初めて僕と出会ったとき、君はそう言ったね。
僕はその時はまだ、のし上がって全てを手に入れるとか世の中そのものに復讐をするとか、本当に救いようのないことばかり考えていて、僕の事を理解できる人間なんていないと思っていた。
「貴方は本当にくだらない人間ね」
久しぶりだったよ。その頃の僕は、なんでも出来ると本気で思っていて、そして周りもそう思っていて、敵は皆蹴散らして、僕にかかわった人は皆僕を羨望か、あるいは畏怖の目で見た。そんな僕を、君はかつての貧民街にいた頃の連中のように、僕を蔑むような目で見た。
「苦労を知らないただのお嬢様に何が分かる?」
僕も君の事をただの典型的な世の中を知らない馬鹿娘で、君個人には価値がないと思っていた。僕は君の家柄とお義父さんの要職とその財産が欲しかったから君に近づいただけだったんだ。
「分からない? 私は必要としないし、それは貴方も必要としないわ」
その気になれば女を落とすのは簡単だ。相手のプライドを満足させてやればいい。僕は顔も良くて社会的地位もあって金もまぁそこそこあったけれど、これはオプションみたいなもの。そんなに重要な事じゃない。重要なのは妥協する精神力と、相手が要求するものを読み取りそれを我慢する忍耐力。ついでに相手をイラつかせない程度に『駄目な部分』を演じられる演技力。これは別に特別な事じゃない。結婚詐欺師って連中は意外なことに、そう顔の整った連中は多くないんだ。
でも君は、そういうものを何一つ要求しなかった。僕は君を幸せにするといったら、君は『何故貴方に幸せにされなきゃいけないの? 私は自分で幸せになるわ』と返した。正直面食らったよ。
「分からない。何故君は僕を見ようとしない?」
「愛するっていうのは、相手を見ることじゃないの」
何故君が、君という人格を確立できたのか、どうしても分からなかった。ただただ君の事ばかり考えていたら、いつのまにか君という人間にドップリと漬かってしまった。ストーカー染みた真似も少しした。今考えると自分でも引く。
「この世界って、本当に美しいと思わない?」
彼女はいつもそう言っていた。何故だろうか? 裕福な家庭の中で生まれ育った余裕が彼女にそう思わせるのだろうか? いつの間にか打算だとかそういったくだらないものが全部なくなっていた僕は、そのことをストレートに聞いてみた。
「そんな事、ただこの世界を生きていればわかるわ」
彼女はそういった。この世界を斜めに見てはいけない。マス・コミュニケーションが流すものでもなく、電子的なネットワークのつながりが流すものでもなく、ただただ自分の生の目でこの世界を、真っ直ぐに見てみれば、それが美しいものだと分かると。
例え『悪』が見えたとしても、それを全てなんて思ってはいけない。白い紙に黒いインクを1滴、落としてみる。そうするとその染みはとても目立つけれど、全体の中の極僅かなのだ。
それが分かるのは、彼女が僕とは違う、あくまで平凡な世界で生きてきたから。厳しい世界じゃない、平凡な世界で生きているからこそ分かることもいくらでもある。ただそれが素晴らしいことだと気付かないだけなのだ。
「人を愛すって事は、もしかしたら、相手自身じゃなくて相手が見ているものを見るって事かな?」
彼女に子供が出来た。
永遠に孤独だと思っていた僕に、血の繋がった初めての人間が出来た。嬉しかった。世界がはじめてバラ色に見えた。
彼女と病院へ行った帰り道だった。
「おめでとう、ツリヒト・オトカワ君。君は我が偉大な「エニグマ」の一員として選ばれたのだよ」
腐臭を放ちながら動き回る死体共と、巨大なアリと、剣と魔法の力で造られた化け物。奴らは僕のマーシャル・アーツをあざ笑い、銃弾を弾き、彼女を、ビリーを連れて逃げ回る僕をいとも簡単に人気の無い路地裏まで追い詰めた。
守りたいと思った。自分の命よりも守りたいと思ったのは初めてだった。奴らの凶刃がビリーに迫り、それを僕が身を盾にしたその時だった。
「おおっと、そこまでだ。「エニグマ」の改造人間、ここからは我々の相手をしてもらおうか」
「女連れを袋叩きたぁ良い趣味だなネクロイド。モテねぇだろ」
二つの影が月光に照らされた。赤い仮面と黒い異形。赤い仮面は圧倒的な力で死体共を死体からミンチかゼリーに変えた。だが、黒い異形は何度も魔法で作られた化け物に挑んでは、何度も叩き伏せられて、それでも彼は挑んでいった。非力であっても、それでも尚幾度も挑んでいった。
僕は黒い異形に尋ねた。
「何故戦う? そんなにも弱いのに」
「正義を為すのに強い弱いは関係ないだろ」
その時、僕は愛と正義を始めて知った。翌日、ICPOへの転属願いを出した。
♯8 two weeks at Blue Note C part
カラカラと、風見鶏が回る。そのかすかな音で、音河は目を覚ました。
まるで視覚的に透明感を感じさせるほど澄んだ空気から感じ取れる清浄さは、ここが霊や魔といったオカルト的な技術を用いてこの国を守護する組織『陰陽寮』の医務室であることを、そういった『霊的』な素質のない上に、目覚めたばかりのハッキリしない意識の中にある音河にも把握することが出来た。
「負けたか……」
そして起きたばかりの音河は、小さな声で呟く。
「酷い有様だな……」
彼は自分の顔に触れて、そう呟く。
触れた手に帰ってきた触感は、いつもの白くきめ細かい肌の弾力ではなく、ざらりとした包帯の手触りと、その包帯が巻かれた下にある、内出血を起こして青く腫れ上がった、固い手触りであった。
目覚めの喉の渇きを覚えた彼は、水を飲むためにベッドから降りて立ち上がろうと、手すりに手を伸ばす。
「ん…?」
だが、捕まろうと伸ばした手は手すりを掴むこと無く、宙を切る。
左目に包帯と眼帯がなされ、遠近感が上手くつかめていない事に、ここで初めて気が付く。
「意識してりゃあ、片目でも遠近感はつかめないことも無いんですけどね…」
音河は苦笑する。自分の肉体的ダメージを、意識して把握するよう心がけているつもりだったが、そんな事も出来ないほどに身体が傷ついているという事に。
改めて彼は手すりを掴むと、ベッドから降りて水を求める。そしてベッドから降りた瞬間、彼はその場に崩れ落ちた。
「!?」
右足の中節骨4番が完全骨折している以外は、足に大きなダメージは無いはずだ。にも関わらず、音河の足は彼の言うことを聞かず、彼はそこでへたり込むと立ち上がることも出来ない。
「糞……」
普段彼があまり他人には聞かせないような悪態をつくと、もう一度手すりに手をやり、それを支えに立ち上がろうとする。
立ち上がろうとする足も、支える腕も、まるで生まれたての草食動物のように震え、立ち上がることもままならない。
「ダメか」
彼は水を飲むことを断念する。歩くどころか、立ち上がることすら間々ならないのだ。これでは喉を潤すための水を探しに行くことは出来ない。
諦めてベッドの中に戻ろうとするが、戻ることすら一苦労だ。十数分かけて彼は何とかベッドの中に戻る。
「はは……」
乾いた笑いが起こる。
自分は負けたのだ。
十三に負けた時は、彼の頭を砕いても動く能力など予測できるわけが無いという事、奈津に初めて負けた時は、重傷を負っていたという事。そういった自分に対する『いいわけ』が、心のどこかに存在した。
しかし、今回は違う。今回の敗北は、真っ向から挑んで、何の言い訳も出来ないほどの敗北だ。
