっかりズリイしさぁ、このゼータチェイサー、俺にくんない?」

 「ダメです!!それに音河さんはちゃぁーんとICPOを通してきちんと申請された上でこのマシンを貸すんすから!!」

 「ちぇ・・・」

 小さな声で舌打ちすると、名残惜しそうにバイクから降りる。それを横目に、音河は急に襟を正して千葉の方を向く。

 「それから千葉さん、もう一つ急ぎの仕事を頼みたいのですが」

 「急ぎの仕事?」

 音河の言葉を聞き、千葉は怪訝な顔をする。

 「ええ。子供達の命が掛かっています。桐生博士にお会いしたいのですが」




















 深夜の廃工場に、異様な集団と、さらわれた数人の子供達が集まっていた。そこへ闇を切り裂くヘッドライトが。音河のハヤブサに跨った十三である。


 「おい、時間きっちりに来てやったぞ」

 ハヤブサから降りた十三がふてぶてしい態度で叫ぶ。すると工場の暗闇の中から、人間態のメルヴシュランゲと十三からシュランゲを逃がした男、シブヤ。そして人工皮膚をかぶり、人間に擬態したメルヴアーマイゼが現れる。

 「シュシュシュシュ、逃げずにきたようだな。ICPOが来た男はどうした?」

 メルヴシュランゲ(人間態)が下卑た笑いを浮かべながら十三に近づいてきた。

 「あぁ? あいつなら『もしここで僕が死んだらどうなると思います? エラは父親の愛情を受けられずに育ち、第六部序盤の空条家の娘さんみたいな子に育ってしまうかもしれないんですよ!? 他人の家の子供よりも自分の娘の方が大事です!! というかエラよりも価値のある人間その他は存在しません』とか訳の分からんこと言ってゴネて来なかったよ」

 「ふん、まぁどこぞで人質を奪還する機会を伺っているんだろう。違うか?」

 十三の軽口に対して、シブヤが腕を組みながら自分の推測を述べる。

 「さぁな。だけどさっきのセリフに近いことは言ってたぜ。んな事よりも人質の無事を確認させてもらおうか」

 「そう焦るな。オイ、見せてやれ」

 メルヴシュランゲはメルヴアーマイゼに命令し、もともとはこの廃工場に備え付けであったと思われるコンソールを操作させ、シャッターを開けさせる。
 そしてシャッターの開いた先には数人の子供が目隠しされ、縛られていた。心音その他から、かなり疲労はしているが無事なことを十三は確認する。

 「O-Key、で、あの子達を先に解放してもらおうか?」

 十三は先に自分の要求を述べるが、メルヴシュランゲは鼻で笑う。

 「馬鹿か貴様は? 我々の目的は貴様の拘束。その為の布石としてこの餓鬼共をさらってきたのだ。そんな要求を飲めるわけが無い」

 メルヴシュランゲはさも当然、と言わんばかりに十三の要求を一蹴する。すると十三はやけにオーバーなしぐさで両手を広げる。

 「馬鹿はどっちだ? お前らが俺を先に拘束して、その後に子供達をちゃんと解放するっつー保障はあるのか?」

 「それは貴様とて同じだ。子供を解放したら貴様は逃げる気だろう?」

 十三は小さく聞こえないような声で「やっぱりコイツ馬鹿だ」と呟くと、シュランゲから視線をそらして子供達の方を向く。

 「俺の目的はテメエらをぶちのめすことじゃねぇ。その子達を無事に親御さんのところへ返してやるのが目的だ。俺一人でそこに居る10人の子供達を連れて無傷で全員連れて逃げ切れるなんて思うほど、俺ぁ馬鹿じゃねえよ。学は無ぇけどな。俺の最終学歴は小学校中退だから」

 「・・・・いいだろう」

 「シブヤ!」

 それまで黙っていたシブヤが、おもむろに口を開く。

 「落ち着けイガラシ。確かに奴の言うとおりだ」

 「だ、だがシブヤ。もし奴がガキを見殺しして逃げたらどうする?」

 「問題ない。マツモト二佐のご忠告を忘れたか? もし奴が少しでも逃げるそぶりをしたら、即刻そのガキ共を殺してしまえばいい。そうすることによって奴には『自分の失策のせいで、子供が死んだ』という罪悪感が生まれる。そんな心のかげりが出来た奴を倒すなど、たやすいだろうさ。それに、まだ不安があるならば・・・・・」

 すっと、シブヤは十三の前に立ち、醜悪に顔を歪める。

 ゴッ・・・・・!

 一発、十三の下あごに入る。

 「ごふっ・・・・痛ってぇな、がはっ!!」

 もう一発、今度は下腹に入る。

 「逃げないよう、『お願い』すればいい。こうやってな」

 十三の胸倉を掴んで引き寄せ、額をぶつける。

 「逃げないよう、お願いできますかぁ〜?」

 嫌味な声色で、舐め上げるようにシブヤは『頼む』。

 「お前、人に物を頼む態度か? ソレ。人に物を頼むときはもっと腰を低くしろってカーチャンに教わんなかったのか?」

 「ククク、成程。腰を低くか」

 シブヤは腰を落した低い構えから放たれた逆突きが2発、十三の心臓近くを抉り、十三は倒れこむ。
 その後もシブヤの執拗な『お願い』は続いた。










 数十分後、十三は全身を腫れ上がらせて倒れていた。意識は何とか保っているが、ダメージは小さくない。

 「そろそろいいだろう。餓鬼共を離してやれ」

 そういってシブヤはメルヴアーマイゼに合図を送ると、人工皮膚で擬態したアーマイゼが十三に子供を引き渡す。
十三はそれを見ると、よろよろと立ち上がる。そして子供達の戒めを解き、頭をなでてやる。

「オジサン、誰? 私達どうなっちゃうの?」

 一人の少女が衰弱した弱弱しい声で十三に問いかける。すると十三は屈んで少女と同じ目線になり、ニッコリ笑う。

 「オジサンは正義の味方だ」

 十三は彼女らに不安を与えないために、自信たっぷりに答える。

 「大丈夫、安心していい。ちゃんと家に帰れるよ。それから俺はオジサンじゃなくて十三さん・・・まぁいいや、精神的に老けてるってよく言われているからオジサンでいいか。もうすぐ30だしな」

 十三は自らの再認識にちょっとだけダメージを受けうなだれる。すると十三を心配したのか、少女が十三の顔を覗き込む。

 「オジサン?」

 「ああ、なんでもない。大丈夫だよ」

 またにこやかな顔に戻す。すると今度は別の少年が話しかけてきた。

 「ねえ、オジサン。トシコちゃんとカオルさんは?」

 「トシコちゃん? カオルさん? あーと、ひい、ふう、みい、よー、いつ、むう・・・・・・あれ? 10人全員いるよな」

 十三は見知らぬ固有名詞の突然の登場に、いそいで子供達の数を数えるが、きちん10人居る。

 「違うよ、僕たちじゃない。トシコちゃんは先生で、カオルさんはバスの運転手さん。二人は今度結婚するって言ってたの」

 「!!・・・・っ」

 恐らく、トシコちゃんとカオルさんというのは、死亡した保育士と運転手の事だろう。十三は下っ腹を思いっきり捕まれたような痛みを感じる。
 『トシコちゃんとカオルさん』がどうなったのか、彼らが見ていないはずがない。だが、幼さゆえか、それとも突然引き込まれた一種の異世界ゆえか、この子供達は今二人がどのような状況になったのか『理解』していない。しかしそれを理解せざるを得ない状況は、直ぐにでも来る。
 それを考えると、十三は自らの罪悪を感じずには居られない。

 (『また』俺のせいで人が死んだ・・・・・か。また巻き込んじまった)

 十三は子供達をぎゅっと抱きしめる。

 「オジサン?」

 「大丈夫・・・・絶対に君たちだけは守り抜いてみせる。仇も討ってみせる」

 そういって背中をぽんと叩くと、一番しっかりしていそうな子供に自分の携帯電話と、もう一つ、スプレー缶のようなものを渡す。そして小声で囁く。

 (その携帯をしっかり持っているんだ。それから俺が合図したらもう一つの缶を地面に向かって叩きつけるんだ、いいね)

