「姉貴! 来てくれ!!」

 「! 酷い血! 衰弱も激しい・・・・運ぶわよ。抱えて!」

 「ああ!」

 キシャアアアア・・・・

 「こいつら・・・ネクロイド?!」

 「いや違う・・・姉貴、彼女は任せる! 先に!!」

 「ええ! 気を付けてね・・・“仮面ライダー”!!」


 その日、東京及び首都圏近郊に住むものの多くが死神を目撃した。
 黒檀の様な闇色の外套を靡かせ、鬼哭の唸りとガチガチ響く不気味な笑い声を上げる巨大な死神を。
 それは光に奢り夜より目を背けた人間を、黄泉の奥底へ導く為に闇わだかまる深淵より蘇った、亡者の群れであった。
 一つの物語に幕が下ろされる。





仮面ライダーヴァリアント外伝
仮面ライダー鬼神
              
復活編「MASKED RIDERS」

                   




 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 風が唸っている
 常闇の眼孔を、空洞の頭蓋を、アバラだけの胸板を、風が吹きぬけ、唸っている。
 暗黒・・・光を完全に閉ざした夜より尚深く、暗い色を纏ったそれは、巨大な死に神は、眠りの刻限を迎えながら尚も眩い光に満ちるこの都を睥睨し、唸っている。
 あたかも、人の業に怒り、同時に嘆く様に。
 天空の中心には円月。細波立つ水面にはしゃれこうべが映る。

 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 風が・・・唸っている。


 東京都庁・都防衛対策室
 警視庁特殊生物対策班(SAUL) G5ユニット
 防衛省統合幕僚本部
 内閣特別対策室
 宮内庁陰陽寮本部
 ・・・警戒態勢に移行


 既に東京から都民は退避していた。今、膨大な光の中に潜むのは都を守る防人たち。
 時至れば、宵闇に佇む巨大な死に神を破壊威力によって拒絶し黄泉へと帰すべく、数多の攻撃機械が数多の砲口を空へ向けている。
 風。風の唸りさえ除けば、其処には沈黙と言う名の大音響のみが空間を支配している。
 やがてその刻限は訪れる。上がる鬨の声。獣の唸る様な鳴声に似た音色。 
 東京の空が咆哮に震える。夜を冒す忌まわしき煌きの群れをかき散らす様に。
 “彼ら”はゆっくりと、その腕(かいな)を伸ばす。黒衣より細く長い白色の闇が突き出す。
 肉は無く、節くれだけで構成された腕は、筋力とは別の力によって高々と天空に掲げられる。まるで、夜を抱く様に。
 そして嵐の様な突風が起こり、衣が黒雲の湧き上がるように空に広がると風に生臭いものが混じり、セントエルモの青白い燐光がその内側に灯る。
 雷が空を貫く様な音と光が幾つも起こり、白赤い光が死に神に向けて幾筋も線を描いていく。それは炎の力で推進する、鋼とカラクリより成る巨大な科学の飛礫。砲弾、ミサイルと呼称される代物。直線に、放物線に、光を描くそれらは死に神に突き刺さる。死を司る者に死を齎すべく。
 闇の表面に焔がその花弁を鮮やかに広げ、暗黒を禍々しい赤へ鮮やかに飾っていく。
 命中、命中。そびえる何れの摩天楼をも上回るその巨躯は、避ける事さえ試みようとはせず、只、花で飾られるだけのプランター。やがて、満開に咲いた業火の花は枯れる様に舞い散って、跡に煙が入道雲の如く濛々と立ち聳える。
 莫大な熱量に大気が灼熱する。有限を忘却した様に生じ続ける煙の柱。残り火に赤黒く着色されるその様は、地盤を貫いて地獄より立ち昇っているかのよう。
 歓喜に沸く一瞬。防人の間に上がるそれは一瞬で終わる。濃密な、重厚な質量さえ持つかのような煙の柱が内側より膨張し弾け、再び現れる。
 黒衣に身を包む巨大な死に神が、その途方も無く巨大な威容を再び現す。
 驚愕と動揺が兵の間に伝播していく。ボロの様な黒にも、無彩色の眼差しで見下ろすしゃれこうべにも、兵器が及ぼした効果は見受けられない。全くと言って良いほどに。
 そして死に神の逆襲が始まる。生々流転の理に逆らう存在がどの様な末路を辿るか深く知らしめる為。
 冥府魔導の力を秘めるが如き暗黒の装束が胸の前で左右に開き、肉を纏わぬ肉体がその姿を現す。だが、その内側は完全な空洞ではない。否、無数の光が犇き蠢いている。それは夜を照らす為に人が造り出した灯火ではない。それは眼光。激しい怒りの有様が炎となって眼に灯ったものだ。


 ルゥオオオオオオオ
   ウギャアアアアオオオオオオオ・・・ン
グルァアアアアア    
    ガオォォォォォォォオオオン



 
唸っている。風ではない。無数の獣の、怒りに打ち震え、歓喜に満ち溢れた、唸り。復讐を果たす者達の、相反する二つの感情がミクスチャーした咆哮。
 死神に炎が灯る。暗い瞳の穴の底に。乾びた咽喉の奥に。節のみの掌の上に。黒を帯びた紅玉の様な色の焔が燃え上がる。

 
グルオオオオオオオオオン!!!!

 津波が押し寄せるが如く最高潮へと達する咆哮。同時に天上へと撃ち出される炎。赤い四つの塊は、上空で爆ぜると無数の星屑の群れと成って再び地上に舞い降りる。
 降り注ぐ血色の雨は地に次々突き刺さり、其処で火に与えられた力の働きを遂行し、燃え盛る炎を生み出す。
 更に炎が燃やすのは兵の要衝のみではない。神聖な存在から霊的な加護を給わる為の施設、即ち神社・仏閣・教会等が次々と火の手を上げ、見る間に黒く崩れていく。最古の神の一つたる死の司は、それらを文明に冒され形骸化し真実の意味を失った存在と認識し、終焉を宣告したのだ。
 そして死に神は解き放つ。自らの内に身を潜める数多の代理人を。
 影と、其処に灯る怒りの眼光が雲霞を成して濃紺の空を黒に変えていく。
 彼らは人であり、獣であり、敢えて言えばその中間であった。
 翼を持つもの。爪を持つもの。牙を持つもの。
 鳥獣の特徴をその身に写した人体の影持つ者達。
 彼らは“憑き”。人の業により天寿を全うし得なかった獣の魂を、呪いの秘儀で縛り人の身体に宿らせ生み出した化物。

 ウルオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ・・・ン

 彼らの内から咆哮が今一度上がる。怨嗟。憤怒。哀慕。何れにも似たそれは、憑代たる人間の断末魔か、或は死して化けた獣の恨みか。
 降り注ぐ化物の群れ。
 炎を免れた防人の、士気の下落したその陣中に襲い掛かる。
 血が飛沫と成って街を汚し、歓喜と恐怖の怒号がコンクリートジャングルに木霊し始めた。


 「圧倒的だな」

 闇の中に声が冷淡な声が響き、人影が浮かび上がる。祭司・三木咲だ。

 「・・・無論じゃよ。科学一辺倒の兵器では、我ら落天宗の呪的技術の粋を尽くした“イザナミの衣”を貫く事は出来ぬ。何せアレは接触した物体の霊的位相を強制転移させる事で」

 「・・・説明ならもう聞いたよ、爺さん」

 無論と言いながらも始まった夏川の講釈を、月野が辟易した様子で遮る。

 「・・・そうか? 折角、いいところじゃったのにのお・・・」

 心底残念そうに呟く夏川。三木咲は話の腰を立て直すべく、一度咳払いをする。

 「何れにせよ、東京は問題あるまい」

 「ええ。“白き彼”に連なる忌まわしき遺産、我々の最大の敵、MRタイプの改造人間。でも、その殆どが今は海外。東京に居るのも“Α‐Ω”、“Φ”、“Δ”、“異端の吸血鬼”、“伴天連の聖騎士”、“義足の反逆者”、“高野山の退魔士”及び“T”の8名のみ・・・完全に許容範囲よ」

 霜田が言いつつコンソールを操作する。金の角の戦士。赤いストライプの戦士。銀のストライプの戦士。赤いマフラーを帯びた吸血鬼。美しい白銀の騎士。巨大な豪腕と三つの角を持った重戦士。六つの腕を持つ紫色の戦士。薄く汚れたベージュに近い灰色の闘士がディスプレイ上に映し出される。

 「でも・・・本命は彼らだけじゃない」

 その言葉に、三人の男は頷く。

 「ああ。このフェイズは言わば“狸獲り”」

 「左様・・・奴らに“こちら側”が気づかれる訳にはいかん」

 ディスプレイが切り替わり、何かの紋章のようなものが幾つか浮かび上がる。それは彼ら落天宗と同じ、社会の裏側で人知れず悪を行い邪なる目的を果たそうとする秘密犯罪結社のマークだった。

 三木咲が誰にとなく、唸るように問う。

 「だが・・・あの男はどうする? あの忌まわしき金髪の狐が送り込んできた赤き竜騎兵、ネクロドラグーンは? 鬼神すら打ち果たすあの力、少々厄介だ」

 「フ・・・如何に強力であろうと所詮は只の怪人に過ぎない。このタイミングでは何も出来んさ・・・」

 そう、月野は比較的楽観した様に答える。だが、それでも三木咲の表情は晴れない。夏川がその内心を察した様に、言う。

 「・・・彼奴の事、じゃな」

 「ああ。よもや・・・と、思ってな」

 「・・・案ずる事は在るまい。此方には来れはすまい」

 「・・・」

 夏川の言葉にも、三木咲は自身の内に現れた不安の染みを拭う事は出来なかった。



 闇の中。暗く閉ざすその中に響く幾つもの声。
 呪詛の様に繰り返す言の葉の鎖。
 魂に絡み、心を締め付け、思いを苛む。
 『役割を果たせ』
 父の声。死んだ、殺された父の声。役割を失えば死ぬ。殺される。
 父の顔が浮かび、殺された父の声を出す化物の顔に変わり、そう叫ぶ。
 (やめて・・・)
 やがて怪物の顔は赤い仮面に覆われて、その声も又変わる。
 『一生懸命生きるんだ』
 生きる事。誰かを傷つけねば生きて行けぬ。
 殺す事、滅ぼす事が彼女に定められた生の代価。
 (もう・・・やめて・・・私は・・・誰も傷つけたく・・・無い)
 赤い仮面が変貌する。角が生えて、牙が生えて、長い黒髪が生えて、仮面は鬼神の顔となる。囁く様にくぐもった声を発する鬼神の顔。
 『戦いなさい・・・・戦わなければ“貴方”は生きられない』
 力は振るわれる事を望む。
 『力は行使される事こそがその存在意義。そして鬼神は力。滅ぼす為の力。だから滅ぼす事が鬼神の意味。滅ぼす事が貴方の使命』
 (いや・・・やめて)
 感触が蘇り、掌から全身に、知覚の全てに伝播する。自分を好きだと言ってくれた彼を任務の名の下に、自らの命の為に自らの手で葬ろうとした悪意の感触が。
 『何故、否定するの? 何故、拒むの?』
 澄んだ高い声色に変わり、怒りに歪んだ怨霊の様な鬼神の顔が割れ砕けていく。
 『生きる事を望んだのは貴方。レゾンデートルを求めたのは貴方』
 赤い欠片の内側から現れる素顔。
 『私は貴方。貴方は力』
 神野江瞬の、素顔。
 『滅ぼさなければ、貴方は生きられない』
 一瞬、浮かんだ京二の姿がズタズタに引き裂かれた。



 「だしてくれぇ・・・」

 暗い、通路の先より響く声。負の感情により現世に囚われ続ける怨霊のそれに似た声。その声が響いてくる先に、高天アベルは歩を早める。

 「ここからだしてくえぇ・・・」

 その声は、アベルが良く知るものであった。

 声の主の名は伊万里京二。数々の高名な科学者・技術者を輩出することで有名な城南大学の若き教授にして、超考古学という一般人には余り耳に覚えの無い分野で数々の功績を挙げてきた天才考古学博士だ。

 数時間前、アベルがその身柄を確保し、この落天宗のアジトへと連れてきたのだ。

 (どんなことされてるんだろ?)

 その余りにも鬼気迫る悲鳴に彼の脳内にめくるめく拷問の状況が映し出されていく。

 蝋燭、鞭、羽箒は言うに及ばず三角木馬、電極に浣腸やらその他伏字なしには言えない様な器具にプレイの数々。思わず鼻の奥がツーンと痛くなる。

 (あぁ・・・・拷問こそ悪の醍醐味だよ)

 延髄辺りを掌で軽く叩きながら、興奮した面持ちで思い馳せるアベル。

 (ネクロイドにならなかったら絶対拷問係に志願してたな、オレ)

 最も彼の上司にあたる人物が人を長々と苦しめる事が嫌いな為、その上司が統括する極東周辺エリアには、拷問専門の部署は無いのだが。

 (あぁ・・・オレもあいつと同じのに改造してもらいたかったなぁ・・・・)

 彼より先に改造され、組織の為に散って逝った同僚を思い出す。

 (電撃に鞭なんて打ってつけなのに)

 今は亡きピンク色の同僚を羨ましく思うアベル。

 (さてと・・・・御馳走をいただきに参りますか)

 あの正義感と特攻精神に溢れた男が一体どの様なあられもない姿をしているのか想像し、再び鼻の奥から込み上げて来たものをアベルは堪える。

 花崗岩を刳り抜いた地下通路。落天宗の地下拠点の一角に設けられた牢獄。鉄の扉に閉ざされたその奥に一体どのような光景が広がっているのか。

 逸る気持ちを抑えきれず、ドアノブに手をかける。

 ガチャ・・・・

 「・・・・」

 鍵が閉まっていた。

 (ま・・・当然か)

 アベルは溜息を一つつくと面倒臭そうにネクロドラグーンの姿に変身する。明らかにアベルの時より重量が変化しており、質量保存の法則を無視している様な気がするが、悩んでも無駄なため考えるのを止める。

 何処から出てきたのか良く判らない伸びる魔槍・アントニオを腰溜めに構えると深く息を吐いて精神を研ぎ澄ます。

 「必殺! デュアル・バレット!!!」

 ネクロドラグーンは槍を扉に向けて発射された銃弾の様に高速の回転を帯びた一撃を繰り出す。そして穂先が突き刺さった瞬間、鉄を鋳造して作られた扉は一瞬で無数のチリと化す。

 初撃のインパクトの瞬間に「伸びる一撃」を繰り出すことで、「伸びる一撃」の衝撃は物質の抵抗を受ける事無く完全に伝達し、物体は分子レベルで崩壊・粉砕するのだ。スパーク・ファランクス同様、彼がある一連の書物をヒントに編み出した飛翔槍殺法七つの必殺技の一つである。

 「ぎゃああああああ!!!」

 京二の叫びが高らかに、明瞭に響く。

 (キタ、キタ、キタ、キターッ!!)