今の自分の身体を見るがいい。全身に包帯を巻かれ、その美しくきめ細かい肌には青痣が幾つも刻まれ、かつては男女を問わない男娼をして学費を稼ぐことすら出来ていたその美しい顔は、まるでゴツゴツとしたジャガイモのようだ。
最早満足に、立ち上がることすら出来ない。
「完敗だ」
回っていた風見鶏がぴたりと止まる。
今迄音河が、彼が『音河釣人』たる自信を支えてきた無敗の称号。それが崩れ去り、また音河と名乗る前の自分に戻る。
ただの敗北者だった自分に。
そう思っていた。
ガチャリと音を立ててノブが回り病室の扉が開くと、一人の医者と思わしき男が、看護師を伴って病室に入ってきた。
おそらく、音河に接続された幾つかの機器を通じて、彼が目覚めたことが分かったのだろう。
包帯を取替え、そして音河が丸一日眠っていたこと、これからいくらか脳の検査等があること、そして若干の小言を言うと、彼らは音河の病室から出て行った。
再び、病室に静寂が戻る。
個室ではなかったが、運が良い事に、病室には音河以外、誰もいなかった。
「懐かしい気分、なのかな……」
一応は前回、十三に殺されかけて重傷を負った際、完治までに普通の人間ならばかかる時間としてICPOに申告した期間は、あと二月はある。
実際は二週間ほどで完治したが、それでも再びこのように大怪我を再び負っている。
それでもおそらく、今の音河の肉体的資質と陰陽寮の医術ならばその半分の時間で治療できるだろうが、その残った時間で何をすればいいのだろうか。
「いや、あの時とも違う感覚だ」
そう呟く。
音河は思い出す。フランスの貧民街にいたときの無力感を。何をする気にもなれない無気力感。悔しいという感情すら起こらない。
だが今、彼の身体に満ちているのは不思議な、一種満足感ともいえる感情であった。
その満足感に身を委ねるように、起こした上体を再びベッドに委ね、その瞼を音河は閉じた。
風見鶏は回らない。
それから、3日ほどたったある日の事だった。
もう11月に入ろうというのに、珍しく暖かい日差しの日であった。
「渡部さん……」
音河は、覇気のない声で呟く。
伸ばした黒髪を赤い紐で結んだ、凛とした雰囲気の彼女、渡部奈津が音河の病室に入ってきた。
彼女もまた、音河と同じように身体の各部に包帯を巻いており、松葉杖をついて歩いている。
「お目覚めになられたと聞きまして……お見舞いに」
そう言うと、奈津は黙り込んでしまう。見舞いも何も、音河をこういう目に合わせたのは奈津本人なのだ。無論、この模擬戦を申し込んだのは音河であるから、奈津が気にするのは見当違いかもしれない。しかし、それでも気が引ける。何より、勝利した者ゆえの引け目というものもある。そもそも、彼女は符術で傷や怪我を癒すことができる。それをせずにあの激闘で負った傷をそのままにやってきたのは、もしそうして無傷の姿となって音河の前に現れた場合の彼の心中を慮ってのことだろう。
「……」
同じように、音河もまた黙り込み、窓の外へと視線をやり奈津と目を合わせようとしない。
そして場の空気に耐えられなかったのか、奈津の従者、黒百合が奈津へと急かす。
「奈津はん、何か言おいやしたいことがおしたんほなあらしまへんか?」
そう言われ奈津は、すぅと息を吸い込んで音河へと話しかけようとしたその時だった。
「すみません、黒百合さん。渡部さんと二人で話をさせていただけませんか」
音河が、窓の外の風見鶏へ視線を投げたまま先に口火を切った。
風見鶏は、今日も回っている。
「え、ええ、構おりまへんが……」
そういって不意を打たれた形になった黒百合と奈津は、互いに目を合わせると、黒百合は奈津の影から離れ、影を伝って病室の外へ出て行った。
そして音河から切り出す。
「渡部さんは、何故戦っているんですか?」
「え?」
「この陰陽寮に所属していらっしゃる理由です。桐生博士は『大人の義務』とお答えしましたが、『子供』の貴女はどうなのかと思って」
『子供』を強調して不意に切り出された問いに、奈津は一瞬間を空けて答える。
「……それが代々受け継がれてきた渡部家当主としての義務だからです」
無論、本当にそれが全てというわけではないが、あえて言葉を略して答える。受け取り方によっては、まるで意識のないロボットのようにも取れる簡素な言葉で音河へと返す。
音河がどう受け取るかを試すように。
「成程、僕のような野良犬とは立ち居地から違うわけだ」
それに対し、鼻白んだような声で音河は反す。
そのあまりにも女々しい嫌味は、奈津に怒りよりも寧ろ、憐憫に近い感情を想起させた。
これがつい先日、自分に真正面からぶつかってきたあの男だろうか。肉が千切れようと骨が砕けようと、決して膝をつくことのなかった猛々しい男だろうか。
「……どうして、そのような事をお聞きに?」
それでも尚、奈津は込み上げてくる感情を抑えて、音河に問いかける。
「おっと、不愉快になられたのなら謝ります。ただ、僕という人間の本質はどうも卑屈みたいで。育った環境って奴のせいですかね」
そう言うと、音河は自嘲的に軽く笑う。
その様子を見て奈津は、先ほどの感想を自分の中で撤回する。しかし、あのとき戦った音河とも明らかに何か違う。
「ただひたすら、負けて負けて負け越すと、もう悔しいって感情さえ起こらなくなって、それが当然になって卑屈な人間が出来る……そんな人間だけには戻りたくなかったんです、僕は」
憑き物が落ちたようにすっきりとした表情で音河は言葉をつむぐ。
「だから、僕は貴女が羨ましい。背負うものがあるから。背負うものがあれば、辛くともそれはいつか誇りになる。そんな生まれつき『背負うもの』がある恵まれた貴女に負けたことが『悔しくて』たまらない」
顔をここで始めて奈津へと向け、そしてにこりと微笑んだ。
「そして、悔しいと感じる自分が今ここにいることが、嬉しくてたまらない。貴女のおかげです、有難う御座います」
そう言われ、奈津は不器用に笑みを返す。
「どういたしまして、と言っていいのでしょうか」
「どういう意味でしょうか?」
その様子に音河は奈津に聞き返す。しどろもどろと彼女にしては珍しく、歯切れの悪い様子を見せるが、観念したように話し出す。
「……実は今日は、その、謝罪をしに来たんです」
「謝罪?」
「その、目を……」
「? ……あぁ」
言われるその瞬間まで、当の音河自身がすっかり忘れていた事実であった。
この戦いは、武器と術の使用の他に、金的と噛み付き、それから目を狙った攻撃を禁止していたことを。
音河は苦笑しながら、眼帯のまかれた左目に手をやる。
「ははは、そういえばすっかり忘れていました。目を攻撃するのは禁止していましたね……成程、そうか」
一片も言い訳の出来ない戦いだと思っていたが、実際はそうでもなかったらしい。だが、そんな事は関係がない。
必要なのは、ルールの上での勝ち負けではない。自分がそのルールを忘れるほど全力で戦ったということ、そして奈津がそれに全力で応えてくれたということである。
そうでなければ、この今音河の身体を巡らす、悔しさという名の満足感など得ることが出来なかったからだ。
「という事は、あれは僕の勝ちって事でいいんでしょうか?」
音河は冗談めかして奈津に問いかける。
「ええ、『次』は負けません」
それに対し、柔和な表情で奈津もまた返答し、向き合って笑いあう。
その時だった。音河の病室がノックされ、一人の緑髪の男が、黒百合を伴って入ってくる。桐生春樹であった。
「桐生博士……」