 言い聞かせに対して少年はこくりと頷いた。それを見た十三は、「よし」といって微笑み、今度はメルヴシュランゲ達を睨み付ける。

 「今からそっちへ行く。拘束するなりなんなり好きにしろ。ただし、子供達の安全は保障してもらうぜ」

 「くどいぞ。いいからさっさと来い」

 十三はメルヴシュランゲの傍へ寄ると、手錠と足錠をされる。

 「・・・・・シュ、シュシュ、シュシュシュシュシュシュシュ! シュシュシュシュシュ!!」

 シュランゲは突然、不快な笑い声を上げる。

 「救いようのない馬鹿だな、貴様は! 餓鬼共を殺せ! 目撃者は総て抹殺しろぉ!!」

 シュランゲの号令と共に、アーマイゼ達は人工皮膚を脱ぎ捨てる。

 「きゃああああああああ!!」

 子供達が恐怖の叫びを上げるが、そんなものは意に介さずアーマイゼ達はじりじりと近づいてくる。

 「や、約束が違うじゃねーか!!」

 「守ると思うのか? だがコレは貴様の落ち度だ。敵を信じるとはな」

 勝ち誇った様子でシュランゲは十三を侮辱する。だが十三は次の瞬間、笑い、そして叫んだ。

 「今だ!」

 それを合図に少年は『スプレー缶のようなもの』を叩きつけた。すると突然、叩きつけられた地点を中心にあたり一面を覆う煙がもうもうと立ち込める。その煙はメルヴゲフであるシュランゲやシブヤですら見通すことが出来ないほどの濃いものであった。

 「くそ、貴様ぁ! なんだこの煙は!? ぐっ!? なんだと!? 体が・・・・痺れる・・・」

 「陰陽寮謹製の、桐生なんとかって人が作った(本来なら専門外らしい。喧嘩売ってんのか?)対異種生命体用の特殊煙幕弾の試作品だ。コイツをぶちまけると半径50メートルはほぼ視界ゼロ、その上、人間に対して毒性は無えっつー優れものだ。ちなみにコイツ一発で俺の半年分の食費は軽く飛ぶぜ・・・・って、俺も痺れてきた・・・・・」

 とすると、一日平均150円×30×6=27000円ぐらいか、かなり安いな、などと考察する暇も無く、二体のメルヴゲフは悶絶する。その時、

 ズガァァァァァァァン!

 「!?」

 突然、工場の壁を突き破る破壊音、そしてその後に響くはオフロード車特有の巨大な排気音と、もう一台、何処かのどかな排気音を響かせるオートバイが。

 「やれやれ、十三の首に紐をつけるために渡しておいたGPSがこんなところで役に立つとはね」

 その工場の壁を突き破って現れたライダーは、もうもうと立ち込める煙の中へ突っ込んでいく。視界はゼロだが、超高性能GPSのおかげで子供達の位置は把握できる。そして確認した先には、ガスの影響で痺れて仰向けになった数体のメルヴアーマイゼと、子供達がうずくまっていた。

 「乗って!!」

 そのライダー、音河は自分のバイク、先ほど陰陽寮から受領したブラストチェイサーに子供を四人、無人の十三のカブに六人をそれぞれ乗せる。自動操縦であるから、子供でもただ捕まっているだけでもとりあえず運転は可能だ。

 「おにーさん誰!? それからさっきのオジサンは放っておいていいの?」

 音河と十三は同い年で、音河はオニーサンと呼ばれ十三はオジサンと呼ばれたことはとりあえずおいておく。

 「さっきのオジサンなら大丈夫。たとえ人類が滅亡しても(ゴキブリ)は生き残る! そんなことよりもしっかりつかまって!」

 煙を抜け、工場を抜ける。しかしそこには、銃を構えたメルヴアーマイゼの集団と、シブヤが待ち構えていた。

 「俺はアイツほど詰めは甘くない。撃て!」

 「遅い!」

 ダンダンダンダン!

 シブヤの合図にメルヴアーマイゼは銃を構えるが、それよりも早く音河はホルスターからリボルバー「Jz−Qn」を抜き、全弾、銃を持ったアーマイゼの眉間に打ち込む。

 「馬鹿な!! 生身の人間がそこまでの反応速度で!?」

 シブヤは驚愕し、一瞬、陣形が乱れる。音河のブラストチェイサーと、子供達を乗せたカブはその隙を突き一気に突破する。

 「くそ、逃げられたか・・・・・・戻るぞ、こうなったらせめてイノベーターだけでも捕獲する」














 「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 「しまった!」

 その頃、煙が晴れた工場内では手足に鎖を科せられた十三と、擬態を解いたメルヴシュランゲ及びアーマイゼが戦っていた。十三は音河突入のドサクサに紛れて変身を開始し、たった今それが完了した。

 「変身が完了すりゃあこっちのもんだ。こんな鎖なんざ・・・・」

 FAKEは両太ももと両腕に生えたカッターを高速で震動させ、鎖を断ち切る。

 「よっしゃ・・・・・・・・・・ふぅぅぅぅぅぅぅ」

 十三はゆっくりと息を吐き出しながら、左前の中段構えを取り、メルヴシュランゲ及びアーマイゼと対峙する。
 その構えはごく基本的な構えだったが、逆にそのことが、普段FAKEがおふざけで使うようなプロレス技(そもそも非力なFAKEには向かない)を封印した、FAKE本気の構えであることを容易に悟らせた。
 そしてその構えからは、歴戦の戦士がかもし出す『濃い』殺気があふれ出していた。

 「くう・・・・おのれ・・・」

 思わずその殺気に圧倒され、数歩後ずさるシュランゲとアーマイゼ達。

 「・・・・戦う前にこれだけは言っておく」

 先ほどまでの軽薄な口調では無く、今迄に聞いたこともないような『黒い声』をFAKEは響かせる。

 「俺ぁ別に、最初はてめえらを殺すつもりは無かった(アーマイゼは別にしてな)。何故俺を狙うのか? そしてお前らは何物なのかを聞ければそれで良かった。だが、今はむしろそっちがどうでもいい。お前達は絶対にやっちゃあいけねえ事をやった」

 FAKEは一歩前に出ると、触角を震動させる。『アドリヴ』の前準備だ。今のうちに攻撃しなければ、シュランゲ達は圧倒的に不利だ。にもかかわらず、FAKEの『殺気』に圧倒され、身動きが取れない。まさに『蛇に睨まれた蛙』ならぬ『油虫に睨まれた蛇』だ。

 「お前達は・・・・・なんの関係の無い人達を巻き込み、殺した。さらには子供までも殺そうとした。本来なら巻き込むことすら唾棄すべきことだっつーのによぉ!!」

 「こ、殺すことが何だというのだ! 所詮人間など皆死ぬ。それが早いか遅いかだけだ。むしろそれが我々の計画のために死ぬのだから、か、感謝してもらいたいぐらいだ!」

 FAKEに対して、シュランゲは啖呵をきるが、恐怖のあまり声が裏返ってしまっている。

 「・・・・かつてチャーリー・パーカーは言った。『人生とは楽譜である』と。まさしく生と死という『運命』が描き込まれたリード・シート(編曲の為のリズムやコードが記された楽譜)だ。だが!! それをフェイクするのはその人自身じゃなきゃならねえ! そうじゃなきゃ、その楽譜は真実を響かせねえ。ましてや他人が『(ピリオド)』を打つなんてのは、音楽(人生)に対する最悪の冒涜! 俺はだからっ! 他人をフェイクしようとする奴をフェイクする! 場合によっては俺が『(ピリオド)』を打つ! それが『仮面ライダーFAKE』の正義!」

 「ベ、ベラベラと・・・・・・やれ!!」

 「ギギッ!!」

 ようやく身体がFAKEの殺気から開放されたのか、メルヴシュランゲはメルヴアーマイゼに攻撃の指示を出す。しかし、もう遅い。FAKEは既に戦場に溢れるコード、リズム、調合その他を聴き取っている。

 「今回の俺は本気で怒ってるぜ・・・・・・・OK? 3 2 1 Let’s JAM SESSON!」

 次の瞬間、FAKEは一直線に突っ込む。それに対してアーマイゼは四方から襲い掛かる。

 「ギギギギギッ!」

 そしてそれぞれの牙・爪が突き刺さった・・・・かのように見えた。

 「レガート(滑らかな音で:※#2参照)・・・・・・」

 FAKEはそれらをまるで『滑るように』受け流し、腕部のカッター『ジャグ』ですれ違い様に次々にアーマイゼを両断していく。

 「ギギギ!」

 別のアーマイゼが銃を構えるが、打たせる隙など与えない。履いていた鉄ゲタを飛ばして銃を弾くと、すぐさま突進。空中で脱ぎ捨てたゲタを足でキャッチすると、そのまま鉄ゲタで踵落としを決める。鉄ゲタの質量と自由落下が加わった踵落としはアーマイゼの頭をトマトのように砕く。

 「く、くそおおおおおおおおおおおお!!」

 ブシュウウウウウウウウウウ!!