 顔文字を出す勢いで走るアベル。

 最良の瞬間を逃しては成らない。その昂ぶる使命感が彼を突き動かす。

 「またミスったぁぁぁぁああああああッ!!!!」

 ズザザザザザザザァッ

 関西の芸人やプロ野球の選手さえ感嘆させ得る素晴らしい転倒とヘッドスライディングを見せるアベル。彼の期待に反し扉の向こうにあったのは理想郷(地獄と読む)ではなかった。

 「な・・・・な・・・・」

 「おろ? 其処におるのはラッキョウ野郎じゃねえか」

 「何やってるんですか?! 伊万里京二さん!!!」

 絶叫するアベル。其処は所謂、座敷牢のように造られており、豪勢な調度品の中でだらしなくソファに身を預けた京二が、テレビゲームをしながらスナック菓子の袋に手を伸ばしていた。彼は気も漫ろに答える。

 「ああ、ゼル伝」

 「見ればわかりますよ・・・」

 疲労感溢れる声で呻くアベル。

 「じゃあ、聞くな。ここ抜けれなくて苛々してるんだよ」

 「そうじゃなくって、主体性の問題として、何やってんだと突っ込んでるんです!」

 「うん、だからゼル伝。マリカーでもいいや。一緒にどうよ?」

 「あぁっ」

 余りの悲劇に立ち眩んだアベルは、思わず嘆きの声を上げる。

 「あぁ・・・悪の美学は死んでしまったのか? オレは・・・オレは今、猛烈にかなし」

 カコォォォン!!

 ティーカップがアベルの額に命中し、沈黙に至らしめる。

 「うっさい! やんないなら帰れ!」

 「ぐぅ」

 額と鼻から黒っぽい液体を流しながらヨロヨロ立ち上がるアベル。痛烈な連続攻撃にも必死に耐え、彼は思いを振り絞り声を上げる。

 「伊万里京二さん! 貴方も貴方だ!! 貴方の様な熱血特攻博愛正義馬鹿は普通、牢番を引っ掛けて鍵奪って脱走するのが基本でしょう!!」

 「な・・・なんか酷い言われ様な気が」

 「それが何こんな所で引篭もり臭全開しながら前々世代のゲームに興じてるんですか?! カウチポテトな貴方を見て神野江瞬も草葉の陰から泣いてますよ!!」

 「・・・」

 徐に、カセットを差し替える京二。彼は少し眉を顰めると静かに答える。

 「今、足掻いたってどうにも成らんよ。俺は骨折り損って奴が嫌いなんだ。それにあいつは草葉の陰なんかにいってない。・・・・下手な真似するより今は大人しく英気を養って、あいつを待った方が余程効率がいいだろう?」

 (成る程・・・でも)

 「・・・たとえ彼女が存命してたとしても、助けに来れるとは限らないと思うけど?」

 「フッ・・・」

 京二は嘲笑に尊大な笑みを浮かべる。アベルの浅はかさを嘲る様に。

 「来るさ・・・。あいつは必ず来る」

 十割の確信に満ちた表情。京二の要望をアベルは内心そう、評した。

 『・・・・ここで何をしている? 高天アベル・・・・否、ネクロドラグーン』

 「!」

 不意に声が響き、ネクロドラグーンの背後に四つの影が生じる。

 「あんたらは・・・・」

 少し驚いた様に呟きを漏らすアベル。しかし、直ぐに不敵な笑みを浮かべながら四つの影に問いを投げかける。

 「フ・・・ご苦労だね。祭司の皆さん。わざわざこんな所に」

 四つの影は・・・・祭司と呼ばれる者達であった。アベルはこの落天宗の詳しい組織構造を把握しているわけではなかったが、彼らが「四天王」や「三神官」等と呼ばれる手合いの者達と同じ様な組織の最高幹部の面々である事は知っていた。

 その中の一人、長身の女性が半ば挑発の色を含んだアベルの問いを受け流し、言葉を発する。

 『貴方に此処へ立ち入る事を許可した覚えは無いわ。即刻、立ち去りなさい』

 「オレは単なる協力者だ。貴方たちに命令をされる覚えは無いけど?」

 『此処は俺らの領域さね。逆らうなら協力者でも彼岸に渡る事になるぜ』

 中肉中背の男が明確な敵意を含めた言葉で応答をすると、アベルの目つきも鋭くなり瞳孔が赤く染まっていく。

 「へえ・・・・どうやるのか非常に興味があるね」

 『試しに見せて進ぜようか? 文字通り冥途の土産に・・・・じゃ』

 「じゃあきっと貴方たちも道連れだな」

 ざわりとした、粟立つ様な感触が周囲に満ち、四人の祭司とアベルの間の空間が緊迫感を充填していく。しかし・・・

 「内輪もめなら他所でやってくれ。集中できない」

 気の抜けた声に、張り詰めた雰囲気は一瞬で雲散霧消する。アベルは肩を落とすと、最早諦念を色濃く漂わせながら力なく抗議する。

 「伊万里京二さぁ〜ん・・・・折角の格好良いシーンに水を差さないで下さいよ」

 「じゃあこう言えば良いか?」

 ニヤリと邪悪な侮蔑する様に見下ろしながら微笑を浮かべると京二は言う。

 「・・・・茶番は終わりだ」

 「ケースが違うよ」

 「む・・・・なら、『お遊びは終わりだ』か?」

 「それは貴方に言いたい」

 京二は暫時思考を巡らせた後、何かを思い付いたらしく牢の外の五人を指差しながら、

 「じゃあ、『塵一つ残さず・・・」

 スパパパパパン!!

 乾いた炸裂音が連続して響き、京二とアベルは張り倒される。

 『好い加減にして頂こう』

 「ぐぅ・・・」

 「う・・・不覚」

 司祭のそれぞれの手にはそれぞれハリセン、スリッパ、ピコピコハンマー、メガホンが握られている。膠着した状況を打破する為に、彼らは実力を行使したのだ。

 『・・・余り茶化さないで欲しいわね』

 『俺達四人は全員突っ込み属性だ。余りボケが激しいと容赦しないぜ』

 「ぐ・・・」

 アベル・京二ともに心中で寧ろ天然属性だろうと突っ込みを入れつつも、反撃(理不尽な突っ込み)を恐れて沈黙を保守したまま立ち上がる。

 「くぅ・・・・流石に四対一じゃ不利だな。仕方ない。此処は退かせてもらうよ」

 『・・・・最早、汝の果たすべき務めは終わった。汝が主の下へ帰るが良い』

 「いやいや・・・最後まで付き合うよ。それが契約だしね」

 『・・・・何を企もうが、下策は通じぬぞ』

 「嫌だなぁ・・・・猜疑じゃなくて労いの言葉が欲しいよ。貴方たちが出来なかった鬼神打倒をやって見せたんだから」

 『止めを差した訳でも無しに図々しい。それに貴方が美学とする悪の辞書には信頼や尊敬の言葉は記されてないんじゃなくて?』

 「いやいや、美学は飽くまで趣味、ホビーだよ。やっぱり誰だって人情として褒められたいものじゃない」

 『我ら闇に属す者は既にヒトに非ず』

 「ふ〜ん・・・・あ、そ。まあ良い。お喋りも飽きた、じゃ、伊万里京二さん」

 「ああ」

 詰まらなそうにぼやきを上げると踵を返すアベル。コツコツと靴底が岩肌を叩く音が遠ざかり、やがて彼の気配は消える。

 「・・・・何しに来たんだろ? あいつ」

 少しだけ頭を捻るが明瞭な答えも出そうに無いのですっぱり諦めると京二は再びTVゲームの続きに取り掛かる。

 『プロフェッサー』

 「♪」

 ゲームミュージックを口ずさみながら、京二は再びブラウン管の中に広がる世界に没頭を始める。

 『プロフェッサー!』

 「くらえ! バナナの皮だ!!」

 直ぐにエキサイティングはやってくる。何かを忘れている様な気がするのだが、その様な曖昧な事案は人生にとって別段重要ではない筈なので、限られた脳の記憶容量を保守する為、忘却の地平へと放棄を決める。

 『プロフェッサー!!!』

 雑音が少しばかり耳障りだが、彼の集中力は伊達ではない。

 「往け!コング!! ヒゲオヤジをぶっ飛ばせ!!」

 (無事だよな・・・・瞬)

 コントローラーを鮮やかに操作しながらも、ここからの脱出方法と、血塗れに傷付きながら尚も立ち上がろうと必死にもがいていた健気な女戦士のことを考える京二。

 (俺はお)

 『プロフェッサー伊万里!!!!』

 ヅガーン!!!

 絶叫が爆音と化して暴虐の限りを尽くし、牢の内側に破壊をもたらす。高級な調度品の数々は無残に打ち砕かれ、壁は強烈な音波衝撃によって波立つ様に罅割れる。

 「ぬ・・・・おお」

 京二は割れたテレビの画面から頭を引き抜き、血塗れに傷付きながら尚も立ち上がろうと必死にもがいていた。祭司達は冷淡に言い放つ。

 『貴方は学習能力が無いのですか?』

 『・・・・あまりボケが酷い様だと命は保障しないぜ?』

 『持ち味は判らんでも無いがの・・・・』

 『余り、我々を怒らせないで頂こう。プロフェッサー伊万里。我々にも、貴方にも余り時間は無いのだから』

 「ぬぐぉぉぉ・・・・」

 半ば断末魔に近い声を口以外のところから漏らしながらも京二は苦労してフラフラと立ち上がる。彼は大音響と衝突の影響によって尚も激しい頭痛に苛まれる頭部を摩りながら、やっとある事に気づく。

 「・・・・そうか、プロフェッサーって俺のことか。あんまり柄じゃあ無いもんだから、全然気づかなかったぜ・・・・」

 『さて・・・・』

 長身痩躯の男が一度改まって言う。京二はこの男の事を知っている。此処に連れて来られた時に最初に会ったのがこの男だ。名は三木咲。その鋭い眼差しとキレの有る立ち居振舞いは時代劇・・・・新撰組や忠臣蔵に似合いそうである。

 (それはともかく・・・・)

 「ちょっと、待て」

 何かを言い始めようとした三木咲を遮る京二。

 「まず、後ろの三人の紹介をしろ。名乗りもしない奴が馴れ馴れしく突っ込み入れて来るなよ」

 『ふむ・・・・それは然り。失礼した』

 三木咲は促すように目配せし、後ろの三人は応じて頷く。

 先ず最初に前に出たのは小柄な初老の男。黒髪をポマードでオールバックに塗り固め、口元には漫画に出てくるアナクロタイプ中国人のような髭が生えている。色黒の肌は血色がよく艶やかで、ギョロリとした目と合わせて魚類か両生類を想起させる。

 『夏川ですじゃ。よろしく願いますぞ、プロフェッサー殿』

 (・・・・暑苦しそうだ)

 続いて長身の女性が前に出て、目礼をする。青み掛かった銀髪と、処女雪の様な真っ白い肌をした美女だ。怜悧な眼差しを始め、その造詣は磨き上げられた氷像の様な冷たく鋭い美を成している。

 『霜田ですわ・・・・宜しくお願いしますね』

 (あんまり好みじゃないなぁ・・・・)

 最後に中肉中背の青年が前に出る。比較的、濃い特徴を備えた前三名と異なり、強いてあげれば特徴が無いことが特徴の様な平凡な様相をした男だ。但し、その瞳は三木咲とは別種の、どちらかと言えば京二自身やアベルの様な大胆不敵な雰囲気を纏う鋭さが宿っている。

 『俺は月野。今後とも宜しく頼むぜ』

 (お仕置きよ・・・?)