「なっちゃんのお見舞いに行こうと思っていたら、ここだと聞いてね。音河さんのお見舞いにも行こうと思っていたらちょうど良かったよ」
そう言うと、いつもの柔らかな表情で微笑みかける。音河の胡散臭さを感じさせるそれと違って、彼にはそういったものはない。
そして、音河のベッドの上に包装された桐の木箱を置く。
「僕お勧めの草餅だ。これを手に入れるのはちょっと苦労したよ」
「件の限定百個の、って奴ですか」
そう言うと、早速音河は箱を開ける。そこには草餅がぎっしりと詰まっていた。思わず黒百合が感嘆を挙げる。
「ん……楊枝が三つしかありませんね」
ここにいるのは音河、奈津、春樹、それに黒百合の四人。一本足りない。
「ああ、それなら心配いりません」
そう言うと、春樹はどこからともなく朱塗りの楊枝と、さらに黒蜜と黄粉を取り出す。
「お好みでどうぞ。どちらもちょっと拘って用意したものですから、味は保証しますよ」
「いつも持ち歩いていらっしゃるんですか?」
それを見て、奈津が半分呆れたような声で驚く。
「草餅には目がなくてね、さ、どうぞ遠慮せず」
そうすすめられた音河は、楊枝で一つ草餅を突き刺すと、それを頬張る。だが、以前食べたときと味が違う。やや固めの薄皮と、酸味を少し感じさせる風変わりな甘み。ヨモギの匂いは抑えられ、皮に別の植物が練りこんであるのだろうか。花のような香りがする。だがこれはこれで美味い。
「これは……」
「ふふ。実は、前日の草餅ではないんだ。この陰陽寮から家に帰る時、ふと別の道を通って帰ってみたくなってね。その途中で見つけた店で買ってみたんです。この近くにこんなおいしい草餅を出す和菓子屋があるなんてね。身の周りに近いものの素晴らしさというものは、案外見逃しやすいものですね」
「灯台下暗しというやつですなぁ」
黒百合も相槌を打ちながら、同じように草餅を頬張り舌鼓を打つ。
そして一方の音河は、一つ目に手をつけたきり、動こうとしない。
「身の周りの素晴らしさ、か」
忘れていたことがあった。
音河が、何故ICPOに入り、この世界を脅かす『悪』と戦う決心を固めたのかを。
『彼女』を守りたい。その『彼女』が自分の近くにいることが、まるで当然のようになり、ICPOで戦うことが日々の日常になったことで忘れかけていた事。
そこに十三は介在しない。彼の生い立ちは関係がない。そうだ、音河釣人には明確な戦う理由があったのだ。十三のそれとは違う理由が。
「美味いな……」
「ええ、本当に」
音河と奈津がそう呟く。同じように春樹と黒百合も頬張り、満足げな表情を見せる。
「……それで、どうでしたか? 音河さん。今の貴方が、以前の貴方自身、そして山口さんとも違うという確証は得られましたか?」
突然、春樹が音河の心に切り込む。驚いた音河は、一瞬草餅を喉に詰まらせそうになる。
「けほっ……と、驚いたな。そんなことまで見抜いてらっしゃったんですか?」
多少、ばつの悪そうな顔をしながら、少し照れたような様子で音河は返す。何のことか分からない奈津と黒百合は怪訝な表情を作る。
「あの、どういう事でしょうか?」
奈津が音河と春樹に意図を尋ねる。
しかし、音河は応えない。まるで応えあぐねているようにも見える。
「音河さん、今の貴方なら応えることが出来る筈ですよ」
それを見た春樹は、音河へ言葉を促す。そう言われ、音河は頭をぽりぽりとかくと、少し照れた様子で話し始める。
「なんか敬語を使いたくなくなってきちゃったな……ま、いいでしょう。奈津さん、僕は恐かったんです」
「恐かった? 貴方が?」
音河の答えに奈津は怪訝な顔をする。そんな奈津の顔を見て、日差しの中で軽く微笑む。
からからと、軽い音をたてて風見鶏が回り始める。
「僕の遍歴は割愛しますが、かつての僕は何も出来ない無力な存在で……それから運よく抜け出すことが出来たのが今の僕です。そして多分、十三もね」
奈津は先ほど、音河が彼自身の事を野良犬と呼んでいたのを思い出す。そして、模擬戦の約束を取り付ける際にも、彼は自分の事を敗北者と言っていた。
「僕はね、奈津さん、桐生博士、それに黒百合さん。会ったばかりのあなた方に言うのもなんですけど、卑小な人間なんです。弱くて、ちっぽけで。いつも恐怖に追われてる。それを見破られるのも恐くて、高級なアクセサリーや服で着飾り、高慢に振る舞う。そのくせ本当は自分に自信がないから、誰かに自分を重ねる」
「それが、その重ねた相手が十三さんだったと?」
奈津には信じられなかった。奈津もまた多少は十三と面識があるが、彼と音河はまるで正反対のように見える。
いつも情けなくて、格好悪くて、這いずり回るように生きる十三と、華麗に立ち振る舞い、高慢かつ煌びやかな音河。
「信じられませんよね? でも、かつての僕は本当に情けなくて……そんな昔の自分の姿が、少し十三とダブって見えた。高慢に変わらざるを得なかった僕と違って、彼はあるがままに生きているように見えた。そんな彼が『仮面ライダー』……いや、偽者と言っていましたが、とにかくそういう崇高な存在になれる。それが……そう、うらやましくて、いつの間にか勝手に十三に僕を重ねていた」
そう言って、少し言葉を詰まらせる。その顔は、普段の音河からは想像も出来ないほど純朴で、子供のような顔に見えた。
「そしてそんな十三は、過去を見せられ暴走した。たったそれだけで。奴の悲惨な過去は僕も知っていますが、そんなものは言い訳にならない。誰だって辛い過去の一つや二つは背負っている。僕や奈津さんのようにね」
厳しく言い放つ。
その厳しさは音河が厳しく生きてきた故のものなのか、それとも理想像に対してのコンプレックスからのものなのか、判別は出来なかった。
「……そしてアイツが暴走した様を見た時、同時に僕も自分に自信が持てなかった。アイツを殺してやるという約束も果たせず、それどころかアイツに負けてしまった。実力的には格下だと思っていた奴にね」
そこまで聞いて奈津にも理解することが出来た。
つまりは、音河は同じ状況だと思ったのだ。『過去』と『勝利』という違いはあるものの、暴走した十三も敗北した音河も、どちらも自分の信じていたものが揺り動かされた状態だ。そして、そうなった十三は暴走した。その十三に自分を重ねていた音河は、激しい不安に襲われたのだ。自分もまた、同じように過去の自分に戻るのではないかと。
「この間、お話した話ですね……」
「お恥ずかしながら。ただ言葉だけではどうしても確信の持てないこともある」
春樹に対して、言葉通り少し気恥ずかしそうな顔で応える。
「……ほな、負けるために奈津はんに挑んやのですか?」
そう黒百合に聞かれて、音河は苦笑する。
「いえ、残念ながら。そこのところが僕の業というか卑小なところというか、勝つことでそれが覆い隠せると思っていたんです。それが根本的な解決にもならないと分かっていたのにね」
音河は一人で笑いを漏らすが、他の三人は少し、暗い面持ちだ。
彼らにも理解できるのだろう。音河の言う『業』はおそらく、人間だれしもが持っている。自分達のような『特異な存在』ならば特に。そしてその力を扱う責任も。
「そう暗い顔をしないでください。僕は今、心底負けてよかったって思えているんです。だって、負ける前じゃ絶対にこんな事、他人には言えませんでしたから」
そう言うと、彼は自分の掌に拳をぶつける。
「僕は以前の僕とも、十三とも違う。それがはっきり分かったんです。だからもう迷いません。この力を、正義のために使います。自分のためではなく」