 一瞬で全ての持ち駒を失い、苦し紛れに溶解液を発射するが、前回と同じ『歪んだように見える』動きで回避され、一瞬で間合いを詰められる。

 「くっ! またあの動きかっ!!」

 「テメエ如きに別のヴァージョンを聴かせてやるのは惜しいんでね」

 「クソがぁぁぁ!!」

 「遅えっ!! two bass hit!」

 バシュウッ!

 次の瞬間、FAKEは大上段に構えて振り下ろすクロスチョップで、メルヴシュランゲがガードした右腕を切り飛ばし、その下の胸部に大きなX字模様を刻み付ける。だが、どうやら致命傷には至っていない様子だ。

 「やれやれ、我ながら情けねぇが、俺のパワーは(超ニガテ)だからな。一撃じゃあ地獄に送ってやれなかったか。アンラッキーだったな」

 そういうとFAKEは右腕をもがれ悶絶するメルヴシュランゲに馬乗りになる。

 「シュゥゥゥ、シュゥゥゥ、た、助けてくれ、死にたくない」

 「そうだろうな」

 必至になって懇願するメルヴシュランゲとは対照的に、冷淡な態度で見下ろすFAKE。

 「頼む! ぜ、全部話す! 俺達の組織の名も目的も!!」

 「いらねえよ。それ聞いたらお前を殺すわけには行かなくなっちまうからな」

 「そ、そんな! そ、そうだ! お前言っていたじゃないか!! 他人が死を打つことは許されないって! そうだろう!? な? 助けてくれよ」

 「テメエは人殺しといて、その言い分は無いんじゃねえの?」

 FAKEは一蹴し、とどめを刺そうと腕を振り上げた。だが、背後から近づく影に気付き、その場を飛びのく。

 「チッ・・・・」

 そこには手を鷹の鉤爪のように変化させたシブヤの姿が在った。FAKEを後ろから切り裂こうとしていたらしい。

 「シ、シブヤ・・・・た、助かった! は、はやく『アレ』を、イノベーションディスクをくれ!!」

 「『イノベーションディスク』・・・・?」

 聞きなれない言葉にいぶかしむFAKE。だがシブヤはキッとメルヴシュランゲを睨み付ける。

 「二度は無い。言ったはずだ」

 「そ、そんなこと言うなよ! 頼む!! 『Alternate Take Arrangement』さえ出来ればあんな奴には負けん!」

 見栄も外聞も捨て、必死で懇願するメルヴシュランゲ。そんな様子に哀れみを覚えたか、はたまた別の理由からか?シブヤはついに折れ、『ディスク』のようなものと、バックルにそれを挿入するらしい装置が付いたベルトを渡す。

 「まったく・・・・・命令でさえなければ俺が貴様を殺しているものを・・・・・」

 「た、助かった! 恩に着る!!」

 「何やってんだ?」

 目の前で繰り広げられた、未知の固有名詞の応酬にあっけに取られるFAKE。
 そして、メルヴシュランゲはよろよろと立ち上がりながら、腰にそのベルトを巻く。

 「おい、妙な動きは止めろ。今更テメエが何をしたところで俺の敵じゃねえよ。せっかく命を拾ったんだからさっさとシッポ巻いて逃げ出したらどうだ?」

 「シュシュシュシュシュ、それはどうかな。Alternate Take Arrangement・・・・・・・・・・・」

 ベルトを巻き終わると、メルヴシュランゲは残った片腕でディスクを掲げる。そして、何かの呪文か、妙な言葉を呟く。そして素早くベルトのバックル部に『ディスクのようなもの』を挿入する。

Innovation

 すると、そのベルトから電子音が響く。

 「アレンジメント? イノベーション? テメエ今いったい何を・・・・・・っ!!???」

 次の瞬間、FAKEが切り落とした右腕と、刻みつけたX字の傷が一瞬にして再生する。
 さらに、それだけでは留まらない。全身を、金属とも、昆虫の外骨格ともつかない『装甲のような物』がメルヴシュランゲを覆い、さらに再生した右腕は徐々に形を変え、対戦車ライフルのような形態を取る。

 「シュシュシュシュシュ・・・・・変身完了、といったところか。Arrangementとはこういうものだったのか。いいぞ、実に気分がいい」

 「一体、何をしやがった!?」

 FAKEは変化したメルヴシュランゲにただならぬ脅威を感じ、数歩さがる。

 「シュシュシュシュシュ、冥土の土産に教えてやろう。これが『イノベーター』の力だ」

 先ほどまでの弱気な態度は何処へやら、調子に乗って頼みもしないのに勝手に解説を始める。

 「今のキサマはシブヤ、数秒前の俺は厳密に言えば『イノベーター』では無い。『ホワイトスコア』と呼ばれる、いわゆる『素体』のような物だ。世界中に溢れている野良メルヴゲフも殆どがこの『ホワイトスコア』で、すでに成長を止めているものが殆どだ。この状態では戦闘能力は著しく低い。だがっ! 我々、『ブートレグ』や貴様ら『マスターテープ』は、この『イノベーションディスク』を挿入することによって、新たな段階へと進化する! その進化した新たな段階が『イノベーター』と言うわけだ」

 「っていうかこないだ尋問した時知らないとか言ってたくせに、ずいぶんと雄弁だな。まぁいいや、これで幾つか疑問はとけたんで良しとしてやる」

 再び軽口モードに入るFAKE。だがその内心は穏やかでは無かった。
 メルヴシュランゲから『聴こえる』メロディーラインの変化から、単純なパワーやスピードが増大したのは分かる。
 だが、それだけなら脅威とはなりえない。なぜなら、そもそもFAKEの戦闘術は総て自分以上のパワーやスピードを誇る相手と戦うためのものであり、余程のものでない限り、どれだけパワーやスピードがあってもさしたる問題では無い。
 しかし、この『イノベーター』と化したシュランゲからは、何か異様な音を感じる。パワーやスピードとは違う、何かを。

 「シュシュシュシュ、もういいだろう。最早貴様に勝ち目は無い」

 メルヴシュランゲは銃へと変化した右腕の照準をFAKEに定める。

 「どうだか。どんだけパワーとスピードが上がったのかしらねえが、中身は同じだろうが。返り討ちにしてやるよ」

 そういうと再びFAKEは『歪んだような動き』でメルヴシュランゲに接近し、後ろを取る。

 (何だ? あっけねえ)

 軽々と背後に回れたことに軽く驚愕するが、単なる杞憂だったということなのかもしれない。そして背骨に向かって一撃を繰り出す。しかし、

 バシッ!

 軽く受け止められる。

 「シュシュシュシュ、成程。対象の『動きのリズム』を完全に先読みすることによって相対的に素早く動き、さらにそこへ停止と移動を繰り返し、残像を利用して『歪んでいる』ように見せる・・・・・・そういう動きか」

 「んあ!?」

 完全にグロウル・トーン(歪んだような音で※Aパート参照)が理解され、驚愕するFAKE。
 『アドリヴ』は超能力のような類では無く、言ってしまえば『合気道』や『柔術』と同じレベルの『技術』であり、極端な話、『生身の人間』でさえ習得は可能である。(勿論、相手の動きを『音』だけで追うことが出来る聴覚の持ち主であれば、の話だが)
 だから、『見切る』ことは決して不可能では無い。だがそれは超一流の格闘者の話だ。そうでなければいくら高度な視覚や聴覚、その他のセンサー類を誇っていてもFAKEの動きを追うことすら不可能であり、そうであるからこそ仮面ライダーFAKE=山口十三は生き残ってきた。
 だが、それが今破られた。それどころか、動きの原理すら看破されている。

 「シュシュシュシュシュ、どうした? 返り討ちにするんじゃなかったのか? 死んだ連中の仇を討つんじゃなかったのか?」

 FAKEを挑発するメルヴシュランゲ。だがここで激情に駆られ突撃するほどFAKEは若くは無い。数歩後ずさると、思考を巡らせる。

 (問題なのは、俺の動きを完全に『理解』してきたって所だ。それはただ単に『強くなった』ってだけじゃ説明できねえ。何らかの『能力』って考えるのが妥当。それじゃ、まずそれを見極めるのが先決!)

 だが、そんな事をじっくり検証させる暇を敵は与えてくれない。

 「俺の事を忘れてもらっては困る」

 先ほどまで沈黙を保っていたシブヤが上空から、全身を盛り上がらせながら落下してくる。

 「俺の名は鷲のメルヴゲフ、メルヴアードラー!!」

 そしてシブヤの体が爆発するように膨れ上がると、その体は白い身体に巨大な二枚の翼、鋭い鉤爪を持つメルヴアードラーへと変化する。

 「邪魔をするなシブヤ! コイツは俺が捕らえる!!」

 「フン、貴様など信用できるか。二人で奴を捕らえるぞ」

 メルヴシュランゲの不満など意に介せず、メルヴアードラーは大きく翼を広げ、羽根を連続発射する。

 ドカドカドカドカァァァァン!!