 等と場違いな感想を浮かべている京二の思考を中断させる様に三木咲の咳払いが響く。

 『さて・・・些か水を開けられてしまった様だが・・・本題に』

 「協力はしないぞ」

 あっさりと切って棄てる京二。既に答えが出ている問題が出題されるのを待つほど彼は冗長な性格はしていない。彼は端的な言葉で、明確に意思を告げる。

 『ふむ・・・相変わらず頑なだな』

 「良識ある人間はキチガイの刃物になったりはしない」

 取り敢えずビルの九階から飛び降りる様な良識の無さは棚に上げる。

 『ならば致し方在るまい。不本意ながら手っ取り早い手段を採らせて頂く』

 そう言って指を弾き鳴らす三木咲。すると、重々しい機械音が壁から響き、座敷牢は俄かに振動を始める。地下に向かって沈み始めたのだ。

 「!?・・・??!」

 やがて京二は牢ごとに更に下の階層に移動する。其処は上層の岩肌剥き出しの洞窟とはうって変わり、全面が磨き抜かれた鏡で覆われた異様な空間だった。

 「悪趣味な・・・」

 『当然です』

 霜田の住んだ声色が響き、鏡の天井をすり抜ける様に再び現れる四つの影。どうやら本体ではなく、幻像が投影されているだけらしい。

 『ここは我が落天宗の拷問室・・・名を“骨見の間”と言う』

 「・・・まるで何処かの如何わしいホテルだ。で・・・俺を拷問するのか?」

 『はは・・・まさか。プロフェッサーのような人間は、自らの痛みは平気な顔をして堪えるからな。今回のショウの主演女優は既に決まっているよ』

 「なに・・・まさか?!」

 月野の表情が歪む。宗教画に描かれる悪魔の其れの様に。そして鼻の下に赤く裂け開いた魔界の三日月が邪悪な意思によって呪詛にも似た言葉を発する。

 『紹介しよう』

 床が重い音を立てて開き、其処から巨大な十字架が現れる。

 「な・・・」

 『宮内庁陰陽寮所属特務派遣執行員・・・』

 黒く艶やかな髪が静かに揺れる。

 『御存知・・・鬼神、神野江瞬だ』


 太く頑丈そうな鎖と注連縄が幾重にも巻き付けられて、無数の札が貼られた彼女の身体を鋼鉄製の巨大な十字架に拘束している。

 「しゅ・・・瞬!!」

 彼女の名は神野江瞬。京二を護る為に彼の前に現れ、そして彼に代わって落天宗と戦った鬼神と言う名の戦士。その彼女が、今は十字架に、そして拷問室内に拘束されている。彼女の衣服は、以前は真紅のライダースーツだったが、今は麻と思われる布が被せて有るだけだ。浮かび上がるボディラインが、場違いに艶かしい。ネクロドラグーンとの戦いに敗北し、重傷を負った彼女は、しかし京二の決死の交渉によって見逃された筈だった。

 「約束が違う・・・!!」

 『フ・・・』

 嘲り、鼻を鳴らす様に笑う四祭司。

 『「オレは単なる協力者だ。貴方たちに命令をされる覚えは無いけど?」・・・奴が、ネクロドラグーンがそう言うた様に、ワシ等にとっても奴は単なる協力者に過ぎん。奴の契約を履行する義務はワシ等には無いぞ』

 皮肉を多分に含んだ言い様で冷淡に言い放つ夏川。

 「瞬に・・・瞬に何をするつもりだ!」

 『愚問だ・・・と、言いたいところだが』

 月野がそう言うと同時に、床から更に大型肉食獣用の太い格子を持った檻が競り上がって来る。しかし、中に入っていたのは人間だった。剛毛に覆われた逞しい筋骨を有する男たち。しかしその眼は激しく充血して瞳孔が開き、獣そのものの咆え声を上げる様は、“男”と言うより寧ろ“雄”だ。

 「な・・・」

 『相手は俺たち落天宗の怨敵・鬼神だ。それに貴方は一筋縄ではいきそうに無い・・・だから少し、趣向を凝らしてみた』

 「何を・・・」

 夏川がグニャリと表情を歪め、禍々しい微笑を象る。

 『・・・“妖魔の接吻(グレムリンズ・キッス)”を御存知かな? 今、巷で流行しておる麻薬じゃが・・・これを大量投与すると動物的衝動を抑制する理性が解き放たれるんじゃ』

 『彼らには半時間ほど前、それと高カロリー食、リビドーを高める薬を与えた・・・そろそろ最高潮に達する頃じゃあないかな』

 『彼女にも同様にね・・・クスクス・・・さあ、どんな反応を示すのかしら』

 京二の推測能力は、最悪の情景を造り出す。吐き気を催す様な、卑劣で下劣でおぞましく邪な光景。彼は青ざめた表情で怒りと怯えが同居した叫びを上げる。

 「まさか・・・貴様ら!! やめろ! やめろ!!」

 『それは貴殿次第だ、プロフェッサー。貴殿の対応如何が彼女の命運を決定する。さあ、どうする? プロフェッサー。鬼神が、神野江瞬が、貴殿を護る為に命を賭けた健気な彼女が・・・内側よりジクジクと壊れていく様を見るかね?』

 感情を敢えて押し殺した様な冷酷かつ冷淡な口調で言い放つ三木咲。

 「く・・・何故、こんな手の込んだ事をする?! 俺が必要なら洗脳でもすればいいだろう! 瞬を放せ!! 放してくれ・・・」

 『ファファ・・・判っておらんの。ワシ等が求めて居るのは洗脳で手に入る様な上辺の部分ではない。必要なのは貴殿の心・・・即ち貴殿が自らの意思で、ワシ等の下に降る事が肝要なのじゃよ』

 悲痛な声を上げて懇願する京二に、夏川がサディスティックで且つグロデスクな笑みを浮かべたまま粘着質の強い口調で説明する。

 「く・・・うぅ・・・」

 京二の中で瞬の言葉が反響する。

 “悪”に屈し討たれる・・・己を殺める選択か。
 “悪”に反抗し立ち向かう・・・瞬を壊す選択か。
 “悪”に貶め彼らにまつろう・・・世界を犠牲にする選択か。

 答えなど出ない。

 自らに何れを選ぶ勇気も、選ぶ権利も、選ぶ力も無い事を、京二は熟知している。
与えられた三本の道。何れを選んでも、辿る道程が異なるだけ。黒く煮え滾る地獄の釜底へと連なっている。

 (くそ・・・くそ・・・)

 彼は罵る。運命を。神を。そして自分自身を。

 『さあ。早く決断して頂こう。何・・・迷うことは無い。我々の行いは普く世界、森羅万象全ての為なのだから』

 催促する三木咲の言霊に、三つ目の囁く悪魔がその魔力を京二の内側で高める。一瞬、闇色に燃える炎の中で悶え苦しむ多くの幻を見る京二・・・だが。

 「何を・・・すればいい?」

 彼は、眼前の恐怖に敗北する。満面の微笑を浮かべる四人の祭司。月野が嬉しそうに答える。闇が彼の心に染み込んで来る。絶望の辛く甘美な感触が。

 『ようこそ、プロフェッサー伊万里。先ずは、あのジェラルミンケースを開けて、秘宝を渡して頂きましょう』

 「!」

 『詳しいことはそれからです』

 「・・・・・・・・・」

 京二はあまりの都合の良い事態に数瞬呆気に取られていた。そして先ほど罵った神に対し謝罪と感謝を心中で伝え、湧き出す笑い声を堪える事無く解き放った。

 「ハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 『な・・・?』

 『狂った・・・?!』

 『何が、可笑しい?』

 突然狂い虫に憑かれた様に笑い出した京二に訝しげな視線を向ける四人の祭司。彼らは気づいていなかった。その笑いが狂った様な、ではなく馬鹿にした様な、であることに。

 「フハハハ! 墓穴を掘った! ハハ・・・間抜けなあんたらが・・・さ!!」

 『・・・?』

 「偽者使って18禁の茶番劇なんてやるな・・・って言ってるんだよ!!」

 『な・・・何故それを!』

 月野が口から滑らせた迂闊な一言を、京二は逃さず罵倒する。

 「は・は・は・・・また、墓穴掘ったな! 『何故それを!』だって? 馬鹿か」

 『あ・・・! く・・・』

 カマを賭けられた事にワンテンポ遅れて気づく月野。身体をくの字に折り、引き攣る腹を押さえ、涙を流しながら、京二は喜悦に満ち満ちた表情で更に続ける。

 「まさか、それに爆弾が仕込まれてるなんて本気で信じていたのか? まさか、一介の考古学者が持ってると本気で思っていたのか?」

 『ぐ・・・』

 かかった。京二は内心でガッツポーズを取る。そして捲くし立てる。

 「大体あんな判り易い所に何時までも隠してるか! この馬鹿丸出しどもが! ハハハハ!!!」

 『ぐぐ・・・ならば・・・』

 三木咲は不測の、不愉快なこの事態に怒りで顔面を軋ませながら言葉を発しかけるが、テンションが最高潮に達した京二はそれすら遮り敢えて神経のささくれを逆向きに撫でる様に言う。

 「『どうして判ったか』・・・か? それとも『遺物は何処にある』・・・か? それともその両方か? ハハハ! そんな事も判らないのか? じゃあ教えてやるよ!」

 京二は悪戯に成功した少年の様な嬉嬉とした表情で言う。

 「どうして判ったかって・・・? 目印が無いからさ。って言うか、あんたらが付いて無いって教えてくれたからさ」

 『?!?!』

 「それから遺物は何処にあるかって・・・? 夕べ、大怪我したあいつを治療した後、世界で一番安全な場所に隠したのさ」

 『な・・・?』

 目を白黒させて困惑する四人の滑稽な有様に笑いを浮かべて、皮肉っぽい言葉を発する。

 「ハハ・・・頭が悪いな。こんな悪趣味な穴倉に閉じこもって根暗な真似してるからこ〜んな単純な事も推理出来ないんだぜ」

 そして充分に勿体つけた京二は、満足気に深い息を吐くと、再びゆったりとソファに身を預け、そして答えを告げる。

 「一つの指輪は彼女の元へ。フフ・・・あんたらが求めるものは瞬が持ってるぜ。怪我の治療をした後、こっそり隠しておいたのさ。盲点だろ守る側が実は持ってたなんて」

 『く・・・伊万里京二ィィィィ!!!』

 激昂する四人。先程の礼とばかりに邪悪に微笑むと、京二は宣告する。

 「残念。あんたらの負けだ」



 「都内各所で火災発生!」

 「・・・江戸川方面より更に500!」

 「一次防衛ライン壊滅! 二次防衛ラインも各所で寸断されています!」

 「GS(=Giant-Skeleton)、進行止まりません!!」

 首都防衛統合作戦本部は修羅場と化していた。オペレーターの悲鳴に近い状況報告が相次ぎ、次々と絶望的状況がディスプレイ上に表示されていく。

 「G5ユニットは・・・SAULはどうした?!」

 「既に展開中! しかし彼我戦力と機動力の差で圧倒されています!」

 「海上の第三艦隊は?!」

 「先程から音信普通です! どの電波帯域でも応答しません!!」

 「く・・・陰陽寮は?!」

 「“戦隊”は現在、沖縄那覇付近で交戦中! “鬼神”は未だ連絡が取れない模様です!」

 「ちぃ・・・予算を賭ける割に大事な時に役に立たん!!」

 作戦本部長・・・痩せた中年の神経質そうなその男は、思わず舌を打つ。そして、暫時苦悩に眉を歪め、考えあぐねた後、決断を行う。

 「・・・知事に繋げ! 秘密兵器を使用する!!」



 「きゃああああっ」

 恐怖が、塊の様な叫びと成って胃袋の底から噴き出す。悪夢が醸造する黒く冷たい痛みが意識に流れ込む。

 「ちょ・・・大丈夫? アナタ」

 不意に、心配そうに見知らぬ女性の声が響く。それと同時に、瞬の身体は柔らかく抱き止められる。

 「え・・・え?」

 消毒液の様な香りが鼻腔に漂う。我に帰った瞬は、見知らぬ女性が柔和な苦笑を浮かべながら覗き込んでいる事に気づいた。

 「え?」

 驚き困惑の声を上げ、一瞬身体を硬直させる瞬。そして、混乱した思考を整理し、周囲を把握する為にキョロキョロと見回す。

 「おーい、大丈夫ー?」

 何処か遠くから問いかける様にその女性は言う。彼女は起き抜けの奇行に走る瞬を複雑な表情で見守っている。

 無駄なく整えられた、薄い色彩の室内。例に因ってホテルの一室だ。

 (ま・・・また・・・)

 そして自分の身体を見て驚愕する。

 「?!?!」

 赤いバイクスーツは無く、身に着けているものは下着のみだ。

 混線した神野江瞬の意識回路は、記憶中枢に蓄えられた語彙の中から、こういった状況に即した言葉を検索し始める。

 『せ・・・・責任とってくださいね!』『モットひねってボケろ!!』

 『ボクも兄さんが一番大切だよ』『嬉しいよ、マサキ』

 そして、二つの印象的な事柄が弱くない影響を及ぼして、一つの文を構築する。

 「お・・・」

 「お?」

 頬を突然赤らめる瞬に、その女性は訝しげに眉を寄せる。

 「お姉さまと呼」

 スパム

 「・・・未だ混乱してるわね。血でベタベタだったから脱がせたのよ」

 雑誌を丸めた物を使ってその女性は冷静に突っ込む。

 髪の長い切れ長の目をした女性だ。歳は京二と同じ位だろうか。

 「え・・・えと、すいません。こういう場合、ボケ方を工夫しろって京二さんに言われて」

 「京二? もしかして伊万里京二?」

 「! 京二さんを御存知なんですか?!」

 不意に初対面の人間から出た京二のフルネームに瞬は驚きの声を上げる。

 「ええ。知ってるわよ。城北大学で考古学博士やってる軟派野郎の伊万里京二でしょ?」

 「多分・・・その伊万里京二さん・・・です」

 不安そうに眉を顰める瞬。そう、京二が連れ去られてしまったのだ。ここで彼女の世話になっている場合じゃあないのだ。

 すると、その女性が明るい笑いを響かせながら蓮っ葉な感じで言う。

 「アハハ・・・心配しなくて良いわよ。私がアイツの昔のオンナ・・・って訳じゃないから」

 「いえ・・・そうじゃなくって」

 「弟分が城南で歴史学専攻しててね、たまにアイツの講義を受けに行ってたのよ。その兼ね合いでちょっと知り合(ナンパされ)ったのよ」

 ・・・因みに城北・城南と呼ばれるこの二校は戦前から存在する国立大学で、科学技術や医学、考古学などで無数の著名人を輩出してきた兄弟校である。蛇足であるが、他にも城東・城西も存在し(こちらは政治・経済等の所謂文系の著名人を多数輩出)、併せて「城四」と呼ばれ、東大が日本最高の大学ならばこちらは日本最強の大学とも言われている。

 「それにしても・・・」

 その女性は、ふと思い出したように問いを投じてくる。

 「どうしてあんなところで血塗れで倒れてたの?」

 「それは・・・」

 敗北。それが答えだ。

 城砦を思わせる堅牢さと、疾風すら追い抜く神速、烈火の如き破壊の威力、それらを併せ持つあの赤き怪人・・・ネクロドラグーンに。

 次々に繰り出された切り札に圧倒され、起死回生の一撃すら、陽炎の如く空に消え去った彼を捉える事は適わず、逆に全身を引き裂かれ、倒されたのだ。

 (私は・・・負けたんだ)

 鬼神の力に選ばれ、自ら滅びの力を振るう事を望み、破壊を務めとして果たしてきた自分が、敗北したのだ。

 (私には・・・もう・・・)

 「びっくりしたんだから」

 「え?」

 思考を中断させる、その女性の声。返答が来ないので待ち侘びたのか、マイペースに話を再開する。

 「出血多量で、心音微弱、瞳孔散大とお得な三点セットだったのよ」

 「貴女が・・・治療を?」

 「ううん、私がやったのは輸血だけ。一応、医者なんだけどね。でもホントに驚いたのはこっち。あれだけの出血なのに、ここに運んで来た時はもう、何処にも

 傷なんて無かったの。お肌、艶々でしょ? 内臓疾患かとも思ったんだけど、違うみたいだし」

 (傷が・・・無い?)