愛する彼の妻ビリーのために。世界が美しいことに気付かせてくれた彼女のために。
風向きが変わった。
一月が過ぎ、2004年の12月の中ごろ。
肌寒い街を、季節はずれの一台の白いバイクが街を疾走する。
まるで装甲のようにゴツゴツした、空力効果が疑問視されるような形状のカウルを持つバイクに跨る、フルフェイスを被ったその男は、黒い高級感の溢れるスーツの裾をたなびかせ、真昼の街を疾走する。
(うん、以前より扱いやすくなっているな。サスも良い感じだ)
その白いバイク、ブラストチェイサーは以前メルヴゲフとの戦闘で中破した際、それまでの運用データを基に陰陽寮でいくつかの改修を受け生まれ変わっている。その改修のうちの一つが操作性の向上だ。マシンそのものが軽量化され、重心の位置も中心近くに移動されている。サスペンションも見直され、多少柔らかいものが使われている。
そしてそのバイクは、徐々に人気の少ない方角へと走っていく。路地裏を抜けて、交通量の少ない道に入るとさらにアクセルを開けてマシンは加速していく。
(ついてきているな……ま、この程度で遅れてきてもらっても困りますが)
ライダーは前傾姿勢を取り、マシンはさらに加速する。郊外を抜けて、丁寧にアスファルトに舗装された道から、起伏や穴の多いそれへ、ついには道ともいえぬ道に入る。たどり着いた先は珍しい、私有地でない竹林であった。
「さて、ここならいいでしょう。出てきたらどうです?」
そう言ってバイクから男は降りる。
「へぇー、何か前に見た時とずいぶん印象が変わったね。イメチェン?」
どこからともなく、軽薄な印象をあたえる子供の声が響く。
次の瞬間、男の正面に水が集まると、それが人の形を成し、弾ける。そして表れた姿はMtMの大幹部、マツモト・リョースケであった。
「男子三日会わざれば、って奴ですよ」
そう言いながらフルフェイスを取る。表れた顔は、音河のそれであった。だが、マツモトが言ったように彼の印象は大きく異なっていた。
髪型はオールバックからベリーショートに変わり、そして音河の身体が以前よりも大きくなっている。体重を95kgから100kgに5kg筋肉を増やし、さらにはうっすらと脂肪を残している。そのせいで、以前とは体重の割に細身な印象すらあったシルエットが、まるでゴリラか何かのようにも見える。
「メルヴシャーベに敗れてたった3ヶ月。それで完全に回復するどころか、肉体の強化までしたのかい、凄いね」
感心した様子でマツモトは声を上げる。それに対して音河は何も言わず、黙ってファイティングポーズを取る。
「良いからかかって来い。別にお喋りに来たってわけじゃあないでしょう」
そして攻撃的にステップを踏む。その様子を見たマツモトはに、と笑うと、自身の右手を巨大な蟹のはさみに変化させ、音河に飛びかかる。
「しゃああっ!」
「遅いッ!」
改造人間の速度で襲い掛かるマツモトの顎を、正確に音河はカウンターで捉える。
崩れ落ちるマツモトに続けて、心臓へと縦拳逆突きを打つ。さらに続けて、音河の左フックがマツモトの即頭部に炸裂する。そして中腰に崩れていくマツモトの顔面を、音河の中段回し蹴りが打ち抜く。
「…っ!?」
きりもみ回転をしながら、マツモトは弾き飛ばされる。
「馬鹿にしないでほしいですね、ま、そのままの姿で殺して欲しいって言うんなら別にそれで結構ですが」
弾き飛ばされたマツモトが、潰れた鼻から血を垂れ流しながら顔を大地にうずめて崩れ落ちる。
改造人間である彼が、この人間である音河を相手に一合も打ち合うことなく四連撃を受けて倒れる。
「クク、驚いた。前とは全然違うじゃないか。パワーもスピードもスキルも何もかも」
以前、音河がマツモトと戦った際は、電磁警防と銃を使ってもマツモトに傷を負わせることすら出来なかった。
しかし今、音河は素拳での攻撃でマツモトを跪かせている。
「やっぱり目をつけていて正解だったね……」
そう言うと、マツモトはがばりと起き上がる。
「いいよ、本気で相手をしてあげよう! ここに今日、君の墓標を立ててあげる!」
そう叫ぶと、マツモトの身体が水に包まれていく。そしてその水が彼の全身を覆うと、弾け飛ぶ。そしてそこには人間の姿をしたマツモト・リョースケの姿はなく、巨大で歪な形をした鋏を両手に持ち、強固な外殻に覆われたカニのメルヴゲフ、イノ・クラッベの姿がそこにあった。
「シャッ!」
音河は口の端から息を漏らしながらクラッベへと飛び込むと、中段の回し蹴りを放つ。
しかし蹴った感触は先ほどと違い、何十トンもある鋼鉄の塊を蹴ったようであり、クラッベはびくともしなかった。
「今度は僕の番かな」
次の瞬間、クラッベの鋏が一瞬で音河の眼前まで迫り、それを音河は間一髪で避ける。そして轟音を立てて閉じられる鋏が起こす衝撃は、触れていない竹を切断するほどであった。
「つ……」
ノウカウント・ナックルを使うには、さらに一歩踏み込んだ間合いに入る必要がある。
しかし、音河はあえて間合いを取る。その表情は決して、クラッベの鋏の威力に恐れおののいて引いた人間のそれではない。
「素晴らしいね。今の蹴りもそうだが、その闘志。まともな人間のそれじゃない」
それを読み取ったかのように、クラッベは両手の鋏を火花を散らしながら開閉させ、音河を挑発する。それに対して音河はフ、と微笑んだ。
「あの……一つ聞いてもよろしいですか?」
少し気後れした様子で、奈津が音河に尋ねた。
「なんでしょうか?」
「音河さんは、何故戦うのですか?」
「そうですね、それは僕も気になる」
奈津の疑問に春樹も追随する。黒百合も興味津々と言った様子で音河の顔を覗き込む。
そして音河は間を置いて一つ、ため息をついた後、口を開いた。
「どうしてそのような事を?」
彼が奈津に問うた時、奈津が返した言葉と同じ言葉で返す。それに対し、奈津は少し躊躇った様子を見せ、それを横目で見た春樹が応える。
「音河さん、貴方という人間を考察していくと、どうしても一つわからない点が出てくるんです。貴方はなっちゃんと違って、ご自分で仰ったように何かを背負ってこの世界の戦いに足を踏み入れたわけじゃない。失礼ながら、僕と違って『良識のある大人の義務』を果たすため、という殊勝なそれとも思えない」
それを聞いた音河は思わず苦笑する。春樹自身も断ってはいるが失礼な言だ。しかし全く言い返せない。なぜならその通りであるし、自分でもそう思っているからだ。
春樹は言葉を続ける。
「貴方という人間を見た時、一番納得がいくのは『自分のため』とか自分のプライドを満たすため。そういった理由が一番適当に思えますが、それとも違うようでしたので。ま、知的好奇心を満たすための質問と思っていただければ結構ですよ。あと、同じ質問をされた手前というのもありますが」
春樹はそう言って微笑む。
「わかりやすい解説をどうも。しっかし失礼な方だ。初対面、というわけではないですけど、それに近い人間に言います? それ」
そう音河は言うが、口調と表情からは内容ほど怒っている雰囲気は感じ取れず、むしろ柔和な感すらある。
「ふふふ、確かに。ですが性分でして」
それに対して春樹も笑って応える。音河は何か満足げな表情を浮かべて手を顎にやって肘をつく。
「全く、貴方とは良い友達になれそうだ。 ……確かに、博士の仰るとおりですよ。僕も未だに自分自身で信じられない。命よりも守りたい人が出来るなんてね」