 発射された羽根は物体に接触すると、爆発を起こす。命中精度は低いが、大量に発射されるのが厄介だ。

 (くそ、このままじゃ埒があかねぇ!!)

 空中からの攻撃。それに対抗する手段はFAKEには無い。さらに今回は『アドリヴ』を理解するメルヴシュランゲも居る。このままでは確実にやられる。

 ガウン!

 その時、銃声一発。その一撃はメルヴアードラーの眉間を打ち抜いた。突然の出来事に、その場にいた全員の動きが止まる。そして、銃弾が放たれた方向へ目をやると、ダークブルーに金のライン、二つの眼が赤く輝く鋼の鎧に身を包んだ一人の戦士が。手に持ったサブマシンガンのような銃の銃口からは、白い煙が昇っている。

 「あれは・・・・・SAULユニットが使用する、対異種生命体用強化服『G5』・・・・・」

 メルヴシュランゲが呆けたような声で呟く。それを確認すると、FAKEはクッとにやける。

 「あいかわらずおいしい所ばっかり持っていきやがる」

 「やれやれ、間一髪でしたね、十三」

 その声の主は、音河釣人その人であった。

 「子供達はどうした? それからそのG5はどっから持ってきた?」

 「子供達は全員無事に保護されました。あと、このG5は近場のSAULから無理言って借りてきました。本当はSRSに出向していた香川さんが使ってたソリッドスーツの量産型に武装を追加した奴がICPOでも開発中なんですが、いかんせんデータ不足で開発が難航していましてね、現地調達って奴です」

 「ググ、オノレ・・・・!」

 FAKEと音河が間の抜けた会話をしていると、眉間から血を流したメルヴアードラーがよろよろと立ち上がる。どうやら入射角の問題か、それほど深く銃弾は食い込まなかったらしい。

 「シュシュシュシュシュ!! ざまあ無いな! 偉そうに命令するからだ!」

 仲間が重体を負ったにも関わらず、メルヴシュランゲは心配するどころか逆に罵声を浴びせる。

 「う、うるさい! くそ、俺までこれに頼ることになるとは・・・・・」

 そういうと、メルヴアードラーはよろけながらも腰にメルヴシュランゲがしているものと同じベルトを腰に巻く。

 「げ、ヤバ」

 FAKEは頭に手を当て、「しまった」のジェスチャーをする。

 「Alternate Take Arrangement・・・・・・innovation!」

 そしてバックルに、シュランゲがしたのと同じくディスクのようなものを挿入する。すると予想通り眉間の傷が治り、さらに全身がこれまたシュランゲと同じような装甲が全身を覆い、さらに両腕から刀のようなものが生える。

 「十三!? これは一体・・・・・」

 流石の音河も驚愕を隠しきれない。

 「時間がねーからかいつまんで説明すると、あのベルトみてーなのを装着すると、見ての通り『傷が完全に修復』・『全身を覆う装甲の出現』・『基礎能力の上昇』・『身体の一部が武器に変化』あとコイツはどうかわからねーが、『特殊能力』みてーのが付与されるみたいだぜ」

 「特殊能力?」

 「ああ。訳が分かんねーが、突然、俺の『アドリヴ』が効かなくなった。こいつはちょっと気をつけたほうが良い」

 「シュシュシュシュ、どうした? 来ないならばこちらから行くぞ」

 そういうとメルヴシュランゲは右腕のライフルの照準をFAKEに定め、メルヴアードラーも刀を音河に向ける。

 「くらえっ!」

 ドンッ!

 大型ライフルから放たれた轟音を合図に、戦闘が開始された!















 「人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 メルヴアードラーはFAKEにわき目も振らず、G5in音河に一直線に突っ込んでゆく。そして刀を目にも留まらぬ速さで振るうが、音河はそれを『ブラストチェイサー』の起動キーでもある電磁警防『ヘビーアクセラー』で受け止める。

 「確かに僕は霊長類ヒト科ヒト目ホモサピセンスですが、それがどうかしましたか? 何かお気に触りましたか? 化け物さん」

 そう淡々と言いながらもう一方の手に握ったサブマシンガン、通称「スーパースコーピオン」でゼロ距離射撃を試みるが、間一髪かわされる。

 「貴様のような生身の人間に殺されかけるなど、我々メルヴゲフにはあってはならんことだ! 貴様は俺の手で殺さねば気がすまん!」

 そういうと今度は飛び上がり、空中から羽根を飛ばす。その数は先ほどFAKEに飛ばした数とは比べ物にならない。

 「カカカカカカカカ! そんな粗製乱造の量産型では、この数の羽根はかわせまい!? 死ね、人間!!」

 「やれやれ、僕とG5も舐められたものだ」

 音河は面倒臭そうに呟くと、バックステップしながら武器を交換、スーパースコーピオンを収納し、今度はショットガンのような物を取り出す。

 「GS-13サーペント、アクティブ!」

 音河はG5用に新たに開発されたショットガン、『サーペント』を乱射し、弾幕を張る。メルヴアードラーが発射した羽根は総て撃ち落される。

 「避けられなければ撃ち落せばいいんです。それを可能とする装備がG5には用意されている。まぁ本気を出せば避けられましたけどね」

 ちなみに事実である。

 「クァァァァァ! 貴様ぁぁぁぁ!!」

 さらに大量の羽根を発射する。だがもはや音河はその攻撃を見切っていた。

 「遅い」

 そう一言だけ呟くと、瞬時に武器を交換、サーペントを収納すると今度はG5用アサルトライフル『GR-12サジタリウス』を構える。そして羽根と羽根の隙間を一目で見抜き、そのラインをピンポイントで狙撃する。

 「クカァァァァァァァ!!??」

 三点バーストで発射されたそれらは総て命中。ただし、発射する軌道が限られていたため急所は外してしまった。

 「く、くそぉ!!」

 捨てゼリフを吐くと、メルヴアードラーは工場の外へ逃げていく。音河もブラストチェイサーでそれを追った。








 一方、音河が圧倒的に優位な状況で戦闘を進めていたその頃、FAKEは逆に追い詰められていた。

 「シュシュシュシュシュシュシュシュ!! どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか? 逃げてばかりじゃ蚊も殺せんぞ」

 ドンッ!

 メルヴシュランゲのライフルが火を噴く。普段ならそんな銃弾をかわすのは分けないはずだが、今回は違った。かわすどころか、防御するのも精一杯だ。

 (どうなってやがる!?)

 先ほどから『アドリヴ』が通じないのだ。間違いなく相手の動きの『リズム』も『メロディー』も聴き取っているはずだ。だがなぜか敵の照準は精確にこちらの動きを捉え、そして狙撃する。
 短銃のような比較的弾の初速が遅い得物なら、銃声が聞こえた後に弾をかわすという芸当も可能だが、いかんせん相手はライフルだ。銃声が聞こえたころにはもう弾はこちらへ届いている。

 「シュシュシュシュシュ、ダンス・マカブルを踊れぇ!!」

 シュランゲはわざと、急所から外れるような場所を狙撃する。いくら身にまとっているシルベールが衝撃を散らしてくれるとはいえ、FAKEの防御力ではその散らされた衝撃でも大きなダメージを受ける。さらには最初に受けたリンチのダメージも小さくない。

 「くそ・・・・ダンスなんかブレイクダンスとタップしか踊れねえよ」

 よろよろと情けない姿で逃げ回るFAKE。すんでのところで物陰に逃れる。

 「シュシュシュ、実に気分が良い。さて、そろそろ種明かしといこうか」

 メルヴシュランゲは排莢しながら、実に気分の良さそうな声で自分の力を誇示し始める。

 「優越種である我々『イノベーター』には、素晴らしい力が有る。それは『ホワイトスコア』から『イノベーター』へと進化する際に一つだけ、新たな能力を得るのだ」

 「新たな能力?」

 「そうだ。どのような能力になるかはメルヴゲフによって様々だが、その能力はそのメルヴゲフがイメージした能力になる。そしてこれが我が能力・・・」

 そういうとメルヴシュランゲはFAKEが隠れている方向とは180度反対方向を向き、ライフルを構え、発射する。そして発射された弾丸は、反射を繰り返す。

 「・・・・・・ぐはっ!!?? んな・・・・馬鹿な・・・・」

 突然、FAKEは鋭い痛みを胸に感じる。反射を繰り返した兆弾が、FAKEの胸に直撃したのだ。兆弾だったため威力はかなり減衰していたが、それでも大きなダメージを受け、倒れこむ。