 言われて自分の身体を見回し、その事に瞬は始めて気が付く。

 「いや〜持って来てた輸血パックがAB型でラッキーだったわ」

 (・・・何故?)

 瞬がその身体に受けた傷は、鬼神の自己治癒能力の範疇を大きく超えたものだ。あの傷と出血量では、肉体が完全に治癒する前に霊魂が黄泉へと旅立つことは間違いなかった。しかし・・・

 「スキ有り」

 スパム

 再び丸めた雑誌が瞬の額に打ち込まれる。

 「?」

 「折角九死に一生を得てるんだからもっと明るい顔をなさいよ、助け甲斐がないじゃないの」

 「すいません。でも・・・私は・・・」

 嗚咽が漏れそうになり、瞬は俯き口を抑える。例え、身体が無事だとしても・・・既に、自身を神野江瞬足らしめるもの全てを失ってしまったのだ。

 「守れなかった・・・約束を。護るって・・・言ったのに」

 そう、痛みが言葉の形を成して喉の奥より漏れ出る。女性は柔かい微笑に、少しだけ苦いものを混ぜて小さな溜息をつくと優しい口調で優しい言葉を発する。

 「・・・良かったら、聞かせてくれる? 何があったか」 

 「え?」

 「話せば、少しは楽になると思う。だから、ね!」

 「!・・・」

 そういってウィンクする女性。その言葉は温かく申し出に甘える事は、瞬にとって小さくない救いに成る様感じられた。・・・だが、それでも躊躇いを見せる。

 「でも・・・」

 「あぁ、もう! さっきから『でも』ばっかり! ウン十年前の学生運動じゃないんだから。話せって言ってんのよ! ほら、ハリー! ハリー!!」

 その女性は唐突に雄叫びを上げる。煮え切らぬ瞬の態度に業を煮やしたらしい。そして彼女は最終手段に出る。奇しくも、京二が危惧したものに近しい以下の様な手段によって。

 「う・・・」

 「話せないんなら、話しやすくしてやるわ!」

 キラリと、その女性の眼差しに猫科の肉食獣に似た光が灯ったかに見えた。次の瞬間、彼女は猛然と瞬に襲い掛かる。

 「ほら! 話せ! うりうりうりうり!!!」

 「あ、やめてください! そんな! セクハラであ、あはは、あははははははは!!!」

 爆笑が誘引される。獰猛な狩猟者の如く襲い掛かったその女性が、瞬をこそぐり回しているのだ。引き攣った様な言葉に成らない様な、声を発する瞬。

 「ひゃめて・・・や・・・ひゃふ、弱いんです私! あ・・・駄目!!」

 「うふふふ! やめて欲しいんならどうするんだっけ? さあ! 私はお医者さんよ! 人体の急所はよぉ〜く熟知してるわ。観念しないと笑い死ぬわよ〜」

 京二の必死の思いは、この女医の手によって儚く霧散しようとしていた・・・

 「あははははははははははは」

 「女帝様とお呼び〜」

 「あーーーーーっ!」



 鬼神の力を得た者には超人的な力が備わる。それは何も、転化変身した後の姿にのみ限るものではない。通常より簡易なプロセスで呪術を発動できる能力。常人の数倍の自己治癒能力と運動能力。皮膚もまた、戦闘形態時の赤と黒の生態装甲には及ばぬものの、市販のカッターナイフや剃刀程度なら傷を付けることは出来ない。中国等の奇人変人特集に出て来る、ガラスの破片に寝そべって上からトラックで轢く、という方法を取っても赤く痕が残るのみで、常人を遥に上回る耐久能力を誇る。

 しかし・・・

 人類最強クラスの皮膚は敗れた。

 ピストルや、大業物の刃などにではない。

 酸等の化学薬物でも、バクテリアなどの生物にでもない。

 仮面ライダーを倒す為に造り出された怪人や、無数の術を操る古からの宿敵にでもない。

 鋭い爪も、恐るべき毒腺も付いていない、生身の人間の細指に。

 そう・・・あたかも幾つもの自然界の脅威が、人類の叡智の前に屈服したように。


 紫を帯びた黒き咎人の断末魔が響く。


 一度堰を切った言葉は、最早誘い水を要さずとも次々に溢れ出した。その女性はベッド脇に腰をかけて、ただ静かに受け止め無言で頷いていた。

 「・・・はい」

 瞬は自らの拳を握り締める。京二が彼自身の無力に憤っていた時と同様、爪が掌を裂いて血が滲むほどに。

 「私は・・・私は・・・まもれなかった・・・果たせなかった・・・」

 護ると誓った人を。自身に与えられた使命・務めを。そして、交わした約束を。

 「・・・あまつさえ、私はあの人を・・・!!」

 激情が嗚咽となって溢れ出る。京二の抹消による任務の遂行。彼女が試み、そして失敗したこの行為は、二つの意味で瞬の心に重く圧し掛かり、苛んでいた。

 一つは嫌悪。任務遂行と自己保全の為、守ると約束を果たした者さえ手に掛けようとした自身への激しい嫌悪。もう一つは後悔。振るわれるべき力である自分が、自らの感情によって行動し、任務を果たす責任と使命を放棄したことに対する、強い後悔。

 ディレンマと言うべきか。対の様相を示す自責の念の綱引きに彼女の心は引き裂かれる。

 「・・・泣いちゃえ」

 「え・・・?」

 不意に、思いがけない言葉が女性の口より飛び出す。その女性は優しいしっとりとした口調で言うと、瞬の頭をそっと自身の胸に抱き寄せる。

 「辛かったでしょ・・・?」

 「な・・・え・・・?」

 「無理しちゃ駄目。女の子なんだから、辛い時は無理せず泣かなきゃ」

 戸惑い、思わず頬を赤らめてうろたえる瞬。対してその女性は、あたかも我が子をいとおしむ母親の様に、優しく瞬の長い髪の毛を撫でながら言葉を続ける。

 「頑張って・・・失敗して・・・それで一番傷ついたのは貴女自身なんだから。だから、それ以上、自分を責めなくたっていいの。貴女は一生懸命頑張ったんだから・・・」

 「でも・・・私は・・・何も出来なかっ・・・」

 言いかけた瞬の顔をその女性は自分に向けさせ、そして人差し指で塞ぐ様に唇に当ててくる。

 「・・・アイツは未だ、死んでないんでしょ? 貴女だってこうやって生きてる。連れ去られたんなら、取り戻せばいい。倒れたんなら、また立ち上がればいいじゃない」

 「・・・!」

 「今は泣いたって構わない。立ち止まっても構わない。でもね、生きている限り、ずっと何度でも、貴女は頑張る事が出来る。ほら、未だ何も終わってないじゃない。だから・・・諦めちゃだめ」

 (ああ・・・)

 彼女は気づく。悪夢の影に怯え大切なものを忘れていた事を。

 彼女は思い出す。何故、自分が瀕死の重傷を負いながら生き延びようとしたのかを。

 (そうだ・・・私は・・・)

 決心。その思いが彼女の心に燃え上がる。それと同時に目頭が急激に熱くなっていくのを感じる。

 (私は未だ・・・やらなきゃならないことがある!)

 「え・・・?」

 不意に、女性が驚きの声を上げる。

 「・・・光って・・・る」

 瞬は、掌に仄かな温もりを感じ、自身の掌を、そして身体を見る。

 「何・・・これ・・・」

 瞬の全身を緑白色の淡い光が覆っている。それはやがて、掌・・・先ほど強く握り締めた事で裂けて出来た傷に集束し、超自然的な働きを以って修復していく。

 (これは・・・京二さんの・・・)

 彼が発見した古代遺物の力だ。しかし、それは彼と共にネクロドラグーンによって奪われた筈だった。

 「・・・!」

 そして瞬はやっと気づく。自らの左手、その薬指に見慣れぬ指輪が嵌めてある事を。金属とも木材とも、またセラミックとも異なる不思議な材質の青いリング。

 (これは・・・)

 瞬は確信した。これが彼の言う、古代遺物であることを。

 暖かいものが、頬を伝うのを瞬は確かに感じる。

 『・・・・必ず助けに来いよ』

 彼は私を信じてくれたのだ。必ず、再び立ち上がれる事を。だから託したのだ。ならば応えなければならない。

 (未だ・・・私は立ち上がれるんだから・・・!!)

 「有難う・・・御座います」

 女性は、瞬にそっと胸を貸した。



 それから約十分後。瞬と彼女を助けた女性はホテルの地下駐車場に居た。

 ネクロドラグーンとの戦いでオーバーヒートした彼女のアークチェイサーは、女性の弟分なる人物が回収し応急の処置をしておいてくれたらしい。瞬はアークチェイサーに跨ったまま礼を述べる。

 「何から何まですいません・・・服まで貸して頂いて」

 深々と頭を下げる瞬。血で汚れ、ボロボロになったライダースーツの代わりに、瞬はその女性から借りた赤いタートルネックのセーターと、濃い色のジーンズを身につけている。

 「いいのよ、気にしなくって。サイズぴったりでよかったわ」

 畏まる瞬に、女性は明るくウインクして返す。

 「これからどうするの?」

 「あの人を取り戻しに行きます」

 強い輝きの宿る瞳でハッキリと答える瞬。それを見て女性は嬉しそうに笑う。

 「フフ・・・聞くまでも無かったわね。で、あいつの居場所は判ってるの?」

 「はい。少し、裏技を使いましたから」

 瞬は予め、式神・発信機・携帯電話のGPS機能など複数の手段で京二の位置の特定を可能にしている。瞬はアークチェイサーに搭載された追跡システムを起動する。カウル内のディスプレイに日本の地図が映し出されやがてその投影粋を絞り込んでいく。

 場所は・・・長野だ。

 ピピピ・・・ピピピ・・・

 と、不意にアラームが響き、別ウインドウが画面に割り込んでくる。

 『本部より伝令・・・』

 電子合成された無機質な声とともに画面に夜景が表示される。ごく狭い範囲に犇く膨大な光。其処に聳える夜空を抉る様な摩天楼。そして赤く染められた巨大な鉄塔。

 「東京・・・!」

 光の輝きに満たされた都・・・だが、その中に異様な影。光を遮る黒塗りの塊が光を遮り、風に蠢きながらゆっくりと移動している。

 『・・・都心に向け、超大型の護法妖怪が接近中・・・直ちに迎撃せよ』

 その黒い塊が護法妖怪だというのなら、超大型、その表現は正しく的を得ていた。高層ビルと比較してもその高さは300メートルを超える。

 「何よあれ・・・」

 「あれは・・・“がしゃどくろ”!!」

 「って、妖怪の?」

 「はい。大量の白骨死体が互いに結合して形成した巨大人骨状の妖怪です・・・。でも・・・あんな巨大なものが現れるなんて・・・」

 瞬は短くそう説明すると、ふと何かに気づきアークチェイサーのコンソールを操作する。更に表示される別のウインドウ。天気図を思わせるその映像はがしゃどくろの予想進路だ。それを見て瞬は自身の予感を確信へと買える。

 「やっぱり・・・」

 (これは・・・囮だ)

 瞬はそれを直感した。基本的に落天宗は目的の遂行にこの様な大規模な作戦には打って出ない。行ったとしても、鎌鼬・霧崎の様に本命を隠す為の、即ち陽動として行う場合が大部分だ。恐らく、対象は防衛系の組織や『善意の特異能力者』のみだけでなく、現在日本で活動中の他の秘密組織の牽制も兼ねているのだろう。だが・・・

 (見過ごす訳には・・・いかない)

 そう。無視するには規模が余りに大き過ぎるのだ。看過すればその被害は天文単位に達するだろう。

 (それにこちら側の狙いは・・・)

 「ほら、何やってんの?」

 「え・・・?」

 「あいつを助けに行くんじゃなかったの?」

 苦悩に表情をゆがめる瞬を見て、女性は少し心配そうに問う。

 「でも・・・任務が・・・東京が」

 「お馬鹿」

 スコン

 「?!」

 一言そう言うと女性は瞬の額にチョップを振り下ろす。困惑して女性の顔を見ると、彼女は微笑んでウインクする。

 「大丈夫・・・貴女は待ってる人の下にいってあげなさい」

 「でも・・・」

 「言ったでしょ、『でも』は禁止! 命短し恋せよ乙女って言うでしょ? たまには我侭になってもいいじゃない。仮面ライダーだって人間なんだから」

 「・・・貴女は・・・?!」

 驚嘆の表情を浮かべる瞬とは対照的に、女性は不敵に笑っている。そして、彼女の口から出た答えは瞬にとって非常に驚くべきことだった。

 「私の弟分もね、仮面ライダーなの。貴女を見つけたのもそいつ」

 「!!」

 「他にも仮面ライダーと名乗って戦ってる人たちが居るって事は知ってたんだけど、女の子だとは思わなかったわ」

 そして、彼女は頭を下げてからこう言う。

 「御免ね。もう少し私達が早く着いてたらあいつも攫われずに済んだのに」

 しかし、瞬は首を左右に振って女性の言葉を否定する。

 「私は・・・仮面ライダーじゃ在りません。私は・・・そんな立派な人間じゃない。私は利己的な人間です・・・私は彼らみたいに気高くはなれない」

 「ううん・・・貴女は自分で思ってるよりずっと誰かを思ってる。自分が辛いのを堪えて、歯を食いしばって、その思いを押し込んで・・・貴女は間違いなく仮面ライダーよ」

 「私が・・・仮面ライダー・・・」

 「姉貴分がそう言ってるんだから間違いないわ」

 そう言って女性はニッコリと微笑む。

 京二は自身に『仮面ライダー』を求め、そして諦めた。

 自身も『仮面ライダー』に憧憬を抱き、そして諦めた。

 だがこの女性は、『仮面ライダー』だと自分に言ってくれた。

 「私は・・・本当に、仮面ライダーと呼ばれて良いんでしょうか・・・」

 「全く頑固ね・・・仮面ライダーってみんなこうなのかしら?」

 流石に呆れた様に苦笑を浮かべる女性。そして瞬の髪の毛をクシャクシャと撫で回しながら、こう答える。

 「大丈夫・・・人間なんだもの。足りない部分、至らない部分なんて両手の指で数えられない位あって当然よ。それに気づけるなら・・・それを変えて行きたいと願えるなら・・・貴女もヒーローに・・・『仮面ライダー』になれる。きっとね」