そういって、音河自身少し考え込む。
自分が何故、あのままフランス警察のキャリア組としてのし上がっていく道ではなく、ICPOで悪党共と戦う道を選んだのだろう。十三に憧れを抱いたから? それも、ある。しかしそれだけではない。
あの時、何よりもまずビリーと、お腹の中の子供を守りたいと思った。ビリーが見ている『美しい世界』を守りたいと思った。
「愛する人間がいます、それだけです。その人が世界は美しいといったから、そのついでみたいなもんですよ」
音河は、両足を肩幅よりも少し広めに開き、足先を前に向けて立つ。
足を踏ん張り、両肩の力を抜き脱力する。そして言霊を己自身に刻み込むように叫ぶ。
「そうだ……僕が人生の中で始めて意識した『正義』。それを守るために戦う! 例え十三が戦うことが出来なくとも!」
音河は腕を前に突き出す。
「さらば十三……」
一言呟くと、大きくジャンプしてさらに間合いを広げる。そしてクラッベに掲げるように、手首にしている簡素なリストウォッチを見せる。
「パワーブレス起動!」
音河がそう叫ぶと、リストウォッチの時計パネル部が起き上がり、『ストレージクリスタル』が露出する。それを確認すると、音河はどこからともなくトランプほどの大きさと、それよりもやや厚みのあるカードのようなものを取り出す。
「ブラス・アップ!」
そう叫びながら、リストウォッチのスリットにそのカードを通す。
「変・身!」
次の瞬間、音河の身体は一瞬、ワイヤーフレーム状の光に包まれる。さらにそのワイヤーフレームが眩い光を放ったかと思うと、音河はその姿をがらりと変える。
全身をまるで真っ黒なダイバースーツのような二層強化アラミド線維が覆い、胸部や肩部、膝や肘など、極重要な箇所のみに簡素に施されたシルバーのカイザーメタルとジルコナイト56の複合特殊装甲。そして胸部装甲の上に存在する円形の情報収集期間『ウィザードサーチャー』が青白い光を放つ。
両腕の巨大な腕輪、『ブルーパンチャー』は蒸気を排出し、両足踵に装着された車輪状の『ターボユニット』が回転する。
額と両掌の計3箇所には小さな円形の『パイルプラズマー』が赤く怪しく浮かび上がり、全身を走る青いラインが光る。
口部を薄くて小さな正方形状のガスマスクの用にも見える生命維持装置『レスピレーター』が覆い、首筋とパイプで接続された頭部のヘルメットの中心部には、大きな一つ目のカメラアイが赤く光る。
そして背中からは二枚の羽のようにも見える白いマフラーのような放熱フィンが風にたなびく。
「ICPOの新型か!」
クラッベが吼える。
風見志郎によって音河へと渡された、ICPOの単独行動を行うUG(アンダーグラウンド)ハンター用に新たに開発された、最新鋭のソリッドスーツ。
人呼んでその名を!
「パーソナルコード、ブルーノート!」
正式名称、コークファイヤー。インターポールが特急指令ソルブレインの協力を得て開発したナイトファイヤーの次世代量産機。
「エニグマ」といった近年隆盛著しい、オカルト系技術を駆使する組織への対抗策として、装甲材の一部に『カイザーメタル』なる装着者の、精神的素質によって大自然からエネルギーを得る特殊な物質を採用している。
そのために、不安定な精神状態では装着することすら適わない。そのソリッドスーツを、音河は何の問題もなく装着する。
「くく、本当に君は楽しませてくれる!だがそろそろ目障りでもあるね!」
クラッベはブルーノートへ鋏を向け、鋏の刃と刃の付け根の部分から高圧に圧縮された水流は発射される。
「ターボユニット!」
音河がそう叫ぶと、両足踵部に装着された車輪状のパーツ『ターボユニット』がけたたましい駆動音を立てて起動する。ターボユニット、かつてエクシードラフトと呼ばれた救急機関が装備していた高速移動装置。オリジナルと違い、車輪を利用した直線的な移動のみしか行えないという欠点が存在するものの、それを音河は自身の体重移動を上手く利用して、発射された水流をマフラーをたなびかせてスケートのように回避する。
「へぇ、ならこれはどうだい」
クラッベは右鋏を掲げる。すると、その鋏に水が纏わりついていく。
「オール・ブルーズ!」
叫びとともに腕を振り払い、豪腕によって射出された水流弾が四方八方へと飛び散る。
直線的な高速移動しか不可能なブルーノートのターボユニットでは、避けきることは出来ない。
だが、ブルーノートは慌てた様子を見せる事無く両腕を顔面の前で交差させる。
「早速このソリッドスーツの性能、見せてもらいますよ!」
そして交差させた腕を振り下ろす。
「プラズマ・レイッ!」
そう叫ぶと、額の円形のワインレッドの光を放つ機関『パイルプラズマー』から一筋の光が発射される。
ブルーノートは首を動かし、その光『プラズマレイ』で自分へと殺到する水流弾をなぎ払い蒸発させる。
「おっ!?」
イノ・クラッベは驚いたように声を上げる。
そしてブルーノートはさらに両腕を前へと突き出し、掌をイノ・クラッベへと向ける。
「まだまだっ!」
そう叫ぶと、両掌からもそれぞれ一発ずつ、二発のプラズマレイが発射される。
身を捻ってクラッベは一発を回避するものの、もう一発が直撃する。
「へぇ、結構凄いな」
しかし、当たったクラッベは平気な顔をして呟く。
直撃した箇所の装甲が泡立っているものの、貫通するまでには至っていない。
「そう余裕を保っていられますかね? これならどうです?」
そうブルーノートが呟くと、今度は伸ばした両手の掌を向かい合わせるようにして突き出す。
するとそれぞれの掌にも搭載されているパイルプラズマーが放電現象のような光を放ち、その光は球を形作っていく。
「ストレインジ・フルーツ!」
圧縮されたプラズマ光弾が、ブルーノートの両腕をライフルとして加速し打ち出される。
その熱は空気をゆがめ陽炎を作り、焦げつく臭いを残しながら一直線にイノ・クラッベへと迫る。
「おっと、そうきたかい。だけど相性が悪かったね!」
そう言うと、クラッベは両手を前に突き出し、両手の鋏から水を発射する。発射された水は、クラッベの正面を覆う一枚の畳のような壁を作り出す。
「そんな水羊羹、突き破れ!」
ブルーノートが叫ぶ。そしてその叫びに追随するように、『水の壁』とプラズマ弾は衝突し、弾ける。
「っ!? しまった!」
そして弾けた後には、蒸発した『水の壁』が濃密な白い影となり、周囲を霧が覆う。
「残念だったね〜。というかさ、前に戦った『コパーファイヤー』だったかな? アレの攻撃が効かなかったことは聞いてなかったのかい?」
そして濃密な霧に姿を隠したクラッベがあざ笑う。
あの『水の壁』は『ストレインジ・フルーツ』を受け止めるためのものではなく、エネルギーを無駄使いさせるためのものだったのだ。
プラズマはエネルギー的に不安定な物質であり、レーザーのように大気などと接触するとエネルギーが失われる特徴がある。低音の水と接触させ、エネルギーを無駄使いさせ、さらにはプラズマ弾頭の使用が難しい濃密な霧を作り上げさせたのだ。通常のメルヴゲフ程度ならばこの霧の中でも十分に打ち倒せうる威力のプラズマを打つことは可能だが、クラッベの重装甲相手ではそうは行かない。
しかし、ブルーノートを装着する音河の脳裏には、それ以上に不可解な言葉が繰り返されていた。
(……? どういう事だ? 奴がこのスーツ以外のソリッドスーツと交戦経験があると?)