 「これが我が能力、『コンファメーション』。俺が補足した物体の動き・位置を、完全に把握する! それを利用すれば弾道計算など容易いものよ。勿論、貴様の怪しげな動きもだ」

 「成程、イメージした力、か。俺に二回も徹底的にやられたんでそのコンプレックスが爆発して得た能力って感じだな」

 「煩い!」

 もう一発、兆弾を利用して打ち込まれる。

 「ぐぁぁぁぁっ!」

 FAKEは苦悶の声を上げる。

 「・・・・こういう時、飛び道具が無えのは不利だな。あの距離じゃあESTRELLITAも届かねえし・・・・どうするか。クソ、一瞬だけ気をそらすことができれば・・・!」

 FAKEは、既にメルヴシュランゲの致命的な弱点に気が付いていた。だが、この離れた間合いでは、一瞬でいいから気をそらす必要がある。そう考えながら、ふと足元を見る。そこには、頼りになる質量兵器を履いていた。

 「どうした? 手詰まりか? シュシュシュシュシュシュ」

 余裕綽綽で挑発するメルヴシュランゲ。完全に舐めきっている。今がチャンスだ。

 「オラァ!」

 FAKEは履いていた鉄ゲタを全力で飛ばす。その姿はちゃんちゃんこを着た妖怪を思い出させる。

 「くだらん・・・・」

 メルヴシュランゲは飛んでくる鉄ゲタを難なくライフルで撃ち落す。だがそれはFAKEの思惑の内だった。その鉄ゲタの後ろに続いてFAKEは飛び出していた。

 「テメエ、さっきから見てるとよ、そのライフルは連射が利かねえみてーだな。一発ごとにさっきから薬莢を取り出しているもんなぁ」

 そしてそのままキックの体勢を取る。

 「喰らえ! JAZZ・GIANT!!」

 必殺の一撃。勝った、そうFAKEは思った。だが、メルヴシュランゲは慌てるどころか防御すらしようとしない。

 「シュシュシュ、そんな事が気付かれるなど承知の上さ。我が『コンファメーション』に死角は無い!!」

 「何ィ!? ぐあっ!?」

 跳弾がFAKEの右腕に命中し、バランスを崩して落下する。その兆弾は先ほど鉄ゲタを撃墜した時に放った弾丸だった。しかも今回は鉄ゲタの勢いを利用して、兆弾にも関わらず威力をむしろ増大させていた。

 「シュシュシュシュ! これは傑作だ。逆転の自信満々で飛び出して、自ら手痛いダメージを負うとは」

 弾丸が命中したFAKEの右腕は、完全に曲がってはいけない方向へと曲がっていた。
 そしてメルヴシュランゲは倒れこんだFAKEにライフルを突きつける。

 「シュシュシュ、しかし情けない。あの『アドリヴ』とやらを封じられただけで手も足もでないとは。これなら『ヴァジュラ』のバーミンコマンドや、『エニグマ』のコマンドアントの方がよっぽど手を焼くぜ。そんな程度で『仮面ライダー』を名乗って、恥ずかしくないか?」

 嘲るように笑うメルヴシュランゲ。

 「ああ、たまに我ながら情けなくなるよ。だが俺にとってその名を背負うってのは、一種の戒めなのさ」

 「戒めだと?」

 「ああそうだ。仮面ライダーは、『無償で』戦わなきゃならねえ。その無償ってのは、たとえ『ありがとう』の一言だって期待しちゃいけない。だから、たとえ誰かに化け物と罵られようと、それを怨むなんてのは絶対にあっちゃいけない。そして俺はもう『二度と』人間を怨みたくは無え。だから俺は・・・」

 長話で一瞬、メルヴシュランゲの気をそらした隙に、FAKEは折れた右腕の動脈を切る。当然、傷口から勢いよく血が噴出する。

 「くっ! 貴様、血で目くらましをっ!」

 「オラァアアアアアアアアッ!」

 メルヴシュランゲが目を瞑った隙に、FAKEは渾身の左ストレートを放つ。一瞬、時が止まったように二人の動きが静止する。

 「・・・・・・・何かやったか?」

 「!! ・・・っ、くっそ」

 渾身の一撃は、メルヴシュランゲの装甲に阻まれダメージを与える事は適わなかった。
 そもそもFAKEはその低いパワーを補うために、打撃はややカウンター気味に狙わねばならない。しかし今回は咄嗟だったため、それを怠ってしまった。

 「シュシュシュシュシュ、諦めろ」
















 工場から逃げたメルヴアードラーと、それを追った音河は直ぐ近くのだだっ広い駐車場で対峙していた。

 「どうしました? 逃げるのは諦めましたか?」

 「カカカカカ、先程の工場は狭く屋根もあったが、ここではそのハンデは無い。さっきまでと同じと思うなよ」

 「おや、『粗製乱造の装甲服』と、『ただの生身の人間』相手でハンデ有りではキツイですか」

 「調子に乗るのもそこまでだ・・・・・・・」

 そういうと、メルヴアードラーの身体がゆっくり上昇していく。

 「喰らえ・・・これが俺の『イノベーター』としての能力、『ノート・フロム・ザ・パースト』・・・・・」

 そしてメルヴアードラーは三度羽根を発射する。それを見た音河は仮面の下でうんざりした表情をつくる。

 「やれやれ、もうそれは見切ったって言いませんでしたか?」

 だが、それらの羽根が発射された先は音河では無く、その周囲へとばら撒かれた。音河の周囲で小規模な爆発が起こる。そしてなぜか一発だけ音河の正面へと発射されたが、音河は難なくそれを撃ち落す。

 「なんのつもりです?」

 「クカカカカカカカ、これで下準備は終わった。お前はもう終りだ」

 そういうと、四度羽根を発射する。

 「終わっているのは同じ事の繰り返ししか出来ない貴方の鳥頭です」

 音河はブラストチェイサーのエンジンを吹かし、余裕でメルヴアードラーが飛ばした羽根を回避する。そしてメルヴアードラーの後ろを取る。

 「終りです」

 そして、とどめを放とうとしたその時、突然、何もない空間が音河の至近距離で爆発する。

 「なっ!?」

 さらに続いて連鎖反応のように爆発が起こる。

 「カカカカカカカ! これが我が能力、『ノート・フロム・ザ・パースト』! この『羽根』が過去に起こした爆発を、同一箇所で再び任意のタイミングで起こすことが出来る。先ほどの羽根は貴様の逃げ道を無くすための布石だ」

 爆発で起きた炎は轟々と燃え立つ。それを見たメルヴアードラーは満足げに着地する。

 「最早跡形も残ってはいまい。たかが人間の分際で、この俺に逆らうからだ」

 「確かに今のはちょっと危なかったかな」

 爆炎の中から、平然とした調子の音河の声が放たれる。

 「何っ!」

 「このブラストチェイサーが無ければね」

 そしてゆっくりと、ブラストチェイサーを盾にしたG5のシルエットが露わになる。
 G5用バイクのトライアルに四菱が開発したマシン、ブラストチェイサー。その最大のウリはGXランチャー級の攻撃すら一度は防ぐ高い耐久性だった。メルヴアードラーが起こした爆発程度ならば容易に防いでくれる。

 「くそっ、もう一撃くらえ!!」

 メルヴアードラーは手を音河にむけてかざし、爆発を起こそうとする。だが音河はヘビーアクセラーを引き抜いて、爆発が起こるより一瞬早く前に飛び出し、メルヴアードラーの懐へ飛び込んだ。

 「この距離なら爆破は使えないでしょう? この距離で使えば自分も爆発に巻き込まれて危険ですからね」

 ヘビーアクセラーとメルヴアードラーの刀は幾度も鍔迫り合いを起こし、蛍光灯ほどの明るさを放つ火花が散る。

 「カカカカカ、接近戦で改造人間に挑むのは無謀だぞ」

 「・・・・・・僕を舐めるなと言っている

 一瞬、身も縮むような声を音河が発したかと思うと、正面からがむしゃらにヘビーアクセラーを叩きつける。凄まじい衝撃がメルヴアードラーを襲い、受け止めた刀が真っ二つに折れる。

 「な!? ・・・・・んなっ!?」

 メルヴアードラーは信じられないといった様子で折れた刀を見る。そしてよく音河のG5の右腕を見ると、ショートを起こし青白い火花が散っていた。音河の腕力にG5のパワーアシストが付いていけずに破壊されたのだ。

 「それとG5もだ」

 すぐさま音河は左腕で、腿に保持しておいたスーパースコーピオンを取る。

 ガウンガウンガウンガウンガウン!!