 「・・・」

 「フフ・・・柄にもなく臭い事言っちゃったかな?」

 「いえ・・・有難う御座います」

 再び込上げてくる熱いものを堪え、深々と瞬は頭を下げる。女性は少し照れた様に、そして嬉しそうに笑うと言う。

 「さ、待ってる人が居るんでしょ? あいつを助けに行かなくちゃ」

 「ですが・・・」

 「大丈夫! 私の弟分も仮面ライダーだって言ったでしょ? ヒーローは他のヒーローのピンチを助けるものなのよv」

 そう言って女性はもう一度ウインクする。瞬は数秒黙考した後、深く頷く。

 「有難う御座います・・・本当に、本当にお世話になりました」

 「フフフ・・・あの女泣かせにヨロシクね」

 「・・・弟さんに伝えてください。有難う御座います・・・と」

 「うん、任せておいて。貴女も頑張るのよ」

 強い光を瞳に浮かべてうなずく瞬。そしてアークチェイサーのエンジンを始動させる。猛々しい排気音と供に純粋な水蒸気と二酸化炭素がマフラーより放出され始める。

 「そう言えば・・・」

 ふと瞬は大切な事を忘れているのに気づく。

 「未だ・・・名前を教えて頂いてません。私は神野江瞬・・・組織では鬼神と呼ばれています」

 「そう・・・じゃあ貴女は『仮面ライダー鬼神』ね」

 「『仮面ライダー鬼神』・・・」

 与えられた三つ目の名を噛み締めるように呟く瞬。

 「有難う・・・御座います」

 そして礼を述べると、瞬は改めて女性に問う。

 「貴女のお名前は・・・」

 「私はね、名乗る程の者じゃないんだけど。人呼んでさすらいの・・・」

 美しく微笑む女性は、少し勿体付けるように含んだ笑いを浮かべた後、そっと答えた。



 真っ赤なバイクが走り去って僅かに後、入れ替わるように青年が乗った一台のバイクが地下駐車場に入ってくる。そのライダーはブレーキを踏むと、女性の前でバイクを止める、

 ヘルメットを脱ぐ。血色の瞳を持つ、がっしりした体躯の長身の青年だ。

 「お疲れさま・・・あいつらは?」

 「・・・一体は倒したけど、もう一体には逃げられたよ」

 「そう・・・じゃあ多分、あそこね」

 「どういうことだ?」

 「伊万里京二って覚えてる?」

 「ん? ああ、あの若いけど変わった先生か・・・」

 「彼女、あいつの知り合いだったわ。それでね・・・」

 それから女性は要点を掻い摘んだ説明をして、青年はそれに納得し頷く。

 「そういう事情なら仕方ないな。人肌脱がないとな・・・」

 「じゃ、景気付けに血、飲んどく?」

 「そうだな・・・ちょっと部屋に戻る暇はなさそうだからここでもらうよ」

 女性が出したハンドバックから取り出した輸血パックを受け取ると、それにストローを挿して啜り始める。

 青年は一息ついてから、質問をする。

 「ふう・・・で、件の彼女は?」

 「・・・行っちゃったわ。ついさっきね」

 「そうか・・・」

 女性の答えに青年は俯き少し残念そうに答える青年。

 「彼以外では、初めて会った同じ境遇のコ・・・だからね」

 「ああ・・・色々、話がしたかったんだけどな」

 「ま・・・いいじゃない。何時かきっと会えるわよ。同じ様に、人類の自由と平和の為に戦ってるなら、きっとね・・・」

 「そうだな・・・」

 静かに頷く青年。何時か、同じ志を持つ者として共に肩を並べる日を想像し。

 「じゃ・・・もう一頑張りしてくる。よし・・・いくぞ!」

 『ヤー! マイマスター』

 狼の様に唸り声と共に自らの主人に応える黒いバイク。

 「頑張ってね。仮面ライダー!」

 女性は微笑んで、そう、青年を激励した。


 状況が最悪に成るのは既に時間の問題となっていた。
 陸上の防衛部隊は炎の雨に焼かれ、“憑き”の群れに貪られている。
 海上の艦隊は、船幽霊と海座頭によって電子機器を無力化された上に、凄まじい勢いで浸水が始まり次々に沈没していく。
 街を焼いた炎は更に延焼し、やがて火災旋風を巻き起こして壮絶な破壊を齎すだろう。
 巨大な死神の姿をした亡者の群れは、ゆっくりとだが、確実に進んでいく。
 目指す先には、赤く塗り染められた尖塔。
 数十年前、日本復活の象徴として建築された大型電波塔、東京タワー。衛星通信が発達した現在、表向きの役割を果たして久しい。
 だが、其処に込められた意味は、テレビ放送の電波発信のみではない。



 カッカッカッカ・・・

 複数の足音と話し声が響く。

 長身痩躯の三木咲と、小太りの夏川だ。

 「不味いぞ・・・実に、不味い」

 「プロフェッサー伊万里京二・・・よもやあれ程までに食えぬ男とは・・・」

 「この計画の肝心要、秘宝が彼女と共にあるとは・・・」

 「・・・やはり、余所者に任せるべきでは無かったな」

 「どうする? 刻限まで間が余り無いぞ?」

 三木咲の問いに、夏川は暫時瞑目した後、慙愧の念を噛み殺す様に言う。

 「・・・先に“覚醒の儀”を行うしかないじゃろう」

 「だがそれでは彼の完全な目覚めにはなるまい。完全な目覚め、黄泉の孵り無しにはこのプロジェクトは・・・」

 「彼自身に奪還させれば問題はあるまいて。彼が目覚めれば、如何に鬼神と言えど・・・」

 「危険だ・・・。もし、交感現象が起これば・・・」

 その時、遠くから重い振動音が響き通路全体が激しく揺れる。通路を照らす証明が赤い警戒色に変わり、警報が鳴り響く。

 「?!」

 三木咲はすぐ傍の壁に設置されていた内線を取ると、現在は霜田が当直責任者を行なっている筈の中央司令室に回線を繋ぐ。

 「どうした?!」

 半ば咆える様に問う三木咲。その心中にはほぼ確信に近い不安で黒く塗り込められていた。そして霜田の返答に、確信は激怒へと転換した。

 「おのれええええ!!」


 その報告に三木咲が激昂する十分ほど前。地下牢。

 あの後、四人の祭司を散々に扱き下ろし罵りまくった事で著しい怒りを大量購入してしまった捕らわれの王子様こと伊万里京二の身柄は、先ほどの贅沢な座敷牢からより頑丈な特別収監室に移されていた。

 「少し調子に乗りすぎたな・・・」

 先立たぬ事を後悔しながら呟く京二。

 「さて・・・」

 京二は改まるとゆっくり室内を見回す。小さな覗き窓の付いた頑丈そうな扉。湿気を帯びた冷気が蟠る暗くて狭い室内。罅割れたセメントの床には古く硬くなった布団が一つ。部屋の其処かしこにある黒やら汚いセピア調の染みは人の顔の様に見えるのは恐らく気のせいでは無い筈だ。

 「・・・アベル、居るんだろ?」

 「!」

 扉の向こう側にそう呼びかける京二。彼は二十センチほど鋼鉄で隔てられたその向こう側に、確かに誰かが驚いた様な気配を感じた。気配は数秒間、沈黙していたが、やがて観念したのか開き直ったのか、京二の声に応える。

 「よく判ったね、伊万里京二さん」

 「ま・・・勘だな」

 彼の予想通り、牢の向こう側にはアベルがいた。おそらく幽体擬装(イデアル・デコイ)を利用して潜んでいたのだろう。

 「で・・・何の用だい? 伊万里京二さん」

 「白々しい」

 アベルの問いにニヤリと笑う京二。事有る毎に『仕事』と口走っていた彼が、単なる酔狂で危険を犯している筈が無い。

 「脱走する。手を貸せ」

 「フ・・・ファファ、自分を捕まえた奴に言う台詞じゃないな。それに神野江瞬が来るまで待ってるんじゃなかったのかい?」

 「何・・・気が変わったのさ。瞬が来る前にあいつらの阿呆面をもう一度見ようと思ってね。アンタも同じだろ? アンタの上司は別にここの根暗どもに協力させる為にアンタを派遣した訳じゃない筈だ」

 厚い扉を通して、特殊装甲に覆われたアベルの心中を見通す様な京二は断言する。アベルは感心した様に笑うと、それに答える。

 「流石だねぇ。じゃ、いいや。もったいぶっても仕方ないし。最強の怪人が最強の科学者を誘いに来たよ」

 京二は思わず吹き出す。

 「ノックは二回鳴らないってか? 好きだね、アンタも」

 「ジャンプはオレの聖典さ」

 「普通、サンデーじゃないか? マガジンもありだけど」

 突っ込む役が居ないので、好き放題ネタを振りまくる二人。

 「さて、じゃあどうしようか? ぶっ壊れたガルムのCPU使って監視カメラとかは旨く誤魔化せたけど、流石に扉の方までは」 

 「フフ・・・心配するな。ちょっと待ってろ・・・」

 そう言ってコートの裏ポケットから財布を取り出す京二。それを開くと、中のスリットからカードらしいものを一枚引き抜く。小さな液晶とパネルキーの付いた電卓の様なカードだ。

 「今週のびっくりドッキリメカ! 発進!! ポチっとな」

 京二はパスコードを入力し、続けて軽快な掛け声と共に髑髏のマークが付いたキーをプッシュする。すると液晶がタイムカウンターに変わり、電子音と共にカウントダウンを始める。

 「3、2、1・・・ゼロ」

 ズゥゥゥゥゥン

 カウントゼロと同時に重い振動音が響き、辺りがグラグラと揺れる。間を置かず鳴り響き始める警報音。証明も赤い警戒色に明滅を始める。

 「な・・・なにしたんだい、京二さん?」

 「なあに・・・ケース内の爆弾を作動させたのさ。百メートル四方が吹き飛ぶ様な強力な代物だ。これでこっちの警戒がゆるくなっただろ」

 「って・・・ハッタリだったんじゃないの?! オレ、偽者つかまされたって散々馬鹿にされたよ」

 抗議するアベルに京二は見えもしないのに指を振りつつ不敵に笑う。

 「フフ・・・俺は爆弾が入ってないとは一言も言ってないぜ」

 そう。京二は飽くまで「入っていると思うか?」と問うただけで、「入っていない」とは断言していない。

 暫時、呆気に取られていたアベルだがやがて苦笑を浮かべる。

 「・・・貴方が一番の悪人だな」

 「違うね。偽善者さ」

 「余計に性質が悪いよ」

 二人は奇妙なシンパシーの様なものを感じる。本来敵同士にも拘らず、だ。

 「じゃ・・・お喋りしてる暇も無いし、扉ぶっ壊すからちゃっちゃと離れてね」

 アベルの言葉に従い、扉から数歩離れ汚れた壁を背にする京二。僅かに緊張が走り、頬に汗が伝う。そして・・・

 「デュアル・ブレット!!」

 アベルのその叫びと共に、頑丈な鋼鉄板を張り合わせて作られたと思われるその扉は、いとも容易く一瞬で粉砕し、キラキラとティンダル現象を起こしながら砂鉄の山を成す。

 「ふう・・・やるねぇ」

 「煽てても必殺技しか出ないよ」

 牢から悠々と脱出する京二。アベルは既に人間の姿に戻っており、バックを担いで佇んでいる。

 「さぁて・・・どうしようかね。普通に逃げても面白くないし」

 「フフフ・・・こんなこともあろうかと面白いものを用意しているよ」

 そう言うとアベルはバックからノートパソコンを取り出した。



 ・・・悪魔の如き二人の男の邪なる謀によって、落天宗アジトは凄まじい被害を受けていた。当施設は地下に存在する為爆発時のエネルギーが内部のみに留まり、その破壊効果を数倍に拡大させたのだ・・・

 司令室の扉が開き、三木咲と夏川が入ってくる。既に月野は到着しており、四人の祭司が集まる。三木咲は苦虫を噛み潰した様な表情でオペレーターに命令する。

 「状況を説明しろ」

 「第十八区画で爆発火災発生。周囲3ブロック四方に渡って被害が生じています。火災原因は、位置から判断して例のブリーフケース。被害区画内に居た寒鰤亜樹人殿が巻き込まれ誘爆。既に防火・防砂隔壁は閉鎖され被害の拡大は阻止されています」

 画面上に次々表示されていく情報。

 「・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「な・・・・・・」

 「馬鹿な・・・・・」

 四人の祭司は一様に絶句していた。爆弾はハッタリではなかったのか。凄まじい悪人面で高笑いをする京二の姿が脳裏に浮かび、直後に四人は気づく。

 「・・・! 伊万里京二は! 伊万里京二はどうした!!?」

 「ハ・・・あ、な・・・」

 コンソールを操作するオペレーターのうろたえに三木咲は一瞬で察する。

 「居ません!! 爆発の混乱に乗じて逃亡した模様です!!」

 「馬鹿め! 一体何を」

 ビーッ! ビーッ!