コパーファイヤーとは、音河は現在装着しているこのブルーノート、正式名称コークファイヤーと対となるはずのICPOの新型ソリッドスーツであり、まだ前線には配備されていないはずの装備だ。
盗まれたという話は聞かないし、そもそもこのソリッドスーツ自体、レスキュー用に開発されていたナイトファイヤーを基に開発された装備だ。汎用性や整備性、他の防衛組織との規格共有といった点は高度なものを備えているものの、純粋な戦闘能力という点においては盗むほどの価値があるとは思えない。
「考え事は良くないねー」
そして音河の不意をついて、霧の中から高圧の水流が発射され、ブルーノートを弾き飛ばす。
「この!」
ブルーノートの仮面の下で音河は痛みに顔を歪めながらも、水流が発射された地点へ反射的にプラズマレイを発射する。
しかし、プラズマレイは濃密な霧によってエネルギーを消費され、クラッベに届いたとしてもダメーシを与えられているか定かではない。
「ははは、世の中はルールさ。君は僕に勝てないってのが多分、理屈なんだろうね」
霧に声を反射させ、その霧の中を移動しながら四方八方から高圧水流を打つ。
「くっ、ターボユニット!」
踵のユニットが回転し、高速移動能力をブルーノートにあたえる。
直線的に『点』を狙う水流を間一髪で避けるが、背後から発射された別の水流が直撃する。
「ぐぅ! つ……装着してなかったら即死だったな……」
さらに殺到する水流を前に、ブルーノートはとっさに両腕を上げ、ガードを固める。
そして、四方から放たれた水流がブルーノートを打ち据える。
「がぅぅぅぅっ!」
『警告! 機体本体の損傷率60%を超過。装着者の肉体的外傷も危険域へと突入。撤退を推奨』
ブルーノートの顔面パネルに真っ赤な警告が表示され、耳ざわりな警告音も鳴り響く。だがそれを視線を移動することによってインターフェイスを操作すし、警告音を切る。
その間も、絶え間なく水流はブルーノートに降り注ぐ。
「もう諦めたらどうだい? それ以上やったって辛いだけさ」
水流が止み、霧の中からクラッベが現れる。若干呆れた様子を感じさせる調子で、音河に言い放つ。
「ふふ、水も滴る良い男って所ですかね」
だが、水流に濡れて光るボディのブルーノートは、怯むことなく言い放つ。
「その強がりは意外だよ。もっと君はシニカルな性格だと思ってたんだけど、まぁいいや。じゃ、苦しんで死んで」
そう言うと、クラッベは再び霧の中に姿を隠す。
(やはり奴の装甲を貫くには『ノウカウント・ナックル』しかない……しかし、どうやって近づく!? 奴のウォーターカッターをかわしながら……)
ターボユニットを用いて一気に接近することは出来ない。なぜならノウカウント・ナックルは相手の眼前で足を止め、脱力する必要があるからだ。
ブルーノートの仮面の下で、音河は打開策を考える。
マスク口部を覆う生命維持装置『レスピレーター』が、傷ついた肉体であっても十分な思考を行うに十分な酸素を供給してくれている。
ふと、顔面パネル内に表示されている酸素残量に、深い意味もなく目を移す。残された酸素は72時間分を保証、外部酸素の毒性を緩和し供給可能なレスピレーターの外部フィルターも正常に可動している。その時、ふと音河は思った。
(奴の攻撃に使う『水』は一体どこから供給されているんだ?)
ICPOからの解析結果では、イノ・クラッベに魔術といったオカルト的な技術は使用されていない可能性が高いとの報告が来た。
ならば、奴は水を無から取り出しているわけではない。当然、どこからか供給されている筈だ。
(空気中の水分を集めて? いや、それはありえない。もしそうならこの辺り一帯を覆う霧は既に消えているはずだ……!)
「ウィザードサーチャー!」
ブルーノートが叫ぶと、胸部の円形状の装置が埋め込まれたパネルが持ち上がり、ブルーノートのカメラアイの位置まで持ち上がる。
そして起動した高精度探査装置が霧の中に隠れるイノ・クラッベを見つけ出す。
「さらに倍率向上、奴の内部機関を透視。奴に水を供給している機関が存在する筈。タキオン通信等を利用した外部からの転送技術を用いているならばその受信装置を、何かタンクのようなもので蓄えているのならばそれを破壊すれば!」
さらに補足したイノ・クラッベの装甲内部を映し出す。
そこには、イノ・クラッベの装甲が蜂の巣のようなハニカム状の内部構造になっていること、そしてハニカムの空洞にぎっしりと、まるで蜂の子のように圧縮された水が詰まっている様子がありありと捉えられていた。
「うぐっ!?」
サーチしている間にも、イノ・クラッベは容赦なく水流を発射する。
水流はブルーノートの肩を直撃し、肩部装甲にヒビを入れる。
「ち……」
ブルーノートは展開したウィザードサーチャーを格納し、その場から離れる。
舌打ちをした時、音河は仮面の下で思わず苦笑した。
(渡部さんもこんな気持ちだったんですかね……)
彼女もまた、同じようにリーチの差に苦しめられていた。他ならぬ音河自身の手によって。あの時、彼女は音河の攻撃に愚直に耐えながら近づき、一撃で音河を切って落とした。『あの技』のせいで、音河は非常に苦しめられたことを思い出す。
「しかし、もうちょっと僕はスマートにやらせてもらおうかな」
音河はそう呟くと、音河はイノ・クラッベの反応がある地点へプラズマレイを放つ。
霧の中のイノ・クラッベへ真っ直ぐにプラズマの光線が走る。
「効かないって分からないかな!?」
しかし、クラッベはそれを防御するそぶりすら見せることなく、平気でプラズマレイを受け続けながら、開いた鋏をブルーノートへ向け水流を発射しようとする。
「ターボユニットッ!」
足首のターボユニットが起動し、ブルーノートは一直線にクラッベへと近づく。
「終りだ!」
「渡部征鬼流無刀術……」
瞬間、発射された水流がブルーノートの左肩のアーマーを弾き飛ばし、中の音河の肉体ごと貫く。抉られた音河の肩は鮮血を噴出しながら、それでも音河は、ブルーノートは止まらない。
「子打ィ!」
そして音河の右の掌底がイノ・クラッベへと突き刺さる。
だが、打撃を受けた当のクラッベは微動だにしない。
「何をするのかと思えば……つぅ!?」
しかし、次の瞬間クラッベは苦悶の声を上げる。両の鋏で身体をかきむしるようにまさぐり、暴れまわる。
「渡部征鬼流無刀術、子打。こいつは相手の肉体内の水分に対して、掌により波紋を起こし筋線維を崩してしまう技だそうです。付け焼刃の僕じゃあ上手く撃てるかどうか不安でしたが、身体を張って覚えた甲斐があったってところかな。渡部さんには頭があがらなくなってしまいそうだ」
「水分の……波紋だって……!?」