 そしてゼロ距離射撃。放たれた数十発の弾丸はメルヴアードラーの装甲を砕き、脆い内部へ食い込む。

 「たしかにSB社のトルーパーや宇宙刑事のコンバットスーツには劣りますが、G5には既存の技術の応用によって得られた高い信用性、どんな人間でも扱える汎用性、そしてある『英雄』と『天才』の思いがこめられている。Gシリーズは決して諦めない人間が装着している限り、決して負けない」

 「ぐぁ・・・・・・成程、確かに貴様を舐めすぎたようだ。だが俺一人では死なん!!」

 メルヴアードラーはボトボトと血を垂れ流しながら翼を広げると、残っていた総ての羽根が発光を始める。音河を巻き添えに自爆するつもりらしい。
 それを見た音河は素早く武器をスーパースコーピオンから、普段音河が使っているリボルバー『Jz−Qn』に持ち替え、その弾倉に一発の『BADAL』と書かれた弾丸を込める。

 「I cried for your stupidity・・・・・・」

 寂しそうな声で一言だけ呟くと、引き金を引く。そしてその弾丸は先ほどのゼロ距離射撃で穿った穴へとピンポイントで命中する。

 「何・・・を・・・撃ち・・こ・・・んだ?」

 メルヴアードラーはとたんに苦しそうな声を上げ、その身体は徐々に崩れていく。

 「かつて『デストロン』と呼ばれた組織が開発し、仮面ライダー4号によってもたらされた、対改造人間弾頭『バダル弾』その改良型です。これを撃ち込まれた改造人間はその機能を狂わされ、体力を減少させた状態ならその肉体組織を崩壊させることも可能」

 「ぐ、ぐああああああああああああああああああああ!!」

 メルヴアードラーは断末魔の叫び声を上げながら、その身体を崩壊させ、あとに残るのは塵だけだった。



 「やれやれ、せっかくビリーに買ってもらったアルマーニが台無しだ」

 そう一言だけいうと、FAKEが戦っている工場へと戻っていった。
















 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 FAKEはただ逃げ回ることしか出来なかった。
 もとより肉体的なスペックは向こうが上、さらに長射程の火器を持ち、こっちはズタボロで全身傷だらけ。さらにゲタと右腕を失い必殺のJAZZ・GIANTもtwo bass hitも放てない。そして一番ヤバイのは頼みのアドリヴも通用しないこと。

 「どうする・・・・考えろ、考えろ山口十三!」

 それでもFAKEは諦めない。絶望的な状況というのは、この11年の放浪生活の中で何度も出会ってきた。そしてその11年の中で学んだのは、決して諦めなければ道は開ける。安っぽい言葉だが、それがすべてだ。
 ドイツでカマキリのネクロイドに腹を掻っ切られたことも、インドでサルのBKJに両腕をもがれたこともあった。しかし今、自分は生きている。

 「イエローで貧乏で化け物な俺には、これ以下に下がるってこたぁ無えんだ・・・・落ち着け、よく考えろ」

 そう自分に言い聞かせて周りを見渡す。
 どうやらここは元々化学工場か何かだったらしい。『可燃性』とかかれたエチルアルコールを見つけた。さらに、火災に備えた頑丈そうな防火扉が残っていた。

 「可燃性・・・・火、火か。つったってアルコールぶっ掛けて火ぃつけた程度じゃあ死なねーだろうし、そもそも火は俺がヤバイしな・・・」

 くどいようだが、FAKEはゴキブリの遺伝子を持つメルヴゲフだ。当然、『火』や『熱』には弱い。余談だが、ゴキブリは『油虫』と呼ばれるだけあってよく燃える。
 そして暫く考え込むと、何かひらめいたらしい。

 「・・・・・・一か八か!やってみるか」

 そういうと、FAKEは防火扉を完全に閉め、床にアルコールを撒き散らし始めた。









 「シュシュシュシュ、どうした? 諦めたか」

 メルヴシュランゲは、わざとFAKEを逃がして『狩り』を楽しんでいた。いくら弱いとはいえ『仮面ライダー』を名乗る戦士を『狩る』機会などそうめったに無い。
 それだけに、扉を開けた時にFAKEが仁王立ちで立っているのを見たときは、少々残念だった。

 「忠告するぜ、そのライフルを使うのをやめな。お前がそのライフルを撃った瞬間、俺の勝ちが決定する」

 FAKEは妙に自信ありげな態度で立ちふさがる。だが、メルヴシュランゲは、ふん、と鼻を鳴らすと床を一瞥する。

 「シュシュシュシュ、あれか? まさかこの床に撒き散らされたアルコールで俺を焼き殺そうとでも? 無駄なことだ」

 「どうだろうな。撃ってみたらどうだ?」

 「いいだろう」

 わざわざメルヴシュランゲは、アルコールの水溜りへ向けてライフルを放つ。当然、火花が散りあっという間に燃え広がり、メルヴシュランゲもFAKEも炎に包まれる。

 「シュシュシュシュシュ! どうだ!? この程度の炎など、イノベーターと化した俺には何とも無いぞぉお!」

 炎の海の中で両腕を広げて勝ち誇るメルヴシュランゲ。そしてFAKEは脱兎の如く走り出す。メルヴシュランゲに向かって、では無く、その後ろのメルヴシュランゲが入ってきた扉へ向かって。

 「何をするつもりだ?」

 そして、FAKEはその扉を散在していた鉄板を使用し、完全に塞ぐ。

「 なんのつもりか知らんが、無駄だ!」

 メルヴシュランゲはFAKEに向かってライフルを撃つ。だが、FAKEは左腕の鋸状のカッター『ジャグ』で、なんと飛んできた弾丸を切り裂いたのだ。

 「な、何ぃ!?」

 「・・・・・俺の、勝ちだ・・・・・」

 そういうと、FAKEは再び触覚を震動させる。

 「今度こそ覚悟はOK? ・・・・・3 2 1 Let’s JAM!」

 「ぐ、偶然だ!」

 もう一発、照準を『コンファメーション』によってあわせて、ライフルを発射する。だがFAKEはそれを紙一重で避ける。

 「一回目はまぐれ、じゃあ二回目はなんて言うだろうな」

 FAKEは工場の障害物を利用して三次元的な軌道を描きながら、メルヴシュランゲに迫る。

 「畜生ぉ! 畜生畜生畜生畜生ぉおおお!!」

 メルヴシュランゲは絶叫しながら再びライフルの狙いをつける。彼の『コンファメーション』は正確にFAKEの位置をロックしている。これで撃てば間違いなく当たるはずだ。

 「なのにぃぃぃぃぃぃ!!」

 発射したライフルは避けられる。ありえない。もはや三回目、これは偶然でもなんでもない。

 「ライフルの弾は音より速いんだぞ!? なぜ貴様は避けられる!!」

 彼の疑問は間違いだ。なぜなら、今『この工場内に限って言うならば』、ライフルの弾は音よりも遅いのだ。
 一般的に音速は340m/sと言われているが、それは正しくない。正確には 音速=(温度×気圧)の平方 である。
 もうお分かりになった方も居られるだろう。つまりFAKEが行った行為を説明するとこうなる。

 1.部屋の防火扉や隙間を鉄板で埋め、部屋を完全密封状態にする。
 2.メルヴシュランゲに炎を付けさせ、部屋の温度と気圧をどんどん上昇させる。
 3.そのため、音速がライフルの発射速度やメルヴシュピンネの反応速度を完全に超える。
 4.より素早いアドリヴが可能になる

 というわけである。

 「ハァァァァァ!」

 あっという間に間合いを詰められる。最早この距離では銃身の長いライフルは文字通り無用の長物。FAKEはライフルごとメルヴシュランゲの腕を両足で挟むと、回転を利用してへし折る。

 「があああああああ!?」

 「これで三度目だな、俺がてめえの腕をへし折るのは」

 苦し紛れにメルヴシュピンネは蹴りを放つが、FAKEはそれを受け流す。当然、シュランゲの体勢は崩れる。

 「レガート・・・・そしてスタッカート(小刻みに)!!」

 ズガガガガガガガガガガガ!!