 更に三木咲の言葉を掻き消す様に警報音が鳴り響く。

 「どうしたぁっ?!」

 「ホ、ホストコンピュータが何者かによってハッキングされています!!」

 「直ぐに遮断しろ! そんな当たり前の・・・」

 「駄目です! 内部回線から侵入している為・・・閉鎖が間に合いません!!」

 「な・・・な・・・」

 「中枢システム、侵食されていきます!!」

 三木咲は余りの怒りに意識が遠くなりそうになる。メインディスプレイに表示されている映像が見る間に変化し、凄まじいまでの悪口雑言が羅列されていく。

 「ぐ・・・ぬ・・・」

 三木咲は掌で顔を覆う。夜叉の様に変貌した表情を隠す様に。・・・否、万力の様な力を込めて血が滲むほどに掴み絞めているのだ。

 「お・・・落ち着け、三木咲!」

 青褪めた表情をした月野がなだめる様に言うが、留めの一撃がディスプレイ上に表示される。

 「!?」

 「!!?」

 「?!?!?」

 「!!!!!!!!!!!!!!」

 それはコラージュ映像・・・俗に言うSMプレイで卑猥な姿を晒す男の身体に三木咲の顔が合成されたものだった。まるで、先程の意趣返しと言わんばかりの。

 ブシュ・・・

 極限まで上昇した血圧によって血管が破れ、血が噴き出す。そして、120パーセント充填完了した怒りの波動は咆哮となって解き放たれる。

 「おのれ伊万里京二ぃぃぃぃ!!!!!」

 「やばい! じいさん!! 霜田!!」

 極限まで密度を高めた激情が膨大な妖力を誘引し、炎と言う形で周囲に放出され始める。即座に三方に展開する祭司三人。

 「刺風(さしかぜ)!」

 霜田が強烈な冷気を放出して炎を相殺し、その隙に背後に回った夏川が羽交い絞めにする。

 「月野ッ!」

 「おおおおっ!!」

 留めに月野が鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

 「ぐぼあぁぁ・・・」

 ヒキガエルが潰れる様な嫌な音が漏れ、繰り糸の切られたマリオネットの如くがっくりと力なく項垂れる三木咲。焚き木に水をかけた様な蒸気が彼の其処彼処から上がり、やがてゆっくりと頭を上げる。

 「落ち着いた?」

 「・・・うむ。最近、魚介貝類の摂取が少なかったようだ」

 「この作戦が終わったら美味しいもの、作ってあげますわ・・・・・・お義父さん」

 「頼む」

 微笑む霜田に、三木咲も笑みを浮かべて返す。飽くまでも、成功したらが前提であるが、不穏な言葉はその場の誰も口にしない。そして、気を落ち着かせた三木咲は指示を下す。

 「ホストコンピュータ停止、サブシステムに切り替える。内外からの中枢システムへの入力を全遮断。以後通信は言霊を使用する」

 「了解。パスコード入力。ホストコンピュータ停止・・・サブシステムに切り替わります」

 「回線、遮断完了。以後、司令室以外から中枢システムへの入力は不可能になります」

 ディスプレイが一瞬暗転し、画面が正常のものに回復する。

 「よし・・・全警備機能を最大稼動。伊万里京二を追跡せよ」

 「了解・・・全警備機能最大稼動、追跡システム展開」

 十数層からなる基地施設内に走査がかけられ、複数の予想進路の追跡が始まる。そして1分後、基地内の見取り図に赤いランプが灯る。

 「・・・・・・発見しました」

 「何処だ?」

 「十七号通路で伊万里京二の個人生体情報を感知。32区画方面へと移動中です」

 「よし・・・土蜘蛛を放て。伊万里京二を捕らえよ」

 しかし・・・彼の二人は更に上手だった。


 ロングコートを翻しながら彼は走っていく。背後からは無数の足音。岩肌の様な外殻に覆われた巨大な蜘蛛達が彼を追跡しているのだ。

 床を、壁を、天井を、赤い眼光で埋め尽くしながら、蜘蛛の群れは淡々と迫り来る。

 「全く人使いか荒いんだから」

 彼はぼやきながらも苦笑する。仕事の最中ではあるが、息抜きにこの様なレクリエーションも悪くは無い。更に彼が走り続けると、後ろから来るものと同じ気配が、進行方向からも迫ってくる。どうやら挟み撃ちにするらしい。

 (浅はかだな)

 苦笑が嘲笑に変化する。まあ、致し方ない。“自分だ”と気付いている様なら、こんな簡単なトリックに引っ掛かっている筈が無い。慣性ではためくコートの裾を手で押えながら、彼は静かに立ち止まる。

 ・・・・・・シャアアアアアア

 土蜘蛛の群れが、熊の様な、大岩の様な巨体を犇めかせて進路と退路の両方を封鎖する。

 化物蜘蛛は、ゆっくりと砲台・・・尻にある粘糸の分泌孔を向けて来る。

 「馬鹿だなあ・・・蜘蛛の糸ってのは、当てるものじゃあない。当たらせるものなんだ。使い方・・・間違ってるよ」

 蜘蛛は本来「待ち」の生物なのだ。罠を仕掛け、罠に掛からざるを得ない状況を作り出すことが、蜘蛛の在るべき姿である。その蜘蛛に追跡者をやらせるなどナンセンスだ・・・と彼は思う。まあ、気持ちは判らないでもないが。

 「さて・・・」

 彼はそろそろ来るであろう事を察する。自分に向けられた無数の砲台を回避しうる術は、常識的に考えれば無い。だが彼は、勝算が無いことを試みるほど冒険者ではなかった。

 ブシャアアアアアアアッ

 そして、来る。噴出される糸の弾幕が辺りを覆い尽くし、伊万里京二愛用ダークブラウンのコートを絡めとる。・・・コートだけを。

 「秘奥義空蝉の術・・・いやオレの場合、空蜻蛉の術か?」

 彼は、誰に言うでもなく冗談を口にする。追跡してきた蜘蛛の群れの後方に、彼は、高天アベルは佇んでいた。

 動かない蜘蛛たちを尻目に去っていくアベル。

 「フフ・・・世話は無いね」

 アベルは、撃ち出された糸の軌道を巧みに逸らし、土蜘蛛自体に絡めさせたのだ。

 「さて・・・後は彼女を待つだけだな」


 アベルの手によって、せっかく高まった司令室の士気が混乱を来していた頃・・・

 京二は実は未だ、牢獄の周辺をうろついていた。彼は脱出すると見せかけて一時的に元の場所に留まり、追跡の目と手が充分に囮の方に向いた所で、移動を開始したのだ。それも施設の外側に向かって・・・ではなく、中心部に向かってだ。

 胸には一丁の拳銃。瞬から手渡されたものだ。

 (粋なことをする)

 京二は笑う。彼が捕らわれた時にアベルに手渡したものだが、アベルはそれを美味く着服していたらしい。

 彼女と・・・神野江瞬と共に闘う事を誓った証・・・そんな、柄にも無い様なロマンティックな思い入れのある品だけに、アベルの細やかな配慮には頭が下がった。

 (アベル・・・ネクロドラグーンか・・・)

 彼は別れ際に言った。『二度と会うことは無い』・・・と。彼は京二が水を差した瞬・・・鬼神との決着を付けに行くらしい。

 そうなれば、勝つにせよ負けるにせよ、最早会う機会は無くなるのだ。

 京二はふと、名残惜しさを感じる。アベルは、彼と瞬の前に立ちはだかった敵であったが、同時に共感さえ覚えるような人間だった。

 (『仮面ライダーを倒すのが自分の仕事』・・・か)

 京二は、アベルが語った別の言葉もまた思い出す。

 ネクロドラグーンは、彼ら闇から来る者の宿敵、仮面ライダーを討ち果たす為に生み出された改造人間だと言う。故に、彼が仮面ライダーと見定めた敵、神野江瞬=陰陽寮特務派遣執行員=鬼神を完全殲滅するまでは、落天宗と行動を共にするらしい。

 仮面ライダー

 京二は彼らの事を知っている。

 幼い頃・・・神野江瞬がそうであったように、彼も又、仮面ライダーによって命救われた者だった。

 今では歴史の闇に葬られ、忘れ去られた事件。

 主要な都市が次々破壊され、多くの人々が地方に疎開する中で、幼い京二は十一人の仮面ライダーに救われた。

 自由に生きる事が出来る平和の為に。彼らはそう言って、強大な敵と戦っていた。

 (あいつは仮面ライダーじゃない・・・か)

 京二は自分の言葉を思い出し、自嘲する。

 瞬を撃つ事に拘るアベルに、京二はそう告げた。任務に縛られ、自虐の中にあった彼女の姿は、京二が持つ仮面ライダーの姿、幻想にも似た彼らの姿とは大きく異なっていたからだ。だが・・・・・・アベルは笑いながら言った。神野江瞬は仮面ライダーである・・・と。

 自身が自身である事の苦悩、与えられた力を振るわざるを得ないことに悲しみ、終わる事のない迷い、それら全てを変わらぬ表情・仮面で覆い隠し、戦い続けるあの姿こそ仮面ライダーである・・・と。

 そうなのかもしれない。

 自分は幻想を見過ぎていたのかもしれない。

 (まさかあいつにそれを教えられるなんて・・・な)

 人の身体を棄てた彼に。自由と平和を犯す悪しき野望に与する彼に・・・京二はそう思いかけて首を左右に振る。

 (いや・・・関係ないな)

 そう、関係などないのだ。

 瞬も・・・

 アベルも・・・

 黒畑、白井、藤堂、霧崎も・・・

 あの四人の祭司達も・・・

 人間なのだ。これは人間同士の戦いなのだ。

 (だが・・・だからこそ・・・止めなければならない)

 同じ人間だからこそ、やってはならない禁忌がある。武器を持って、力を持つものと戦う彼を偽善と呼ぶだろう。

 彼はそれを甘んじる決意をする。偽善と呼ばれようと、止めねばならないことが在るのだ。

 (やってやる・・・!)


 「未だ伊万里京二は発見できんのか?!」

 「は・・・申し訳ありません!」

 思わずデスクを殴りつける三木咲。高分子ポリマー製の板が砕けて飛び散る。

 「く・・・忌々しい」

 口や表情には出さないが他の祭司たちも同様の心中だ。

 その時、オペレーターの一人が興奮した様に告げる。

 「! 反応在りました!」 

 「何処だ?!!」

 「ここは・・・第0区画・・・中央祭事堂です!!」

 「は!!」

 その報告を受けて会心の笑みを浮かべる三木咲。何という巡り合せか! 

 全くの逆方向に逃走していたとは意外であったが、これで獅子身中の虫が飛んで火に入る夏の虫へと変わった。拳を握る三木咲。

 「クク・・・運命は我らに与している!!」


 巨大な扉が彼の前にあった。太陽と思われる円を取り囲んだ、蛇とも竜とも取れる生き物がくすんだ黄金にレリーフされている。アクセントには濃いブルーの石が使用されている。ハッキングを行った際に見た基地内の見取り図から判断すれば、この先が基地の中枢区画である筈だ。

 銃を構えつつ扉に触れ、鍵穴なりパスコードの入力装置なりを探す京二。

 しかし彼の意に反して扉は唐突に開く。彼を迎え入れるように。

 「な・・・」

 驚く京二。彼は一瞬躊躇うものの、意を決し虎穴に入る。

 其処は、異様な空間だった。

 「これは・・・」

 暗黒が蟠る中に、仄かな蛍灯が筒となって無数に林立している。液体が満たされた水槽らしい。そして、その中に浮かぶは異形のものたち。

 仮面ライダー、妖人、ネクロドラグーンとも異なる雰囲気を有する無数の怪人達。

 「なんだ・・・これは・・・」

 恐る恐る筒の一本に寄ってみる京二。蛇の様な形態に、何故か薔薇の花を帯びた怪人。既に息は絶えているらしい。

 筒の下部には金属製のプレートが張られ、何か文字が彫られている。

 「『タイプ:G‐S KUCHINAWAROSE』・・・」

 (?????????????????????????)

 意味不明だった。形態識別を表すのであろう『G−S』も然る事ながら、その後に続く名称を顕すアルファベットの羅列は謎極まりなかった。

 KUCHINAWAというのはクチナワ・・・蛇の古い異称の事。ROSEは言うまでも無く薔薇のこと。何れもこの怪人の外見的特長を表してはいるが、何故、前後で言語が異なっているのだ。変な家庭用品でもあるまいに・・・などと思って他の筒を見ると・・・

 「『タイプ:D SENTAKKITORTOISE』」

 頭や手足は亀だが、胴体は洗濯機の形をした珍妙な怪人だ。正に、珍妙な・・・と言っていいだろう。だが余りの珍妙さが不気味さも醸し出している。

 「こいつはらは・・・」

 各々の筒に各々特徴の異なる怪人達。動植物をモチーフにしたもの。機械をモチーフにしたもの。空想上の生物をモチーフにしたもの。複数のモチーフをミッシングしたもの。さながら其処は怪人達の博物館或は・・・

 「まるで・・・墓場」

 「左様」

 「!」

 漆黒の中にしわがれた声が響き、空間のほぼ中央に光が灯る。

 「ここは墓場。野望半ばにして散っていった者達の墓場・・・」

 白髪の老人。神主の様な姿をした、痩せた老人が『墓場』の中央に佇んでいる。

 銃口を老人に向けながら京二は問う。

 「何者だ・・・あんたは?」

 「・・・無粋よな。その様な恐ろしい物を向けながら脅す様に話すなど」

 老人は抑揚の無い感情の篭らぬ声でそう非難するが、京二はそれを一笑に付し答える。

 「敵地で警戒を怠るほど間抜けじゃ無いんでね。まあ、礼儀くらいは弁えよう。知っていると思うが・・・」

 「ああ・・・知っておる。京二であろう」

 「?・・・あんた・・・」

 何か違和感を覚える京二。老人の既知は、情報としての既知とは異なる様に思える。そして老人の次の言葉が、その違和感に対する答えとなっていた。

 老人は、能面のような表情を崩さぬまま、静かに自らの名を名乗る。

 「儂の名は菱木辰蔵・・・・・・落天宗を治める大祭司にして、そなたの遠い先祖よ」



 東京では・・・“がしゃどくろ”の進行速度は未だ衰えていなかった。
 ゆっくりとでは有るが、確実に東京タワーに迫っていく巨大な死に神。
 獣の亡霊が人の肉体を媒介に化身した化物どもは、無慈悲に人を襲いその血肉を貪る。
 奪われた自らの血と肉と骨を取り戻すために。
 だが・・・
 どれ程に貪っても、どれ程に引き裂いても、その魂に安楽は訪れない。
 否。寧ろ殺せば殺すほどに、彼らの牙に、爪に、殺された防人達の無念の思いが纏わり憑き、一層の飢えと痛みを彼らに課す。
 それは宛ら暗き底へと向かう冷たき負の螺旋。終わる事の無い底へと彼らは歩いていく。奪われた安楽を求めて。
 彼らには歩みを止めることは出来ない。
 ただ、魂の痛みを癒す為に、牙を立て、爪を振るう。
 東京は・・・絶望と、死で、魔都に彩られようとしていた。
 しかし防人達は最後の反抗を試みようとしていた。圧倒的な死へ、圧倒的破壊威力を以って。
 技術。牙も、爪も、角も、翼も、毒も、剛力も、俊敏さも、強健さも・・・・・・命あるものが過酷な生を全うする為に備えるあらゆる物を持たずにこの世界に産み落とされた人間が、生命に終焉を告げる死の闇・・・天地万物を退ける為に造り出した技。
 超常的な存在と交感し物理法則を超越した力を生む神秘科学。
 森羅万象の理を解き明かし物理法則すら捻じ曲げる論理科学。
 始点と終点を同じくしながら、違う道を辿った二つの技。
 人は自らが生くる為、この二つの技を集約し、巨大な武器を生み出した。