「ええ。ま、それだけ圧縮された水が詰まっていたんですから、僕の不十分な『子打』でも十分だったって事ですかね」
勿論、クラッベの強固な装甲に阻まれ、音河の『子打』の起こした波紋は内部まで届いてはいない。
しかしその波紋は装甲内の極度に圧縮された水分に振動をあたえ、水は膨張を起こし内側からクラッベの装甲を押し上げたのだ。
「このままでは、内部から破裂するっ!?」
今度はイノ・クラッベが舌打ちを打ちながら装甲の隙間から、振動によって膨張した大量の水を排出する。その際に大気中に放出された水分が、さらに霧を濃くする。
「成程、これでもう僕はおいそれと水を使った攻撃は出来ないってわけだ」
「意外ですね、その水分を排出する際、こちらへぶつけてくるものかと思っていましたが」
「ん? 気付いてないの? 常人なら1m先も見ることの出来ないぐらいの、この濃い霧の中じゃあさ、君のプラズマの飛び道具なんかピカピカ光る玩具だよ。それともう一つ……」
そう言って言葉を切ると、イノ・クラッベは鋏を振りかぶってブルーノートへ突進し、上段へ鋏を叩きつける。
「く!」
それをかろうじて両手で受けるが、ガードを挙げたことでがら空きになった腹部へ、イノ・クラッベは膝蹴りを入れる。
「ぐふぅ!」
「単純な白兵になれば僕を倒せると思い上がってる人間を正面から叩き潰してあげたくなってさ!」
先ほどの水流とは比べ物にならない衝撃が、音河の胃を襲う。
自分の内臓が痙攣しているのが感じ取れ、胃液と一緒に今朝食べたトーストとハムエッグを戻しそうになる。
「立ち上がりなよ。僕ら改造人間と君ら生身の人間とじゃあさ、貧弱な武装をしたくらいじゃあ埋められないぐらいの力の差があるって事をよおく教えてあげる」
膝をついたブルーノートを見下すように、頭上から言葉を浴びせる。
だが、ブルーノートは動かない。そしてクラッベもまた、同じように動かない。
「やっ!」
そして先に動いたのはクラッベであった。頭上から浴びせるように鋏を、立ち膝をついたままのブルーノートの脳天へと振り下ろす。
しかし、その動きを読んでいた音河は両手を交差させ、鋏では無くクラッベの手首を受け止める。
この不自然な体勢同士から繰り出される攻撃は限定される。足で蹴り上げるが、頭上からたたきつけるか。その二種類の攻撃のみに音河は注意を払っていたのだ。
「ジュージュツって知っていますか?」
両手で挟んだクラッベの手首を素早く持ち帰ると、そのまま下段へと流し落とす。
そしてクラッベを転ばせる反動で逆にブルーノートは立ち上がると、寝転んだクラッベに跨るようにして立ち、両拳を腰貯めに構える。
「食らえ……ノウカウント……」
「これが君と僕の差さ!」
そう叫びながらイノ・クラッベは鋏を、ブルーノートが拳を打つよりも早く突き出す。
クラッベの鋏はブルーノートのモノアイの表面を引っかくように切り裂く。
表面をなでるようなその攻撃は、ブルーノートのヘルメットに火花を起こさせ顔面パネルを割り、その下にある音河の目に傷をつける。
「つ……なんて間抜けなんだ僕は……」
「間抜け? まさか。今の反射は賞賛に値するね。顔ごと真っ二つにするつもりだったんだから」
ブルーノートはとっさに間合いを広げる。
そして焦って逃げるようにも見えるブルーノートとは対照的に、イノ・クラッベは悠々と起き上がる。
ブルーノートの割れた顔面パネルからは、片目が切り裂かれた音河の目がのぞいていた。
(大丈夫、瞼しか切れてない……いける!)
マウントポジションを取られて下になった体勢から、手を伸ばして攻撃するような手打ちの攻撃。そんなものは人間同士の戦いならば当たっても効くことはない。
しかし、手が切断のための効率的な構造を持つ鋏になっている蟹の改造人間ならば、手打ちであっても鋏そのものが有するテコの原理により大きな切断力を発揮することが出来る。
「わかるかい? こんな些細な点ですら君達生身の人間と僕ら改造人間とじゃあ大きな力の差があるんだ」
イノ・クラッベは呆れた様子で腰に手を当て、音河を見下したように言い放つ。
しかし、割れた顔面パネルから除く音河の顔は笑って見せる。
「全く、これはパワーアップした僕と新兵器ブルーノートの初陣ですよ? もっと楽に勝たせてほしいものですね」
「おいおい、僕は大幹部で君は主人公の相棒ポジションだろ? ここらへんで死んでみたらどうだい? あのFAKEライダーとかいう奴が立ち直ったりするかもよ?」
軽口を叩いてみせる音河に対して、クラッベもまた軽口で返す。
だが、音河の表情が変わった。いつもの微笑でもポーカーフェイスでもない。世界を正面から見据えるような真剣な目。
「僕の人生の主人公は僕だ。もう誰かや何かに自分を重ねたりはしない」
そう言うと、両拳を腰貯めに構える。
「来い。貴様の装甲を今度こそブチ貫く」
音河が敬語を使わない。いつもの耳にねちっこく残るような甘い声でもない。
敵意を露わにした口調で、吼えることなく、地の底で低く唸るような声で言い放つ。
「良い声だ。そういう声をする人間には死んでもらうとルールに決めている!」
そう言うと、イノ・クラッベを中心に猛烈な竜巻が巻き上がる。
「さっきからちょくちょく見せてるその構え、どうやら僕の装甲を貫通させる手段があるみたいだね。ならば近づくのは危険ってわけだ。しかし僕は君のせいで飛び道具を失ったしね、しょうがない」
そしてその猛烈な竜巻の中心は、よく見ればイノ・クラッベ自身ではなく、そのピタリと先を合わせて閉められた鋏が、手首の部分から高速回転していることで巻き起こっているものだった。
「名付けてクラブドリル。ハハ、安易すぎる?」
ドリルのように高速回転する鋏は竜巻を起こし、竹林をざわめかせる。
音河は何も言わない。割れたパネルから覗く切れた眼からは、その感情をうかがい知ることは出来ない。
「限界を知るんだっ!人間!」
イノ・クラッベは上空へ飛び上がる
「人間は確かに脆弱だ、心も身体も。この手はお前の鋏のように自在に物体を切り裂くことも出来ない。だが……」
クラッベの高速回転する鋏がブルーノートの喉基へと迫る。
「誰かと手を繋ぎ、支えあうことは出来る!」
良く思い出す。この技は自分だけで作り上げた技ではない。
陰陽寮の職員達、風見四郎、桐生春樹、渡部奈津、黒百合、そして山口十三。
ブルーノートの両腕に装着された円筒状の腕輪『ブルーパンチャー』が唸りを上げ、上下にピストン運動を開始する。
「ノウカウントォォォォォォォォォッ!」
音河が吼える。人として吼える。
「ナァァァァァァァァックルッ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガッ!