 メルヴシュピンネの体勢が崩れていく方向とは逆ベクトルに併せて、FAKEは小刻みなラッシュを放つ。
それを受けたメルヴシュピンネは、防火扉に衝突、がくり、とうな垂れ、動かなくなる。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・今のは片腕とはいえ、俺の渾身のラッシュだ。流石に・・・」

 FAKEもゆっくりと膝をつく。彼が受けたダメージも相当大きい。

 「くそ、やばい、死ぬかも。まだ死にたくねえよ」

 半分冗談、半分本気の弱音を吐く。そして瞬間、気を抜いたのが良くなかった。

 「この薄汚いゴキブリがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 うな垂れていたメルヴシュランゲが突然覚醒し、FAKEの首筋へと思いっきり噛み付いた。
 どうやら分厚い装甲がFAKEの攻撃を防いだらしい。

 「ぐおおおおおおっ・・・・・てめぇ・・・」

 FAKEは悶絶しながらも、噛み付かれた部分ごと引き千切り、メルヴシュランゲに一本背負いを決める。
 当然、FAKEの首から緑色の噴水が吹き上がる。

 「シュシュ、さ、最後の最後で俺の勝ちだ。肉ごと俺が噛み付いた部分を引き千切ったために、毒が回るのは防いだようだが、それでもその出血だ。もう立てまい」

 ぷらぷらとだらしなく折れた右腕を垂らしながら、メルヴシュランゲは勝ち誇る。

 「舐めん・・・・・じゃ・・・・ねええええ!!」

 FAKEは絶叫すると、直ぐ近くに落ちていた熱く焼けた鉄の棒を握り締める。そしてそれで首の傷を焼く。傷口が凝固し、出血が止まる。

 (こいつを完全に打ち倒すには、JAZZ・GIANTクラスの攻撃じゃねえと駄目だ。そして今、鉄ゲタの無い俺がJAZZ・GIANTクラスの攻撃を放つには、『アレ』しか無ぇ。『先生』が得意としていた『アレ』しか。俺に出来るだろうか・・・・・)

 「死にぞこないがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 (迷ってる場合じゃねえ!)

 突進してきたメルヴシュランゲに対し、FAKEはそれをかわすように空中へと飛び上がり、キックの姿勢を取る。

 「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ガキィィィィィン!

 FAKEのとび蹴りと、メルヴシュピンネの装甲が正面からぶつかり合う。

 (一撃目の蹴りは布石! 蹴りの衝撃を利用して、一撃目よりも高く! もっと高く!)

 FAKEは蹴りの反動を利用して、より高く空へ舞い上がる。

 「FAKE反転!!」

 空中で蜻蛉を切り、くるくると回転する。

 「JAZZ・GIANT!!」

 ドガァン!!

 一撃目とは比べ物にならない威力のとび蹴りがメルヴシュピンネの胸を直撃する。その一撃は完全に装甲を砕き、メルヴシュピンネを吹き飛ばす。

 「・・・・へへへへ、俺だってやりゃ出来る子じゃねえか」

 着地と同時に全エネルギーを使い果たしたのか、おぞましいFAKEの姿から一瞬にして十三の姿へ戻る。

 「あ〜、マジでもう動けねぇ。つーか腹減ったな・・・・・金は・・・・はは、1500円も有る。これなら何かいいもん食えそうだ」

 上向きにごろんと寝返りをうつと、十三はそのまま、すうすうと寝息を立て始めた。だが、

 カリッ・・・

 大地を通して小さな音が聞こえる。飛び起きる十三。

 「マジかよ・・・・あいつ不死身か?」

 その視線の先には、ゆっくりと、胸の装甲が砕かれ、内臓が露出した、満身創痍のメルヴシュランゲが起き上がりつつあった。

 「お・・・・れは・・・・・死なん。も・・・はや、任・・・務など・・・どう・・で・・も・・良い。貴・・・様を・・殺す!」

 そういうと、十三へ向けて腕を振り下ろそうとする。十三はなんとか身を動かし避けようとするが、全身麻酔を受けたように身体が弛緩して動かない。

 (ヒデえ人生だったな・・・・・まぁそれなりに楽しめたからいいか。先生、できの悪い生徒ですいません。お嬢さん、結構本気で好きでした。あと皆、借金返せなくてごめん)

 最早これまで、と十三は目を瞑る。だが、何時までたっても振り下ろされない。うっすら目を開けてみると、メルヴシュランゲの腕が吹き飛ばされていた。

 「う、うぎゃああああああああああああああああああ!! だ、誰だ!?」

 そしてメルヴシュランゲの後方には、いつのまに現れたのだろうか、異形の血のにおいと焼け爛れた鉄のにおいが漂う戦場には、およそ似つかわしくない小柄な少年がたたずんでいた。

 「マ、マツモトぉぉぉぉ! 貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 その『マツモト』と呼ばれた少年は、掌をメルヴシュピンネへ向けてかざす。すると掌から超高圧の水が発射され、メルヴシュピンネの足を打ち抜く。足を打ちぬかれたメルヴシュランゲは、前のめりに倒れこむ。

 「ぐあぁ! キ、キサマ、何のつもりだ・・・・」

 「殺しちゃ駄目って言ったの聞いてなかった? それから、僕がわざわざ忠告してあげたのに、結局君たちは子供を人質につかったね。キミは二回も『ルール』を破った。これはその報いさ」

 マツモトは、笑顔で倒れたメルヴシュピンネを見下ろす。

 「貴様ぁぁぁ、殺してやる!!」

 メルヴシュピンネは倒れた状態のまま口を開くと、マツモトへ向けて溶解液を勢いよく発射する。マツモトは避けるそぶりすら見せず、溶解液は彼を直撃する。

 「汚いなぁ・・・・人に向かって唾を吐くとか、ちょっとどうかと思うよ」

 (!! の溶解液をマトモに浴びて、全く平気だと!?)

 内心驚愕する十三。
 マツモトは溶解液を浴びた部分をハンカチで拭き取った。当然、解けていくハンカチ。そして何故か腕時計に目をやり、カウントを開始する。

 「おのれマツモト・リョースケぇぇぇぇぇ!!」

 「煩いなぁ。これだけ元気ってことは、あと15秒ぐらいか・・・っていうか、上官に向かってフルネームで呼び捨てはないんじゃないの? あと8秒・・・7・・・6・・・」

 絶叫するメルヴシュランゲを尻目に、カウントを続けるマツモト。

 「3・・・2・・・1・・・0!」

 カウントゼロ。その瞬間、突然メルヴシュランゲの身体が異臭を放って溶け始めた。

 「あっ!? あぐぅ!? な・・・なんだこれは!?」

 「知っていたかい? 君たちブートレグは『描き込み』を行って『イノベーター』に進化すると、約45分でメルトダウンするんだ。そして、キミ、さっきから異常に元気だろ? メルトダウン1分前のブートレグは、消え去る前のろうそくが光り輝くのと同じで、エネルギーが一瞬爆発的に増大するんだ」

 だから、と続けると、今度はくるりと十三の方を向く。

 「安心していいよ。さっきのキミの素晴らしいとび蹴りは効かなかったわけじゃ無い。たまたまタイミングが悪かっただけなんだ。だから落ち込まないで」

 何故か、敵であるはずの十三に対して賛美の言葉を送るマツモト。

 「きぃぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁぁ、最初っから俺とシブヤを捨て駒にするつもりでぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「捨て駒程度に無能な君らが悪いのさ」

 崩壊していくメルヴシュランゲは、最後の力を振り絞ってマツモトへ襲い掛かる。

 「じぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「しつこい」

 ズバァァァァァァァァァァン!!

 一閃、崩壊してゆくメルヴシュランゲの体が真っ二つに両断される。

 「カニの・・・・はさみ?」

 メルヴシュランゲの身体を両断したマツモトの腕は、人間のそれではなく、甲殻類の持つハサミのように変化していた。そしてマツモトは腕を振るって、自分のハサミに付着した、メルヴシュピンネの体液を煩わしいと言わんばかりに払う。
 そして腕を再び人間のそれへ戻すと、マツモトは十三の顔を覗き込む。

 「ふんふん、成程。な〜んだ詰まんない。どんな凄いカラクリがあるかと思ったら、ただリミッターをつけて無理矢理力を抑えているだけかぁ。風見志郎につけてもらったのかい?」

 「!? なんでそれを!」

 『リミッター』、その言葉に十三は強く反応し驚愕する。だがそんな十三とは対照的に、マツモトは淡々とさも当然の如く答える。

 「分かるよ、そりゃ。僕強いもん。でも凄いな、って言うことは君が『描き込み』をしたのはもう10年も前ってことだろ? それでメルトダウンせずに今迄生きているって事は、やっぱりキミは本物の『イノベーター』ってことか」