 首都防衛の切り札。対超大型機動兵器用攻撃兵器の管制司令室・・・
 
 首都の要たる位置に座した其処に於いて、首都を潰滅の危機に晒す超弩級の死に神を、黄泉平坂へ送り返すべく儀式が進められていた。

 マシーナリィとソーサリズムが融合した儀式が。

 「目標、間も無く作戦ポイントに入ります」

 「駆動モーター、正常作動確認」

 遠くで獣の唸るような声が響く。数トンの質量を一秒でマッハ1まで加速する大馬力モーター作動確認が終了する。

 「超次元コイル、重力子(グラビトン)充填率98%を突破」

 絶縁オリハルコニウムが捲きつけられた直径5メートルの大型コイル内に蓄積されていく重力の介在物質。

 「調律ボルト全固定」

 キュィィィン・・・

 振動波の制御の要・調律用の巨大なボルトが打ち込まれ、外部モーターから与えられた回転力で柱に穿孔していき一定の深さで停止する。

 「音叉内時空素子四億二千万、作動域です!」

 柱・・・ミスリルとエーテルコーティングによって神秘学的・幾何学的紋様処置の施された水晶柱に蓄えられて行く次元構築元素。

 「デンジバリア、システムオールグリーン。対閃光・対衝撃防御、展開準備完了」

 発動時に市街地と兵器を防護するバリアのセッティングも完了する。

 「激発ハンマー、ハンガーアウト」

 ズシィィィィン・・・

 重々しい機械音が響き、拳銃で言えば撃鉄に当たる巨大ハンマーを固定用する装置が解除される。

 「目標、作戦ポイントへの進入率80%を突破」

 やがて巨大な死に神は防人の起死回生の狩場へとその足を踏み入れる。

 「交差点最終確認良し」

 ロックオンが完了する最終兵器。

 「重力子106%、臨界点です」

 其処に蓄えられる重力の力も溢れんばかりに満ち足りる。

 「・・・射線上の全ての部隊、退避を完了」

 カバーガラスが拳で破砕され、それに覆われていた赤いボタンが押し込まれる。ディスプレイ上に緑色に点灯する「了」の文字。

 「最終安全ボルト解放。プロセスオールクリア。作動準備完了」

 この司令室の長である作戦部長の目の前に競り上がって来る拳銃型の発射キー。作戦部長は静かにそれを両手で握る。

 すべての手順が完了する。死神送還儀式の全ての手順が。

 「宜しい・・・時空共振破砕砲『防人の歌』・・・発射!!」

 作戦部長・・・都知事の手によってトリガーが、引き絞られた。


 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・・・・・ォォォォォン

 諸行無常ささえ感じる重く低い振動音。だがそれは鐘の音では無い。

 夜を、夜の闇を、光の波が駆ける。それは東京都庁第一庁舎ビルから放たれていた。

 光が“がしゃどくろ”を包む。光の正体は重力子を充填した超次元コイルハンマーの衝突により、クリスタルポール内に蓄積された時空素子が励起したことで発生した超空間振動である。対象の空間振動数に共振する様に調律された超物理的音波はあらゆる存在を破砕する。

 時空共振破砕砲『防人の歌』・・・この東京都庁内部に組み込まれた超巨大音叉型の破壊兵器は、1989年のクライシス侵攻の後に首都防衛計画の一環として建造された首都防衛の奥の手である。

 その余りの威力と、必要コストの高さ故に此れまで使用されることは無かったが、遂に今日封印は切って落とされ、その威力は解き放たれた。

 光の波を受ける毎に、無数の亀裂を帯びていく“がしゃどくろ”。彼らを覆う黒い衣も千切れる様に飛び散り始める。

 グ・・・・・・ガアアアアアアアアアア・・・・・

 断末魔に似た叫び。無数の火器をその身に受けて尚、平然としていた“がしゃどくろ”は、しかし、小波に晒された砂の城の様に劣化が進行する。

 やがて訪れる臨界点突破。自重を支え切れぬ程に崩壊が信仰した彼らは、一瞬を以って完全に分解し、倒壊してゆく。

 ザ・・・ガラ・・・ガラ・・・・・・

 白い闇の欠片が、ビル群に降り注いでいく・・・


 歓声に包まれる都庁司令室。

 最大の脅威である死に神は滅ぼした。

 残る怪人軍団も、応援部隊が駆けつければ時間の問題だろう。

 だが・・・異変は起こる。

 「目標のエネルギー反応、消滅していません!」

 「何・・・?!」

 「これは・・・複数に分裂して再構築していきます!!」

 「なんだってぇぇっ?!!」

 ディスプレイの中で、“がしゃどくろ”が崩れて生じた白い煙の渦が、徐々にその濃密さを増していく。

 やがて・・・手が伸びる。亡者の手が。

 目が現れる。暗い宵の目が。

 死に神は、運命に歯向かう者に罰を以って応える。

 数多の死に神が下す罰を以って応える。

 東京の空に聳え立つ巨体。

 大いなる死に神は再臨した。



 「先祖だと・・・?」

 「左様」

 思い掛けない言葉を放つ老人を、京二は訝しむ様に、と言うよりは痴呆の進んだ知人の祖父母を哀れむ様な眼で見る。

 老人・菱木辰蔵はそんな京二の視線も全く気にならない様子で話を続ける。

 「そなたの母方の祖母・・・我は彼女の祖父に当たる。即ち我はそなたの曾々祖父と言う事になるな・・・」

 「な、なんだってー」
 
 驚きの台詞を士気の欠落した口調で読み上げる京二。

 「俺は今まで同胞と戦っていたのくぁー(爆)」

 片膝を付いて胸の前で手を組み、天に向かって祈り懺悔する様なポーズで飽くまで棒読みに言う京二。

 「・・・」

 沈黙。瞬の様な突っ込みも、アベルの様なノリも、四祭司の様な天然ボケも来ない。京二は少し照れた様に頬をポリポリかく。

 言うまでも無いが彼は、初めて会うおじいちゃん前に照れるような殊勝さも若さも無い。

 やがて京二の眼差しに刃の光が帯びる。

 「で・・・?」

 冷めた口調で続きを促す京二。遠い血縁が、どれ程の意味を持つというのか。

 単に同じ血族ゆえの連帯感を利用して組織に加わらせる為に老人がその話をしているとは考え辛い。

 京二は真意を探る様に、刃物の様な視線で老人の双眸を刺す。

 「それが何だって言うんだ?」

 「そなたが我々と同様、闇に漂う意思と融け合う事が出来る・・・即ち妖人に成れる、と言う事だな」

 「!」

 隔世遺伝、というものだろうか。四代離れていれば最早殆ど他人といっていい。単純計算で16分の1しか血は受け継いでいないのだから。

 その疑問についても、答えが老人の言葉が解明する。

 「我らが意思と溶け合いその力を行使できるのは、闇に漂う意思の中でも最も古き“根源たるもの”との契約ゆえ。血に組み込まれた契約は如何程の代を重ねようと、途切れる事無く効力を示し続ける」

 「根源たるもの・・・?」

 「そなたも知っておろう。洋の東西に関わらず、世界の古の時代にその姿を現す怪物達の始祖の話を・・・」

 「!!」

 「ギリシアのテュポーン(怪物の父)、オケアノス(世界を取り巻く川)、そしてウロボロス(無限)・・・バビロニアのティアマット(母なる混沌)・・・北欧ではニドヘグ(世界樹を食む毒竜)やミドガルズオルム(大地を囲むもの)・・・ユダヤのサタン(赤い竜)・・・ペルシアのザッハーク(蛇の王)・・・インドのヴリトラ(雷を打倒する者)・・・古事記ではヤマタノオロチとも呼ばれておるな」

 神話に語られる巨大な蛇。数多の怪物の苗床として描かれ、あらゆる災害の根源と忌み嫌われし存在・・・

 「天と地と海を取り巻く巨大なる蛇・・・死より転生する永遠の命・・・即ち、“根源たるもの”」

 言うなれば、それは世界そのもの。いや・・・人が畏れを抱く森羅万象の暗黒の一面。

 地震。嵐。洪水。疫病。夥しい命を奪い去り、そして新たな命を芽吹かせる力。鬼神と酷似した・・・力。そして老人は京二に告げる。

 「そなたは選ばれた・・・“根源たるもの”との契約を履行するものとして」

 「契約・・・だと?」

 「そう契約。来るべき時、“根源たるもの”との合一を果たし、闇成る者の王として世に満ちた光の穢れを拭い去るべし・・・それが、そなたに与えられた契約であり・・・使命」

 「ふ・・・ざ・・・けるな!!」

 激昂し、咆哮の様な怒りの叫びを上げる京二。

 「契約・・・? 使命・・・? そんな勝手なもので俺を縛るな! 俺は俺だ! 伊万里京二以外の何者でもないし、何者になるつもりも無い!」

 確固とした自己を主張する京二。それに対する老人の答は意外なものだった。

 「左様・・・そなたは、そなた」

 昂ぶりもせず淡々と京二の言葉を肯定する老人。彼はすぅっと右手を京二の胸に伸ばし、触れる。

 「な・・・」

 「そなたが、そなた自身であるという事は、即ちそなたが契約履行者たることの証左。秘宝もまた同じ。アレは発掘されたのではない。本来あるべき場所へ戻ったのだ。アレは本来、そなたの一部なのだから。そなたがそなた自身でなくば、秘宝は未だ大地と共に在ったであろう」

 自己肯定が、否定するものをも同時に肯定すると言うのか。京二は首を振る。

 「馬鹿な・・・そんなことは在り得ない・・・!」

 「在り得ぬか否かは・・・間も無く判ろう」

 「これは?!」

 「最早、残された刻限も少ない・・・手荒な手段を取る」

 老人の身体が黒い焔の様なものを噴き上げ、それが彼の腕を伝って京二の身体に纏わり付いていく。全身から力が抜け、身動きが取れない。そして次の瞬間、老人は京二の予想を遥かに上回った行動を取る。

 ブシュッ・・・

 掌が胸板を突き破って肉の内側に潜り込み、赤く飛沫が辺りに散る。

 「な・・・あ・・・」

 京二は言葉を吐く事が出来ない。彼の眼前で血に濡れた脈打つ肉の塊を胸から引きずり出す老人。それは老人の手の中にあって尚、禍々しいまでの拍動を続けている。

 「我は・・・菱木辰蔵・・・即ち、陽を食らう竜の臓物なり・・・!!」

 そう・・・老人は自らの手で自身の心臓を取り出したのだ。だが、老人は絶命に至らず、その命の根源を天に掲げる。

 「契約の・・・証を・・・お返しする。今こそ在るべき姿へ孵れ・・・!!」

 その言葉を受け、心臓からも黒い焔が吹き上がり、触手の様に蠢きながら京二に絡み付いていく。

 「な・・・う・・・うあああああああっ?!!!!」

 形容し難い衝動と、暴力的な何かが自身の内側に浸食してくるのを感じる京二。凄まじい速度でそれは伊万里京二を、伊万里京二たらしめるものと融け合いながら彼の内に広がっていく。

 「天空と大地と海原に眠りし根源たる意思よ・・・今こそ此処に在り給えぇぇぇっ!!」

 その叫びと共に老人は手にした心臓を京二の胸に押し付ける。その瞬間、京二の胸はまるで液体の様にごく微小な反発と共に、拍動する禍々しい肉の塊を受け入れ飲み込む。燃え尽きる様に焔の中に溶け消える老人の姿。

 胸より込上げる、熱と冷気の両方を帯びた濃密な何か。埋め込まれた心臓を中心に、全身にも何かが広がっていくのを感じる。

 「ぐ・・・ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!」

 絶叫に空気が震え、水槽が次々と割れ砕け、怪人たちの亡骸が流れ出す。

 己が己で在りながら別の存在に変貌を遂げていく感覚。孵化。羽化。変態。変身。これまで体験した事の無いそれらの感覚が、突然に理解しえた。

 脊髄から末端に至る全ての神経組織が叫びを上げ、洪水の様に押し寄せてくる膨大な情報が脳に・・・更に奥の魂にまで収束をしていく。

 莫大な質量の黒い意識の塊。それが己に溶け合っていく。

 「うぐ・・・あ・・・が・・・うおおおおおおっ」

 頬に指を突き立て、引き裂く様に掻き毟る京二。拒絶する意識と、拒み難い欲動の相反。

 正気を失う様な痛みは、同時に前進を貫く甘い快楽の様ですらある。

 自身が本来の自身に戻る事への衝動。

 膨大な情報が齎す知識。それに対する理解。理解を拒絶する自己。拒絶が招く痛み。痛みは快楽となり、感覚を侵食する。侵食は情報を、情報は知識を、知識は理解を、理解は拒絶を、拒絶は痛みを、痛みは快楽を、快楽は侵食を、侵食は情報を、情報は知識を知識は理解を理解は拒絶を拒絶は痛みを痛みは快楽を快楽は侵食を侵食は情報を理解を拒絶を痛みを快楽を侵食を知識を理解拒絶痛み快楽侵食知識拒絶痛み快楽侵食侵食快楽侵食痛み侵食侵侵侵絶食シン食侵しょ理解KU痛みしん識侵食瞬・・・・・・