ブルーノートの高速連打が、クラッベの高速回転と激しくぶつかり合う。
まるで重機関砲の連射が分厚い鋼鉄にぶつかったような音と、アーク灯のような激しい火花をたててぶつかりあう。
「こ、この力は!?」
「砕けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
クラッベがうろたえた瞬間、高速回転するイノ・クラッベの鋏が腕ごと砕け、二人は弾かれあう。
「グッ!」
「ウォッ!」
互いに弾かれたクラッベとブルーノートは激突した竹を激しくきしませ、幾本かへし折って吹き飛ぶ。
だが、何とか受身を取った隻腕のクラッベは叫ぶ。
「く、僕の装甲を砕くほどの高速連打とは流石だ! だが僕の勝ちさ!」
その視線の先には、両拳の装甲が砕かれ、さらには自身のパンチ力が強すぎたせいで、両拳を骨が突き破ったようになったブルーノートの姿であった。もはやこれでは、ノウカウント・ナックルどころかただのパンチを打つことすらままならない。
「人間の強さはそれだけじゃない!」
それでもやはり音河は怯まない。ターボユニットを起動させ、真っ直ぐにクラッベへと突っ込んでいく。
「トウッ!!」
そして、その加速の勢いのままイノ・クラッベの眼前で高く飛び上がる。
「人間は、愛する人のために強くなることが出来る! 強化改造とパーツ換装でしか強くなれない貴様らとは違う!」
ビリー・O・ノエル。音河の愛する妻。彼女を守るために。
一瞬頭の隅に、あの晩出合った赤い仮面と黒い異形の姿がよぎる。
彼らはどうなのだろうか。彼らも改造人間だ。だが、今は関係がない。
「来い! 人間! 僕の装甲と貴様の威力! 最後の勝負だッ!!」
ブルーノートの右足が空中で高く持ち上がる。そしてその持ち上がった足が、プラズマの光によって覆われてく。
ついで、踵部のターボユニットが高速回転を維持したまま、こちらもプラズマの光に包まれていく。
「レディィィィィィィィッ! ダイ!!」
ドワッ!!
そして空中から落下の勢いのまま、ブルーノートの踵がイノ・クラッベに叩きつけられる。
たたきつけたブルーノートの踵部の装甲が粉々に砕け散り、ターボユニットやパイルプラズマーといった装備も保持パーツを失って大地に転がっていく。
そして一瞬送れて、音河の踵から鮮血が吹き上がる。吹き上がった鮮血が、踵が叩き付けられたイノ・クラッベの頭に垂れて、その装甲の表面を流れていく。
ピシ
「見事だ、音河釣人」
そうイノ・クラッベ言った瞬間、彼の装甲にヒビが、踵が叩き付けられた地点から肉体のラインにそって放射線状に入っていく。
そして蟹の大幹部は、その身体をゆっくりと大地へと横たえていった。
「……安心してください、殺しはしませんよ。貴方には色々吐いてもらうことがある」
そう言いながら、ブルーノートは片足を引きずりながら、倒れたクラッベの身体に近づく。
「は、はは。負けた怪人のルールも知らないのかい?」
クラッベが自らの自爆装置のスイッチを入れようとしたその時だった。
黒い風が吹いた。
「!?」
ブルーノートの目の前を、何か影が通りすぎた。
思わず手で顔を覆い、そして気が付くと、目の前に倒れていたイノ・クラッベの姿はなく、その視線の少し前にやると、イノ・クラッベを脇に抱きかかえた音河の良く知った男の姿がそこにあった。
「じゅ、十三!?」
その死んだ魚のような目は見間違えようがなかった。
しかし無精髭を生やしておらず、足に履いているのはゲタではなく黒いブーツ、身につけているのもヨレヨレの黒い背広ではなく紺色の戦闘服のようなものであった。
「う……お前は?」
息も絶え絶えで荷物のように抱えられたイノ・クラッベは、十三と同じ顔をした男に質問する。
「山下一佐の命令でお迎えに上がりました。松本二佐」
そう言うと、十三とは全く異なる口調でそう話す。そして音河へと向き合う。
「申し送れました。私、14番と申します。以後お見知りおきを」
そういうと、14番と名乗った男は手をブルーノートへかざす。
そしてその男の掌から、不可視の『何か』が発射され、ブルーノートを吹き飛ばす。
「これは!? 十三の、いやメルヴジャーベの振動波!?」
驚愕するブルーノートを尻目に、抱えられたイノ・クラッベは理解したようにかみ殺して笑う。
「くくく、そういう事か。残念だね音河釣人。決着は先送りらしい。だけど、敗者は勝者へ敬意を払うのはルールってものだ。だから教えてあげるよ」
「何!?」
そういうと、クラッベは変身が解け、少年のような姿をしたマツモトの姿へと戻る。
「『FAKE計画』の始動は近い。じゃあね」
そこまで言うと、マツモトを抱えた14番は高速で走り去っていった。
「くっ、待て!」
だが、ブルーノートを装着した音河はそう叫ぶのが精一杯であった。
警告音とともに変身が強制解除され、音河は膝をついて倒れる。
「うっ……初陣で壊したなんていったら怒られるだろうな……それにまた入院だ」
寝転んだままそういうと、深呼吸して立ち上がる。
「いや、そんな事はしていられない……」
『FAKE計画』という言葉を口に出さずに頭の中で反芻すると、音河はブラストチェイサーに跨り、街へと降りていくのだった。
決戦は近い。十三は、未だ目を覚まさない。
つづく
あとがき
どうも、カニドコです。
ちょっと今回は色々書きたいことがあったりするのでちょっと書かせていただきます。
・音河というキャラクターについて
ぶっちゃけるとかなりヤッツケで作ったキャラだったりします。
最初の頃は銃火器で戦う系統のキャラクターだったのが、ボクサーキャラになったりと一貫しないのはそのせいだったり。
一応、十三と同じように暗い過去を持ち、敬語の毒舌傲慢キャラという骨子だけ作ってあとは走りながら考えたような感じです。あとは努力家な十三の対比として天才キャラとして設定したはずが、いつの間にか屈指の努力キャラになっちゃったりとかもそのせいですね。
ちなみに今回の話は、FAKEは当初、音河とサラの性格を足して割ったような女性キャラが死亡した十三の後を追って変身する二代目主人公になる予定だったので、そうなった時のプロットの流用な感じですね。ついでに殺すのはクラッベの予定でした。
・ブルーノートについて
最初は#4で登場したコパーファイヤーを音河に装着させ、同じ性能でも中の人の強さで〜的な展開でクラッベを倒させるつもりでした。
しかし、前述の通り音河がボクサーキャラに転向したため、急遽設定した機体です。
イメージとしては作中で使用された機器どおりナイトファイヤー+レッダー+オーレッド+レッドパンチャーを3で割って格闘戦仕様にしたような感じでしょうか。
レスキューポリスとオーレンジャーから取ったのは、十三が『仮面ライダーV3+ズバット』のイメージなので、じゃあ相棒の音河は『正木俊介+三浦尚之』でいこうかと。
あと、実は映画を見てカッコよかった「アイアンマン」のイメージも少し入っていたり。プラズマレイとかまんまリパルサーレイとユニビームですね
さて、今回は脇を固める第二の主人公音河釣人がその傲慢で偽悪的な性格と引きずった過去を捨て、正義のヒーローとして自立することが出来ましたが真の主人公たる山口十三は何時目覚めるのか、そして目覚めたとき彼は仮面ライダーとしてあり続けることが出来るのか。
いよいよ仮面ライダーFAKEも終盤、頑張ってかくぞ〜
といってもまだあと多分5〜6話くらいある予定なんでまだ中盤かもw
そして最後に、今回の客演を快諾していただいた影月様、本当にありがとう御座いました。