 「描き込み・・・・・? 意味が分からん。俺はなんとかディスク・・・『イノベーションディスク』っつったか? なんて初めて見たし、俺にあんな能力は無え」

 しつこい様だが、FAKEの『アドリヴ』はあくまで技術である。

 「ふ〜ん、ま、分からないなら分からないでそれでいいよ。さてと、そろそろ帰るかな」

 そういうと、マツモトはくるりと背を向ける。十三を連れて行く気は無いようだった。

 「おい、待てよ。俺を連れて行くんじゃなかったのか?」

 十三は去っていくマツモトに声を掛ける。

 「つれって欲しいなら連れっていってあげるけど?」

 「そんなどっかの御伽噺のウェンディみてーな事を言うか。行きたかったら自分の脚で行く」

 「ネバーランドへは歩いてはいけないと思うよ」

 「いや、確かアメリカにあったはずだ。もしくは新宿歌舞伎町」

 明らかに話が脱線していっている。
 ちなみに『アメリカ』の方のネバーランドはマイケル・ジャクソンの家の事だ(現在は違うらしい)。歌舞伎町の方は割愛。

 「まぁいいや、話を元に戻そう。僕がキミを連れて行かないのは、それが『ルール』を破ったものに対するペナルティだからさ」

 突然出現したわけの分からない言葉に、十三は首をかしげる。

 「つまりさぁ、あの馬鹿共、メルヴシュランゲとアードラーはキミとの約束を破ったろ? 君がおとなしくすれば子供は逃がすっていう」

 ああ、と十三は頷くが、ますます訳が分からない。それが自分を連れて行かないことにどう繋がるのか。

 「つまり、僕の無能な部下はキミに対して『ルールを破った』。だから、ルールを破ったことに対して何らかのペナルティが必要だと思うんだ。本来ならあいつらがそれを負うべきだと思うけど、死んじゃったからね。かわりに僕が請け負うのさ」

 メルヴシュランゲを殺したのはお前だろう、と十三はツッコミを入れたくなったが、そもそも『描き込み』を行った時点で死ぬらしいので止めておいた。

 「いいのか? そういう風に余裕をこいて死んだ前例は大勢いるぜ?」

 「望むところさ。『ルール』を破ってまで生きたいとは思わないからね」

 その時、銃声が突然聞こえ、マツモトの眉間に正確に穴が開く。

 「痛いなあ。人が話しているときに銃弾を撃ち込んでくるなんて、ルール違反だとは思わないかい?」

 だが、マツモトは平然とした調子で弾丸の射線上を見る。その先には音河が、白煙を立ち上らせた銃を構えて立っていた。

 「そんなルール、僕は知ったことではありません。さっさと仕事を終えて家に帰る、それだけが僕のルールです」

 「成程。分かりやすくて良いルールだね」

 眉間を掻いて埋まった銃弾を取り出しながら、にこやかに笑う。

 「それなら僕に協力してもらえると嬉しいんですけどね」

 音河は臨戦態勢を崩さない

 「仕方ないな・・・・・申し送れたね。僕はマツモト・リョースケ。またの名を・・・・・・」

 マツモトの身体が海水のような液体で包まれていく。そして液体で全身が包まれたと思うと、次の瞬間、液体が弾ける。
 そしてその後には少年の姿は無かった。その代わりに、全身をメルヴシュランゲやアードラーとは比べ物にならないほどの、高い比強度を誇る装甲に全身を覆われ、両腕はいびつに歪んだハサミを持つ赤い異形が立っていた。恐らく『カニ』をモデルにしたのだと推察できるが、その割にはスレンダーな体型を持つ。

 「カニのイノベーター、イノ・クラッベ。宜しくね、仮面ライダー、ICPOのUGハンター」

 ゾクッ!

 イノ・クラッベが発した、変身前と変わらぬ少年の『声』を聴いた瞬間、十三の全身に電撃が走った。

 (コイツ・・・・・強い!)

 しつこい様だが、十三は弱い。だがそれだけに敵の強さは誰よりも正確に分かる『勘』は誰よりも鋭い。そしてその勘が告げている。こいつは強い、と。そして次の瞬間には、思わず叫んでいた。

 「やめろ音河ァァァァァ!!」

 だがそんな十三の声を無視して、音河はヘビーアクセラーを片手に飛び掛る。銃撃では効果的なダメージを与えられないと見たらしい。

 「やめたほうが良いのに・・・・」

 気だるそうにイノ・クラッベは腕を挙げて防御すると、金属がぶつかり合う轟音が周囲に響く。
 すると、イノ・クラッベは意外そうな声を上げる。

 「へぇ・・・・意外だ。人間とは信じられないパワーだね。まさか鬼? それとも渡部家関係者?」

 「ただのヨーロッパの下層階級出身者ですよ!!」

 「へぇ、それはそれは。奇遇だね、僕も昔はフランスで外人部隊に居たことがあってさ」

 のんきな会話とは対照的に、音河のヘビーアクセラーと、イノ・クラッベのハサミが衝突し合い紫電を散らす。
 その硬直状態に痺れを切らしたのか、音河はJz−Qnを取り出す。

 「無駄だよ。そんな豆鉄砲じゃあ僕の外殻は打ち抜けない」

 「関節の隙間ならどうです?」

 受け止めているハサミの、刃と刃の間の関節を狙う。

 ガン!!

 だが、音河の考えは甘かった。音河の放った銃弾は、関節部には『水』が渦巻き、弾丸をガードしていたのだ。

 「僕の能力は、水を操ること。覚えといたほうが良いよ」

 「くっ!」

 そしてイノ・クラッベが腕を振るうと、音河はあっけなく吹っ飛ばされる。

 「これで分かっただろ? 今の君らじゃ僕には勝てっこないって」

 そういうと、イノ・クラッベの身体が水に包まれ、それが弾けるとその姿は消えていた。





 「いてててて・・・・」

 音河は頭に手をあてながら起き上がると、さっきから突っ伏したままの十三に近づき、肩を貸して立たせてやる。

 「ワリイな」

 「うわ、最悪。緑の血で僕のアルマーニが」

 「・・・ムカつく事いうな」

 「冗談です。でもあの程度の相手に手こずらないでくださいよ」

 「この後どうする?」

 「とりあえず君を病院へ連れて行ったほうが良いでしょう」

 「要らねえよ。医者恐い・・・じゃなくて、金が無えよ」

 「それぐらいICPOの経費で落ちますって」

 「誰かに払ってもらったら、そりゃ無償じゃ無くなるだろ。戦って傷ついたんだから」

 「成程・・・・・それが君のルールか」
 
 「うつってるうつってる」

 くだらない雑談をかわしながら、二人はそれぞれのマシンに跨る。十三は再生が早く、もう血は止まっていた。

 「それじゃ、また。機会があれば会いましょう」

 「すぐに会いそうだけどな」

 短い別れをかわすと、二人は別々の方向へ消えて言った。














メルヴゲフ解説

・ホワイトスコア
 メルヴゲフの第一段階。『素体』って言ってよく、現在のFAKEや、世界中にあふれているメルヴゲフもこの状態である。
 この状態では戦闘力は低い。

・ブートレグ
 『ホワイトスコア』と人間に手を加え、MtMが開発した改造人間。ホワイトスコアの状態でもそれなりの戦闘能力を持つようになったほか、人間をベースにしているため、人間態及び高い知能を持つ。

・イノベーター
 総てのメルヴゲフの最終段階。共通の特徴として、肉体の一部が武器に変化、全身に装甲が現れる、その本人のイメージした能力が出現する、が有る。
 なお、ブートレグがこの形態に進化した場合、約45分でメルトダウンするが、崩壊する約一分前にパワーが増大する。

・メルヴシュランゲ(イノベーター)
 ブートレグだったころとは比べ物にならないほどパワーが上昇したメルヴシュランゲ。
 FAKEに切り落とされた腕が大口径のライフルに変化した。
 能力『コンファメーション』は、物体の位置と動きを完全に把握できるが、当然、その速度がシュランゲの反応速度(情報が脳味噌に届くまでの時間)よりも早ければ不可能となる。劇中でFAKEに指摘されたとおり、FAKEに対する劣等感と、素体になった人間が狙撃主であったことからである。

・メルヴアードラー
 鷲のメルヴゲフ。刺さると爆発する羽根が武器。
 イノベーター化すると腕が刀に変化する。能力は過去に起こった爆発を起こす『ノート・フロム・ザ・パースト』。
 余談ですが、この『ノート・フロム・ザ・パースト』が収録されたアルバム『Time Control』( Hiromi`s Sonicbloom)はめちゃくちゃ良いんでぜひ。


あとがき

 お久しぶりです。
 え〜と、かなりアレですね、つっこみどころ満載ですね(笑)。
 そもそもライフルの弾速を超えるほどの圧力と温度になれば爆発するとか、音河が生身の人間のくせに強すぎるとか。



・裏話
 あと、実を言うとこの話で十三は殺すつもりでした。ですが書いているうちに十三に愛着がわいてきたので出来なかったという根性無しです。
 さらに本当は、音河は女性で、十三の元・妻。しかも元は悪に作られた精巧なバイオロイド、さらにこの話で十三の力を受け継いで仮面ライダーFAKEに成る。という展開でしたが、流石に設定を詰め込みすぎということで止めにしました。

 それでは


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