「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





 「中央祭事堂内部で異常事態! ベクタマイナスで超高出力エネルギーが発生しています!!」

 膨大なまでのエネルギーが放出されている。地脈に、大気成分に干渉したそれは巨大な電磁波の嵐を発生させ、上空にはオーロラが発生している。

 微震が起こり、風が嵐へと変わり始める。

 「遂に・・・始まったか・・・」

 「黄泉の孵り・・・」

 「これで私達の宿願が果たされる・・・」

 「光に穢れた人間どもの最期・・・」

 この莫大なエネルギー量だ。地球上に存在する、一定水準以上の組織の全てが気付いた筈である。

 だが、彼らには手出しが出来ない。先に、より目を引くデコイを放っておいたのだから。

 よく出来たデコイというものは例え罠だと判っていても掛からずにはいられないのだ。

 ブシュー・・・

 「・・・一体、何が起こったんだい?」

 その時、司令室の自動ドアが開き、高天アベルが入ってくる。

 彼の顔を見ると四人の祭司は、にたり、と笑う。思わず一歩後ずさるアベル。

 「な・・・なんなのさ」

 「くくく・・・我々の主が間も無く再臨なされるのだ。この光に穢れた地の表を浄化せしめるために!!」

 「あ・・・主・・・?」

 この組織の首魁は、大祭司と呼ばれる老人ではなかったのか。頭を捻るアベル。そんな彼を尻目に、四人の祭司の座る椅子は床に引き込まれていく。

 「ネクロドラグーン・・・貴様が知る必要は無い。何やら色々と企んで居った様じゃが・・・それも最早無駄じゃよ」

 「フフ・・・では主の下に馳せ参じようかね」

 「さようなら・・・狐男のお使いさん」

 嘲笑と共に四人は床の下に消えた。アベルは思わずポツリと漏らす。

 「絵的にちょっと間抜けだな・・・」

 無論彼に自身の知的欲求を放置する予定は無かった。オペレーターの一人に、背中側から腕を首へと絡ませるアベル。

 「と、言うわけで案内宜しく」

 どう言う訳なのかと突っ込むものは誰も居なかった。


 中央祭事堂。先程まで、無数の怪人の亡骸が捕らわれていた無機質で墓場の様な空間は、今は極端な変貌を遂げ、生物の内臓を抉り出して貼り付けた様なグロデスクな空間と化している。その中央、読みより這出た亡者の手が絡まった様にも、植物の根の塊の様にも見えるもの・・・玉座と思しきそれに向かい、現在この施設に存在する落天宗の主だった者達が傅いている。其処に、彼らの主人たる存在がいるからだ。

 気だるそうに、不機嫌そうに。

 四人の祭司の主格、三木咲が頭を垂れたまま畏まって挨拶を述べる。

 「主に置かれましてはご機嫌麗しゅう・・・」

 「良い様には見えんだろ? まだ不完全なんだ・・・」

 定型通りの文章を遮る様に皮肉を言う。慌てて陳謝する三木咲。

 「も・・・申し訳御座いません」

 「妙に遜ってるな・・・気持ち悪い。言っておくが俺は俺自身のままだ・・・まあ、肩書きは考古学博士じゃもうないかもしれないが」

 主・・・そう呼ばれる男は一人ごちるように言う。僅かな戸惑いを見せながらも、幹部たちは縦に首を振る。

 「左様で・・・」

 「フ・・・判ってるよ。色々言わなくても判っている。黄泉孵り・・・やりたいんだろう? 闇から化物を孵して世界の征服って奴を・・・」

 「御心のままに・・・」

 内心鬱陶しさを感じながらも理解の程を示すと、あからさまに嬉しそうな顔をする幹部たち。一層、彼の内側のフラストレーションが溜まる。

 「しかし・・・」

 其処に微妙に盛り上がっている不愉快な場に水を差す言葉が投げ込まれる。月野である。

 「なんだ?」

 「今のままではそれは完全には適いません」

 「判っている。秘宝だろう? 大丈夫さ・・・あいつが来ている。ほら」

 (ひほうをさがつ〜)

 恐らく滑るだろうと口には出さずに駄洒落を思い浮かべながら、何時の間にか備わっていた超感覚で“彼女”の位置を探り出し、千里眼によって捉えた映像を空中に投影する。

 「!」

 驚愕の声を上げる祭司以下幹部一同。

 (幹部って言っても、表向きは老人会やら青年会やらの役員なんだよな・・・)

 そう・・・陰陽寮でも知る者がいない事実であるが、落天宗の中心構成メンバーの殆どが菱木村という地方自治体のそういった寄り合いの役員や、役場の職員などが殆どなのだ。因みに三木咲は菱木村村長。霜田は婦人会会計。月野は青年会会長とその内部組織である村興し委員会委員長及び秋祭り執行部長。夏川は老人会副会長(会長は菱木辰蔵)だったりする。

 ・・・閑話休題。

 真紅のバイクが疾走している。この施設から凡そ10kmほどの山中を。そしてそのバイクを駆るのは・・・

 「何故・・・鬼神が?!」

 そう。鬼神・・・神野江瞬だ。彼女の手元に秘宝があるから、存命していたのは判ったが、よもや東京の状況を無視して此方に来るとは幹部達は予想していなかったのだ。彼は嬉しそうに笑う。だが・・・しかし

 「ふ・・・あいつは優しい奴だからな・・・優し・・・う・・・ぐ・・・」

 彼は突然頭を抑え、悶え始める。

 「ぐ・・・う・・・おおおおおっ?」

 頭の内部で血が逆流する様な感覚。神経が押し潰されそうになり、苦悶する。その余りの有様に幹部達は血相を変えて叫ぶ。

 「主!」

 「大声を出すな・・・頭に響く。未だ・・・完全に馴染んでいないだけだ・・・きっちり手順を踏まずにやったからな・・・あのジジイ」

 「主・・・」

 「心配するな。バフ○リンでも飲めば治る・・・」

 「は・・・唯今!」

 「・・・」

 暫時して、本当に構成成分の50%が優しさで出来ていると言う錠剤をぬるま湯の入ったコップと共に持ってくる幹部の一人。

 彼は自分が原因であるこの珍奇な状況にげんなりしながらもそれを受け取ると二粒ほど服用する。

 「ふぅ〜」

 プラスプラシーボ効果かどうかは知らないが、それなりに痛みが凪いできたので、大きく息を吐いて立ち上がる。

 「じゃあ、あいつに会ってくるかな。アレには悪いが返してもらうとしよう」

 「なりませぬ!」

 「あん?」

 慌てて静止に入る夏川に訝しげな表情を向ける。実は、険しい表情の半分は夏川の暑苦しい顔を直に見ないように視線を逸らしているのをカムフラージュしている為なのだが。

 「今の主にはその力の要たる秘宝が御座いませぬ。その上に未だ融合も不完全。この状態で鬼神と戦えば、例え主の力が彼奴目を上回っているとは言え、創造者たる主と破壊者たる鬼神・・・相反する力の衝突ゆえ、対消滅により、主にも又、大きなダメージが・・・」

 「ああ・・・成る程。ま・・・それはそれで」

 ウダウダと語る夏川の説明を話半分に聞いて適当に理解し、その上で行動を取ろうと試みる。

 「主!」

 「ふう・・・心配するな」

 切腹してでも止めそうな勢いに面倒臭そうに髪をクシャクシャと掻きながら京二は当面、自分で行くのは諦める。

 だが、この中から誰かを選ぶのも面倒である。

 「!」

 何処よりか豆電球頭上に表れ、灯る。

 (成る程・・・こういうことも出来るのか・・・)

 何処から電源を引いているのか判らない豆電球を手にとって眺めながら言う。

 「丁度誂え向きの奴が其処に居る・・・出て来いよアベル」

 「な・・・?!」

 「やあ・・・」

 驚かそうと角に隠れていたのを見透かされた子供の様な苦笑いを浮かべ、現れたのは高天アベル。

 幹部達は、驚愕の表情を浮かべていた。彼らはアベル=ネクロドラグーンが殆ど完全に超感覚を欺く事が出来るのを知らないのだ。

 しかし、そんな事は微塵も気に留めず彼は皮肉をアベルに向かって放つ。

 「・・・フフ、もう会うことも無いんじゃなかったか?」

 「うん。それはあのひとに言った台詞だよ。でも・・・貴方に言った積もりはないね」

 幹部たちと異なり、何の気後れも無く飄々とそう答えるアベル。しかしそれが幹部達の逆鱗に触れる。

 「無礼な! 控えろネクロドラグーン!!」

 「いい。別に」

 「しかし!」

 咆える三木咲を五月蝿そうに嗜める。だが三木咲は承服できない様子でアベルに向かって敵意を向ける。次第に怒りが沸いて来る。彼の中に、だ。

 低く、地を這う様な声で二度目の宣告を行う。

 「俺は黙ってろ・・・と言っている」

 「は・・・申し訳あ・・・」

 どごっ

 「がはっ」

 突然後方に向かって吹き飛び、祭事堂の壁に激突して沈黙する三木咲。

 「喋るなって言ったんだ。もう一度同じこと言わせたら、そこ等辺で死んでいろ」

 「・・・」

 アベルはその様子をただ憮然とした表情で見ていた。彼は沈黙するアベルには一転嬉しそうに笑いながら話しかける。

 「お前まで黙ることは無いだろう。アベル」

 「貴方にそう馴れ馴れしく呼ばれたくは無いな」

 最早、目の前のものに対して口を開くのすら億劫そうにするアベル。

 「ハハ・・・連れないな。俺はお前の事はダチだと思ってるんだがな・・・」

 昂ぶりもせず、苦笑しながらそう言う京二。アベルは感情を押し殺した声で静かに答え、振り返る。

 「オレもあのひとのことは友人だと思ってるよ。だけど、貴方は違う。貴方とは友になった覚えは無い」

 「寂しいな。オレはオレだ。何も変わりはしない」

 名残惜しげな声を発するが、アベルは最早振り返らない。

 「アウフ・ヴィダーゼン。今度こそ、二度と会うことは無いだろうね」



 「目標、進行速度に変わり有りません!!」

 「ま・・・間も無く目標、東京タワーに接触します!!」

 「くっ・・・『防人の歌』はっ?!」

 「駄目です!! 超次元コイルの劣化が激しく、再交換までに後二十分は掛かります!!」

 「ああっ・・・タワーが・・・!!」

 タワーに抱え込む様に両手をかける死に神。
 骨の節くれを鋼の節くれに絡めて握り締め、地に足を踏み下ろし重心を低く固定する。
 ミシ・・・ミシ・・・
 鈍く、重く軋みが鳴り響く。終末のカウントダウンを数える様に。
 東京の象徴たるこの巨大な鉄塔は数多の怪獣映画において無残に圧し折られてきた。
 まるで、この日本最大の建築物を半ばより折り砕くことが彼ら怪獣のアイデンティティの如く。
 そしてこの非現実的なまでの巨大さを誇るカルシウムと呪詛の塊もこのタワーを破壊しようとしていた。
 死神が、自分達に与えられた存在意義を果たす為に。
 東京タワーは単なる電波塔ではない。
 高度経済成長期、爆発的な人口増加に伴って発生した人々の生む高密度の悪意。恐ろしい呪術の媒介になり闇に巣食う怪物達の苗原となるそれが外部からの干渉を受けるのを防ぐ為、また内部から高濃度状態での漏れ出しによる周囲の霊的環境汚染の発生を防ぐ為、そして反転・逆流させることで発展・進歩エネルギーとして利用する為に造られた首都圏を覆う超大型の霊的結界。
 その超巨大かつ、複雑な呪術的システムの要になっているのが東京タワーなのだ。
 ミシミシミシミシミシッ
 四角錐を成す鉄骨の形状が歪み、土台部分の弾性剛性を超える膨大な力が加えられた事で無数に亀裂が入り始める。
 “がしゃどくろ”の両足は、質量を支え切れなくなり始めたアスファルトを破りながらゆっくり沈んでいく。
 バキバキバキバキバキ!!!!!
 そして・・・遂に東京タワーはその抵抗虚しく破壊に至らしめられる。
 天空へと掲げられる紅白の尖塔。四つの脚の先にこびり付いた塊から、崩れたコンクリートと泥がバラバラと降り注ぐ。
 この光景を目に留めた者は理解したであろう。何故、死に神にあれほどの巨体が必要だったか・・・
 そう・・・
 東京タワーは怪獣映画のセオリーとは異なり、折られたのではない。
 死に神は、その高層ビルさえ睥睨する超巨体を以って東京タワーをその根元より『引き抜いた』のだ。
 天空に掲げられた塔に無数の人魂が集まり、青白い炎を灯して燃え始める。全体のシステムから取り外されたタワーは、既に巨大な呪術増幅装置でしかない。
 タワーは、死に神の手によって燃え盛る炎の杭と化したのだ。そして巨大なバンカーの猛り狂った先端が狙い定め向かう先はもう一つの結界の要。
 目と鼻の先に広がる新緑に包まれし園。国家統合の象徴たるあの方々がおわす場所・・・要するに、皇居に向けられている。
 日本の“文明的象徴”と“文化的象徴”。この両者が今正に破壊されようとしていた・・・だがその時!!

ブォォォォォォォォォォォォォォォン

 死に神と、その僕たちの猟場と・・・魔都と化した東京に木霊す音色。
 大馬力のエンジンが奏でる二輪駆動車の雄々しい疾走音だ。
 光が集まってくる。滾る正義の炎によって悪を見透かす双眸の如き、ヘッドライト。
 一陣の疾風・・・否、一陣の嵐と化して彼らは駆け抜ける。風の行く手を阻む獣の亡霊を蹴散らして。
 凄まじい速度で駆けてくる彼らは一様に咆哮する。
 『変身!!』
 血と黒い炎に彩られた夜に、嵐を巻く閃光が迸った。





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